【2009年9月】

9月24日(木)  「番組降板!」の裏側ってこんなもん  (^o^) まあまあ
 先週の日曜日OAの《うたばん》をご覧になった皆様からご心配を頂戴している。

 半分はどうせ「ザマ―見やがれ」なのだろうが(笑)、せめて何らかのご説明が必要なくらいそれは大股すぎる展開だからである。
 その《うたばん》OA分の収録のあった15日火曜日にボクは楽屋へ行き、台本を開くと、いきなり中居さんがのっけからこう読むことになっていた

 『《うたばん》は10月から、毎週火曜夜の9時からのOAになりますので、その裏には本家の《なんでも鑑定団》がありますので、前野さんにやってもらってきた《うたばんお宝鑑定団》は今回が最終回になります。』

 こういった衝撃的な呼び込みからボクのコーナーが始まることになっていたなんて(ガビ〜〜ン)。
 楽屋でリアクションはおまかせします…とDの何人もがささやくけれど、まさに『ギミ・ア・ブレイク』みたいな情緒不安定状態(笑)。

 でも考えてみれば、『新しく移ってゆく「火曜9時からの時間帯」だというのに、TBSのほうでも「お宝鑑定団」〜』ではまさにナンだかなぁ〜であろう(笑)。
 そりゃあ、局同士の仁義を考えても『とりあえずやめておきます』という方が真っ当というものだ(笑)。

 『(それにしても、どうして他の曜日にしなかったんだよ〜)』とは思ったが、『F1〜2層(若い女性や若年子女持ち主婦層まで)』の番組の狙う視聴者サイト考えれば、たしかに21時台に他の各曜日には、そういった空きはなさそうな事情で、火曜9時を選んだのはよく解る。

 ま、しゃあないっか。

 リアクションだって、『たしかに義理あるテレ東の本家には逆らえませんよね』
 こう返したボクのうめきは、なぜか編集ではカットされてOA分からは落ちていたけど、ホントにこのまま《うたばん》とフェイドアウトになるのけ????

 かれこれ、その「本家」でお世話になってから、こちらへ移ってもう8年にもなる。

 作り手の意見や他類似番組との違いを明確に一線を引きたいとする本家制作プロ。
 それに対し、『本家らしさ』を失わない範囲であれば、どんどん他のステージにもこの鑑定団式フォーマットを広めてゆくことで、さらに一層、本家も鑑定士ら自身も、ステイタスUPするはず…といったボクの見解との見解の相違は平行線のまま。

 やむなくボクはテレビ東京の菅谷社長に宛てて、「前野の出演辞退」をお送りし決着させたのが事の顛末だ。

 当時の《うたばん》への掛け持ち出演をめぐって、双方の意見が交わされるなか、穏健派の長だった刀剣の第一人者柴田先生が突如他界されたのは決定的だった。
 こうした”改革”に前後して、掛け軸の石井、あれほど骨身を削っていた古民具の安岡、西洋骨董の岩崎といった斯界第一人者であられる3人の大先生方が本家を去った。

 もとよりテレビ東京TXにおける『なんでも鑑定団』は押しも押されもせぬナンバーワンドル箱番組。
 最盛期の20%という視聴率を分析すれば、当TXは札幌・東京・愛知・大阪・福岡等の一握りのエリアだけしか直接自社放映しておらず、他の圧倒的なローカルエリアでは、他社同業系列各社に番組を買ってもらい、日テレ・TBS・CXにテレ朝系ローカル局から番組放映権を譲り、その助力によってほぼ全国をカバーできている。(それだけ他社も認めるほどにそのコンテンツが出色なのだという何よりの証にほかならない。)

 その地方局のいずれもが、これにならったような高率を各地でマークしており、平均でならすと、なんと視聴率は35%近くにまで達する計算になるほどの、いわば知られざるお化け番組なのである。

 番組を去る際に、紳助さんから筆の文字による連綿たる惜別のお便りを頂戴したが、これは文字通りボクの永遠の「お宝」となった。
 あの番組のアイディアを讀賣テレビで起こし、またTXに引っ張ってきて成功させた男としての、きらめくようなケジメがそこには綴られていた。

 ともあれ、そこからさかのぼること10年以上も前から、ボクは近畿ローカルの番組《週刊えみぃShow》讀賣テレビで、スタート以来たいへん重宝がられてコーナーを担当させてもらってきたが、そちらの方もこの春に、「番組全体の終了」に伴ってフェードアウトしてしまう憂き目にあったばかりである。

 いったい関西の人々に通用しないような「お宝観」などは、所詮どこまでいってもエセではないか…と、自分に言い聞かせて続いてきた名物企画だっただけに、これはショックだった。

 「鑑定企画」というものは、この頃になると(本家はともかく)『価格で驚かせる』コケおどし事にばかりに作り手側は走ってしまいがちで、だったら『なぜにそんな金額となるのか』についての重要な解説がすっ飛んでしまっている編集のものがほとんどになってしまった。
 これはおかしい。
 (ここには『視聴者側の疑問符』にまで頓着しようとしない不親切が当たり前になっている?)

 正しい鑑定番組の手法は4コマ漫画のようにあくまでも、「起・承・転・結」と、一直線でなければならない。
 週刊誌の記事の構成の仕方について昔、名編集者諸氏からボクが習ったのは
 『へぇ〜 と云わせ、ほう〜 と読み込ませ、フムフム と肯かせて、 フゥ〜〜ン と納得させる』であった。

 今の鑑定番組はどうだろう。
 下手をすると、その品物をブツ撮りで四方八方を舐めるようにカメラで紹介しながら、ナレーター一人の声が(事前に、鑑定士や国会図書館から取材した内容をまとめたものを)原稿読みさせて、その解説のほとんどを終わらせてしまう。
 その起承転…あたりまで”品物に語らせて”おきながら、『さて、XXXのお値段はおいくらか』と声が振って、鑑定士サマが『OOOO円』と表示を出す。これが『結』というシメなのだ。

 せっかく人間様が顔出して出てきているというのに、やれるのはせいぜいが微調整程度。
 「これはXXがOOだから、こうなります」程度の”香り”を漂わせるだけでチョン。
 早い話、『鑑定士が「喋るレジスター化」』しているのである。

 これが最近流行りの一般的な番組作りとなってはいないか。

 それに対し、ボクは《うたばん》でかなりの好き勝手をやらせてもらえて感謝している。
 共同の作り手となって、一本の起承転結ドラマを仕上げる楽しささえ味わってきたと思う。

 坂本龍一さんがゲストの際の「アカデミー賞のオスカー像」ひとつとってみても、あの番組なくして陽の目を…どころか、まさかプライスまで付けられる羽目になるとは、坂本さんはおろか、オスカーおじさんも想像していなかっただろう(笑)。

 ひるがえってボクらの足もとを見つめてみれば、世界各国のコレクターがインターネット内を検索しまくって、余計な金を蒐集にはかけないようになっている。
 いわばこれも『プレミア価格のグローバル相場の統一化』がほぼ完成しているというのに、英語もロクに話せない鑑定士ドノの腕が問われているのである。

 時差を超えて海外で勝負もかけられないような輩のはじく(じつはAD諸氏のリサーチ結果頼りの)『鑑定価格』など、どこに有難がる価値が残っているのだろうか。

 鑑定士諸氏も、のんびり重役椅子に埋まって講演の機会ばかりを探っている「裸の王様」から、一枚の衣も着けられないだろう。

 あのオスカー像にしたって、実際に『買えるものならチャンスを探して勝って欲しい』といったクライアントからの命令がボクにはとっくに下っていた対象物。
 そうして最前線に立ってオーダー(?)を抱えていなければ、算出不可能な金額だったろうし、持ち主自身も押し返すような迫力もあったはずで、それは最前線からの修羅場がそうさせたのである。

