【2009年3月】
3月26日(木) WBC優勝を面白くした、『打率0.059』の男
(^o^) まあまあ
百家争鳴、まずは嬉しい悲鳴のほうが多くて何よりだ。
WBC優勝か…。
当『・・・日記』1・14と、1・23のところで今日の感想としたい。
戦いが終わってからはじめてもっともらしいコメントぬかしやがる凡百の解説者サマとは、意地でも一緒にカウントされたくはない。
まちがってもアナリストたるもの、先に読めなくてどうする、この5寸の虫の魂というか、プライドを大事にしたい。どうか前述の日記を先にご高覧頂きたい。
メインは野村さんだけれども、ボクが常日頃から云ってきたアングルからの目。
同じスタジオでまさに得たりや応のWBC予想を、収録後も氏らと共有した。
ボクは3年前の第1回大会が始まる前にも、静岡放送での「とれたてラジオ」のmyコーナーで、選手選定の段階でアナは訊ねてきた。
『前野サン、WBCで日本はどうでしょうか?』
「予選リーグ(=日本ラウンド)を勝ち抜ければ、優勝するでしょう」
『へ?「優勝」?、ホントですか(まさかぁ〜)』
優勝するなどとキッパリと公言するプロの評論家など皆無だった。
あのイチローがメジャーに行く前の自己保身ばかりの予想、もしくは「通用しない」とした中畑氏はじめとする巨人全OBなどは論外として、つまり今回もほぼすべての者が”やっぱり…”などと『結果論予想』しかできない。
あれとまったくおなじ事を、日本のスポーツジャーナリズムは今回もまたやらかしている。
そしてそれを誰もバカにしないものだから、相変わらず「評論家業」を続けられる方々ばかり。
競馬のジャーナリズムなら明日から廃業であろう。
視聴者や読者側の人の好さ、いや、忘れっぽさが彼らを進化させないのだろう。
彼らは口を揃えて、『メジャーやキューバの大砲があれだけズラリ揃っているのに勝てるわけがない』『せいぜいアジア予選は勝ててもあちらへ行ったらちょっとムリだろう』…。
前回WBC直前、そうした彼らにまともな予想などできた人は今回とは比較にならぬほどの「ゼロ状態」。そんな低度な下馬評しかあり得なかった。
ボクの「優勝予想」断言の誤算といったら、日本代表がアメリカへ行ってからの、マイナー審判たち寄ってたかっての誤審によって、苦戦を強いられたくらいなものだった。
もっとも、それから2ヶ月後、WBC初代優勝決めて静岡へ戻ったハナ高々のボクに、くだんのアナ氏はすっかりそんな大胆予想など忘れていたのはもっと誤算だったけど(笑)。
ともあれ、事ほどさように「大振りしてくる打線は怖くないもの」なのだ。
だから守りの目で行けば、前回同様に韓国(やアメリカ)は、「振ってくる者」をしぼって、「当ててくる者」を随所に散りばめていただけに息が抜けなかったが、総合力で日本の投手陣の多彩な顔ぶれは一歩抜け出る資格のあるものだった。もっともアメリカは恣意的にしたものでなく、辞退者が相次いだための結果的打線だったようだが。それにしてもアメリカ最大の敗因は「投手力」の薄さ、そして「捕手力」への軽視だろう。
今回のWBC優勝で、もっと確勝を期するのであれば、城島にはもっとどっしり構えられるキャッチャーでいて欲しかった。
ダルビッシュで韓国に負けた試合が良い例だ。
初回からバタバタと先取点を取られたが、ダルの立ち上がりが悪いと見た城島は、「18メートル先の興奮した馬」をなだめるより先に、自分の方が浮足立ってしまっていた。
まずあんな風に、「ボールを取ってからホームベースから右に左に、上に下にそらすような」ミットワークはブザマだった。
あれでは投手は心理的に『(自分はコントロールが悪い)』と錯覚し孤独になり、主審の視線は肩越しに眺めたらことごとく、キワどいタマはすべてボールに見えてしまう。
あの時の城島は、いつもと違うその様子を相手ベンチにさらけ出し、味方投手にさとられてしまったのがあの試合のすべてだった。(おそらく与四球のあと無警戒から、初球からいきなり走られたのを引きずったのである)
ダルのボールデリバリーが定まらない。
これに城島は動揺し、その様子を韓国ベンチが見逃さなかったのである。
彼が捕手として、守備の甘い部分とはああして「動揺が表に出てしまう」若さがあることだ。
