【2010年3月】

3月29日(月) / ちょいとお待ちよシローさん  (^o^) まあまあ
 『転び屋』という輩がいる。別名『チンドン屋』ともいうチンピラのよくすなる手口だ。

 主に労働組合などが社会的に、また有力企業内などで盛んになったりしてくると、目の上のたんこぶになることを嫌う体制側(使用者側担当者や警察公安や右翼など)が、潰すための謀略を考える。
 その代表的なものが「転び屋」という役回りの者を仕立て送り込む。

 でそいつがいろいろな形で摩擦を起こし、そうした挑発に乗って手を出したりするのを待ってましたとばかり、わざと公安刑事が転んで見せて、公務執行妨害だと「逮捕劇」を創って見せたり(近年での法政大学の実例)、人的被害などを声高に叫んだり、違法行為をいいつのって大衆から引き離したりする工作だ。

 いわゆる、セコい被害を受けたらさぁタイヘン、さもさもらしく被害者面だけは一人前以上、やれ恐ろしいだの罰しろだのその実、狙うは高額の和解金とくる。

 ボクなどの実例恥ずかしながら挙げれてみれば、
 威勢の良い挑発にこちらが乗ってしまい、腹を据えかね自転車を蹴ったところ、勝手に転んでみせ、クルブシに赤チン塗ったら終わりという程度の”ジュウショウ”を負うや、やる事は決定打の「診断書」をまず取ることを親分は指示。

 そうした上で警察に被害届を出しておいて、送検前の示談金の引き出しをねらうといった、女々しさ満開の仕組み。
 途中で「ある種のゆすり」と気付いた警察の方も、カミ(「医師の診断書」)がある限り、気の毒がりながらも被疑者として立件してゆく方向で、ボクを扱わざるを得ない。

 こうして検察段階まで相手を引きずり回し、合法的に権力を借りて揺さぶる…といったテが彼らの使う手口にはレッキとしてある。

 だが『真の狙い』にはけして乗らず、粛々と周囲の目撃者などを集め、屈辱をはね返しつつ正論を展開すれば、きっちりとした証拠=診断書まであるというのに、検察は正式に【不起訴】として事件そのものを取り消してしまった。
 この結果を担当刑事に報告に行ったらそれまでの梅干を噛み潰したような口元を、パッとゆるめて
 『まさか、不起訴だなんてなあ。せめて起訴猶予かなあ、と思ってたんだよ』と喜んでくれた。
 自分が検察に書類を送ったものが『不起訴になって喜ぶ』なんて、はじめての経験だったのではないか。

 それまでの悔しい思いといったら筆舌に尽くしがたかった。

 ともあれ、そうした卑怯な役割を担うイヌのような者をさして『転び屋』と呼び、その性根を嗤って捨てるのである。

 さて亀田ジムの史郎さんは、どこまで『転び屋』、いや『チンドン屋』としてのクセが身についてしまっているのか。いっぱしの顔役を気取っているつもりでいるのが、陳腐きわまりない。

 当日は派手に会場の裏側で立ち回ったらしい。
 このかんの報道でも明らかなように、チャンピオン亀田興毅が暫定王者ポンサクレックと対戦し、(ポイント上僅差で負けた試合の)レフェリーの「採点法」というよりも、その采配が気に入らないと机をひっくり返しているのである。

 つまりは、ダダこねである(笑)。

 それにしてもコミッショナー事務局長相手に、レフェリーともども控え室へ呼びつけるとは何事なのか。何サマのつもりか。
 たったこれだけでも、ボクシング界からは追放すべきマナーであり、だいたい4・5年にも満たない新参者の分際でありながら、長年この業界を支えてきた先達を相手にこの態度はなんなのか。
 そもそも人間社会からの失格を意味してもいい狼藉だ。

 『オレを怒らせたらどないなるか、覚えとけよ。オノレの首とったるからな、コラ!(新聞報道より)』
 ここまで発言させてふんぞり返ったのである。もう業界から永久追放でいいだろう。

 あの有明コロシアムにたった1700人の観客。公式発表でコレなのだから、まともに切符を買って入った実数はおそらく1000人がいいところだと思う。
 片や暫定とはいえダブルタイトルマッチ、フライ級の世界タイトル戦だというのに、この数字。
 『視聴率22,1%』はそこそこ取れたとはいえ、この入場料収入では泣くに泣けないだろう。

(おそらく、この試合と次のポンサクレックの試合での入場料収入はオプション契約により、じつは宮田ジム=内藤サイドの権利となっているはずだ。)

 この”1000人という温度”川崎球場顔負けの不入りぶりは(笑)、興行上、テレビでしかタイトルマッチが打てないある種の『人気の下限』を物語っている。つまり、会場ではカネなど払う価値はないが、テレビで見れるなら観ようかということ。
 そしてまさしく『亀田家』の持っている人気の現在形といった、歪んだヒーローの持つ実力、そのすべてなのである。
 視聴者の多くが鼻白むような、「創られた雄々しさ」ばかりをピックアップして編集技術を駆使し、演出加えるなど、いくらテレビ画面上で『ドキュメンタリー風プロモーションビデオ』を流し続けたというのにこの体たらく(笑)。

 そんなガックリな不人気には、TBS、「その次」を順番待ちして獲得を狙っているフジテレビのショックとはいかばかりか。さぞかしこの数字を深刻に受け止めて、ドロナワ式の対策会議などをバンバン招集していることだろう。

 それにしても、地元の西成区の中学では泣き虫だった史郎ちゃん。
 事務局長を脅したように、史郎ちゃんを怒らすと一体どこのどなたを引っ張ってきて、懲らしめてもらう腹積もりでおられるのか。
 地元で長年、子どもたちぐるみで可愛がってくれていた山口組傘下のXX組長からも、興毅デヴュー初っぱなの騒動やらグリーンツダジムからの移籍強行のゴネ得など、恩を仇で返すような度重なる不義理で、すっかり後ろ盾はいなくなっていたはず(笑)なのに。

 あそうか、『天下のTBS』が今度は【本家】なのか、その権力をもってボクシング業界に圧力でも加え、タマ取ってくれるはず…との、目算なのか。
 思えば、このメインスポンサーもここまでの高さにこのサルを登らせてしまった責の一端は担うべきだろう。

 そもそも、今でこそ語れるが『オノレ』という関西弁でも、もっともゲスな相手を指す呼称で名指された、コミッショナー安河内事務局長こそ、表面上は亀田家の敵として罵倒までされているけれども、

 『今しばらく(史郎を)じっと押さえておいてくれれば、(剥奪された)セコンドライセンスを復帰させられるようになるから』と、内々に亀田関係者らに自制をアドバイスしてくれていた”協力者”だったのである。
 ボクシング界の再復興を祈るばかりにこんな野蛮人に意地を押し殺してくれた恩人なのに、これはない。

 本当に、この父親では子供らがいつまでも不幸になるばかりだ。
 世の中は『アンチ』によって、亀田家をもっぱら批判しているのではないのだと思う。
 この一家の構成員によって引き起こされる、それぞれの異常な事件によって、”理解不能”にさせられて、またそのまま”放置されて”いるというだけのことだ。

 それを四人が、聞こうとしない説明しようともしないものだから、『理解できるようにしろ』との声が届くよう、「つい高くなる」。ただそれだけのことなのに、一家にとっては「批判」や「世間は冷たい」としか聴こえずに、被害者意識満開のまま肩寄せあって片付けてしまうのだ。

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 そこで問題となったのが第5ラウンドの前半で起きたバッティングと、同じ回の中盤でのそれに対する対応を検証してみた。

 ボクはその晩は、東京ドームのG−YS戦に行ったので、VTRで亀田戦を収めておいたのだが、今朝それを再生して眺めたらとんでもない事が判った。

 スローで12ラウンドを眺めてみれば、どれだけ注意力のない者でもそれは明らかだった。
 ともかく、亀田興毅というボクサーは、徹頭徹尾、パンチを出しながら沈み込み低く縮こまるスタイルに気付く。

 内藤戦もそうだったが、彼のファイトをボクは前回と今回の第12ラウンド、2戦ともこの2ラウンドしかまともに戦っている姿を観たことがない。
 そう、胸を相手に向け、背筋を伸ばして両手を前へ繰り出す正々堂々と打ち合い、ブロックするようなボクシングだ。
 彼の尊敬するのはフィリピンの5階級制覇パッッキャオだそうだ。
 それに『将来はラスヴェガスで…』と夢を語るけれども、パッキャオのように正々堂々たるファイティングスタイルでないと、ヴェガスはおろか神戸のチキンジョージだって相手にしてくれるわけはないのである(笑)。

 ボクシングというものは勇気ある者のスポーツである。こうした亀田流のような「勝つ為にポイントだけ盗む」がごとく”処世術”とは無縁なのである。
 こんな【自己保身術】などを、わざわざカネを払ってまで見にゆくバカはいないし、そうした価値もない。

 我々は、”当世にはない珍しいもの”を観たいのである。

 パンチならぬ、ナデナデ程度のパンチを恐る恐る触りに行くだけのボクシングなんて、金を払う価値そのものがあるだろうか。
 その同じ口から、パッキャオなんて同業者ともゆめゆめ思わないことだ。はずかしい。

 元来、わが興毅を含め大毅に共通するスタイルは、キレイな言葉でいうヒットアンドアウェイ方式。
 野球の戦術だったらカッコいいが、ボクシングの場合は、一応パチンと打った後に、相手の身体に頭ごと上体を潜り込ませ、両手でアゴや腹をブロックして、相手のパンチをもらわない。

 いかにもアマチュアのような、『点数稼ぎ優先』の形であって、おそらくこれは父親の教えたスタイルを素直に踏襲しているのだろう。

 見逃せないのは、相手が打ちにくいフトコロに飛び込むついでに、大きな武器としてのヘッドバット炸裂を心のどこかでが亀田流は期待している点だ。
 頭を下げて潜り込みながら、あわよくば「頭突き」で相手の目やマブタの出血を狙うというセコさ。
 これを指して「防御と攻撃両面でメリット」の見込める、いわば『ヒットアンドアウェイ&クラッシュ』戦法とでも名付けていい卑劣な戦法だ。

 反撃をくらっても、ボディを丸め両頬にグラブ固めれば、せいぜいがグラブの上からのパンチでダメージもない、じつに良い事ずくめの戦闘スタイルにはちがいない。
 だが、観客の目からすれば、これを『真に強い者』とはどうしても見えず、単に『要領のよいボクシング』にしか映らないといった、プロとしては致命的なデメリットがある(笑)。

 それが証拠に『亀田』と名がついた試合には目尻を切ったり、マブタを腫らしたりのアクシデントがほぼ全試合、まとわりついて離れないのは「自ら選んだ宿命」と解釈していい。
 自分らが潜在的に頭突きでの攻撃を念頭に入れて、頭を突き出して行っているせいか、同じことを狙っていそうな「頭を低く下げてくる相手」と対戦すると、この兄弟は『近親憎悪』むき出し(笑)にする特徴がある。

 今回は興毅が、この前は大毅が、繰り返し『自分が頭を下げて飛び込んでいながら』レフェリーにアピールするジャスチュアを幾度も繰り返す事だけは一人前。
 『相手を倒すだけの間合い』まで近付くことなく、繰り出すパンチも終始カカトの上がった『体重の載っていないネコパンチ』のみ。

 つまり、今回のように『倒す』というよりも、『「ポイントを稼ぐネコ」に徹している』ことに主眼を置いているのがありありだ。
 それを観て毎回ボクは、『日本人なら足を止めて打て』とテレビに怒鳴り。

 剣道3段の愚息は口のとがらせ方だけは世界ランカーの亀田兄弟にひと言
 『これだから亀田のボクシングは観たくないんだ』と吐き棄てる。
 
 彼ら剣道の世界では、骨を断つような「芯で」体重を載せた竹刀を叩き込まないと、一本と審判は旗を上げないそうだから、余計にこうしたネコパンチャーらの台頭は歯痒いのだろう。

