【2009年12月】
12月31日(木) / 年末年始テレビ愛好家のために(後篇)
(^o^) まあまあ
末期の自民党連中が事あるごとによく「マスコミにやられた」と、いかにもムコの民が冤罪を叫ぶかの如くうめいていたのを軽蔑してみていた。
だが≪09年8月政権交代≫、それからたった4か月。
古くからの悪習は棄て、「日本のすべてを立て直す」まだその端緒に民主党は就いたばかりではないのか。
いちいちうるさいのである。定見などありもしない烏合の輩のクセして。
そうした意味では旧政権どもの嘆いたマスコミの大人げなさは今実感を持って眺められる。
ああでもして、わざわざ火種を拡大鏡のようにひろげて見せたり、炎を演出して見せてまでやらないとボクら国民は本質が見えない連中と、どうも安くフマれているらしい。
そこまでしないと部数や視聴率が取れないという危機感こそあさましい。
そもそも、火事を出してしまった家の再建を考えたら、中途半端に燃え残った家を改築するよりも、いっそ全焼した家のほうがしっかりした家は建てやすい。同じ理屈である。
どうしてこんなアタフタしている世情に、ワザワザに拡大解釈とか強迫神経症的なあおりをしてまで、彼らは混乱を招きたいのだろう。
「メディアの存在価値」はけしてそんなものじゃないはずで、これはある意味ナベツネという頼まれてもいないおせっかいジジイが、連立させようと画策したり「XXじゃあダメだ」「XXにOOをやらせたらいい」、お前は何様だという日本一の勘違いを以って、政界に一定程度の影響力を漂わせている事にも根を同じくしている下っ端の論説屋どものはき違いなのだと思っている。
マニュフェストについて、彼らは選挙後どう言っていたか
『選挙の際に掲げた達成目標につき、あまり杓子定規になって金科玉条とせず、世論も100%の履行など求めていないのだから、新政権は時間をかけて政策を一つ一つ、実際問題をにらみながら解決すべきだ』と、サンケイを除くどこの新聞も論調をそろえて「お手柔らか」に見守ってきたはずではないか。
それがどうして年末の声を聞く頃となると片っ端から、前言をホゴにしてアラ探しばかりを始めるのかどうにも理解ができない。
そもそも同じ対象を相手に、褒めたばかりのその口でケナし始めるような者など、ボクらは生活の中では相手にしていない。
職場でも呑みに行かないし、金も貸さない。そういう程度の者である(笑)。
今のマスコミ界の豹変ぶりをボクはそう冷ややかにしか見れない。
大局的に云えばどうしてもっとスパンを長く取ってモノを眺められないのか。「信任」という選挙の投票行動はそんなに早く結果が出て良いものなのか。いったいそこまで日本は薄っぺらなのか。
この国が抱える病巣世界全体が抱える疾患がそこまで単純で、患部をそうも簡単にえぐり出したり、処方箋がポンポン出せる程度のものだったか、その「深度」だけでもいから誰がおっしゃってもらえないか。
これと同じような意味の事を各社とも9月あたりの社説でそう言っていたし、春夏ごろの(フジサンケイ系を除く)全活字媒体は民主党の目指しているような政治の方向が正しいのだけれども、絶対に自公政権を破る事は出来ない…。将来の見通しは暗い…で一致していた。
古い前政権がやってきたことは、汚職に蓄財、政見なき行政の運営をすべて官僚どもに全権委任させて生き延びていた。
その見返りとしてこの二者によって、1000兆円に届こうかという借金を、債務者を我々貧乏人へとツケを回した…ではないか。
こうしたボクの歴史観は大雑把すぎるだろうか。
それを「抵抗力が希薄な国民」をナメにナメ切って前政権の末期。
「ダムに匹敵する水道使用料」を政治資金の使途と図々しく計上して「それの何が間違っているんだ」とくる。
準国賓待遇で迎えられた国での記者会見で、酒に酔ってクダを巻き地球全体の笑いものになる。
イージス艦でありながら、漁船を撃沈しておきながら、さっさと謝りに行かなかった目つきのおかしい長官。
厚労相の政策秘書自身が、愛知の(失業者のために用意された)「雇用促進住宅」にちゃっかり住んでいたり(=大村というパグ顔の男 笑)
「中学2年生必修程度の漢字」が読めなかったり(笑)。
国賓として招かれた国で、元首がその国の名を間違えたり…。
世が世であれば戦争しかけられたって文句は言えまい。
どのような汚職も、カネにまつわるスキャンダルも、前政権ではけっして非を認めないという常識が日本の常識ですべて大通りを大股で通っていたものだった。
だから、いくらマスコミが叩こうが国民が騒ごうが、そいつ自身が自殺しない限り、ただの一度とて国民に『申し訳ない。恥ずべきこと』と謝罪したことはなかった。
これらの非道、これが日本の政治の原点。
ここが、あくまで民主党政権の出発の原点をマークすべきなのである。
