【2008年8月】

8月31日(日) / 道あやまるな「キン肉マン」!  (^o^) まあまあ
 どうでもいいけど、「キン肉マン」って、『すき家』じゃなくって『吉野家』だったよね。

 ジャンプ連載当時、ずいぶんと稚拙な絵、ストーリー、キャラづくりも(ネーミングも)安易すぎ…と、最も軽蔑していた漫画。
 なんと若いくせに貧弱な発想なんだろうとボクは思っていた(ファンの方ごめんなさいね)。

 それに世のウケが良さそうなものはすべて引っ張るっていう手口で、『吉野家』は当時ようやく深夜勤務の運転手、受験生らの間で、深夜でもやっている丼屋といった受け止められ方で、浸透し始めたところだった。
 それを主人公らが吉野家を連発してはむさぼっていたって、こんなカンジだよね。

 なんでぇ、けっこうリッチじゃねえか(笑)。
 この大学の「慢研」と同等程度の漫画でも、そこはジャンプの商法の巧さ。
 あの雑誌は同業他誌と比較すると、もの凄い特徴がある。

 それは『おれは絶対あのマンガだけは読まない』と、一冊10数本ある連載漫画を愛読者らは普通、買った以上はすべての漫画に目を通すはずなのに、『読まずに済ます』通過駅というムダを抱えていた。
 いや、それがあったからこそジャンプは『広い世代にウケようとせず、』、別の道を選んだため、売れたといえる。

 つまり、「高校〜大学生」なら『男一匹ガキ大将』やら『弓月ひかる氏』の描く合法エロ漫画を読むが、『キン肉マン』や『ど根性ガエル』は目を通さない。「中・高生なら」間違いなく『ハレンチ学園』だ(笑)。
 だが、かなりのパーセンテイジ占める小学生世代は、ちょっと背伸びしても『キン肉…』『まんがドリフターズ』など前記の小児向けジャンルをむさぼり読むが、エロをチラ見でちょっとドキドキするといった形で親からの小銭で買える漫画週刊誌として、広範で指向性の強い『絶対支持者』を各漫画はかかえ、最大時350万部もの実売部数を誇ったのである。

 脱線したが、この本に載せる作家同士もまさにサバイバル。
 すべての生存権が読者から帰ってくる折り込みハガキにさりげなく書いてある人気ランキングが生殺与奪を決めていた。

 落語家や漫才、ギャグ漫画家でのタブーといったら、パクリもさることながら『クスグリ』である。
 誰だって、コチョコチョとやったらクスリとは笑う。

 だから下手な芸人に限って、舞台の上から適度な挨拶を踏み外し、お客さんをいつまでもくすぐっているものだ。

 それら作家さんの中で、生き残るため安易な『クスグリ手法』に走った作家というと(笑)、当時のジャンプの双璧は、漫画の方は『小林よしのり』。ストーリーの方なら、原作者だけど『武論尊(別名 史村翔)』。

 この二人が(3週低位が続くと、連載強制終了される独特の地獄の読者アンケート)ジャンプ特有の毎週やってくる難関の突破のため、ついつい前者はギャグさえも安易に他誌の作家やテレビから(赤塚さんまで!)引っ張ってくるし、ストーリーだって(後者はアメリカ映画から)編集者に資料集めさせパクリまくったのは忘れられない。

 今や両者とも『大御所』となって、めったに文句付ける者もいないほどに登りつめた。

 このあたりの漫画界のウラ話をさせたらこのボクは、結構最前線ネタがありますよ(笑)。

 なんせ、アストロ球団に登場した『魔球』のほぼすべては若きボクが(ノーギャラで)創り出したほど(笑)。
 ジャンプの場合、パクリネタでも当時は『アンケートはがきで、下位でなければ』モラルは問われなかった。
 つまり、これが勢いというものなんだろう。

 だから…と云ってはなんだが(上記)武〜ヤンなんて、いっつも彼の書いた原作漫画は最下位争い繰り広げていた。
 もし彼がジャンプにとっての本宮ひろ志天皇家(笑)の所属という後ろ盾がなかったら、とっくに『北斗の拳』はこの世になかったろうし『ドーベルマン刑事』、『(サンデー連載の)ファントム無頼』だって存在さえなかったはずだ。(この三つのうち、「どこかで観たような…」はモヤモヤは正解。だがファントムは例外で、彼が自衛隊出身だったのでオリジナリティあふれる名作となった。)

 それでも編集部のみんなが、どうにか売れたらいいのにと必死で応援していたっけ。
 それも過去の栄光喰いつくしたあたり、
 『ブーヤン。これがダメだったら、ジャンプではもう書いてもらえないよ』と、上層部のある方からついに最後通告が出る日がきた。

 最後の刺激、スタンガン通告を背負わせたはずなのに、ブーヤンが必死で書いてきた文字原稿を一瞥して、氏は『いまどきブルース・リーかよ』とポイと原稿を投げてあきれた。

 だいたい名セリフ、『おまえはもう死んでいる』も、「座頭市」シリーズから始まって、TVの「必殺シリーズ」などでもライブでとっくにおなじみになっていたセリフだった。
 藤田まことさんがボソリと言い残す『お前さんはもう死んでるんだよ』の焼き直し。
 ただ面白いもので、その「最後通告マンガ、『北斗の拳』」でコンビ組んだ作画家の原さんが、打ち切られたばかりの『(なんとか)の鉄騎兵』という瞬間的連載で、モトクロッサーの主人公らを描いていたため、ああした『装甲衣装』がリアルで、だいたい絵も相当力量のある方だから、登場してくるブーヤン描くトンデモ格闘家たちももっともらしくなった。

 その結果ボロい原作が、足に根が生えて地につき、めでたく受け止められることになったというワケ。

 いやいや、「すき家」だか、吉野家の話がずいぶん脱線してしまった。
 この分の回り道分の燃費は誰か払ってくれないかなあ…、あ、あった
『太田誠一を育てる会』にでもレシート回しておこう。

 伝説だが『吉野家』を活字やメディアに登場させると、丁重に彼らは『牛丼タダ券の回数券』をゴッソリ送ってくれるんだよ。ホントの話。

8月28日(木) / 東北自動車道走行中、こえ〜〜ッ『どう落ちたらいい?』  (^o^) まあまあ
 きのう仙台郊外は、地震被災地の栗駒高原にある、桜田山神社に行って帰って来た。
 『イケメンの狩野』さんのご実家でのロケ、TBS系列《うたばん》の収録だった。

 結果は観て頂くとして、仙台市内の飲食店で供される名物の牛タン、そのことごとくが日本産でなく、中国・オーストラリア・ニュージーランド、そしてメキシコ産で大ショックだった。

 メキシコ産というのはここだけの話、実は『アメリカ産牛』。
 要は最終的にこの肉が、日本へと出発した最終発地が「メキシコ国内から」ということであって、そのほとんどがアメリカ国内からの輸入牛ということだ。
 つまり、『アメリカ牛の三角トレード』という形式である。

 世にいう黒毛和牛とかいいにはいいが、タンの原価が1本で仕入れ1万以上となったら庶民のボクらに上を見たらキリもなく、縁もない。
 我々の財布でいくなら、その『メキシコ産』が現在の日本ではもっとも旨い。

 上記の並びは意図的に、下から順に上物の順位を羅列させてある、ご参考までに。
 ボクはおそらく、そこらの人々の中で『タンとアメリカンビーフについての知識』だけは並びかけてくる者がいないと思うほど詳しい。

 それだけに仙台全体でのこの産地偽装含め、産地隠ぺいの横行ぶりには舌(タン)を巻いた。

 しかも、生意気にプライスだけは「一人前以上の金額」を取られる。
 どこへ行っても仙台の夜の街は『仙台名物 牛タン』だらけ。ちょっと異様だ。
 考えてみたら、日本で処理される和牛のタンを並べてもこの街一箇所で食いつくす計算だろう。

 かつて、ササニシキが獲れその藁を食み、おいしい穀物類の植物性タンパクを仕上げに喰って、宮城の牛の肉とタンは旨いとされた。
 名物、仙台牛タンはその”名残り”である。

 この街で今、安心して他の土地にはない美味しいタンを食うとしたら、いっそ『焼肉屋を見付け、特上タンをオーダー』する以外、他所モンには安全策などない。
 それだったら、東京・大阪だって同じようなもの。残念至極である。

 ただボクは例外で、騙されるのはイヤだけど「外国モノでもそれなりに」喜んでブヒブヒ云いながら賞味できるクチなので構わないのだが。

 それにしても、ロケが終わり、我々出演者だけ先に「仙台駅脇のホテル」まで延々タクシーで2万円ちょっとの距離を送られた。
 道中、高速道路上で運転手さんが訊いてきた。

 栗駒高原あたりが根拠地で仕事をしているから、仙台のような遠隔地までのドライブに慣れていないんだと、何度も不安そうに云っていた。
 60代と思える彼がボクにこう尋ねた

 運『あのにぇ、仙台駅まで行くのべさ、は、途中次のインターが「インズミ(泉)」でしょ。あそこで落ちたらエエだべか。それとも、そん次の「センダイミヤギ」インターで落ちたらええだべかさへぇ(細部いい加減 註・前野)』

 ボ「うんにゃ?(何でオレら「高速から落ちなきゃ」ならんのだ。このおっさんは『死なばもろとも』でもたくらんでいるのか)」

 運『あん、ンだからさ、は、「イズミで落ちる」でしょ、そんするっと、あちこち曲がって渋滞ひどいがら、は、うンでもって、は、「センダイミヤギ」だったら遠回りだけんども、は、落ちてもまっすぐ。んだからっ、は、どっちにすべかってこどですよ』

 ボ「(オレは、まっさかさまに落ちるのはいやだなぁ。)」「(でもその方がいっそラクかも)」

 そうか、そうなのだった小さい頃に「我が家にやって来た東北人」の巻き起こした、方言による勘違い笑い話を思い出した。

 つまり『降りる(下りる)』を現地語ではひっくるめて、『おちる』と喋る。

 同行の旅の大先輩である粋人(氏も出演者9・4のOAをお楽しみに)などは、最初からニヤニヤして見守っているのに気づいた。
 氏はボクが「?????」になる表情を楽しんでいたのである。

 しまった、やられた〜。

 ボ「すっかたねぇっす、そんじゃ、は、センダイミヤギぃで落ちてくだせ」
 運「そ〜りゃ、助かったっす」

 夜も更けた白い舗装路、すっかりボクらの心がウキウキ弾むようになってひた走った。

 翌朝、荷物を持って仙台駅新幹線自動券売機(2F)へ。

 ここで大発見。
 結論から云うが、ああしたJRの券売機って東海道新幹線全線とか東京管内の駅にある券売機のバージョンは一緒で、JR東海と東日本(の東京電環内)って同じなのだと思う。
 その「同じ」というのは、行き先などの指定を終え、金を入れ、「切符や釣りが出た際」のマイコンから出されるセリフと合成音声である。