 ときには編集で重要なコメントもカットはされていたとしても、その時々すべてのゲストのビッグショット各位には、毎回スタジオで各氏のとっておきを拝見させて戴いた以上、きっちりと「OOO円です」と述べたうえで、その起承転結を全うさせて、お帰り頂いているのである。

 そのため、(《週刊えみぃShow》もそうだったが)他ではできないような、ゲスト各位との心の交歓ができた事は人生の勲章であるとさえ思っている。

 ボクらは番組からお呼びがかかって、迎えが来ればヒョコヒョコ出てゆくし、それがなければないで、日がな目を付けた品々を追い求めたあげく、ようやく一日の寝床に就くという、芸者まがいのナリワイだ。

 だけれども、育てて戴いた「本家出身」のプライドだけは、どこへ行こうが誰に頼まれようが安売りするつもりは毛頭ない。今後もないだろう。

 暮らすに苦してくれば、ただ汗を額にすれば良いだけの事にすぎない。

 やってきた《うたばん》の仕事はひとつも間違っていない。
 石橋さんなどはボクの野球観の、いまや最高級の理解者となってくれている(想像以上に心配りのお方なんですよ 笑)。

 さて、いつまたこうした”芸者”を懐かしんで、どこぞのお座敷からお声をかけてもらえる事やら。  

9月23日(水)  買ってはいけない  (^o^) まあまあ
 安物買いのゼニ失い

 これは真理であると思う。
 色々な買い手と何十年も相まみえる機会に恵まれ、ここまで仕事をさせて戴いてきた。

 ボクの売り手、相手様の買い手…といった固定化した取り引き関係に飽きたらなくなる”成長期”がやって来る事があるのだろう。
 無理もない。

 結局は、ちょっとわき見をするうちにわずかでも安い物があって、ボクを経由するとそれだけで割高になるという意識が勝ってしまいもどかしくなるのかも知れない。
 誰しも直接買うとトクをした気分になるのは当然だ、全然これは責められない。

 たくさんお買上戴いたうえ、そうした”成長”を遂げられて縁が薄くなった後日になって、
 『自分のコレクションを見てくれ』とのお誘いを(意外にも必ず)頂戴するのだが、これがどうにも気が重いものなのだ。
 なぜかというと、好きなモノをお買いになり続けるのは良いのだが、100ある例のその100共に、コレクションの方向が絶対にねじ曲がって進んでいる「品揃え」を、間違いなく目のあたりにしてしまうからだ。
 その確率100パーセント。ここでの「ご感想」求められるのはいかにもつらい。

 どうか、ボクが身を乗り出してGET!、その思い入れの上でお奨めした様な品物。
 それに対し、『対象スター選手』の名は同じ…というだけで、一緒にくくってはまずいものなのだ。

 招かれて眺めてみればそこには可愛い”わが娘”と、そこらの「土産物のような品物」とが隣り合わせになって、こちらを見上げているような展示法ばかりとお目にかかってしまう。
 どうかこの点だけは勿体ないのでおやめになって戴きたい。

 展示には大いに差別をして欲しいのである。

 ボクのお客様が、氏にとって大切な方をお招きして、それらの品をズラリ前にして『ほほぉ〜』と云って戴けて、そのうえ(内心「エッヘン」と)胸を張ってもらえる…「そうしたヴァリューが保てる品」であるかどうか、これを基準にして、自分の目を光らせているのである。

 簡単にいえば、『実使用品と「サインもの」』を並べたら、お客人はみな『サインもの』のほうを基準にして価値を低めに落としてみるものだ。
 こうした特殊な心理を知る者は意外に少ない。
 これをアメリカでは『博物館学的思考』と直訳する事ができ、商業インテリアの一部門の学問にまで昇華させているほどだ。

 このところの秋空を見上げながら、そんな虚しさを味わっていたところに飛び込んできたのが
 《イチロー1993ルーキー、漢字スタイルサイン入りベースボールカード》というものだった。

 場所はe-bay。
 こざかしくネット社会のなか、テキトーに英語を操ってそこで仕入れたものをヤフオクなどで売りにかけて差額をハネるといった、【現代番かつぎ屋】が好むアメリカのオークションサイトだ。

 『(ああ、あのカードじゃないか)』鼻で笑ってしまったが、売主の住所はHilo市ハワイ島の者。

 昨冬から復活はしたけれども、ハワイアン・ベースボール・リーグ(HWB)という、メジャーと日本NPBとの合同ルーキーリーグが冬のい間だけ、1993年オフに設けられた事があって、すぐにつぶれてしまう。
 イチローはじめ、小久保や河原に吉岡、ベニー・アグバヤニなど、カウアイからオアフ、マウイにハワイと各地に振り分けたチームに散って、おかげで後年両国で活躍した選手らが、この開設年に厄介になっている。

 この時の1年だけ、同リーグからオフィシャルでベースボールカード(BCと略)が発行されたものだから、ボクは手に入るかぎり、お気に入りの選手のものは入手をお勧めしてきた(くやしいのは小久保さんのがまだ手にない)。

 だがまだ93年当時は、BC熱が全米規模になりつつある黎明期であり、さらにハワイ地元での撮影&印刷地産と、クォリティが低いので、カード自体の評価を高くは望めない。だから強く勧めたこともない。

 だが、例外的にイチローが大成功したことで【ルーキーカード】といったら、なんでも通用するという常識がこのHWBカードにも進出して(しかも彼のデヴュー二年目!)ジリジリと値を上げてきた。

 ここに挙げた出展物は、今月になってから上げられたものだが、明らかに「MLBでの2000本」と、続いての『9年連続200安打』の熱気を当て込んだ出展にちがいなく、ニヤニヤして『(ふ〜〜ん、ここで売りに賭けるのかなあ)』と、15年ぶりの蔵出しの真意を探りつつ、よ〜く眺めてみたら『Autographed』と自称してきやがった。

 「うっそ〜」思わず一人声をあげてしまう。てっきりイチロー君がこのHWBのカードに直接サインをしたものか…と勝手に思い込んでしまったからだ。
 写真を拡大してみたらいえいえそうじゃありません。

 そもそもこのHWBにおいて、ヒロ市の《HILO STARS》に配属された鈴木イチローにまつわり、二種類のポーズのカードが発売されていた。

 『そこにサインをしたカード』なのだろうか?

 いや、じつはこの下の写真、ある何シートかのカードの上に金色のインクで「重ね印刷」をしたいわば”当たりカード”みたいな役割を果たした別印刷もの。
 繰り返す、インクがゴールドの『印刷モノ』でしかない。『直筆原稿を起こしたもの』なのである。
  (ただし後日、HWBの倉庫にアクシデントがあり、多くが灰となってしまっている事実もあったが、詳細について今は触れるべきではない。)

 これにはイチローはオリックス時代にしていた漢字のサイン。もう一種類には筆記体でのイチロースズキとのサインが入っているが、どこまでいっても例外なく『印刷…でしかない』。

 それをまかり間違っても『Autographed』と、自称してはならないのは道義であり仁義である。

 こいつの販売履歴をチェックしてみると、《2000本安打前》のロットでは25ドル程度だったものが、次には73ドルになり、《9年連続200本》達成後には175ドルにまで上昇し、それでも出展し続けているので『(まだこいつストックがあるのか…)』とウォッチングをを重ねると、今日の時点ではなんと「スタート価格で『275ドル』」にまで増長している有り様だ。
 http://cgi.ebay.com/ws/eBayISAPI.dll?ViewItem&item=330358443307 参照

 本当の掘り出し物を見付けたのならまだしも、これは詐欺商法でしかない。
 
 イチローが記録を作る前の懐疑的な段階では、”投資”もできなかったくせに、無事に記録を達成したらポンと出す…こうした程度の輩の目の”透明度”とは果たしてどんなものなのか。

