【2008年11月】

11月27日(木) / 仕立てられた?プレミア価格  (^o^) まあまあ
 「クローズ」という漫画があった。
 10年前にその連載は終了し、今はその続編(と呼んでいい)「WORST」がバトンを受けた。
 それのフィギュアが発売されていた。
 そして、その一部は高値で取引されている。
 理由は、かつて発売された『限定版』エデションナンバー数。あまりに総数が少ないため、『だから』高い。

 先日、テレビ番組のボクの担当するコーナーで、ゲストとなった若手人気グループの一人が、彼のコレクションとして、このフィギュアを持参し「現在値」をボクが評価した。
 
 収録から放映と、無事にいつも通りに終わったがこのアイテムにはどうしても「引っかかるもの」があって、しばらくの間心の中で尾を引いていた。

 そもそも3年前だっただろうか、いやもっと前か、ダウンタウンの松本さんがこの漫画(月刊少年チャンピオン連載)の隠れたファンだと漏らしたことがきっかけで、なんだその『クローズ』って?ということになった。

 漫画としては「色恋なし(?)のケンカ100%」という、およそ新味のない異色学園ものに、それ以来メジャーが注目を開始、云っては悪いが『月刊少チャ』の連載というカナリ地味な存在に、いきなり全国区的スポットライトが煌々と当たり始めるシンデレラストーリーがあった。

 そのせいなのだろうか、昨年秋に公開された「クローズZERO」などは、その軸となるはずの漫画が終了して9年後だというのに、その映画が製作され発表なんて、かなり珍しいケースだろう。

 私事だがボクはこの漫画に別に興味はない。
 こうしたストーリー設定など別に珍しくもないからだ。
(昔は「月刊・少年の『ストップにいちゃん』」を源流に、『ハリスの旋風』にアレンジされ『男一匹ガキ大将』名作『男組』、『魁 男塾』あたりでお付き合いは終わった。)

 漫画の現場でもボクは仕事をした身として、こうしたテアイは世代世代、時代の流れに合わせ登場人物の風俗というか「今風のキャラ」を代入するだけでハイ一丁上がり!ってなモンで、作者や担当編集者も制作の立ち上げがラクな、いや「安易」でイケる路線なのである。
 だから各漫画誌を幕の内弁当にたとえれば、ちょうどこれなどは「紅白かまぼこ」程度の打順を占めるだろうか。

 いずれにせよ、「クローズ」だったら語源となった(作者=東北人)の『カラス(=英語でクロウ)』青森ねぶた祭りなどに割り込んで、機動隊とわたり合う連中の出没の方なら楽しみだが、この漫画の「鈴蘭高校」までくると別に自分には”臨場感”がない。
 この漫画はすべて他人事、あまりにパターン化された絵空事で終わってしまうからボクには意外性も感じられず、つまらない。
 だがこうした松本さんという人物からの意外なカミングアウトも手伝い、漫画「クローズ」がとてつもないヒット作品へと急上昇をはじめる。

 さてこの「クローズフィギュア」だが、それぞれに『春道』だの『武田好誠』だの、登場する主役級ツッパリ少年らのイキがったポーズにそれなりのファッションでキメ、フィギュアが小ロットながらポツンポツンと作られて、これが比較的良心的な着色と丁寧な作りに仕上がっている。

 そしてどれも初期はメジャーな資本が入っておらず、大阪の街なかの工房みたいな店が作ったため、いずれもそれなりの”味”が出ている。
 それが今回の収録中に驚いたのだが、司会陣まで『じつはオレも持っているんです』とゲストの品、さらに公表されていない『作者限定カラー版』までお持ちなのだという(それはカットされている)。

 始末が悪いことにそれら公開・市販されているモノの小ロットの限定版は、わずか「100体」「200体」の発売なのである。

 Nさんによる収録中のカミングアウトにより、どうやらこの「フィギュア発売担当者(か漫画制作側)」のいずれかが、ある時期以降、こうした『有名人に配る』ことをしていたらしい。
 ゲストの方も『K1の武蔵さんからもらったものだ』という。

 それが何のためだったのか、値付けする側のボクにはちょっと引っかかるのである。

 これだけ数の少ないものだというのに、フィギュアコレクターで知られる有名人の所有率が、ボクら一般人に較べて”異常に高い現象”がここにある。こんなアイテムの例など他にはない。これは不思議である。

 その受け取った『フィギュア有名人ら』への贈呈とは何のためだったのだろうか?
 「善意」だったのか「見栄」?または「プロモーション工作」だったのか。

 そんなことは知らない、ボクはそもそも所有したいとは思わないから、値段が高かろうが低かろうが、関心がない。

 だが、着実にフィギュアアイテム取扱店での価格は上昇を始めていた。
 この初期限定版の数字が『まぼろしの…』という飾り付け文句となったのではないか。
 それ以降、現在に至るもこの「クローズ」や「WORST」のキャラの版権はもてはやされた。

 特にフィギュアについてはどこか不自然な思惑が露骨に映ってならない。
 売る方も買う方も…、ボクがよくいう
「カネが好きなのか、品(にまつわる人)が好きなのかハッキリさせてから買いなさい…」である。

 それをこの一連のモノとなると、いちいち『〜〜限定』だの『抽プレ限定』だのと、先述のような「初期モノフィギュア」の持っている《プレミア価格》への思惑を演出(期待?)させるような、「付加価値」ならぬ『付加文字』がこびりついて離れない商法なのである。(他にも数多くコレモンがあり、責めているわけではないのだよ)

 いきおい、ボクなどのように心がすさんだ者などは、きっと賢い誰かがウラにいて、初期限定フィギュアを材料にこうした『プレミア市場』を人工的にあおったその上で、本来の狙いである後続の『フィギュア群本隊』をバッシバシ売りまくるという販売戦略を有利に運びたいのだろうと疑ってしまうのだ。

 つまり、こうした視界に飛び込んでくる「大層な結果」を目の当たりにすると、「ソラぁ良かった」とは思うけど、どうしても『プロモが成功したのか』と、有名人が多く手にしていることに『仕掛け』の臭いを感ずるのはマチガイなのだろうか?

 ともあれ、二年ほど前までならこの「クローズフィギュア(「初期もの限定版」とでも呼ぼうか)」は、中野などの《まんだらけ》や秋葉原などでも店頭で活発に売られており、売ったり買ったりによるプレミア価格のキャッチボールが続けられてきた。

 それに市販された限定版の中でも”常に最高値(=30万円)にまで取引値を上げていた品”も、ネットオークションを探しても、この近年は(ヤフオクでも2年前の)数回の落札実績だけ、それが最後(?)で途切れたままとなっている。

 これは何故か?《キャッチボールする》個体数が少なすぎて、おカネを出す用意がある者がいても、タマが途切れたことを意味する。
 つまり、司会のNさんや武蔵さんらのように、生活に余裕があって「売る必要がない」か、または「もっとイケる」と確信する層のお宅にあるおもちゃ箱にすでに格納され、凍結してしまった事を意味しており、株式でいう「『買い気配』のまま、値つかず」という商況というワケである。

 話を中段に戻そう。
 これがかの「漫画サイドorフィギュアサイドいずれかによる『工作』」による成果だった…としたら、まことに高等な吊り上げ技術だったなあと舌を巻く。

 だがあくまでも真相は判らない。

 ボクまだ、この現象につき
 『思ってもみなかった結果の高値オーライ』、つまり善意の結果説を捨てきれていない。

 それというのも、価格高騰に至るまでに、工作の時期と期間に対して「時間がかかりすぎている」という時間的現実だ。
 (フィギュアも漫画も)作者からすれば、ただ単に、良心的に制作を頑張ってきたのだから、できるだけ多くの目に触れて貰いたいと願って、見本を配りまくるなんてのは心情的に理解できる。無理もない。

 願望としての「これくらいの値段で売れたら」といった程度の希望というか、見込んだ値ぶみはそりゃああっただろう。
 だがそうした段階など、とっくに通過してしまい、途中からは《作品よりもプレミア価格のほうが好き》といった人種も参入して、荒っぽいキャッチボールにもまれ金額が吊り上がっていったのではなかろうか。

 それが「クローズ」の数種のフィギュアの現在値=40万弱から2〜3万まで。
 だが、それも「上げ気配」に変わりはない。

 そして冒頭に戻す。
 売られている価格=市況は、その取引例というか判例が近ければ近いほど確度が高い。
 だがこの初期限定フィギュアのように、これほどタマの取引例が遠く2年ものブランクがあると、それこそここでのボクの鑑定価格こそが、アップデートな「取り引きでの参考価格」となるだろう。

 コメントの重さを感じながら、ボクはあえて《2年前価格にわずかプラス》といった程度に評価額をとどめた。

 地上を離れ、現実をもっともらしく述べたくはない。

 だが現実の”問題”として、このフィギュアの未来を語れば、「個体数」がそのように『分子がどデカく『分母』が少なすぎ」と、大きくバランスが崩れているため、評価価格は高くて当然だろう。

 あえて追加のポジティヴ情報だけに、煽りをおそれて述べるのを自重したけれど、来春にこの「クローズ」、前作よりも大規模に映画化され、実写版で小栗旬主演プラスTBSの大攻勢で公開されるのである。