そうした際には、最初に伝染してしまうのがピッチャーだという事について、おそらく考えた事がないと思う。
『(ダメだなあこのピッチャー)』とガッカリするのは仕方ない。
けれど、その”ダメな道具をだましつつ使う”のが捕手の最優先課題である。
人間常に”躁状態”にあるとは限らない、”鬱の状態”であっても亭主である投手には躁状態でいるかのように錯覚させてナンボである。
わずかに外れた「ボール球」を、上手なミットワークでストライクへと”変身”させたとたん、そのダメ道具は最高級なギアへとたった一球で変身することもあるのがピッチャーなのだ。
コントロールは精神力なのである。
かつてダイエーホークス時代の城島は、野村さんにこう批判された。
『ああして何かと目立ちたがるような存在の捕手はアカン』、以来城島はノムさんに何かといえば逆らってやって来た。
だがボクはそのうち城島が、打者の構えから「打者の狙いダマ」を裏読みしてリードするようになっていったのを診て、『(当時のエース)工藤公康にしっかり教わっていたのに、その亭主にFA移籍されて気の毒に…』とヘンな形で褒めたら、後日初対面で顔を合わせると城島の側から「ほめて戴いて…」と挨拶され、恐縮してしまった事がある。
彼もメジャーでは『観察してリードする合格点以上の』思いやりのある捕手であるのは間違いない。
だが、「絶対」を期したら、やはり広島石原の方がキャッチングやリードの上でははるかに安定感があり、チーム防御率を優先するなら石原のマスクのほうが上だ。
その試合は終盤に阿部が出て、ロッテの渡辺俊介の球を受けていたが、城島や阿部相手の際にはコントロールが定まらない。
『こりゃ今日の俊介はダメだな』とボクをして思わせたものの、阿部から替わった石原が受け始めると、相手打者があのボールになってしまうタマまで空振りをするのである。
リードするとは、「打者の狙い、心を読む」というReadと、「投手(と審判)を引っ張る」というLead、この二つのリードができてこそ名キャッチャーというのである。
城島はかろうじて「Readという面」で、この大会合格だったと思う。
だが、前記韓国戦では「Lead面」でおぼつかず、あわやダルビッシュに今後の自信を喪失までさせてしまいかねない体たらくだった。
マスク越しに、ポーカーフェイスでいるか、または躁状態での演技社でいて欲しい。
さらに申し上げるなら、打席で凡打や凡ミスをすると城島は直後の守備にまでミスを引きずるというクセはどうにかしなければならない。
塁にランナーを貯めて内野フライ、バント失敗、フルカウントからのボール球(しかもゆるいスライダー)を空振り三振…と、凡退した直後にかぎり、必ず相手とのチェンジ後に彼のリードは乱れるクセを韓国は知っていた。
不用意な初球ファーストストライクのストレート、終盤ならタブーだろう。
内角低めとはいうものの、低めに的を絞られていたための「センターへのホームラン」を含め、敵に城島の動揺に乗じた痛打を喰らっていたLAラウンドだけでも2度にわたり、カモにされたのはデータにとどめるべきだ。
ちなみに、我が家では『これは次に守備でやられるよ』とボクは予告をして、キチンと城島はやられていたほどに正直で鮮明なパターンだった。
これをノムさんは1月段階で、「打つ方に比重がかかっている城島や阿部の様な捕手は、リード面が甘くなるから、こうした強敵相手の短期決戦はダメ」で「捕手の打順はひとつアウトになるのを覚悟して、打てなくともリードに集中してくれる者を置くべき」とスタジオで公々前と述べていたのはそうした意味なのである。
決勝戦の韓国でもあのイチローが決勝打を放ったあの回、とてつもないプレッシャーを背負っているのは判るけれども、韓国はあのイニングから捕手を入れ替えたのは理解できない。
リードの甘い捕手から、リードの優れた捕手にチェンジしたのなら判るけれども、実際にはその逆だった。
韓国は八回ウラの攻撃で、虎の子ID野球捕手の朴勍完(パク・ギョンワン、37歳)という電子頭脳をついに捨て、代打を送り犠牲フライで「二点のビハインドを一点差に」詰めた。
一点差に追い付かれていながら、ボクは『これで日本に追い風が吹いた』と、心の中の半分以上は安堵することができた、パクが引っ込んだからである(後述)。
