【2009年1月】

1月26日(月)  テレビ泥棒  (^o^) まあまあ
 いまマスコミの世界、とくにテレビ画面では絶対に出演者らが自主規制して語らない意見がある。

 それは『地上デジタル放送開始への異論』である。
 ボクは不思議でならない。
 いったい誰がこれを求めたのか。

 欧米では当たり前…だのいうのなら、焦りもある。
 だが、欧米の者相手に『地上デジタルの必要性』を語っても相手にもされないだろう。せいぜいおタクとして認めてもらえるのがオチだ。

 その必要性を今の国民全体1億2千万人が認識したうえでこのムリヤリを認めているのだろうか。
 『さ来年からだよ早くしろ』と急かされ、今でも使える(TVセットという)私有財産をわざわざ捨てさせて、こんな経済時勢のなか、高価なデジタル機器に買い替えさせられる羽目になってしまったのか。

 首謀者や責任者が「それは私です」と今こそカウントダウンを前に、姿を現わさなくてはならない義務という者があるだろう。
 ボクはどうも『よっぽどのバカ』であるらしい事実が、この「デジタル化」によって突き付けられた。
 ぜんぜん、「国民に各世帯10万円近い出費」をさせなければいけないほどの「緊急の必然性」が、どうもこのままでは解らすじまいになってしまいそうなのである。

 何よりもボクの場合どうも「ケチ人間」らしく、『安易に捨てるのは美徳ではない』と思ってきたし、多少は電気機器もいじれるので、『使えるものならなるべく修理してまで使いたおす』という生活感覚がこの際、不幸を呼んでいるらしい。
 したがってアナログテレビセットが家中で合計すれば5〜6台あって、それはいずれもまだ寿命ではないから余計に不幸なのである。(粗大ゴミなんて、拾って帰りたい衝動断つのも一苦労だ 笑)

 デジタルの必要性がある…のはあくまで「HisOpinion」であって、未だ「MyOpinion」となってはいない。
 必然性を認識させてほしいし、活きているアナログ機を捨てさせてゴミにしてしまう…という簒奪(さんだつ)を無理強いさせたうえ、エコロジカルとはほど遠く資源の浪費を助長させてはばからない非道徳。
 個人資産の出費の強制など、もはや犯罪的以外の何物でもない『歴史的バカな流れ』を、どうして皆さん黙っていられるのか、ボクには理解不能である。

 こんなまるで『強制執行』のような「官と民放」ベッタリの政策によって、『どうしたって儲かってしまう…』という国民全体とは正反対な位置で待ち構えているのが「弱電メーカー」各社なのである。

 我々庶民とは縁遠い、これほどの過保護を国はこうしたひと握りの業種に与えてはばからない、いや『2011年5月27日から、お宅のテレビは見えなくなりますよ…なんて、「脅迫混じりのおためごかし」までスポットCFまで垂れ流す念の入れ方は、もはや公的犯罪といってどこも過言ではない。

 「捨てさせる罪」を考えたって、試算では全国で[9000万台]の資源がゴミとして出されるのである。
 表面積を、想像したって気が遠くなる量である。

 政策として、アナログのTVは今後さすがに製造・販売をさせなくするとしても、画面を映している以上、テレビセットは、ひとしく「私有財産としての権利」があるとボクは思う。
 唯一の救いは「日本で要らないよ」と、使えるものを捨てて”ゴミ”と化し流れてきた機器が、マニラのスラムなどで転売され、それが良く売れているのだそうだ。
 マイテレビのある生活などあり得ないバラック造りの掘っ建て小屋で、フィリピンの子供らが近所から集まって来ては、ただでさえ真っ黒な瞳を輝かせてブラウン管に思いっきり見入っているニュース映像には、正直目頭を熱くした。

 観える機器に観せる放送局…、そこには幸せな人間関係があるように思える。
 それならそれで、『日本的なODA』としていっそ差し上げましょうよと、「旗振り役」どもが、視聴者諸氏に声を出しアッピールする努力をやるならば、ボクも大拍手したいし、多くもそう賛同する事だろう。

 今話題の創価学会固執する「定額給付金」と、この『一方的デジタル化』の二つの政策には、典型的に「日本の行政の心ない体質」がズバリ顕われている…と冷やかに見詰めたいものだ。

 間違いと誰もが判っているような事について、本質を衝いての論議をしているようでしていない。
 それどころか、このデジタル問題については、政府を主導にしてマスコミに加え、弱電業界に広告代理店業界も深く関わって来るほどの国家的超大規模な経済が流動化するだけあって、一介の出演者やら日和見評論家などが触れる事さえ怖れて自主規制しているために、「論議」のテーマにさえ一度もならなかったのである。

 その影響力からいったら『朝まで生テレビ』だの、『太田総理』『TVタックル』に田原総一郎などが一言も触れず、ここから回避して知らんぷりのまま逃げている事じたい、首をかしげるしかないのである。

 話は少々ずれるが、先週金曜日夜に大阪はなんばのNGKで(よみうりテレビ)「マヨブラ流」の収録があったので、終了後はなんばで泊まった。

 ボクは大阪で目が覚めた場合、楽しみにして、チャンネルを合わせるのがそれが土曜の朝なら、関西テレビの『西川きよしのご縁です!』(の再放送編)だ。
 今回の「元気だと評判の一家」を訪ねるロケの舞台は、名古屋は駅に近い柳橋市場界隈だった。
 いつものように八方さんときよし師匠、そしてその回のゲストとがたずね、そこでトークをした後「次のお元気さん」を紹介して貰い、リレー式にいきなり訪ねてしまうという企画だ。