 ともあれ、バッティングによる出血が今回の騒動の焦点となっている。
 それは興毅のこうしたスタイルに原因がある。

 解りやすく述べよう。
 レッドソックスの岡島投手である。彼の投げ方を思い出してもらうといい。
 左手を大きく振りぬくため彼は上体を倒すと、【頭は三塁側を】向いてしまう。力投すればなおのことだ。(しかも、目は打者側を向かずに足下の土を見る角度になる)

 変な例えだが、そこへ『右投げの岡島』を引っ張ってきて、両者が顔を睨んだまま、プレートをはさんで向かい合い、お互い同じタイミングでああした全力投球をしてみたらどうなるのか…、という実験だ。

 そうすると、猛烈な勢いで(二塁側)岡島@号の左側頭部と、(本塁側)岡島A号の右側頭部がこすれ合うように衝突することになる。
 しかも始末悪いのは『おでこを下げた亀田は前が見えない形でやってくる』から、そりゃあぶつかりますよ(笑)。

 興毅は「サウスポー型」。(右足を出し)「左をメインにしたパンチ」を相手に叩き込みながら…大きく右側へ頭は振れる。

 今回の、ポンちゃんはあいにく、右のパンチャーだったから、パンチが大きいほど左サイドに触れて、彼の右こめかみと、興毅の右目尻がこの試合5ラウンド目で衝突したわけだ。

 これはこのスタイルである限り、両者いずれかにリスクはついてまわった『バッティングの危機』。
 なにも、再三アッピールしていたような「ポンサクレックの卑劣な手」でも何でもない。
 興毅がクリーンファイターであるならば、『文句いう前にパンチを出さんかい』と、史郎ちゃんみずからがプロ入りなどの前に、普段から怒鳴りつけておくべきマナーだ。

 これだから、”まともな経験のないセコンド”しか知らないテアイは始末が悪いというのである。

 いや『今回…』だけではない。
 ああして『一発打ったらガード固め相手の腹で「亀の子」状態になって休むボクサー』であるかぎり、死ぬまで彼の右目の傷は、何度でも同じ場所を斬られ、パックリ口を開けて常に「TKO負け」の危機をはらみながらさまようのである。

 特に、興毅は知ってか知らずか
 『パンチを打った後に、目を伏せたまま相手側に頭部をぶつけて行く』のは修正した方がいい。
 バッティングは自業自得と笑われるしかない。

 今のHDD(でも青rayでもいい)は素晴らしい。
 録画した向きに観て頂きたい。デジタル方式だけに停止画像が”刻明”に再現される、その恐ろしさに頼もしさ。録画された毒者がおられたら、ついでにボクの証人になって欲しい。

 第4ラウンド開始後[0.29]を観て欲しい。
 @亀田がまず低くからボディー右ストレートを繰り出した。
 Aポンちゃんがそれを交わし、右ジャブを亀田の右肩に。
 B続いてポンはワンツー気味に出した左ボディを亀田の右脇腹にうってゆく。
 Cそのパンチが踏み込んだものだったのでポンの頭は右へ振れて行く 
 [0.30]
 D亀田は左ストレートを出す途中で、頭は右を下にかしげる。そしてクセ?の潜り込みガード姿勢。
 Eするとそこには先にパンチを打ちより、低い姿勢だったポンの右側頭部がそこにはあった
 Fそれと同時に、離れつつある亀田の頭(ホントの亀頭だ 笑)、右側頭部が”後から”ゴツンとポンの頭に当たっていった。
 G同時に、右手グローブを右こめかみに当てる亀田、ステップバックしてゆく。

 [0.32]
 H背後にしりぞき、「ポンによる反則とアピールする」亀田。出血が始まる。

 結論は簡単だ。
 「偶然によるバッティング」ではなかったのである。
 いわば興毅自身が蒔いた種による受傷事故。
 そこにあった頭に、当たりに行ったのは興毅なのである。

 確認しておけば、
 『離れぎわに、過剰反応から頭を(パンチ後に)右へ倒さなければ、ポンの頭に衝突しなかったし、あの目尻カットはなかった』のである。

 気の毒なことにポン自身は、どの瞬間で目尻を切ったのか分かるはずもないので、試合を停めドクターが目尻をチェックして、ポンに歩み寄り、3人のリング外ジャッジに対し、『こちらの者に対し』一点減点のペナルティを科すよう丁寧にジェスチュアで示し、またポンも素直に従っていた。

 そして、同じラウンドの[01.30]後

 I相対した両者。ポンが右のジャブをフェイント気味に出し、狙った左ストレートを興毅のボディに放ちながら、興毅の頭が下がってくることを見越した地点に頭を降下させる。
 Jやはり、興毅はガードを兼ねてかがみ込んだ。
 Kそして果たせるかな、ポンの右おデコは下がってきた興毅の目尻にストライク。さらに流血がひどくなって試合がまた停る。

 ボクがレフェリーだったとしたら、前回はとらずに、むしろここでバッテイングを取るだろう。
 明らかにポンは、傷口が深いと読んでおデコをそこへ「当てに行った」のである。
 出血がひどくなればめっけもの。試合は停まったままのTKO勝利が転がり込んでくる。

 それに、自分は素直に減点1を支払ったのだから、どうせなら…とばかり気楽に「頭を使うボクシング」をやったわけだ(笑)。

 そこでレフェリーは問題となった行動を見せる。
 むしろ史郎さんにここを見せたい。
 傷口チェックのあと、ドクターから「続行OK」の診断を受けたレフェリーは、ポンに歩み寄り、『注意を与えただけ』で、『ファイトッ!』となった。

 このバッティングに異論があるなら、亀田側のセコンド資格者が抗議をここですべきである。
 『もう一点減点しろ』と。
 これをしなかったのだから、試合後文句をいうならコミッショナーサイドではなく、むしろ自陣営内を追求すべきなのである。
 だからシロウトは困るとこの業界人はさぞかし笑っているだろう(笑)。

 そして両者にレフェリーともども、何もなかったように試合再開となった…

 以上が、テレビ画面に映った真実、一部始終である。

 試合後の史郎氏は、黒人100キロ級のボディガードらが手をつけられないとSOS出すほど、控え室で荒れ狂ったという。

 いわく、『なぜ、(二度目のドクターチェックの後に)もう一点(=計二点)ポンサクレックは減点されたはずなのに、それが点数に反映されていないのか…』
 『興毅は負けていたかも知れないが、(途中のポイント集計発表もあるため)すべてはああしたズサンな試合運営によって試合の流れがブチ壊しになる』
 『だから再試合をさせなきゃ納得できない』

 この肝心のバッティング裁定シーンが、なぜスローモーション再生などされずに、興毅がいかに強く戦ったのか、そればかりを象徴するシーンばかりしか流されないのか。
 今後も続くであろう亀田家にまつわるトラブルを未然に防ぐ意味でも、この試合画像を再生したものを、コミッショナーや東日本事務協会理事らが立ち会いのもと、史郎氏に見せて、氏が大人としての矜持を示せるかどうかの検証作業が急がれる。

 それにしても、興毅や大毅に弘毅が、ポンサクレックの勝利を告げた際、冷静にそれを受け止めていた態度には救われる想いだった。

 また、カメラが興毅の顔のアップに迫った際、ポツリと唇を動かしていたのを、ボクはその動きから
 『ま、しゃあないな』と読んだ。表情は涼しげでいさぎよいものだった。

 ボクはこうした亀田兄弟のボクシングを観たいのに…。

3月24日(水)  「舌っ足らず」の字あまり  (^o^) まあまあ
 鑑定のパフォーマンスというものを全うして、それをTV番組の枠内でまとめ切るというのは意外と難しいものなのだと、最近痛感している。

 本家、テレ東製の「そのまた元祖」とされるイギリスはBBC国営放送製の鑑定番組となると、
@「真贋」
A「品物に感心し」
B「作った者(使った者)をたたえ」
C「現在における価値」
 おおむねこれらの順序で、一つのモノが裁かれてゆく流れだ。

 その本家BBC版を、いまCS放送の片隅(というより端っこ)で、めったに観ないが偶然見かける度に惹き込まれ羨望のまなざしとなってしまう。
 こうありたい。

 でないと品物に、いやヒト様に対して申しわけない。
 無理な話なのだろう。国営放送ではなく企業に買って貰った枠の中で、視聴率を常に意識しながらこれを流さなくてはならない制作サイドの立場に立ってみたら、それは本家とは比較にならない。

 いきおい、ワカりやすさ第一。もっといえば「…で、いくらなのよ」とTV画面の向こう側のジリジリ感につい迎合してしまい、上記@のあとにすぐCを持ってきて、AやBをすっ飛ばす編集スタイルになる。

 率の上下というものは一般で想像する以上に、毎分、いや毎秒単位で番組内容の一挙手一投足の進行とシンクロしている事にはがく然とさせられる。
 そう、TV局や広告代理店、当然スポンサーが基本としている『分別「視聴率」表」という、折れ線グラフのチャート表は、シビアーこの上ない上下動を我々に見せつける。これは学生でいう「成績表」よりもコワい。

 『毎々1分ごと』だから、XXタレントが顔を出しているコーナーがアカンなあ、今度からは出さんとおこう。とか、番組全体の視聴率が悪いのに、番組が改編期などでリニューアルして再登場しても、あるタレントだけは出続けていたりする。
 これが『数字を持ってるタレント』といった近年の形容詞を最近生み出したきっかけも、この『分別視聴率表』のなせるワザ、副産物的功罪なのだ。

 人間面白いもので、ある料理がチャチャッと作られているシーンが流れ皿に盛りつけられる、『お待ちどうサマ〜』、キャストが箸を持ってそこに注目している…とする。
 そうすると、毎秒襲ってくる、浮気ごころいっぱいの視聴者各位(笑)はどうするか。 
 『チャンネルを変えない』ものなのである。

 ヘタすると(うまくいくと?)食材を包丁でトントン刻んでいる段階から、チャンネルザッピングを阻止させ、見事に口に運び、タレントが(「うま〜い」とか)リアクションをするまで他局への浮気をやめさせる効果があるのだ。

 だから、同じような理屈が我々の「鑑定パフォーマンス」にも通用する。

 なにやらイワクありそうな品がある。
 それが紹介され論議の中、真贋が問われ、何らかの決着を誰かにつけて欲しい…、そして私たちの結論へと”引っ張れる”という仕組みだ。 もしかすると人間とは『あ、ナ〜ルホド』を、常に追い求めている生物なのかもしれない。
 この心理的作用のおかげでボクなどは生き延びているのだろう。だから『ナ〜ルホド』の質を、どうにかイイものにしなくちゃならない。

 『なあんだ』だの、『ホンマかいな』のような”残尿感”だけは残してはならないだろう。
 
 『ナ〜ルホド』の質を上げて行くために、編集で切らざるを得なかったスタジオでのコメントなどをボクなどはこうした活字的フォローを積極的にしていけばポジティヴなんじゃない?、フと気付いた次第。

 そうした中で、コメントのうまさでは「い〜仕事」の中島誠之助先生は放送界の中にあって、あれだけコメントのまとめ、伝え方の上手な方はいない。
 西洋骨董の岩崎先生もその双璧だろう。

 『うむうむ、フンフン、あ、なあるほど、へぇ〜』まで聞いているこちら側をここまで引き出してしまう。

 そこで自戒を込めながら、舌足らずなOAに終わってしまったものを、せめてここに損失補てんしてみたい。
 オンエアでご高覧になった物の受け止め方と、実はこうした物だったという、当方が説明していた実体を読んで頂いてみたら、はてどんな印象となるのだろうか…と思いついた企画である。

