不滅のリッキーヘンダーソン

メジャー在籍24年,今年46歳。
この2年間、テンションを緩めることなくメジャー各球団への復帰を目指していた。
2年待った……
年齢を考えれば当然すぎる事であるけれども、リッキーは未だに「サインが出ればスタートを切る」夢を未だに捨てきれないでいるのである。

いまだ、本人のサイドは認めないけれども、メジャー今にち的年俸相場との折り合いがどうしても付かず、ついにこの春6月末日を期して【現役引退】を表明する様子なのだ。

ボクにとって、リッキーとはメジャーそのものだった頃があって、それは実に鮮明だった。
この仕事を始める前から、じつはボクはあるものを探して探して探しまくっていた。

それは蛍光色A’Sグリーンのバッテイング手袋であった。
かつて巨人軍の柴田選手がやたらに速く、次の塁を欲しいままに奪っていたが両手にしていたあの手袋のあの赤い色を忘れない方は多かろう。
その「次の世代」となると、やはり巨人軍の松本選手のブルーの手袋が目に焼きついているものだ。

だけどボクは、あの帽子の明るい黄色のツバにあの色蛍光グリーンが忘れないでいる。
当時(90年頃)は、テレビでもCXあたりの【大リーグ特集】または、試験的に始まった【衛星放送】なるもので観る以外に、ボクらにはバカ高い(アンテナ&Tuner)趣味としてメジャーを愉しむしかなかったのだ。
(これは日米地位協定により、日本国政府が在日米軍への慰安として衛星によるTV媒体を確保していのである。)

ベーマガの安いグラビア紙に載っているリッキーやカンセコの雄姿を食い入るように眺めていたのが、やけに遠いことの記憶に思えた。彼らのバックには常にあのサンフランシスコが幻のように漂っていた……そんなカリフォルニアのイメージも、当時からメジャー野球に想いをはせる=ボクらの心をポカポカしたものにしてくれたものだった。


ルックスとは結び付かない(?)流麗な筆跡が氏のサインの真骨頂。
このバッティンググラブやシューズまでも美津濃製…でとても誇らしく思えたのは
ボクだけではなかろう。(90年当時)

当時のリッキーとは【脚でメジャー野球を変えた男】だった。
つまりそれまでのルー・ブロックや、ピート・ローズは《「次の塁」をかせぐ事》に優れていたプレイヤーだったが、リッキーは【「新しい塁」をかせぐ】プレイヤーだったと云える。
あの圧倒的な速さといったらなかった、彼はそうした意味で誰も彼の意思を停めることはできないで、ダイヤモンドはリッキーが「新しい塁が欲しい」といったらそれへの抵抗はメジャーの強肩自慢でもことごとく「無力」となった。

ちなみに現在までのメジャー在籍24年で、氏が試みた【盗塁企図の総数】はじつに「1741回」そのうち晩年の速力が落ちたときも含めて《失敗はたった331回》しかないのである。
捕手の阻止率が良くても《4割》とされる現実……警戒されまくって、それでも《2割しか刺殺》されなかった才能……にはただ、口をあんぐりとするしかほかはないのである。

   リッキーの「あの手袋」を徹底的にボクは
                10年にわたりリサーチしてきた。


まず判明した事、あれは「市販品ではなかった」ということ。
調べてみると当時、【ルーブロックの持つ盗塁記録938】を破らんとしている”旋風のような男”リッキーに対する
「日本の美津濃からの特製品」である事が判った。

それはそれでいい。いや、それならなおさら欲しい。
なぜか?、【選手用生産品】なら「真正証明書」なんて必要がないからだ。
《見ればワカる物》……これほど間違いのないものはない。

飾っているだけでお客さんにも『あ、あの時の品だ』と判ってもらえるものほど価値のあるものはない。
まさしくリッキー用特納品の”蛍光グリーン”よ、いずこへ…である。

それにしてもあの頃のあの【逸品】はどこにもなかった。
今まで「リッキーの実使用品」というと、他の選手のようにバット・ユニフォーム、そして特殊な作りのスパイク…と扱ってきたが、どうもあの手袋(でもA’sグリーンのもの)だけは見当たらないのである。

ここ10年以上にわたりこのボクにつき、実の事を申し上げると、日本にオープンする【世界一の規模】の《スポーツ&エンタテインメントによるミュージアム》への逸品蒐集の任にあたっていたのである。

全貌はこの秋にも「某財団」から発表されるだろうけれど、そこには《世界のスポーツシーンで”あの品”》といった認知度の高い歴史的な品物ならすべて揃えてある…という網羅ぶりで、それはいかなる蒐集家も「規模」「資料性」において世界のどれをも上回る内容と申し上げておく。
 今までにそっとご覧くださった、《長嶋監督・ジャンボ尾崎・清原、佐々木主浩、片山右京氏ら》どなたもみな、共通した反応は『驚きを通り越して、笑い出してしまった…』ことでもそのすごさは証明できよう。

 そこへのアーカイブス取り揃える段階で、「リッキー・ヘンダーソン」に限って云うならば、バットもシューズもユニフォームがあっても、この「蛍光グリーンのBT手袋」だけは置いていなければならない。

置いていないという事は、リッキーについて確実に『ある時代について、明らかに語る事ができない』というほどで、どこまでいっても《片手落ち》とのそしりは免れまい……それが当方は口惜しくてならず、探し回っていたわけだったのだ。

リッキーについてあらためてキャリアを調べるほど、『この人の品を手に入れるには今しかないのだ』との感触を強くする。
というのも、氏の記録を考えたらすぐに判る、《判っていないうちがハナ》なのである。

メジャーの盗塁記録は《2位のルー・ブロック氏=938個》に対してリッキーは【1406盗塁】
世界記録では《2位の福本豊氏=1065個》……これをあなたならどうご覧になるのか?

また、メジャーの得点記録では《3位のベーブ・ルース&アーロンの=2174点》そして《2位のタイ・カッブの2246点》をはるかに凌駕する【2295得点】をリッキーは脚で稼いでいる。

こんなすごい記録保持者がどうして(あまり)騒がれていないのか……簡単である。
ご本人は《まだ、野球を続けられる》と「現役」を強く主張しているため、こうしてボクのような者が”記録という戦果”を「この時点で刻んでしまう…」のを氏本人が快く思わないからなのである。

そしてついに手袋を発見した……まさしくあの”蛍光グリーン”だ!
詳しくは申し上げないが、メジャーの盗塁王として頂点に昇りつめたシーズンに使っていた品を、棄てずに保存しておいた…というまさしく【宝の山】にたどり着く事ができたのである。

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いつまで走り続けるのかリッキー46歳。メジャー挑戦ついに断念…?!