 ボクはとにかく「人情もの」となると、あまりに無条件で涙腺がゆるむ体質なものだから(笑)、ホントは観たくはないのだけれど、ついチャンネルを合わせてしまう…という代表的な番組なのである。
 やっぱりドキュメント的なつくりは面白い。

 その中で案の定、朝の6時半から早くもホロリときてしまったのが、柳橋(というか中村区名駅5丁目)にある『柳橋 一八(いっぱち)』という手打ちのうどん屋さんだった。
 名古屋ではめずらしく、きし麺にも関東風の色濃い醤油こそ使うものの、「見た目ほど塩辛くはない」とはきよしさんらの感想だった(たしかそれで350円だったかな)。丼ものもあるしラーメン系もアヴェイラブルな店だから、うどん専門店というノリではない。

 ここでは前歯の思いっきり出っ張らせたお母さんがたった一人で、35年間もこの店を切り盛りしており、座席は4人がけのテーブル二つだけの、コメディとかに出てきそうな古いタイプの下町食堂といったイメージだ。 一人なのに「出前までしてしまう」というから(「メチャうまかった場合」などは)さぞかし大変だろう。

 集団就職なのか、15歳でお母さんは田舎から出て来て、この店に店員として住み込んだ。
 知り合ったのは大旦那のもとで、この店の板前として働いていた先輩の若者。
 二人はすぐに結ばれて、店をまかされ、”粉になって”まで働きぬいた。

 順風満帆、商売も軌道に乗ってきた頃に、突然別れはやって来た。
 ご主人が交通事故で亡くなったのである。

 そこからというもの、この店を離れてしまうとご主人とは永遠(とわ)の別れになるような気がして、お母さんは何があってもどうしてもここに踏み止まって、堪える途しか選ぶ気にはなれなかった。

 以来35年。
 客が10人も入ったら息も詰まるほどの店だけど、『ここしかあらへん』と明るく笑うお母さんの目は、糸のように細まり、歯はさらに白くせり出す。

 『お父さんが生きてらした頃。きっと楽しい思い出なんか、一杯あったんでしょうね』ときよしさん。

 するとお母さんは、テーブルに腰かけて顎を上げながら話すのである。
『休みいうてもね、「月に2・3回しか休みなかった」しな。二人でこうしてね、お父さんと店閉めてからテレビで「洋画観ます」ねん。』

 『へ?洋画ですか、「邦画は観ん」のでしたか?』

 『ヨウガが楽しみでねえ、(画面の舞台は)「夢みたいな世界」でしょ。唯一の愉しみやった。こうしてね、ずっと並んで観とったんですよ。』と、顎を上げて店の鴨居の高さに固定した「点けていないテレビ」の画面を観ながら目の奥を光らせるのである。

 残酷な国家である。
 勝手に電波を送る形式を変えて、『今までの形式ではもう見せない』というのである。

 2011年5月27日、日本国政府はこの「一八」のお母さんから、亡き夫とのかけがえのない思い出がずっしりと詰まっているこのテレビを奪ってゆくのである。

 写真:「ブラマヨ」小杉君のケツの穴の横にできた、アナ痔治療を自ら語るイラスト(笑)これがホントの『デジアナ』だ(笑)
 どうせ捨ててしまうのだから、無駄にせずボクはそいつにサインを入れて持ち帰って来た。
 次回1/30夜OA分オープニングトークでこれが登場します。(「讀賣テレビ」近畿ローカル)

1月23日(金)  末期的迷走集団の気勢  (^o^) まあまあ
 昨日の《うたばん》は、さすが本来の視聴者層に順じたのだろう、せっかくの野球界に衝撃与えかねないような野村発言の詳細までは言及しなかった形でまとまり、爆弾部分はバッサリと編集カットしてみせた。

 無理もなかろうが、別の番組でなら大騒ぎとなっただろうが、ちょっと惜しかったかな。
 だが野村さんも公共の電波に乗せるべくセットの本番で、語り図示までして解説したのだから覚悟の上だったろう。
 いずれにせよWBCの開催が近くなればどこかがノムさんの『もし、われ闘わば』をインタヴューするならばこの既報の通り、氏は一歩も逃げずに語り話題を呼ぶことだろう。
 (その代り、ボクの14日分当『・・・日記』中の広島石原から、ノムさんは合同キャンプの中で「西武細川」のほうを、意中の人とするかも知れないが…にしてもはるかにリード面で阿部よりはベターだろうけど)

 それにしても放送上で、阪神の赤星が「ああした礼儀」の人物とは思わなかったし、WBC監督になるには『年寄りにゴマをすれる人間(でないとダメ)だった』といった小型爆弾をOAできたのが収穫だったけど(笑)。
 社会人にいた赤星を、ノムさんは社会人野球にまでこの男見たさに、スカウト総反対の逆風突いて足を直接運び『この男は獲らなきゃアカン』と、戦前の「足だけしかない…」という編成部の面目は地に墜ちた。

 当欄既報のごとく、『客を呼べる、視聴率の上がる監督を、星野仙一と定めたナベツネ氏』、「北京五輪」を勝って、返す刀でWBC監督もやらせ、低迷した原巨人監督に詰め腹を切らせてめでたく『巨人軍星野新監督誕生』とのシナリオはもろくも崩れ去った。

 「阪神の急ブレーキ自滅」によって驚くばかりの終盤戦追い上げで原巨人の逆転優勝といったアクシデントが第一。第二はいうまでもなく、「星野ジャパン」の壊滅的メダル逃しであった。

 もしかすると、「中日」に引き続いて自分らまで、巨人軍監督に登りつめるだけに利用された、「単なる足がかり」にされまいと、阪神タイガースの面々は総意として「優勝を逃した」とはいえないか(それはブラックユーモアだが)。