 これだから、トータルなコレクション=『MYドリーム』の展示が(目を離していたら)なかなか日本人にはなし切れない一因が、ここら辺にあるように思えてならない。
 あくまでキレイごとを喋らせてもらえるならば
 『おカネ色で濁ってしまっては、トータルに見渡せるようなロマンが失せてしまう』そんな気がするのである。

 あいにく、このe−bayを利用する「公認日本語版セカイモン」とやらでは、意外にもこうした「過去履歴」までは眺められる昨日は省略されており、これらについての疑問点を『開いて閲覧できない』まま、ただ金を落下させるのみ…に留め置かれているなんて、日本人がこうまで舐められたままなのかと悔しくてたまらない。

 案にたがわず、冒頭に挙げたような日本人の【現代番かつぎ屋】らしきIDの者らが、相次いでこれらのカードを落札しているとボクはにらんだ。

 それにこの「e−bay氏」いかなヒロスターズのおひざ元とはいえ、たったひとりから、こうも次々何枚もでてくるとなると、思わず自分のストック分を探して照合してみようと思わせるほど、ちょっと何点か気にかかる点も出てきている。

 いずれにせよ、こうした”商法”にシッポを振って、はせ参じる様な御仁とはハナっからご縁はないけれど、少なくとも無批判にこれらをヤフオクなどで『サイン入り』などと自称して転売する事だけはやめて戴きたいと願うばかりである。

9月17日(木)  のりピー、きょう待望の母子対面  (^o^) まあまあ

 『親子三人で一緒に暮らしたい』という願いがかない、
今日ようやく、釈放された高相・酒井の両名がともに、息子さんと1カ月ぶりの御対面となった。

 ドアを開け、なつかしい室内に飛び込む両親。

 それを前に息子さん、両手をヒザ小僧に載せてこう言って頭を下げた。

 『おつとめご苦労さんっス』

 「さすがにいい子に育ったね…おやっさん」











下写真:ある日東京地裁で、ボクが傍聴席に座ってこの扇子をバタバタさせていると、音をさせているわけでもないのに、正面の裁判長さんが、しっかとボクをとらえ、弁護士のの反対尋問中なのにずっとにらみつけているので、なにかとても不思議だった。あらら検事さんまで。
ボクはこの扇子に何と書いてあるのか、今日はまったくの無頓着だった。

9月14日(月)  『9年200本』で問われる報道人の資質(未校正)  (^o^) まあまあ
 またまたマスコミの各社から電話攻勢が始まった。

 イチローが「200本」打ったからである。
 ご質問はきまって
 『あのボールが売りに出たらいったいおいくらですか』というスタンプで捺したようなセリフをぶつけてくる。

 木曜だったか東京中日スポーツの記者の対応が大変正しく律義であったので、例外的に前日オークランド戦に飛び出していた『2千本安打』モノを、ボクなら1500万円で仕入れてもいい(でも「家宝」にして息子に継ぎたい)…と申し上げた(のが金曜紙面だった)。

 本来「コメントお断り」の禁を破ったのはほかでもない。
 この球場(「ネットワークスティデイアム」)、おそらく30球団フランチャイズのなかで最も観客のマナーが非紳士的な球場…であるのに、敵のチームの、しかもニッポン人のイチローの「2000本安打」だったというのに、満場のスタンディングオベイションにはジーンときたからだった。

 ただしその記者氏には、くれぐれもこうクギを刺した上での条件付きコメントだった。

 『あのイチローが、それを「売りに出すという前提」なのですよ。それはあるワケがない。それくらいにお金欲しさに記念球を売るまで落ちぶれるようなプライドではない。それをどうか「前置詞」として置いてからボクのコメントを続けるなら…』と条件を出しておいた。

 それをいいことに、土曜日の段階で、『アッコにおまかせ』のスタッフを名乗る若い男から電話があり、イチローのお宝グッズを扱う
 『「メジャースポーツ」社に電話しているんだが返事がない。明日の本番でイチローの2千本達成にちなんだパネルクイズを企画しているんだが困っている。前野サンメジャー…さんの他の連絡先知ってますか?』だってさ。しらねえ〜よバカ、あはははは(笑)

 バカな人間である(嘲笑)。これ以上のコメントする価値もない。
 『…おまかせ』として、日曜昼に店をひろげ長寿番組として君臨している以上、こうした失敬はすべて親分のアッコさんに還ってゆく。気の毒だ。

 オンエアを昨日眺めていたが、案の定ボクの上記一面掲載のコメント記事を紹介していた。
 同じバカが担当したのだろうが、毒者の皆様が想像なさるように、
 『1500万円!!!』スタジオそろってわぁ〜〜〜ッっというリアクション。

 感心にも『東京中日スポーツ』とクレジットを入れていたのは、多少なりともサルにも仁義のアカほどもあったのだろうが、起承転結の『起&承』部分が欠落しているし、コメント者の責任関係であるボクの意見という、「引用」に当たってのイロハがここにはない。

 だからコメント取材がキライなのである。

 きょうも朝のワイドショウにスポーツ紙(もう東スポは電話もかけてこないで、先の2千本などを「4億円」などと無根拠の数字を一面見出しにしていた 笑)数紙が『お値段の鑑定価格』を入れ替わり立ち替わり聞いてくるのにウンザリして、そうか…いっそ、この日記を先回りして書けばいいかと、気がついた次第(笑)。

 いささかも動かない事がここにはある。

@そうしたボールは金で取り引きされるものではなく、ひとえに殿堂へ行く性質のものである。
@いくら積まれてもイチローのようなプライドは、それを売りに出すようなボンズっぽい(笑)ワカりやすいことはしない。
@記録のボールはその表面に『記録の数字/達成者本人のサイン/日付』が入っていてこそ成立する。
 それらが入っていないボールもバットもあくまで”自称「お宝」”なのであって、いわば『白紙の小切手』と同じである。額面のような金額とするならば、振出人の署名と捺印に日付…というのはリーガルというのは同じだろう。頭を冷やして考えなさい。ということだ。

 メジャーでは1998年のマクガイアシーズン最多本塁打記録の際、スタンドでの一攫千金ボールの奪い合いの醜さに、コミッショナーにチーム、そしてMLBP(メジャー選手会)プラス、選手本人の四者が協力してかかる記念のボールにそうした『証明の書き込み類』をしないことを申し合わせている。

 例外的にそのマックの記念ボールがオークションにかけられて、当時3億円の落札価格となったけれども、その”証拠”が、わずかに黒いほくろのようなドットがコミッショナー事務局によって(ボンズHR記録時同様)ポツンと書き込まれるにとどまっており、高い金を借りに払ったとしてもきわめて満足感がないツラとなっているのである。

 これはひとえに、こうした人間が努力の末に叩きだした記録球が、単に一個人の所有物に留まらず、ひろく同時代に生きた者たち全体の功績なのであって、金持ちならばそれを囲い込める…とか、うまく外野席でせしめられれば…などという矮小なコンタンで独占されてはならない、公共の宝という認識なのである。

 こうした努力を開始してもう11年も経つというのに、いまだにマスコミ諸兄は判っていない。

 今日の申し出の《朝ズバッ》氏などは、『一説には「4億円というお値段」にもなっているといいますが…』とけしかけてみせる。(おいおい、東スポの数字を基本にするのかよ「報道のTBS」が)

 ボクのはじき出す数字が、みのさんの《ニュースめくり斬り》のコーナーでそうしたイチローのお宝をクイズ形式で扱いたいのだそうだが、そこにいちいち
 『前野サンだったら、それが…なんと、(ペリッ)このおネダンなんだそーです。』『(リアクション)エェ〜!?』
 『スッゴイじゃありませんか、さっすがイチローッ!。ねぇ〜オザワのほうじゃありませんよ(笑)』とかやるんだろうなあ。

