【2008年1月】

1月31日(木)  きっとある『福田首相の一発変換』  (^o^) まあまあ
 いったい、いつから日本は「行政改革をしなくても良い国」になったんだろう。

 今のガソリンにへばりついている「暫定税率」とやらについて論議百出だが、もっと根源だけは見据えて視点をブラしてはならないと思う。
 うかうかしていると、役人に主導された与党の無能議員らにあれこれ目をくらませられてしまうおそれがある。

 小泉さんが最初にこの「火中の栗」をどうにかして、この国からもうムダをなくさねばならないと訴えて、ついにこの政党からもまともな経済感覚をせねばと考える人が出てきたのかと感心したものだった。
 「無駄遣いをなくし、次の世代にバトンタッチできるよう」国民はそれだけを願って少々のことには目をつぶり、行政改革に協力してきたのではなかったか。

 それを「居抜きのまま」政権を引き継いだ安倍サンだって、
 『同じバトン』をタッチして、緊縮財政、無駄な道路はこれ以上作らない、どこかの誰のためとも分からないような公共事業などやらない…といった原則抱えていたはずだ。

 つまりあの「リッター25円分」の『道路特定財源』にしても、どうせ暫定的な課税なのだから、他の疲弊している部分へ回すべきだとして、一般財源への流用を「公約」としてこれら政権は我々の前に約束してきた。

 早い話『道路ばかりでなく、他の福祉やら医療保険の補充などへも役立てる…と約束した』わけだし、それに党を挙げて賛成したからこそ、国民は自民公明両党に一票を投じたわけである。

 でなかったら、あんな政党になんぞ今さらだれが期待できるか…ってなもんである。

 そのおかげで、前回の総選挙でこの自公両党は衆議院で2/3以上の議席を得ることが出来て、はじめてデカい面をしていられるのではないのか。

 だから「片山さつき」だの「冬柴国交省大臣」などをみろ、正直にも本当にデカい面となって、国民の負託にああして応えているほどではないか(笑)。
 もし隣にいたら気持ちが悪いくらい、思い切りデカくしてくれている、よくフラフラしないものだ。

 それを…なんだろう、約束がちがう。
 約束を変えなくてはならない…ような事態が新たに起きて、政策を変えなくてはならない。
 それだったら説明が必要だ。

 スミマセンけど、お約束を180度変えなくっちゃならないんです。恐れ入りますがそれでもよろしいでしょうか。
 そう云って詫びつつ事態を説明し納得させた後に、
 「それでも信任して下さいますでしょうか?」と、約束をした相手(選挙民)にまず問うのがヒトの道ではないのだろうか。

 それをあたかも
 『もしあの『25円』の税金が無くなったら、国家存亡の危機、地方は死ぬ』のだとわめく連中はナンなのだろう。(宮崎のヒガシ知事も賛成しているが、そりゃあ、「ウチはもう道路予算への補助なんて要りませんよ…」なんて姿勢は間違ってもできるはずもない、そういったモノ貰い側の立場なのだから、くれてやる側の納税者側に立脚した意見などこの際出来るわけもないのだ)

 その説明がもしホントだったら、もうとっくの昔に息の根は停まっているし、山間の僻地のような場所に未だ人びとが住み、細々ながら生活を維持しているなんて、まずあり得ないはずである。
 どうしてそうした道路族やら建設族ら非国民らは、もっと早い時期、つまり小泉さんの時代にそうした「致命的だという政策」に対し、党を割る勢いで論陣を張らなかったのか不思議でならない。

 そこにもし正当な根拠があるとするならば、成立以来30有余年もの間、どうして『暫定』なる文言を新税のアタマに載せたままで良いとして放置してきたのか。
 そんなものに由緒やロマンがあるとは到底思えない。
 「語るに落ちる」とはまさにこのことではないか。

 ボクはこの日記ご愛読の毒者諸兄と同様に、このかんこうして腹を立ててきた。
 書きなぐりたくて仕方なかったけれども、NHK土曜連続ドラマ「フルスイング」があの「電車男」をも上まわる12,8%もの視聴率を上げ、恩師の故高畠さんの実話エピソードがこうも広く今の社会の人びとの心を捉えたのか…と、今さらながら嬉しくてたまらない毎日なのだ(感涙にむせんでいます)。

 しばらくの間、タカさんを見習って理性的にモノは申し上げて行きたいと思う。
 ともあれ、ここへ来て『つなぎ法案』提出→可決→両院議長ご出馬で、いかにものファジィな調停を与野党が呑んで、ひとまず収まった。