 これほどの好材料がありながら申し上げないのは勇気が必要だった。
 事実を申し上げて、『もっと高くなる』見通しも添えて絶賛しっぱなし(「テレビ的」にオイシイだろうが)にはしなかったのは、その高値となったそもそもの『出自』に、先出のごとくボクなりの疑問がどうしても消えなかったことがひとつ。
 それに二つ目は、品物の素性それ自体、総体的に『そこまで高値で取引されるべきモノ』かどうか考えると、ここはネガティヴに『市場には冷静な判断が求められるケース』だろうと考えた。
 ここは老婆心にのっとり、”投資家”に慎重な対応を呼び掛けたからであった。

 ともあれ、『アレ?不思議だな』と思う事がボク自身に起きた。
 いったい、「欲」というのもがボクにはないのだろうか?それが不思議だったのだ。

 というのも、この収録からオンエアされる放映日まで、幾日も日数はあった。
 だから儲けようという気があったら、それこそ《まんだらけ》でも駆け回ったり、ヤフオクなどで(出てないけど)初期限定フィギュアをかき集めればよかったのかも知れない。
 そしてそれを転売して稼げば良いのだろう。

 テレビでは申し上げなかったが、当『・・・日記』毒者諸氏には正直申し上げよう。
 ここなら、社会的影響は少なかろう。

 この今回の初期限定フィギュアには、『価値が上がらない要素が見当たらない(*)』。
 小栗旬がよっぽど悪いことでパクられるとか、上映中止とかエラいことになったって、来春に向けて価格は上昇するだろう。(註*:お前はバブル末期の長谷川慶太郎か! 笑)

 だが、「長期的に」といった観点については責任が持てない。

 確実に上がるモノ…と確信しても、ボクが無批判に買いに走って良いわけはない。
 「お金を稼ごう」という気は正直、確かに一般人なのだから、そりゃあある。
 だけれども、その「稼ぐという行為」を実行しようとする前に、ボクは踏み切れないものがこのタマには厳然としてあった。
 それは「『クローズ』のように、好きでもないモノ」を売ってまでお金を稼ぐ…といった行為は、生まれてから一度もした事がなかった。

 というのも、売る…それ以前に『好きでもない品』を仕入れというか、わずかの間でも所有する…なんて、どうしてもできないのである。
 そもそもそうしたモノに「お金を支払う」という自体行為が、容認できないではないか、フツー。

 だけどまだ、株式の「インサイダー取引」というモノなら、やってやれないことはなさそうだ。
 これなら「嫌いな品」などはどこにも介在しないのである、まったくバンバンザイなのだ(笑)。
 お金が、嫌いで嫌いでたまらないから誰かかっぱらってよ…なんて不届きな考えなどあり得ない。

 こういうのを「損な性格」というのだろうか(笑)。

 いや〜今回ばかりは、いいオトナなんだから、深〜くひとりニヤニヤしながらこの辺りについて、考え込んだのだけれども、結論から行くとどうやらその潔癖性などはウソらしい(笑)。

 ホントのところというと、ボクの持っている他のモノたちが、どうやら一致団結しているらしいのである。
 『(そんなモノ買うな)』と、このプレミアフィギュアの仲間入りについて、断固反対していたから…らしいのだった。

11月24日(月) / どこで取ったか「住民票」  (^o^) まあまあ
 「元事務次官連続襲撃犯」の動機が政治的テロでなく、どうやら粗暴犯に近い、あそこまでノーリーズンな理由だったと判り(笑)、胸をホッとなでおろしているのはこうした高級官僚諸氏、それに公安関係者なのではなかろうか。

 「エラい世の中になってきた」と心配したものの、どうやら杞憂に終わりそうだ。
 リストラされそうな運命にある、法務省公安調査庁などはむしろ”こんなん”で終わりガックリ来ていないか。

 いずれにせよ犯人小泉、こいつが何十年もこれだけ「他人との順応性に欠けていた遍歴」見せられては、「身代わり」「背後関係」「思想的背景」といった範囲までの仮説がすべてすっ飛んでしまい、その変わり者のホームラン王ぶりにはある意味スジが通っていたのではないか(笑)。

 それにしても、おとといの自首間際、さぞかし身辺整理などに追われていたろうし、また「連休前」だという忙しいタイミングにもかかわらず「住民票」を取りにわざわざ役所へ出向いて行ったのだから、このコイズミはなんと律儀なことだろう。
 ボクのようなルーズきわまりない部屋もデスクもロクに片付けられない男とは正反対のようだ(笑)。

 この住民票をわざわざ取りに行くという行動。
 何にこだわったのだろうかというと、おそらくは
「あの犯人は絶対にオレなんだからね。他の者なんかとは絶対に混同しないでよね」と、キッパリ一点の曇りもなく真犯人たらんとしようとした潔癖性がなさるワザ。確信犯の中の確信犯、コンクリートな仕上げしかあり得ない非妥協性からくるのである(はずだ)。

 その大それた《確信》が野良イヌのため…、という「おかしな価値判断を源流」にした集中力も理解しがたいだろうけど、ボクのように長年キチガイをやっている者に云わせれば、
 「常にそこに還ってくる…」的な心の中の原風景を絵にしてみれば、未消化の課題への執着が出発点となってその後に続く時間が、次にくるモーメントへスーッと物語は展開して行くはず…。だがそれは常人の想像する範囲での心象風景である。

 こいつにとっての心象風景とは「出発はするのだが、いつも”次の駅”に着くと見たような景色に戻ってきてしまう」といった、いわば「ラセン階段をいつまでも昇っている」ような人生になってしまう仕組みなのだ。

 この場合、コイズミが「殺されたイヌの仕返し」を昔から根に持つ、その責任者たる者は厚生事務次官という存在へと決定づけられる。
 その「事務次官」などという、あまり庶民とは縁のない立場の者が、世につれて近年次第に批判されたりマスコミの前面にも押し出され、それがまた世間から指弾されるような悪事を重ね、また重ねてくるとなると、このコイズミにとっての心象風景において、配役としての「厚生事務次官」は、もはや「イヌの敵」だけでなく自分以外の者からも恨まれている存在か?と、悪役度もグレードアップしてゆくのである。

 『なあんだ、オレだけじゃないのか。』ってなもの罪悪感は日に日に薄れていったのだろう。
 犯行にあたりコイズミが背負い、その背中を押したものは、ボクらが想像していたもの=『世間一般の持つ、社保庁ヤクザ行政への怨念』ではなかった(意外すぎ!)。
 こいつの背中には『気の毒な野良犬』一匹への報復心が、あくまでも第一義であって、パビリックエネミーとしての事務次官といった位置づけなんかシカトで、ワン公の方が絶対的主体として原動力を果たしたというわけである。

 ワイドショウなどでコメントする(「こいつホントに一課長」?)元捜査一課長とか、(「お前こそ変質者だろ!」の)犯罪心理学者だののワケ判らないその場しのぎの分析なんて、屁の役にも立たない。

 まあ彼は計算しての狼藉だったのだろうけど、これから始まる事件後の中心環はズバリ
『被告の責任能力の有無』へと集中してくるはずだ。

 今のところは弁護士選任もまだだろうが、事件の残虐性・反社会性からいって当然「死刑求刑」が予見される事犯だ。

 となると、おそらくはあの《光市母子殺人事件》最高裁差し戻し審において、露骨な引き延ばし戦術や公判欠席・(噴飯ものの)供述内容変更などという唾棄すべき法廷戦術をくり広げた、安田好弘弁護士を先頭にする《死刑廃止論弁護士軍団》が登場することになるのだろう。

 つまらない「死刑反対派」による引き延ばし工作などまっぴらだが、またそれとは逆の世論の7割を占める=”死刑執行官ら自身を無視した人権意識”による「容認派」にもボクは抵抗がある。

 願わくばみごとワンちゃんの敵である『悪いやつら(小泉 談)』を討ち取ったのだし、警察のダンナに迷惑をかけまいと、「証拠」一切に、住民票まで持参で自首してきたのだから(笑)、ある意味相当に身ぎれいな被疑者といえよう(呼ばれたからって嬉しくないだろうけど)。

 そこでどうせなら、ここでもうひとふん張りコイズミにして欲しい事がある。

 それはいうまでもなく裁判なんかすっ飛ばし、拘置所職員諸氏の手をわずらわせないよう、どうか自分自身の手で、自分への死刑を執行して欲しいと、切に願っている。
 (死刑執行は刑務所ではなくて、制度上、拘置所で行うものだ)

 コイズミさん、それで顔に似合わないあなたの極潔癖的執着心は、天にまで昇華出来うるのだと思うのだけど。

11月22日(土)  黒星を喰わされた大「ミシュラン」  (^o^) まあまあ
 ミシュランのグルメガイド「東京版」の08年版が出版された。
 またしても、行列して買い求める者の顔がニュース映像の中でズラリ並ぶ。

 限定版発行でもないのにこうした本の発売に時間を割き、並ぶ者の心理を考えてみた。
 おそらくはいち早く本を眺めて、そこに紹介されている店に予約を取り、混まないうちに賞味しようといういわば姑息な抜けがけがお好きな方々なのだろう。