 まあノムさんの収録で述べられたように、『星野氏ならさもありなん』だけれども、「原」さんだけは『WBC監督などになるために、”仇敵”ともなった(WBC主催企業オーナーの)ナベツネ氏に、一昨年以降いじめられこそすれ、けして「ゴマ摺ってどうしたい…などという友好的な関係」では少なくともなかったと思う。
 これだけは原さんの名誉のために、明確な線を引いておいて差し上げたい。
(詳細は当『・・・日記』バックナンバーで、原監督就任受諾直後から数日間、氏の側近と2泊旅行したボクのレポートに内情を詳しく触れている)

 ともあれ『タイトル』にかえる。
 政府与党ってもしこれを『岡目八目』、客観的に鳥瞰図的視点で眺められる人が観下ろしたら、昨日あたりのドタバタをどう捉えるのだろうか。

 『麻生総理は、あの人にはめずらしく、言動はブレないで(消費税増額を)附記を通した。』
 こう、財務省出身官僚であった伊吹自民党幹事長は記者会見で振り返り、ほめたつもりのようだ。
 この男の国語力とはこんなものらしい、やっぱりしょせんは『ぬらりひょん』でしかないのだろう。

 これが麻生よりも当選回数が少なく、いやしくも与党の幹部。しかも「部下」に当たる者のくせに吐いて良い言葉なのだろうか(笑)。
 完全に相手が「バカ殿」とか「操り人形」のような、デクの棒の上司に向けた陰口として語るなら通用するだろう。
 とりあえず分別を備えた者の言葉ではないし、企業の若者への入社試験で「礼儀」としての言葉遣いでは失格とされるに違いない。

 良くしたもので、まさに「上が上なら下も下」とはけだし名言となってしまう。

 消費税の増額について、法案にあえて附記するかどうかなんて、ちょうど生徒にたとえれば、
『「抜き打ちテスト」をあらかじめ報せた上で行うか、隠したままにしておくか…』しょせんこんな程度の事でモメているのである。

 そして最大派閥=町村派の実質的オーナー、『ミスター(支持率)7パーセント』森嘉朗(字は正確でないかも知れないけど、調べるほどの価値はない)は、反対論ブチ上げた同派番頭格の中川元幹事長を指して、
『いつでも派閥を出てもらっていい』とまできのう公言するにいたった。

 これで党内の対立は『「附記をそこで検討する」としたので、補正予算法案問題は解決した』と、与党の反対派はホコを収めたといい、守旧派も「当初からのスジを通した」と胸を張った。
 『これで党の結束は強まった』と山本一太小ネズミあたりは手柄のように自画自賛し、今朝のニュースは「これで落着」と報じている。
 麻生太郎は『当初の予定通りで何も変わっていない』と胸を張ってシメた。

 つまるところ、「消費税値上げ」を云われちゃって『選挙戦を戦う』のでは困るから、隠し持ったカタナをしまっておかなきゃダメだろうというのを、
「そりゃアンフェアだろう」「こっちのほうがフェアに見える」と、誤魔化し方についてのスタイルをウンヌンしていただけにすぎない騒動というのが本質、ゆめゆめ国民はダマされてはいけない。

 肝心なポイントは一つだけだ。
 消費税はどうやら上げなければならないようだ、それは解った。
 だが、無駄遣いの方は棚上げしておいて値上げに突き進む…のは国民全体がもう許しておかない。

 たったこれだけの事を、与党の両陣営ともロクに語ろうとしていない。
 離党した渡辺さんにしろ、抵抗したのはその『ほんの一部』について異議を唱えただけなのだ。
 本音はもっともっと徹底的なメスを深部まで入れないと、日本全体はダメになるといった予感は多くが危惧している。
 なのに、あれだけの反発イジメを党全体がとる姿勢というのでは、ますます我々には「暗黒政治」にしか見えないわけである。
 あれで『党のタガが締まった』というが、いくらオケのタガを締めたところで、穴が空いてザル同然の機能しかない持たない桶のタガがいくら締まったところでそんなものしょせん使い物になるものか。

 未だにこの連中がこれだけ揉めたところで眼中にないのが、「霞が関の官僚政治の改革」やら役人主導の『無駄遣い体質の温存』なのである。
 ああして国会でバラされたって、天下りの腐敗構造はごまかし、神棚に置いて守らねば気が済まないらしい。こうなると一種のカルト宗教集団のようである。『霞が関官僚教』という。

 国民はもうたくさんだ…これだけでかい声を出しているというのに、これだけ見えない聴こえないなんて、仮に選挙戦開始となったら、こいつらは選挙区に帰る。
 そして国民と直接ぶつかることになる。その際に街頭で、いったいどれだけマイクを通じて嘘をつかねばらないのか、まいてきた種に覚悟はできているのだろうか。

 さすがに霞が関や永田町で通用している論理など、世間様には通用しないともう危機感を持っているだろう。いや、案外持っていないのかな(笑)。

 たしかにあの「漢字検定5級クラス総理」にしたって、もしかして気付いていないかも知れない。
 だからああして、恥ずかしがらずにツラをさらしているのだろう。
 このボクだって、《うたばん》などで「未曾有」を『みぞゆう』と自信を持ってやらかしたとしたら、次回から石橋さんにでもお願いして、ワザとギャグでいじってもらわないかぎり、ソラっとぼけて『読み違い』などと言い逃れなどしていられないし、近所だって歩けない(毒者諸兄だってそうでしょう?)。

 ここまで『私と違って、あなた方は「自分を客観視」できなくなっている』のが可笑しくてならないし、そうした意味でボクは彼らのアタフタぶりと「(総選挙戦後での)敗戦の弁」が、今から楽しみでならないのである。