 無くなってしまえば地方の国民の息の根が止まる…とまで駄々こねて見せたにしては、ずいぶんとおとなしく引っ込めるモンだと感心。

 なんでぇ、言葉を変えれば早い話
 『3月31日までの結論先延ばし』と云ってよ、もう誤魔化しを始めてるのかよ。

 この「議長の仲裁」といったウルトラCを全マスコミが読めなかった。

 昨日のすべての全国紙新聞紙面1面でこんな活字が躍っていた
 『血ダルマ馬場、銀髪鬼虐殺』じゃなかった(古〜っ 笑)

 『ツナギ法案、宇崎竜堂ヨロシクゥ』じゃねぇよ。
 『つなぎ法案今日にも衆院通過』と勝手に決めてかかったものだった。

 その仲裁から今後の2ヶ月の日程を占うとすれば、来年度予算の審議は粛々と進むだろう。
 これは与野党共通のニーズだからだ。

 昨日までの与野党の攻防で、一応自民党守旧派とそれらの「票田に対して顔向けは立った」と見ていい。

 いずれはこの国家予算の金遣いも縮小しなければならない宿命、『おいしすぎた歯止めなき財源』の末路を目の前に、さすがに双方ともとっくに覚悟決めているはずだ。

 だとしたら、攻防のテーマは『一般財源化』か、『廃止か』といった論点へと絞られてくるだろう。

 国民のこの「25円を切り下げろ」といった声は彼らが想像する以上に国民には根強い。

 先日、こんな声を聞いた。
 『ガソリンはまだいいんですよ、こうして論議をまな板の上に載せてくれるだけマシなんです。』
 『ワタシら、農家はおととしの冬以来、重油や軽油の値上げを陳情しても与野党ともにちっとも聞いてくれない。利用する人数がガソリン利用者より少ないからなんでしょう、「それどころじゃない」って。こっちゃあ地方から上京して陳情団組んでいっても相手にもしてくれません』

 こう嘆くのはハウス栽培で野菜や花、果実を育て出荷しているJAの農家、栽培業者らである。

 彼らは冬の間、重油などでボイラーをバンバン焚いて、ハウスを暖め、本来育つわけもない植物を市場に出荷しているわけだ。
 北海道の酪農家の場合は数十年ぶりの異常低温となった今季、タダでさえ牛乳を泣き泣き捨てて、相場を死守してきているというのに、搾乳してミルクを出荷まで貯蔵する施設で凍結を避けるために、ボイラーで温風を当て、冷凍牛乳にならぬよう努力しなければならないのである。 
 
 群馬の根岸さんなどは、バラを切らさぬよう一年中市場に供給しているが、
 『おととしの冬から「利益が経費とトントン」の状態も、「出荷すればするほど赤字」』という。
 漁業とて同じである。
 関東の場合、豊漁が期待される黒潮の流れが今年は日本列島から100キロあまり南の海上を流れている。
 だから、同じカツオやイワシを獲るのでも(例えば)湘南地方沿岸からホンの少しだけ沖に船を出漁させ往復も簡単にできた…だから、船の燃料の軽油や重油も少なくて済んできた。

 ところが、今年はその湘南沿岸からグッと下がって、伊豆大島近海を洗うように蛇行しているため、関東・東海地方の漁業従事者の燃料費が急増してしまう事になった、まさに泣き面にハチである。

 与党議員らがしかめ面しやがって、もっともらしく脅しているところの
 『暫定税率廃止なら土木建築業界は首をくくらなきゃならない』というイカニモ言葉なんて、その”思いやりのあるお言葉”の裏には、こうした農家や漁師らにとっくに襲い掛かっている死活問題が、ドライに斬り捨てられているという残酷さが隠されている論法なのである。

 彼らの従事者人口では「集票力などおぼつかない」と、すでに与党にとって『頼りになる団体』から、『圧力なんて感じなくて良い団体』と見切りを付けたのだろう。
 しかし、これら国民生活の安定にとって貴重な『第一次産業が斬り捨てられている』2008年度ニッポンの現実ははっきりと認識しておかねばなるまい。
 すでにこの部分へと直撃がされている「生きるか死ぬかの問題」なんて眼中にないレッキとした証拠ではないか。

