【2009年2月】
2月28日(土) / 無益な抵抗
(^o^) まあまあ
街を歩いていると、バカに短いミニスカートを穿いている女の脚があり、その二本の脚をデニムなどで包んでいるスタイルに出逢う。
容貌はともかく、これを観るとボクの心は暗くなる。
うすら馬鹿なのだろう。ルックスなどそっちのけで、まずはこいつらの脳が疑わしいのではないか。
これほど意味のない衣料(=スカート)というものが世界の歴史の中にあっただろうか?
そう候補を考えてみたら、相撲取りのマワシからぶる下がっているスダレの方がまだ、何か意味が付与できるような気がする。
取り組みの間、ヘタするとスダレが外れてそこに足を滑らせ、コケて負けた力士を子供の頃に目撃した事があったけれど、なんとナンセンスなファッション(?)なのだろうとその頃でもあきれたものである。
そうしたあのジーンズ+ミニの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)である。
ウチを出てくる際に、ジーンズを穿いたらなんでこの人達はそこで気が済まないのだろうか。
ジーンズのケツにでも穴が空いているんだったら話はワカる、それなら論理的だ。
それとも、手に触れたものなら片っぱしから何でも構わず、「持っている」事を誇りたい心理なのだろうか(笑)。
「防寒」対策として腰を温めるためにしては小さすぎるし、肝心の股はスースーであるのはご覧の通りだ。
こういうサモシい心理を突いて、昔の人は
『屋上屋を重ねる(おくじょうおく)』と呼んで、潔く世間の審判に身を委ねるべしと戒めたのである(笑)。
「こんな可愛いミニ穿いたりする企画の日があるんだから、ワタシにだって」みたいな自問自答を脳内でやっちゃうんだろうなあ。
「じゃあ、企画の一端でも見せちゃおっかな」と、ひとりでボケツッコミ(その逆か)して、仕舞っとけばいいスカートを、腰に巻きつけたりするんだろう。
いずれにせよこのファッションをやらかしている人で、ボクは以下の女性を見た事がない
@そのミニ単体で”勝負”できそうな方
@そのジーンズ単体で”勝負”できそうな方
@頭脳明晰そうな方
@小股がキレ上がったようなスタイルの方
吹き出しそうになるマンウォッチング続けながら、ボクはある共通する事実に気が付いた、本当にボクは頭脳明晰であきれてしまう(笑)。
それは彼女らのそれらミニは、スソ丈がどれもかなり過激な短さであることだ、それは意外だった。
そうでない、「ちょっと長め」の現実的なミニの丈の方…というと、どなたもかなりヒサンと片付けられてしまう方ばかりだったことだ。
それからおまけに、『どうやら新品のミニは少ないようだ』という事実だった。
大多数である前者のほうなんて、もしかしてそのミニだけを穿いて、街でも歩こうものなら「痴漢誘引剤」みたいなほど、素っ頓狂なマイクロサイズのミニなのである。
参考までに容貌を…と見れば、とてもそうしたタイプのスパルタンなおしゃれをして外出する御仁とは思えずボクはますます不思議でならない。
「(もしかしてこの人たち、スカート丈を間違えたものをそのまま寝かしておいたら勿体ないので廃物利用している?)」というのも有力な説だし(自説だが)。
もう一つ有力なのが、この彼女ら高い確率でウラ若い年齢というよりも、哀しいかな「トウ高き年齢」である事がいえる。
ということは、おそらくこの人種って
@「(私が若い時は、こんくらい短いスソで勝負していたんだから。ワカるでしょ!)」
@「(さすがにボクちんも、脚を見せる年齢じゃないかな、ふふんっ)」
だけどそんなのって、「かつて『伊勢湾台風の際はここまで床上浸水がきました』みたいな標識で書いてある水位線」みたいなもの。
それを止せばいいのに「在りし日」を懐かしみたいのか、憐れを訴えたいのか(笑)、わざわざ古い歴史的遺物を引っ張り出して、【時代祭り】の行列をみせつけたいらしい。意味ないじゃないか。
コザクラインコのオスは、メスにアッピールしたいためにその鮮やかな羽根の色だけでは飽き足らず、新聞紙などを器用に短冊形に細長く噛み切って、自分の羽根にさして飾ろうとする本能がある。
ところが周囲にメスなんていないのに、その衝動に日がな精を出して「新聞紙製の羽根」をサクサクサクサクとちぎっては身にまとう…なんて憐れとしか云いようがない。
「伊勢湾台風」だの「コザクラ」だの、そんなていどでしかないとボクら男性の目は零下に冷めている。
どこのロケだったか、あのスタイルでスカートの中身がジーンズじゃなく黒タイツ状で、裾がレースであしらってあるものを着ていたタレントさんとカメラ前で並んだ際、ボクは訊いてみた。
『その、スパッツはなんて呼ぶの?』
「スパッツゥウ?あははは、レギンスっていうんですよ〜」と、美しくもない者から即座にバカにされた。
『(ふ〜ん、「レギンス」…、レッグの複数形か、「何語」なんだろう)』
「やだぁ〜前野サン、黙って見てるなんて」
『い・いや、(見るにも値しないんだけど、なんとイジマシイ衣料なんだろう)』と、内心感心していたのである。
だが責めてはいけない、この狂気の風景を思いやりの心で捉えかえしてみれば、きっとあれは『迷いの衣料』なんだと思う。
ミニで勝負できず、ジーンズで勝負も無理。
じゃあ尻でも隠しとくか…という点で、ジーンズを穿いた後にあの小型腰巻を目隠しとして巻いておきたい心理に漂着するのだろう。
それとはまた逆に、スカートは穿いてみたが『さすがにコレモンじゃあ色気違いみたいだし。やっぱりせめて「そういう冒険心もあるのよ」とだけでもアッピール残しとくか』と、ジーンズにズサズサズサと苦労しながら脚を通すのだろう。
なあんだ結局は、尻か脚のコンプレックスを隠すためのファッションだったのか。
あ、そこ行くあなた。
駅の階段の先行く女性の後ろ姿を前に、この学説を思い出してニヤニヤしないでね。
この人種にはニヤニヤするのではなく、むしろゲラゲラ笑って差し上げる方がふさわしいんだから。
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2月27日(金) / この際はっきりさせる『MLBとNPB』球の差 後篇
(^o^) まあまあ
MLBとNPBボールの違い、それはまさしく「アメリカ人と日本人の国民性」、その「アバウトさに対して几帳面さ」、このひと言で簡単に片付けられてしまうかもしれない。
「放っておいても人は本来善いヤツ」が(この問題については)アメリカ型。
「放っておいたら人は悪い事を始めるヤツ」これが日本型。
MLBボールはおそらく、その前者の性善説を採っているのだろう。
現場とは手の届かぬ雲の上のMLB機構のトップが「商業的」に決めたメーカー製のボールがあくまでも公式球であって、ほとんどそれは[MLB OFFICIAL BALL]とメーカーに印刷されたらそれで最後。
それが検証され、サイズが違うだのひしゃげてる…だのよっぽどおかしなボールでないかぎり、ノー文句で通用してしまうのが現状だ。
彼らにとって『コミッショナー公認』とお墨付きが付けられるボールは、品質が一定基準に則っているとか、品質が優れているからという、『ルールの公正重視』などでは絶対にない。
ただ単に納入が決まった『XXのメーカー製のもの』であれば、それでいい…みたいなもの。
反対に日本のものは、『NPB公式球印』を捺す以上は、おかしなボールは通用させないとばかり、あちこちで品質が第三者によってチェックされ『ルールの公正や均一化が保たれる』。
この制度の違いは大きい。
MLBでは天下のコミッショナーがサイン(の印刷版)までスタンプさせて、ゲームで使うボールだというのに、規定なんかバラバラ状態。サイズも重さも日本のボールのように均一化を保とうなんて思考などどこにもない。