最終回、またダルと城島が浮足立って同点に追い付かれる。これは計算外。
だが、『キャッチャーを替えた韓国』に穴が生まれる。
十回表連打、そしてイチローというあのシーンだ。
にしても、2アウトでランナー1・3塁を、揺さぶる意味もあるのだろうが岩村が2塁をラクラク陥れて1塁を空けたのはどうかと思った。
普通ならイチローが、岩村を『(このバカ、歩かされたらどうすんだ)』と内心怒るところだろう。
ボクは、そこまでイチロー組み易し…次打者中島の方が脅威。
韓国が(一塁が空いたのに)敬遠しないのをみて、そう解釈するしかない韓国バッテリーの選択(?)だった。
投手が「勝手に勝負してしまった…」と、戦後の説明をするけれども果たして真相はそうなのだろうか。
捕手はボール球を要求する意味のサインで、三塁側の脚を「外に踏み出した」というが、あの程度で投手にはずさせたというのはバカなリードである。
内野ゴロでも1点、そうした緊迫した局面であれば、間を空ける意味でも立ち上がるなり、(スクイズだってある?)トンでもなく外にはずせば良いだけのことだ。ミットだけを三塁側に大きく伸ばせば良いではないか。
ともあれ、やはりイチローには何かある。
松井秀喜には、つねにツキや運が付きまとったと、ボクは事あるごとに云ってきた。
だが、仮に城島のリードが良くて、「最終回一点のリードをダルが守っていたとしたら」、また「内川が後逸していたら…」という、当たり前のシナリオを代入してみたら、恐ろしい事に気が付いた。
なんと、イチローには『あの打席』は回ってこないワケだった。
となれば、彼はこの第二回WBCを境に大きく信用を失墜した事だろうし、『イチローがイチローでなくなった』だろう。
ボクはまた予想は「優勝しかあり得ない」としてきた。
それが、あの”薄氷の差”。
勝っても負けても、良い勝負で終わったとしたらそれは日韓『捕手ポジションでの優劣の差』によって、「ハンデを差し上げた結果」ではなかったか。
日本の楽勝体制に苦戦を強いたのは朴勍完(パク・ギョンワン)なんと37歳の大ベテランである。
またも韓国の至宝、代表正捕手の功労が光った。
彼はすでに北京で、日本の大艦巨砲主義のウラをかき、韓国を金メダルに導き、WBC今大会も決勝の九回まで日本打者の背中側から狙いダマを占い、バットの芯が届きにくい球やコースを地道に選んできたからこそここまで抵抗できたのである。
そこには彼が過去、40本塁打で韓国野球のホームラン王を獲得した事がある『一発狙える捕手”だった”』というところに彼が名捕手に成長したカギがある。
つまり、自分自身が長距離砲だっただけに、そうした一発屋らの弱点は、反省するプロセスの中で他のいかなる打者よりもよく見えるものだ。
だが、これは声を大きくして申し上げたい。
パク捕手のWBC打率はなんと
『0割5分9厘』なのである。
こうした人物でも”点を獲れる”捕手を押しのけ、”点を獲らせない”メリットを優先する進歩的な野球観を韓国は実行しているのである。
これは野球という競技に勝つための「数字的取り引き」が必要なのだという戦略だろう。
この点ではアメリカ(メジャー)も日本も後進国である。
早い話、ホームランバッターだった彼がマスクをかぶると「長打が出にくくなる」のはそうした内幕がある。
ちょうど、戦後日本初の「3冠王」であり日本球界通算2位の本塁打者、野村克也捕手が何よりも一発を恐れるところから『ID野球』という、防御を固める視点からの試合展開の戦略を確立させた経緯とあまりににも似ているとは思わないか。
おそらく、彼は間違いなく、わがノムさんの野球理論を輸入し、身に着けている優等生なのだろうと思う。
パクも、この3月に頭頂部の毛がゴッソリと落ちたそうである。
それは、各キャンプ地にWBC日本代表をサポートするスカウト部隊があちこちに展開し、特に日本代表に好成績を残している韓国投手らを裸にしていると聞き、パクは
『間違いなく自分のリードまで分析されているはずだ』と考えすぎた結果、なんと「円形脱毛症」にかかってしまったのであった。
結果的にあいにく日本の代表はそこまで頭が良くはなかった。(でも、ニシヤマという日本のスコアラーの上げた分析はかなりのハイレベルな質だったとボクは読む。元広島の彼か?または西山一宇元巨人投手か?)