 ボクがやりたいのはお金の問題ではなく、いかに人の努力が金などでは買えないものなのかという視点なのであって、毎年200安打を積み重ねるまでの途を続けるのがいかに”価値がある”のか…を申し上げたいのである。(そういう地味な企画って通らないんだろうなあ。そっちの方がよっぽど痛快だろうと思うんだけど)

 冷静に考えてもらいたいのは、仮にボクがイチローとSFみたいに人物が入れ替わったとしたら、きっとこう腹を立てることだろう
『あのイチローの野郎、オレが若い時にちょっと目ェかけてやったと思ったらいい気になりやがって。タマに嫌味なことを書きやがるし。これじゃあオレがまるで何でもかんでも売り飛ばしてるみたいじゃねえか、フン。ま・ちょっとは当たってるけどよ(ポリポリ)』

 そうなのである(笑)ボクなら海の向こうで間違いなくそう突っ込んでいるはずなのだ。

 本人にまったく売る意思がないものを第三者がそれのお値段を決めるなど、いかにも行儀が悪く品性が下劣と片付けられたって文句のひとつも言えない。不遜極まりないことなのである。

 それらを断りながら、『そんな失礼な記事を書いたら、「コメントさせた者」、「コメントした者」と、彼のマスコミ担当者(ウォッチャー)から報告が行って、シアトルの番をして毎日顔を合わせているお宅の特派記者がイチローから軽蔑されますよ。「俺はそんなものを売る人なのか」って…』と、各人に申し上げておいた。 
 
 これでめでたく、本年度のノルマ達成。
 ウチのお得意様、それに当『・・・日記』の毒者諸兄ならとっくに、ミニにタコができているだろう(田代さん 笑)。
 メジャーへ渡った2001年から、新人王やらMVPにWBCなどといくらも”ハイライト”はあったものの、そんなのはみな通過駅に過ぎない。
 イチローはベーブルースや王貞治さんを超えようとはしていない。

 ただただ、自分の土俵上の相手力士は《ヒット打ち》という、正しく打って走り、塁を得る…という、《野球の基本》に則った《安打という野球の王道》をゆく最強の武士たちとの他流試合に一番でも多く勝ち、自分以上に勝った者がいない地平にたどり着くことなのである。

 …だとすると、彼の目指す頂点とはピートローズの4256本安打である。
  そしてジョー・ディマージオの56試合連続試合安打である。
  そしてあくまでヤンキースには意地でも入団を果たすだろう。

  ボクはこの点については頑固である。安部が、福田がそして麻生が何とほざこうが逃げようが、この一点だけは絶対にボクはブレない。
 当時はボク”一兵”だけではあったけど、皆さんに見込んだ彼の異能と、彼の人生を賭けたロマンを伝える役割は守り続けてきた。(イチローの「天才」とは、いくら練習しても練習を苦にしない…のが才能なのである。その才能とはボクはかつての王さんでみて以来だった。ただチチローさんの弁によればそうした才能を定着させたのは田口壮との出逢いがあったからこそという。)

 メジャーに行く前2000年の暮れ、契約書にサインをした直後の神戸のタン屋で、ボクが言った
『あなたという選手の妥当な契約年俸は(1年)800万ドルでしょうね。』
 語り終えたボクの眼の底を何度もたしかめるようにイチローは目の前で『まっさかあ〜ウッソですよ〜』と否定しようとしていたのは忘れないし、ボクは今でも自慢している。

 振り返ってみれば、自信家のイチローとて当時のステイタスは
 『日本人として初めての野手メジャー入り』だったのだから、自身、メジャーとの比較はお世辞・辛口・ともども無責任に無根拠な評価ばかりだったのだろう、この新鮮な反応にはこちらの方が驚いた。(新庄は眼中になかった)

 ともあれ、きょうの『200本』で今日現在('92年デヴュー以来)通算3283安打となり、あと974本、もう17年間も自分を押し殺してきたのも残ることわずか5年間の辛抱だ(その「わずか」が死ぬ思いなんだよ!とさぞかし言いたいことだろう)。

 ボクにはそちらのゴールが見えてきた方ばかりが気になって仕方がない。
 じつはイチローがローズの記録を突破した場合、アメリカが『だってそれは日本時代の1278本』が含まれているだろう…と、ゴールをさらに遠ざける様な風潮を見逃すわけにはいかないし、またひるがえってイチローの側がその『メジャー純記録』を尊重して意地でもやってしまいそうな気がしてならないのである。(そうした性格だとも思う)

 そうしたら「通算5534安打」か、絶対に突破不能の大記録だろう、どうだいアメ公ザマぁみやがれってんだ! ついでに王貞治さんの868号を認めておけよ、このヤロー。ホームランは球場の広さじゃねえんだ。

 なにはともあれ、もうひとつ付け加えるとするならば、イチローが「4256」「56試合」を達成し終えた時、
 3つ目のヤンキースはともかく、記録としての上記二つを果たしたならば、はじめてイチローがデヴュー以来張って張って張りまくってきた『肩とヒジ』が普通に戻る時だとボクは思っている。

 その時は遠くからでもいいから『今まで本当に、おつかれさま』と(弓子さんともども)ファンに混じって声をかけてあげたいと思う。

9月9日(水)  「議員秘書不足」一挙解決ハローワーク!  (^o^) まあまあ
  きのうの事、赤坂のTBSへ《うたばん》の収録にゆく迎えの車からの車窓。

  国立劇場から三宅坂、車内でで信号待ちをしていたら、かつて屋上に【日本社会党】という看板が載っていた建物が今も超一等地の角地に建っているのが目に入ってきた。
 昔からある懐かしい薄汚いビルがそのままだけれど、その看板が【社会民主党】と文字だけ変わって、そこにまだあった。とてもじゃないが往年の勢いなどどこへ行ったやらのミニ政党。

 もうひとつ気が付けば、そのビルに向かうわけではないけれど、ボクの乗った車と競り合うように、黒塗りの国産高級車が数台。気が付けばいつの間にか同じように国会方向へハナを向けている。

 さしづめ国会議員でも載せているのだろうが、そういやこの永田町界隈の”政党本部銀座”では、この政権大交代で、誕生したり落選した議員にまつわりつく事で糧を食んでいた「議員秘書」サンたちが右往左往の挙げ句、大幅に足りない事が明るみに出て、結果極端な人手不足におちいっているという。

 大躍進のおかげで「行く人来る人」トータル200人以上の議員サンが、最低限(二人以上の)秘書を抱えなければならない計算だから、計400人を超える雇用関係がここにあるという事に、信号を曲がりながらふっと気が付いた。
 その雇用には、第一秘書の方にだけは国費としてバカな議員でもチョンな議員にも黙って毎月100万円もの給料が約束されている、なんともまあうらやましい。

 いや、そういう問題ではない。
 今の世相のごとく『誰だって議員になれる』情況なのであれば、民主党幹部の指令のように「落選して失職中の元自民議員秘書」のような、古いタイプの政治(?)を金科玉条のようにしているような者に、わざわざカネをくれてやってまで身内に引き込む価値などはもう無くなったのではないか。

 わが道【鑑定価格】でいうならば、選挙民に対しマメに頭を下げる明るい正直者であってくれるならば、ボクはプロもアマも価値に違いはなくなった…と思う。
 またそうした政治をしてくれるならば「また次も」やって貰いたいし、している事の説明をガラス張りにしてくれるならば個人的には「また入れたい」と思うレベルまでにボクらはとっくに後退してしまっている(幸か不幸か)。

 国民の多くは(子供らまで?)8月30日の日曜日まで、あれだけ尊大無比だった裸の王様とその取り巻きたちが、完膚なきまでに叩きのめされてしまうといった、いわば『史上最大の勧善懲悪劇』と読んで良い社会現象を目撃した。