 ぜって〜ヒトのせいにするだろうなあ、こういうタイプの脳の人って(笑)。

 オバマさんによるアメリカでのバブル崩壊に「72兆円」もの財政出動に踏み切った事を「日本の国家予算並み」と驚く声がニュースを含めて巷にあふれている。
 だが考えてもみよ、そんな72兆円なんて、ボクら日本人がかかえる740兆円という「累積赤字」に対してはチョロいものではないか、10分の1ではないか。

 アメリカの「バブル崩壊」を笑う声が日本にはある。
 だがそんなものは日本の抱える借金の膨大な量からいったらまだ救いがある。

 オバマさんは就任直後のスピーチで、
 幾度も『この合衆国をリスタートして…』と、つまり『国家的なやり直し』をしなければならない段階と虚心坦懐に述べているのである。アメリカでさえ…。

 それに就任前に表明していた金融不安解消へむけた「72兆財政出動」ばかりをメディアに尋ねられると、『それ以前にバラ撒き(Waste)を慎まなければならないのだ』と浮かれがちな周囲にオバマさんは、くぎを刺す方を先決問題とした。これが政治家の良識というものだろう。

 あのヒラリークリントンにしたってそうだ。
 昨夏の指名選挙戦の真っ最中、折からのオイルダラー高騰によるガソリン価格急騰といった問題が課題として目の前に突きつけられるとこう云った。
『ガソリン小売価格から税金分を差し引いてせめて値下げを図るべきだろう』。

 それに先立ち、日本で同じ問題が始まった際に当『・・・日記』でもこう述べていた
『現在1リッター175円とかのガソリン価格を、せめて25円分のガソリン税を棚上げにすべきと、福田政権は発動すべきだ。ガソリン高騰による国民負担を軽減し、経済を活発化すべきではないか』ヒラリーの発言はそれから1ケ月後のことだった。

 本当に民主主義をやっている国の政治家は立派である。

 あの誰よりも「自分を客観視できる」バカ眼鏡坊やはこうした国民的危機に、
『ガソリンが高くなって車が走らなくなれば、それだけ「地球温暖化に貢献できた」と云えるんじゃないでしょうかね』と官邸で記者団に”ニヤニヤ”しながらそう述べたのである。

 テメエの脳みそのほうがもうたっぷり温暖化してしまい、おそらく『タラの白子鍋』みたくなっていたのだろう、ボクが「客観的に」分析すればだが(笑)。
 こうした政府与党や中央官庁を甘やかしてきたツケのでかさについて、いっそこのあたりを政治的基準点としての再スタートを考えなく貰わなくてはならないのである。

1月14日(水)  独占スクープ 『ワシならWBCはこう闘う』by野村監督  (^o^) まあまあ
  この年末、多くの治安関係者とご一緒させて貰い、連夜に渡って痛飲した。
 呑みっぷりがいかにも男らしく、ここでも不退転。
 こうした呑み方をする方々は最近減って淋しい。

 気になったのは、多くの修羅場を踏んで己が命をさらしてきた彼らの複数が、異口同音にこう口を揃えた。
『来年中に、何かとてつもないことが起きるような、イヤな予感がする』
 どうも何かは判らないけれども、世の中のバランスを保つ大きな崖の根元をいつの間にか崩してしまっているのかもしれないというのだ。
 それを支えていたのは案外小さなブレーキパッドで、それがポロリと外れてしまったような気がする…というのだ。
 超が付くほどのベテラン捜査員ばかりだけに、それが杞憂で終われば良いと願っている。

 ともあれ、昨日ある番組(あえて名を秘す 笑)の収録で、野村克也さんをお迎えしたところ、ドえらい発言が飛び出した。
 題して『野村監督流 WBCワシならこう戦う』。
 全国的な放映は22日なので制作者各位に対してはボクのフライングかもしれないが、そもそも番組のメイン視聴者層はF2(例 =女性20代)やF3、F4。
 そうした変わった場所へのこのお方の出演、そして以下のごとき”場違い?”な発言内容。
 主婦層に支えられている番組、当然のように「せっかくなのに目立たないかも知れない」と心配だ。
 また事前にリークしたところで、この当『・・・日記』毒者諸兄のように詳しく知りたい向きは、どうせOA分を観なければ終わらない内容と告知パブリシティ効果も見込めよう。だけに、この独占リークはそれはそれで意義があると判断した。

 野村さんがWBCについて、選定されたメンバーらにつき具体的な批評、ノムさんがもし監督として指揮するならばと、氏ならではの必勝ラインアップを組んで見せたのである。

大きな結論は『捕手は城島や阿部では勝てない』ときた。
…となれば、正捕手を広島の石原に白羽の矢を立てたということになる。

『それにしても原監督は大変だ。WBCともなると選定メンバーは誰もがいつもはスタメンで活躍している選手ばかり。ベンチで控えに回るといった経験がないため、「いざ出番」という時に気持ちが切り換えられるかどうか。その辺をどう納得させ実力を引き出すかだ。』

「まずこの短期決戦で大事なのは捕手。投手に気持ち良く投げさせれば抑えきれる実力のある投手陣の顔ぶれだと思う」という。
『野球は「9回を零点」に抑えれられれば負けはない。ならば阿部や城島はどうだろうかということ。「バッティングの良さが買われ、選ばれたような捕手」はこの際向かない。彼らはDHで使う以外はない。
城島も確かにいいが、その二人とも攻撃主眼で、まるで「投手みたいな性格」でしょ。自分が打つ事ばかり頭が行ってる。それよりも一球一球ピッチャーを気分よく投げさせる事が大事。「リードが最優先」でやってもらわなきゃならないんだ。』