このパクは試合後に、ひとつひとつ配球と結果を振り返るために細密にデータを分析しなおす、そのため彼はナイトゲームを終えた晩は、就寝が朝の4時なのだという。
北京五輪における「星野ジャパンの敗因」、「韓国の金メダル獲得の裏…」、いや『総てそれらを演出した』といってよいのがパクのやった絶好のリードである。
彼は「リードとリード」二つのリードをこなしてみせた。
なによりスムースなキャッチングは、アンパイアまでリードし、また反発を買わず、多くのボールゾーンに外れたはずのタマを『ストライク』とコールさせたのである(それにより、打者はヘコみ、投手は鼓舞される)。
ボクは「ディフェンス面にはあまりに無神経な星野サン」ではとても勝てないと、周囲に云っていた。
おかげで、ボクと北京五輪での日韓対決ゲームを共にTVで眺めるのを嫌われてしまったほどだ。
可哀そうに、西武のGG佐藤やサード村田のエラーで負けたかのように云われているがそれは責任のなすりつけだ。
星野サンのスタイルで負け、阿部の粗い神経のスキ間から優勝などポロポロとこぼれ落ちていたのである。(矢野はまだマシだった)
捕手とはたった一人、相手の懐に飛び込んだスパイ…なのである。
日本野球でそれを自覚している者は少ない。
阿部の場合は、打席の「打者の表情…おそらく視線の先の方向をうかがっている?のだろう。そしてそこですぐにサイン(=球種?)を出す。
それに対し、パクは息をひそめるように、打席に入った日本の「高給取り打者様」の無警戒なその背後から、頭やバットそして軸足スパイクの先っぽから付け根までなめるように観察して、そこからサインを出しミットを構える。
よく打者に捕手が立っている時、
『この人には打たせない方がいいですね。捕手が打つとリードまで良くなりますからね』と、解説する者がいる。阿部や城島はその典型であろう。
彼らは打っている試合では調子良くリードも冴える。
だが反対に、打てない試合では見る影もない、やられ放題だ。
つまり、彼らのようなタイプなら誰だって「打てさえすれば」踏襲(フシュウではない 笑)できるレベルである。大したキャッチャーではない。
では「打っている試合での好リード」なるものに、裏付けがあるとするならば、それは単なる「ノリや勢い」で投手をその気にさせているために、キレがよくなっただけのことである。
いっぽう、そうした自身の打撃に関係なく、しっかり状況を観察した上でサインを出す捕手…は違う。
阿部や城島らとはその違いだけである、でもこの違いは致命的にデカい。
石原や西武の細川にはその神経がある。
だから昨季日本シリーズで、細川が肩を痛めてリードの幼稚な若手「銀次郎」が出てきた時には、『あ、これで巨人の優勝だ』としかボクは思わなかった。
だが、舌を巻いたのは銀次郎が細川のしたようなウラのかき方、観察の仕方を始めるのには驚愕した。
おそらくバッテリーコーチと、細川、三者の共同作業だったろうとボクは読む。
巨人がこの辺を学習しないと、またもう一度ライオンズにやられるだろう。
(だが、今年の同球団に優勝はないと予測している)
ボクはこのパクに感謝したい。
WBCを今回これだけ面白く演出してくれて、さらに「肝心なところで引っ込んでくれた」からだ。
ボクらはともかくとして(今夜もまだカンパイ!だ)、NPBの心ある人々は優勝に安易に浮かれるよりも先に、あのシリーズでの苦戦の原因を振り返り、虚心坦懐ブザマぶりを見詰めなおし、もっとしたたかになるべきだろう。
ともあれ、ナベツネさんは”仇敵”原さんにまた頭が上がらなくなって、さぞかし酒が不味い事だろう。
いい気味なのである。
せっかくのWBC勧進元が讀賣新聞、視聴率48%だったてぇのに(TBSやテレ朝の社食がタダになったんだぜ〜)、本家本元の日テレが「放映権」獲ってないなんて、今年はご老体には精神的な負担が襲いそうだなあ。
どうかご自愛ください。
ところでその盟友、星野サンはいったいどうしているのか?