 ボク自身知らぬ間に、『気が付いてみたらここまでボク自身がプロレタリアート化していた自分』に目が覚める思いだった。

 日本はいつの間にか17世紀あたりの封建主義のようになっているのではないか。
 人民があまりにも隷属的である。そして資本家層(金持ち階級)が仕切る体制に対して全くの無力ではなかったか。シニカルに表現したいのではなく、だってそれくらい人民やマスコミはエラそうに『中産階級だ』などと振舞ってはいるものの、ちっとも相手を1ミリたりとて動かせない歴史が続いてきた。

 ボクらの文句なんてちっとも反映されず、不正が大手を振ったまま…赤い舌をぺロリなんて、歴史上でもそうした悪性はひっくり返されてきたものであり、、「桃太郎侍」でも52分後には見事に粉砕し尽くしてくれたくらいだ(笑)。
 いつまでたっても自公保守政権が「ひっくり返せない」などというのは、そうした昔の階級社会みたいに身分制度のように強固な色分けが、ボクらの背中にいつの間にか染め上げられていたからからなのではないか。
 できたのはせいぜいマスコミがすなる、からかいやら愚痴の類だけは高らかに、おしゃべりをする範囲まで…と、はっきりと判らない形で巧妙に線引かれていたのではないかと思うのだ。

 もしかすると、逆に旧自公政権自体がエレベーターのように、巧妙にも『自らをブルジョワジー』の高みまであいつら自身限定で、格上げしていたのかも知れないといった社会構造の再構成に気が付かなかったのかもしれない。

 「ちがう!」と指摘されたって、そんなのは50歩100歩の相違に過ぎない。
 ボクらなんて奴隷みたいなものだったのだろう。

 あの歴史的政権交代の決まった日、ボクは愚息らとの夕食時、二人の顔を眺めながらあらためてこう言った。
『お前たちはある意味幸せな世代に生まれたかもしれない。小学校時代にあの「9・11」の映像をきっとこれはテロに違いないから目撃していなさいと、生の映像を徹夜で目撃して世界史の遷り変わりをみたよな。』

 そうするうち、そのリアクションとしてイラクへの侵攻をアメリカが始めると、この子らと仲良く育った同年代のハワイの友達が高卒から空軍学校に晴れて入学したはいいが、結局は”イラクへの着任”を内示されるや、島内の狭い社会でも不名誉な除隊する途を彼ら家族は選らんで優等奨学生のスタータスから転落するのを複雑な思いで眺めた。
 
 こうした「活きた世界史」はどう心に響いたのだろうか。

 そのうち小泉さん以降、昨今のような正気とも思えない、子供らにも笑われるような馬鹿げた政治というものが日常茶飯事となってゆく。
 国のトップであるはずの大人たちが
『これだけ自由気ままに約束を反古にして、失敗したって国民に謝ろうともせず、ただ辞めればいいんだろう…。落ち度を皆に指摘されたって、白を黒と言いくるめる薄汚い政治屋根性を見せられつつ、いっぽうそれを強く叱責できない野党などもさぞかし不思議に思ったことだろう。』

『でも結局は、手に何も持たないオレら国民がここまでガマンに我慢を重ねて各自の1票を投じた結果(次男は初の国政選投票)、こうして悪と不正の体制をひっくり返す…いや、「能動的にひっくり返せるんだ」という自信を学んだんじゃないだろうか』と話したのである。

 いずれにせよひと言でいうならばこれら2001年以降のドラスティックな世界・国内大人社会の動きは、子供たちの視線にかかったら『メッチャクチャ反面教師的現実』だったのではないか。

 ボクは自分の子供に対しては、幼児時代から小学生まで、社会の迷惑にならないようスパルタ式だったかもしれないほど厳しくやってきたが、「中学生」になった途端にそれはパッタリと止めた。
 それはもうこれくらいの年齢になったら、男は勝手に社会を眺め、必要があるなら彼らは自己判断で勝手に関わってゆくものだ、と考えてきたからだ。

 だが折りに触れ観光地のガイドさんみたいに『さぁ、ここからは良く観てってくださいよ〜』と、差し出がましいけれど自分の視点をこうして示すことがある。
 いわば、これこれこう…と私見を植え付けるのではなく、喰って消化しやすくするための『消化酵素』を与えればそれで良いと思うのだ(バカにはされているけど 笑)

 ともあれ、車は局に近づき夕刻の赤坂界隈はいつものようにスーツ姿で行き交っている。
 その中で「新入」らしい若者のダークスーツに目が止まる。

 そういえば【就職氷河期】はついに7月末の調査で失業率を「5,7%」にまで深刻化させた。高校・大学ともに卒業後も採用にあり付けぬ”旧新卒”組の数がこれを押し上げているという数字だろう。
 とくに北海道や九州でもその落ち込みぶりはひどすぎる…というのに、利益誘導型の旧来の政治をその南北の選挙区ほぼすべてで、若者を先頭にバッサリ拒否してみせたことにボクは刮目させられた。

 保守王国のオヤジたちはしきりと、民主もいいけど「地方交付税切られたらどうするの?公共事業立たれたらどうするの?就職できないよ」などと湾曲に若者へは甘い誘惑のセレナーデを贈っていながら、彼らは断固として汚れた選択を拒否したのである。

 これぞまさしく『渇しても盗泉の水は飲まず』という爽やかな決断だった。

 ところで、就職地獄というとこんな話にボクは係わった。
 [フェリス女子大]といったら、かつてはスッチーや商社・外資系など、語学の水準の高い学生を求める企業にはほぼ100%という就職率で知られた学校だ。ついでにカザリにも役立つといった点で、同校は超お嬢さん学校でもある点でその率を強く補てんしている。

 『できれば、女子アナに』と本人の希望もあったそうだが、ボクは親にそんなワリの合わない宝くじなど薦めたくないので一笑に付すよう申し上げておいた。

 話をそらすけれど、男も女も社員局アナといったら、東京のキー局での競争率は3000倍(笑)。
 ルックスはそこそこでも、決め手といったら近年は
 『率の獲れる出演者、またはCMの本数(*)を持参金として見込める大企業・広告代理店幹部の子女であることがキラー履歴』だとのキッパリ話を耳にして、ボクは唖然としたまま何度も「ナルホドねぇ〜」を繰り返したものだった。(*註:キー局だけでなく、系列地方局へ広告出稿までを採用側は計算するというのだ)

 そんな彼女が(やっぱり!)放送各局から相手にされずに臨んだ一級商社の会社訪問で、4年生新卒の女性社員『5名分のワク』があるとの情報を仕込んできた。

 後日、人事担当者の就職説明会をひらくとのことで、再度指定された日にゆくと7・80名もの就職希望者が顔を揃えており、彼女はあらためて狭き門を覚悟させられた…。
 それも一瞬だった。
 可能性に夢をふくらませた彼女はドカンと驚かされるのである。ボクも耳をうたがった。

 会議室に案内された彼女らが、目の前に並べられた多くのスチール椅子に向かおうとすると、そこへ人事課の人間が、なぜか前に立ちはだかったそうである。

 いぶかしがるリクルートスーツ色の女子大生らに、彼はこう言い放った。
 『あのう、この部屋を「ふた手」に分けます。恐れ入りますが「お茶の水女子大の方」それと「国立一期の文系」の方は右の方へお座り下さい。』
 『そして左のこちら側にはどうぞ「”それ以外”の大学」の皆さまがお座りになって頂けますか…』

 これが現在の就職最前線なのである。

 変われば変わるものである。
 あまりにも判りやすいバカぶりに、ここの人事担当役員の脳の内側までがおかげでスカスカに透けて視えるというものだ。
 批判をまともにする気力もわいてこない。正気の沙汰とは思えない。
 今どきここまで危機管理能力が欠如していて、よくも東証一部に上場していられ、また商売など続けていけるものだとショウジキ感心した。