 いままで全国共通だとばかり思っていたもの…それは
 (JR東海の)『お札をお取り下さい』と、”上から強制するような命令”が、切符買い終えた瞬間から繰り返し、しつこく出されること(アレは腹が立つ)。

 それと、
 『お釣りと切符の取り忘れにご注意ください』である。
 皆さんもそうでしょう。
 
 だが、仙台駅のモノは違った。

 なんと『お釣りと、”チップ”の取り忘れにご注意ください』なのである。

 耳のせいかと思ったが、耳を澄ましても明らかにちがう、意地悪でもなく、”「き」ではなく『ちっぷ』”なのである。

 嘘やネタではない。

 本当だから、仙台駅に足を向けられる親類縁者がいたら仙台駅東口2Fの新幹線券売機に行ってもらい1000円札で入場券でも買って聴いて欲しいのだ。

 おそらくはJR東日本の東北支社あたりが意識しないのだろうけど、別注で最寄りの機械製作会社に発注したものなのだろう。
 しかも興味深いことに、あれは「録音音声」ではない。
 ICチップに音声を音階でプログラミングした「合成音声」なのであろう。

 それを作った者が、耳でそれを確かめながら入力してゆくはずだが、『切符』という耳に慣れた発音が、どうしても「CHI」に近い音を選択してしまったといった、単純な聴覚による”(ミスではなく)テイスト”なのだろうと思った。
 意図的でない、地方それぞれの【色】が思わぬ形で、しかも自然に目の前に躍り出てきたものだから、ボクは嬉しくてたまらない。

 何日かぶりで、「お天道様が戻った」と地元で出会う人々が白い歯を見せていた晴れの朝、青々とした稲の淡い緑の海が無音でそよぐ大きな車窓、そしてガランとした車内。ボクはまたウキウキとした気分になった。  

8月27日(水) / 隣人はみていた「太田農水相事務所問題釈明」の真贋  (^o^) まあまあ
池田信夫さんという、IT事情に通じ、直面している経済問題に対し、クリアな答えを提供なさっているお方のブログで、こんな生々しくも面白い告発がなされている。(http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b6f0c0ed2643495355eb0b89f8082e24 )

 たまたまメディアから「現場」の撮影にやってきた連中から、池田氏は事情を聴かれているらしいが、彼らはあまりこの池田氏の発言力についてはご存知ないらしく、OA上どういうわけか反映されていない。

 愚行するに、そのまま『たまたま隣にお住まいの、経済評論家池田氏はこう証言している』と紹介すれば、たちどころに『太田農相事務所経費問題』なんて決着がつきそうだというのに、未だせっかくの告発が表に出ていないようで、わが毒者諸氏に手をお貸ししてこの問題には先行して戴けたらと考え、ご紹介に及ぶ次第。
(以下は上記URL、氏のブログから)

太田誠一氏の「政治団体事務所」は隣の家だった
2008-08-26 / Law/Politics
きょうは朝から新聞・テレビが12社も自宅に来て驚いた。なんとうちの大家さん(中里浩氏)が太田誠一氏の農相秘書官で、その自宅(わが家の隣)が太田氏の政治団体の事務所だったというのだ。

右の写真の奥に私の借りているテラスハウスがある。棟続きだが、壁で遮断されているので、私は隣の家に入ったことはない。

太田氏側は「活動の主たる担当者である秘書官の自宅を事務所とした」と説明しているそうだ。
しかし私は隣に7年間住んでいるが、この家で政治活動が行なわれている形跡(ポスターなど)を見たことがない。そもそも家族以外の人がこの家に出入りしたのを一度も見たことがない。

政治資金収支報告書によると、この政治団体は2005〜6年に2300万円余りの経費を計上し、その内訳は事務所費が550万円、備品・消耗品費が800万円、人件費が1000万円ということになっている。
しかし家賃は払っていないというのだから、人の出入りがまったくない家の「事務所費」とは何に使われたのだろうか。

「備品・消耗品」として太田氏側は「事務用品の購入費やガソリン代」と説明しているようだが、大家さんがマイカー以外に選挙活動用の車を使っていた形跡はない。
通信費というのも、この政治団体の電話連絡先が議員会館になっているのだから、発生するはずがない。

人件費を「会の政治活動に要した人件費」と説明したようだが、秘書報酬以外に出しているとすれば(家族以外に誰もいないので)奥さんを雇用したことになっているのだろうか。
しかし彼女はごく普通の専業主婦として、昼間は買い物などをしており、政治活動しているのを見たことはない。

そもそも大家さんが議員秘書だったというのが驚きだ。
園芸が好きで、よく週末には庭いじりをしており、あいさつしていたから、普通のサラリーマンだと思っていた。
週末というのは、選挙区回りなどで秘書がいちばん忙しいときだから、これもおかしい。
彼の秘書官としての勤務実態があったのかどうかも調べたほうがいいと思う。

以上はオンカメラで5〜6社に話したので、きょうのニュースやワイドショーなどに出るだろう。必要なら、国会で証言してもいい。
私の印象では、中里秘書官の自宅が「幽霊事務所」だったことは間違いない。

(以上、氏のブログより)
********************************************

 それにしてもおっかない「店子(たなこ)」ではある(笑)。
 大家さんの事をこれだけサラリと書かれては、来月からはお家賃などを届けに行くにもバツが悪いはずなのだ(笑)。
 氏はその『議員秘書夫人兼大家さんの奥様』であるヒトをつかまえて
「彼女はごく普通の専業主婦として、昼間は買い物などをしており、政治活動しているのを見たことはない。」
と言い切ってしまうのだが、実は彼女『地下政治活動の女ゲリラ戦士である』かもしれないのだ(笑)。

 何しろ、太田誠一の前任者=松岡信勝農相(じつは道路族のドン古賀誠を共に首領と仰ぎ、太田にとって松岡は「兄貴分」に相当する)など、あの議員会館の2DK位の部屋で、「月300万円」ほどの水量を流すちょとしたダムまで秘密裏に備えていたほどなのだ…から、この「道路・建設族」のやる事なす事スケールがでかく、巨大な秘密のベールに包まれているのである(笑)。

 それにしても
『どうしてこんなのを閣僚に加えたのか』とニュースの面々は不思議がる。
 いわく、「入閣予定でなかった幹事長の麻生がくわえてきたから…」という解説がほとんどだ。

 ふ〜〜〜ん?
 ほかでもない太田誠一は選挙区が福岡市内で、農水族として何でもいいから農民の既得権(=清き一票)を守ろうという守旧派。同時に『古賀誠道路族代表』のパシリとして党内に知られた悪代官だ。

 それに死んだ松岡悪代官(農水族)、そして日本のセメント屋代表格の麻生太郎。

 こいつら4人が揃うと、ボクの目からは
『誰も望む者がいないのに、諫早湾を鉄板でああして仕切り、無理やり塩害いっぱいの”農地?”をデッチ上げた元凶4人衆』、それ以外には見えないのである。

 あのおとなしい演出家、鴻上尚史氏をして
『諫早湾の鉄板を爆破してくれる過激派がいるなら、支援するだけでなく自分が直接加わっても良い』とのメッセージを公開させたほど、自然を愛する日本人たちの心に広く救い難いイメージを叩きつけやがった暴挙をした下手人どもである。

 なんだ太田なんてエラそうに慶応経済学部大学院博士課程中途で、留学した?との自称もむなしく、やれた実績とは、崇高な経済哲学とは程遠い、
 『農民を救うため米価をこれ以上下げるな』と運動(農民票確保のため?)していた程度。
 結局はJAの皆さんに、税金をホイホイと「くれるんだから持って行きなさいよ」と背負わせるための交通整理のオジサン役にすぎない。

 それにしても彼ら「族議員ども」の金城湯池である九州という土地、ボクあたりが出掛けていつも感じるのだけれども、どういうわけか
『昼間っから曜日を気にせずに(ゴルフだ温泉だと)遊んでいられる人々が何故か多いこと』である(笑)

 訊くと『あん人たちゃ、農家は補助金、建築屋さんは公共事業で「下請けに投げる」だけですからね。べ〜つにぃ、あん人らがやらんでもエエようになってますけんね』

 おそらくはボクの九州の知り合いが、たまたまみな「ナマケモノばかり」だった…という事なのだろうけど(スマソ)、それら関係者らの『パシリ的存在』の周辺郎党までがソレモンばかりなので、毎回かの地に足踏み入れるたびボクは不思議な感覚にかられるのである。
 「(ニッポンはこれでいいのだろうか)」と。

 それにしても太田誠一。ヨタヨタ組閣を終えたばかりの「福田”ミスター他人事”首相」と、あのヤッツケ仕事の直後、顔を合わすなり
『この組閣はいいですよ』とのたまったそうである、みずから(笑)。

 あの早稲田大学のクソ学生ナンパ集団「スーパーフリー」による、卑劣千万の集団強姦事件に触れてこの太田が当時の講演会で発言した言葉は忘れちゃならない。
『男だったら集団レイプするくらいの元気がなくちゃ(若者は)ダメだ』
 これを九州の幼児教育者らばかりの講演会でのたまったのである、この悪代官は。

 これが当然にも国内で問題視され、その報道ぶりを、英米の放送局が『日本の下院議員の中にはこんな意見がある…』と引用して伝え、恥をグローバルにさらして下さった。
 さすがは『国際政経学者』(自称)らしい(笑)。
(センセイ一度は選挙で一敗地にまみれたものの)

 この励ましのおかげで
 こん日の日本では、元気あり余した若者がナイフ振り回して連続通り魔やら、障害者など「いじめて何が悪い」とうそぶきながらリンチにかけるのも、ムベなるかなである。
 それでいて、レイプ魔礼賛のカレ氏に議員復帰後与えたポストが【自民党人権問題等調査会】の会長とくる(笑)。ジンケンだよ人権。

 で、さっそく推進したのが人権擁護法案。
 コレってブラックユーモアですか?