 ボクもこの発言にはまさにわが意を得たり。カメラ横から拍手を送ってしまった。
 ふと頭よぎったのは、あの西武優勝日本一の隠れた最大の功労者、西武前監督の伊東勤。
 中島はじめ若い内野手らを育て、大車輪で活躍した岸や涌井ら投手陣に、「(負傷欠場があっても)2枚使っったってホコロビの出なかった」キャッチャー陣にはボクも舌を巻いた。
 素晴らしいチームワークの堅さである。これはバッテリー担当の苦労人、相馬さんの手腕なのだろう。

 そもそも、そうした若い才能を二軍で(渡辺監督に預け)育てさせてきたのはみな伊東さん。

 誰もが巨人撃破、渡辺のびのび野球に注目が行っていた安易な世評渦巻くさ中、ある球界の一言居士がたまたまボクにこう囁いた。
 あの往生際の悪さ日本一(笑)、「阪神のSD」なるH役員の再就職ばかりを念頭に置いたサル芝居=『WBC監督選定会議』。
 その実テメエ勝手な処遇めぐり、北京が駄目でも「WBCの監督に」と悪あがきに難航させられていた、あのタイミングでの発言であった。

『前野サンもよう知っとる伊東ね、アレあたりがWBCの監督やるのが一番の適役なんだが』…そして本当に「WBCヘッドコーチ」への抜擢がきまる。
 これにはボクもぎょっとさせられたけれども、捕手候補のひとりに広島の石原が選出されたのは、一見きらびやかな見かけの首脳陣の中に、慧眼をお持ちの実務派がいた証拠。
 これこそおそらく(間違いなく)伊東さんの推薦だと思う。

 ノムさんの云いたいところは、
『こうした石原のような存在の捕手を「勝つためには」起用しなけりゃならん』…と、昨晩は、タカさんや中居さん相手に答えた真意なのだろう。

 じつは昨シーズン、引退して間もない巨人軍OBと東京ドームに出かけた。
 それは「三塁側ベンチ上」からの角度から、二人揃って「広島戦」を観察してみたかったからだった。
 「ジブンも巨人戦をこうしてスタンドから観るのは初めてですよ」と笑っていた。
 島やらコーチ陣らも彼の姿をキャッチボール中に眺めるとネット越しにずっこけて笑った。
『Xサン、偵察ですか今日は?』
「そう、ジャイアンツの(笑)」といった調子で、打席近辺とベンチワークが丸見えとなった。

 広島の攻撃中だった、氏は打席に指をさした。
『前野サン、阿部をどう思ってます?』ニューアンスはすぐに分かった。
 氏はすべてを語ろうとする前に、もしボクと阿部の間に親交でもあった場合傷つけたくないと、心配して確認してきたのだった。
「いや、付き合いはありませんが、捕手としてのリードはプロ入り以降、進歩したとは思えないですね」と返した。
 すると
『そうでしょう。今シーズンの低迷は阿部の「リードの粗さ」によってジャイアンツ投手陣の防御率が下がってしまった。それが原因とボクは思ってるんです』と氏はサラリと断言した。
『あっ、打たれた。どうしてあそこへ(阿部は)投げさせるんだろう。』
『あ〜あ、さっき初球いきなり持って行かれたのに、また初球をアマく入るかなぁ。しかも同じ「真っすぐ」ですよ』

『それに対して、(広島の捕手)石原はいいですねえ。(打者を)しっかり背後から観察して、最悪のシナリオを避けるよう、万全のボールを要求している』

 たしかに必死にゲームを戦っているのは二人とも同じだろうが、ボクには『早くこの守備が終わって、次の自分の打順が来るばかり待っている』としか映らない阿部。
 それに対し『いかに相手のスリーアウトの攻撃機会を怪我することなく、どうやって無難にチェンジへと持っていけるか』と、工夫を練りに練ってミット構える石原。
 ボクには昨シーズン開幕直後から、どうしてもこのようなう姿勢の違いが目について離れなかった。

 後半戦、土壇場になってから阿部は主に打棒で試合のヒーローとなり、リーグ優勝の立役者となった。
 そのため、忘れっぽい巨人ファンにも助けられ、A級戦犯どころかリーグ優勝の原動力とまで持ち上げられ、責任追及もされずに済んだ。
 そのため彼の技術もまた伸びる機会を失ってしまう。

 忘れてならないのは前半戦の阿部のリードといったら、それはそれは戴けなかった。執念深くなく、意地悪くなく敵打者陣にとって”攻められている”圧力感じさせぬ『ただ後ろでしゃがんでいるヒト』でしかなかった。

 おまけに味方投手陣を盛り立てようと、鼓舞して見せるしぐさも気概も、あの背番号10のユニフォームが表現してみせる事はなかった。

 今の巨人軍は個人的批判をする番記者はすぐにフロントに呼びつけられ、ヘタすると出入り禁止処分を言い渡されるため、茶化しも「からかい」の記事もほぼNGである。
 そうした中で「建設的な批判」もいっしょくたに封殺され表に出ない…となるため、「あの選手どこへ行ったの状態」とか、「あの選手いつまであんなマネやってるの…」といった、幾つもの不可思議がまかり通っているのである(じっさい球団代表を軽くからかっただけの「夕刊フジ」への取材拒否などもう1年になる・・週刊新潮)。

 話を元に戻す。
 その阿部が後半戦のつばぜり合いの中、肩の故障で戦線離脱して、巨人は今回の(ノムさんの指摘するような)ラインナップでプレイオフの天王山を闘うこととなった。
 つまり、攻撃力のある阿部に代わり、鶴岡や実松という「正妻」ならぬ『二号さん、愛人A』などの”リード面だけ”の控え捕手で、不安を抱えて臨んだのは記憶に新しい。
 普通のチームであれば致命的な損失となるはずだった。