ヨチヨチ歩きの民主政権を嗤う声のその数倍の音量で、ボクはこいつらにこう言いたい。
『お前らだけには云われたくないよ』。
悪は悪、違法は違法。これは二つに一つの真理だろう。
鳩山が9億だの何だの、あれは違法である限り悪なのだろう。
選挙後4か月を経て、一気に『悪の権化』と化している小沢事務所が政治資金としてプールしてある原資を担保に、銀行から借りた借金で土地を、その名義で取得して問われているが、それも悪らしい。
クリアして欲しいのはその使い途である。自民党闘士サマの指さすような追求とは無縁。真理はその鳩山家資産の移動につき「誰が被害者」なのか、さては「被害者無き犯罪」なのかであって、その辺をもっと前に出すべきだろう。
脱税は犯罪だが、それが政治に使ったものならば、ある意味公共への還元ではないか。そりゃ、たまにはそこからレクサスを買ったり、フカヒレ薬膳料理も喰いたい。それがそこまで咎められるほどの悪行なのか。
そんな金を貯め込んで離さない連中よりは、よっぽどましである。
政治の世界でのルール違反。
それと人間社会へのルール違反。
これをハッキリと色付けをして、政治を進めてもらわなければ、国民の誰もが持っている時間というものが一方的に奪われているのと同じである。
だいたい上記のケースなど、それが刑事裁判であれば『情報酌量』どころか、不起訴、起訴猶予だろう。
こうした民主党スキャンダルについては、どうか≪前政権との比較級≫でモノは語ってほしいのだ。
今まで「政治にまつわるカネ」といったら、すべてが悪代官やら「ソチも悪よのう」というコンビ関係から発生し使途も不明のまま…がお決まりのパターンだった。
それが鳩山家の中から総理の政治団体へ…が何がいけないのか、いけないかもしれないが、それはけして悪ではないと思っている。
この団体の口座から、何か怪しい使途でもあったのか。
自民党サンの手法よろしく、怪しげな官僚へのワイロやら、土木屋からの請託がらみの入金だったり、防衛産業へのキックバックとか、そうした性質のカネ(や口座)でないのは、国民の誰も百も承知なのである。
それなのに、マスコミは「不正」だとあおる。
それを持って新橋へ行き、バカなサラリーマン(これも烏合の衆)などにその「不正をどう思いますか」とぶつけ、自分らがとっくに出しているシナリオに従ったコメントだけを選別してOAする。
こんな手口などもうたくさんだ。まっぴらだ。
弟の鳩山邦夫は潔く、先に贈与の不当性を認めて納税したではないかと、半可通はいう。
だが待て、あの人気取りのパフォーマンスには裏がある。
というのも、鳩山ピジョ夫とかいう(ホントは「カズオ」だったかな 笑)脱サラの長男を、邦夫はあの自らの後援会で同じ壇上に乗せ、「前回都議選で落選」した評判の悪い息子が挨拶するその前に、ああして「身内の露ばらい」をサモサモらしく見せて、クリーンな事前運動をご覧に入れた…というのが本当のところなのである。
邦夫は長年自分に仕えてくれた(地元文京区担当の)秘書との約束をホゴにして、バカ息子を都議選文京区の公認候補として送り出すのである。
秘書は失意のまま、無所属で立候補して息子を見事落選させる(たしか二度目の落選ではなかったか)。
だから捲土重来を期したいま、息子のためには「6億円を贈与税」として納めても
『コクミンとして当然ですよ …ハハ…ハハハ…ハ〜(ブルブル)」』というところなのだろう(笑)
そもそも、あの8月末の総選挙は『近代日本に起きた「ミニ革命」だった』とボクは捉えている。
というのも、あれがまともな政権交代であったのだとしたら、今マスコミが言うように『民主党ではだめだ』というなら、本当だとするとその選挙での敗れた党に信任をさっさと移せと、早くも政権交代の声が上がるのが正しい民主政治というものだ。
なのに、その声ははるかに遠く、その声のキャッチャー役ときたら、石破とやらに代表されるような、まさにさらし首罪人のような目つきの者が、受け皿となるにすぎないではないか(どうして芸人はあの男のマネをしないんだろう 笑)。
ガソリン税にしろ、マニュフェストとの多くのズレにせよ、なんでもかんでも民主党のせいにしているのかボクには理解できない。
マスコミはどうやら判っているらしく、それでも『ひとえに民主党のせいにしておこう』という編集方針でもあるのだろう。
しかし、早い話今の日本で渦巻いている停滞の元凶、それは≪税収の大幅な落ち込み≫がすべての原因ではないのか。
それを自民党+公明党で解決できるというなら、今度は処方としての『ラブコール前政権』をやれば良いというものだ。
マスコミも念願の、紙数も部数も飛躍的に伸びる事だろう。
いずれにせよどこの誰が政権を獲ったところで、この≪税収の大幅な落ち込み≫だけは解決できはしまい。