 そうしておいて胸を張るのだけは一人前以上、『忘れてきた日本人の美徳』を慶応ボーイの太田坊ちゃん、いかにも憂国の士を勝手に気取ってみせ、ことさら言いつのる。
 だがその実、やっている事は実にみみっちく、結局は「嘘つきの税金ドロボウ」。
 古賀誠型政治の踏襲にすぎない。

 旧来の利権に群がる集団の権益守らんとするだけの政治家人生。
 それら支持票とのバーター体制で支えられてきた、いわば『直接利権民主主義』にほかならない。
 どこに大望やら大義などがあるんだろう。

 冒頭の瀟洒な洋館風の屋敷内にきっとあるだろう政治団体の『太田誠一を育てる会』。
 いくら経費がかかっていたっていい。

 前幹事長の京都府の新しいドン、伊吹文明だって事務所経費は『私の主たる事務所はなるほど議員会館に置いてあるが、京都の事務所は東京でいえば丸の内みたいな所で、200平米の事務所を借りている。(国会答弁より 文科相当時)』

 それで家賃だけで『東西併せ年間2000万円』なのである。
 200平米の事務所がどうして必要なのか?という一般人としてごく当たり前の市井観がそこには欠落している。
 また、赤字財政に泣く血税からの支出による贅沢なのだといった、一政治家としての罪悪感も道義的感覚も欠落している。

 かの池田氏も証言するような、おとなしいサラリーマン風の大家、またの名を議員秘書、何気なく出かけるマイカーも、次のコーナーを回ったら、きっと突然変身するのだろう、「情宣車」へと(笑)。
 奥さんも買い物カゴと見せかけて、じつは中身は選挙ビラだったりするシブく地道な非合法活動を日々やっているのを近所では気付かないだけのことである。

 だから太田だって、そうした「事務所経費の使い道」について問われても
『それは、「人の観方しだい」だから』と、「人生いろいろ論」を導いて、堂々と論証しようとしているわけだ(笑)。
 わかったわかったもういい。
 NHKの新しい閣僚に訊く番組で、太田は農相として最近、無政府状態となっている「賞味期限・産地偽装などの虚偽表示問題」に触れ、
「日本国内は心配ないと思っているが、消費者がやかましいから徹底する」との市井観を、これまた堂々と披瀝している。(このニューアンスで「日本人は厳格だという好意的な意味だった」と弁解したが、それはちょっと…ねぇ)

 やかましくたっていい、リベラルだってかまわない、共産も公明だってUFO党、誰だっていい。

 とりあえず、この日本国はいまや借金の総額では世界一なのである。
 いわば『会社更生法適用国家』ではないか。
 ひょっとしたら、政治家と役人は全員『禁治産者』に相当するのである。

 ボクらにとっては思想を超えとりあえず必要なのは、
 こうしたセレブな洋館でひっそりと政治運動をして頂かなければならないような高貴な政治家サマなど、まず第1番に要りませんと声を大にしたいと思うのだ。

 東西で2000万円、毎月で170万円近い事務所!でやって貰わなければならない政治とは何なのだ。
 あんた、京都駅前のビルで200u、つまり60坪あまりの空間…?、
 まてよ〜『寄席でいったら日本最大規模のウツワ』に相当する広さだ。

 いったいそこに何人入るんだ?
 その広さで一体幾人の候補者のために選挙運動をしているのだと問わなければならない。
 『たったひとり』である。
 水木しげるの描く妖怪=ぬらりひょんソックリの老人の見識をこれがなければ支えられないそうである。
 おまけに合計4071万円にものぼる「事務所費全体」の領収書を、最後までこの妖怪ジジイは提出せぬまま逃げ切っているのである。

 こんな感覚だから、こいつが役人時代の大蔵省を軸にして連中はこの国を食いつぶし、さらに借金を増やし景気浮揚、ついでに小さな声で「権益死守」とすがってみせるわけである。
 どこの苦労知らずがこんな役立たずの盗っ人に一票を投ずるのだろう。

 世界のすみずみのどこだって、今や「費用対効果」は問われており、ましてや日本のような国の政治経費となったらなおのことである。

 はっきり経費がかかりすぎのNGだ。

 論議は、高いか安いか、不正だったか否かなどを論ずる次元はもう超越している。
 こんな経費がかかるような政治自体すべて拒否。
 まずは「論外」として、廃棄しなければ展望はない。やっていけない。

 国家上級公務員の役人サンは無駄、こんな政治家はもっと無駄。

 それにしてもついでに最後っ屁をかましておきましょうか。

 この問題について、FNN系列(=フジ)の追及がヤケに甘いと思ったら、その「元凶は木村太郎さんだ」とCX関係者がささやく。
 なるほど木村さんは今やこの系列局のニュースでは『主筆的存在』。

 また木村さんの従兄弟である、某大手テレビ制作プロHの創業者で斯界で知らぬ者のないS氏。
 制作プロダクションではこのH、TV界では最大手といってよい。

 提供した番組をこのプロが制作し「高視聴率番組へ」と彩ってくれため話題を呼びスポンサー大手各社を喜ばせた、その恩を抱えた優良スポンサーの側が今もHを離さないでいる…なんて、普通じゃあり得ないカンケイを誇ることでも並みいる他社プロを羨ましがらせる。

 ともあれこのS氏と、この太田悪代官ヅラとは親友同士。
 木村サン筆頭に、同じ慶大付属慶応高校→慶応大というコース。
 高校ではSさんと悪代官は1年先輩と後輩だ。
 
 それどころか過日、Sさんが放送界某大賞受賞を記念した盛大な祝賀パーティでは、タモリさんが禁を破り発起人そしてスピーチする異例ぶり。
 そこでも悪代官が登壇、主賓格として顔を揃えるほどの間柄。

 いや、この太田サンと木村さんのラインによって少なからずフジサンケイ系列は、いままでも例のメディア規制問題やら『種々のトラブル処理』などあった際にはさぞかし便利だったことだろう。
 ボクは何も彼らが窓口なっていたとまでは云わないが、CXが誇る(?)顔並びの存在感だけで充分だと申し上げているのである。
 
 それにしても木村さんにしろ、沖縄でかつて起きた「米兵による女子高生暴行事件」につき、バカな事に
『(日米基地交渉に向け)この事件があった事で日本側には幸いとなるかも知れない』とOA上で吐き、沖縄世論は沸騰し、一時期、責任を取ってメインのFNNスーパーニュースから雲隠れした前科もある同類項。

 その意味でもこの悪代官と木村サンは『レイプ並びの慶応義塾兄弟』というフンケイ関係なのは笑える。

 それだけにFNN系列ではこの問題、ついつい追及が甘くなってしまうという原理がある。
 朝の小倉智明さん「とくダネ!」でも、この”事件”事務所問題発覚、釈明会見といった段というのに、その会見素材を流して見せただけで、スタジオのコメントなし、といった事なかれ対応。

 どうかこのあたりの人脈、歯の間に挟まった事情について、どうか皆様に於かれましては、色眼鏡をしっかりとかけてご覧になられますように(笑)。

 追伸:慶応義塾関係の皆様に対し当方尊敬の念こそあれ、ツメの垢ほども反感など持っておりません。
 むしろ慶応高校の甲子園出場生徒さんの幾人かが同校付属中学軟式野球部時代に、我が『軟式革命』グラブで基本を身に付けられた結果なのでは…?とひそかにほくそ笑んでおる次第です。
 ご出場を心より慶んでおります、おめでとうございました。

8月21日(木)  耳傾けても良い話、いけない話  (^o^) まあまあ
 先日、我が家に面した横丁(幅員5M)の道路で起きた顔なじみのネコ=アヤメちゃんの命を奪った故意の?ひき逃げ事故について、この日記で書いた。

 それをお読み下さった方から昨日長文のメールを頂戴し、あらためて救われた思いがした(一部省略)。

前野 重雄 様

早速のご連絡有難う御座いました。

マリンスタジアムから帰ってきてら、前野さんからのお返事が届いていて本当にうれしかったです。

改めて先日のコミケ炎天下の中お疲れ様でした。

僕も炎天下の中で商売をしていますが、この夏は厳しい限りです。

従業員一同、商売の難しさを改めて感じています。

インターネットとは本当に楽しいですね!まだ慣れていないようで、目が痛いのと指がよくツリます。

早く人並み程度に使いこなしたいと思います。
  
      [中略]
話は変わりますが、昨日の夜に前野さんのブログ?日記?を読ませていただき、涙が止まりませんでした。

アヤメさんの事故の事です。

僕は県道に面して店舗を構えているせいか、店舗前によくひき逃げ去れている猫がいるんです。

放置しておくと本当に無残な姿になってしまうので、どんな姿であろうと、自分の庭先に埋めています。

「可哀想と思ったらダメ?呪われる?」とか色々とダメらしいのですが、無視できないんです。

正直、最初はお店のイメージが下がる!が半分でした。

でも埋めている最中にいつも思うのです。「首輪はしていないけれど、誰かに飼われているのかな?」など色々です。

中には親猫を埋めていると子供の猫がニャーニャー泣いているときもあります。

そんなある日、東京ドームにフレッシュオールスターを観戦した帰り、子猫が県道のど真ん中に跳ねられているのです。

車の切れ目で県道を渡ろうしているおばちゃんが、僕に話しかけてきました。

2時間位前に通った時からあそこで死んでいるらしんです。

いつも通り埋めてやろうと猫を持ち上げたら「ニャー」とか言うのでビックリです。

悩んだのですが、見捨てられず家につれて帰りました。

ちなみに当時の僕は猫はあまり好きじゃないのです。

連れ帰った後、子猫も寝ているのか?死んでいるか?わからない状態で、看病しながらうっかり寝てしまったのです。

ふと目が覚めたらその子猫、傷だらけで立っているのも大変そうなのに「助けてくれた有難う」と言わんばかりに僕の手を舐めてくれていました。

ジ〜ンときました。

翌日、病院でダメかもと聞いて帰ってて来たのですが、どうしても諦めきれず動物病院をハシゴをして嫁の実家近くの動物病院で「大丈夫です、たすかりますよ」言われたのです。(神様有難う!)

元気になって来たのでお店で、里親探しを始めたのですが、少し障害があるようで誰も引き取ってくれません。

自分で飼えばよいのですが、情けない話、僕も新築の家を建てたばかりで正直迷っていました。そしてただでさえ子供が出来ないのに前野さんの日記にもあった病気の話などもあり頭を抱える日々でした。

そんなある日、常連のお客さんが「まだお嫁に行っていなかったの?じゃあおばちゃんの所にくるかい?」とまだ名前も無い子猫に話しかけているのを聞いて「ハッ」としました。

数週間飼っているだけでもう僕自身の中で手放したくない!と言う気持ちが勝ってしまっていたのです。

お客さんには謝って家に子猫を家に連れて帰り家族会議の結果、我が家の長女になる事が決定!

嫁も僕の事だから飼うと思っていてと首輪やら玩具やら沢山買って隠してありました。

でも事故などにあってしまわない様外には出した事がありません。

アヤメさんも本当に残念です。怒りや悔しさが本当に伝ってきます。

僕達人間の身勝手が招いた事故、と言うより事件だとおもいます。

波乱万丈の人生を送ったからこそ、ご近所の方や前野さんが偲んであげれるんだと思います。

運命と言ってしまえばそれまでかも知れません。

でもきっと前野さんの熱い熱い思いはアヤメさんに届いていると思います。

そして天国のアヤメさんも前野さん方の怒りや悲しみに感謝しているに違いありません。

お盆と言うこの時期、アヤメさんも前野さんのお店にひょっこり遊びに来ていると思います。

こんな事を言うのはおかしいかもしれませんが、中学の歴史の先生が言っていました。

「君が生まれた瞬間、皆は笑っていたのに君は一人で泣いていた、だから君が死ぬ時は、皆は泣いているのに君は笑顔で居られるような人生を送りなさい」

確かインディアンの偉い人言った言葉らしいです。

また長くなってしまいました。申し訳御座いません。

最後になりますが、心よりアヤメさんのご冥福をお祈り申し上げます。

                                             SGO・・・
****************************************

 まだ「パパになる」にはそう急ぐこともないと思われる年齢のSさんだが、愛情も深いというのに、そんなに慕ってくれたネコを飼い始めるのに少なからずためらいがあったのはどうしてか考えた?