 2週前のTBS《うたばん》である。
 いきなりアリスは堀内孝雄さんのモーリスのギターが出たが、あれはやはり「アリスとモーリスギターの作ったブーム」を考えると、モリダイラ楽器を紹介しないといけない。
 だから、『スタジオにこのギターの製作に関わった方に来て戴きました』と紹介した後、顔出しを嫌がった元担当部長氏の証言をもとにフォローしたもの。

 ギターの素材が市販品と違う、ジャカランダという現在は条約で禁輸となっている木で作ってくれたものという谷村さんの言葉も引用し、ボクは
『アジアでは広く、ハカランダーと呼ばれるローズウッド系の硬くて水に沈むような木を使っているんですね。だから弦の音を繊細にカタく弾き出す。』

『ネックも(市販品とは違い)堀内さんの手のひらの大きさに合わせた特製の太さで作っている。だから、これを堀内さん用の一本と見分ける事が可能』

『これが「80万円」とは安いかと思われるかもしれないが、堀内さんのギターコレクションは広く知られており、1本1本大きな値を付けて行くのは無理がある』

 谷村新司さんの「亀井勝一郎の文庫本」=【1円】
『見たところ、ここへの書き込みもなく、谷村さんの愛蔵本といった値は付けられない。現在文庫本の中古は「1円(アマゾン価格)」が相場。古本屋の店頭では「50円」でほとんど売り物にはならないので「1円」。』

『この1円ほど価値のあるものはない。この1円で谷村さんのようにしっかり元を取ってしまう人もいれば、せっかく読んだのに血にも汗にもならない人もいるその1円は価値のない1円。本とはそうしたものだと思う。』

『亀井さんは作家というよりも、むしろ昭和文学界の思想家というほうが早い方。親鸞など仏教をやさしく解き明かすなどもしてこられたわけです。だから谷村さんの【昴】など、アジア全体とか宇宙とかに曲を生み出した原典をたどってみたら、この亀井さん、そうとなるとなるほどここに影響を受けたのではと思えるんですね』

 おぉ〜コメントが全然「《うたばん》らしくねえ」ぞぉ(切られて仕方ないっか 笑)。

 矢沢透さんのデモテープ
『「デモテープ」とは質が違うもの。16曲分あちこちで結成当時のアリスが居酒屋や小さなイベントで唄ったもの。録音の質はともかく、こうした楽器もできるミュージシャン、サンタナやクラプトン、ジミヘンドリックスなど、デヴュー間もない頃のこうした即興でセッションしたテープを元にしたCDが海外では売られています(ボクも集めています まえの)。ですから、これでCDを出したらいいと思う。「原盤権」を買うとして300万円が妥当』

 先週のIMALUさんも他コーナーのゲストのトークが面白く、編集が大幅にカットされた(涙)。だけど考えてみるとそれらのスタジオライブやトークもしっかり切られているのでお互いサマなのか。

 お爺ちゃんが留学中に使っていた100年前の[Webstar Collegiate Dictionary]

『これは状態が素晴らしく「博物館級」で40万円。1910年発行の第2版。こうした大学生版の携帯用は普通折れがあったり書き込みがあったりするものだが、それでは10万がせいぜいなのにこれは新品同様なのでそこで値が違う。よっぽどおじいちゃんは勉強しなかったのかもしれない(笑)。』

『この明治44年というと文部省が日本での英語教育をやろうと必死だった頃。ウェブスターといえば本家。(「じゃ三省堂みたいなもの?」と石橋さん 笑)ウェブスターのこうした英英辞典が土台となって今の英語教育の基本ができたいわば記念碑的な1冊。』

『本づくりも素晴らしく、各項目ごとに削り取られた切り欠きが丁寧で、革に金文字で記されたアルファベットがあって、極めてめくりやすい。名物のイラストも汚れもなく楽しめる。これはいい』

 GREEN DAYSのメンバー3名全員によるIMALUへの為書きありサイン入りツァーメンバー用Tシャツ。
『出すアルバム、05年久々に出した4年ぶりの09年アルバムと、グラミー賞のBestRRアルバムを連続受賞するようなグループ。日本が知らないだけ。』

『歌詞のメッセージ性、昨年などはあのイラク戦争の真っ最中に「ブッシュのアホ」と笑うような政治性が強いせいか、日本での温度は低いがアメリカではロックのリーダーといっていいグループ。』

『とにかく、社会へも取り組みも立派で、その受賞したアルバムからカットしたヒット曲からの収益を、あのサムイ島などインド洋大津波の被災者にチャリティ寄付しちゃうとか、ただ者じゃない連中。』

『3人、それもメッセージ付きで揃ったサインなど、ボクはまだ見ていない。シングルメンバー一人だけで300ドルから500ドル付く取引き例が標準か。そのグラミー対象とされたツァーのTシャツという土台もイイ。』これが25万円。

『ドラムの使用済みスティックも、メンバー=Treyのネームの入った珍しい特製で、しかも二本。通常はプレイ中に折れたものを急いで新品と交換する際、観客に放り投げるもの。「未使用で二本」は珍しくないが、これはポイントが高い。一本3万x2』

 パコラヴァンヌ製のレトロ調ショルダーバッグ(じつは中居さんがお母さんの大竹しのぶさんに贈ったもの)。
『見たところこれはチタン板、ひょっとしたら防弾能力があるかも(笑)でもかなり古い。当時は加工が難しく、5〜6万いやそれ以上はしたかもしれない。』

『だがいかにも古い。デパートは大概返品は受け付けるが、こうした袋物は店内から戻ってきても受け付けない。視聴者の方がたにも覚えておいて貰いたいが、こうした袋物は口紅一本入れても臭いが移るもの。臭いひとつで評価がガタンと下がる。あいにく中古市場では頑張ってもこの値段』と、1万2千円

 今度こそ、切りようのない『ナ〜ルホド』を目指します。

 下写真:台本ですが、何もジブンの話すべきセリフは書かれていません(ホント!笑)

3月23日(火) / さらば競馬界のドン・キ・ホーテ  (^o^) まあまあ

 この《気ムズカ日記》で何度か(さすがに)匿名で書いたことのある、さる高名な資産家氏がついにギブアップしていたのを知った。

 日刊スポーツのサイトより

 【フサイチ冠名の…関口氏所有馬差し押さえ】

 フサイチの冠名で知られる関口房朗氏(74)の所有馬フサイチセブン(牡4、栗東・松田国)とザサンデーフサイチ(牡6、同)が12日に大津地裁に差し押さえられたことが分かった。

 フサイチセブンは関口氏が00年に米G1ケンタッキーダービーを制したフサイチペガサスを父に持つ良血馬。10日に船橋競馬場で行われた統一G2ダイオライト記念(1着賞金4000万円)で重賞初制覇を決めたばかり。現在は裁判所の管理下に置かれており、JRAの規定によると「差し押さえを受けている馬は出走できない」ため、競売にかけられるなどして、新たな馬主が決まるまではレースに出走できない。

 両馬を管理する松田国英師は「今は2頭とも放牧に出ています。どうこう言える立場ではありませんし、推移を見守るしかありません」とコメントした。

 関口氏はここ数年、自身が経営する人材派遣会社が不振で資金繰りに苦しみ、所有する多くの競走馬も手放してきた。また、1月25日には競合禁止義務に違反したとして、裁判所から契約金5億円の支払いを命じられていた。関係者は「六本木ヒルズは出たが、今は都内の一等地に住んでいるはず。最近まで連絡は取っていたけど、今はどうしているのか…」と心配していた。

 [2010年3月14日9時2分 紙面から]

 ヒルズ族の筆頭格の同氏がまだブイブイいわせている頃に出会った。
 じつは、この方の競馬馬関係のエージェント氏とボクが旧知で、馬の売上先などの水先案内ていどはして上げられていたので、その放蕩ぶりなどはつぶさに聞いて知っていた。

 そうしたら、2年前に日テレの昼のワイド番組の仕事で『お宅拝見』的なロケで、偶然ボクが起用されてしまい、あの古市さんを進行役に例のヒルズ御殿へ出掛けていったのだ。

 普通、「お金に余裕のある人」というと、最近ではめったにこうした家の中にカメラを招き入れて公開するような”仕事”は断わるようになっている。

 カイヤと川崎なんとかさんの自宅に、あの霊能者江原啓之先生がTVのロケでご訪問。
 ついでに将来の「運・不運」を占ってもらった。

 カメラ前で『今後はいいことばかりが続く』との堂々たるご託宣。
 それがそのVTRがオンエアされた(翌々日だったか、)とたんに空き巣被害発生(笑)。

 何のことはない、犯人はその録画分を観たのだろう。
 窓や隣家からの死角や、入口ドアロックの位置や構造を、ラッキーなことに『家の内側からの映像』で、しっかりチェック済みだったのらしい。
 警察は提出された放映分VTRを再生し、苦虫を噛み潰して局側に自制を促したという。

 カイヤさんとしてはもしかして、江原センセイのご託宣に気でもゆるんで、鍵のロックなど要らぬとばかり、掛け金外して出掛けてしまったうえでの事だったのか(笑)。

 それにつけてもこの方、毎年ではないものの恒例行事のように次々とマネジャーや代理人と、縁が切れたり、別れたりしているのはどうしてなのだろう。

 まるでボクが『このレースだけは外せない』と、気合が入りすぎた(?)レースほど高い確率で外す…それと同じように、欲得が強くからむと、はたして身辺を安心して任せられる人材なのかどうか、そんな肝心な素質が見極められないというのはちょっと笑えるイイ話だ。

 不思議でならないのはTVで観る限り、スタジオで氏が出会ったばかりのタレントさんの全てがまたたく間だというのに、見透せてしまうというのに、ことマネジメントとなると透視力のどこかが濁るのかもしれない。


 ともあれ、こうした『放送事故』が相次いで、一時期定番となった”お宅拝見モノ”は今やなくなりつつある企画だというのに、この関口さんはどうしたことだろう、ボクはあらためて彼を見た。
 関口さんという方ご自身の鑑定を、ひょっとしてもう始めてしまっていたのかもしれない。

 この番組でご自分をふくらませてみせることで、何らかの形での利益を誘導したいのだろう。つまりプロモーションをしたいというニーズからこの取材をOKしたのだと思った。

 ともあれ、あの押尾学が女性を死に追いやった部屋がある同じ棟の一室。
 意外なことにひとり住まい。
 金箔を壁に貼りめぐらし、その上から透明アクリル板をかぶせて保護している。

 うわ〜スッゴい、金じゃないですか。冗談云うてくれるな。広い壁一面をつぶして堅めたって、金塊にしたら実質ほんの一グラムにも満たないだろう。
 視聴者の皆さん、そうした(下手したら空気よりも軽い?)金箔よりも外を覆っているアクリル板の方がよっぽど高いんですわ。

 こうしたコケおどし的なインテリアで脅す者脅されてしまう者、世の中はよく出来ている。

 リビングのガラステーブルには、ずらりとコントローラーが並ぶ、一つ二つ…六つと数えていったら合計一〇本。これを本当に駆使出来ていたら相当に凄腕の空港管制官に明日からでもなれるだろう。
 おい、めったに使わないものもあるだろう。少しは系統づけて整理しておくほうがかしこい(笑)。

 時計だの、クロコダイル革で作られたジャケットだのは別の先生にやってもらった。
 出てきた出てきた、黒田征太郎氏を酒場から関口さんがここへ引っ張ってきた際に、描いてもらった水彩一筆画(みたいなもの)は『ペガサス』の輪郭が。これは所有馬の『フサイチペガサス』にちなんで書かれたものだろう 『30万』。

 今後、日本の画商はこのクロセイのあちこちで描き残した、ほろ酔い気分の絵が売れることだろう。
 ただし、少しでも根が付くようになれば、ジャカジャカ持ち込まれることだろう。
 それくらい六本木や四谷、銀座で描きまくっていたから…枚数は多いけど(笑)。