WBC宮崎合宿には、『〜〜ジャパン』で利権をむさぼっている長嶋さんと星野サンお二人が、『権利の追認』なのか、あの殺人的混雑のなか、わざわざやって来た。何のため?
その報を同じ日宮崎にいたボクと某球団関係者は『カラスが獲物にツバ(縁を)つけにやってきた』と笑った。その中心サンマリン球場になど一切行く気にもならなかった。
にしても星野サン、この影の薄さは何なんだ(笑)。
だけどヘン…だよ、WBCの最有力監督候補だったお方にどうしてマスコミはコメント取りに行かないんだろ(笑)。これもまた異常じゃないっすか?。
ひょっとして『おもろくないっ!』って拒否でもなさっているのだろうか。
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3月22日(日) / こいつらの『卒業証書』をこそ取り上げろ!
(^o^) まあまあ
ちょっと書きたい事がたまっているのですが、やらねばならぬ事があまりに多く、とりあえず本日頭にきた事を書いて、意気軒高である事を全国の毒者諸兄にお伝えしたい。
防衛大学校の卒業式が今日あったようだ。
日本の恥、麻生総理が卒業生たちに挨拶。
「国民の安全を守るために、諸君らはあくまでシヴィリアンコントロールの下で頑張ってほしい。」
さすがにこんなんで頭になぞ来るわけがないボクだが、毎年腹が立って仕方がないのがここの卒業式だ。
こいつらはボクらの税金で、学ばせてもらっているのである。
おまけに、毎月安いとはいえ「給料」までもらっているたかだかスネかじりのブンザイである。
こいつらの制服も、制靴、制帽も、そしてまた鑑定士まがいの白手袋も、すべて支給された官給品であり、ボクらの財産みたいなものである。
それをこれらゴクつぶしと来たら、校長や防衛庁長官、(ムリもないが)総理大臣らの来賓の送辞を終えて閉会となった途端、なんとその制帽を天井に届けとばかり投げ上げて、会場を後にドッと走り出し去ってゆく。
足の遅いものが落下して床に転げる制帽をドカドカと踏みつけてゆく、そんな図を毎年この時期に国民は見せられる。
だいたい子供たちの卒業というとほほ笑ましく、時にはウルルとさせられるのだが、こいつらだけは腹が立ってならない。
いったいなに様のつもりなのか。
おそらくは1万円内外はする制帽である。
あれを勝手にこいつらは投げ捨てて、折り畳み椅子などがガチャガチャ将棋倒しとなる中を発狂したように先を争って(中には転びまくるヘタな運動神経の者もいる。ザマアミロである)殺到して行くのである。
それを壇上でに居並ぶ来賓やいやしくも上官らの目の前で、今までかしこまっていたクセにこの手のひら返したような乱暴狼藉、どうして世間は怒らないのだろうか、不思議でならない。
だいいちその国民から頂戴している帽子の決済のほうはどうすのだ、誰ひとり例外なく投げ上げて去って行くのだからワケが判らない。
いきなり、脳の中にイガイガ虫でも入り込んだまるで発狂ちゃん、なのである。
キサマらがめちゃくちゃにしたこの会場だって誰が整理するのだ?掃除のおばさんだって気の毒はないかうんざりしている事だろう、帽子を450個もしゃがんで拾い上げまとめ捨てる、跡始末をする者の立場だってある事に何の考索もない。
仮に永平寺の修行僧が、一人前になったとした途端にコレモンをして門前町を駆け出して行ったらどうなるのかと考えると判り易い。
こんなもの、便所掃除からやり直しである。旧軍隊ならば「何だこの野郎、きさまらそれでも軍人か!」と、両足をそろえさせ、世が世であればまずは鉄拳制裁であろう。