 そのテーブルの向こうに座るパートナーというお方も、おそらくはケモノを銃で駆ってはむさぼりニヤリとするような攻撃的破壊型タイプの人間像のようにしか思えない。

 昨年の初発行時には、400人の列が東京の某大型書店にできたそうである。
 ボクはミシュランのガイドに鵜の目鷹の目で出掛けるような人間は嫌いな人種である。
 バカなんだと思う。

 ボクが飲食店で他人のテイストに意見を求めるとしたら唯一、
『接客態度の優劣』だけである。

 この本でお奨めになっていたとされた幾つかの店など、ボクの感覚には(ディッシュの飾り付けはともかく)およそマッチしない味付けばかりであった。

 それはそうでいいと思う。
 たまたま、ヒトは良いというがオレは違う。ただそれだけの話だ。

 テイスターとでもいうのか、まことに栄誉ある舌をお持ちのミシュラン調査員氏とボクは全く違う生い立ち。
 それにプラス、食事をしてきた歴史。料理を供する方々との出逢い(がどうであったか)、またボク流に注文をつけるならば、『調査員たちは尊敬すべき性格なのかどうか』が抜きがたくボクの選定基準となる。

 ヘンな話だが、職場でも学園でも『イヤな野郎』という者が必ずいる。
 あなたは、そいつのお気に入りの店やディッシュをそのまま無批判に受け止められるのかというと、(同席するかどうかなど別にして)「まっぴらごめん」というほうを選ぶ…といった、偏狭な考えに凝り固まっているのがボクなのである。

 いずれにせよ、料理は批評するために喰っているのではない。
 おまけにそれら出された料理を通じて、出した人々を、そのご努力に胸を打たれて尊敬すべき人間というものを知る機会にも恵まれてきた。
 それは誇りに思えるほどの質を頂戴できている。

 だから、自分の舌と他人の舌とがどうであろうと、もとより知ったこっちゃないのである。

 「ミシュラン東京ガイド」は無事に今年も出た。
 だがどうして『京都編』はないのだろう。

 断られすぎて、その「ミシュラン京都版」は取材を重ねていたにもかかわらず発行を断念していたのである。
(以下、朝日新聞京都版 2008年9月10日夕刊 から)

 見出し『京料理「☆お断り」  掲載に拒否や保留』  上田明香記者署名原稿

 「星の数の判断基準は。皿の上の料理そのものです」
 今年春、京都市内にある老舗の京料理店に。ミシュランの調査委員を名乗る人物が現れ、店主にこう話しかけた。ミシュランが得意とする覆面調査はすでに終えた様子で、写真の提供かカメラマンによる店内の撮影を求める承諾書にサインを求めた。しかし、同店はサインをしなかった。
 店主は「星」の評価を拒んだ理由について、「料理だけで判断する姿勢が気に入らなかった」と話し、「京料理は打ち水された玄関や手入れの行き届いた庭など、もてなしのすべてが文化。フランスの調査員が、我々の文化や伝統を学んでいるとは思えない」と不信感を募らせる。
************(「京都吉兆嵐山本店」の徳岡総料理長は受容派で『世界基準で勝負してゆかなければならないのだからミシュランという一つの基準で評価するのはフェア。星を一つもらったら次は二つ貰うように努力すべき…』といった主旨の弁) **********中略*****
 他の有名店数店でも、ミシュランは調査を進めているが、どの店も「各店が末永く共存していくことが大事で、一冊の本に優劣を付けられるのは納得いかない」「外国のタイヤ会社の評価を意識する老舗なんてないのでは」と違和感を抱き、各店とも撮影承諾のサインを拒否したり保留したりしている。
「ミシュランの調査は行き詰っている」(老舗の店主)との見方もある。
 京都府料理生活協同業組合の佐竹力総理事長は「数百年の老舗が駅伝とすれば、一年ごとの評価を気にするのは100メートル走。とても一緒には走れない」と語る。
 日本ミシュランタイヤ広報部によると、昨年11月発行の東京版を皮切りに毎年アジアから1都市を選んで審判を出す予定という。担当者は「いくつかの都市で可能性を調べている」と暗に京都での調査も認めるが、「京都版を出すかどうかは未定」と話す。
**************以下略**********

 この後にコメントとして「料理研究家 服部幸應」という、週刊文春に『(同氏は、名門料理研究家で知られる服部料理学院の創始者服部家一族とは)まったく無関係で、本名は別姓で、単に同学院の経営を後年引き受けただけの人物であって明白な経歴詐称。
 なんと「料理の鉄人」で同僚だった岸朝子さんも今回の本誌の取材で聞かされ『初耳だった』と絶句…した』と書かれそれを誌上でも認めた黒い詰め襟のおじさんの場合、こう語っている(笑)。

*********************************
「世界のグルメが和食を食べに日本にくる国際化の時代。観光都市・京都の名店がミシュランの評価をボイコットするなら残念な話だ」と語る。 
*************************
 なんとこの「料理学校を経営している…だけ」、の経歴詐称男はかかる京都の料理店に対し、時代おくれだ、「素直に批評されろ」と、カサにかかってこの記事でご高説を披露しているのだ。

 まぁ、考えてみればこのヒトにとって、こうした公然となってしまった「天下のグルメ」としての致命的な事実など、知ってか知らずか「料理研究家」として今ももてはやし、彼の(二枚目の?)舌を信用しては引き続き起用してくださる…マスコミの”あおり”こそがメシの種なワケだから、全体重をかけてでもグルメブームを防衛しまくりたい事情はワカる。

 だけどサモしい(笑)エラカない。

 だから、『ミシュラン』なんて、それこそ彼にとっては毎朝お線香を焚いて、お供えしてもお守りしたい浅薄なグルメブームの御本尊には相違ない(笑)。
 
 くれぐれも申し上げておくけれど、あの「ミシュラングルメガイド」の原点とは、広いヨーロッパをミシュランのタイヤを履いて都市から都市へと走り回るドライバーという、『はてしなき一見(いちげん)さん』どものために「次の都市へ行ったら、いかにてっとり早く美味い飯が食えるか」といったある意味『特殊な飲食店ガイド』。

 したがって、生活に根ざした常連さんであるはずの我々住民が、異文化からやって来た他人様の舌が、地元の店の料理を好き勝手に批評してはねじり出したそのランキング。
 そんな☆を押しいただいて右往左往させられる…などという、大それたシロモノではそもそもないということだ。

 先も述べたが、社会現象としても、ああした営利の刊行物に「列を作って待つ」という人間ってばかなのだろう。
 それも嫌悪感を通り越して、ボクには「虫以下」の原生動物にしか映らない。
 この『水戸コンドリア野郎』とか(笑)

 知ってか知らずか『一見さんはお断り』とやんわり入店を断る伝統のある京都に向かったご老公一行。
 ミシュランという印籠出そうが「先の将軍…」と名乗ろうが「レッキっとした一見さん」にはかわりなく、あっさり拒否され敬意もクソもない(笑)。
 あるのはカネと権威だけ、そんなカッペな一行(笑)を相手にして、「供する物や接客」とは欲得ばかりではならない…といった飲食業ほんらいの意気地を、地域タバになって胸を張った頼もしさ。
 
 こんなに痛快なことはめったにない。

 「ミシュラン撤退劇」の意味など半分も理解できないだろうが、京都の名店が申し合わせたわけでもなく店から追い返したのは、なにも「ミシュランの調査員ら」だけではない。

 じつはその背後に隠れるようにズラズラと行列して、「判断は他人まかせ」で構わないといった『「味覚という教養」のない』グルメブームに踊らされるバカどもの一連隊もろとも叩き出されたに等しい。
 拒否されたのはむしろそうした彼らブーム支える総体なのである。

 ボクはこうした原理主義者みたいな京都の飲食店の方々(笑)に、我が手の平が破れるほどの喝采をお送りしたい。や〜い、ホントにいい気味なのだ(笑)

 さあて、今日も元気だモツ焼きがうまい。

 写真下は伊勢市内:野口みずきちゃんも食した店だ。目立たないがその下部 文字列「bihusteak.jpg」はなにもスペリングミスではない

 bihusteak.JPG

11月19日(水) / 誰なのか、《あの仕置き人》  (^o^) まあまあ
 先日ここで紹介した、週刊現代スクープ=消費者省大臣の野田聖子陣営による(とみられる)、ご当人の岐阜一区事務所放火窃盗自作自演事件だが、センセイショナルな内容なのに、続報が出てこないという不審な動き(笑)をウラからみると、おそらく捜査陣はかん口令を敷き、何らかの正式発表が出来るまでのわずかな詰めを仕上げる段階なのだろうと読んだ。

 あ〜楽しみだ、何しろ現住建造物放火物放火という天下の大罪がかかっているし、なによりそれが政治的事犯という面白さ。

 ところで昨日の火曜日に大きな事件が起きた。
 『ついに』こういった事件が起きたのか…という感慨だ。
 何か大きな流れが始まったのだろうかと、内心心配でならない。

 思えば似たような胸騒ぎをしたのが8年前のあの事件。
 2001年9月11日の深夜、23時頃NHKの速報映像で、NYのWTCビル1棟が炎上しているのを見て、(「飛行機が突っ込んだ」との目撃情報もなかったため)CNNのアナウンサーなどは繰り返し、これは事故だ火災だ…と説明しているのを聞いて、それとは別にボクは違和感をいだいたものだった。