それを判っていながら追求したところで得られるものといったらただ一つ、
『それ以上の「収入の大幅な落ち込み」を招く』だけ。
これだけは間違いのない、2009年最後の真理だと思う。
民主党はまだ幼く、たしかにまだ愚かなのかもしれない。
だけど、前政権には愚かで片付けられるような性質ではなく、明らかに「悪」があふれ返らんばかりの横行していた。
ともあれボク(だけではないと思う)は、愚かなミステイクなどは責めない。
だが責めるべき悪がそこにあるというのに、いくら責めたっていっこうに改まる事もない。
また改めなくたって許される…そんな世の中への逆戻り、これだけはまっぴらご免なのである。
仮に民主党がダメで、また前政権が戻って来るような展開が将来もしあるようだったら、今度は内乱の様相をみせるような世の中になるかも知れない。
下写真:ニッポンのボクらも負けちゃいけない、景気のいい話
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12月30日(水) 年末年始テレビ愛好家のために(前篇)
(^o^) まあまあ
年末(とお盆)恒例のTV番組『警察24時もの』を楽しんだ。
だが今年末のものは、バカに見やすいのである。
なぜか。簡単だった。
CMに邪魔をされないのである。
つまり、広告出稿量が極めて少なくなっているため、ああした「細かいパートごとの起承転結モノ」の展開をCMで中断されないから、流れを途切れさせられずにカタが付けられるからなのだった。
だからヘンな話、「ボランティア的に各局が時間を提供して流してやっている『AC』公共広告機構のCF」が、どこのチャンネルを回しても、どの番組を観てもあふれているのである。
それらを流す局にしても、『CMの入らないで生まれる暗闇画面』をそのまま流すわけにはいかないから、ああしてACのCFを流して≪真っ暗闇≫を埋め草としているというのが今の我が国の経済状況現状なのだ。
これが国政レベルでの≪税収の大幅な落ち込み≫にそのまま反映しているというわけで、誰のせいでもないのである。
放送界では、お盆に年末年始となると「ハウス食品・興和製薬(〜コーワ)」のCFがあふれ返っていた時期があった。
というのも、そうした国民が帰省・帰京ラッシュの頃となると、広告料ががた減り。
そのため、こうした時期の番組間のCF出稿量が減り、その放映料がディスカウントされるため、商売上手で知られるハウスやコーワのような企業が毎年、スポット枠のまとめ買いをするわけなのである。
時節がら、胃腸薬やら写真業界やら大型店の売り出しモノ等が、近年そこでのハバを利かすようになってはいるけれども、この時とばかり視聴者に対しCMの集中砲火を展開し、商品名を刷り込む絶好のチャンスと位置付けているのだろう。
おかげで『おせちもいいけどカレー』が喰いたくなり、『ウコンの軍事力』に依存したくなってしまうし、さらに言えば『お正月を写』したくなる我々のパターンにはこうした経済的裏付けがある(笑)。
だからそれらのCFが代わる代わる連呼を始めるともなると、ボクは『ああ、もうそんな時期なのか』と風物詩のように感じている。
年末、集中して大出版社について幾つかの現場からの偽らざる状況を聞く機会が続いた。
ここでも共通していたのは≪税収の大幅な落ち込み≫だった。
それによれば来年、週刊誌では知らぬ者がいない2誌のうち「ひとつ、または両方」が廃刊、または休刊の憂き目となるだろうと、複数の者が証言していた。
それに加えて、女性誌やファッション誌も、《週刊・月刊》合わせてかなりの数、討ち死にしてもおかしくないようだ。
ああした本は、広告が入ってはじめてナンボ。
贅沢にコーティングされた高級紙、貴金属(?)を混入させたきらびやかなインク…といった固定経費。
そこへ加えて、アチコチの天才や売れっ子の頑固者らがモノを書き、1枚のグラビアにだってカメラマンはじめモデルやスタイリストにメイクにヘアと、それにライターという名の便利屋諸兄。その他大勢が連なって一冊がまとまってくる。それへの原稿料は巨大となり、編集費を圧迫する。
だがもっと深刻なのはこれら大手出版社の正社員らへの一人あたり「年間1000万円を超える平均年収がガンなのだ」と、”自分で言うのもナンですが”とテレつつ、そういい切った。
≪雑誌の原価計算≫というと、じつはこのパートこそ、大きく経費を重く膨張させたまま改善しにくく、慢性的な赤字へと押しやる最大のガン病巣なのだと、その某誌編集長は自戒を込めて語った。
原価というものは恐ろしいものだ。
もし仮に「広告収入がゼロ」だとすると、これら定期刊行雑誌に「見合う定価」を試算すれば、それは一気に2〜3倍へと跳ね上がってしまうという。