 道路やハコモノが日本を救うのかどうか、といった論議よりも大切なのはむしろ『燃料問題』なのであって、これをばっさり国の英断で『25円安くしてみせる』事でどれほど救いになるだろうか、考えてみてもらいたいのである。

 もう次期「衆院選」は始まっている。
 「ガソリン」で値下げ可能であれば、原油の精製過程を考えると「重油・軽油」も価格はズシンと下げられるそうだ。

 この『25円切り下げる』かどうかをめぐって、”犠牲者”まで実際に出しながら、どうしてああも道路建設族のほうばかりのご機嫌をうかがう論議しかしないのか。

 ボクは愚考する。
 「暫定税率」はそれこそ、『本当の暫定的に』返上して、『リッター125円』まで国策としてガソリン価格を下げるべきだ。
 世界の先進国の中でこうした国策を採ることによって、世界を席巻する『オイルハゲタカ(この表現は引っかかるものがあるが 笑)』共にやられっ放しの過去といい加減訣別して、敢然と連中に『対決姿勢を示す政策』を打ち出すべきである。

 不安定な原油供給を、『買い控え』『売り惜しみ』を国レベルで協同戦線組んで展開するのである。
 そうすれば、「25円」以上に価格はおのずと下がってくるはずだ。
 これによって、どれほど国民の顔が明るくなるかわからない。

 いまや緊急事態、特別措置法でも何でも上程して可決すればいいのである。
 経済効果もムードもそれによるGDPの伸びはバカにならないはずだ。
 あんな「日本列島改造計画」なんてものの実現のために、上程・可決できたような『暫定税率の上乗せ』なのであれば、四面楚歌の現在こそ『暫定的に廃止』すればいいのである。

 明日の危機になどに備える余裕があるのだろうか、今が危機なのであって、手術の開始は現在くらい悪い病状であれば充分ではないか。 

 株も世間の景気、とくに国民全体のムードを明るくするのがまず第一だ。
 今日のように、ガソリンを消費するたび、暗い気持ちにになっていたのでは商工業は頭打ちにしかならない。
 『プライムローン恐慌』などでアメリカから風邪を貰うどころか、肺炎にまでなってしまうのを心配すべきだろう。
 無策でいてはならない。ただでさえ、思い切った政策が今必要なのだ。
 (その代わりガソリンの「買占めをさせぬよう」罰則もつけておく)

 そもそも、原油投機の連中に「言い値で買わされていながら」さらに揺さぶりかけられている…なんて、『(ロシア除く)G6』の石油消費国同士の乱れた足並みが見切られている証拠だ。
 なすすべもなく、自由経済のタテ前のもと「オイルハゲタカ(やだなあ)」らの思う壺、値は上がり放題を指くわえて見送るのみ…。

 産油国が供給増を渋る(OPECらは「原油の在庫はすでに十分」との理由で増産拒否である)のであれば、それに対抗する形で「各国の備蓄や流通在庫を工面」しながら『しばらく買わなくてもやっていける』との、いわば『オイルチャンバー』的な協力体制を結び、「買い手側」の団結を対置すべき時期に来ている(燃料相場での原油取引を各国が免許制にして、法律により国家の血液はある程度統制するべきタイミングだろう=温室効果ガス排出削減へも卓効があるはずだ)。

 ともあれ市場価格の一角がコントロールできるようでないと、彼ら「売る側」による『売り手相場フリーハンド』がとどまる事はなく、消費国の息の根は遠くなく止められる。
 
 彼ら”売る側の象徴”としての「バベルの塔」はじっさいに始まっていた。
 (ア首長国連邦の)ドバイというごく小さな街では、オイルマネーが積み上げられた結果、気の狂ったような建築ラッシュが訪れている…というので調べてみたら驚いた。

 なんと『全世界の(建設用)クレーンの3割』がこのドバイに現在集まって「稼働中」であり、まだ足りないくらいなのだ…というから、あきれ果ててモノも言えない。

 話が壮大な方向へ際限なく伸びっぱなしになってしまった。
 最後に紋切り調だがこの暫定税率がどうなるか予想をここでしておきたい。

 衆院選挙はもう始まっている…。
 『暫定税率据え置き更新』では確実に「自公政権が過半数割れ」になるのはすでに、連中も観測済みだろう。

 「私たちは『暫定を通そうとしたのだけれどもダメ』でした」、道路・建設族へのポーズもさすがにもう神通力は期待できないだろう。
 それへのエクスキューズとして、4月になってからの『補正予算』でそれら『族議員ら”ドウロボー族”への追い銭』を目立たぬよう、くれてやればいいとの救済策が進行するはずだ。