 おお〜あったあった、ここにも長嶋茂雄さん直筆サイン入りバット。
 『お値段は不謹慎だから』ちおカンベンしてもらったけど、どうしたんだろ字がヨレヨレ。

 あ、そうか。
 長嶋さんは右半身が不自由だから、右手じゃ書けなかったんかぁこのバット。
 それにしても不自由な左手で、ただでさえ難しい3D物体(=バット)へのサインなんて、苦労なさったんだな〜。

 でもこのバットのサイン、どうして『右手で』書いたんだろうなあ、知らないけど(笑)
 コレがそうだとは言わないけれど、ニセのサインと判ったらその途端に、価値はゼロ円になってしまう。

 仮にバットを買うにしたって硬式用なら1万円は超える。
 だけどそこに偽サインなどが乗っているだけで、価値は消え失せてしまう、一万円のバット価値も含めてだ。
 何故なら、ニセの筆跡など、ニセである以上は単なる「インクによる汚れ」であるからだ。
 汚れているのなら、まだ何も書かれていないモノのほうがはるかに価値がある。
 ニセの筆跡などはそんなもの、『悪意の痕跡』そのものなのだから、見ているだけで腹が立つものでしかない。

『関口さんはお持ちの馬で日本ダービーと、アメリカのケンタッキーダービーと、両方を制した日米でも最初で最後の方なんです。この優勝トロフィーを持つなんて多くの馬主さんが虎視眈々と狙って来ましたが、果たせなかった夢なんですね。それを果たしたからこそ、このようにアメリカの雑誌からも(表紙で)讃えられている…。(後略)』

 関口さんはボクの締めのコメントを首を垂れ、目を閉じてウンウンと立ち尽くしたまま頷きながら聞いていた。
 馬主だった我が家。
 馬に関するコメントでは『競馬場の外から通ってくるような』記者だの評論家諸氏の後塵を拝するワケにはいかない。

 一段落ついて、スタッフが撤収の準備を始めると、古市嬢がスッとやってきてカカトを揃えた、
『今日は大変良いお話を聞かせていただいて、ほんとうに勉強になりました。どうもありがとうございました。』

 ボクは驚いた。こんなにあらたまって丁寧に、共演のお礼をするTV局の正社員など見たことがない。
 ご両親の見識がしのばれる。漢字のヘンに『身』と書いて、ツクリに『美』と寄せてそれを【躾・しつけ】と読ませる意味がしみじみ良く解った。この人を一度ですっかりファンになってしまった。

 『そうですか、あなたのご両親も馬主さんだったんだ。』と、すっかり片付いた部屋で独りでいたボクに関口さんはタバコの火を消しながらすぐ脇にやって来た。

 『しかしねえ、馬を持ち始めたばかりの頃は馬が勝ったら嬉しくって嬉しくってしょうがなかった。だけどね、それが最近じゃあいつの間にか嬉しくなくなっちゃったんだよ。』

 『もう(馬主稼業なんて)ヤメ時かな、なんて思って』

 ボクは驚いた、当時のJRAはじめ競馬界はこの人を中心にした渦巻がグルグルと回転して莫大なカネが動いていた。
 少なくとも、この人の一挙手一投足によって、北海道日高地方の景気の上下動を支配されていたと云っても過言ではなかった。

 この方の稼ぎ方は基本的にあのホリエモンと共通していると思う。
 堀江さんは「発想を売った」のである、だから資産はなにもない。
 関口さんはまだ馬たちがあるから資産はそれなりに形成され実体はあったと思っている。

 彼らは目立ってナンボなのである。
 つまり、所有する会社のドンとして旗を振り、ここに集まるとおいしいことがあるぞと注目を集め、超セレブという媚薬を体中に塗りたくって、自社株に(投資させ)集まってきたサカリのついたオスたちはハァハァしながら彼らからの分け前を待ったのである。

 このプロモーションの狙い自体が、事業に注目してもらい企業を育ててもらうのではない。
 注目させる意味とは、自社株に投資させることであって、できればそれが奪い合いの挙げ句、高騰してくれればそれだけこうした起業家たちの個人資産へのフィードバックは膨らむ。

 それを狙ったもの以外の何者でもないではないか。
 当時のこの《気ムズカ日記》は徹底的にそうした安易なマスコミを上手に利用し、視聴者に話題を巻くことだけを目的にした『ヒルズ起業家たち』をコケにしまくっていたものだった。

 それが、今や関口さんはこうした主婦向け昼ワイドにまで媚を売っている…、この憐れな事実にボクの目は冷め切り、おそらくは馬主の気持ちが解る者としても、気づかないうちに相当氏には同情的な言葉を口走っていたのだろう。それに思わず引き出された感傷的な言葉となったのだろう。

 思えばこのとき、ボクが競馬界の「内側にいる関係者」であったとしたら、氏はこんな「本音」など、間違っても漏らさなかったことだろう。

 ご自分の発言やワンマンによって、社会的な問題まで引き起こす結果となった禍根まで引きずっていたご仁であったし、設立者であるはずが育てた会社の全員から総スカンのクーデターを喰らって、おっぽりだされたなんて異常きわまる経験まであったほどだ。

 そういえば面白いことがあった。
 氏の持ち馬=フサイチパンドラという馬がエリザベス女王杯で勝った時のこと。
 氏はこの馬の単勝馬券を100万円ツッ込んでいた(笑)。

 ホントは1着になった馬が、実は走行中に他の馬を妨害して失格、繰り上げて2着から1着となってのだけれども、それだけで4000万円の馬主への賞金が9000万円になった。ウヒョヒョ〜である。

 そしてその単勝馬券には23倍(だってパンドラは7番人気!)がついたので、なんとそれだけで「2300万円」(笑)。
 それだけではないアルよ。
 今流行りの「三連単」が、なんと92970円もついた、100円買っているだけでほぼ10万円もらえる!

 それをこのお父さんは1万円分も持っていたというワケ。
 するってぇと、窓口で929万7千円もどっさり積まれたというワケ。

 笑えるなあ。
 それをこのレースが行われた京都の淀競馬場へ行っていたフサイチ軍団が、手分けして馬券の配当をかき集めたのだけれども、ドサリドサリと、専用のデパートの買い物手提げみたいな紙袋に詰められて渡されてゆくのだが、なんと、淀の上階にある指定席や馬主貴賓席のあるフロアーからこの時、1万円札がなくなっちゃったというのである。

 「すいません、下へ行って(札束)持ってきますから」と、この時ばかりは馬券売り場のJRA偉いさんが平身低頭だったそうだ。
 ボクは三連単党だけれども、この時の組み合わせ=【1着:7番人気、2着:2番人気、3着4番人気】を的中させるのはそれほど難しいことはないとは強がりながらも考察するんだけど、このお父さんどれだけの点数を買って臨んだのか。
 なんと【210点】…。
 つまり『7頭ボックス買い』なのだよね。バカヤロー、究極の負けず嫌い(笑)。
 選んだ7頭だったら上位3着までの3頭に、前後あと先にどれか3頭が入っていればいい、それで勝ち!みたいな、超超オトナ買い(笑)、だから210点。
 
 セキグチさんは、競馬場へゆくと毎レース、7頭選んでは210万円窓口に差し出して馬券と変えてきた。
 そう、1点1万円。だけど210通り(笑)だから210万円。カンベンしてくれっつうの。
 したがって、競馬場へゆく度に2000万円平均で持参っていうことになる。

 頭の良い庶民だったらもうお気づきのことと思うが、この作戦、配当が発表されたら耳を澄まし
 『三連単、20000エン…』なんてアナウンス流れたら、それだけで負けなのである(笑)。
 10万円の損が出てしまう理屈。ズバリ、買いすぎのレトリック。

 だから、先のエリザベス物語の場合だと、約10万馬券の配当となって万々歳なんだけど、よく収支決算すると、『たんに5倍そこそこ』の馬券をとっているに過ぎない、このナァ〜ンダの不条理をなんという(笑)。

 ボクは氏の代理人として潜入しているような、”秘密工作員”からこうした話を逐一聴かされてきて、とても面白かった。

 あのロケの後、『関口さんはこう弱音を吐いていたよ』と工作員に報告すると電話口の向こうでガチャガチャでかい雑音を伴って工作員がビックリした。

 『関口さんが、ウソだろ…そうんなコトなんで言ったんです?』
 彼が否定しまくりたいような衝動がこの質問にはあった。

 『まさか・・・・』最後までそうしたクライアントの言葉を信じきれないまま電話は切れた。

 あれから2年経って事実上の破産状態といった局面と氏は向き合っているようだ。

 西暦2000年初頭、日本の中心部に於いて確実に起こり、それまでの常識というものをある程度押し返そうと試みた新しい人種が一定程度存在した。
 そしてそんな金銭感覚を旧日本文化というものが抵抗し、少なからずそこに摩擦があった。

 関口さんのビジネススタイルというものは、そのひとつの象徴であったとボクは心に刻んだ。
 ビンボー人でありながら、お金というものに必要以上にかかわっているボクも、氏にいつかお目にかかったらこう頭を下げたい。

 「大変良いお話を聞かせていただいて、ほんとうに勉強になりました。どうもありがとうございました。」


 写真は:@関口フサイチ軍団総帥に与えられた『馬主章』。まさしくプレミアものだろう。

      もう一枚。下部【 viewfrom....JPG】文字列をクリックで、
A関口御殿の窓を開けて撮った景色。(何の遮へい物もなく、こんな高さから身を乗り出せるのは気が狂ったようにコワイ)

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3月12日(金)  書き足らない悪  (^o^) まあまあ
 ところで、昨年この《…日記11月19日》で既報した、ちびっ子相撲とやらで横綱になったのが命取り。中学生になってもデカいだけの図体を勝手に嘱望する周囲から『タカリ癖』を刷り込まれ。
 そのあげく、栴檀は双葉よりクサい匂いがフンプン。
 スカウトされた明徳義塾の越境時代から、学校周辺の飯屋、ラーメン屋から片っぱしから出入り禁止の寸借詐欺常習犯。

 めでたく大相撲の名門お部屋に入れば入るで、出てくるのが怠け癖と将来の手癖。
 兄弟子から預かった手提げ袋から、後先考えず預金通帳やらキャッシュカードを換金盗みまくる。
 それを咎められ、告訴取り下げと交換で今度は名門大学相撲部に無試験入学で引き取られる、いわばガイジン戦力ということ。

 それをまた恩を逆に取るのがこのヒトの形をしたクソ人形の常套手段。
 同情したり、ほどこしの心を持って近付いた者ほど、まさに身ぐるみまで剥がされ放り出す犯情の残酷さで検事を怒らすほど。
 だから、この大学の監督も奥様も経営するちゃんこ屋カネのためなら、容赦なくそれぞれ骨の髄までしゃぶろうというものだった。
 
 詐欺師は簡単に謝る、見付かればこんなに謝り上手は他にはいない。
 ”身体の関係”があるわけでもなく、こいつは「良心だけ」をアテにして気の毒に思ったそうした心を狙い撃ちにだまし尽くす毎日だった。

 こうして角界から追放された秋本久雄だが、10月下旬にに詳しく書いたが、一審で「10年」の求刑を受け、東京地裁で最も甘いとされる裁判長の判決だったにも関わらず、なんと『実刑9年』が言い渡された。

 通常、「6〜7がけ」といわれる”対求刑比”を考えれば、ほぼ満額回答だった。
 ボクらを支援してくれた司法関係者もそれを聞き
 『ほう、そこまでワルだったんですか。せいぜい6〜7年だと思ってました。9年!?しっかしよっぽど悪い野郎だったんですね』事件の全容も話さぬともプロが驚くほどの判決だった。