それが普段ボクらが手にしている一冊の本の現実なのである。(「印刷料と紙代だけでも定価より高い」という本も少なくない)
そう気付くとこうした努力の塊まりの重量はズシリと重い。
『この”社員人件費”が、自分で自分の首絞めている格好。それはTV局も同様でしょ。重すぎて、重すぎるからじゃあ斬るか…といっても無理。
そのため、かなり前から実動部隊を「フリー」に切り替えて社員数を減らしてきたんです。だから近年はどこ(の編集部)も経験の浅い(原稿料の安い)取材記者ばかりでしょ。いきおい敬語も知らないバカばっかりに今はなってますよ(笑)。だけど、そうしたリストラさえももはや限界。』
『最近はやりのリストラって、どの本も、そっとページを減らして薄くすることなんですよ(笑)気付いてました?』
そこへもってきて、この広告出稿量の激減である。
『ウチでは、人気作家や大物作家の連載は切って、若手とかバリバリの「発掘新人とかを起用、とかバッテキ」とか自称してますけどねえ、その実は「経費削減」ってことですよ』
先日ここでも書いた、ある週刊誌ネタについて、ボクへの電話取材だけで済ませようとした某紙記者があったので、ボクはこうたしなめた。
「やっぱり現場に行って、直接相手方に会ってこなくちゃ話にならないだろ」そういうと、
『それはヤマヤマなんですけど、そこ(=地方都市)まで飛行機で行って日帰りしても、会社から経費出ないんですよ。キョカ貰わなけりゃ自費なんですよ』
「え!だってあなたフリーじゃないだろ。『社員』だろ?経費出ないの?」
『そうなんですよ、「自費」なんですよ』
こんなのは初耳だ。あきれてモノも云えないとはこの事だった。
だってそうだろう。
そもそもこうしたメディアというものは、
ボクら読者がこうした「専門職」に頼んで、遠くで起きている面白い話やおかしな話を代わりに見聞きしてきてもらって、『…で、どうだった?フムフム、へぇ〜、なるほど。じゃあ、ご苦労さん』と、紙代や一冊のお代金を支払ってナンボ…なのではないのか。
世も末である。
この男のシンブンの場合、広告量もさることながら、サラリーマンがセコくなったために「部数が売れなくなった」ことが主要因だという。
上記の雑誌編集者が解説するには
『「週刊新潮」や「週刊文春」はまだ安泰でしょう。広告量は減っていても、男性読者だけでなく、あそこは中高年女性にファンがいるから、広告もまだ入れる価値が残されている』
別の大手編集者は言った
『赤字?そりゃあ当然そうです。いままでそうした雑誌群をつぶさなかったのは、「出版社側にも見栄がある」から。
だからその赤字分を(マンガの)コミックスの黒字分を充てたり、会社の資産売却利益を当てがって曲芸まがいで支えてきた。
だけどそれが「景気だけ」ではないらしい。社会全体が「活字文化へはもう戻らない…」らしい事がウスウス判ってきて、「もう限界」となって、今では「バンザイをする順番待ち」という段階に入ったんです』
記事の粗製乱造ぶりを拝見すれば、こうした『バベルの塔』が倒れるのも自明の理なのだろう。
だが、慣れ親しんだ名前のものが廃刊したり、消えたりするというドラマを、今のような世間のナダレ現象に弱い人々の前で演じられると、間違いなく過剰で危険な方向へと追いやるだろう。ボクはそちらの方が怖いのである。
よく考えてもらいたい。
古い週刊誌などを持ち出してじっくり読むと、興味深い。
ホンの数か月前、春だの夏だという段階で、それら媒体が示す指針など見かけこそもっともらしい。
だがその実、180度狂った「世界観」ならぬ『世間観』に基づく現状認識。
おもいっきり思慮に欠ける方策。自分らこそ”声のデカい先頭者に従うだけ”の体質のクセして(オピニオン)リーダー気取りだけは100人前。
そもそも大砲は、発射時に台座が1ミリずれただけで、着弾地点は射程が長くなるに従い10センチが100センチ、そして1000メートルと狂うという大前提がある。
(余談だが、メッツという物好きが、下半身=特に足首という土台がアマ甘のアマチュア並みコントロール投手、ヤクルト五十嵐を獲った。だが仮に「300`ボール投げたって、ストライクに入らないかぎりカス」。せいぜいマイナー見物で再入国がオチ。この勘違い野郎や日本人は、この際、メッツという球団がいかに冷酷で、節操のない処断をする連中か、いい教材となるはずだ)
脱線した。
1ページ1ページ、こんな定見のない見出しや編集方針に、ここまで誤導されながら世論は揺さぶられていたのかと思うと、毒者諸兄は驚かれることだろう。 それは新聞とて同じことだ。(つづく)
末期の自民党連中が事あるごとによく「マスコミにやられた」と、いかにもムコの民が冤罪を叫ぶかの如くうめいていたのを軽蔑してみていた。
だが≪09年8月政権交代≫、それからたった4か月。