 この一件をもって、フェリスや名門女子大の面々、それに国立一期の理科系や二期校の学生諸君にはこの企業を学園ぐるみで復習する権利を持つべきだ。
 企業テロを、有形無形、アナログ・デジタル的にだって仕掛けられてもこの企業は文句もつけられまい。いっそ女子大生だけの【就職活動右翼団体】でも作って街宣車乗りつけたりしたら見物人も押しかけるし、いい薬になるだろう。週刊誌ネタとしたら最高級だなあ(笑)。

 ご承知のとおりボクに「名門志向」などはない。
 だがこのイソップ物語に出てくるような前近代的な「選民主義」というか、差別バンザイ思想をはばからない企業人が、いまだにこの国に君臨しているなんて衝撃的だった。

 だって少なからず『”それ以外”の大学』に入学しようと、”大志”を抱いて勉学にいそしんで来て出遭ったセイガクらを相手に、初の社会的経験がコレ…』なんて、あまりに非道く、人の痛みを知らなすぎる。

 この会社には創立以来より「旧政権」から、ODAだの政府買い上げ品だのなんだの税金が営々と途切れることなくつぎ込まれているうちに、ここまで企業体も態度も尊大になってしまったというイキサツなのだろう。

 政権交代ついでに、こうした企業にも国民の側から強制終了にまで追いこんでもらいたいものだ。

 新しい政権党の方々よ、そもそも諸君らの世間を見る目じたいもかなり頼りないと思うのはボクだけではないはずだ。はっきり云ってキミら近視眼的なのではないか。
 人材はいくらでもいる。そんなくされた「政治のプロ」を雇い、自分らまでプロっぽく染まる必要性など「今の選挙民」は求めてはいないといった新しい傾向には気付かないか?
 
 雇うならばあの年末、一方的に職を奪われ日比谷公園に肩を寄せ合った期間労働者などから適材を見付けるところから始めてはどうか。
 
 「弱者への救済」という民主社会の基礎、そうしたお題目ばかり百万回唱えたところで無力なのは、公明党の虚構崩壊をみるまでもなく明らかだ。

 本当に弱者を効率よく救済したいなら、1年生議員諸君、いっそハローワークへ今こそ足を向けるべきではないか。そこでついでに学ぶべきことはヤマほどある。
 あそこには社会に向けて選挙民からの共感を、キミら以上に語るであろう説得力持つ人材が山とあふれているではないか。
 また社会に出てもいまだ差別的体質によって、上記のように肩書だけで切り捨てられる若者もゴマンといるではないか。

 気が付く人種がクッキリ浮き彫りにもなるだろう。
 そこへ肩を寄せて集う労働者の「対極にある」のは間違いなく、官公庁に巣くう『官僚サマ』の真の姿がはっきりと見えることだろう。
 それらへの税金による待遇の過剰ぶりが理解できれば、今度はおのずから自分ら議員への厚遇ぶりも気になってくるはずだ。これを庶民一同願っているのである。

 諸君らのように苦労もなく議席だけが獲れた方々には、ただ単に小沢さんや「選挙民一般」に感謝しますと言葉だけで済ますのではなく、感謝のしるしをこうした人材を(しかも国からの歳出で!)救済することから始めたっておかしくない。

 そうして税金の使い方一つで人を救い、逆に着ぶくれを引っぺがしたその上で、それでも『税金が足りません』というならば、この国民はもろ手を挙げて『増税やむなし』と賛成してくれるにきまっているのである。

 どうしてそんな簡単な理屈が判ってくれないのだろう。

9月1日(火)  陸上自衛隊の富士総合火力演習 観戦ルポ  (^o^) まあまあ
 日曜日、総火演に行ってきた。
 「総火演」とは、すなわち『陸上自衛隊富士総合火力演習』の略。

 あるご厚意により、「広報用取材の一端」という名目でプレミアものといわれる『駐車場券付きスタンド利用可能券』を頂戴したのである。

 全体が見渡せるそのスタンドからは、射撃する車両の背後から標的に当たるまでを一つの視覚内で収められるため垂涎の的、おまけに悪天候の場合には雨合羽(傘は禁止)だけで野球観戦する要領で”観戦”可能だからどうしても数限られているスタンド席に座りたくて作戦を練った。

 応募だけで毎年15万通も寄せられるという、ニッポン全国ミリタリーファンが心待ちにして結集めざす随一のイベント(しかも無料)。

 行き着いたのが、前夜から近所の旅館に前のり=泊まり、早朝に指定駐車場入り→(陸自しつらえの)シャトルバス→会場を目指す方針。

 奇跡的に、絶対に取れるはずもない御殿場現地最至近の宿屋に電話を入れてみたら、『たまたま一部屋が空いた』電話を切ったら『あんたの電話だったよ』とかウソのような話で無事GETできた。
 朝飯付き5000円。

 東京で仕事を済まして、夜に父子二人旅で御殿場へ前のり。
 さっそく大混雑が予想される明日朝の作戦策定に取り掛かる。

 まずは朝メシ、買ってゆくか喰ってゆくのか。
 帳場でおばさんに訊くと
 『朝食は7時から』という。

 『もっと早く6時くらいから…とかできないのか』と訊くと
 『「自衛隊さんへ行くお客さんら』は、どなたもみーんな朝ごはん食べてから行くんですよ』とのこと。

 内心ラッキーと思いながらも、事前に集めていた話とはちがう。
 『せめて7時前には会場に着かないと、スタンドには座れない。』というのが定説だと事前に聞いてきている。だから、東京から向かう電車組などは、前の晩に最終で来て駅構内で眠るか、始発でやって来て大急ぎで会場にタクシーで入らなくてはスタンドには座れない…との噂はウソだったのか。

 関西の”同志”らは、夜行便でやってきて、駅でこの明け方までどう明かすか…が各自学説の分かれるところ…というほどだ。
 『ハナシがちがう???』
 でもこんなに”コアな関係者”の言だけに、『なぁんだ…』と安易に安心する。

 同行の次男は、ヒトとの待ち合わせというと『30分前には現場周辺に着かねばならない』と考える《ゴルゴ13》とか、《伝統的巨人軍選手》みたいな性格(笑)。
 絶対に目標と決めた『スタンド席確保』には全力で臨まなければならないのである。

 とにかく慎重で、狙った目標(獲物?)を仕留めるためなら、こいつはあのレンジャーのようにじっと何時間でも待つようなチョイスをいとわないボクの次男とは思えないような人間である(笑)。
 いわばこんな「強迫神経症」みたいな相手と一緒だけに、
 『(ホントに旅館関係者の言を信じて良いものだろうか…)』

 ヘタに真に受けて、スタンド席を確保できなければボクは軍法会議送りだろう(笑)。内心でそんな葛藤があったものの、酒を酌み交わして就寝。

 すると明け方、ゴソゴソと階下で、ボソボソとこの旅館に別れを告げるような不審な声が連続して湧きあがって玄関が閉まる音が繰り返される、5時過ぎだった。
 確認するのも面倒くさいから放っておいた。
 そもそもここは御殿場、富士登山の拠点なのだから5時過ぎから山頂を目指すのもおかしくないのである。

 「(きっと主催者側の自衛隊関係者なのだろう)」などとまどろんでいた。
 だが、ゆうぜんと7時にメシを大広間で喰い始めると、どうもヘンだ。
 ボクら以外に『総火演ごのみ』らしき者がゼロなのだ。もしかしてこれは『ワナ』なのか!?