 ところがどっこい、彼らに阿部のような攻撃能力など見込めなかったものの、防御面では見事な合格点、いやそれ以上に投手らが技術を発揮して周囲を驚かせた。
 別に大それたことをしたわけではない、ただ単に(他球団捕手並みの)まともなリードで投手陣を活かしきっただけである。

 ただ例外的に、グライジンガーやグルーンは彼らのサインに不満のポーズをする”事件”も見られた。
 だが、前者は「性格的にネガティブな事象は他人のせいにするような者」だし(笑)、後者は「正捕手でない者」の指示を尊重できないと、ヒスパニック系が自信を失う局面で見せる人一倍チキンな性格がそうさせただけ…のことである。

 ノムさんやピアザ、ジョニー・ベンチならいざ知らず、捕手の攻撃力をアテにするなんて、よほど他の攻撃陣がショボいチーム以外考えられない。

 北京五輪を優勝に導いた韓国野球チームも、あの36歳だかのベテラン捕手が見事なリードで、相手には終始まともなスゥイングをさせなかった。
 また要所要所で韓国バッターは、振り回すというよりもバットの根っこでボールをこするように当ててきた。
 『流し打ち』という打球では決勝リーグ中ダントツのナンバーワンである。
 その結果、クリーンなヒットこそ少ないものの、手にしたら「イヤらしいバッティング」以外の何ものでもない。

 これは一種の犠牲的精神がなければ務まらないインサイドワーク。スターになりたい捕手はこうした短期決戦で滅私奉公(自分を殺し、皆に尽くす)など向いてはいないのである。
 今や現役プロ選手にとって、
『メジャーへの選手見本市』と化したWBC。知らないとは言わせない。
 どの選手も、メジャーからきたスカウトらの目を気にして、『個人事業主』らはいいところばかりを見せようと強打の連続。
 伝統的日本式フォアザチームのバッティングをスッカラカンに総忘れしてしまった結果、それが『星野ジャパン』の姿だった。


 広島のルイス投手が昨シーズン大活躍(最多奪三振王、他投手3部門にもリーチをかけたほど)を見せた。
 大した速さもない、またブレーキが素晴らしいといったロクな持ち球を持たないルイスという素材を、「緩急」「四隅のコーナー」と、を引っ張って結果を出したのが石原捕手の頭脳だった。

 それが証拠に、ルイスの奪った三振の内容というと、
『「見逃しの三振」が多い』といった特徴だ。「空振りの三振」は力のおかげといえようが、これは相手の読みをいかに石原が、はぐらかしてきたかという結果と読み取るべきである。
 (現在の広島というバックの戦力が気の毒だ。これが巨人や阪神なら間違いなくルイスは『投手四冠王』に輝いたことだろう)

 来シーズンも昨季並みの成績を残そうものなら一年契約だけにFAして、彼は11年シーズンから巨人(か阪神)で間違いなく投げることになるだろう。だが、矢野の受ける阪神でなければ、結果はスカのはずだ(笑)。

 ノムさんは重大な意見表明であることなど気にもかけない様子で、WBCのような短期決戦への安易な「攻撃力絶対主義」の陥る落とし穴について指摘していった。
 多くはOA分をご高覧頂くとして、氏の考えるラインナップはこうだった。

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捕手:石原 1塁:小笠原 2塁:片岡 ショート:中島 3塁:岩村 ライト:イチロー センター:青木 レフト:福留
DH:松中、村田
『このメンバーならどこからでも走れるし得点力もある。それに守備力もナンバーワンクラスではないか』

 個人的な考え方だが、先述のようにあの北京五輪では1番から9番の打者までが、大振りをしてしまい、短く強く鋭くといった俗にいう「日本野球流イヤらしさ」がどこにも見られなかった。
 それがあの「巨人軍次期監督を狙った監督サン」の目指した野球なのだろう。

 本来あるべき必勝のお手本は、あの金メダルチーム韓国が、前回のWBCで日本にしてやられたランナーを返そうとする”イヤらしい日本式野球”につき本家のお株を奪い、日本・アメリカ・キューバに勝ち抜いた結果なのである。

 競馬の必勝法というものはないが、勝負して負けた馬券を手にして、レース前の予想と結果をしっかりと復習してみると、意外な活躍馬の見つけ方や、驚くような予想法の角度が浮かびあがるものだ。
 何のことはない、韓国は前回WBCでの対日本戦の敗因をしっかり分析、学習したのだろう。
 今回のオリンピックでの戦法に結び付け、結実させたのである。

 たしかに「ジャマイカ」や「プエルトリコ」に「韓国」と、顔ぶれだけ見たらとても勝ち目はなさそうだけれども、「各打者を繋げさせずに打線を分断する(=ノムさんがヤクルト監督就任時にナインに向けハッパをかけたアドバイス)」ことができれば、原ジャパンは十分に勝てる戦力である。

 とにかくタカさんや中居さんというう芸能界きっての野球好きに、ノムさんという三人が顔を合わせてしまったのである(サッチーまで 笑)。

 おそらくは制作側も、今回のゲストでこれだけ盛り上がってしまうとは思惑の外だっただろう。
 さて、お楽しみはこれからだ。

 野球好きにとっての『WBCはどうなる…』決定版がまさかこの《うたばん》でやっちまうとは(笑)。
 さて、あのノムさんが考えた『WBC理想のラインナップ』をお楽しみください。

1月4日(日)  時効になった話(「白バイ」篇)  (^o^) まあまあ
 今朝の読売朝刊トップで報じていたのは「公訴時効」を廃止の方向へ
 というもので、殺人事件などの凶悪事犯には(DNAなどの科学的証拠など長期保存も可能になったし)元来行われてきた時効をなくそうと法務省が検討を始めたというものだった。