古い悪習は終わって、「日本のすべてを立て直す」まだその端緒に民主党は就いたばかりではないのか。
いちいちうるさいのである。定見などありもしない烏合の輩のクセして。
どうしてこんなに混乱を招くのだろう。
マニュフェストについて、彼らは選挙後どう言っていたか
『選挙の際に掲げた達成目標につき、あまり杓子定規になって金科玉条とせず、世論も100%の履行など求めていないのだから、新政権は時間をかけて政策を一つ一つ、実際問題をにらみながら解決すべきだ』と、サンケイを除くどこの新聞も論調をそろえて「お手柔らか」に見守ってきたはずではないか。
それがどうして年末の声を聞く頃となると片っ端から、前言をホゴにしてアラ探しばかりを始めるのかどうにも理解ができない。
そもそも同じ対象を相手に、褒めたばかりのその口でケナし始めるような者など、ボクらは生活の中では相手にしていない。
職場でも呑みに行かないし、金も貸さない。そういう程度の者である(笑)。
今のマスコミ界の豹変ぶりをボクはそう冷ややかにしか見れない。
大局的に云えばどうしてもっとスパンを長く取ってモノを眺められないのか。「信任」という選挙の投票行動はそんなに早く結果が出て良いものなのか。いったいそこまで日本は薄っぺらなのか。
この国が抱える病巣世界全体が抱える疾患がそこまで単純で、患部をそうも簡単にえぐり出したり、処方箋がポンポン出せる程度のものだったか、その「深度」だけでもいから誰がおっしゃってもらえないか。
これと同じような意味の事を各社とも9月あたりの社説でそう言っていたし、春夏ごろの(フジサンケイ系を除く)全活字媒体は民主党の目指しているような政治の方向が正しいのだけれども、絶対に自公政権を破る事は出来ない…。将来の見通しは暗い…で一致していた。
古い前政権がやってきたことは、汚職に蓄財、政見なき行政の運営をすべて官僚どもに全権委任させて生き延びていた。
その見返りとしてこの二者によって、1000兆円に届こうかという借金を、債務者を我々貧乏人へとツケを回した…ではないか。
こうしたボクの歴史観は大雑把すぎるだろうか。
それを「抵抗力が希薄な国民」をナメにナメ切って前政権の末期。
「ダムに匹敵する水道使用料」を政治資金の使途と図々しく計上して「それの何が間違っているんだ」とくる。
準国賓待遇で迎えられた国での記者会見で、酒に酔ってクダを巻き地球全体の笑いものになる。
イージス艦でありながら、漁船を撃沈しておきながら、さっさと謝りに行かなかった目つきのおかしい長官。
厚労相の政策秘書自身が、愛知の(失業者のために用意された)「雇用促進住宅」にちゃっかり住んでいたり(=大村というパグ顔の男 笑)
「中学2年生必修程度の漢字」が読めなかったり(笑)。
国賓として招かれた国で、元首がその国の名を間違えたり…。
世が世であれば戦争しかけられたって文句は言えまい。
どのような汚職も、カネにまつわるスキャンダルも、前政権ではけっして非を認めないという常識が日本の常識ですべて大通りを大股で通っていたものだった。
だから、いくらマスコミが叩こうが国民が騒ごうが、そいつ自身が自殺しない限り、ただの一度とて国民に『申し訳ない。恥ずべきこと』と謝罪したことはなかった。
これらの非道、これが日本の政治の原点。
ここが、あくまで民主党政権の出発の原点をマークすべきなのである。
ヨチヨチ歩きの民主政権を嗤う声のその数倍の音量で、ボクはこいつらにこう言いたい。
『お前らだけには云われたくないよ』。
悪は悪、違法は違法。これは二つに一つの真理だろう。
鳩山が9億だの何だの、あれは違法である限り悪なのだろう。
選挙後4か月を経て、一気に『悪の権化』と化している小沢事務所が政治資金としてプールしてある原資を担保に、銀行から借りた借金で土地を、その名義で取得して問われているが、それも悪らしい。
クリアして欲しいのはその使い途である。自民党闘士サマの指さすような追求とは無縁。真理はその鳩山家資産の移動につき「誰が被害者」なのか、さては「被害者無き犯罪」なのかであって、その辺をもっと前に出すべきだろう。
脱税は犯罪だが、それが政治に使ったものならば、ある意味公共への還元ではないか。そりゃ、たまにはそこからレクサスを買ったり、フカヒレ薬膳料理も喰いたい。それがそこまで咎められるほどの悪行なのか。
そんな金を貯め込んで離さない連中よりは、よっぽどましである。
政治の世界でのルール違反。
それと人間社会へのルール違反。
これをハッキリと色付けをして、政治を進めてもらわなければ、国民の誰もが持っている時間というものが一方的に奪われているのと同じである。
だいたい上記のケースなど、それが刑事裁判であれば『情報酌量』どころか、不起訴、起訴猶予だろう。