 そうしてやれば自民守旧派らの顔は立つし、「とことん追い詰めた野党」も期待に応えたように見える。
 与野党ともに『国民のために戦うフリ』を精一杯演じたところで、

 「福田総理登場」。
 総理の土壇場で待ったかけた「こん身の決断一発」で『暫定税率の廃止』が決まる。

 いかにも断腸の想い(笑)をよそおい、引っ張るだけ引っ張り衆院選ギリギリのタイミングで発表するとボクは思う。

 こうした国家的規模で、「選挙民へ恩着せ」カマし、「支持率急速アップ」のうちに次回衆院選へなだれ込む戦略しか政府与党にはビジョンは開けない、4月の解散総選挙で再度この自公コンビは「議席の過半数」を取るのである(と確信している)。

 だから、自公両党にとって最悪のシナリオは、野党の要求によって「25円削減」が実現したのではありません、『民主党でなく、ワシらの福田さんが独断で決めたんですからね』、これだけは『アタシらが自ら決めてやったことなんですからね』と、さもさもらしくアッピールする事だろう。

 でなければ今後彼らに過半数獲得のチャンスなどめぐって来るわけがない。

 それ以外のシナリオで「自公政権の明日」などは考えられるだろうか。
 
 なるほど、知らんぷりしていられるわけだよな福田のおっさん。
 道路・建設族だって
 『福田のオヤジが世論に押されちゃって勝手に決めたことですからね、今後もパーティ券買ってくださいよ』ってな言い訳も出来る。

 これで「自民・公明」だけでなく、何故か民主までが救済され、なんだか景気まで浮揚してゆきそうな一年なのである。

 ひょっとすると、日本が春以降一人勝ちになるかも知れない。
 まんざら無さそうな話ではないでしょう?(笑)

1月24日(木)  鑑定士紳助さんの誤爆  (^o^) まあまあ
 昨晩は神奈川県逗子の延命寺で、雪混じりの中、加藤博一さんの通夜。

 すごい、驚くべき交流なさった人々のバラエティの広さに舌を巻く。
 殺されてもまだニヤニヤして
 『もういい?こんだけなのっ』って、目尻にシワ寄せ語りかけてきそうに祭壇から微笑みかける。

 参列者800名、この都心からゆうに一時間かかる遠隔地、そしてこの悪天候にもかかわらず、これだけの列席。
 この儀式における特徴は「カゲに回っても誰一人、白い歯を見せず表情さえ崩さない」ことだった。
 こうして死を惜しまれるような人生であったら、そう万人がうらやむことだろう。
 だけど、氏のようにいつも太陽のように笑いを絶やさない生き方の裏にどれだけ、消化しがたい悲しみや屈辱を笑みへと昇華してしまうといったヒロカズ流の異能を発揮されたことか…、思わず天を仰ぐ。
 
 貴殿のように生き抜く形を学ばせて貰ったものを糧に、こうした素晴らしいしめくくりを迎えられますよう、ヒロカズさんがんばります。

 合掌

 帰宅すると22時から録画撮りされたボクの出演分のある番組が始まっていた。
 結論ですが、「TVでのコメントは『6がけ』で」たのんます。

 いきなり、数年ぶり数えるVTRごしの紳助さんとのご対面だった。
 それがいきなりの『このはげちゃびん』古ぅ〜〜〜。

 そうです、私が「はげちゃびんの高く値付けしよる」男です(笑)。
 昨晩TBS系列で午後10時からOAされたMBSの『世界バリバリバリュー』をご高覧下さっただろうか。
 あの紳助さんが司会なさっている番組だ。

 あちこちのセレブや、目立つ人やモノを紹介し、スタジオのゲストらが紳助さんが予想する金額よりも「High」か「Low」を選び、トップを競うというもの。

 今まで世界中から金持ちやセレブを出演させてその金満振りをもっぱら題材にしてきた同番組。
 この番組で紹介されたセレブでも、日本のそうした人種の陳腐代表格=『脂肪吸引整形セレブ女医母娘』などは、まさに現代を象徴するようなケースだった。

 あに図らんや、この番組のOA映像がまさに「罪作り」となってしまったのが一昨年。
 ここに登場した、あまり美しくない「セレブ医者の娘女子大生」が白昼、拉致誘拐された事件である。