 「爆破か」「これはテロではないのか」そう直感したからだ。

 ああしたビル火災でてっぺんの方が燃えるケースは少ない。
 それにWTCの場合、スプリンクラー設備が必要以上にしっかりしたビルであること。

 それより何より、
@NYにあるイスラム原理主義の教会神父がそれに先立って、マンハッタンとニュージャージーとを結ぶ河底トンネル爆破を綿密に計画していて、FBI潜入捜査官によって未然に逮捕され未遂に終わった事件。
@また、他でもないWTCビル地下駐車場をねらった放火攻撃があった。
 WTCはそうしたアメリカ帝国主義の象徴として、ナンバーワンクラスの「攻撃目標」とされていたではないか。

 ニュースマンたちがそこへ結び付けずにしきりと「事故だ」と繰り返すのはバカげているとそう感じた。
 すると間もなく、云わないこっちゃない、燃えていなかったもう一棟の上部でガラスがキラキラッと一瞬とび散り、ドカンッと赤黒い炎があがったではないか。

 ウチでは小学と中学生だった息子らが眠りに就こうとしているのをボクは止めて、テレビを観るように言った。

 「もう一棟が炎上したことで、これは間違いなく事故ではなく、事件だ」と教えた。
 意図的でないと、同じものが左右対称に”事故が発生する”なんて考えられない。
 TV画面内の、原因をめぐるアタフタ判断などはもう要らない。

 『お前たち、よく観ておきなさい。これは歴史上で重大な事件となるだろうから、よく目に焼き付けておくように』子供らは唖然として、なじみの深いアメリカの現実に目を凝らしていたものだった。
 ひと一人の人生の中で、「歴史」そのものを同時進行的に目撃するなんて、めったにできない体験だろうからだ。

 バカな兵庫県井戸知事ではないが、これを「目撃できるチャンス」に相当できたのかも知れない。
 だがこの事件後、ボクら親子はこの被害者や支えようとしたアメリカ国民の姿を前に、『いざという時は自分らも』と、身を固める契機となったと感謝している。
 (この場合の「契機」はオポチュニティと対和訳すべきで、チャンスとは当てるべきではない)

 そして世界の歴史は動いた。
 それから約10年を経て、大統領がオバマさんになりこの戦争を収集する方向へとダイレクションを180度変える。

 それに地球温暖化阻止を約束したクリントン前大統領の決定(京都議定書)をブッシュは簡単に破って世界を敵に回したものを、オバマ氏は『明らかに誤りだった。就任後はさっそく世界のリーダーシップを私がとることになる』」と世界に向けてゆうべ謝罪していた。

 そうして大きく世界情勢は変わろうとしている昨日今日…。
 だというのに、それと入れ替わるように日本国内では、国家的不正をおこなってきた責任者らをターゲットに、直接責任を取らせるといった原始的テロリズムが首をもたげることとなった。

 朝、川口で夫妻が亡くなっているのが発見されたニュースが流れた時は
「まさか…なあ」と思っていた。
 WTCの火災(?)を見た一方への時のようだった。

 それが赤坂で《うたばん》の本番収録が6時前始まって、2時間後だったか終了後タクシーで乗り付けた宴会の席に点いていた、NHKのTVニュース画面チラリと目をやると、
 『速報:元事務次官夫人重傷』となっていたので、
「(なにが速報だよ)」と『(あ〜朝の奥さんは無事だったのか、よかったなあ)』と思っていたら、これが二度目の事件発生と聞き、ぶったまげたわけである。

 WTCの二棟目の炎上と同じようだった。
 『これはテロだったのか』『これは政治的な闘争だ』と、うめき声をあげた。

 犯行で実行犯が「云わんとしていること」は良くわかる。
 ボクはひんしゅくを買うだろうが、この犯行の動機(?)は理解できる。

 「理解する」とは、それを”あげつらう”のか、”批判する”のかとは別の『ワカる』である。

 『次官』という民間人としては最高出世の役人とはどんなモノなのか。

 防衛省のあの《事務次官》の場合に例を待つまでもない。
 世界一の赤字国家の予算から、なけなしの国費=防衛費をまるでテメエの金であるかのように抱え込んで豪華ゴルフ接待やら小遣いは欲しいまま。
 はてまたデキの悪い娘の留学だって、裏口推薦状付き現地ガイド付きの丸抱えVIP待遇(=接待)をさせてはばからない。
 セコいことにゴルフの道具まで買って貰い(笑)、そうして選んだ覚えめでたい業者のへ売り上げと、血税を右から左へサジで分け、ワイロ行政をほしいままにしてしまっていたのは覚えておいて損はない。
 不思議なのは次官の一応「上の立場」である大臣ドノ、あのいつもカネの疑惑を背負って生きていると悪評フンプンの、”あの久間防衛庁長官”ドノはすぐ脇にいたというのに
 『一切もらっていなかった』との司法的決着。

 ついでだけれども、「ホントかよ〜」と訝しさは残る。

 守屋は逮捕→起訴後、情状酌量をねらって退職金の7000万円を返納すれば「実刑判決は免れる」と計算したのだろう。
 現役次官当時、(時間の)『奥様を取り巻く会』まで作らせ君臨していた「ゴルフが亭主よりうまい」と評判の、その尿房(夫人を先にパクっておいて、”人質”にとっておいて亭主逮捕は巧かった。尿房は積極的自供と引き換えの早期保釈・起訴猶予とは実質上の「司法取引」だった)。

 守屋はこれでも、防衛庁のトップとして自身を「国士」を名乗って見せ、その陰で公金を私していたのである。
 それでその男が恥を満天下にさらしたうえ、『国民や省庁の後輩にも申し訳が立たない。裁きは甘んじて受ける』と、法廷で涙まで流して謝罪をするという(その実=情状酌量にコビ売った)パフォーマンスまでオマケに付けて減刑工作をするのであった。

 ところが、いざ判決が「実刑」と言い渡されたとたん、こいつがやったことはなんだったのか
『懲役一年の実刑を甘んじて受ける』のではない。
 弁護士通じ述べた事といったら
 「7000万を返納した。社会的責任も、辞任によって果たしたはずなのに、そのうえ実刑とはあまり過酷」として、《上級審への控訴》だったのだから国士ではないボクなどでさえあいた口がふさがらない。

 国民に謝っても謝りきれないというのだから、司法の判断を国民の声として受け止めればいいじゃねえか。
 裁判長だって「そこまで云ってくれるのなら」と、お言葉に甘えたのだろうに(笑)。

 国家公務員上級資格者試験という、『キャリア』組選抜試験合格して各省庁に配属されるエリート組。
 その年度の中での『最高級の出世』した者がこの「事務次官」というゴールにたどり着く。

 今回被害に遭った厚生省事務次官ドノも、その『XX年度組』のトップだったのだろう。先の守屋とて、防衛庁配属の同じくトップだったワケである(それを守屋は4年も在籍したことでヒンシュクを買っていた)。

 今にちの年金問題、社会保険庁のバラまき無駄遣い、結局札束をばらまいて捨てただけだった厚生施設の膨大な赤字。
 (この人物だけではなかったが)行政上のあらゆる乱暴狼藉ほしいままにした最高責任者だったことに、国民のだれも異論はないだろう(もっとも殺すこともないだろうが…)。

 さらに退官後、早速外郭団体なるものに天下り、週一回午後からの出勤(?)だけで毎月100万円余りの給料をかっぱらい、2年間で退いて退職金は2000万円。
 (使った交際費などの経費は別!)

 それでいて、今回の国民的な怒りを買っている社保庁の問題が追及され、現役当時の旧悪が露呈していくら元凶探しで騒いだって
 心やさしい「人権派マスコミ」によって、一切の指弾や追求を受けないで済む位置にまで、今回の「二次官」らは逃げ切り勝ちを果たしていた者どもなのである。

 怒れる国民らは、これらの問題の真の責任者にいつまで経ってもホコ先がたどり着かないのを切歯扼腕していた矢先の事件だった。
 ボクは今回の(特に奥さんという)被害者らへの痛みは解ってやりたいし、同情もしたい。
 それはヤマヤマなのだ。

 だが、ちおっとまだ違和感がある。

 彼ら直接の被害者、それよりももっと被害をこうむっているのは(「国民」もそうだが)、現在の社会保険庁や年金担当の部局に籍を置いている職員諸氏ではないのだろうか。

 彼らも生活のため辞めるに辞められず、とてつもなくおかしな制度によるゆがみ、(大きなものもあるが)ケチな円単位の間違いにさえ、クドクドと毎日毎晩追及をされても、おそらくは『日本一イヤな職場』へと出勤しなければならない…という宿命に泣いているのである。

 それら末端の職員が気の毒で、悪いけど被害者への同情は後回しにせざるを得ない。

 そりゃ年金を受ける方には生活がある。
 だが、彼ら職員諸氏にだって生活がある。
 それだから連日連日やってくる”国民”による手を変え品を変えての追及や苦情に、息をしている間じゅう耐えながら、「お説ごもっとも」という言葉しか今は許されず、地味に生きているのである。