 昨日書いた分の、あんな可愛い詐欺とは全く異質の、全財産を抜き出すまでけっして手を抜かない『職業的詐欺行為(判決文より)』の執拗きわまる手口と態様。
 巻末の【怒れる男】というリンクに書き留められた判決文から読める『秋本クソ雄流「カネの引っ張り方」』を参照なされば驚くばかりいの頼む、お願いします…の、人格などかなぐり捨てたこのクソの、醜いお願い連呼ぶりは詳しく書かれている。

 そこにふれる前に、本件の被害女性らとは、通常の「結婚詐欺」にありがちな甘い誘惑におどらされた…わけではなく、肉体関係のとりこにされたわけでもなく、上記のごとく彼女らは別に「ウマイ話に乗った」わけでもなかったと、彼女らの法廷での証言で心に深く残った。

 『周囲からはこんな(容貌の)男と私が、いかにもカンケイで結ばれて、”その上で”とりこにでもなったかのように思われてしまうのはこれ以上無い屈辱なのです。そうしたことはなかった…これだけはいっておきたい』(彼女らから検事が聴取したものを、検事が代理で代読した。)

 それはひとえに『将来結婚する人が当座の金に困っているから用立てた…』という、他人の不幸を傍観していられない、止むに止まれず、借金まで背負って金を用立させられただけの被害者。

 それがたまたま(今回は)全員女性だっただけという、憎むべき犯罪なのである。

 ボクが取材を進めるうち、秋本はなぜか必要以上に『前野』という名を恐れていることが浮かんできた。
 不思議に思いながら、さらに番記者らに当たると『巨額の振り込みをさせられながら突然、ある日からプッツリと消息を断っている女性』が少なくとも3名いる事が判明した。

 これだけで約7000万円の現金が彼女らから1〜2年のうちに、秋本の「振り込ませ用」口座に集中し、せっせとそれが右から左へ消えているのである。
 今回の判決では、(きっと検察や警察での調書でそうしているのだろうが、)秋本の詐欺の動機を
 『風俗店や、パチンコなどのギャンブル高級店での食事につぎ込んだ』となっているが、意外な盲点でこれをきちんと裏を取った者が(刑事にも検事にも)いないのである。

 断じて言うが、このクソはギャンブルに金を突っ込むような無為な金の使い方など、絶対にしない、いや絶対に出来ないタイプの男なのである。
 一定期間、このクソ雄はボクの仕事場にやってきて、ウソの肩書き(「同志社大学相撲部監督」)でボクが日大相撲部を知っていただけに、そこを突破口に詐欺の足がかりにボクに近付いたのであった。

 その間、当方が席を設けたり、酒のある席にクソ雄が招待したりというひと時があった。
 そこでボクは多くの点で自分なりに感ずるものがあった。

 取りあえず、こいつが警察や検察に裁判所に”争わない「事実」”として語った、詐欺で得たカネの使途が

@パチンコなどのギャンブルだった
A風俗やキャバクラだった
Bそれを使い果たした

 @では、男同士が喋っていれば、ギャンブルなどへの方向性や執着ぶりなど、話し始めた途端に少しずつでも色に出てしまうものである。こいつには完璧にこうしたものから稼ぐ困難さは解っていても、自分がここに投資して幾ばくかでもカネを得ようなどといった安易な愚かさはミジンも感じさせなかった。
 ボクと通じて知己を得た某プロ球団選手らにしてもそれは共通したヨミだった。
 男ならわかる。

 Aまた『風俗店で散財』というが、そもそも酒も呑めないし、だいいち常に複数同時進行でだます身であるかぎり、そんな無駄な時間などあり得ないのである。
 また、酒は呑めない…のではないのかも知れない。
 こいつはタイプとして、『酒を呑んだら、相手をだまし通せるようなコンセントレイションがおぼつかなくなるのではないか、だからだましている途上の者とは酒を汲み交わさないのかも知れない。

 また被害女性の弁論ではないが、不能者として『時として(女性に対し)信じられないほど凶暴になった』というのも、”『不随意筋』がコントロール出来ないもどかしさ”の発露ではなかったか。

 ただそんな不満を発散するだけのため…?
 またそんな計算高い野郎が、キャバクラなどへ行き半年で少なくとも5000万円などの浪費をしてどうしようしていたというのか。 

 一般の方にも警告として申し上げておくが、あくまで「警察は『立件までが仕事』」なのであって、立件したらそれで終わり…という公的機関なのだとこの際再認識しておいた方が良い。

 検察も警察も、個人(加害者)の口座に入ってしまった”民事っぽい金”を取り戻すなど、今の世の中ではリスクはあまりに大きく、ターンバックは少なすぎる公的権力の行使でしかない。
 いま、税金から支給される彼らの給料分には、そうした、民事スレスレ業務の分までは含まれてはいないのである。(=つまり被害相当金額などは、取り返せなくたって責められない)

 つまり、それから先は弁護士の仕事であって、裁判も民事訴訟となる(だから、俺たちを頼らないで欲しいと言っているのである)。

 では、法律に則り、しかたなく被害者が賠償を犯人どもに訴えたとする、だがそれら加害者が、自分の口座や現金それ自体を隠しおおせたらどうなるのか。

 そんなもの、カネを集中した隠し口座などへ入金し直すとか、穴を掘って埋めておくとか(笑)、表にある口座だけは『無収入・スッカラカン』を装い、あとは『供述通り、キャバクラに入れ込んだ』『ギャンブルでスッた』とか申し訳なさそうにすれば、いくら賠償金支払い命令の勝訴判決が出ても、取りようがない…、もっと深く言えば「そこから先、カネの在り処を探す者がいない」のである。

 ここまで、無法であると現在の法体系ではどうにも打つ手がない。
 これこそ、正義というものの限界、きれい事の究極ともいえるブラックホールがここにある。

 それをボクはこの秋本クソ雄の裁判と、入手した資料から知った。
 悪いことをしてカネを儲けようという者はすべからく、表の振り込ませ用銀行口座に貯めては全額引き出し、他に設定した口座(や現金)などに振り替えて、表にはいつだって押収されていいカネしか入れておかない。そして、暗証番号だけを忘れずにしておけば、刑務所からの仮釈でカネと無事ご対面の運びとなる。
 
 本当に正義の危機とはこのことだ。
 『無いソデは振れない』これは真理である、別にクソ雄らが出所後、一流企業に働いて、毎月決まった給料を稼げるはずもないのである(ちょっと差別的だけど)。したがっていくら法の下での救済を実行させようとタテマエ言ったって、かかる定収入さえおぼつかない連中を相手に、裁判に勝てたところで、賠償金が取れるかといったら取れないのが現実。

 つまり、こうしたプロのパクリ屋などを相手に民事に訴えたところで、『花は咲いても実など獲れない農作業』となってしまうのがオチである。

 秋本のケースで考えられるのは、親や兄弟もしくは自分だけで隠している口座(または現金)がどこかに存在し、きっと”前回分も含め”服役を終えるまで密かにプールしているのだろう。

 さらにクソ雄が狡猾なのは、身元引受人を買って出ている女性までどうやらだましているらしいのだ。
 結果は9年後、このクソは獄中から「働きアリ役」としてだましたまま、こうした『利益』を運用させているわけでもなく、無一文を装って、相変わらず東拘近辺の差し入れ屋への支払いまでタカり、金ヅルとして利用してきたらしい様子が把握できている。

 どのような容貌の女性なのか、ボクも興味シンシンだが、秋本はこうして便利に使える者なら、男も女も全て使い、刑事も看守も友人も親方もすべての周囲の善意をすべて使い減らしたうえ、利用価値がなくなれば100%棄ててきた。(コレは関係者全員が肯定するだろう)

 彼女Yは、警察への事情聴取でも、少しはこの秋本を詐欺人間と知っているため、それなりの距離を置いてはいるものの、よくて「理解ある被害者」もしくは悪くて「秋本の共犯」まがいに、捜索前の住居に立ち入って捜査資料を持ち出したり、単なる同情した第三者とは到底思えぬ者として関わってきた。

 だからゴールデンウィークなどを都心の高級ホテルOで、自分の両親に二人の児童という構成の”秋本夫妻”。
 この6名で連泊しては贅沢三昧をした挙句、チェックアウトを装いながらタクシーで一斉に逃走した件でも、こちらでは”共謀共同正犯”として被害届が準備されている。

 また、驚いたことにボクの《気ムズカ日記》の記述もYによって逐一プリントされ、毎回の公判前には、東拘のオリの中の秋本へとせっせと届けられている形跡もあった。

 タクシーで東京地裁の公判に通っていたこのバツイチのYも同棲中、障がいを持った長男が当時の秋本から暴力を受け、さらにその子名義の預金まで奪われるなどのDV(?)を受け、そのY本人より警察に告発され、この鬼畜同居人を検挙留置させている…といった、目を覆いたくなる記録もある。

 ところが今回の事件の公判となると一転、裏で分け前でも受け取っているのだろうか、
『長男は施設で、秋本の更生を信じ、帰りを待っている』などとYは申し述べ、一貫してクソの側に立った情状証人として罪の軽減酌量を訴える役割となって演じてきた。

 秋本も最終弁論で、そんなDVや窃盗事件など不利になる要件は一貫して隠したまま(本件「証拠」には含まれていない /前野 註)。
 『自分が算数を教えるのを障がいを持ったその子は楽しみしている。自分を頼ってくれているから一刻も早く罪を償って出てきてやりたい…』と精一杯、”障がい”という不幸を、逆に減刑をうったえる有利な材料へと転用してしまう。
 こんなもの100パーセントのウソである。
 その愛情と体重あふれんばかりの男は、同じ口でその子を殴り、その子名義の預金を失敬してしまっていながら、ひたすら『その子のために一刻も早い出所を』願い出るというのだから、常習犯罪者というものはいかに恐ろしい神経をしているのだろうか。

 それにしてもこんな憐れな長男「障がい児をメイン」に差し出して、この実母とデブツバメのコンビは、イケしゃあしゃあとお涙頂戴ヒューマンドラマを仕立て、法廷で演出する戦術に打って出たものではないか。

 だが待てよ、冷静に考えてみると、その長男は現在すでに16・7歳。
 クソ雄の刑期が9年だとすると、仮釈とか恩赦があったとしたって出所したら23・4。
 今さら算数も何も無いのではないか。
 ここに長男のハンディを持ってくるなど、これぞ『秋本流』、クソのクソらしい人を人とも思わぬ利用法なのである。卑怯、卑劣、冷血と呼ばずにこれをどう語ろうか。

 ここに潜むクソ雄の冷血ぶりに、ボクは冒頭の『6000万振り込ませながらも被害届けを出さず、プッツリ消息を断った女性ら』の所在確認、いや生死の確認をできないものかいま動いているところだ。

 さらにこの春、Yは次男に私立中学を受験させる。
 合否は知らぬが、「元CA」とやらの自称も(どうやら)無職、にもかかわらず「私立中のお受験」ときたら、Yの背後にある金の出どころにも再度、首をかしげざるを得ないのである。

 何はともあれ、詐欺の加害者の取るべき途は…すなわち被害者への救済。
 弁済を真摯に行ってこそ初めての反省/謝罪である。
 最終弁論で、このクソは『一刻も早く社会復帰し働いて、被害者への弁済をつとめたい。』などと述べた。  しかし、このクソに良心こそカケラもないけれど、法廷という場所だけはよく心得ている。

 唯一『言った者勝ち』…、コレである。

 じっさい、前回逮捕時など表に出た被害額の約3000万円だって、一体いくら返済したのだろうか。
 それは果てしなくゼロとしか言いようのない、金額にとどまった。まさしく小学生のお年玉ていど。
 やったことは「返すフリ」というアリバイ工作をしたことだけである。