 もしかして…、そう老婆の心がボクの中に頭もたげてきてしまい、ついつい、余計な心配をしているとしたら…と、このほど(コミケで発売開始した)『球界逸品館 パート2』にも採録してある元日本ハムファイターズ間柴茂有投手のご夫妻とワンちゃん達の物語を返信で紹介することにした。

*****************************************

 ぼろぼろ涙が落ちてきました。
 止まりません。

 え〜、その子はいま、過保護にされておタクにいるんですね?!。
よかったよかった、お得意さんのところに行ったらそれはそれで幸せでしょうが、猫も犬も(馬だって)恩人をどこかで捜しているものなんです。

 事故現場から救ってきて、翌朝舐めてくれていたのは間違いなく『一生の恩人』としてSさんを自ら刷りこんでいる証拠なんです。
離れちゃあいけませんよ。

 ボクら人間がしっかりしなくちゃいけないと思うのは、仕事仲間のメイクさんの実家なんて一家総がかりで、盲導犬候補の仔犬を預かり、甘えすぎさせず、突き放すようにして1年後に送り出し、それ以降『決して会ってはならない』といった壮絶なボランティア活動をして、盲人さんらのために役立とうとなさっておられます。

 それも、毎年一頭ずつあてがわれるのです。

 それにしても、腹が立ってならないのは馬鹿な産婦人科医が、『犬猫鳥と同居していると、妊婦には毒である』といった要約の脅しを妊娠中の皆さんにかけて、驚くなかれ『ペット捨てるか、堕胎しろ』と今にちでも迫っていることです。

 そのうち動物愛護の盛んな欧米の学会にでも実状を報告してやろうと思います。

 この説が本当ならば、街のペットショップなんて「原発」なみに危険きわまりないし、ましてや動物園なんか近隣にある住宅街ではまさに『お家断絶』状態が続出していなければならないはずなのです。

 そんな”事件”やら被害なんて耳にしたことはありません。
 こうした馬鹿で安易な『マイコプラズマ伝染』などの天文学的罹患の確率を引っ張り出しては、さもさも危険と隣り合わせであるかのように、心が弱っているところを見透かしたように、全国的に捨て猫や犬(愛鳥)を再生産してやまないニセ産婦人科医どもなどは踏みにじっていきたいですね。

 そう考えると、15年来お子さんができなかった元日ハム間柴さんご夫妻が、拾った犬に励まされ家庭円満にくわえ、パッしない成績に勝ち星が転がり込むようになる幸福をもたらし始めたところへ、さらに妊娠のニュース。

 日本一と云われる大学の産婦人科医に、ただでさえ高齢での出産で不安にかられる奥さまに、『犬と別れなさい』と、事もなげに吐き捨てた医師。

 迷った旦那。
 奥さんは決然と云い放った。
『だったら堕ろして下さい。今までウチのチビ(犬)にはさんざ世話になってきました。でもこの赤ん坊には義理もない。あれと別れろというのなら迷いはありません』

 浦安のご自宅に訪ねたボクは、医師の脅迫とは裏腹に、無事な出産を経て生まれ出た小さなお嬢さんと『チビ』というデカめの座敷犬とがベタベタと、じつに仲良さそうに組んずほぐれつしている姿に、ボクは心が溶けまくりでした。

『みどり(奥様)が、あんまりあっさりとそう云うので、医者も僕も口を思わずアングリでしたよ。僕の口からそうは言えなかったのをよくぞ言ってくれました』と間柴さん。

 今のクソ細かい検査をすれば、そりゃ女性の体内からはたしかに『ペットと同居』との反応は出るでしょう。
 ですがそれが本当に有害になっているというならば、世の獣医さんやペットショップなどの周辺では、あちこちで『建設反対運動』などの火種だらけであるのがふつうでしょう。

 どうか迷信などを気にかけず、まずは精神的な安定第一で…

 前野 重雄 拝

8月18日(月)  キショいぞ シンクロナイズ  (^o^) まあまあ
 おきらいですか?

 「おスキです〜」というクチだけれども。

 いったいあのシンクロナイズドスイミングなる競技に何の意味があるのだろうか?

 センスがnonということで、「ナンセンス」とは英語とフランス語がミックスした珍しい英常用語で、もちろん『意味ねぇ〜』と切り捨てる意味の言葉だけれども、シンクロという、あのお調子者らが水辺でおどけるバカバカしい裸踊りに、いったい何の意味や意義がナンセンス以外、何が見いだせるというのだろうか、教えて下さい(笑)。あれって美しいですか?

 コイツがこうでなければ「ダメですね〜」などと解説者らも顔をしかめ、減点の対象になったりするけれど、ダメだという理由がまずはしっくり常人にはこないものだ。
 ひょっとしてシンクロ界によって、世界がおちょくられているのではないか?と錯覚するほど、トンでもない美的感覚を我々までが強いられている。

 純粋な目でみたら、まるで「バカ笑いしながら溺れている娘たち…にしか見えぬアホらしい肉体表現によって、いったい誰が地球のどこかで励まされたり、考えさせられるきっかけを作っているというのだろうか。

 あんなもの、おそらくはどこかのトンガリ眼鏡かけたシンクロ界のエラい女史ドノさんあたりがいて、コソら辺がお好みなのだろう特殊なルーティンが、あの『競技界の憲法』となっているのだろう。

 そもそも水に入る前の、プールサイドでの歩き方…からして、脳のおかしいヒトしか見る事が出来ないのに、それを『すべき』と、型にはめてはばからない。
 それが正しく無二であると強制するのであれば、なぜ、水中で演技を終わりとしてしまい、お帰りはこちらとばかり、『プールサイドに上がり去ってゆくまで』をコンプリーテッド演技としない矛盾にはどう答えるのだろう。

 プールでの”泳ぎ”についてだって、いちいち姑やら、小姑、さらにいい歳したジジイの役員クラス(TV解説者)までが小うるさい舅のごとく、その歪んだテイストにのっとって、つまらない事をグダグダぬかしやがるもんだから、こちとら競技を見ていて『いいじゃねえかよ』『てめえそれでも男かよ』など、それくらいなんだってんだとテレビに向かって怒鳴ってしまうため、我が家でもすこぶる評判悪いプログラムなのである。

 気の毒なのはそんな小言によって毀誉褒貶が左右され、その競技者の四年間での天地さえ決めつけてしまう。
 それほどの事かよ!

 そんな利権(?)を世界中にわずかだが点在するシンクロ界の役員らは、そのカルトの極と云ってもよい特殊なテイストを、『裸の王様(的)』に美として共有している構図はどうあれ、実体など問われれば「もはや宗派」と呼んだ方が早かろう。

 狭いセクト同士、ごく少人数のお互いだけが認め合って予定強調し、あの空中楼閣のような”競技”が成り立っているわけだ。
 クソ馬鹿馬鹿しい。

 おまけに何だあのドぎついメイクは…(笑)、今日び人食い人種(いね〜よ)のカーニヴァルだってあんなにドぎつくはない。かなり安っぽい水商売…、いや近年は大阪の千日前あたりの怪しげな風俗にだって今はいないだろう。

 ヒドいのは、競技中はせっかくの世界大会であっても、どこの民族も同じようにベッタリ厚化粧の同じヘアスタイル…ときているわけだから画一的でに沈み、民族の個性さえ主張は出来ないようだ。
 あのセンスを強いるのは仮装行列のメイクさんでも雇っているのか。

 「防水メイク」の方式にも、当然その見えない裸の王様のテイストが支配しているのだろう。
 妙齢の女性というのに、似合うも似合わないもお構いなしに個人の顔に適ったメイクのチョイスは無視され、まったく同じ顔のクローン化。
 まるでガリ版刷りで全員の顔を印刷したように、同じ顔にしてしまうなんて女性たちは良くも我慢できるものだ。ひょっとしてあいつらは『ネオ』なのか。

 だから、競技後のオフなどに競技者などがインタヴューに答えてたりすると
 「何だこいつこんなに美しかったんだ」とか、反対に「よくぞこれで人前に出てこれたもんだ」と神経を疑うような例も少なくない(そうか、後者には福音なのか)。
 なんであんな没個性を強制するのだろう。誰も答えをくれたことがない。

 それに許せないのは、水中でアヒルの水かきよろしく必死で下半身を動かし、内心はぁはぁドキドキしているくせに、ホワイティング必死に施した異常な歯の白さをこれでもかとムキ出して笑ってみせる。
 昔の銭湯に行くと、町内のクソ爺が『水で冷ますな』と、暑い湯加減我慢しているクセに、顔だけは赤くしながらヘラヘラしてボクらに見せていたようなもんだ(笑)。

 眺めている側したら、そんなもの本心からの笑顔でないのは承知の上。
 だから可哀そうで、見ているだけでも苦しくなる…とボクのように思いやりの深い者はそのウソがイヤでたまらない。苦しかったって良い演技をしているならだれも責めないのである。
 それを無理やり笑わせられている詐欺的微笑みだったら笑わないでくれと云いたい。
 笑いたかったら腹から笑えよ皆の衆。

 また何かおかしいネタがあったなら、それを当方らに教えてくれないうちは、どうにも笑いにシンクロできないではないか。
 あんなのは苦行じゃないか。

 そのような美的でもないのに、非日常的で、苦痛を強いて、見る者の感情移入に排他的なスポーツ競技にいったい存続の意味があるのだろうか。

 まるで真冬の滝に打たれているボウズがヘラヘラしているのを見て感心しろ、美しいと感じろと命令されているようなものではないか。(そっちの方がまだよっぽど面白いが)

 思えば中国のろうあ者たちによる『千手観音』のように、20名近くがズラリ揃って、無言のシンクロ表現の中にも、(リズムを音で聴けない)苦しさを乗り越えて『他と動きを一にしようとシンクロ』しつつ、なおかつこちらにもほほ笑みを与えてくれようという表情の配慮(演技とはいえ)への余裕など、シンクロの競技者からは伝わって来たことがない。

 シンクロに優雅な部分なんて、いったいどこにあるのだろう。

 女性の美しさの要素がいくつもある中で、とりあえずこの競技には
 『可憐』『エレガントさ』『優雅』『しとやか』『ふくよか』といった美的表現は排除の対象だ。
 
 野球やソフトボールが次回から廃止となるかげで、この偏執的美のバチャバチャ踊りだけはより拡大の様相を示しているなんて意味が判らない。

8月16日(土) / 竹内都子さん、お身体を大切に  (^o^) まあまあ
 わたしは小人物だと思う。
 人間性が悪いと指さされても文句は云わない。

 でも、あまりに不健康で、摂生が足りないような体躯の者が
 『美味いだのマズイだのあれこれ』他人様が作って供してくれる料理をコメントするのはいただけない。

 誰かとめろよ竹内都子。
 
 いつだったかここで、大阪朝日放送土曜朝の生ワイド番組「旅サラダ」という番組で、カメラマンが届けてくれる丁寧な映像がボクは楽しみで、そのウラにある見えないロマンにかけた良心、気付いてくれない苦労について(めずらしく)ベタ褒めをしたことがある。