こうした民主党スキャンダルについては、どうか≪前政権との比較級≫でモノは語ってほしいのだ。
今まで「政治にまつわるカネ」といったら、すべてが悪代官やら「ソチも悪よのう」というコンビ関係から発生し使途も不明のまま…がお決まりのパターンだった。
それが鳩山家の中から総理の政治団体へ…が何がいけないのか、いけないかもしれないが、それはけして悪ではないと思っている。
この団体の口座から、何か怪しい使途でもあったのか。
自民党サンの手法よろしく、怪しげな官僚へのワイロやら、土木屋からの請託がらみの入金だったり、防衛産業へのキックバックとか、そうした性質のカネ(や口座)でないのは、国民の誰も百も承知なのである。
それなのに、マスコミは「不正」だとあおる。
それを持って新橋へ行き、バカなサラリーマン(これも烏合の衆)などにその「不正をどう思いますか」とぶつけ、自分らがとっくに出しているシナリオに従ったコメントだけを選別してOAする。
こんな手口などもうたくさんだ。まっぴらだ。
弟の鳩山邦夫は潔く、先に贈与の不当性を認めて納税したではないかと、半可通はいう。
だが待て、あの人気取りのパフォーマンスには裏がある。
というのも、鳩山ピジョ夫とかいう(ホントは「カズオ」だったかな 笑)脱サラの長男を、邦夫はあの自らの後援会で同じ壇上に乗せ、「前回都議選で落選」した評判の悪い息子が挨拶するその前に、ああして「身内の露ばらい」をサモサモらしく見せて、クリーンな事前運動をご覧に入れた…というのが本当のところなのである。
邦夫は長年自分に仕えてくれた(地元文京区担当の)秘書との約束をホゴにして、バカ息子を都議選文京区の公認候補として送り出すのである。
秘書は失意のまま、無所属で立候補して息子を見事落選させる(たしか二度目の落選ではなかったか)。
だから捲土重来を期したいま、息子のためには「6億円を贈与税」として納めても
『コクミンとして当然ですよ …ハハ…ハハハ…ハ〜(ブルブル)」』というところなのだろう(笑)
そもそも、あの8月末の総選挙は『近代日本に起きた「ミニ革命」だった』とボクは捉えている。
というのも、あれがまともな政権交代であったのだとしたら、今マスコミが言うように『民主党ではだめだ』というなら、本当だとするとその選挙での敗れた党に信任をさっさと移せと、早くも政権交代の声が上がるのが正しい民主政治というものだ。
なのに、その声ははるかに遠く、その声のキャッチャー役ときたら、石破とやらに代表されるような、まさにさらし首罪人のような目つきの者が、受け皿となるにすぎないではないか(どうして芸人はあの男のマネをしないんだろう 笑)。
ガソリン税にしろ、マニュフェストとの多くのズレにせよ、なんでもかんでも民主党のせいにしているのかボクには理解できない。
マスコミはどうやら判っているらしく、それでも『ひとえに民主党のせいにしておこう』という編集方針でもあるのだろう。
しかし、早い話今の日本で渦巻いている停滞の元凶、それは≪税収の大幅な落ち込み≫がすべての原因ではないのか。
それを自民党+公明党で解決できるというなら、今度は処方としての『ラブコール前政権』をやれば良いというものだ。
マスコミも念願の、紙数も部数も飛躍的に伸びるという事なのだろう。
いずれにせよどこの誰が政権を獲ったところで、この≪税収の大幅な落ち込み≫だけは解決できはしまい。
それを判っていながら追求したところで得られるものといったらただ一つ、
『それ以上の「収入の大幅な落ち込み」を招く』だけ。
これだけは間違いのない、2009年最後の真理だと思う。(つづく)
下写真:アフリカのある魚屋での光景
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12月17日(木) 長嶋家山田家、「ご両家の商談」を前にして
(^o^) まあまあ
ポスト&文春週刊誌二誌の把握している範囲の情報がどれほどか、きょうほぼ全容把握できた。
ボクはあくまで鑑定依頼主に従って、目の前にズラリ並べられた長嶋茂雄氏の獲得したトロフィーから記念楯表彰状類、それに日本各界からの氏の活躍に対しての感動をこめた感謝の貢ぎ物、その膨大な量の引っ越し荷物を冷静に、味噌とクソを別け、それらを隣り合わせぬように区別をする役目である。
とっぴな話だが、日本プロ野球で一回でいいから、打撃タイトルを取ってみたら判るけれど、表彰状から始まって縦やペナント、トロフィーやカップやら副賞にメダル、連盟だけでなくあちこちの団体からクサるほどそうしたウゾウムゾウまで受け取るものだ。
これが『一回分で「およそ2畳分」』のスペースを埋める量となる。
首位打者・新人王、打点王、本塁打、ベストナインやGグラブ賞、「MVP」ひとつにせよシーズン、それに日本シリーズと二タイプある。どれだけこうした「タイトル」と「表彰」を獲得したかというと現役時代だけでなんと46!(笑)