そして『便器を舐めてきれいにしろ』くらいは命令されるか、重営倉行きである。
単純計算で450万円、このクソつまりもしない儀式のために、浪費するのである。
あ〜〜にくらしい、ツラ憎い。
だいたいこんな奴らは映画の『二等兵物語』を観ていないんだし、きっとマンガだって『ロボット三等兵』も読んでいないと相場は決まっているんだ(古っるう〜)。
おそらく制帽捨ては、アメリカ陸軍士官学校のウェストポイントかなんかの猿マネにちがいない。
フンだ、バ〜カ。
だからって、アメリカ軍に勝てると思ってるのかよ、フン、属軍のくせに。
どうせならマネだって、どこかにクリエイティヴィティが欲しいぜ、こいつらに。
制帽とおさらばするならどうして、制服に未練があるんだ!脱いで行ったらどうなのか。
制靴だって、あんな昔の警官みたいなのデートにも履けないだろ、デニムに穿いてみな、白いソックスで(笑)。
脱いで裸足で進軍するくらいの気概とか潔癖性もどうしてないのか、書き方は大げさだ。
だけど、彼らのような新しい世代の軍人には、こうした現状や世情に感覚のアンテナを張っておいて欲しいのだ。
いつまでも、『お前らはカネだけ出してくれりゃ、国を守ってやっからよ』的な感覚では、いっそ山口組にでも国の防衛を頼んだ方がまだマシだろう。
イザという時にはこいつらが逃げ出しそうなのとは反対に、ドンパチやってくれそうな気がする。
国民の生活が経済を形づくり、それをバックアップする政治があって軍事がある。
国民の経済がこうしてヒイヒイ云っているそのさ中になんだろう、ボクらにコントロールされるべきこの苦労知らずどもによるノー天気なバカ騒ぎは…。
さらに、絶対に許せないことに、近年の政治による悪癖による影響まで背負っているウジ虫同然の者までがここに含まれる。
今日のニュース原稿に戻れば、
『今年の卒業生は445名。そして「今年の任官拒否組は35名でした」』とアナはサラリと伝えて終わる。
こいつらは税金で世話になっておきながら、学問を学ばせてもらい制服制帽を無駄にしたのが445名。
それに輪をかけて、今度は35人つまり「およそ九人に一人」の割合のクソどもが、『卒業証書手にしたら自衛隊とはおさらばする…』というのである。
こんなのからは、前歯をこぶしで割った上に、まず卒業証書を奪い返せば良い。
冗談じゃない。
これはまさしく詐欺行為である。
今流行りの高級官僚の天下り、そのワタリと肩を並べるほど悪質ではないか。
18か9でもって、『国に役立つための勉強をさせて戴きます』との申し出に、「それなら」と国民はカネをくれてやって学問の機会を与えてやったのである。
それを順調に4年経って卒業となった途端に、こいつらの頭上に
『自衛隊に入れないヨどころなき理由』が降ってわくのである。
で、「世話になったけどバイバ〜イ」、これで済ますのか。
害の大小はともかく、恥も外聞もない税金のかっぱらいようでは同質である。
裁判だったら間違いなく判決理由で
『犯情は悪質で、長期にわたる周到な計画性』もみとめられることだろう。
少なくとも理由が致し方ないとされる者には除隊を認めてやるものの、支払ってきた経費や給料だけは返済させなければとても許せない。自衛隊の警務隊はこの時とばかりに強権を発揮して貰いたい。
これは笑ってはならないことだが、世の中には給食費未払いが22億円だの、授業料が払えないため、卒業証書を取り上げられる高校生まで出てしまう現実がこの日本の底流にはある。