 こうして「必ず返しますよ」と、裁判長の前で口で約束し減刑を狙ったっていいのである。
 早い話、それを守ろうが反故にしようが裁判所にとってはまるで関係ない。
 もう偽証だの何だの問われる段階は終わっているのである。

 その約束の履行不履行は誰もフォローしない、関与しないのである。
 だから言っといた方が遥かにトクなのである。
 言わないヤツはむしろバカか、よっぽどのお人好しなのだ。

 重ねていうが、この秋本クソ雄を追いかけていて、大きな社会勉強とさせられ、自分の中にあった大きな予備知識をそっくりそのままポッカリ入れ替えなければならなかった。それは被害届けと警察との関わりについてである。
 重複部分もあるかも知れないが、読者諸兄もこれを機会に知識を入れ替えておいても損はない。

 警察にこうした詐欺事件を届け出ても、警察は野郎という【身柄を捕らえて検察へ起訴しやすいよう材料を揃える】だけの役割である。
 いわば、検察へお届けするための「幕の内弁当の入れ物」といった送検材料が目の前に置かれ、
『あとは梅干をひとつ載せるだけでOK』という条件の揃ったものならすぐにでも着手してくれるだろう。

 大事なのはこうしたお弁当屋さんの作業を効率良くこなしてもらうには、こちらも積極的に手を貸して、被害者側に都合よいよう、着色料くらいなら時には加えたって良いから必要事項を揃えて提供すれば、悪いヤツは手っ取り早く牢屋にぶち込める。

 だが、われら被害者のため、犯人の銀行口座から、奪われたカネを取返してくれたり、口座を凍結して置いてくれる…また、浪費したカネをどこに使ってプールしてあるかなんて、そんな「弁当一人前」とは別物のサイドオーダーなんて、警察や検察が手を貸してくれるとは絶対に思ってはならない。

 彼らは忙しいのである。

 届けられた「幕の内弁当」ワンセットを適当に公判維持できる程度に、焼ジャケという被疑者を乗っけて、唐揚げという自供をそろえ、蒲鉾という被害者側からの証拠を整え、セットが完成したらそれで終わり一件落着。
 悪い者を懲らしめるという業務なんて今はなく、法律からはみ出した部分を見付けたら引っ込めさせるだけの役目なのである。消化したらそれで終わり。

 起訴させたらそれでいいのである。警察検察とも、世間を励ますような勧善懲悪を、その一件だけで満天下に知らしめて見せようなどとは思ってはいないのだ。

 良くも悪くも相手の立場を理解すべきで、高望みをしても良いが、ダメだといって失望するのもどうかと思う。

 せっかくの弁当に添えたらグッドマッチなおかずが外側に残っていたって、検察庁へ持って行く大きさの風呂敷にピッタリの一包みが効率良く完成したら、彼らににはそれで十分なのだ。
 被害者の前で加害者を裁けるよう、起訴に確実な材料がワンセット揃っていたらそれらはほとんど組み入れてもらえないと覚悟すべきだ。

 検察は検察でそれを受け取って、噛みしめても大丈夫なように醤油やソースの入れ物も調達し、キャラぶきなどもホイルで添えて、こいつを裁判所へ持っていったら「無事に有罪」となるだろうと見極めたら、もうそこで完了。
 被害者の嘆きも救済も積み残されていたって、任務の外となる。

 驚くなかれ、こちらのクソときたら、あろうことか控訴してきたのである。
 求刑10年に対し「懲役9年」。

 いかに犯情が悪かったか、この「10年9年」だけで推して知ることができるほどの、容赦ない非道の罪の認定だったのに。
 これを「控訴」とは…、もっとも被告原告ともに公訴事実は100%争っていない…のだから、秋本クソ雄は「量刑不当」と減刑狙いの悪あがきを謀ったのだろうが、何をかいわんやである。

 これこそ「税金の無駄遣い」そのもの、であるから民主党は事業仕分けで道路でも空港でも作っていいから、何をさておき「秋本クソ雄に関しての控訴権」だけは剥奪して欲しいものだ(よくねえよ 笑)

 次なる作戦を練りながら年を越し、ボクは様子を伺っていたが先月半ば、自ら取り下げる形をとったようだ。
 法曹界のどちらに訊いても、この控訴はあり得ないと否定されるばかりだったろうし、多くは一笑に付したほど、低レベルと笑われたことだろう。

 さすがに相談された弁護士も「国選弁護士」だけに、あざとく(出廷手間賃などを国費を)儲けようという意図が、広くミエミエになるのを恥じたのだろう。

 それともズラリ並んだ判決文における、このクソの行った、極悪非道の羅列ぶり(註)を再度、また俎上に乗せて『事実関係は争いませんが、もうちょっと負かりませんか』と、食い下がるのみの控訴審ではカッコ悪いのか(笑)そのどちらかなのだろう。

 よくもまあ控訴趣意書提出以来3ヶ月あまり、こんな当たり前の理屈を説得できなかったのか、お鉢を渡された弁護士の『常識力』をうたがうばかりだ。ひとつ後学のためお名前でも探してみるとするか。

 取りあえず、「控訴断念」に泣くクソは、今後どこのムショへ下獄となるか、ちょうど決定が下されたあたりか。
 【4度目の下獄】となると、ちょっと今度の刑務所ばかりは『筋金入りのお歴々(=長期刑)が面を揃えている「BL刑務所」』だろうから楽しみである。

 収容の相当数が、義理や仁義で死ぬの生きるのをくぐり抜けた人々だから、「詐欺」、とくに「結婚詐欺」などの受刑者は徹底的に可愛がられるはずだから楽しみだ。受刑者内部ランクでいったら「幼女強姦犯」と、クソ雄は最低ラインで横並びだろうね。

 一般の方々はゆめゆめこんな末路にだけは迷い込まれぬよう。

 註:その判決文を【怒れる男】という、現在の法体系の中で泣き寝入りになりがちな女性などの社会的弱者を、主に被害者擁護の立場から断ずるサイトがある。

 ここにボクもメモしきれなかった秋本裁判の判決ほぼすべてが掲載されている(驚愕!)ので、
「 http://angryman.seesaa.net/article/131441860.html  」にぜひお目通しを。あらためてボクがこのクソを許せずに追いかけている片鱗のほどをご理解戴きたい。

3月11日(木)  「お隣にやって来ちゃった有名人」(笑)  (^o^) まあまあ
 それにしてもウチには色んなヒトがやってくる。

 それこそ、イチローから「警視庁特殊犯(ママ=正式名)」に「警視庁某方面本部」長、インタヴューには各局局アナにナイナイに新左翼各派やノラ犬。オウム真理教の科学技術省次官Fに、コマドリインコ(他意はない)と、あの力士崩れの万年詐欺クソデブ。

 麻薬取締官事務所Gメン幹部にMLB選手代理人諸氏、バイクプロライダーにノラ猫、現役機長にCAのご夫妻。側近ゴソゴソ従えた有力組織の組長一行に某右翼団体塾長、そして陸自の「将軍」(笑)。
 作家、狂人、マダックスファンの有名役者…などなど、犯罪者はともかく、その道のエキスパート諸氏が興味を抱いてくれるらしい。ヒゲを生やす前の楽天三木谷会長までそっと顔を出したようだ。

 一時は防弾チョッキなどを売っていたため、ドンパチ抗争が始まると報道よりもよっぽど早く買いに来る。それはあちらにとっては当然で、オチオチしているうちにブチ込まれて、タマ取られてしまったら最後。
 冗談ではなく、ヤクザが『コレ着てっちゃうから、いいから、包まないでよ』と、さっそうと出て行った後に、相手方(?)の構成員らしくグループが入れ替わりで入ってくるからヒヤヒヤものだ(笑)。

 それんしても店内狭い場所で鉢合わせしなくて良かった〜と、胸なでおろし接客終えたら、今度は現職警官が自分用に…などと、「撃つ側」「撃たれる側」が入り乱れていたのは前々回のバブル崩壊時の風景だった。
 こんな珍百景なども、それこそ一度や二度ではなかった!のだから世の中面白い。

 おそらくCIAとか公安調査庁あたりも間違いなく来ていただろう。
 これがウソでも何でもなく、本当の話なのだから不思議である。

 そういえば皇族はお出ましにならなかったけれど、あと来なかったのは白虎隊とかシマアジくらいなものだ(笑)。

 考えてみるとこうした人物往来にもいっそう刺激されて、時代とともに生きてきた店だった。

 でもやっぱり派手だったのは上記「科学技術省次官」氏のお帰りの際。
 入店時からしっかり捜査一課員がぴったりマークしたまま。出てみればなんと店の外にズラリ警官隊、それに野次馬で計100人余りの人だかりになったりしたものだ(翌々日には開店前から報道陣約30名 笑)。

 だが、このF青年には『オウム活動家像』なる抱いてきた先入観は180度くつがえされた。
 真っ正直そうなまなざし、礼儀正しくハキハキ。元プロボクサーだったキャリアだそうだが、多くやってくるアスリートにも滅多にいないほど、目がクッキリ澄んだ好青年だった。
 警官隊の待ち受ける中、店内から送り出しつつ、つくづく家内と一緒に、麻原教祖の施した洗脳というものが恐ろしいものか、身にしみてそうしたものの怖さを呪ったものである。

 F氏は服役後、真っ先に後年(松本サリン被害者遺族の)河野さんに深く謝罪し、堂々と実名を名乗り、元教団信徒に対しザンゲを呼びかける日々。それを素直に受け入れた河野氏とは、今も胸襟を開いた仲として付き合うまでになったと聞き、大いに救われたものである。

 考えてみたら、ああしてテレビカメラの見守る中、「プロの殺し屋」に柳刃包丁でブッスリグサグサ止めを刺されても制止めようとする報道人もなく、公然処刑をさせられた。
 その翌日Fは、防衛隊員として『刃物で刺されても死なない』チョッキを求めてウチにやって来たわけだった。
 我が身を守るための防弾具を手にいれる事がどうして非合法とされるのか(もっとも、別件で拘束していったのだが)、まったく理解不能だった。
 
 蛇はあんなわけ判らない形をして正体不明だから、殺してしまっても仕方ない…こうした論理ではないのか。翌々日『オウムが防弾チョッキをお宅に買いに来たんですって?』と突如押しかけた日本の主だった全国紙放送局各社のカメラ&記者。
 この店がにわかに「記者会見場」と化してボクは彼らに叱りつけた。
 なぜ目の前で人ひとりが殺されようとしているのをあなた方は誰一人止めようともせず、恥ずかしくないのか。一体どこの誰が、「チョッキを売った」と断定してあなた方に発表したのだ…と。

 天下の公器がひと言も反論できないのである。人りの勇気ある発言もなかったのである。
 『チョッキは売った。だがチョッキを買って身を守るのことにどこか違法性があるのか?』
 こう発言した。

 だが翌日の報道では徹頭徹尾彼らに述べたこうした原則論は見事にひと言も方ずる社は皆無だった。
 報道とはこうして「加工して」報ずるものなのである。

 結局最後まで、彼らの誰ひとりとして『XXがそう発表した』とニュースソースを明らかにできない、いや知らないのである。記事で書く場合、『捜査当局の幹部によれば…』というヤツである。
 
 ボクは最近も《気ムズカ日記》で『小沢逮捕問題』に関し、再三警告してきたように、オフィシャルでありながらそうでない…結局は責任の所在がないリークというものの怖さを直視するよう毒者諸氏に呼びかけている。それが産経新聞大阪支局の報道のように
 『小沢容疑者』とまで先走りしてしまうフライングで恥をかいた。こうしたお調子者を『権力のお先走り』という。
 