ここへ「シーズン最多安打賞」なども加わるのだから(「猛打賞」だけでも186度!)とにかくこうした長嶋茂雄氏が獲得した汗の結晶だけでも、きちんと並べたら体育館一個分の量はゆうにある。
かつて、愛知のイチロー記念館建設前にお邪魔した時のこと、オフィスイチロー事務所に足を踏み入れると、室内のスチールの机やキャビネットの中はもちろんのこと、それらを隔てる「床にまで」そうした記念楯や表彰状額が置かれ、本当に足の踏み場がないほどぎっしり埋まっていた。
チチローさんが『足元に気を付けて下さいよ』と案内してくれながらみずからが”ガタン”。
見ればようやく確保した20センチに満たぬ通路(?)を、斜めになった金色の豪華な額が通せんぼ。
続いたボクは、それを縦に置きなおしてみたら中味の表彰状の文字にギョッとした、
だって【総理大臣賞】なのだから(笑)
まごうことなき福井山田邸でボクが目の前にしたのは
【長嶋茂雄氏の物的遺産のすべて】
これを田園調布から福井まで、トラックが二台満載、夜通し走らせて運び込んだとオーナーは言った。
それでも収納してあった地下室からはこの半数にあたる量の品々が処分された末の量だという。
『コンクリートの床からしみ出した水分でカビとシミを作り、「ゴミとして片付けられていたよう」です』(後日、小社にやって来た当該運転手談)
ボクが驚いたのはそうした「表彰モノ」とほぼ同じ量、人間国宝の画家や芸術家から贈られた個人的な贈り物までが、「金銭トレードの相手方」となって譲渡されてきていることだった。
「惜しげもない」とはこの事だ。
ちょっとした美術館でもこれほどの【よりぬきサザエさん】みたいな「オールスター芸術家総出演」とはいかないだろう、文化人や作家の品々もそこに加わって、華やかさがある美術館が開けるだろう。
良く言えば、この遺産を処分してしまう事のできるご長男は、きっと「モノに頓着しない」というまるでミスターご本人ゆずりの性格だったのでは?と、好意的に捉える事もできよう。
だけど、例えるならば、
お歳暮を貰って、包みを開けてそれを百貨店に持ち込みカネ(商品券?)に替えてしまうような。
それに似た『お行儀の悪い行い』だと、トナリ近所の者だって、指弾されなければならないだろう。
少なくともぼくの息子だったら、ノー文句でひたすらぶっ飛ばす。
『ホレ、これすごいでしょう』と、オーナーが目を細めて指を差した向こうには
杖が2・3本と、そして黒いベルクロ固定式のシューズが揃えてポツンと置いてあった。
よく見れば[3]という赤いエナメルの数字が取り付けられている。
『ミスターがホレ、「園遊会で履いてたヤツ」ですよ』山田さんは嬉しそうだった。
この杖の中の一本もそうなのだろう。
ボクは泣きそうになった。
当然ながらきょうは番組収録でもないわけで、「鑑定」といってもいちいち値段など申し上げずに、広〜〜〜い部屋に二人きりで、黙々と間違いのない品かどうかを確認してゆくだけだ。
ちょっと異様な雰囲気だったと思う。
おまけに、その「園遊会で履いた靴」の他にはモーニングやら燕尾服、紋付だの喪服だのまでがズラリ。
フォーマルなシューズからカジュアルなサドルシューズまで、ミスターの愛用していたものが20足余り。横にズラリと並ぶゴルフのバッグには幾つものゴルフセット、6個分だっただろうか、専用シューズもそれにしたがう。
先のリハビリに使用していた[3]入りシューズなどは、専門の靴作りの手によって製造されるもので、不自由になられたミスターの足を型どって手作りで作る特製品なのである。
ここまでお読みになって、皆さんならどう思われているのか。
鑑定士として、無言のモノと、ボクは向き合ってきた。
だが、モノは時として雄弁にヒトを語って余りある。
この場合、この黒い靴は多くを語っていた。
この靴をイヤでも履かねばならなくなったヒトを、それもそれが完成して、たった2ヶ月も経たぬうちに、それを他人にカネで売ってしまうヒトも語っている。(それと、カネで買おうというヒトも)
これらを売った御仁の気持ちになってみよう。
もし田園調布の実父ミスターの”目が黒かった”としたら、その地下室からドッサリこうして売ってしまえたのだろうか。
その長男は、実父の病状が改善し将来ここへ戻って来て、自分の栄光が煙のごとく消え失せたのを目のあたりにする…という事が想定できなかったのだろうか。
長男は上記のようなフォーマルウェア一切合財を売ってしまうということは、『実父が今後一切冠婚葬祭、公的な行事には出(られる健康状態に戻ら)ない』とその時点2004年6月20日前後の時点で判断していたということなのか。(「その時になったらまた買えばいい」と思ったか?)