 その際には書かなかったが、この番組での汚点といってよい(笑)のがかつて漫才コンビ《ピンクの電話》で、カン高い声の清水ヨシ子ちゃんと組んでいた、あの太った方…である。

 彼女はもっと自制するべきである。

 あの80年代漫才ブームの当時から、仔豚のような、といってもバークシャー種程度のブタ型体格だった。

 それが途中、『「ダイエット本」を出してヒットさせておきながら、見事にその後リバウンドして』も知らんぷり。多くの読者諸兄を、まるで『え?そんな本あったっけ』といわんばかりに、裏切った過去のあるタレント諸氏は幾人か思い当たる。
 キャシー中島はじめ(我が幼馴染みの)海老名みどりらを大きく押しのけ、リバウンド街道のナンバーワン突っ走るこのミヤコちゃん。

 バークシャー種から、今や台湾市内で捨てブタになって動けなくなった金華豚の雑種みたいに、現在では肥育している。
 デブちゃんのバロメーターである、二重アゴなどはご参照いただければ判るが、もはや「三重とか四重」となって、もうすぐいくと、晴れて「九重親方」となる勢いだ(笑)。
 それは言いすぎとしても、鬼太郎に出てくる《百目》のように、厚い皮膚がブッたるんでいるのは困る。

 で小柄ときているから、東海林のり子元レポーターと並び、《R2D2》というよりも、「昔の砲弾」に例えたほうが早い。

 ボクは悪口を云おうとしているのではない。

 この番組が残酷なのは、この番組ずっと彼女を起用して
 「地方旅館に泊まらせ、その宿の待遇について」あれこれリポートをさせる苦行をさせているのを適当でないのではないかとクギを挿したいだけなのである。

 待遇の半分以上を関心は『料理に向けられる』わけだが、彼女のために毎回点滴を旅館が用意しているわけではない。
 今朝などは、その泊まった宿で夕食名物の《黒豚をシャブして出しダレでいただく鍋料理》などの危険なエサ(笑)を彼女に与えるという挙に出ているのであった。

 先に述べたように、彼女の顔の皮膚自体には脂肪が厚く付着しているため、力学的に云うと、目から下の皮膚が重みを持ってアゴに向けて下がり、そのため唇の動きが鈍くなって母音の発音がデブ特有の、クチャクチャぴちゃぴちゃ声になっているのを誰も矯正するようアドバイスしないのは不幸である。

 不幸ではないけど同様の症例は相撲解説者の「尾車親方」にそっくりな音波が、彼女からは発せられるのは興味深い(笑)。
 おまけに言うと、鼻口腔の内側も脂肪分により塞がれやすいため、こうした人々はとかくイビキがすごく、無呼吸症の危険が伴う。

 今朝の画面などはひどかった。
 だからキーをたたく決心をしたのだが、なにしろ箸でつまんだ豚のバラ肉を、バックライトを当てて白く湯気の出ている効果を利かせ、『肉と脂身を部分』を画面いっぱいに透けて見せて、彼女の美味しくてならないという流れのナレーションをそこにかぶせる…ピチャピチャ声がいう
『黒豚のアブラって、あんま〜いんですよね〜。』

 それを危険視することなく無批判に盛り上がる、神田さんはじめスタジオの面々の嬌声。

 少々口の悪い視聴者の方々なら、
「共食いかよ」くらいのチャチは、潜在的にブラウン管に向けるにとどまらず、局への電話で彼女の健康を心配する声は少なくなかろう。

 はっきり愛情こめてボクは申し上げたい。

 ここまで太りすぎた女性に、《食についてのコメント》はなるべく避けた方がよろしいと思う。
 特にこうした高カロリー系のもの。
 湯を通す、火で軽くあぶる…ことで、脂肪が消えるような幻想は避けよう。
 それで、『脂が飛びコラーゲンだけが残る』という流行りの言い分は、もはや医学的には詐欺に近い。

 この体型ではもうK点というか、食事をするという臨界点だって、この患者さんの場合とっくに超えてはいないか?
 とりあえず、この体格の人物にコラーゲンだの美肌などうんぬんよりも、生死がかかっているのではなかろうか。

 またある時気が着いたのは、彼女の立ち位置がヤケに鼻に着いたからだった。
 それは彼女、この自らのレギュラーコーナーだけでなく、ラッシャーさんや別の旅行者役のレポートでも、他のコーナーに於いて、いちいち『食い物の話題』ともなると、100%からんでコメントはさんでくる出しゃばりとはなんだろうとボクは思った。

 『あ、ここの旅館に以前わたしが行った時にもね…』
 『そのXX(料理)とは…』
 『その食材って、ホントは…』

 ボクはここで気が付いたことがあった。
 封建的と云われるかもしれないが、女が『〜〜とは』と定義付けのようないちいち決め付けをするのは聞いていて気持ちの良いものではないことだ。

 特に、グルメ関係であれこれ『…とは』って、どうも男の仕事のようで、とりあえず女の領分から行くとそれを美しいとポジティヴに受け止める者は少ないのではなかろうか。
 考えてみたら、デートをしていてあまり味やら調理法への踏み込んだ分析など相手の女性にされたら以後、そうしたご仁とはテーブルをはさまないだろう。

 それにしても、主婦相手の番組というのに、局DやらPが彼女のこうした『飼料への執着』には注意をしないものなのだろうか。

 だったら、男なら、いや内山クンのような体躯の男なら定義付けして良いのか…といったツッコミも生まれよう。
 でも、『あはは、太っちゃったってシカトシカト、だってうまいんだもの』でがしがし喰ってくれたら、そのウンチクも苦笑しながら大いにこちらの耳に飛び込んでくる。

 だが彼女の言葉にはそうした潔さがどうも感じられないのだ。
 「身の程知らず」とか「テメエのうちに鏡あんのかよ」と意地悪な視聴者が思わずツッコンでいるだろうと思う。そう、彼女はタレントとして確実に損をしているのではないか。
 もともと、漫才でもその外見とは裏腹に、彼女はツッコミ専門でボケはヨシ子さんのほうであった。

 この番組でも彼女の立ち位置は、コメディアンでない。
 笑わせようと発言する努力など皆無で、ひたすら『自分はグルメ』を強調するだけだ。
 あれれ彼女はいつの間に『知識人』だったのか。

 というのも不純な動機(?)があった。
 いちいちウンチクをひけらしたがる理由は、この番組コーナーの取材経験活かした?のか、彼女はちょっと前になるが《産直お取り寄せガイド》みたいな単行本を、この金華チャーシューじゃなかった竹内都子サンは出していた。
 おそらくそれ以降所属の(商売上手)石井光三オフィスとしては、彼女をこの際《主婦代表グルメリポーター》というキャラで売りたいとの宣伝戦略が明確にあるのだろうと思う。

 その目的意識があるものだから、頼まれてもいないのに他の者のえさ箱にまで、首(は実質潜っているが)伸ばして突っ込んでくるのであろう。

 でも考えようによっては、ある意味この番組はダイエットを心のどこかに潜ませる若い主婦らにとっては、彼女のおかげで「主婦コンシャス」ではある(笑)。

 だって、このジャズのトランペッター、ルイ・アームストロングよろしく(笑)膨らみまくったほっぺに、さらに食い物を無批判に詰め込む画像観て、土曜の朝食時、明らかに視聴者の多くはメタボが恐ろしいと、箸を動かす速度は落ちるはずだ。

 ボクのようにガリガリで、「男版ツイッギー」と陰口叩かれる者にしてみたって(笑)
『ああして喰ってたら、ああなっちゃうんだな』と、ついクワバラx2食欲減退してしまうわけなのだ。

 お笑い系タレントとして、もはや彼女は「表向き『笑っても差し支えない対象』」ではなくなった。
 これが世にいう『シャレんならない』というヤツである。

 メディアに出ているお笑い系の者にとって、宿命的な出し物として《昔のお宝映像》という抜き打ち企画がある。

 まさに彼女にとって、うってつけのそれとは『ダイエット本を出して得意になっている際のもの』にほかならないだろう。消したい過去こそ『こうすれば痩せられるじゃない』と彼女が得意になっている当時のものである。

 勝手に太って勝手に痩せ(?)、痩せるのを勧めて稼ぎ、今度はまた太らせようとカネ太鼓…。

 どうにも世間をなめきった生きざまのように、ボクには思えてならないのだが。
 彼女がこうした”逆風(?)”を突破する決定打があるとすれば唯一、前記内山クンのように
『メタボなんてなによ〜、アゴなんて「めざせ九重親方」だわよ〜』と、脂っぽいものをバリバリ喰って、世間大多数の我々ダイエット苦行族から、耐えていた唾液を絞り出すことでないのか。

 あのアグレッシヴそのものの石井社長さんならば、『それくらい芸人やったらやらなあかん』とボクを支持してくれるはずだ。そう思う。

 わたしは小人物だと思う。
 人間性が悪いと指さされても文句は云わない(笑)。
 (でも今回は書いていて面白かった)

8月10日(日)  「エヴェレストの空気」は読めなかった  (^o^) まあまあ
 あ〜ヒマだなあ、XXさんちょっとそこら辺で、どいつかぶっ飛ばしに行きましょうよ…。

 これはボクにとって後輩格の友人が喫茶店でつぶやいた言葉。
 年齢こそ「後輩格」でも、凶暴度についてははるかに「大先輩格」なのだけれども…(笑)。
 考えてみたら(当時の)はるか昔から、こん日のような無差別通り魔犯罪みたいなものはボクらのすぐ横に生息していたのだろう。

 ボクもここんとこ悪口を云いたくて仕方がなかったのである(笑)。
 そんな奴らがメジロ押しなので参っていたのである。

 北京五輪が始まって、ファシズム軍事国家の中国がすっかりおすまし顔でおさまっていることもあり、ボクのルーレットの先っちょが停まったのは、三浦雄一郎とかいう爺さんである。

 この人物は、昔っから富士山(の大沢)を停止用パラシュートつけて直滑降したり、スピード記録に挑戦したりして無茶ばっかりしていたが、久々登場の今回は『エベレスト登頂世界最高齢者』を狙うというものだった。

 ただし、前者はテレビ局と映画会社がらみ、後者はTOYOTAはじめ日本代表格の大企業各社がバックにズラリと居並び、『年寄りの夢を支えるボクたち優良企業でしょ』イメージを代わって担おうというものだった。

 何のことはないこのご仁、すべて冒険はダンナが付属、ことごとく欲得づくなのに気づく。
 ボクの小さい時からいっつもこんなことばかりやっている、ヤマ師というのか、良く云って上げればせめて『職業冒険オヤジ』という素性、いずれロクなもんじゃないと思っている。