このかっぱらい防大生どもを、なんと防衛産業やら重工業企業が在学中からすでに連中に陰で話をつけて、エリート社員コースへの登用を約束し、ホトボリがさめてから就職させるといったとても許せない人間のクズのような蠢きもつきまとっているのは許せない。
マスコミもこうした『公衆的な不道徳』について、どうか追跡取材を行ってくれるセンスをお持ちの社はないものか。裏取引に応じた学生、それをそそのかし、国の資産をつまみ食いする企業。
どちらも立派な社会的な敵である。
さらに申し上げよう。防衛大学校だけでなく、もっと卒業までに国費を投入させて学生を育てているのが『防衛医療大学校』、つまり防衛医大というものがある。
ここにも上記「任官拒否組」というハイエナがいる。
ボクは斉藤由貴という女優を画面で観るたびに吐き気を抑える事が出来ないでいる。
役柄上、つねにこの人はメルヘンチックで綺麗ごとばかりを並べているで知られている。
関西ローカルのある番組でのボクのコーナーで、彼女がゲストの候補として提案されたことがあった。
何かの告知プロモーションでもあったのだろう。
だがボクは婉曲に、それを却下するようお願いした。
彼女自身には責任はないのだろうが、この一家のあまり一般的ではない「カルト的な宗教」観がそうさせるのかも知れないけれども、彼女の兄にあたる人物こそ、十数年前にご家庭が貧しいわけでもないのに、なぜかその『任官拒否』をして、税金の行方を不明にさせたご当人だからである。
防衛大の任官拒否が『一下士官』を失うのに対し、こちらの拒否は『一軍医』を失うという意味である。
犯罪とは被告人「本人」だけで処罰などは済ますべきで、家族まで責任を問うべきではないといった線引きはボクも明確にしているつもりだ。
だが、彼女はすでに大スターとなって躍り出ていたこの斉藤一家での出来事である。
その選択には社会的責任というものが少なからず生じておかしくないはずだ。
一般的な道徳とはかけ離れた選択を、”律儀な”報道の陰に隠れてこちらサマは公然としてはばからないご一家だった。そういった自分勝手な事をしても平気な宗教の教義なのだろう。
社会が彼に求めているのは、別に最前線に出向き傷病兵を救出せよとかいうものではない。
ただ単に、『医師をやるなら自衛隊員のために役立ってくれ』と、あるがままの状態を望んでいるだけだ。
少なくともそのサイトウ君と同じ学び舎の仲間たちが当然できていることである。
それを、彼だけは「したくない」「できない」と、卒業後に主張するわけだ。
ここにおいて、彼女をはじめ一家もろとも、『自衛隊拒否』なのである。
どうしてもMYコーナー収録で、彼女を迎え共演するとなれば、わずかでも尊重する努力をボクは誰にでもかならず行う。
そりゃあ彼女のイメージは歳をとっても、未だ美しい花で飾られてはいる。必死でマネジメント側もシリアスにそれをキープしようと努力していることだろう。
だが、彼女をお迎えしたら最後、どうしてもボクはその花園(?)には、けして妥協できない不潔感で満ち溢れていることに反応してしまうにちがいない。
そこで勝手だが、どうしても画面上でのボクの表情の作りようがないのでゲスト招致に反対した。
この時期、彼女の歌う”卒業にまつわるヒット曲”を耳にする、
『卒業式で泣かないと、冷たい人と云われてしまう…』だのなんだので、アタシ胸を締め付けられている、そうだ。なんという偽善なのだろう(笑)、イケ図々しい。
『テメエの兄貴の卒業式で、別の意味の涙にくれなきゃらなぬ善き人は、数多くいるんだよ』
ボクは思わずそう憎まれ口を叩いてしまうのである。
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