 やはりヒト一人の命を奪った者、それに対し奪われた者(や家族の気持ち)を考えると逃亡生活の間にいかに贖罪意識があろうとも、アンバランス感はその一定期間逃げ切ったから万々歳というのではつきまとう。

 ともあれ、アメリカでは州によって時効があったりなかったりはあるものの、それは市警州警など地方警察レベルの話。連邦政府の捜査機関FBIにははじめっから時効はない。
 日本的な「因果応報」という国民感情からも、捜査機関の負担増さえ解決するならばこの提案は賛成多数となるだろう。
 だが、広く国民が知っておくべきはこの日本でも「週休二日」が当たり前になってからというもの、慢性的な警察官不足は大きな課題となっている(休みが確保できないようでは定員確保もおぼつかないそうだ)。
 いきおい「超過勤務手当」などはロクに予算化されておらず、それをあちこちかき集めて支給して、初めて民間並みの「何分の一」かの報酬として陰で支給せざるを得ないのである。

 それが警察という自治体労働者の現実であって、それを指して世の人は『ヤミ給与』と呼んで指弾する。
 深夜にガキが騒いでいても苦情で出動した警察官の指示に従わずに騒ぎ続け、しまいに「こうしたものを出さざるを得なくなるんだ」と、銃を抜いて見せ、『世の中の道理』を教えた(笑)警官。
 こいつを今度はこのバカガキは親を巻き込んで、どういう神経なのかその警察署に被害届を出し泣き込む始末。ドあつかましい。

 そもそも、深夜徘徊の未成年で忠告も聞かないわけであるから「補導」すれば済むのである。
 そいつを勘弁してやったというのに、こうした人の心根も解らないクズどもになど、生き永らえて戴く価値があるというのか。
 またあちこちの教育委員会でも「不正だ」なんだ「不公平が、かんだ」とバカガキの親が一人前に苦情を云いつのる処理に追われて仕方がないと彼らは嘆く。

 このバカ親らというと、赤んぼだけは産むのは一人前という脳みそで、生まれても抱っこしながら赤んぼの顔前でたばこスッパスパ。ガキほっぽり出してパチスロだのカラオケ三昧。
 それでいて、まずは「ガマンのひとかけらも我が子にはさせてはならない…」が、驚くべきことにこいつらに共通した金科玉条というのがヘンなのである。

 まァ、かなりヒドい先公(や警官)も中にはいるが(笑)、とにかく生徒様とその親にしっかりあるもの、それはひたすら『我が子利己主義』。

 暑い寒いの『ガマン会』など催すならば、たちどころにできる、カンタンだ。
 公立の小中学校の教師・警察官らと、居酒屋などで楽しく酒を酌み交わしていれば開催できるのである。
 それで、彼らに寄せられる日常的な苦情や、クレームについて話して貰い、それを耳にしているだけで充分済んでしまう。引っ込み思案でシャイなボクにだって、まるで「拷問」である。
 お読みいただくのも苦行となるだろうから、具体的にここでは上げまい。

 昨日だって、教育委員会の職員さんから国籍だけは口にしなかったものの、某区に住んでいるガイジンさんの親は口をそろえてリクエストをよこすのだそうである。
 『この区でもっとも偏差値の優れた学校へ入れてくれなくっちゃイヤ』と(ギリギリッ)。
 まあ〜教育熱心ですことね、おほほ(ぶるぶるっ)。

 話題を正常化する(笑)が、おととい昨日と、テレビ界無策の象徴番組、『新春 日テレドル箱スポーツ企画・箱根駅伝』が、また今年も行われた。
 他局はどうして正月2・3日朝昼とこんな企画に奪われたままタダで丸投げしているのか。
 ちょっと面白い企画だったらこのひとり稼ぎから視聴率をかっぱらってこれるというのに…。

 それにしてもこの番組で毎年感心するのは、「神奈川県警の白バイのテク」であって、ここはかねてよりレベルが高い。

 白バイというと、じつは神奈川県警交機のみならず、地域の別なく、報道されていない死亡事故が昔から絶えない。
 不審車両などを発見・追跡の際にそうした事故は発生する。
 逃走車両に上手におびき出されるごとく、車間距離をひきつけられたうえで、思ってみない場所で突然の急フルブレーキを踏まれ追突させられるのである。
 スピードがスピードだけに、また、追突されてもあいては白バイ=バイクだけにテメエらの怪我など知れている。しかし突っ込む方はヘルメット以外は無防備。
 いきおい重大な事故に巻き込まれる。これは表面にでない”合法的な交通殺人””白バイ狩り”の実態だ。
 こんなくやしい殉職が未だにあるのは語られていない。

 しかもほとんどの場合、「追跡側の過失」とされて、クソどもに賠償金まで支払わされるケースなのである。
 同時に警察車両の複数が追跡していても追突は追突、いかな証人がいても『カマ掘った方が負ける』に決まっているのである。
 「危険だと思ったから停車させて何が悪い」
 「カーステレオの曲がうるさかったから、追跡(のサイレン)に気付かなかった」
 いくらそんなものが嘘だとわかっていても、せいぜい「注意義務違反」「交通違反キップ」程度で、死亡事故の原因=加害者とはならない。
 悪い奴らは果てしなく悪いのである。

 ともあれ、あの「箱根駅伝」眺めていて毒者諸兄は
 「なぜ、等距離でああして先導できるのか、不思議でならない」ので、昨日の夜も眠れなかった…という方もさぞかし多かろう(笑)。
 「そりゃあバックミラー見てるから」では答えにならない。
 やってみれば判るが、あの小さなミラーで距離感を一定に保つ…となると至難の業。
 遠くなったり近すぎたり、左にぶれたり右に寄ったり…となるのがボクらシロウト。