その田園調布邸に乗り込んで、山田さんを福井から呼び寄せたその20日。
”商談&引っ越し”を開始するタイミングこそ、あの偉大な実父が脳こうそくで倒れて”わずか3ヵ月”しか経っていない時点だ。
その頃ボクらはどういう気分でミスターを想っていたのだろうか。
氏に生き方を教えてもらったという日本全国のファンらが、毎日ハラハラしながらミスター奇跡の回復を心待ちにしている…そうした真っ最中ではなかったのか。
どうやら我われ一般人と、この取り引きを目指す方々とは温性に大きな隔たりがあったように思える。ここまで着々と、粛々と、こうした『ミスターの財産整理』がひそかに同時進行していようとは日本の誰もが気付かなかったであろう。
さらに申し上げれば、この長男氏に待望の第一子(双子の女子)が産まれて(同月16日)ほんのわずかだった…というのに、この早ワザ大処分市(笑)はなんなのだったのか。
一家を代表するカオとなるべき長男として、こうした判断は正しかったのかどうか。
見方によっては、まるで「長嶋帝国に起こったクーデター」のようなものである。
その”無血革命”が『カネとの交換』とあっては、何の大義もナニもないとボクは思う。
ボクはかろうじて口を開いた。
『オーナー、これらは将来長嶋茂雄さんの「生前分与」に相当する動産移動として税務当局からそう受け止められかねず、明るみになり次第、「100%問題視」されることは間違いありません。』
『そしてそこで肝要なのは、これらの購買をめぐって「相手の宛名付きの領収書」。それからオーナーさんがどこからその代金を引き出して誰に支払ったか、すぐに証明できるような通帳とかの出金記録が提出できるようにしておかなければなりません。そんなのあるんですか?』
困ったなあとボクがしかめっ面で、そう訊くと、
『はい、全部取ってありますよ』意外にも、オーナーはニヤリと笑った。
やっぱり”勝負師”の貫禄はちがう。
ボクは安心した。
いずれにせよ、同家はこの長男はじめ、二男二女の四人兄弟のご一家。
これら動産を、まずは長嶋家へとまずはリデュースするのが第一。
そこから始まる。
そのうえで、「生前」なり「遺産」として四人で分割してから、等しく相続するべきだ…と、ボクらならずとも、税務当局や司法ならそう判断するに違いないのである。
さて今度はオーナー=セブンイレブン個人筆頭株主、山田勝三さんが『生き甲斐とする人、長嶋茂雄のために、この家庭内不祥事を鎮めるため、ひと肌脱げるのかどうか、そこに”鑑定価値”があらためて問われる番となろう。
張本勲さんは文春誌上で、
『ミスターはまだ生きているというのに、息子が親父の身を切り売りしているようなものです。孫の代まで思い出の品として残してあげるべきものでしょう。情けないし、手が震えてくるほど悔しくて腹立たしい』と、刑事被告人でもない者に対しては異例ともいえる、強烈なカツを入れている。
少なくともぼくの息子だったら、ノー文句でひたすらぶっ飛ばすところである。
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12月16日(水) ある「長男の財産整理」
(^o^) まあまあ
寒い日だった、東京は1月下旬並みの温度と報じられた。
このところ、週刊誌の報道について裁判官役としての立場から申し上げる日が続いている。
月曜発売の週刊ポストには「鑑定士」という名で、勝手に執筆記者氏が都合のよいデマ数字が掲げられていたが、ボクではない。
明日の木曜日になれば、同じネタを週刊文春が追っていて、中吊りなどでハッキリすることだろう。
そう、長嶋茂雄さんの長男一茂さんが、福井の山田コレクションオーナー氏、山田勝三さんに実父の獲得してきた品や、その存在にひれ伏した日本の文化人や芸術家らの献上品のほぼすべてを売ってしまった…という、事象に関わってボクがそれを診てきたためにコメントを求められているのである。
売った者と買った者、それだけで済むはずなのだが、勝手に売られた者…それが長嶋茂雄氏なのだから事は大きい。
売買の当事者に、そこへボクという第三者で評価もくわえさせて戴いた者が存在する…ため、ああした報道者らにとって、ボクのコメントは重宝なのだろう。
いずれにせよ、あの品々が田園調布から到着してまだ湯気の立っている状態で拝見した者としては、見終えて福井から乗った飛行機内で、なんとも砂を噛むような目の前が薄く濁ったようなあのイヤな気分はずっと続いていた。
ボクは誰にも利用されないしされたくはない。
勝手に利用されなくちゃならないと、自ら動く以外には利用されることはない。
なぜかというと、どうしてもそれをさせるとなったらとってもギャラは高くなるからだ(ウソだよ)。
ともあれ、明日の文春への逆取材によれば、相当退くにひけないまで、取材陣はそのご長男氏を追い詰めたようだ。
今ここで事前にボクから述べる必要はないと思う。
鑑定にたずさわる者として、道義的、信義にもとる事なく、自分を律し最大限感情に走ることなく、この問題には第三者的なアングルから求められた疑問にだけお応えしてゆくようにしたいと思う。
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