 不思議といえば、今朝からのニュースでやっていた

「近視治る」と100円ショップのビタミン剤売り逮捕
 東大病院医師などと名乗り、100円ショップで購入したビタミン剤を老眼や近視に効く薬と偽って売りつけたとして、警視庁生活環境課は10日までに、住所不定・無職の小原司容疑者(44)を薬事法違反(無償任意薬品の無許可販売)の疑いで逮捕した。

 生活環境課によると、小原容疑者は昨年3月中旬から5月下旬にかけ、東京都江東区の仏具店経営者(61)ら4人に対し「6か月飲めば、近視も老眼も治る」「大動脈弁閉鎖不全によく効く薬を処方してあげる」などと持ち掛けて、100円ショップで購入したビタミン剤の錠剤や、サプリメントのカプセルなどの「ニセ薬」4箱を計3万4000円で販売した疑いで逮捕された。

 薬の販売資格を持たない小原容疑者だが、声を掛ける際には、東大病院や国立がんセンターなど名門病院の医師を名乗っていた。同容疑者は「楽して金がほしかった」と容疑を認めているという。

(2010年3月11日06時02分 スポーツ報知)

 こいつもやって来た(笑)。
 だが、惜しかったのは並べた軒の隣にある兄の店ほうだった(ザンネン 笑)。

 そういえば、ここにも以前書いたけど、もういっぽう隣りの歯科医院にはあるひ北朝鮮の大物工作員が治療に通っていて、新潟県警の外事課員らが包囲して監視するのをビル屋上から楽しんでいたこともあった。(その追う方追われる方の素性を知ったのは後日、摘発後、報道された記事からだった。)

 この東大の医師事件(笑)、正確な日付は憶えていないが、兄がお相手すると(婦人靴の店なのに)ほっそりしたメガネのその野郎は入ってきて、『自分には90歳を超えたお婆さんがいて、それに靴が何足も欲しい…』とほざく。
 これは詐欺クソどものツカミである定番の、いかにも「利益を生みそうな相手」だと思い込ませて相手に関心をもたせる。

 『靴を履かせてやりたいので7・8足欲しい』ときたという。
 90を超えた年のヒトに対し、新品の履き慣れない靴を、しかもこれだけの分量与えるってのがそもそもおかしい。
 両手両足にちがった靴を”履かせた”って、4足あれば十分(笑)。
 90歳になるタコのバアさんだって、そんなには要らないワケだから、ココロはてんで優しくないのである。   
 こうした手合いに限って、『たまたま今日は持ち合わせがない』ものだ。
 やっぱし…、それで「本題」に入ってきた。

 『自分は東大の科学者。…こんどこちらにお邪魔する時は、(かけている)メガネを掛けていませんからね』ときた。
 え、「どうしてですか」と誰だって当然訊き返すだろう。

 兄が訊くと
 『いえね、実は老眼やら近眼を6ヶ月も続ければ直す画期的なクスリをボクは扱っているんですよ。あまり大きな声では言えない段階なんですけどね。日本では「北海道のXX医師」と、「九州のOO先生」、それにボクだけ』とくる。
 詐欺師の定番、「いえね」「じつは」「自分だけ」「存在の秘密」カタリの基本的スターターキット勢揃いである。

 これでターゲットが乗ってきて(相手は当然メガネユーザーだ)、「秘密の共有」を呑んだら本題開始。
 もう靴もバアさんもどこかに消えて行っちゃう(笑)。

 『よろしければ販売開始前の段階だけど、お分けしましょうか?こんど持ってきますよ』ときた。
 そこへ姉も加わって、
 「そんな〜ウチあたりに持ってこられなくたって、先生にわざわざ届けてもらうのは悪いわ…、ウチから東大へ買いに行きますよ。」というと、
 『いやいや、こちらのほうに来るついでがありますから』と、彼らは絶対に裏を取られるヘマなどせず、直接取引に固執するものだ。

 テレビの報道でもこいつの手口はほぼこのフォーマットのまま、仕入れときたら『100均』で売っているビタミン剤。
 「目への効果」とくると、おそらくそれはビタミンE錠剤か(王さんも現役時代服んでいた)。
 とすると、100円のものを8000円…とくると、このヤロー図々しい…と思ったのだが、考えてみたら本物の薬品だって、原価なら案外こんなものじゃないのだろうか。

 新薬の開発当初は、研究開発費やら治験など、認可に向けて製薬会社もその道の権威などを抱き込む”人件費”あたりに相当な出費がかさむ。
 当然それらの原価に積む込む最大の投資なのだろうが、厚労省の認可さえ得られて発売にこぎつければ、1錠あたりの単価は徐々に下降する仕組みだから、案外こいつの『鑑定価格』もあながち悪辣とは断じにくいのではないか(笑)。

 それにしてもこいつのやり方はヌケているようで実はなかなかズル賢いとみた。
 売っていたクスリはそれなりにクスリであったため、センテンスの重い『詐欺罪(最高12年)』の適用を上手に避け、『薬事法違反』で引っ張らせているところに注目すべき点がある。

 おそらく本件はボクらが想像しているような詐欺事件ではなく、クスリを認可された条件(販売者、店舗など)を満たしていない販売法をとった…ということでの違法行為。
 これじゃ最高刑懲役2年罰金200万。前科があってもおそらく執行猶予1年とか、罰金30万円という相場だろうか。

 兄はこいつの仕掛けが終わった後、被害を受けていないのに、交番へこの事例を届出ておいた。
 とにかく口がうますぎる…というのが兄に不審を抱かせた点。

 おそらくこいつも金が急いで欲しいタイミングであったと思われた。
 巧妙なベテラン(?)らしからぬフトコロの焦りが表に出てしまった上で、今回の逮捕へとつながったのだろう。貧すれば窮するの典型と言える。

3月8日(月) / 口先だけでもオッケーなセーカイ人  (^o^) まあまあ
 わたくし事だけれども、1970年を前にして安保や全共闘運動の取材では、大学を前にした年齢とはいえ雑誌界では少々アドバンテイジがあったから、かねてより計画の渡米(といってもハワイだが)計画の実行が、71年からにズレ込んでしまった。

 この頃は、ハワイとはいえまさしく戦時下の国であった。
 毎月ハナの一日午前十一時から、全七島すべてで重苦しいサイレンが鳴り響き、ラジオテレビのアナウンスでは『これは空襲警報のサイレンだが、あくまで演習です』というフォローが流れ続ける。
 そのたびボクはこの国が地球のどこかで戦争をしている国だと、その都度思い直したものだった。

 だから、しょっちゅうホノルル空港と隣接するヒッカム空軍基地やらカネオヘ海兵隊航空基地から、得体の知れない色を塗った軍用機がひっきりなしに飛びかっていた。
 また、当時の民間機だって、アメリカの代表的翼=PANAM機に乗れば私服姿の米軍兵が、サイゴンやグアム、オキナワを休暇やインドシナへの増派のために往復していた時代だった。

 365日、ワイキキにはヴェトナム帰休兵があふれ、あちこちの酒場で若いGIが始末の悪い酔い方で不評を買っていたものだ。
 その際にはきまってワイキキ沖あいの水平線に揚陸艦や巨大な補給船などが、つや消しグレーの船体を静かに塞いでいたものだった。

 ボクより少々年上のヴェトナム帰還兵は、酒の席となるときまって
 『ヴェトナムじゃ、最近は小隊長やら中隊長あたりにかぎって、部下の俺たちにゴマばかりすって大変なんだ』とちょっと痛快そうに笑っていたものだ。

 というのも、「パトロール」と称してジャングルのヴェトコン狩りに向かうとしても、上官であるエラいさんらは、決して部下たちの前を歩こうとしなかったそうだ。
 また、『え〜、こんな方角へ行ったってヴェトコンなんている訳ねえだろ…』という方向ばかり、放っておくと彼らは勝手に行きたがるので、そのうち部隊の新兵全員は「何のためにこの地にいるのか」まったく意味が解らなくなってきたという。

 というのも、もしヘタにゲリラと遭遇して戦闘となった途端、
 『彼ら部下たちはそうしたエラいさんを狙って撃ってくるから…』なのだそうである。

 だから昔の伴淳やら三木のり平などのお笑い戦争ものみたいに、根性の腐った鬼軍曹あたりが毎日コブシをふるって二等兵らをぶっ飛ばす…なんてシゴキをやったら最後、いざ戦闘開始となった途端、後頭部から吹っ飛ばされてしまうだけだったというので大笑いした。ブラックだな〜。

 いざ戦闘!、ふと気がついて振り向いたら後続の部下たちの銃口が全部こちらを向いていた…なんて、佐高信さんあたりだったら《お笑いヴェトナム戦争》などという本を出すところだったろう(笑)。

 そのかわり大隊長とかは別だったそうだ。
 けっこう先頭に立ったりして、部下たちが感心していたら、大隊長側近の兵士らがその背後を囲み、狙い撃ちしそうなヤツの方に銃口を向け、敵ゲリラとは反対側に身を構えていた…というオチがおかしくってまた大笑い。

 もうヴェトナムではすでにアメリカ軍は、自ら勝手に仕掛けた戦争に振り回されて付き合っているだけの戦況だったのだろう。
 70年以降米軍は、すでに軍隊の体を成していなかったということで、実質「頼りにしている」といったらB−52定期便による爆弾の大量投下くらいなものという戦局だったといって良い。
 
 ついでに、あまり語られていないことだが、ヴェトナムではほぼ全土で良質のマリファナ(大麻草)がいくらでも採れたのである。
 だから、『周辺パトロールに加わる「ヴォランティア(志願兵)はいないか」』と上官が兵舎に呼びかけると、もっぱらそうした野草の自生している地帯へのパトロールが人気絶大(笑)となりすぐに部隊が編成できる。
 反面、ヴェトコンが潜んでいそうな(戦争にとって)肝心のポイントというと、みんなが兵舎で寝っ転がったままシンとして名乗り出ない。
 名を呼びかければ「ここが痛い」「あそこが痛む」と、口々に弱音を吐いて腰を上げようともしないのである。

 それに輪をかけて、いつでも豊富に備蓄がある(笑)大麻の喫煙によって、トラップ(=罠)や狙撃の恐怖から逃れたい…だから喫ってぼんやりした怠惰な世界に浸ることで、米軍側には急速に欠員(?)やら厭戦ムードが日増しに高まっていくのである。

 それにしても、勇猛果敢なはずの歴戦の勇士である上官が、戦地に配属された途端にソフトムードになってしまい、日々部下の機嫌をとったり、後ろからついてくるだけと、誰からも尊敬をされなくなっていったなんて、ボクが昔からイメイジしてきた《戦場》とは恐ろしくかけ離れ、いかにも人間臭いドラマの数々が、あっちこっちから一箇所に集まって、『戦争』というバカ騒ぎを繰り広げているものなのか…と、それ以来初めて知った。

 州立大学の同窓生たちにも、ヴェトナム戦争の戦中戦後もかまわず、(仮に)『’53年12月11日生まれの者は、XX日以内に徴兵事務所に身辺整理を済ませた後、集合せよ…』という形式で、ある日いきなり国防総省からのメールが突然届く日がやってくる。

 そうだこれが「徴兵制度」なのだ、全米で同じ年号と同じ月同じ日に生まれた者(=誕生日まで同じ、同年齢の者)全員に対し、戦争への強制的協力を、こうしてアットランダムに呼びかけてくるのである。

 だから、おとなしく大学で学んでいても、また就職してガキまでできちゃった社会人にもある日、その年月日が指定されらた最後、”公平に”ハッピーバースデーどころではなく、《ウェルカムトゥ軍隊》というのがこの国にあった徴兵制なのである。
 
 バングラディシュから北。これだけ広いアジア各国で、徴兵制がないのは幸いにして日本くらいなものである(中国は準国民皆兵、全国民が予備役。タイはくじ引き 笑、バングラは兵隊にだけ食わせると不公平だと革命が起こりそうだからか 笑)。