 ボクの頭の中では、殺された事務次官らは被害者である、(奥さんはゴルフやら「囲む会」もやっていたかもしれないが、)この国民的問題での主犯格的な加害者である。

 だけれども、重ねていうが上記役所の職員らこそもっとも気の毒な被害者ではないのかと同情したいのだ。

 彼らが敷いたレールや悪習ではないと思う。
 その敷かれた鉄道に乗って無批判に職場へ通っていただけ(「働いていた」などとはさすがに云う気はないけどね。)なのではないか。
 元をただせば営々とナマケ者体質の省庁で、国民よりも「より省益へ」と合理的なシステムを構築して、次官らは鉄道で例えれば「レールを敷き、豪華すぎる無人駅や、走りもしないこけおどしの列車まで飾るような鉄道」を作るためバカな金のバラまきをした…、それが今回の次官ドノが天下だった頃の話なのである。

 上意下達(じょういかたつ)、あの役人社会ではいくらおかしな慣例でも、先人が作った以上、後進の者には、政治家の手伝いでもない限り、それを改革するなどは不可能な話なのである。
 それが「日本お役所的慣例」というヤツなのである。

 それから出たアクとカスによって今となっては後戻りできないほどの悪習がガンへと転化。
 いかな名医でも取り返しがつかないほどの、慢性的怠慢による信用失墜。
 それが生み出したうす汚い花は、破産状態となって後から後から開花して今日の事態となってさらけ出されているわけなのだ。

 今日の社保庁、年金行政の窓口で同情をしてくれる国民の声などはゼロである。
 毎日毎日悪罵を投げかけられるだけの現場の職員なら、この事件について簡単にこう云うだろう。
 「因果応報…」と。

 ところで昨日は首相官邸に、危機管理のエキスパートが集まって協議を情報交換を重ねたそうである。

 中野の婦人刺傷のほうで、実行犯は血を踏んで100メートルも足跡を残しているところをみると、政治団体とか背後関係はなさそうだとみる。

 というのも、複数犯なら目立たない場所で実行行為者を車の中へと回収し姿をくらますだろうし、政治団体なら確実にこうした連携で、この”闘争”を計画・実行するだろう。

 だから単独犯なのだろう。
 判らないのは前日の1件目で元次官と夫人が玄関先に出てきて、それぞれ靴下のまま。
 それがそこで絶命している事だ。
 かなり巧妙に、二人を油断させられる(空気を)作ることができた者だったのだろう。
 それが普通ではない、異常だと思う。

 「宅配便を装った(だから判子が落ちていた)」というが、二人ともが『受け取りに出る必要』があったのだろうか。
 誰かがやってきて、元次官殿が玄関先にまで出て出迎える…というのは、仮説としてもしかすると《夫妻で出迎えなければならない相手》だったのではないかと推測することもできるし、またそうとなれば犯人像は極端に絞り込める。

 それにしても、二人が玄関先に揃っていたところを犯人がまず刺し、「もう片方を」となれば、室内または玄関を開けて外部へ逃げたりするだろう。
 靴を履いていない二人が揃って玄関先で絶命というシチュエイションは説明しにくい。

 そうした状況説明は「マル害の《足の裏》」が語るのだろうが、それは最後まで捜査情報の機密にしておく材料となるのだろう。
 それにしてもこの点だけはどうしても不思議でならないのだ。

 それにしても2件目でこの男は大きなドジを踏んだ。
 「血を踏んで足跡をこれだけ長く遺した」事も大きかったし、年齢や外見を夫人は証言できて大きな収穫だった反面、彼には大きな失態だった。

 思い出すのは時効寸前の「世田谷一家4人殺人事件」で、殺し方が鮮やかでためらいを感じない軍人のように手慣れた?容赦ない刺し方。
 それから血を踏んでスニーカー底跡を残している点で二事件は共通している。

 今は昔ほどシューズが売れないから、スニーカーの1品種あたりそれほど数量が出回らない。
 そのため、簡単に品種が特定できるし、販売店も容易に絞れるはずだ。

 だが、遺留品が多いという事が必ずしも早期解決に結びつかなかったことも事実だ。

 今後おそらく、犯行声明は本人が出すだろうし、どうやら一匹狼的なカン違い野郎(?)といったボク流のプロファイリングからすると、かならずそうした犯行声明は「インターネット経由」で出されるのではないかと睨んでいる。

 ここまで各マル害の自宅住居を把握している犯人。
 また、一気に連続して、主張をアッピールするように犯行を重ねてみせるという事は、この者が長期にわたり、彼らへの怨嗟や追及めいた意見を発して、それへの同意を他に求めていたのではないかとボクには容易に想像できる。

 となれば、それらの前触れ(主張・表現など)はネットという媒体で、すでに書き込まれたりして現われていたのではないか…と診てよい、そうボクは合理的に推理する。

 ボクが指摘するまでもなく、全国の捜査機関は昨日の事件発生後、すでにこうした書き込みを求めて検索しまくっていることだろう。
 それに、こうした年金・社保庁問題をめぐり、過激な発言などをもっぱらとする者のマークをとっくに始めているだろう。

 この事件の再発防止や警護、検挙に向けた捜査体制は、目に見えなくとも、ボクらがいままで想像できていた以上に大規模な警戒体制で、総力体制で臨んでいるはずで、犯人像が浮かび上がるのもそう遠くではないように思える。

 それにしても鼻白むのはマスコミのマイクに伝わる近所の者の言葉だ
「いい人でしたよ」「まさか恨みをかうような方じゃなかった」…。

 そうだったのだろう。
 だがボクは彼らには冷めている。

 おそらく各ご次官ドノも
『国の将来のためを思ってやったのが、あの「社会保険庁の改革」「年金による事業投資の拡大」だった。あの「基礎年金」だって、みんな私らがやった成果なんです』
 こうした(本当の)自慢だけは、ご近所にだけはしてこられなかったのではなかろうか。

 人に恨まれるようなことはなかった…というのは、社会的評価としてはさすがに妥当ではなかろう。

 ともあれ、こうした《直接的責任をとらせる》ことがこれ以上続きませんように。

11月17日(月)  寒波がやってくる前にお願いがあります。  (^o^) まあまあ

 東京荒川区の近所で、気の毒な捨て猫を見付けては私財を投じて、保護のうえ避妊手術などをほどこしてやり、さらに日々、引き取って下さる里親探しをなさっておられる(頭が下がります)Aさんから、当方にヘルプ要請がありましたので、転載させていただきます。

 寒さに凍える前に、この世に生れてきて、『(けっこうニャンゲンって温かいじゃん…)』と思ってくれたらというお方がおられましたら、どうかその旨をご一報(通販用代表番号で構いません=03−3895−8463)を賜れましたら幸甚です。

 これからの季節、フトンの中で安心して眠りにつくあたたかくて柔らかい仔猫のヒーリングタッチが、あなたに最高級の眠りと安らぎを与えてくれるはずです(通常の猫好きはここからバカになってゆく 笑)。

Aさんからの要請:

 工場に閉じ込められたまま、みかねて隙間から餌を入れてあげていた猫2匹。

 その隙間が突如閉じられ、このままでは死んでしまうと、みな心配したうえ区役所を訪問。
 事情を説明の上、罠をしかけ4・5日後。

 餌を食べてなかったとみえ、二匹とも無事救出いたしました。
 シャムとチンチラ系雑種のオス、メスです。(生後3,4ヶ月位?)

 広い工場で寄り添って生きていたみたいですが、とてもかわいい子達です。
 元に戻してしまうとまた工場に入ってしまうとおもわれます。

 出来れば飼い主をさがしてあげたいとおもいます。
 「虫下し」、「フロントライト」、「シャンプー」済です。

 いつも申し訳ありませんが皆さんのご協力をお願いします。
 かわいい子に手をおかしください。
 宜しくお願いします。

 写真は保護されている二匹。
 すごく賢そうで「良い顔」をしています。
 ちなみに、後ろ足まで映ってフサフサ僕のような手並みをしている方がメスです(笑)
(写真を開くのに、1匹目の下にわずか「grey2.JPG 」としか表示されていないのですが、ここをクリック!なんです)

 どうか、本格的な寒波が襲来する今のうちに、ひらにひらによろしくお願いします。

 grey2.JPG

11月8日(土) / 笑わしよんなあ政治家サンよ  (^o^) まあまあ
 やっぱり大笑い。

 「チェンジ」っていうわ云うわ。大流行り(笑)

 老婆心ながらああして、誰かが『〜〜しそうだ』とあらかじめ云っていたら、その通り、そのままに行動してしまうなんて、なんとまぁ恥ずかしい事だろう。サルみたい、いやサル以下(笑)。

 きちんとひとり一人に脳があって、それなりに個々別々の思考があるというのにちっとも個性がない、自由さというものが感じられないなんて、かなり虫に近い「習性」みたいなもので勝手に動いてしまっているという証拠。

 ここで一句

「『チェンジ』って テメエのことだよ 代われって」

 そうなのだ、ここまで国難と云って良い情勢(?)だというのに、アメリカの一政治家あたりが云ったフレーズをそのまま「キャッチコピー」して、自民や民主の連中がサモサモ得意そうに胸張って『チェンジ』だなんて口パクをやりやがる。

 テメエらこそが今こそ過去の失政を猛省して、多くの課題を変えて行くと、国民から待たれている事にちっとも自覚はないし、気付いてもいない。

 公明も創価学会も感覚のおかしさがモロ露呈しており、「裸の王様」となって笑われていることに気付いていないらしい…、定額減税ならぬ「一人1万2千円」もつかませておけば良いといった選挙対策はどんなものか(笑)。