 そして今回エヴェレストを前に、ゴルフを一緒にラウンドしたある人物いわく、
 『あのヒト気違いですよ(笑)、ボール打ったらひたすら走って行くんですよ。しかも足首に(ナマリ粒ぎっしりの)パワーアンクル着けちゃって、ゴルフやってる時もひたすらトレーニングなんです(笑)。』

 猟犬のポインターみたいで驚いたものである、こんな不純な動機でゴルフをやっている人物なんてゴルフ場は追い出すべきである。

 それにどうせやるなら、パワーアンクル(「リングにかけろ」かよ!)なんてナマやさしいものでなく、いっそ背負い子(しょいこ)にブロック片をいくつも積んで、それを背負いながら二宮金次郎よろしくティーショットしたり、ナイスイン〜とかおべんちゃら言いながらゴルフやってりゃいいのである。

 それをこのご仁は、乗用カートにパートナーが乗っているというのにスースーハーハーとか正しく呼吸しつつ(笑)、そのわきをひたすら走っているランボルギーニ、ミウラ(笑)。

 いや、いっそそれならそれで偏狭なボクだって眉を下げて笑っていられるのである。

 ところがこの3月、例のチベット自治区(ボクの学生時代は『独立国』として学んだ)で解放をうったえる蜂起が起きると、この男のところに報道マイクがやってきて、こいつはこう答えたのである。

 『こまった。どうにか(チベット人の暴動は)収まってほしい。でないと5月前にはここを抜けてエベレスト山地へ着かねばならないから』
 
 ボクは唖然とした、じつにあっけらかんとしたコメントだったのである。
 野球バカとか、プロレス馬鹿とか、カバディー馬鹿とかセパタクロー白痴などは数多くいる(いね〜けど)。
 つまり、そうしたスポーツばかりに没頭する人生なので、感性も教養も貧弱で社会人としては薄馬鹿で生きていられる人種のことである。

 だがコレはどうなのだ、「齢75」にもなろうというのに、なんという世間知らずというのか幼稚な脳内環境なのだろう。
 これじゃあ、秋葉原に集う若者たちの方がよっぽど視野が広いと思われる。
 まずハッキリしているのは、『足を踏みつけられている者を見ても同情しない感性』なのだろう。

 このジジイがわざわざ誰も頼んじゃいないのに世界最高峰に登るのは、誰のためでもない。
 どこにも必然性らしきものはない。ひとえにテメエの利益のためという要素だけが残る。

 そういった、落語でいう『ラクダの馬さん』よろしく、幾人ものシェルパを金で雇い、死に体のような老人を無理やり8000メートルまで強引に引っ張り上げる儀式。
 これは冒険などではないし、挑戦でもない。
 まさしく『カタチだけがありゃいい、【アリバイ工作登山】』以外に意義はないのではないか。
 そのまま置き去りにしてきたら『風葬』みたいなものだ。
 
 それにしてもこの不景気な世の中に関わらず、多くの金満企業がF1レースまがいに会社名のパッチ、彼のジャケットに貼り付けて協賛企業として胸を張りたいのである。

 大手広告代理店Aが幹事役となり、協賛金集めの音頭取りをしたという。

 他の土地ならまだしも、あの山からふもとを見渡せば、それらのあちこちには同じ地球に棲む者として無視できないような、燎原の火というものが圧政にあえぐ人々によって燃え始まっている事実には彼らは無頓着だった。
 それこそチベットの人民が50年というもの、武力で押さえつけられてきた自由や奪われた国土に血の涙を流しつつ、五輪開催を機会にして中国のやり口を生命をかけて告発している。

 ブータンにしろエヴェレストの山麓中国側、近隣諸県の新疆ウイグルにしろ、四川省にしろ、ちょっと新聞の国際面を読めば、こんな金ばかりをかけた「バカ殿様の物見遊山」など、恥ずかしくて国際的に笑って許される絵ヅラではないのである。

 そのためだろう、この『商業冒険バ家』の発した思いもよらぬノー天気チベット無視発言が飛び出すと、すっかりあわてたか、宣伝上手のサントリーがサッと陰に隠れるのであった(笑)。

 三浦老人登頂の”快挙”を機に、キャラつとめる『サントリーのセサミン』の”効果”をぶち上げる戦略だった(はず)のサントリーはじめ、他各社も、登山の「前フリ」として告知出演させているヤラセ的番組やら、三浦サンへのインタヴュースポットから、肝心の《エヴェレスト》にまつわる質疑応答を大幅に縮小させざるを得なかったのは、ブラウン管観ている側には異常だったし、道義的に正しい判断だったとはいえ、広告代理店的には大きな計算違いだったろう。

 こんな静かなドタバタも、賢い読者諸兄ならTVウオッチングですっかりお見通しだったろう。

 それにしても世界にとって幸せだったのは、ひとえに『世界最高齢ギネス』を別の爺さんが一足先に、掻っさらうという、素敵なハプニングに襲われてしまった事である(笑)。

 少なくともギネスブックに『世界最高齢エヴェレスト登頂者=三浦雄一郎』ともなれば、こんなゆがんだ形の似非冒険(?)でも扱いが変わる。
 欧米の紳士淑女の中に入れば、あれこれ世界の政治事情経済事情などにも、社交界の一員としてサラリとでも触れ見識を披露する事にもなるものだ。

 この極限の頂上で腕時計『ROLEXの精度の確かさを証明する使命』もあった英国のヒラリー卿しかり(そのモデルが冒険者=エクスプローラーの名を冠された)、他にはまぁ(ミイラファラオの)カーナボン卿もいるけど、考えてみれば頼みもしないのに勝手に冒険というか、余人をして面倒くさそうなムチャしでかして世間に名を売る方々がいる。

 だが、基本は純然たる冒険心がまずそこにありきなのであって、このような貧しさや飢えにあえぐような人々を掻き分けてでも、極点に立とうと先を争う。

 たしかにあの頂上に立つには、いかな老若男女とて大金が必要だ。
 このほとんどが「人件費」なのである。
 つまり、人海戦術でシェルパをごっそり揃え、大量の資材をヘリや彼らに背負わせて、殿様は軽々荷物だけ…といったハッキリとした《貴賎構造》をベースにしなくては、我々下界の者ではもう征服は望めないらしい。

 だからスポンサーを得ることがこの山の登山計画の成否を左右するから、どいつもこいつも近年では登山技術よりも営業力が優先し、いきおい職業的登山家しか登れない山になっている。
 同じようにスポンサーは付いているものの風間健さんの場合は違う、『エヴェレストからゴミを拾って帰ろう』と呼びかけているのである。

 頂上付近の写真を見たことがある。
 そこらじゅうに、先達たちの置いていった大量の空っぽ酸素ボンベ、酸素吸入機器、果ては氷漬けのまま固まっている遭難者の遺体が、まるで【モンクの叫び】のような表情でゴロゴロと置き去りにされているのである。
 これがあまりに生々しいので海外メディアでしかこうしたエヴェレストのこうした風景写真はお目にかかれない。
 『最後のアタック』と呼ばれる頂上への区間付近では、あまりに風も気温も過酷にすぎて、そうしたシェルパらを動員しても”用済みのもの”は人間含めて、回収(収容)せずにそこへ置いて身軽になるのを優先するものだそうだ。

 風間さんはそれを見かねて、持って帰れるものは背負ってこようと呼びかける。
 世界のミウラは71歳の時にも登っており、これが初めてのエヴェレストではない。
 だからそうした悲惨な情景を知らないとは言わせない。

 彼らアタック隊の頭にあったのは唯一ではなかったか。
 それは、歳はめぐり『75になって登ればそれがギネスに掲載される』といった歳月的条件に挑戦した…ただそれだけの打算でしかない。

 ボクはこんな冒険など、別名では売名とか営業としか解釈できないのである。
 こんなもののどこに共感を寄せられようか。

 そうした”ギネスキャラ”などに賛同して、『団塊の世代・高齢化社会に理解のある企業』『75歳の夢にやさしい企業』としてのアッピールを、ただ金で”買った”集団のあくなき挑戦だったというわけ(笑)。
 
 だから、投資の元はとろうとつい二週間前のこと、全国の新聞に『全面広告でこの75歳のハナ差2着』(笑)を称揚する文章に全社名を横に並べた共同のカラー広告が掲載された。

 それも1着をスベったハプニングを笑われないよう、十分にホトボリが冷却する頃を見計らった(?)、『なんで今ごろ?』場違い広告だったのが面白くって噴き出してしまった。
(この掲載料や製作費は、最初から協賛金に含まれていたワケである、お気の毒さま)

 先に戻るが、こうした「動機」の登山ってそんなにエラいのか?
 社交界で日本の看板背負った冒険家気どり、黒いタキシードやドレスを前に冒険談など開陳して欲しくはない。

 あのミャンマーやチベット、ブータンなどでの人権抑圧に抗し、僧侶が先頭に立って死を賭してでも放火や破壊に走っていたのはどうして軽く受け止められようか。

 大国(や軍事政権)の暴虐に泣く者にどう同情を寄せるか、今どきは小学生だって心を痛めているというのに、いい歳こいてこの登山バカぶりは恥ずかしい。

 クリクリした目を輝かせ、
 『エヴェレストに登るのに(暴動のほうは鎮圧されるか)心配だなあ…』と、テルテル坊主でも折って吊るしそうな表情をするのみの天下泰平ぶりなのである。

 そんな冒険でありながら、世界的企業が莫大な金を無批判にこの野郎につぎ込んで、自らの社票目立たせることと引き換えに、バックアップした企業の矜持なんて、かなり軽くてユルそうなのである。

 たまたまあった三浦サン隊のシェルパと、同系列のシェルパ組織同士、勢力争いのシワ寄せによって、75歳三浦サンのギネス入りは寝首をかかれ、『第二番目の壮挙』へと墜落させられる不運に襲われる。

 だがまてよ、考えようによってはあのまま『世界最高齢の快挙』となって凱旋帰国した場合、きっとより稼いでおこうと「三浦プロダクション」によって、「世界一」を繰り返し喧伝されてしまっていたとしたら、それは彼らスポンサー企業にとっては《人権問題無頓着企業》のソシリまぬがれない、最悪のシナリオとなったのかもしれないのである。

 そうした意味で、もしかするとそれらシェルパをたきつけて、三浦サンを寸前で1位にさせなかったのは案外それら各社による、危機意識から秘かな工作でも遂行されたのかもしれない。

 ところで、同山の標高4000メートル地点にはベースキャンプが居並ぶポイントがある。
 そこで、常設の救急医療ロッジを一人で切り盛りする米人女性ボランティア医師が、こう米CBS−TVのマイクに嘆いていたのが耳に残っている。
 『お金さえあればエヴェレストは、今や、誰にだって登れるようになっている。だから心構えができていない連中ばかりやってくる。そして問題を起こすのは決まってそうした奴らばかり。』

 生命の危険すらある高山病症状の者に彼女はヘリコプターを要請し、
 『下界へ搬送すればそれで何日か過ごせば、何もせずに治ってしまう』…そうなのだ。

 その運賃もみんなスポンサーの金か…。
 こんな『登山』に、いったいどのような価値があるというのだろうか?