グラウンドの現場で『こりゃさすがにダメだろ』といった不良品が出たら、「取り替えてよ」と、合意の上でポイッっと、ボール交換すれば済むことジャマイカとだれもが納得しているのだろう。
しょせん、力の優劣などそれでは決定付かないはずという、大らかな観点からみたら「たかがボールのわずかな個体差なんかどうしたんだ」といったところだろう。
それだからその下請け生産地も、ジャマイカやハイチにプエルトリコ、さかのぼれば70年代に国交ができたばかりの中国にまでRawlingsは「公式球」の製造を下請けに出していた。
そうして多国籍なボールをめぐって、MLBの天才らが投げて、打って、キャッチして我々を魅了してきたのである。
あの悪人ニクソン大統領が日本の頭越しに中国へ行った直後、人の手で108つ、糸を縫い合わせるのには格好と、ピンポンだけは自慢ができた中国人民に、それまで見たこともないMLBのベースボール生産を受注させるという皮肉っぽいの関係から、米中貿易が始まって行ったのである。
だから、70年代半ば過ぎ、MLB球場でホームランボールをキャッチして感動に頬ずりしようとしたファンが、そこに「CHINA」と小さく印刷されているのを見て仰天した。
メジャーの現場でありながら、もう『昨日までの敵』の作ったボールがやりとりされている歴史の移り変わりの早さに、目が点になった者が続出したという笑い話が当時流行った。
日本ではそうした「『公式球』についての概念」が全く違う。
このメジャーリーグ公認ボールメーカーとしての『権利を買った』Rawlings社は、このかん約40年間というもの、独占的に一社納入する権利を与えられてきた。
その”栄誉”を得るためにどれほどのカネを積み、またいかほどの単価で30球団に売られ、一般にもまったく同じボールを販売し商売ができる権利も有する。
それはR社のボールだけが優れていて、選ばれたのではない。あくまで企業間競争論理で「公式球」のラベルを得たわけで、MLB機構にとってはたまたまRawlings社からのオファーがベターだったから、「R社の納入」となっているだけのこと。
したがって、かつて60年代にはSpalding社製が「公式球」だった頃もある。
それに対し、昨日書いたように「NPB」の場合は12球団から申請のあった「数社製のボール」を、毎シーズン、コミッショナーの名のもとに12通りの審判員によるテストが実施され、そこで厳粛に裁かれて『野球規則』の規定に則った社のボールのみ、その12球団へ「公式球」として納める権利を与えられる。
そして、たとえば巨人−阪神戦が東京ドームで開かれた場合にはジャイアンツ側から「(ミズノから納入された)試合球」が提供されてプレイボールとなる。
また、その逆同じカードが甲子園で行われた場合、阪神の幹事納入業者は「久保田運動具店大阪支社」だから同社がテストをクリアした「試合球」がいったん阪神の買い上げの上、阪神が提供しプレイボールとなるわけだ。
だから、たとえば表には出ないものの大元の製造メーカーは「松勘」だったり「磯野」だったり同じボールメーカー製の硬球だったとしても、球団への納入窓口はあくまで小売屋格の運動具屋(いずれも「旧」)「久保田」「ミズノ」「イソノ」「玉澤」「サンアップ」等などが納める直接の窓口なので、検査も彼らが直接コミッショナーから受けることになる。
したがって余談だが、審判員がクジ引きのように、無作為に抜き出したサンプルが大勢を左右する検査…(!)だけに、同じ製造元のボールでありながら、片方の球団へは失格となり、片方の球団へは問題なく「試合球」として納入している…といった笑えないケースも現実にはある。
MLBのほうも、一応主催球団=ホームチームが試合球を提供するのは日本と同じだ。
けれどもそのボールは
*『一括してMLB機構がR社から購入』したものを、各球団が「機構から買いうけ」て、それぞれの試合球とするシステムだ。
この違いは大きい、必ずテストに出すからよろしく(笑)。
だから、そこには品質をめぐる企業間競争はなく、どうせ機構が買ってくれるのだから…といったモチベイション的なたるみからくる、品質的な歪み(いいかげんさ)はどうしても出る。
ボールというものは、革を「生理ナプキン」というか、ひょうたんのような形のものに108の縫い目の穴も併せて空けたものを2枚、「抜き型」と呼ばれる鋼鉄の刃を革に当ててプレスし、個体差なきよう抜き出す。
そしてコルクボールの中心に毛糸を巻いて、毛のボールにして、そこへ接着材を塗ったうえその2枚の革をかぶせ、さらに赤い糸ですくい縫いで縫い合わせたうえ、アイロンで縫い目の土手をフラットにして仕上げて完成(NPBはそこへ松ヤニ粉を塗布)する。
MLBのボールは前編で書いたように、どうして肝心のサイズがバラバラで、大きさもデカかったり小さかったりするのかというと、大きな原因はその毛糸玉の大きさが「まちまち」だからだろう。
一般に「球体の真の直径」を測るのは難しい。
MLB(や日本)のルールでは、その「直径を規定する」のは難航するので、最初から逃げておこうと思ったのか、『周囲が22,86センチ〜23,495センチ』と定められてはいるが、現実はデタラメである(笑)。
無作為にボクのデスクの手の届く範囲のボールを3つ、手にとった。
@ひとつのアメリカンLeagueボールが「69ミリ」(1999季使用球)。
A(2000季以降)のMLB統一公式球は72ミリ。
B同じMLB球が71ミリ。いずれも縫い目を外した計測だ。
@などは麻雀でいう『盲パイ』をしても小さめと判る。
AとBはこんなものかなと思う。
(そしてちなみにもっと手を伸ばしてみたCNPB球はなんと71ミリだった。 ここで張本さんの決め付けは『一概にそうとは言えない』のでは?と思う。)
製造工程で「バラつきの原因」と思われるのが、革の内側にある本体=ウール製毛糸球の不揃いぶりだろう。最初に規定通りにサイズをクリアしているのはこの『本体=毛球ではなく、ひょうたん革』のほうである。
いきおい、この革で包まれていれば良いのである。
それはしばしば毛球のサイズを不問とする。となるとどうなるか。
2枚の革が(毛球が小さいと)重なりすぎて持ち上がり、縫い目の土手がバカに高くなったり、縫い目が高くなってリリース時には痛いほど…。
逆に(毛球が大きいと)、当然サイズはデカく、縫い目は低くはなるものの”レール”幅は広く、『滑るタマ』と呼ばれやすい個体となる。変化球のキレも悪い(特に手の小さい者にはネガティヴなハンデだ)。
ボールには「海峡」が狭くなった場所が二箇所あるけれども、その幅はおよそ「人差し指二本分」。
だが、ある日小社がプライベートサインニングのビジネスを開催した時に、50ダース600個ものMLB公式球を取り扱ったことがある。これらを、すべて手にしてまた顔を合わせたのである(R社製)。
そこではさすがのボクもたまげた。
なんと、その「海峡」の幅が『指一本分しかない』個体と対面したのである。
上記の製造工程でいったいどうしたミスだったのだろう、とても理解ができない完成形だった。
この個体にはナプキンもひょうたんもなかった。
無理やり白い革をあてがって、引きつらせつつかろうじて狭い海峡をこじつけているだけなのである(笑)。
こんなのでも、MLBの主審はマウンドに放ってしまうのだろうか。
その際、握り方次第では異常に気付くことなく試合球としてしまうのだろう。
受け取った投手や捕手は、「しめた!」とばかり、けしてバッターにはファウルを打たれて交換されぬよう、もっぱら変化球の握りでこれを珍重するにちがいなく、恐ろしく予定外のムーヴィングファストボールとか、チャンジアップなどもブーメランのように沈んで流れる事だろう。
そして断言できる事はそのボール、このイニングが終わったらマウンドには置いてこないことだろう。