 つまり、生活に困っている人々など、連中の視野には一人も入っていない…ということだ。
 いや、入れていたりしたら面倒くさいから「入れていない」のだろう。
 本来政治とは「困っている人を起点に」して考えて行う理念でなければならないはずだ。

 だいたいナメられたものではないか。
 何かのアンケートでいっていたけれど、

 小学校高学年児童が『祖父母から貰うお年玉の平均金額が10000円』なのだから、
それを『お困りでしょうからハイ、12000円』とイバられちゃあ、ボクらは悲しゅうてたまらないのである。

 ともあれ、これからの選挙『世襲議員』という輩にとって、ネガティヴな集中砲火を喰らうことになるだろう。

 福田康夫、安倍シンゾウ(正しい変換がめんどくさい)、赤城バンソウコウ、中山成彬、太田誠一(たぶんそうだろう、どうせ落選だろう 笑)、石原慎太郎(「弟依存」)などなど。

 あ、鳩山サン、「邦夫」もそうだが、由紀夫サンよ
『(福田辞任受けて)いかにも二世議員らしい終わり方』と、民主党幹事長談話でヤスオを軽蔑していたのを耳にして「そうだそうだ」と共感していたが、翌日ボクはふと気が付いた。

 テメエらんちはどうなんだよ(笑)、元首相の息子さん(笑)。

 小泉さんも同じ二世議員だが、自民を壊そうとしただけボクは評価している。
 あの改革を経済面で進めてきた経済担当の『竹中平蔵慶応大学経済学部教授』を指して、おなじ学部のタレント教授、金子勝が
「改革を小泉内閣が途中でおっぽり出して逃げたから、今日の日本がメチャクチャになったのだ」という論理を公然と展開している。

 同じ大学の学部仲間というのに、ずいぶんと彼らは仲が悪いようだ。

 現状分析としてはそれで金子教授は正しいのかも知れないが、はたしてそうだろうか。
 ボクらの感覚で行くと今の日本をもっともっと悪くしているの元凶とは
「改革すべき点を、バトン渡されていながらそれを打ち消そうとしかしていない旧態依然たる与党とクビつながったと安堵する官僚。それ以外にはないのではないか」

 文章だってそうである。
 どんな名文だって、筆者が『最後に終止符を打っておいてよ』と(編集者に?)託していたのにそれが成されない』としたら、いつまで経っても「文章は不十分」とのそしり受けたまま完成しないではないか、それと同じことだ。

 おそらく金子勝サンって竹中に先越され、小泉内閣に登用されなかったための個人的ヤッカミがあるのだろう。そうとしか思えない。またそうだったとしても、天下の慶応教授、表の門外漢からそう読まれてはカッコも悪い。

 残った守旧派らが小泉内閣の功罪をエラそうに問う前に、まず終わらせてほしいのが「役所の不正と経費削減」である。
 ボクら国民の大多数は
 『早いトコ、「金のかからない政府」を作ってよ。その上での消費税増税談義なら応じるよ』
 こういう事でほとんどの世論は納得するのではなかろうか。

 それに手をつけないまま、何度総選挙をやっても、また1万2千円ポケットに無理やり入れられても(笑)、いつまでもそのツッコミは死なないまま、政府と与党を(民主政権になったとしても)追いかけてゆくことだろう。

 最近のTVを仕事場にしているケーザイ学者には気付いてみると、意外とこうして現政権与党の所業をタナに上げて、『小泉は途中で投げ出した』という乱暴な斬り方でまとめているご仁が目立つ。

 あくまでも「それが正しい道」としたのだから、改革も減量化も一刻の猶予もしてもらっては困るのだ。
 ボクら国民は死活問題なのであって、いつまでも永田町や霞が関に巣食う、カネのかかる扶養家族などを甘やかせ、飼っている余裕などないのである。

 そりゃあ彼らケーザイ学者にとっては、大宅映子のようにカネの貰える政府諮問委員志向もあるし、「お高い講演料」の保障される政府与党という「潜在的クライアント」諸氏への批判をするワケにはいかんのだろうが、まことに情けないかぎり。

 閑話休題。
 先週書いたアメリカでの爆弾事件での「政治謀略」だけど、今売りの「週刊現代」が面白いネタをすっぱ抜いている。
 あの野田聖子センセー(消費者担当大臣)の岐阜1区事務所が、昨年8月10日、深夜何者かに放火されパソコンが持ち去られ、帳簿類が焼かれ、また念が行ったことに室内を撮影していた防犯ビデオのテープが持ち去られるという事件が起きた。

 その当時ここの岐阜1区の自民党支部長は佐藤ゆかり。
 放火されたのはライバルの「野田聖子事務所」という舞台装置。

 当時選挙区内中心に佐藤にまつわるスキャンダルをコピーした週刊誌記事のビラが何者かに撒かれたりするなど、たびたびその暗闘ぶりが報道されていた「戦線」でおきた事件だった。

 これでいくと、いかにも『犯人は佐藤陣営』との疑惑がバカにでもわく。
 このニュースを見ながら、ボクは家人にも
 「ずいぶんとアヤシイ事件だなあ」と笑ってみていた。

 この時点から、仮に佐藤陣営の新たなスキャンダルなどがマスコミにリークされるようならば、その犯行は佐藤の側によるものだろうし、もし「このまま」ならば野田側にばかり同情も集まり良い事ずくめ。

 だからボクは「順当なら『野田側の自作自演』」と解説していた。

 室内に侵入した犯人がやったことは
@野田後援会にまつわる帳簿類を焼いたり持ち去った
@(おそらく数字的データも入っている?)パソコンを3台すべて持ち去っている
@防犯ビデオの親機(の位置を知っており)から、中身のテープを抜き取っている
@油脂類を持ち込んで放火しているのに、”肝心の”事務所全体を炎上させようとはしていなかった

 今回の記事では、週刊誌記者がよくやる手法=地元警察番記者の協力を得て、事件後の捜査陣の動きをよく把握しており、新しい事実として明らかになったのは
@上記の特異な犯行態様
@第一第二の容疑者が野田の地元担当の秘書と経理担当者。
@それぞれが捜査本部からガサ入れを受けている
@事務所に出入りしてきた地元の『政治新聞』記者2名も事情聴取を受けている
@この記者らがそれら事実をあっさり認めて、捜査側の狙いが「野田サイドにある」ことを証言した

 ここで今からあれこれ憶測などボクが書かなくとも、いずれこのスクープは表舞台に引きずり出されることだろう。

 こうした手のつけにくい立場の者たちに、家宅捜索令状を裁判所がハンコを捺したという事は重大で、発布にふさわしいとするだけの証拠を捜査側がその時点で(すでに入手し)提出したからである。

 毎日のように噴き出る「産地偽装」「偽装表示」の問題で、野田消費者相に番記者らが意見を求めて集まるニュース映像を見つめると、心なしか野田サンも、どこかウワの空にしかみえないのはウガチすぎか。

 あの活字情報を他のメディアが放っておくことはないだろう。
 「佐藤との女の戦い」「公認争い」「小泉チルドレンの今」…などなど、無責任にボロッカス扱いに落としこめるキーワードは山ほどある”事件”。
 シビれるぜ(笑)。

 それにしても、単なる『政治資金裏帳簿のもみ消しを狙った放火(=8月10日とは「事務所費問題」での身体検査として各議員からの帳簿提出期限だった)』とはいえ、ああして火を放ってしまったら最後、
『現住建築物放火』として、最高死刑まである重罪中の卑劣きわまる重罪。

 それだけに警察もナアナアでは済まさないだろうし、もみ消しもさすがに不可能だ。 

 ウレしいなあ〜これでますますボクの野次馬根性は、とどまることを知らないのである(笑) 

11月5日(水)  バカにかぎって『チェンジ』と叫ぶ  (^o^) まあまあ
 やっぱりというか、当然オバマさんが勝った。

 断定的に申し上げられなかったのも、共和党側が猛烈なアラ探しというネガティヴなキャンペーンに一辺倒となったため、こりゃあヴァージニアあたり(FBI本部・情報蓄積センターなどがある)が本腰入れたら白いものも黒と宣伝できるネタくらい、体制維持派のために探してくるかもしれない。

 終盤戦になったらそんなヤバいネタでも、信憑性ウンヌンする前に「なだれ」が起こった方の勝ちとなり真相などスッパリ忘れ去られるものだ。これがアメリカ流政治謀略という。

 かつて、民主主義が一種のブームとなって、アメリカ全体が揺れ、民主党率いる労働組合がめざましく政界の頂点にまで進出しかねない勢いを持った頃のこと。

 そうした労組に反対する右翼体制バンザイ派のショボいデモに手製爆弾が投げられ、幾人かの重傷者が出て、その犠牲者らに対し世間の同情がドッと集まった。

 その事件でFBI(=国家警察)はその爆弾犯を、流行りの労組組合員の計画的な犯行と断定し逮捕する。
 ここで疑惑の目が集まったのは、当然にもそうした民主主義ブームに乗ったリベラル派の潮流だった。
 『過激なリベラルに走るのはこわい』と、世間は彼ら全体を社会から締め出すのである。