8月3日(日)  今だから話す『山井完全試合目前、謎の交代劇』取材メモ  (^o^) まあまあ
 暑い暑すぎる!朝っぱらから34度だぜ、東京地方。
 それなのに朝から区の公式野球トーナメント(笑)。

 オレ捕手、しゃがんでいると頭上からジリジリジリジリジリ、地表から顔まで70センチくらいの距離で”熱線”がボワボワ〜〜と体のすべての部分から水分が体表に飛び出してくる(笑)。
 ワタシシニマシタワ(回文になっていない)。

 逆転勝ちだったから良かったものの、『あ〜前野サン、来週の試合は7時集合で、練習のあと13時から試合です』。

 たぶん、その「当日が雨」でなければ、ボクにはきっと急な用事が襲いかかることだろう(笑)。

 先週はこうした試合で「3,2キロ減って夢遊病者になった」(笑 律儀に2キロ戻しておいた)。
 今日は「2キロ減って」狂牛病のウシになっている。
 

 われわれは、昨年の日本プロ野球シーズンの大詰め、日本シリーズで大変な経験をさせてもらった。
 ボクは「いい品」というよりも、そこでとても欲しくてならない、できれば『証拠保全するべき品』がそこにあってやり取りをされていた。
 それはあの中日落合監督が日本シリーズ第5戦で、ノーマークだった山井投手が信じられないほどの好投で、8回をノーヒットノーランどころか、与四死球もなく自軍のエラーも与えずに《完全試合の途》にあったものを、突如降板させリリーフを送り、勝ちを完成させた試合での一個のボールである。

 このボールを、落合・山井以下中日球団は『血染めであった』と口を揃えるだろう。
 ボクにはどうにもそれが信じられないのである。
 ただただ、53年ぶりの日本一を地元名古屋で挙げる…といった中日球団の”営業優先的”な意を汲んだ、公式の説明とはかけ離れた、鼻白むような投手交代にすぎなかったような気がしてならないのだ。

 「完全試合」と云ったらボクは子供の頃の三角ベース野球からの夢だった。
 ボクに限らず、野球のボールを手にして遊んだ者なら万人が夢想する記録、それがパーフェクトゲームだろう。
 TVで観戦していて、最終回を前に落合がベンチからあの歩調でマウンドに歩み寄ったとき、あれを眺めていた千万単位の人々は『まさか、山井をおろすなど考えていなかったはず』だ。

 マウンドに集まったナインに監督、それに直接の上司である森繁和投手コーチが首を寄せてこの監督の決定を聞いた。

 8回を抑えて残る日本ハムの打者は3人。
 これを抑えれば「シリーズでの完全試合」達成で、メジャーで唯一の達成者であるドン・ラーセン以来、アジア各国のプロ野球でも成しえなかったし壮挙であった。

 ラーセン(NYY)はその後も「(1956)ワールドシリーズP.G.」と、サインボールにお約束の書き込みを書き加えることで、全米のカードショウでは氏のサイン会も引く手あまた。
 以来この50年間というもの、ロックスターのいわゆるコンサートツァーよろしく、『サイニングツァー』として各地のカードショップが主催するサイン会で偉業の達成者として、サイン+握手料として莫大な財をなすまでに至っている(近年はさすがにご高齢で床についておられるが)。

 つまり、それほどの、ドンでもないことなのだった(汗)。

 山井事件のそれ以降、雀さんたちが外側から”真意”と、”是非”をピチュピチュとやっているが、どうも決定打らしきものがない。
 おそらくはあと20年も経たないと真相は語られないと思う。

 自分の書いているドキュメントで、川崎球場を舞台にした閑古鳥時代のパリーグ人氏の群像を描いているが、実名で再現するとなると、これがなかなか難しいのである。

 何が難しいのかというと、本当のこと(新聞報道もされたもの)なのにその名を挙げて毀誉褒貶する事が、その該当人物から異議が出されると、いとも簡単に大手出版社&新聞社系出版社のすべて・・・が、書き直しに即座に応じたり、重版の差し止め打ち切りまですべて民事で争うこともせず、さっさと和解の道をひた走り、自主規制してしまう現状がある。

 これを過度な事なかれ主義と、過度の名誉棄損被害妄想がさせるのである、そしてそれを許してさらに増長させるのが今の『超過保護社会』なのである。
 当方は黒いカラスのご機嫌をうかがって、あくまで黒いのではないかとまで譲歩はしても、『白かった』と書き換えるなどは別勘定なのである。

 それならいっそ自費出版に・・・との短絡作戦も視野に入れているけれど、しっかし中学生のころから言論弾圧の世界と常に隣り合わせなのは何の因果か(笑)。

 ともあれ、『山井突然の降板劇』については一級のミステリーとして、おそらくどなたか取材をしている事だろう。たしかに一冊の本にまとめる価値はあろう。
 だが、話題のホットなうちに出すのでは、前記のような深謀遠慮に充ちあふれ、反比例的に真相とは程遠いウヤムヤしか記述されないのは確実だろう。

 山井も落合も球界から利害関係の縁が切れて、さぁ、真相はそこからなのだ。
 どなたもアテにしないように(笑)。

 あの晩が11月1日でシリーズ第5戦、胴上げとなったわけだ。
 その翌日の2日、あるチャリティイベントで川上哲治元YG監督のご意見をうかがうチャンスにめぐり会った。
 おまけに、元片腕であり、直前まで中日でコーチなさってた黒江さんもご一緒だった。

 驚いたことに師弟関係ながら、ご意見は白と黒真っ二つに分かれた。

 川上さんは
 『私は山井に最後まで投げさせてやりたかった。あそこ(8回完了)まで放ったんだから、やらせてやりゃ良かったんだ。というのもね、ワタシはかつてウチの高橋一三が広島戦で完全試合目前という時に、相性の悪い打者迎えて、カズミが一杯いっぱいに見えたもんだから、パッと交代させたんだよ。《0対0》だったが、非情の交代というわけだ。ところがね、次のリリーフがホームラン打たれちゃってね、勝ち星さえカズミに上げてやれんかった。本当にワタシは後悔しとるんだ。』

 対する黒江さんは
 『僕は逆でね、落合は偉かったと思う。なんか《指が痛かった》と山井から報告受けてたから替えたらしいんだ。投げられるんだったら投げられるだけやってやりゃいいんだが、あそこでスッパリと勝負にこだわって道具としてより安定感のある岩瀬につなぐ、この指揮官の勇気には頭が下がったよ。ありゃ大したもんだ。』

 たしかに落合は大事に大事にシリーズでの優勝を念頭に置いて、昨季はとてつもなくスケールのでかい詰将棋をするように、シーズンの覇者という栄光の冠・・・そのじつ「張りボテにすぎない冠」を平気で巨人に譲り、じっくりその覇者を背後から理詰めの短期決戦で踏みにじるといった将棋の指し方を積み上げて、結果日本シリーズの優勝チームとなった。

 戦力的貧弱さもあるのだろうが、ホークスやジャイアンツというチームがまるで子供の野球。
 それを、シーズン開幕からロングレンジで毎日の連戦を「戦術」に追われることなく、星取表で相手を上回ることだけを目指す・・・といった《戦略》でシーズンを消化してゆくチーム、単に大人の野球というよりも、すぐれた経済専門家によるマネービルを眺めさせて貰っているようなものだった。

 そうして積み上げた第5戦、3勝1敗で迎え、後がないファイターズはダルビッシュも勝ち越されて以降走者を塁に出さず一歩も引かない戦況だった。

 あと3人で、この最終回を抑えれば達成できる。
 だが山井とダルビッシュを比較したのだろう。

 9回の先頭をもし塁に出したら…、《ノーアウト1塁。でも1点リード》そこで山井の交代では遅きに失し、不利を招いたのだろうか?

 どうも違うような気がする。
 山井には可哀そうだが、念には念を入れて、山井を替えた方がより確実性が増すとしか監督は考えていなかったのではないか?

 だって、この第5戦落しても3勝2敗、「二つのうち1つ勝てばいい」者。
 「二つのうち2つとも負けられない」者、どちらが有利かと考えたらそこまで石橋を棒で叩く必要などあったのか。

 ついつい、ボクなどは経済効果で考えてしまうのだが、中日優勝を優先させたため『シリーズ完全試合達成投手』との看板を得る機会奪われた「山井の逸失利益」を考えると、億単位の補償がなされて当然である。
 
 ボクは「山井交代」について金科玉条となっている『指の怪我』説を信用していない。
 ユニフォームに血が着いていた?

 そうしたら、そっとベンチ裏でそれを固めて知らぬふりをして投げ続けるだろう。
 プロというものはそうしたものである。プラモに使う液体接着剤で切り傷などはふさぐ(イッタイぞ〜)のである。男というものはそういうものである。

 じっさい、村田兆治のヒジの腱はボクの目の前で切れた…のに、時の王者西武ライオンズを相手に8回を完封していただけに、それを隠して登った9回のマウンドでは練習の投球からして、時速80キロ台のスローボールだけで、場内をあっと言わせたのである。

 そして田淵、スティ−ヴ、テリーの超破壊力で鳴らす打線をすべてそうした「スローボール攻撃」で打ち取り、『どんなもんだ』と胸を張って完封勝利にその右手を挙げたのである。
 彼らは「なめてるのか」と、シャカリキになって振り回し、凡打を呈上したのである。

 兆治さんはそれがいったい何の拍子で腕が全く触れなくなったか、「(とりあえず大変な事が起きた)」とだけ自覚したが、真意をただす報道陣には
 『タマにはネ、ああしてスローボールではぐらかすのもネ、手ですよ』と、はぐらかしていた。

 そして誰にも告げぬまま次の試合は早々と打ち込まれたものの、(おそらくは一部を残して)すっかり?がれていたしまった腱をごまかしつつ、近鉄戦で勝利投手になり、その後の試合、対ハム戦のビジター試合開始1回の裏攻撃を迎える前の投球練習で、ボクは最後のロウソクの光が燃え尽きる直前の強い光放つのを見た。

 球は、ググ〜ッと浮いて低めいっぱいのミットを叩いた。
 先頭の島田誠さんを迎えたところで、一杯いっぱいになった。
 ヘロヘロ球を強烈に持っていかれた。

 何も言わず、マウンドから真っ青になって降りてきて、当時の山本監督がオロオロ問いただすのを尻目にひとり降板してしまう。

 当時のレントゲンはに映らない「腱」が骨から剥がれ、千切れているのを兆治さん自身が知ったのはそれからしばらく経ってからだった(詳細は、「川崎ボールパーク」近刊で)。

 大きな成果を挙げつつ、バックの仲間を背負いボールを投げている者は通常そうしたものだ。
 その指の負傷は謎である。

 いったいどこでどうして何が悪くてそこまでの事態を招いたのか、そしてどう治療したのか、”国民的関心事”の割にあまりに不明確ではないか。

 状況証拠もその「ケガ原因説」には欠けている。
 それだけ山井の指が痛い症状であれば、明らかなのはコントロールの乱れである。
 どこでそんな現象が起きていたのか?
 それへの異状に気付き真っ先に監督コーチへ「交代の是非」を具申するのは、通常の場合投手である山井本人ではなく、コントロールを受け止めてナンボのキャッチャー谷繁であるべきではなかったのか?