しかしこの時には大笑いさせてもらった、まさにおバカなボールのオンパレード。
革がひきつったもの、明らかに重いもの(笑)。いびつな球体(これはホントに多かった)、縫い目がバラバラな高さでゴツゴツしたもの、縫い目がミスって穴を飛ばしているもの(笑)。革に(「焼印痕」やケガの痕)があるのに使用しているためカタ押し状態の模様がついていたり。まさに百鬼夜行というか、昔見た映画の『フリークス』の有り様だった(笑)。
ハッキリ云って、これらを滑り台に並べて落としたら、まずまっすぐ真下へ転がって行く個体などどれだけあるのだろう。至難のワザにはちがいない。
それに対し、日本のNPBボールは『真球』に近く、ほぼまっすぐ真下に落ち着くはずだ。
表現すれば同じボールでも、パチンコ玉とベアリング球の違い、それがMLB(WBC)対NPBボールの違いと言って差し支えない。
驚いた無神経ぶりである。あきれたというかね…、ホント笑っちゃうほどなんだよね。
それにしても、日本の工員さんはこんな心ない仕事などはしない。
アメリカはこんな下請け仕事をやらせても平気だから、バブルがはじけるのである。
メジャーではボールボーイ自体が「球団付き工作員」みたいなもの。
だから、良くしたものでメジャーではこうしたボールを『勝負どころ』となると主審に届けるものなのだ。
だいたいそれは試合前に遊び半分で、登板予定の投手がボールボーイに意をふくめておくものだ。
さらにまた良くしたもので、そうした『ギリ不正』をお互いにやっているものだから、おかしな変化の仕方をしたボールに打者がふと気がついて、主審に「ボールを替えろ」と指示しているシーンに見覚えがお有りだろう。
アレである(笑)。
たった50ダースというボクの「私的サンプル数」にして、これほどにひどい『規格』なのである。
いずれにせよ、ボクはこれでいいのだと思っている。
グラウンドは男と男が闘う場だというのに、その程度の細かい差異にいちいちガタガタぬかしているなんて、もっぱら日本限定での議論ではないかと思っている。
『日本のボールは飛ぶ』としかめっ面で皆さん、したり顔でおっしゃる。
だからどうした…なのである。それでいいではないか。
日本のボールはそうしたボール職人や企業努力によって、高品質で、かつ均一化が図られてきたからこそ、これだけ優れている結果が保たれているのである。
そこには半可通の審判員やら、半官半民役人気分のコミッショナー事務局官僚などもいて、しばしばそうしたムキからの横やりに泣かされながら彼らは頑張って来たからこそ、天下のメジャーリーグ公式球など足元にも及ばない現在の高みが築けてきたのである。
かつて、70年代後半に阪急ブレーブスの根拠地球が『飛びすぎ』と汚名を着せられた事がある。
簡単である、当時唯一ブレーブスだけが「ミズノ製」の公式球を使用していた。
何の事はない、分解してみれば先述の「毛球」に、11球団のものが
『再生ウール糸』を使っていたのに対し、ミズノだけは当時
『新品の純正ウール』(=100%オールニューウール)を導入していたからである。
だから、あの『ウールマーク』が使えるのはミズノ製ボールだけだった…という笑い話のような真相だった。
つまり、品質が均一化しているために反発力も一定で、それが『イコール・飛ぶ』という錯覚を未開人どもに与えていたカラクリである。
『飛ばないようにしろ』といったら、わざわざ品質を下げ、そうしたリサイクル毛糸を利用さざるを得ない。
だが、再生材にはポリエステル糸も混じるだろうし、弾力の失せた個体も混じる事だろう。それを均一化するとなると至難の技である。
目くじらを立てた球界やマスコミの軽薄さはあきれるばかりだ。こんなもの不正でも何でもない。
むしろ、「12球団使用球で『もっとも製造原価が高く』、儲けとは遠ざかっていた」のは「ウールマーク糸使用」の側ではなかったのか。バカなケチつけである。
それが今の時代となって、いつの間にか12球団の使用球はこの真白な100%オールニューの毛球で作られている。この説明のほうはどうつけるおつもりか。
それに対し、MLB球は今も黒々としたリサイクル毛糸を営々として使い続けている。
したがって『飛ばない』なんて自明の理である。『飛ばないように配慮した』のでもなんでもない(笑)。
バラつきを呼び、飛んだり飛ばなかったりするため、打者には『飛ばない』との錯覚を与えるだけのことである。
テストしてみたら良いのである。
結論として実証して比較してみろと締めたいところだが、そうはいかない。
この両者の『比較』が、ハナっから成立できないのである。
NPB球は数値が(ある程度)一定だから比較検討はできよう。
だが、対するMLB球がどんなサンプルを採ってもここまでバラバラ、マチマチときては、期待すべきデータを備えたサンプルとは成り得ない以上、話にならないからである。
ことほど左様に、「迷信」も「流言飛語」も、マスメディアやその道の高名な人物が、もっとも大声で語る事によって、それがいきなり「真理」となり「聖書」にまでなって、後光が差すほどの説得力を伴うものだ。
メジャーと聞くだけで嫌悪するのもいい。また逆にNPBをダメと云っていれば良いとする者もいて良い。
その贔屓を援護するための材料を求めんがために、そこら辺を漂っているだけの”根拠なき根拠”に根ざしているモノをアテにするなんてどうだろうと思う。
ボールといったら野球の根源みたいなものである。
それが少ししゃがんで凝視してみたら、たちまち正体が怪しくなってくる。
そんな程度のものに余勢を借りて、目についたものを批判して捨てる道具に利用するようではその者自体の価値さえ根底から問われよう。
どこにでも転がっているようなボールの差異さえ知ろうともせぬ者の声ばかり響きわたりやすい。
だがそのじつ、裏側で失われているのは護ってやるべき努力だったり、遠い目を備えた志し…ではないのか。
根拠も知らないまま、飛ぶだの飛ばぬだのかまびすし過ぎる。
そんな女々しいレベルの井戸端論議など、雄々しく闘う者に共感おぼえる同好の士にそもそも不向きではないかとボクは思う。
これを機会に、世にあふれるデマを笑い飛ばしつつ、誤った認識を改めて下さらん事をお願いする。
そういえばかつて、ボクの仕事場にメジャーのキャップを扱っていた頃、孫が店の外にいてお婆ちゃんだけが、帽子を手にとっては外と中を行ったり来たり、右往左往している二人がやってきたことがある。
何事かとボクは外に出てみると、孫のガキは何をしているわけでもない。ただ単に「ひと様と話をするのがカッタるいから、ばあさんをパシリにしているだけ」だったのだ。
身体でも不自由な方かと思って対応していたのに、いきなり頭にきた。
『テメエに売る帽子なんかねえ。男と男がぶつかって勝負しているってのに、テメエはなんだ年寄りコキ使いやがってこのヤロー。テメエみてえな野郎にかぶる品物じゃねえんだ。バアちゃんごめんね、こんな野郎にだけは絶対に売れないから』
書いているうち、久しぶりにこのセリフを思い出した。(こんな騒動めんどくさくなって、ホントにキャップの取扱いなどはやめてしまった 笑)
写真下:左が日本プロボール、右がMLB(ワールドシリーズ08公認球)
芯のコルクは左コルク100%、右は再生コルクをゴムで固めた複合材。
何よりニューウールの左、再生ウール(人工繊維も混じる)右。
これでは飛距離に違いが出るのは当たり前。 こうして割って見て考察を加える見識などどこにもない論議だけが徘徊(笑)を続ける。
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2月26日(木) / この際はっきりさせる『MLBとNPB』球の差 前篇
(^o^) まあまあ
西武ライオンズの岸が、WBCの選抜候補から外された当日の21日にボクは宮崎に着いた。
え、あの岸が?