 答えは
 『バックミラーに、ランナー身長相当のセロハンテープを、タテに貼る』のである。

 「セロテープの幅」にきっちり収めて走る隊員。また「テープの左右どちらかに沿う」ように走行ラインを保つ者と、タイプはさまざまだ。
 これは神奈川の交機が始めたそうだが、駅伝だけでなくあらゆるVIP先導にテープがこうして役立っているそうだから、身近で見物できる機会があったら良い機会だ。
 そっと自分だけ眺め、はがしてみたりするとなお良い(オイオイ 笑)。

 ともあれ、ボクは20年も前にバイクライダーのため、基本的に
『ウチでしか手に入らない品々』ばかりを提供することでずっと支えられてきた(だから常にウチの広告とは文句がましい「意見広告」ばかりであった 笑)。

 その中で白バイ警察官の革上下服やブーツ、ヘルメットなどが含まれており、そうしたものを一般人に売る場合は「運転免許のコピーと誓約書」の提出と引き換えに供していたことがある。
 そのいずれの品も「思想の保守革新関係なく」(笑)、現場の警察官らが身体をかけて行きついた合理性や安全性に優れたものであるわけで、他意はなかった(笑)。
 したがって、ニセ警官を作ることなど許せないから制服などを売っても意味がないので売らなかった(エラかないけど)。

 そうした品々のお客様で、本職は高名な一部上場薬品会社の管理職氏が、ある日単独ツーリングにお出かけになった。
 そう書くと毒者諸兄の浅薄な部分は、これからの展開『どうやって捕まったのか』想像をいま開始なさったことだろうが、これが違うんだなあ。

 晴れた日のツーリングで高速道を、(あこがれてきた)白バイ警官のスタイルでさっそうと側道に下りてくると、目の前で人身事故が起きていた。
 『あ、大丈夫かな…』くり広げられている現場では、同乗者に支えられボンネットにグッタリしている被害ドライバーもおり、それを横目に、お客様はウィンカーを出して曲がって行こうとすると、えらい勢いで事故の加害者?とみられる男性から怒鳴られた。
 氏とすれば「ミンカン人」なのだから当然といえば去って行っても当然なのである。

 そこを
 『こらぁ〜!何やってんだ警察官のクセに』と加害オヤジから怒鳴られ、バイクの前に飛びだされ通せんぼをされたそうである。

 無理もない、白いレフレクターのついた皮手袋までウチで1万5千円で買って行かれた以上、その手袋で交通整理くらい直ちに開始せにゃなりません(笑)。

 一瞬、空気が片付いたところでお客様は
『すいません、応援を要請しますから』と声をかけ、交差点にあった公衆電話で「110番」「119番」へ事故の通報をするのであった。

 気にはなったけど、負傷者の方も「一応救急搬送しておけばよい」程度だったそうなので、双方に怪しまれないように、お互いの免許証などを交換させたりして(フツーそんなことさせない 笑)誤魔化し時間を稼いでいた。警察官なのだから(笑)事故を前にしたらあれやこれややらなくっちゃヘンである。
 このあたり大変だっただろうなあ、ミンカン人なのに(爆笑)

 冷や汗かきつつ、先様が相手に気を取られている目を盗み、氏はバイクにまたがるなりエンジンをかけた。
 そのとたんまたあいつだ!、加害者のあのオヤジが
 『あんたどこ行くんだ!』とまた怒鳴りつけた。

 お客様の革上下はただでさえ暑い。冷や汗が全身から出た。
 ウカウカしていると「通報」から刻々と時間は経っている、ここに間もなく警察が、ホンモノが駆けつけてくるだろう。
 いや、救急車が先に来たら最後、逃げられるものではない。
 そこへ警察が来たら「お前はなんだ?」ということになる…そうしたら『ワタシの、会社での立場はどうなる』という最悪の事態ではないか(笑)。

 ルックスだけでなく、人助けとはいえ、一応周囲の者を『ソノ気』にさせてしまっている以上、最低限「軽犯罪法違反」の色がかなり濃厚だ。新聞沙汰にもなるだろう。たしか『ニセ白バイ警官御用!』とバカ扱いされてまま送検された男の新聞記事を見たばかりではないか…、業務上”そうした新聞沙汰”なんて会社の信用ガタ落ちとなる。情況は死ぬほどにじつに(今風のポジティヴな意味ではない方の)ヤバイッ。

 とっさにこんな言葉が口をついた。
 『この先で、死亡事故が発生しました』… 「へ?」

 そして、ウチではなく(20年前で)10万円出して秋葉原で買ったらしい、ヘルメット外付けマイクに向かい、「電源さえ通じてもいない『ナンチャッテマイク』」だというのに。
 キリリと云うのである
 『これよりただちに現場へ急行します』(爆笑)

 振り向きざま、加害者へはこう指さしてこう決めつけたのだそうだ。
 『あなたはここを離れないでください。今すぐ警察と救急車が来ますから』
 フルスロットルで高速道に戻りエンジンぶん回し、自宅まで逃げ帰ったのはいうまでもない(笑)。
 さすがに愛車の”白バイもどき号”には、赤灯やサイレンまでは着けていなかったそうだが、心臓が飛び出すほどの逃走劇だっただろう。

 「ありゃ一世一代の一人芝居だったよ」と、両肩を下げてそう云った。

 じつはこんなタグイの話ばかりで、ボクの『前頭前野』はいっぱいだ。 
 考えてみたら何のことはない。
 時効がなくなってホッとするのはひょっとしてボク自身なのかも知れない(笑)。

 以下写真:毒者諸兄 あけましておめでとうございます。