 あの交代でのシーンではあらゆるタイプのボディラングェージを観る事が出来る。

 シナリオ風に言ってみようか?
 @マウンドへ行く監督、どうしたんだろとそこへ集まる内野手ら。
 森繁和も監督の後に続く、
 集まった一座の中心で監督が山井に何やら尋ね、山井がそれに応える様子、それを眺める一座。

 監督が何かを告げる、ハッとするナイン。目を伏せる山井。
 『ピッチャー交代』を審判員に告げる監督。

 大事なのはここだ。
 アナウンスを背に大観衆が沸く中、森繁和が山井からボールを受け取ると、そのボールに目をやることなく、それを両手で揉み、それをなんと足もとの人工芝の上に叩きつけるようにバウンドさせてキャッチする・・・。

 長い間ボクは野球を眺めてきたが、野手が守備に就く前に周囲の人工芝の張り具合をチェックするために練習球を故意にバウンドさせるのは見たことがあるが、投手が、しかも投手コーチがその《試合球》を床に投げ付けるなど見たことはない。
 ごく稀に、投手交代が気に入らずボールをマウンドにポイと投げ捨てるガイジン選手らがいるがあれらなどは論外だ。

 ともあれ、投手が仮にそれをやったら「交代が不満」でやった行為としてチームから罰金を申しつけられるだろう。
 罰条は『首脳陣への批判行為』である。

 投手コーチであれば、可愛い弟子が投げてきたボールを、その無念を引き継いで次の弟子に渡す…といったおごそかな儀式の最中である。その白球をバウンドさせる奴がいたらボクがひっぱたく(笑)。

 森繁和が西武で投げていた頃に、ロッテ主力打者だった落合はことごとく肝心な場所で森に手玉に取られていた記憶がある。内角へのシュート、外角への小さく逃げるスライダーを左右の揺さぶりが絶妙だった。

 落合は外角球のさばきでは球界第一人者であった、それだけに、踏み込んでいって逆に内角にエゲツない攻め方をしてくる投手には押しなべて苦戦していた。森繁和を側近に起用するのはそのトラウマか、いずれにせよ落合は球界でも組閣人事では見事な用兵を見せる。

 彼のすべてには根拠がありソツがない。
 山井自身が語る「指が痛い」説も、当初はいかにも苦し紛れだった。
 名古屋の仲間筋や支援者らに訊くと、山井と接してきた彼らは「監督指令で交代したのでは?」と巷間伝えられるニューアンスとはちょっと違ってくる。

 それが年が明け、シーズンも半ばとなると『山井は指が痛かったのを自己申告して交代してもらった』とドラ番記者はじめ上記支援者ら、今や定説として名古屋の街では硬化剤で塗り固められたようだ。

 お笑いである、ボクは笑う。
 プロ球界は年齢が一つでも上の者なら、先輩・目上として礼を尽くすものである。

 指をケガして大事な試合に投げさせてもらえたのにそれを全うする事ができなかった。それは不始末というものである。
 ロッテの小宮山などはそうした若手などを容赦なく怒鳴り付け、得難いプレイング教育係として信頼されているほどだ。

 さて、山井の場合大先輩岩瀬に、テメエの都合で後を継いでもらうワケだから、”戦後の談話”でも岩瀬への謝罪に終始するのがこの世界では通常だろう。

 相手投手がダルビッシュで「0対1」で『センパイもう投げられないっス』と、あの劇は岩瀬に託したものだったのだろうか?

 話をもどそう。
 そうして、完成された計画の下に必要最小限の白星さえあれば良いとして、『53年ぶり日本一』の大望めざし積み上げてきたマネービル。

 下手すりゃ逆転負けで、相手のペースに流れが変わったらどうしよう。
 タダでさえ、落合は愛知財界へのアピールが足りないと嫌われている。

 今晩ならば地元名古屋ドームでの胴上げでそれらや親会社中日新聞へのアッピール力も最高だ。
 
 あらゆるプラス要素考えて、落合にこのシリーズを制覇する要素が目の前に揃った今晩しか『Xデー』はなかったはずだ。
 目の前にあるのは、『捨てゲーム』としてダルビッシュとの正面戦を避け、セカンドチョイスでしかない山井を差し出したものの、これがファイターズのデータになかった(?)ため、結果思わぬ好投となった拾いもの。

 だったらそれを貰おうと、中日球団が斬って捨てたのは山井という選手個人が享受する「完全試合の夢」などという、小さな夢だった…とボクは今にち、そう理解しているのである。

 邪推だといいのだが、あまりにおかしな状況証拠が多すぎて、比較すれば球団サイドからの《公式発表》の方がはるかに理に合っていないので困ってしまうのである。

 そうそう、「山井の出血事故」だというのに、山井から《無念のボール》を受け取った森コーチ、どうして『血に染まったはずの白球に目をやらなかった』のだろう。
 あれだけの大記録を奪った「血の痕」には万人が(もしあるなら)目をそこへ落とさないわけがないではないか。
 可愛い弟子がその”事故?”のため、あたら大記録を逃そうとしている重大事の《最重要証拠》だというのに…ここには重大な疑義があったと言わざるを得ない。
 裁判ならそのように、判事は指摘してくるに違いない。

写真下は、昨年11月2日のドン川上(ちなみにドン荒川さんはボクの友達だ、カンケイないけど)、いつまでもお元気で!

8月2日(土)  《球界逸品館》の夢ふたたび  (^o^) まあまあ
 かねてから、集英社さんから出していただいた【球界逸品館】の選から洩れていて、眠ったままの逸品たちの写真とそのための文章を表に出さなければ、そうした選手の皆さんにも顔向けができないじゃないかとイライラしているうちに、ご当人たちからはすっかり忘れられてしまったようなので、仕方なく、細々と、ちょっと変わった装丁で自費出版することにしました。

 どデカいポスター2枚、25点ずつびっしりと並べ計50点それは壮観な出来で、そこへ副読本的にB6サイズのエッセイ風読み物を加筆して完成しました。
 それで1500円は安いと思いますが、なにぶんにも原価回収と、「顔向け」が第一目標なのでお得です。

 以下はその小冊子へのごあいさつです。

  まえのがき 

 ボクは面白ければそれでよしといった考え方しか出来ない。

 ボクはひと様が手をつけていない盲点のような仕事をしている間、自分の存在感をフィードバックできるし、何より感謝をされながら報酬も大威張りで戴けるわけで、痛快この上なく嬉しいのである。
 だけどマネをする者が出てきたらいきなりシラけてやめてしまう。

 幼い頃なら、自分の始めた遊びをパクる奴がでてきたら『オレが先に始めたんだからね〜』と先見性を強く主張した(笑)けれど、さすがに大人になるとそうもいかないので、さっさとやめて、ならば次行くか…と、乗り換える。

 マネなどしているヒマはない。まだまだ陽の目を見ていない素晴らしい品や人々はキリがない。

 だから過去には、ビジネスにバイク使えば便利なのに、世の人は『乗ったら壊れる』というから『乗っても壊れないシューズ』を創った。

 『防弾チョッキ』に穴があいたら、死んだり殺したりという事になり、人間やり直しがきかなくなるから無敵のスペックを創ったら、警視庁のSITや麻薬Gメンに喜ばれる事につながった。愛知のSAT死亡事故はボク無き後の類似品…だからマネはすべきでない。

 これらみな大企業がマネを始めたから、だったらやってみな…と、道路を譲ってやめたもの。そこのニーズに理想がないとユーザーが解らないし、闘う気にもなれない。
 だいいちお金の問題じゃない。

 それが今では[鑑定価格]ときた(笑)。
 ボクの趣味が昂じて蒐集していたスポーツグッズを店に飾っておいたら「それ売ってくれませんか」と言う人が増えたので、シブシブ頒けているうち、それが米→日とマーケットに成長してしまった。

 TV番組で喋ってと言うから求められる範囲だけでお役に立てるが、好き嫌いに堪えてまで出演者にこだわる価値はない。

 昨今は、二試合に1足スパイクを使ってはサインしてハイ『実使用』お次…。超高給取りのクセして、あちこちのカリスマらがせっせとバイトに精を出し、崇高だったはずの実使用品がすっかり『製品』化してしまった。
 蒐集家はそれでもいいとして、そうした腕にヨリかけた特注品を必死に献上する職人やメーカー担当者を気持ちを慮ると、どうもボクは逸品を右から左へ換金する亡者らが許せなくなってきた。
 鑑定だってせいぜい株券のアナライズへと堕ち、面白くもない。

 今は、歴代の野球名手らに自作のグラブを与え名プレーの片棒担ぐ昭和の匠に、硬式ボール用でなく『軟式ボールに特化』した「理想のグラブ」を目指した逸品を創って貰い、今のうちに遺しておこうというビジネスが面白いと思って取り組んでいる。

 本編に掲載した品々のスゴいところは、新品の状態では考えられぬ「重み」が、目をジッと凝らせばどれにも追加されている事だ。

 プレミアという語の和訳、ボクなら「余禄」という解釈を選ぶ。
欧米のオークションで請求額を「バイヤーズプレミアム」と称するけれど、それは[買った者だけが愉しめる余録]と考えてよい。

 実際にカリスマ達が超人的なプレイで世界を沸かした際に頼りにしたそれら道具。オーラと言っては安易に過ぎるけど、生霊のらしきものが確実に憑依している。

 それはこちらの思い入れだろうが、それらの品が巨万のファンを出し抜いてボクにだけ、その(すべて意外な)人となりを饒舌に語りかけてくれるものだ。

 そこにはどう間違っても世間一般にあふれる憎悪や軽蔑といったものとは真反対の、人間を惚れなおす契機を与えてくれる性質の鼓動が伝わってくる。

 週刊ベースボールに連載していたこの[球界逸品館]。たまたまやって来た同誌編集者桐生さんが、ボクが関わったブツから「人間の痕跡」を接写し資料化しているのを見て面白がり『やりませんか?』と打診してくれたのがきっかけで2年半も毎週続いた長寿企画だ。
 なんでも人生、声はかけてみるものではないか(笑)。

 この連載を集英社さんに[球界遺産]という単行本で全50篇ほどをまとめて戴いたが、そちらは営業の都合上、「ビッグネーム優先」印刷も豪華で二千八百円。不況の時代のさなか、破格値で勇気ある刊行をして下さったものである。

 今回の続篇はそこから除外した『内容の面白いもの』にシフトしたもので今、校正していてもちっとも古びていない…のは、やはり集めてきた我が『選人眼』に狂いはなかったというのは面白い。

 ただ、なにが面白くない事がただひとつ。これらほぼすべて、ウチには残されていないことである。

 その名著の表紙(写真下)