チャリティイベントで顔を合わせた誰もが声を失くした。
「どうして?」
『なんでもWBCボールと、最後まで相性が悪かったんだってさ。』
あのWBCメンバーらが集結して、それが目当てで5万の人々押しかけたサンマリンスタジアム。
こちらの方にはあいさつに出向く義理がたくさんあったものの、正直いうと渋滞を押してまで向かう関心ががあまりないので足を向けず、レンタカーを駆り、生目の杜運動場(アイビースタジアム)のホークスキャンプへ行ってきた。
だいたい『サンマリン…』だなんて、随分と安易な発想だよね〜と、落成当時そのネーミングを笑った。
サンと、マリンだなんて、まるで『国旗の色分け』とかみたいに分かり易すぎ、かけるイメージが茫洋としすぎで小学生の低学年だって、もっと文化度の高いネーミングにするだろうに…と、いつか陰口をたたこうと隠し持っていたら、あっさりと片付けられた。
『ソレって、長嶋さんに付けてもらったネーミングなんですよ』、監督のセンスを笑われて多少ムッと来ていた巨人軍職員氏の前ではあったが、当方一瞬の間を置いて、笑った笑った。申し訳ない、じつに「カンジ」である。「イカニモ」すぎる(笑)。
サンマリンに入り切れない客で、アイビーでのホークス紅白戦も満席。5000は入っただろうし、宮崎農産物でも名物のB級グルメ屋台がズラリと並び、そこに群がり行列する客。
これをホークスタウンと名付けファン参加式の、色々なイベントが楽しめる寸法。
あちこちで真っ白な煙を上げ、あたり一帯はとても空腹ではいられない様相。
宮崎牛の短冊切り串焼き、名物の赤鶏や大振りのイカも甘辛タレで炭火焼、500円〜300円。
これがうまい!
それを手に、パイロンで仕切ったうえ、ジグザグにくねらせた『サインロード』の両側には、選手が通る瞬間を待ちうけるファン、お目当ての選手らが紅白戦真っ最中だというのにこの人たちはサインゲットにすべてを賭けているわけだ。
こうしたアトラクションスペースだけでもざっと3000人というところか。
だだっ広い駐車場も、野球場で3面分はあるだろう広さが「満車」のままだ。
出口から間もない国道でタヌキが轢かれて平たくなっていた。これが本当の「タヌキせんべい」だと思ったが、車内が一人ではおかしくもない。
かわいそうに、キャンプの来ない普段はそうしたのどかな土地なのだろう。
ちなみにサンマリンの方は、近隣の波止場なども即席駐車場として6000台は大丈夫、と対処したものの、午後一時の試合開始というのに『午前3時には満車』となる大盛況。
後日、その宮崎につき、「野球でない」リポートはあらためて書こう。
冒頭の岸には多くの期待が集まっていた。
昨季の日本シリーズ、ジャイアンツの打棒があのタテにスト〜ンと落ちる岸の小気味よいカーブに、日本中のファンやWBC日本代表首脳陣もアテにしていたのだが、あいにく
『そのカーブにキレがなく、落選とした』との公式説明があった。
岸はWBCボールにつきコメントし、
『NPBボールとちがって、WBCのタマは滑るので、カーブに不可欠な指先が引っかからない』と、最初からギブアップ気味だったのだそうだ。
ボクにも多く質される疑問に、『(メジャーや)WBCボールはどう違うのか』といったナゾ…がある。
先日も、誰にも疑問を差し挟ませないとばかりの勢いで、張本さんがTVで断言していた
『WBCのボールは大っきいですからね』とあっさり決めつけていた。
当『・・・日記』毒者諸兄も、人一倍メジャーボールには造詣が深かろうし、NPBボールを測った方もさぞ多い事と思う。
本当にデカかったですか?
結論からいきなり行こう。
幾つもの未使用ボールにノギスを当ててみれば、中には明らかに『でかいものがあるのがMLB(=WBC)ボール』。
また中には、逆に『「ウワッ!小せえ」といった直径の個体もある』のもMLB球。
バカに指が引っかかる、縫い目が高いボールがあるのもMLB球。
よくよく眺めてみれば、糸目と糸目の間隔が新幹線のレールの様に広軌なのがMLB球。
日本のNPBの間隔が6,9ミリに対して、MLBは7,9ミリ。これは明らかに違う。
だから、変化球に必要な空気抵抗という点で、両者にはそれだけでも大きな違いが出る。
ツルツルしたボールの表面に、糸目は外側に飛び出してそれら糸のスポイラーが、球体外側の空気の流れに干渉して、はじめて球体は『普通じゃない動き(=変化)』して、『キレのあるボール』が生まれる仕組みだ。
@ボクが指摘したいポイントの一つは。
ボール1個の糸目は合計「108」。これの2倍というわけだから、そのたった1ミリとはいえ、216もの穴をくぐるうち、その長さの差だけでも108ミリ、すなわち『10センチあまりも糸』を多く露出させ、その糸目シームスによる抵抗がMLB球では『10,8センチ分大きい』…という流体力学上の証明が成り立つ。
どうしてここについて日本のプロ球界現場が考えないのかボクはそちらの方が不思議でならない。
@そしてそのポイント2つめ、ここに最大級の問題が見逃されている。
じつはここに岸が乗り越えられなかったカベがある。
日本のボールには工場で完成後、納品、そしてプレイボールまでの間に、「湿気」「気温」などの影響を受けてもなるべくボール1個1個の個体に変化が生まれないよう、白い松ヤニ粉が仕上げの段階で薄っすらと、かつしっかりと、全体に塗られているのである。そういうものなのだ。
松ヤニ粉というと、誰もがあのロージンバッグから出る白い粉を想像するが、硬球の表面パックに使うものはあれとはちょっと違い、粉が細かく粘りがあるものを利用する。
そうして表面の革をパックすることで、湿気が高くなり革が湿り気を吸い重くなったり、またはその逆といった個体変化を起こす事のないよう、いわば窒息状態に使うのが松ヤニ粉なのである。
それをいざ使う段になると、試合前に球団出入りの運動具小売業者営業マンと、リーグ審判員や記録員らが手分けして、その松ヤニを乾いた白砂を用いてハガし、落とす作業が「NPB球にはつきもの」なのだ。
ハッキリしておくが、『大リーグにはそうした「試合前の化粧はがしの儀式」というもの』はない。
なぜか…。
MLB(=WBC)球には松ヤニなどを塗り、表面パックする工程などはないし、過去にもそうした習慣などゼロだった。
『公式球の規格遵守(じゅんしゅ)』この辺への神経の使いぶりは日米双方では全く違う。
MLB球は、大きな1ダース箱を開けると、それぞれ1個ずつ紙の四角い箱に12個が納まり、コメなどの穀物で作ったライスペーパー1枚でガシャガシャと包まれているだけで、どこにも革表面を外気から隔離しておこうなどと、関係者の誰ひとり考慮に入れていない様子だ。
いっぽうNPB球も大きな箱には入っているものの、1個1個の外装はビニール袋で包まれて湿気からカバーされている。シリカゲルでも入っていそうなほど、ビニール袋はヒートパックで封じられている。
それを破り、さらに板状のチョコレートを包むような薄さの薄いアルミフォイルで、ボール全体をピッチリと包む伝統を、NPB球の生産者は50年代中盤から守って来た(そこへのビニールパックは70年代半ば以降)。
その厳重な銀色のフォイルを取り除いてはじめて、あの真白な牛革と真っ赤な糸とご対面できる。
これだけ、ボール一個への包装ぶりを比較しても日米で常識が違う。これは重大な盲点だろう。