 実はボクも”ゴルゴ13”を念のためにしっかりやっておいたのが前の晩。
 事前にここの玄関先にあった下駄箱を開いて、その中身(宿泊客の履いてきたシューズ)を確認していたのだ。そうなのだ、これも明日のため、宿泊客のプロファイリングをしておきたかったからなのである。
 こうすれば全体が把握できる。

 開いてみれば、醤油で軽く煮付けたようなベッタリ薄黒い薄汚いスニーカーが数多くギッシリと詰め込まれており、きれいに棚の余地なく持ちあがるほどそれらがひしめいていたのである。
 どれもこれも薄汚い理由はすぐに判った。
 ここは富士山の広大な火山灰地帯。足場がきわめて悪いため、買ったばかりの靴類をここに履いて来ようという大金持ちはいないだろう。

 どれもこれもそれらは、見事に『選抜されたこキタナイ靴だけ』であった(笑)
 それをこの旅館は下駄箱を開放したりすることなく、そいつらを木製の扉でしっかり閉じているものだから、適当に体温が保温され、この内部はヒト肌のように温められていたのが不幸だった。

 わずかな大気はムンムンモンモンとなっており全体が雑菌の巨大な培養基状態となっていた。
 調子に乗った有臭バクテリアが酸素をすべて食いつくし、扉をボクが開いたとたん内側の汚染された気体が渦を巻いてボクの側に殺到する。

 《もわ〜〜あ》
 ゲッ…おえええぇ!!!!
 強烈な『ウップ臭』。それがボクの胃の腑をひっくり返した(笑)。
 これはすごいグエッエェェ…、これはスゴい、毒者のみなさんにもお伝えたい。いっそクソの方がまだマシで、素直なかほりであり諦めもつく(笑)。間違いなく今年『もっとも臭かったで賞ベスト1』に輝いてしまった。
 このわずかな瞬間だが、鼻孔を刺激した「最初はトウモロコシのゆだりたて…」みたいな穏やかさを隠れ蓑にした『腐敗の4乗』みたいなニオイは、それから二日経った今も簡単に取り出せるほどに沁みついてしまった、なんともこれはひどい。(かつてドイツ軍が使ったという塩素ガスや、オーストラリア軍がベトナムでベトコンを殺してしまったという催涙ガスと、ボクは2度も毒ガスを嗅いでいるが、この「御殿場ガス」のひどさに軍配が上がる 笑)

 それはともかく、そういうのを履いている人種が大広間には一人もいないのである!。
 (それはそれでよかったけど、そいつらの靴下とメシの席で同席したくない)
 それよっか、ヤバイ!スタンドに座れないのか!

 中身をどういうわけかすべて取り出した下駄箱のあの扉が、この朝にはカンノン開きとなって、ボクをあざ笑うように玄関先を狭くしている。これは朝メシ時間中というのに、ノー天気にのどかな「クサみ抜き」をしているのだろう。
 はたして旅館のあのバアさんは、ウソを平然と言えるヒトだったのだ。くくっ…謀られたわ。

 帳場にいったら
 『そういう若い人たちはみんな素泊まり。うちでごはん食べないでコンビニでおにぎりとか買って、会場の方へのバスにも乗らず会場へ向かうものだ』と、旅館のおじいさんは平然と云う。『(バカヤロ、前夜に言えよ〜 笑)。』
 ぬ、ぬかったワ。

 こりゃあマズイと、クルマを飛ばして指定された自衛隊駐車場へすっ飛んでゆく。
 おかわりもしなかったチクショー。意外に味噌汁が上手かったのに…という場合ではない。

 ともあれ、昨日までの天気予報が一転「晴れ、のち曇り」となって安心してか、余計に人出が増したようで開始時には会場内すべてギッシリ。

 どういうわけか、この「総火演」の日は悪天候と相場が決まっていたらしく、毎年雨にたたられてのこの火山灰地、足もとが悪いなんてものじゃなくなる。
 たしかにスタンド席は座って見守れるし長時間だってラク。雨だってここならなんて事はない(地べた座りのシート席では数年前の荒天時、「濁流と化した」そうである 笑)。

 だが、それでも熱烈なマニアには、申し込み当選率の高いシート席のほうを、あえて選ぶというムキもある。
 というのは何といっても、ぶっ放す戦車から(シート最前列まで)わずか約50メートル。
 スタンド席からは120メートル以上はあろう。

 演習場全体を眺めるには死角も多く、視界も狭い。
 だが、天候も座り心地も不問にして、かかるマニアらはかぶり付きの席を確保していたのである。
 (こいつらがクサかったのか?)

 ただ予報はおおむねオッケーではあるものの、台風も接近中で、おまけにここは富士の裾野。
 いつお山の機嫌が崩れるか、判らないとはいうが、早朝はどピーカン。今日の人出は「好天」に賭けた人の数を表わす。

 『Eスタンドはすでに満席で〜す。』というトラメガ片手の迷彩自衛官。

 『(えっ、うっそ〜)』…ということは、そのスタンド前面の地べたに敷かれたシート席。
 これだけのシートが陸自により敷かれて、ロープで区画が切られている。
 一見、大規模なお花見会場の様相である。
 広さは『間口300m、奥行き150m』といった面積がシート席の全容だ。

 演習開始は10時。空は雲ひとつないギラギラ超快晴。肌を押されるほどの日差しはグアム島のそれだ。
 しかし、ここで5時間から(ボクら2時間半)これまで待っていた当方含めたここの約2万人も超ド級の好きモノだ。
 ぞくぞくとやって来るヒトの列。

 しまいにはスタンド席に座れない者シート席の通路まで、自衛官の誘導で立ち見組も「通路用スペース地べた」に座わらせることに。

 はじまるや否や、航空自衛隊から「友情出演」の新鋭『F−2戦闘機』が会場左手からやってきます…とのアナウンス。
 えっ?
 すると、かなりの低空で二機の「F−16」が、じゃなかった、そっくりの国産F−2次期戦闘機。
 『(あ、宙に浮いている!)』そう思えるほど、すぐそこまで接近していたのにほとんど音がしない!!!???

 場内ポカーンとしている、すると会場を横に割くように通過と同時に『ガゴォ〜〜〜』と、爆音が遅れてボクらを襲う。
 鳥肌が立った、カッコよすぎる。
 個人的にはF−16が大好きなのだが、このF−2も買ってきちゃおうかな。何しろメタリックコバルト主体のカラリングが美しい。美的コンサルタントでも加わったのだろうか。深い蒼空にとても映える。
 音速に近い速度で、衝撃波が出ないようスレスレで遠慮しての飛行サービスなのか。

 おまけに爆音と同時に観客席のほんの向かい側に、さすがにホンモノは投下させられないから、ボカンッタイミングを合わせてふたつボカン・ボカンと、『爆弾ナンチャッテ落とし』をカマして赤い炎に真っ黒な煙をまるで映画のシーンのように魅せてくれるサービスぶり(笑)。

 そのグレンの炎にキャー混じりの大歓声。ここには『いたずらに地球温暖化をどうの』という面倒くさい思考法などは皆無である。

 それにしてもここは陸自のシマ。あまり空自の事を褒めたら申し訳ない。
 この”人気タレント”特別出演のために、会場には《航空幕僚長》読んでおいたのはダテじゃない。

 これで完全に場内は一つになった。
 文字通りツカミはオッケー…というわけだが演出と進行が上手いぞ陸自。

 しかし驚いた、総火演とはこれだけの人気イベントだったとは…と、実感した次第。
 特にボクらが(シート席の)前から10列目くらいに体育座りを開始する頃には、超マニアの常連氏らは最前列付近一帯を占め、グッスリ『二度寝』まっ最中。

 彼らに言わせると、『シート席の最前列かスタンドの最上段のどちらか』が、この「総火演」での達人の目指す究極の観戦席なのだそうである。
 ちなみに、ボクの所持する『駐車券付きスタンド席着席権付き』の一人分セット』は、ヤフオクで2日前のピーク時には最高5万円から2万円までで落札されていた。