 ところがそれから15年も経ってから真相が明らかになった。
 爆弾を投じた真の犯人は左翼ではなく、じつは「組合員を装った政府側の工作員」だったのである。

 歴史というものは一度動いてしまったら最期、その原動力となったきっかけをめぐる真相など、右でも左でもカンケイなくなるのである。歴史はけして後戻りしない。

 しっかりと「今を見分ける」鑑定眼を、ボクらはすべからく備えていたいものである。

 見事な政治謀略の成功例となった歴史的事件であった。

 こうして急速に当時の改革ブームは、細い針穴ができた風船のごとくしぼみ、以来『レッドパージ』は勢いを増し、戦後のアメリカ社会からは現在に至るも社会主義はおろか、社会民主主義も生まれていないほどなのである。
 
 だから民主党も共和党も、普通の感覚からいったら「自民党内の『左派』と『右派』」みたいな程度の差異にすぎないのでそこんとこよろしく。

 ただし、大きく違うのは誰もが議会での政策への「賛成・反対」の一票には立場を超えて責任を持って、選出された州民への義理立てをしていることが、日本の政治屋とは大きく違う事だろう。

 今でいえばテレビの討論バラエティなどではまことに頼もしい方々なのに、国会で所属党が提出した法案などでトンでもないものなどがあると、こちとらつい期待してしまうのは
「(さぁすがにあの出演者議員だけの反対票は出るだろう…)」と期待してしまうのだが、それに反し、言行一致を実行できた者はまだいない。

 ところが、アメリカの選挙民はその点しつこい。
 公約と違ったり、ふだんの談話とは異なる議案に賛成などしようものなら、幾度選挙を重ねても「あいつは二枚舌を使う信用できぬ議員」との汚名を背負うことになる。

 読者=選挙民の意識がソレモンなのだから、新聞などもしっかりお付き合いしないとやっていけない。
 そして用意した「県民版」ならぬ、州民版に相当する紙面に、その法案に対し
「わが州選出のXX議員がどう関わって、どうOO票を投じたのか」をはっきり(表などまで作り)明記して裏切りを監視する。

 だから「二律背反」など、日本の陣笠議員などに日常的いい加減さなどはあり得ない。
 一度やったらそのまま消えて、次期の当選などあり得ない。

 ボクが欲しいのはこういった新聞だ(週刊誌でもいい)。

 かつて「『健全な政府で、自由な新聞のない社会』と、『健全な新聞だけがあって、政府がない社会』ならば私は後者を選ぶ」
 こう述べたアメリカ大統領がいたが、実際にはこの発言、あちらの新聞週間でのいささかおべんちゃらの入ったスピーチだけれども、青春時代にこれを耳にして感動したボクは、公正な報道カメラマンになりたいと方向を決めたものである。

 ともあれ、オバマさんの当選を受けて、選挙が間近い日本の政治屋どもがいったい何を始めようとするか、毒者諸兄はどう思う?

 一発で当てましょう(笑)。

 そりゃあ「チャンジだ」「イエス ウィーキャンしかありませんよ」とかヌカし始めるに決まっているのである、あ〜ヤダヤダ。

 先日、松島みどりという「赤い化け物(*)」みたいな自民党の二枚舌議員に仕える運動員がやってきた。
 ボクはそもそも「アンフェアなこと」が大嫌いだから、待ってましたみたいなもんだ(笑)。*[同女が「朝日新聞出身政治部記者」であった事いっさい関係ない]

 それは長崎なんとかとかいう昔の横浜ホエールズで「首位打者」を獲った男が区議候補新人として、ウチに案内されてきたのは悪口を云われないようにでもしたいらしかった(笑)。
 これもまた要領のいい話で、「この区」というよりも、この男は隣の区のガキどもに(有料で)野球を教えている程度の実績にすぎないというのに、足場が良いだろうという事で松島の子分になったのだろう。

 「あ〜そうですか、頑張ってください」とか、心にもないおべんちゃら程度でこの場を収めた。

 するとお決まりなのだろうが、案内してきた松島の秘所…じゃないっか、「秘書」(笑)がテメエの名刺を置き「私の方もどうぞよろしく」と卑屈に笑う。

 なんてこたあない、こいつらはダブル区議候補なのであって、長崎某にこうしたやかましい有権者を紹介して恩を着せ自分も売り込むといった、家ダニまがいの野郎にすぎないのであった。

 そいつの名刺には「松島みどり秘所(ゲ・ゲェ〜、松島の?違うって)」との肩書きの、数倍デカい文字で渡した者どもに自分のクサい名前を、この30歳そこそこの若造が刷り込もうとコソコソしてやがるのである(笑)。

 で云ってやった。
『ナガサキさん、頑張ってください。あ、それから君、その歳なのに自民党かよ。ココロざしが低いなあ。いったい何ができるって云うんだよ。バカバカしい』とせっかくのお名刺を返還申した。それは靴べらにするくらいしか利用法もないからだった。

 民主党の候補っていうのも、毎日家の軒先といって良い場所で
『こうして毎日駅頭で「朝だち」をさせて戴いております!』と笑わせてくれるマヌケがいる(通勤通学客は意外と笑っていないのである 爆笑)。

 そんなのエラかねぇよ。ほとんど痴漢とか公然わいせつみたいなものじゃねぇか。

 それがほとんど政見も、ナニを何するからと誓うわけでもない。
 政治を語るというのにどこも何も突っ張っていない。
 内容の全く見つからない世相を語るグチみたいな決まり文句を並べるだけ。

 わざわざハンドマイク使って繰り返し強調するのは、「次期総選挙立候補者」と「区議選挙に出る連中」の名前と、その薄っぺらな「2行程度のプロフィル」。

 そのうちの女性候補の家庭には、「90歳のおじいちゃんがオイデです」事実だけはよく解った。
 で、ど〜なんだよ、せめて教えろよボケてるのか、寝たきりなのかくらい。
 それとも家の中で「オイデおいでしているだけなのか」、このままにしておくのかよ俺たちリスナーを(笑)。

 それと、ビラにも印刷してあるけれど、民主党はわが区ではたった(自民13議席に対し)13対2という現実なんです。
 そんな数字突き付けてどうすんだってSoWhat !?

 そうした程度の低さだから「13vs:2」という格差が付いちゃっているのであって、それは果たして選挙民のせいだろうか(笑)。
 ずばり、これでいいのである。こんな無内容で、投票をおねだりするといった神経の者にどうして信任などができるものか…といった当然の選択なのである。

 こんなのへの1票だったらむしろ共産とか、他のリベラルな無党派が力つけるべきなのだと思っている(共産党は70年代の全国大学闘争で、きわめてリベラルではない人々だと痛感してはいるが)。

 ま、今後は「チェンジ」だなんて、若い自民党候補などが吼えるようになるのだろう。
 イヤだねぇ〜。

 自分らこそ、ご本人が「改革を突き付けられている」事を、これからはますます気が付かなくなるシンドロームが、日本のあちこちで巻き起こる事だろう。

 昨日大阪地検に連絡して(事実上の自首)出頭し、逮捕された小室哲哉サンは、こんな安っぽい輩どもに立ち会いたくなくて、みずから獄に入ったのではないかと、そんな気がしてきた。

 写真下:オバマさんの後頭部…ではなく、ラスヴェガスの某タクシードライバーのもの。
 ボクは「この頭にマジックテープの『ガシガシしたほう』」をくっ付けてみたくてウズウズする。

11月3日(月)  だからオバマには勝たせたい  (^o^) まあまあ
 あさって昼過ぎに、新らしいアメリカ大統領が決まる。

 マケインさんはこの2008年ではなくて、ジョージ・ブッシュの代わりに、先代の大統領選挙戦で出ていたらまさに絶好機となっただろう。

 ビル・クリントンの後にいきなりブッシュというタカ派で極右に昇り詰めるといった、ドラスティックすぎる変革に国民たちは目を白黒させながらも、
 「9・11も起こったし、景気も良くなったのだから”ま、いっか”」という消極的信任で、ある意味バランス感覚を捨ててブッシュの牽引する幌馬車部隊の後をゾロゾロついてきた。

 はたしてブッシュのやったイラク侵攻と駐留、それへの異論・共感は別れても、驚くべき意識の変革があった。
 このかんの「戦時下」で、アメリカ国民ともあろうものが、副大統領のチェイニーじしん筆頭(経営者筆頭)になっている多国籍企業のハリバートン社が、実質上イラクの米駐留部隊へのバックアップ役をつとめ、わかっているだけでも2000億円以上もの巨額な税金が大統領のキャビネットに利益となって逆流し、潤ってきたという不正をそのままにしてきたのには失望するしかなかった。
 とんでもないアメリカ人の神経マヒぶりである。

 そこにはブッシュ一族もこのハリバートン社や、このところ悪役を演じてきたゴリゴリの「原油価格吊り上げ投資家グループ」にも隠すことなく「名を公然と連ねて」、時にはイラクのフセイン政権内部とも一時は蜜月ともなるどの『金本位制』でもって、なりふり構わずカネを回してきた。

 そんなことはしっかりCBSやABCでも繰り返し報道されてきたというのに、あの小うるさいはずの米国民らがそれを野放しにしてきたことなどボクにはどうにも理解できなかった。