つまりそれだけ、外気は一個一個の個体への状態を変えてしまう「注意すべき外敵」と日本プロ野球は神経質に警戒し、逆にメジャー機構はその点アバウトというか、無神経に徹しているということだ。
めでたく銀紙をむいて、ご対面となったその『赤い糸も、白く薄いベールをかぶったような色』である…事に気付かされるだろう。このあたり、通常の市販モデルの硬球と、リーグへ納品されるボールとでは松ヤニの付き方がまるで違う。
さらにその白い革も、指でつかむとその指先がベタつくような感触でボールのほうから親しみを表してくれるはずだ。手元にあるボールで試してみると、NPB公式球の場合つまみあげたボールから指先が『ニチャッ』と離れるのを惜しむ音が耳に聴こえる。
反対にMLB球は「汗でもかいていないかぎり」そうした粘る音などは聴こえてこない。
なぜならその赤い糸も、白い革も、先述のようにボール全体の完成後の仕上げに松ヤニをすり込んであるからだ。
それをわざわざ塗ってあるものを、大の大人が幾人も黙々と白砂をまぶしては、ザラザラごしごしと、わが手のひらをサンドペーパーならぬ「サンドパーム」へと化して、この厄介なベタ付き物質を取り除く作業が試合前にはつきまとうのである。
スカイマークスタジアムでのオリックス戦の試合前、本塁後方バックネットの床下に位置する『リーグ記録員室』でボクはある日、「ミズノ営業担当氏」プラス「控え当番審判員」に混じってこの作業を手伝ったのだからウソのつきようもない。
想像よりもしっかり球体の全てにこびりついている松ヤニを、ボールすべての360度の面で取り除く事には意外と手こずった。まるでムスビを丸めるような要領でボールに砂をまぶし、両手の平に塩ならぬ砂をすくい取ってはゴシュゴシュと平均的に球体をなでまくる。
これが1個あたり、意外に長い時間を要するのである。
あれだけ可愛がった1個を”専門職”に手渡すと、それでもあっさりと『失格〜』。返品されてきた。
糸目に付着した分も、見逃しがちだからしっかりとこすって落としてくれとのご意見。
いよいよプレイボールが近づくと、ネット越しに主審が冗談などを云いつつ、ボクがこすったものをジャケットのポケットにねじ込んでゆく。
それを確認しながら内心、とても誇らしい。
試合前に『まずは3ダース』、むき出しにして松ヤニ取りをしたものを用意して一座は当面の作業を終えた。
雨模様で、乱戦ともなると、ボールが汚れるのでヘタすりゃ『この量なんて3イニングスしかもたない』という。
この日は真夏の夜だったが、この座り作業だけでボクはしっかりと汗をかいたものだ。
手のひらの内側と指先が、軽く腫れたように熱く感じる。
『いやぁ〜助かりましたワ〜』ミズノの球団担当氏のねぎらいの言葉は大げさではない。
このベタベタ感の松ヤニも、ひょんな事で湿気が作用すると『すべる』と、選手からお叱りを受けるそうだ。
お判りだろうか、誰がなんと云おうと『MLBボールが滑るのではない』のだ。
*『NPBボールには滑らない加工がしてあるのだ』から、そうしたボールの製造工程が異なる以上、宿命的にそこには差が出るのは当然である。
それを今さら『メジャーのボールは滑る』と、問題を最初からネグレクトしてしまうなんて、それがプロ選手であるかぎり、相当に「バカな脳限定」の片づけ方なのである。
だから岸投手の場合、ボールの縫い目やその糸目に残留した松ヤニがあるおかげで、カーブやストレートのリリース時、必要以上に引っかかりが利いてキレがことさらに生じてきたのかも知れない。
今回のWBC首脳陣の結論は、そうした考察もなく、
『WBCのボールはすべるから、岸に今回のWBCはフィットしない』とあっさり片付けられたのだろう。
まだ大きな問題がある。
MLBボール(製造工程)のアバウトさは、NPBのそれとは比較する自体ナンセンス。それほど個体管理がひどい。
『公式球』の扱い方について、日米の現場をご紹介しよう。
*NPBボール=審判部が12球団に納品される「試合使用球」すべてについて、メーカーからの納品時に出張し、既定の機器を使い、新たに生産した(たしか)30ダースの中から「無作為に1ダース」の箱から任意にボールを取り出して、品質とサイズ、重量を計測する。
そして、各球団に託してある電信柱の様な既定のボールタワーを使い、ボールを一定の高さに仕掛け垂直に大理石の板へと落下させる。
そしてその際のバウンドした、ワンバウンド目の高さを記録する。
これはすべて抜き打ち的に選び出された個体が、全体の運命を左右する。
それらの数値が『「規定範囲の誤差」以内』であれば合格。
これではじめてあのNPBのロゴ入りの(=コミッショナーマーク)を捺印することができる。
試験はほんのわずかだけれども、これが「たった1個」規格外の数値だったとたん、このボールたち全体は「失格」となり、『試合球』というエリートコースから外されてしまう。
残酷な事に「追試」はない。
バッサリ不合格となってしまったら、別のボールメーカーが試験を受けクリアしたものを、割高な価格を出してでも運動具屋は購入し、赤字分を自己負担しつつ球団へ納品を完了せねばならない掟、そんな前近代的な儀式が今も日本球界で行われている。
驚いたことに、それら失格球はすべてその場で該当球団のスタンプが捺されて、練習用ボールへと落ちぶれる。この瞬間、測ってもらえれば規定の中に収まる合格ボールとて容赦はなく、「ステイタス」と単価が暴落した余生を始める運命に泣くハメになる。
川崎球場に出入りしていたI運動具店の担当I氏などは、この試験日を前にするときまって食欲が落ち、胃がキリキリと痛むと嘆いていたものだ。
そのIさんが、浮かぬ顔をして胃が痛いと云い始めると、ボクは
『ああ、また新しいシーズンが始まるんだな』と風物詩のように季節感を感じたものだった。
それで終わりではない。晴れて「公式球のスタンプ」が捺されたとしても意地悪な検証は続く。
それが、前述のような「試合前の儀式」によって事前にはじかれ、投手に主審が投げ渡す際にも違和感感じたら容赦なく排除される。
ではMLB球は?というと、これが『怒るというかね、笑っちゃうほど』なのである(笑)
つづく
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2月16日(月) / ガチでヤベぇぜ「風邪ぐすり」
(^o^) まあまあ
アニキ、やばいっすよマジで。
あのナカガワとかいう外務大臣がやってる「かぜ薬」って、ぜってー欲しいっすよね〜マジで。
ドコの薬なんですかね、ベンザかなぁ。
そういや、この前テレビつけてたっスよ。
そしたらッスね、「ホット便座がどうの…」っていうCMが流れてたんっすよ〜。
そしたらッスねその次に着たのが『「あなたの風邪はどこから」っていうベンザのCM』だったんスよ〜。
もう「べんざ」つながり(笑)、もう自分ガチ笑いまくったっスよ。
しっかしナカガワっておっさんマジこええっスよね、超マジで。
顔にもドスで斬られた痕あるし、あんなふうに人前でラリリまくったってシカトじゃないっすか、ギガびびりまくりぃっスよね。
ちなみにぃ、普通のかぜ薬じゃあ、あんなにドロッドロになんないっしょ?!
ジブン思うんっスけど〜、そのかぜ薬ぃ「カッコントー」っていうんじゃないっスかねえ?