 それにしても、我々群衆を整理して座らせるのも、なるべく一人ひとりの専有面積を狭くするのに迷彩服が、『しっかり前後左右、隣の人との間隔は詰めて下さいよ。でないとそこへ別の人を座らせますからね』。
 この言葉にみなビビリ、みずから自虐的スシ詰め状態にしてゆく反応。

 う〜〜ん恐るべしだぜ自衛隊。警察よりもひょっとして組織的な人心掌握術が一枚うわ手だ(笑)

 だが、そのおかげでエラい事が始まった。
 狭い範囲でアグラをかいていると、組んで下(の地面側)になった脚がしびれてしまうのだった。
 正座ならともかく、まさか「アグラでしびれる」なんて初の体験だった。

 すると同行の次男が、「こうするといいよ」と教えてくれたのが、空になったペットボトルの空気を少し抜いて、その脚に当てがって枕がわりに地面へのクッションとするもの。

 うわ〜意外だった、こりゃあラクだ。約5時間半もの間、このペットボトル作戦は功を奏し、周囲の客らとはちがい、脚のシビレとは無縁で済むことに。
 この男は、なにしろ『アグラをかくよりも正座の方がラクチン』という、ボクとは正反対のおかしな肉体をしている。おそらく8年もの剣道部生活で、そういった特異体質までを押し付けられたのだろう。うらやましい。

 ところがさしもの彼も、今日ばかりは薄いシートごしに襲う、本場富士火山礫のゴロゴロチクチクの痛さをスネに当てがわれては正座などもできないのであろう。
 いい気味なのである( ´,_ゝ`)プッ、あっはっは、邪剣は破れたり(笑)。

 スタンドには無縁となったものの、『総火演の達人』らが最大の呼び物という、自衛隊戦力では『最大音量?』とされる「90式戦車の125ミリ滑腔砲」などを、かぶりつきとか「砂かぶり」とかいう距離で発車音を聴けるメリットは捨てがたい。

 それはどうスゴいかというと、発射と同時にドワッと火が筒先から出て、『ガオンッ』といってその瞬間、あたり一面の風景に衝撃波(らしきもの)が撥ねて空間をゆがませる。
 爆風がどうのという世界ではない。
 「ドバンッ」の衝撃と共に、左右方向へ大気の空間の層がワープするのである。

 あまりの音量に会場の”同志一同”はどうするかというと、その座った場から飛び上がる、たまげた後、顔を見合せて笑うのである(笑)。
 F1マシンがフルスロットルで目の前のストレートを疾駆すると、やはり世界中のレース観戦者らは同じように笑い合う…あれと同じ行動である(GTとかでなく、F1じゃなくちゃダメ 笑)。

 他への遠慮だとか、隣人同士の環境とか、余計なことをまったく考えない、「戦争もF1」も威力を最大限に引き出すため(勝つため)なら何でもアリ…という純化したモノ作りの結果がここに昇華している。

 そうした徹底的『省遠慮』。この容赦のないトコトン思い切りの良さが爽やかだ(笑)。
 威力や性能を100%活かすべく、徹底的にスペックそれ以外のマイナス要素を「思い切りそぎ落とした」思想。
 これのみがもたらす、360度我がままな『性能第一主義』という世界にしかない「絶対的迫力」を、ここにかいま見るのである。

 ついでにいうと、『世界一の上昇能力』というF15イーグルがアフターバーナーなどをフルに効かせ、ロケットよろしく、ほぼ直角に天頂を目指す時の音はすさまじい。
 あれをもし直近で聴けるのなら、この世には他にないとてつもない音量だろう。

 だが一般人が、こうして『90式が4輌一斉射撃』するのをこの至近距離で聴けるなんて”条件”はちょっとない(笑)。それも、1両ずつバラバラ…なんてことはなく、『撃てっ』との声に寸分ズレなく四門が、一門のようにドガンッと火を噴くのには感心する。

 この轟音が総火演の一番人気ということは、花火大会みたいなものなのだろう(笑)。いやマジで。
 前夜の予行演習の参加陣容が兵士2400、車輛や砲+ミサイル発射機計80、ヘリ+航空機25だったそうだから、そこにプラスアルファか?。

 ともあれ、危険防止という観点から、実弾演習の一般公開というと、これが唯一無二の機会だ。
 実弾類は「不発」とならないうちに、スペック通りの性能のままの状態で、廃棄する前にこうして実戦形式で発射して費消しておく必要に迫られている。
 それでも、毎年防衛庁全体ではぶっ放さなかった砲弾やミサイル等などを専門業者にそっと”処理”させるのに、なんと約6億円もかけるのである、だからもっとあちこちで撃ちまくって欲しいと軽々に申し上げたら軍国主義になっちゃうのかな。

 ともあれ、…ということはこの総火演こそ、『日本でもっとも豪華な花火大会』という不謹慎な申し上げ方もできるのではないか。
( これがお奨めの動画かな http://www.youtube.com/watch?v=QhS-lbC8gtc )

 ところで、目標(となった的)はアナウンスでは最長5キロから3キロ、500メートルの狙撃兵用まで火器によって色々と設けられてある。

 ちょうど富士山のそそり立つステージ、その富士の腰辺りに集中攻撃カマシているような位置関係だ。
 ミサイルにせよ「90式」にせよ、ボクらのすぐ目の前で撃つ。
 ドカンときて、視界のはるか向こうでしばらく置いた後、パッと土ボコリのデカい物が目に入る。
 『チャクダン、メイチュー』と会場アナウンス。双眼鏡かなんかで視認しているのだろう。

 ところがしばらくしてから、ズッシン…と腹に響く炸裂音が空気中をやってくる。
 腕のクロノグラフで、メイチュー…からストップウォッチオンにすると、たしかに『8秒』後にそのズシンが到達する。
 なるほど『8秒×音速(340m/秒)』だから、『(ああナルホド「約3キロ」ね)』という遅れも判ってしまうと「あのあたりを音が走っているのかな」などと面白い。

 これを2列でも3列目でもない、最前列でライヴで見ちゃうというのが『この道の譲れぬ至福』なのだそうだ。
そんなものなのかなあ…と、当方は座高が高いせいか、これで十分な視界。
 それもまた「強迫神経症」の一種なんだろうけど(笑)。

 それを最前列からほんの5列め(ボクらからは3列先に陣取った)60代後半のマニア老夫婦はそれでも不満タラタラ愚痴っている。
 『5時半に着ていてるのにココだ。もっと早くこないけんのか』と誰に不平ぶつけるのか、しつっこく嘆く。
 諦めきれずにそのジイさん、その隣にじっと終始無言で座っていた、たった一人で来ている相当な秋葉系らしきおタクにこぼすと
『ぼくは4時から来ている』と返されて、ウワァ〜そりゃあダメだと、ひっくり返った。

 商売柄、普段は見慣れている野球場の感覚で行くと、「2.5万〜3万人」といった観衆にまでふくれ上がった。どういうわけか、こうした「イデオロギーあふれる集会」にはめずらしく、防衛庁もマスコミも参加した見物人の数を発表もしないし報じもしない。どこかおかしい。

 それにしても、出口がほぼ1箇所で、しかもボトルネック状に狭まっている通路が集まるという悪条件の中で、イベントが終わり一斉に席を立ってもそうはパニックとならないのも、迷彩服の場内整理が水際立っているからか。

 特に往復とも、駐車場からシャトルバスへの間、それら誘導する係官ら誰もが感じが良い事に、愚息ともどもとてもすがすがしい印象を残してくれた。

 くれぐれもこうした人たちを敵に回したり死地に赴かせたり、『味方』とただ呼ぶだけなのを免罪符として、他人任せにしたりするという関わり方をしてはならないと思った。

 写真:会場で売っていた「陸上自衛隊砲弾まんじゅう」(笑)