 バブルというものはそこまで平衡感覚さえ喪わせるものなのだ。

 かつてボクは少年時代にハワイに渡ったばかりの頃、当時大統領候補だった民主党ジョージ・マクガバーン候補の選挙事務所で手伝いをした事があった。

 当時はまだヴェトナム戦争が終結しておらず、相手はあのニクソン。
 ウォーターゲート事件が同時進行形で行われており、事件全体が発覚してつにニクソンが『大統領罷免』という形でワシントンを去るなんて、夢にもよらぬころだった。

 彼はまだ共産主義国家の侵略と闘うカウボーイのレッドネックらの代表として、単細胞なアメリカ人にとってなくてはならないイケイケムードの代表人間だった。

 選挙戦は、若者たちに圧倒的人気を誇ったマクガバーンが理想ばかりを主張するがあまり、あまりに「中間層獲得」をないがしろにした結果、なだれ現象的な敗北(というか撤退)に若者のヒッピー・ピースフル・スマイル運動ごと流し去り終わってしまうのである。

 政治的な腐敗にマヒしているのは日本の与党とその支持者だけかと持っていたが、じつはここまで民主主義の親分格アメリカ人の大多数まで上記「ま、いっか主義」で、カネと引き替えに戦時バブル(?)に良心と引き換えにしてきたわけである。
 そのムードなるものは近年の米国全体にもよく似ており、国土全体を覆い尽くして正義や道徳を押し流し、引き換えに2億の皆さんが金満を夢想してきたのである。

 その夢は醒めたばかりで2008年の11月3日などは、まら寝ぼけ眼の状態といって良い。
 なにも遠いことではないような気がする。ボクらにとっても1990年ごろのバブル崩壊時分の日本で同じようにそっくりな道徳崩壊もあったのは記憶に新しい。

 ともあれ、アメリカのイラク・アフガンでの中東政策はズタズタ。無敵無謬の「世界の警察」であるアメリカは地に墜ちた。
 それでも上記ハリバートン社の雇ったトラック輸送隊の車列は、米軍の空と陸からの護衛部隊に守られ、反米ゲリラからの狙撃や路肩爆弾を縫いながら、気の毒な米軍兵士らに三食の食事から日用品、それに莫大な使用燃料までを輸送する「利権」を、信じられないほどの経費と化けた税金を、今日も限られた金満家と政治家ら頂点にした投資家グループへと還流させている。

 兵士のメシにしろ同社の請求する額は『一食あたり約100ドル』!。

 メシだけでも一日3万円もの”超豪華”(?)メニューをひとり一人に今、アメリカはかけそれでも駐留を維持し、1万人もの将来あるアメリカ国民を死人にして引き換えにしてきているのである。
 兵舎でせめて心を和ませるムージックCDもテント張りのPXで買うしかなく、1枚25ドル!。
 半額以上のなけなしのカネが、若い兵士のポケットからつかみだされて運んできたハリバートン社の経理へと計上されるのである。

 ブッシュ一族は片側で吼え、片側の手はそれこそ濡れたまま粟をつかみ続けている…そうした利益を、日々積み重ねているという政治を、ここまで変えようとはしなかったアメリカの正義などどう消化できようか。
 
 米国民は自身の反省をこめ、とりあえず誰でもいいから、このバブル状態を解消しなければならないというのがこの大統領選挙。
 これが現在の米選挙民のいつわらざる投票心理であろう。

 つまり「反共和党」、つまり民主党のオバマという出口である。

 一転して申し上げよう。
 アメリカ人の平均的な「期待される大統領像」というものが、ハイスクールから大学、そして酒場まで共通して語られる人間像がある。

 それは
@演説がうまい。
A女房を大切にしている。だから間違っても「尿房」だなんて変換しない男(笑)。
Bなにより、感情に流されない精神を持つ。(だから今までの大統領は、ホロリと同情の涙なども見せた事などないし、感極まって…という時は尻をツネっても涙は見せてこなかった)。
C病気などに負けないタフな肉体。

 この4つだけは必須である。バカみたいだけど。

 だからかつてニクソンだとか、レーガンなどというお方までが(笑)プレジデントとなってこられたのはこの条件にはクリアした人物だったからだ。

 その点、@でボクはオバマという人に舌を巻いたのはこの夏の「民主党全国大会」で彼が民主党の大統領候補へと正式に選ばれて、5万の聴衆を前に語った演説だった。

 ビックリしたのは最近はちょっとした演説でも用意される「プロンプター(影武者)」と呼ばれる、アンチョコ投影機がセットされていなかった事である。
 その危機は演説台の2・3メートル先に用意される、ハガキ2枚くらいの大きさの透明アクリル板の事である。あれはわが国でもキー局などが使用しているもの。
 透明な合成樹脂の板にしか見えぬのに、読み上げる側からはしっかりと電気的に屈折して文字が次々と投影させたものが読み取れるようになっている装置である。

 日本でも「近年二大バカ首相」のアベ・フクダのコンビがもっぱら愛用していたものだ。
 ここに、広告代理店や選挙参謀らが練った(決して問題発言の含まれない)原稿を、最初から最後まで演説調で読み上げる…といったスタイルを、このバラーク・オバマという人物はキッパリと断ったことである。

 しかも、10分程度の受諾記念スピーチかと思いきや、なんとおよそ50分強!。

 それはアメリカのゴールデンタイム用意された1時間枠の、CMなどを取っ払ったほぼ100パーセントをきれいに使いきった時間枠の最大有効利用だった。

 その枠の中をオバマは「起承転結」をつけて、まるで演歌節のように強弱織り交ぜ(笑)、コブシきかせ(それはウソ)てしっかりとストレートに語ってみせた。

 これでなんとなく…という支持者は、積極的に共和党には負けないといった決意へと転換する力強さを植え付けさせられた。
 ここで驚いたのは、あまり強く報道されなかったが
「私は(大統領になったら)この次の10年以内に、中東の化石燃料(原油・ガソリン)に頼って来た過去を捨てて、新しいエネルギー源へと転換することを約束する」
 との公約を述べて会場をどよめかせたことだった。

 なんと頼もしいリーダーだろう。
 この当時は、NY原油市場でガソリン取引価格のピークを迎えているさ中。
 ついに、アメリカはアラブに頼らず、「いざという時に」手をつけずにキープしたままだったアラスカの原油を使い始めるとの宣言をしたわけだった。

 ここのアメリカ産原油は質も高く、パイプラインはカナダを横断してとっくの昔に完成しており、バルブをひねれば(OKというまでに1か月も点検にかければ)ジャージャーというくらいに、スタンバイが終えてある戦略的お宝資源なのである。

 ボクはこれで「NY原油相場が下がる」と思った。
 というのも、この民主党候補者が次期大統領になると情勢を読んでいたからだ。

 昨今、その原油相場が下がり暴落してきたのは
 『そんなオバマが当選する』確率が上昇したのと、まさしく反比例するカーブを描いてみせているわけであり、ブッシュ・マケインといった、一部富裕層や投機的資産家の優遇あってこそといった政策の展望がすでに末期的であることを示している。
 きっと彼らはこう云って地団駄を踏んだことだろう
『ちっくしょう、オバマが勝つんじゃあ早いとこ(暴騰狙いの投資)マネーゲームを仕舞わなきゃ』

 ひるがえって、日本へはオバマさんの方が、マケインさんよりも(急に「さん」付けになっちゃった)タフな対日要求をあれこれ突き付け、多方面に共同負担を強いる部分が出てくることだろう。

 ボクが心配なのは、麻生さんら自民政権がそんな改革派のオバマ政権と、いったいうまくやっていけるのかどうか…なんて、高等なレベルの心配ではない。

 一体どれだけの政府関係者らが、それだけの「政策という約束事」を打ち出して、『守れるよ』と胸を叩けるだけの度胸ある者がいるのかどうかということだ。
 我が国の外交は、仲良くして欲しいと思ったらやれた事、それはことごとく妥協してバラまきしかしてこなかった体質である。

 『NOと云えない日本』と石原慎太郎あたりからニッポン政治屋や外交官らが公然とからかわれ、皮相にもそれがベストセラーとなってからもう40年近いというのに何にも変わっていない。

 選挙を前にして、金持ちも貧乏人も「4人1家族一律6万円」くれてやれば、この非常時も安心だろうなどという、「田舎の建て前」じゃあるまいし、まだできてもいない骨組だけの家の2階から、コケおどしのモチや菓子ばらまいて見せるような政治がもっぱらなんて程度などでいったい大丈夫なのか、本当に心配でたまらない。

 じっさいすでに”盗塁王”安倍政権(笑)時代に、在日米軍のグァム移駐費用として、表に出ているだけでも約1兆円が支出される「思いやり」が国民に相談することなくジャカジャカ進められている。

 相手がワケわかんないとなればあいつらはいくらでも際限なく、「みやげだ」「ご祝儀だ」と金に糸目をつけない連中だ。それが我が国にとっての
『ODAの基本理念』であるだけにこの先が思いやられると申し上げたいのである。

 それにしても、ああして50分間、アンチョコなしで『やらねばならない政治』というものを、とうとうと『かならずやる』と、主張できるような政治家。
 欲しいねえ…つくづく。

写真:下はある学園祭「ワンゲル部」展示室で、「70キロ入りの荷物」を力自慢コンテスト。
 仲間に『かならずやれる』と、いいトコ見せようとしてツブれ、苦悶する公文式の生徒さん(笑)