『葛根湯』なんて怪しいじゃないっスかマジで。超あやしいでしょ。それに酒も飲まなくたってグッチャグチャになれるんだからサイコー!もうガチで。
あそこまでラリったって「風邪薬」なら、ぜって〜ケーサツにだってパクられないっしょ?もうセンパイ探すっきゃないっスよ。
ナカガワさん、どうせ辞めさせられるんだろーけど、ゼッテー知りたいっスよねそのかぜ薬りぃ、マジで。
またバカな大人がひとり増えた。
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2月15日(日) / 東京下町特製の人工衛星の秘密
(^o^) まあまあ
先日のJAXAによって、種子島から打ち上げられたH2-A15型ロケット。
ここにさまざまな民間からの小型衛星が持ち込まれ、軌道に乗った母船から(無人)宇宙空間にバラバラと、たしか5個の手作り衛星が放たれて、今はそれぞれが「地球から636キロの上空」から、与えられたミッションを行っている。
このプロジェクトでは、肝心のH2Aロケットの名や宇宙開発事業団の名は知らなくとも『まいど1号』というと、あ〜アレ!とお気づきの向きばかりであろう。
この当『・・・日記』では初、となる宇宙についてのお話だが本来のタイトルとは今回いささか趣きが違い、応援のつもりで書いている。
というのも、『まいど 』さんよりも、同じく打ち上げられた東大やら東北大などの衛星でもなく、じつはボクの関心は「都立産業技術高等専門学校」の諸君15歳〜20歳までの少年たちの夢を託され、打ち上げられた衛星『輝汐(きせき)』に集中しているのである。
この都立校はさいわいウチの近所にあり、「都立航空高等専門学校」と呼ばれていた頃からウチの息子らもこうした技術系理系の考え方に面白がる性格、そして通学ラッシュとは無縁でありたい、アメリカの大学みたいなキャンパス、さらになにより安い、などのオイシイ条件がそろっているからといった、比較的安易な理由で彼らはここに相次いで進学をしていった。
つい最近、現在の上記校名に変わる前に長男は卒業、2人目も卒業を控えて5年という高専課程を終えておかげで無事に巣立ってゆくところだ。
ボクにしても恩のある思い出深いこの学校をゆっくり見ておきたくなった。
そこで昨秋の文化祭に「これが最後」とボクは出かけて行ったところ、期せずしてこの衛星本体とご対面することになり、詳しい説明をしてもらう事となった。
展示室の机にはゴロリと、縦/横ともに「ハガキ大」の長辺の立方体に組まれた、ジュラルミンらしき光る金属の箱が置かれている。他の見学者には内緒でそっと持ち上げされてくれたが大きさの割にはズシリと重い。3キロちょっとなのだそうである。
「輝汐(きせき)」とは、最近一般募集のうえ命名されたばかりの名称で、正しくはKKS-1(KOUKU KOUSEN SATELITE -1 )というものだ。
『まいど』のほうは30センチ角のもの。
それでも世界最小クラスなのだと報道されているのだが、ちょっと待て。
…となるとこのKKSは間違いなく現在ある衛星の中での最小ではないか。
だから、これは
『基本的に衛星ではなくって、基板を打ち上げるってことなんです』と高専生の技術者は説明する。
くわしくは彼らのサイト( http://www.kouku-k.ac.jp/~kks-1/ )でご高覧頂きたい、しょせん当『・・・日記』などは「町会の回覧板」とか、「怪文書」でありたいと思っている(笑)ので、専門的な事は控えておく。
それに、常にボクの場合
『公式発表よりも、非公式発表』にしか興味がないもので、まじめな方々にはいつも済まないと思っている(ウソだよ)。
彼ら”若き研究者にインタヴュー”していて、面白かったのは、今回の打ち上げで25団体ものから『H2Aロケット』に積んでほしいと申し込みがあったそうだ。
そこからJAXAの審査を経て、最終的に5つの衛星プロジェクトだけ選抜され、先月末の打ち上げに組み込まれたわけだ。
審査は幾度も打ち上げ失敗で、税金泥棒、金くい虫などと、国民全体からさんざっぱら笑われぬいた同財団過去の負の経験もあって、厳正の上にも厳正すぎるフルイにかけられたのである。
それはロケット本体に負担がかかる構造ではないか?とか、安全対策は十分なのか。はては「宇宙空間にまで運んで行く価値がないプロジェクト」との門前払いまであった(笑)という。
文化祭の行われたその昨秋11月の段階だというのに、まだ『「最終的なOK」は出ておらず、NGとなる可能性も考えられるんです』、「本命クラス?」の衛星を制作してきた彼らにしろ、その時点でまだ不安は隠せない様子だった。
そこで「もし君らのこれが『NGとなった場合』には?」と訊いてみた、すると
『この大きさ、この重さに作った「ダミーの箱」を、JAXAは代わりに積み込んで打ち上げるのです。』
「え?どうして?」
『でないと、この「KKSが積まれる」のを想定してロケット本体がすべての重量バランスを保っているため、そうしないと飛び方に狂いが生じるから』なのだという。
たいしたもんだ。
で、今までボクなどは考えもしなかったけど、こうした射ち出し型の衛星って、ロケット本体からどうやって「外部の空間に放つ」のだろうと、長年の疑問をぶつけてみた、するとすぐに答えが出た。
目の前にある、KKSという立方体はよくみると本体下部に小指よりも細いような金属棒があり、その4本で立つ「百葉箱」みたいな脚が付いているけれど、それはどうやらアンテナではない様子。
『これを見てください。』と研究者は指をさす。
衛星とそっくりな外見、同じようにジュラルミン板で囲われた、でも塀の一部に切り欠きがある物体を示した。
『ここに、こうKKSを差し込んでやるのです。』と、親が子を膝の上に載せてテレビでも観るような姿勢に衛星を固定する。すると、それがボヨンボヨンという具合いに弱くはずみ、衛星本体が「バネ付きの台座」に囲まれて正しく配置についたことを示すのだった(下写真参照:産技高専の同HP画像より引用)。
『衛星を台座のスプリングに押し込んで、それをテグスで縛り付けるのです「ギュッ」と。それを、射ち出しの際に地上から信号を送ってレーザーで、このテグスを焼き切ってやるんです。それが「プツン」といけば今度はバネの(復元)力で宇宙空間にピョンと飛び出すってワケです。』
「えっ意外だなあ。ロケットとかでピュンと発射するのかと思ってたよ。そんなに原始的なやり方だったんだ」
『そうです。あまり勢いよく射ち出したら無重力空間ですし、どこかへすっ飛んで行っちゃいますから、ほんの少しだけでいいんです。』
たいしたもんだ。
「で、この衛星に宇宙でどんな仕事をさせたいわけなの?」
『まず、宇宙空間と無線で通信できるかどうか、確認しますこれが第一。それから第二は、デジタルカメラで地球などを撮影してその映像を地球へ送信することをします。』
ふ〜ん、そうか。
だいたいそこまでだったらランドサットだとか、「かぐや(非:家具屋)」などでボクらとしては日ごろ親しんでいるから、そう新味らしきものはない。
もっとも『「最年少」が挑戦している』という事だけでも十分な価値だけれども。
『でも、このプロジェクトでボクらが期待している「最大の事」といったら、じつはコレなんです。』と、丸いプラスティック製の直径10センチほどの透明ケースを見せてくれた。
ちょっと見には「オブラートのケース」のあの形である。
その内部には、時計の文字盤のように、およそ10個くらいの小さな区画が「各時」の場所に規則正しい感覚で放射状に配置されている。おそらく12区画あれば時計そっくりに毎時1〜12まで定間隔であったはずだ。
「それは何なんですか?」
『この「マイクロスラスタ」という装置によって、地上からの指示にしたがい、衛星の姿勢を替えたり、移動ができないかをテストする狙いがあるんです。』
その小さな区画には黒い粉状の物が詰められている。
「で、黒い粉は?」
『それは火薬です、「自動車のエアバッグ」などに使われているものと同じです。』
『これを進ませたい方向と反対側の区画の火薬を爆発させて、その小さな「爆風を推進力」にして動かせないか…ということです。』