 だから「明日は我が身」。
 すべての若者が当時、それこそ”戦々恐々”としていたため、こうしたヴェトナム帰りの語る面白軍隊の現状報告には人気が集まった。
 仲間との酒席では、もっぱら『「崩壊した軍隊」の現状』が落語のように語られ、また聞く側はピッツアとビールをあおり笑い転げる。
 これによって少しでも、「戦場におもむく」という恐怖から自己を逃避させる必要にも迫られていた…という屈折した心理が、70年代初頭のアメリカの若者の心理の底には共通してあった。

 本格的なヴェトナムからの撤兵が終わるのは73年の4月までだった。
 その後も徴兵は続き、戦線はヴェトナムからカンボジアへと泥沼はいっそうぬかるみを増すばかりとなる。
 だが、アメリカに住む若者は、もしこれから派兵されたら、いままでより絶望的な戦局の地に送られるため、毎日が今までにない恐怖感と隣り合わせの青春時代をともにボクは、この時代を共有することができた。(おかげで自分の同世代組は全員無事で切り抜けた)

 この頃、ニクソン大統領の指揮した敵政党本部への盗聴疑惑、誰もがおかしいと声を上げても止まらぬ戦争、各地でつづく人種対立…と、八方ふさがりの情況のなかで平和や反戦、人種の融合を求めて暗殺された勇気ある人々…、JFケネディ、ロバート・ケネディ、マーティン・ルーサー・キング牧師などを偲び、声をもう一度聞かせておくれと、幅広い政治不信や人間不信が暗雲のように北米全体を覆っていた。

 こうした73年当時、ラジオのスピーカーから流れてきたのは、ディオンヌ・ワーウィックが歌ってヒットした《What The world Is Now Is Love(今世界に必要なのは愛)》という名曲を、再構成した企画物曲の大ヒットだった。

 いきなり全米で心を打たれる人々の間で大反響を呼んだ。
 だが休暇帰国した際、日本ではだれも知らないのでビックリした。
 当時の日本における一般的な英語の理解力では無理だったのだろうか。

 オープニングとエンディングでは幼稚園児にマイクを向けたような設定の音効で、
 『嫌悪とは?差別とは?…』と、次々と英語でも長いスペリングの難しい単語を並べ、その意味を大人が尋ね、締めくくりには『偏見とは?』と訊くと、ようやく幼女は
 『ソレってわたしの気分が悪い時のことかな』と、かろうじて答えるがとても印象的に響くのである。

 トム・クレイというデトロイトの無名DJが、歴史的演説などのニュース素材、暗殺の生の瞬間サウンド、故ウォルター・クロンカイトがボードで、うめくように『JFKが亡くなりました』と吐き出す臨時ニュースなどの数々を編集して、このメインベースとなった曲の歌詞に連結し、6分半もボクらに聴かせるのである。

 これに、いま心ある若者が曲だけでなく、ドキュメント映像をもシンクロさせてUPし、ボクらにも見せてくれるフテージをYouTubeで偶然見つけた。そしてボクは鳥肌が感動で立ちながら事務所でひとり泣かされた。

 [ http://www.youtube.com/watch?v=1uqNLnEzDLA  ]

 辺野古だ嘉手納だ、県外だグアムではどうだ、それもすべてイヤだと、かなり低次元での論議がまともな顔をして胸張って歩いているのはおかしい。どこに優しさがあるのかわからない。

 社民党の『島外・グアム移設』案にしたって、
 『だったらグアムの人なら生活環境なんかどうだっていいのか』という、グローバルな視点が不在だ。
 彼ら島民は全員耳の聴こえないヒトなのかよと、ボクは毒づきたい。

 「国家」とやらに、米軍駐留がどうしても必要だというのなら、しゃあない。
 『俺んちの隣に持ってきていいよ』という自己犠牲を述べるような政治家がボクは欲しい。(原発だって「安全なんだから近所に建てろ」と議員は積極的に求めるべきだ)

 戦中戦後、これだけの艱難辛苦を沖縄にだけ押し付けてきたのだから、もう十分である。
 日本国内にある『米軍基地の70パーセント』がこの小さな島の中に押し込まれているなんて、座敷牢に一緒に閉じ込めてきたようなものではないか。

 ハッキリいう、間違いなく沖縄本島とは『世界で最も強力無比な要塞』なのである。

 軍用機のエンジン音とは、まるで気が狂ったような傍若無人な「騒音」をはるかに超えた《爆音》である。
 彼らの論理からしてみたら、駆動力を”たかが、騒音ていど”で性能を抑えたら撃墜されたりするわけで、そうした戦争屋の論理からすれば、機体にサイレンサー(マフラー)など最初から付いていないのもしごく当然だ。

 その基本的メカの違いさえ知らぬ者が、やれ国防だ憂国だとぬかしやがる。

 民主党も馬鹿みたいだが、石破なんて野郎がまだ口を開いているのが、チャンチャラおかしくてならない。
 あの初代防衛大臣サマ、辺野古だ沖縄だ、日米同盟だ、『ペンタゴンとの関係とのが民主のおかげでメチャクチャだ…』なんて、今になってから眉しかめた頼もしい発言をヌカすようになった。
 この1月、ワザと目立つよう、野党の陣笠に墜ちてからようやくアメリカに行ったが、遊びにでもいったのか、廃盤のモノグラムのプラモでも探しに行ったのか(笑)。

 ところが、こうした醜聞が彼にはある。
 08年以来、肝心の《防衛相現職時代》、一度でいい、
@沖縄にいったのか?
Aアメリカに行ったのか?
Bグアムへ行きましたか?

 08年などは、米軍の対アジア基本戦略「在沖縄海兵隊8000人グアムへの移駐計画」が具体化し、日本は同盟国として欠かせぬパートナー(いや、タニマチ)の代表としての石破防衛相サマ、という窓口。

 そのご当人のご自身が、グアムなどへは視察の「シ」の字も行っていない事実はどうしてか。
 移駐には総費用で表向き8000億円もの税金が『思いやり予算』の中から投入される約束のはずではないのか。(実際はこうした当初予算の「x1,5倍」というのが旧政権の常套手段だった)
 それなのにこの軍事オタクのはずのお坊ちゃまタマタマときたら、現地視察などを行わなかったのである。ボクはアリバイ的にでもそれをすべきだったと思う。

 だったらそれ以降は行ったのか?答えはノーである。

 現地不動産屋もあきれるほどの、超豪華「米軍士官用住宅」、米軍史上始まって以来の高額兵舎を出現させるという以上な計画のスポンサーは我々日本国民なのである。

 このジャパンマネーを目当てにして目の色を変えて全米のデヴェロッパーがこの島に集結してもう3年になる…というのに、石破はじめこの旧政権や新政権の取る、現在の対応はきわめておかしい。

 この実態を、この進められてきたこの計画について、金を出す側の政府が立ち会わないまま、何故か当のグァム知事が「移設景気におどってきた筈」現地を代表して、
 『移駐に反対』と今になって計画自体の撤回を申し出ているのはどう解釈したら良いのか分からない。

 今や米軍の”仮想主敵国”となった中国の心臓部を狙える位置=グァム。
 ここへ米軍が台湾海峡の異変をも想定し、アタマからは在日米軍、そしてドテッ腹からのグアム米軍、最前線にフィリピン友軍と、見事に挟み撃ちできるこの次世代戦略にどれだけグァムが大切か、民主党政権ももっと真正面から向き合うようでなければこまる。

 だいたい、万年「戦争を反対する」お題目の社民党が、海兵隊基地のグァム移設を声高に叫ぶというのも、本当の平和主義者なのかどうか考えさせられてしまうという意味もここにある。

 石破も現地へ行けば驚くだろう。
 米空軍の最前線即対応用の主力部隊、「ステルス」の爆撃機や攻撃機、戦闘機までこの島にすでに移駐を終えているのである。
 だから、今や『ステルス機』の数といったら、アメリカ全土よりもこのグァムを拠点とする機体の方が多いといったパラドックスがある。

 旧政権から民主政権への大変動のカゲで、そちらに国民が神経を奪われているのをいいことに、米軍の現場で、じつはこれだけ既定事実(?)の大規模なスリ替えが粛々として行われていることにもっとスポットを当てるべきではないのか。

 その最終的な当事者であった石破という、この戦争バカは、掲げた@〜Bまで、すべて訪問をしていないのである。
 こんなんで、防衛大臣がつとまるのだそうだ。

 Aの訪米しキャンベル国防次官補(長官の「下のそのまた下の補」誰なんだよそいつ 笑)と、ようやく会ってもらたと自慢しているようだ。
 だがそれも、野党議員に墜ちてからの1月末。あなた、間違っても閣僚経験者でしょ。
 『防衛大臣と国防総省長官』、せめて『国防次官』…とでなかったら、かえってカッコつかなかったと思うのだがトホホなヒト。ダマされないよ。

 このかん日米軍事同盟にとってプライオリな問題が並んだ。
 第一がグアム移駐計画、
 第二が対中国、
 第三に対北朝鮮ミサイル問題と、
 第四に民主党オバマ政権発足(「第一」かな?)と、

 頼まれなくたって取りあえず、それら@ABにだけは足を運ぶのが当然だろう。

 考えてみたらここまでレイジーな大臣も珍しい。
 よほどの身の程知らずなのか、プラモデル作りに忙しかったと思われる(笑)。

 そうそう、あの民主党政権が決まる昨09年8月31日、衆院選運命の投票日当日だ。
 このヒトは夕刻まで東京を留守にしてボクの目の前のイベントにいた。
 そう、陸自の富士演習場で開かれた《富士総合火力演習》という名の、年に一度の実弾演習の日だった。

 『あのバカ、こんな日だってのに、こんなトコに来ちまって、大丈夫なのかよヘッヘッヘ』と、観客の多くが後ろ指を指しているのを、この麻生の顔色うかがいドノときたら、まさかここまで笑われていることに気付かなかったのだろう。
 防衛大臣というのに、自分たちの政権の崖っぷち審判の日…だというのに、少なくともこの大臣よりも口さがない観客のほうがよっぽど危機感というものが解っていたのだなと、今になって深く印象に残るヤジだった。

 かの旧政権の最大の転落原因はこうした危機意識、つまりどれだけ国民が怒っていたのかという情勢分析による危機感が与党全体に支配していたからにほかならない、ボクはそう思っている。

 それにしても、とても正気と思えぬ表情のこの男にとって、おそらくは「防衛ウンヌン」などと外人相手の難しい話よりも、早い話、こうして戦車がバンバン撃って、機関銃ダダダッ…ってやるのを見物したくて仕方がなかったのだろう。

 それが野党に転落して、今も政調会長ドノになっているそうである。
 『このまま参院選で、そこでも自民が負けるようならそこで党は終わりだ。そうしたら国民もおしまいだ(だから民主党はもとより、谷垣をも退陣させるべき…という論旨)』

 こう与謝野”選挙戦仮病男”や大島幹事長、園田ボンボンなど首脳(笑)が、今日午後、ホテルに集まった席でわが石破おタク小僧はそう嘆いてみせたそうだ。

 とんだお笑いである。

 ここまで国民の誰がこんな連中に、期待しているとの分析の狂い方といったら抱腹絶倒モノだ。
 どこからこの根拠が来ているか知らないが、はたしてこんな思い上がりのまま、また参院選を迎える政治感覚を”認知型政治”とでも名付けようか。

 なるほどこんな”国軍最高指揮官”の戦況分析力に頼っていては兵隊さんも全滅だ(笑)。
 あらためて、ボクとそう年の違わない政治屋たちが、マジ本当に、取るに足らぬほど頭が悪い人々だったことを知らされる思いだ。けっこうボクといい勝負だと思う(笑)。

 さすが石破茂、未だに自分の母親を呼ぶのに『ママ〜』と、人目はばからず叫ぶお方だけのことはある。