つまり、衛星を「9時の方向」に進ませたい時には、反対側の「3時の位置にある部屋」の火薬を爆発させて進ませるという理屈。
この円形のケースが太陽電池パネルなどと並んで衛星の三面に取り付けられ、縦・横・斜めと、3つの軸方向へ姿勢が替えられる仕組みである。
そればかりか、よくみると、その区画も「大と小」と大きさが二種類あって、地上の判断に要望に応じて火薬を大きく炸裂させ移動させたり、小さく姿勢の微調整程度にとどめたりするための配慮までしてあるスキのなさ。
その一つ一つの区画には電熱線が仕込んであり、地上からの必要に応じ加熱のうえ『パァン』と爆発させ、姿勢を任意で制御させるのだという。
『現在世界中のどの衛星も、そうした姿勢制御には「ロケット(やボンベからのガス噴出)」を使っていますが、どれもそうした固形燃料などが尽きてしまうと、それで終わりです。ですから、このボクたちの「マイクロスラスター」を使って現実に衛星に推力を与えられたらこれは凄いぞ…という事になりますね。』(もしかしてプロペラって宇宙じゃ使えないんだよね…と息子に訊ね、一笑に付されたボク。あ〜あ 笑)
「たしかにそれは凄いね。」
『はい、そうなればこのプロジェクトは大成功です。それに「これが世界初」という事にもなります。』
たいしたもんだ。
この都立高でやっている教育に余程の思い入れがあるのだろう、八王子市あたりからはるばる登校してくるような遠距離通学型の生徒も、毎年珍しくはないほど入ってくる。
いい加減な姿勢でしか学問を積まなかった当方など恥ずかしいかぎりだ。
毎日約五時間が往復の通学だけでパーになるなんて、ボクはその「マイクロスラスタ」で別の方向へパァンとやって逃げたい思いだ(笑)。
本当に一父兄とはいえ、思い出がどっさり詰まった「高専」には感慨無量だ。
上の息子は『風力発電で効率の良い羽根の構造』の研究を手始めに、乱気流を検知できる航空機用の新型センサー開発にかかわり、そこからまた効率の良い船舶のスクリュー開発へと興味を示しているようだ。
この男は創造力にフレキシビリティがあって、そこから何を引っ張り出すかボクは面白い。
そして同級生らによるこの『輝汐(きせき)』の打ち上げを、なによりの卒業記念イベントとして祝った次男は、別の教授指導下でいつも『すっ転ぶ実験』をやっている(笑)。
それは「(老人などが)転んでもケガしないプロテクターを開発」する研究をもっぱら”転び役”で手伝っているからなのであった。
彼は電子工学専攻なので、これから電子が医学的にどう貢献できるか…研究を深めて行くらしいが、この男は観察力が鋭いので、どう状況を切り拓いて行くのかボクは楽しみでならない。
彼らと毎日眺めるニュース。
そこに出てくる大人たちの種々雑多。
『「忘れるな」とまで云ったばかりの言葉を二日経っただけで正反対の意味だった』と述べて、真意をただした記者に『聞き間違いだ』と誤魔化してはばからない、本来は尊敬されるべき大人社会の代表、また代表たち。
どれだけこうした人々、どいつもこいつもウソや詐欺、だましや誤魔化し。
我が家だけでなく、もはや小学生らまでが彼らの本性を見抜いている。
彼らに接しているうち、いつの間にかボクは『オレはあいつらと同じじゃない』といった角度で悪態つく事で、どうにか大人社会の一員である事を言い逃れしようとしていないか…に最近気付いて、我ながらがく然としている。
大人の一人であるたったそれだけの事が、『今ほど恥ずかしく思った事はない』。
子供をみるとつい『あいつらとは一緒にしないでくれ』とイクスキューズをしてしまう。
毒者諸兄もそんなことってありませんか?
すいません、当『・・・日記』で初の宇宙に初の『親バカ』やっちゃいました。
写真下は:上部が高専生が作った『輝汐(きせき)』本体、ジュラルミン製のサイコロのようである。その下部で背後から四方を抱きかかえるようにしているのが、ロケットに積み込まれた台座兼「射ち出しユニット」
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2月11日(水) 山内一弘さんはもう還らない
(^o^) まあまあ
山内一弘さんが亡くなられた。76歳、肝不全で長らくご療養の末だったそうである。
「山内さんどうなさってますか?」関係が近いと目される方々とか、球界の情報通などとみれば、ボクは呼び止めてでもここ何年間というもの、山内氏の近況を訊いてきた。
にもかかわらず、あれだけのお方というのにご様子を語れる方にめぐり合えないまま、首をかしげていたのである。
『おい、お前。』とボクを呼び付けた者がいた。
思わず「あ?はい」と向き直ったボク。
『あのなサングラス買うてきてくれんか?…なんでもええから、サングラスだったらええから』
挨拶など一切なく、つっけんどんにそう20ドルばかりの紙幣を差し出して、色黒のおじさんがボクに尋ねてきた、いや、そう命令してきたのには正直ビックリした。
それが初めて山内さんにお会いした時の瞬間だった。
もう36年近くにもなるのか、その時ボクは19歳。ホノルルに住み始めて間もない頃だった。
彼らは巨人軍の「V9」ご褒美旅行でハワイにやって来ており、それがボクが初めての山内コーチの出会いとなった。
あのPGAはハワイアンオープンが毎春開催されるハワイ州随一のワイアラエカントリークラブ。
ここのクラブハウスでの朝食後、球団全体のコンペが開催される直前となって、ヤマさんはサングラスが必要だと考えたらしい。
そこらじゅうにゴッソリと日本人の数はいたものの、英語の判る者がいないため、現地人と彼らの間で何かと世話を焼いていたボクを見付け、ヤマさんはそう声をかけたのであろう。
そこから10年も前、ボクはごく近所にできたばかりの東京スタジアムで、大毎オリオンズの四番打者としてこの大打者をカクテルライトの下で観たのが小学校の4年だったと思う。
翌年だったか「東京オリオンズ」と改名なって、そのヤマさんと阪神小山投手との大トレードがあり、この新本拠地からヤマさんはたった一年だけの縁だけで去って行ってしまった(というか、「セリーグの阪神」へ行ったのだからスポットを浴びるようになったというのが正しいのか)。
ともあれボクの少年野球時代、ヤマさんが東京スタジアムで開かれた子供らの野球教室でシュート打ちの極意を教えていった…という図解入りの小冊子から、それをベースに内角打ちを当時教わったのが忘れられない。
考えてみればこんな高度なテクニックをガキに教えるなんて、なんと乱暴な試みだったのだろう(笑)。
いわく、
@打席に立ち、内角球をバントする姿勢でバットと腰を構える。
@それを(バスターのように)トップ位置までバットを戻し、
@先ほどの「バント位置」まで戻す
たったそれだけの事なのだけれども、このアドバイスによって見事にバットの打芯が内角の窮屈な場所に舞い降りて来て活躍してくれるのである。
この「戻すだけ、だから」といったユルい意識が、スゥイングを硬くすることなく、腰までやわらかくコンパクトに回転させる好結果を生むのである。
だからそれ以降、ボクはシュートが得意な投手を初対戦する際には必ずこの「ヤマさん直伝」に頼ってきた。
そのしょっぱなの勝負時、確実にウィニングショットの内角への決め球をはじき返す為に「引っ張らず、センター前へ」はじき返すだけ…を心がけて、ボクに対しての「苦手意識」を植え付けてゆくのをもっぱらにしていた。(こうしておくと、たいていは「外角に逃げるタマ」で対策してくるものである)
これが身に付いたのはヤマさんのおかげと、ずっとそれ以来感謝してきた。
こいつでセンター前へ低く鋭い打球を放ったとたん、主審や捕手マスクごしの口から思わず洩れる
『うまいっ』と云う言葉を背に、一塁目指して走り出すのは快感以外の何物でもなかった。
後年になって、そのハワイを経てボクがヤマさんと対面するのは79年の川崎球場だった。いずれにせよ手の届かない人ではある。
前年にこのロッテには、南海のお家騒動で「野球を取らずにサッチーを選んだ」野村さん(なんか偉くなさそー)、それに「腹心」としてあったわが師=故高畠さんがID野球のコーチとして、ロッテにその手腕(というか頭脳)を買われる形で移籍していた。
その翌年にここで指揮を執ることになったのがヤマさん。落合と一緒の入団だった。
先日張本さんだったか落合本人がTV番組で、ヤマさんの追悼コメントとして
「(落合を)ドラフトで獲ったのはヤマさん」と述べていたがそれは誤りだ。
真相は、1年目に芽が出なかった落合を、府中のティアック所有”ロッテ間借り”の二軍グラウンドで、まず高畠さんがその隠れた才能を見染めるのである。
ところがヤマさんは『まだ戦力には達していない。あの程度の守備ではいくら打撃が良くてもダメ』と、高畠さんの推薦を却下していたのである。
落合は落合で、思うようにいかない野球よりも、学生時代からたしなんできたボウリングで「プロにでもなろうか」と、ちっとも身が入っていない様子だったのである。
そして翌年の80季になって、張本さんが巨人からやって来て(註:)、高畠コーチは一計を案じる。
タカさんは自分の眼力には絶対の自信があった。
「新しい打撃の神様」からの意見によって「古い打撃の神様」を説得して貰うための作戦を決行するのだった。
タカさんは一軍のロースター枠にも入っていない落合を、ある日府中から川崎に呼び寄せ、室内打撃練習場へと落合を導き入れる。
そして、今晩のナイターのために球場入りしてきた「ヤマさんと張本さんの二人」を練習場へと案内するのである。
鋭いバットスゥイングに、さらにミートセンスの卓越した落合にはハリさんがまず声をあげた。
『右へ流した打球がツオいなあ〜』『ボールへ一直線の最短距離でヘッドが出とる』3000本安打目前の苦労人天才は感心した。
ヤマさんのほうは担当コーチへの対面もあったのだろう。目を見張りながらも、しばし黙考の末、口を開いた。
『しばらくは「(周囲には)守備に目をつぶって」もらうか』
新旧の「打撃の神様」が、昭和の「打撃王」を世に送り出した瞬間だった。
(註:長い間パリーグの東映で張本さんはヒットを重ね、晩年ジャイアンツへ移籍して積み上げた3000本安打という金字塔だけは、セリーグの巨人軍のまま達成したかったはずだった。それは衆目認めるところだったはずを、時の巨人軍首脳は何故かロッテに放出してしまう。だが、普段は閑古鳥が鳴いている川崎球場に「3000本達成」の晩には、その無念を理解できるファンが詰めかけ2万人近い盛況で氏の偉業をたたえるのである。 いいなあ、カワサキは。反面、そうした冷酷な巨人軍の体質には、張本氏はじめ『演歌的なファン』は憤激し、「江川問題」以来続いた『アンチ党』の増加により火を点けてしまう結果を招く)
だから、ヤマさんの墓銘碑に『落合を指名し、発掘した』と刻むのだけは史実に反すると思う。
そもそもロッテの場合、「編成と現場」はしっかりとお互いを尊重(?)しており、監督は『最終的に編成部が決めた指名候補を追認する』のがスタイルで、「どうしてもXXを獲ってくれ」と強制できる関係ではない…のをボクは見知ってきた。
ともあれ、あのハワイV9旅行での「初対面物語」など、すっかりヤマさんという人物の記憶システムにはない。ヤマさんという方の思考回路には、「野球に関係する事柄以外」はハナっからすべて雑事と片付けてしまい、一切記憶の因子となってインプットしないよう設計されたシステムなのである(勝手だなあ〜笑)。
だからヤマさんが、「野球とは関係ない」無駄話をしているのを聞いた事がある人がいたらそれは貴重な体験だろう。
さらに言えば『それだから』監督の様な、管理職として権謀術数やら根回しといった企業人としての”素養”を求められるポストには最初から向いていなかったのである。そのため、後年は中日ドラゴンズも率いたがこちらも2年だけだった。
それで良いのだ、それでこそヤマさんらしいんだと周囲は納得していた。
ヤマさんが去ってしばらくの間、パリーグは親会社からの全面支援によって圧倒的な物・人的両面の資産を背にした「西武ライオンズ」の絶対的君主状態が続くのである。
そして2000年、ヤマさんとボクはまた再会する。なんとそれもウチの近所で…であった。
この夏、荒川区は文化事業として地元にあった「東京スタジアム」を回顧するイベントを開いた。
その東京スタジアムにまつわった人士を招いて、シンポジウムを開いた。
その進行をまかせて下さる栄にボクは浴する事ができた。
川崎球場がボクの青春だったとすれば、東京スタヂアムはボクの抜きがたい「幼児体験」なのである。
その晴れの司会進行役をつとめさせて戴き、パネラーとしておいで願ったのは
*外野席のすぐ裏側の住民/ベンチ裏へそばを出前してきた蕎麦屋/駅から球場に徒歩通勤してくる選手らに交わった商店街のオヤジ/球場支配人/建てた竹中工務店の技師/選手/警備のシミズスポーツ。そして球場につきものの『悪ガキ』(笑)、を呼んで「それぞれの立場からの思い出」を語ってもらったのである。
その「最後の役回りの悪ガキ」とは当然最年少…となる者が「ボク」なのであって、そいつが司会をやるのだから荒川区は面白い。
この悪ガキは、まずお金で切符を買った事がなく、「無賃入場」を繰り返してきた(「イースタン戦=50円」は払っていたけど 笑)。
そうした者としての立場(どーゆー立場だ)というものも、この際知って欲しかったのである。
ともあれ、選手代表として参加して下さったヤマさんは息子さんの運転する車でおいでになり、我々のスタンドから見下ろす内側でどんな思いだったのか、数々のエピソードを淡々とした語り口で約40分お話し下さった。
今のボクならきっと、思い出話よりも『あの時はどういうタマをどう打ったか』と水を向けて、打撃論をやって戴いた方が良かったかなと後悔もしているが、なにしろ定員が100名のところを申し込みが400以上、立ち見でもいいから…と、「消防法」無視で160名がすし詰めとなる大盛況だった。
それに区の発行した「企画展図録」。
頒布された『消えた娯楽の殿堂 君は東京スタヂアムを知っているか』なる36ページのA4版小冊子は増刷に次ぐ増刷を重ね(今はさすがに刷っていないだろう)、貸し出し用「VTR」とともに今でも荒川区の広報資料最大のヒットを飛ばしたのである。
隣の席で、やっぱりヤマさんは「サングラス事件」も「川崎での再会」など、そんな小さな事を耳にしたって、ツメの垢ほども喜ぶタイプのご仁ではないだろう。
ここまで全呼吸、いや、全鼓動までが野球で満たされている人物なんて、ボクの出会ってきたレパートリィではヤマさんが空前絶後なのである。
ゴルフをやるのに目が眩しかろう。どんな見かけでもいいから色の着いたサングラスならいい。
ボクが調達してきたレイバン(のバチ)型色目がねを、たいそう気に入って下さった。
すべてのこの優勝旅行行程の連日のラウンドにボクは同行したものの、野球キチガイのヤマさんにとっては、しょせんゴルフなんて…といった雰囲気。最後までヤマさんの楽しそうな表情を見る事はなかった。
ヤマさんの消息で、ボクが把握できたのはその南千住のシンポジウム会場、それが最後であった。
死亡報道の翌日のニュース映像。
あのマスターズリーグで昨春、かの東京スタヂアムで身に着けていた縦ストライプの大毎オリオンズユニフォームに背番号8を付けたヤマさんがマウンドに立った。
生気なく無表情となっていたヤマさんの始球式の模様で、ようやくボクは再会を果たした。
だが、あの映像はボクには残酷だった。
振りかぶって、1メートルもしない地点に白球は転がった。
一瞬そのボールの意外な行き先に、ヤマさんの眼鏡の奥の目がハッとした驚きの色を見せたのが強烈な残像として焼き付いている。
ここまでして、ヤマさんをマウンドに立たせなければならなかったのだろうか、それともヤマさん自身がそれを望んだのか。
『山内一弘−野球=0』
つまり、「山内一弘」マイナス「野球」イコール、ゼロ…
失礼な申し上げ方なのかもしれないが、敬愛してやまないヤマさんがあれだけ愛して身も心もささげた野球。
これだけ見事に浸りこんだ人生は幸せ以外の何を求めるべきか。
そうした「人生76年へのねぎらいへの感謝状」には、それだけしか朗読してふさわしいような言葉など他に見当たらない。 合掌
下写真:在りし日のヤマさん2000年8月5日 荒川区立ふるさと文化館
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