 この番組で流した映像がそのまま、誘拐犯グループらへの教材となってしまったのである。
 そして『無防備きわまるオンナだけの世帯』にほくそ笑んだ中国人のプロが日本人のゴロつき手下にして起こしたのが、あのSITにより無事救出できたものの、さんざ巧妙に振り回した都会型営利誘拐事件へと発展したのは記憶に新しい。

 こうした(加害/被害ともども)欲得ども連中がどうなろうと世間は知ったこっちゃないのである、大事なのは短銃でもマカロフなどの凶悪銃で武装した確信犯。
 これが救出する側に犠牲者でも出ていたら、世間は黙っていないはずで、局もこんなバカ親子扱った露出狂的番組作りの結果…と、放送倫理を問われるまでにあやうく発展していたはずの事件だった。

 「それ以前から」だったが全国の警察では、こうした格差社会の勝ち組諸家をターゲットに、国内に潜む第三国人グループがしきりにリサーチを重ねている動向をキャッチし、こうした強行犯らを「刺激しないよう」「また侵入されないよう」、地域の金満家で知られるような家庭に対し、署単位で防犯指導を行ってきた矢先にこの事件はまさに起こるべくして起きたものだった。

 おそらく、この女医宅やヒルズタワー棟を管内に抱える麻生署などは、この事件発生の報に
 『あのバカ、いわんこっちゃない』と、みすみす被害者が「招き入れてしまった危機」に歯ぎしりしたことだろう。

 あの川崎麻世とカイヤさんの自宅も、「お宅拝見」を”TVで流した翌日”に空き巣に入られ被害に遭った。
(笑ったのは、直前にあの江原ヒロユキなる気高いお方がこのお宅をやはり別番組で霊視した直後。そこで氏は「順風満帆」とありがたき太鼓判を捺して下さったその矢先の被害だったそうだ 笑)

 番組の側も思わぬ”XX人視聴者からの反応”に以降、映し方や角度などに神経を使っているらしい。
 だから、せめて「立地」や部屋番号など特定されぬための配慮をあちこちにめぐらしているのである。

 この番組も、できれば『海外のセレブもの』より、わが国のセレブの方が視聴者の食いつきもいいし、視聴率も良く、実際番組の首脳も困り果ててボクなんかにさえ
 『誰かお知り合いでいらっしゃいませんか?』など尋ねてきたのも去年のことだった。

 日本のセレブらも、さすがにこうした防犯につき学習する向きも増えたのだろう。
 ミエ張りたくて仕方がないのを我慢して(笑)、こうした『お宅拝見型』番組への出演依頼を断りまくってきた昨今…。
 たまに、そうした逆風にもめげず珍しく『出演OKの一家』と、スタッフ感心すれば、ヤレ「娘が独立して来月ジュエリーストア開く」だの、「懐石料理屋を息子がオープン」だのと、結局、先方の魂胆は危険覚悟(それともノー天気?)の自爆的プロモーション狙いだったりするわけだ(笑)。

 ともかく、平和な時代だったらこうした番組にこうした問題など付きまとうワケはないのだけれども、あいにくこうした悪い時代になってしまったため、その分ワリを喰ってしまう気の毒な番組なのだ。

 昨晩も、その工夫の一環なのだろう(面白かったが)単にセレブはスッゴーイといった単純企画ではなく、テーマを決めて「日本のスポーツマン一家」「アーティスト一家」を並べてみせる。

 巻誠一郎は熊本の実家、そして「千住真理子女史の一家」と、スポーツと芸術に秀でた『3兄弟』を訪ねての特集から出題となった。
 心配した(笑)プロモも「千住さんのライブ告知」だけにとどまり好感が持てたもの(で良かった良かった)。
(「メイクアウィッシュのチャリティ」パーティ招待で出演の彼女ったら、ギャラを事務局からふんだんに取り、商魂たくましき彼女CD売り場の机出しを見て、ボクはこの団体への取り組みをやめた。こんな貴族趣味なんて死期を前にした子供らに必要なのかよ!とは大脱線)

 そして『さて問題です…』となる。

 巻家の家宝『巻の実使用ジャージ』の登場だ(これなら防犯対策もしなくて良いだろう 笑)。

 ブツは:『2006ワールドカップドイツ大会予選リーグ最終戦実使用/代表全員サイン入り巻誠一郎選手ジャージ』
 ポイントを一緒に診てゆこう
a)一昨年ワールドカップ予選リーグ最終戦となってしまった「対オーストラリア戦」「その日付」のプリント入りの選手用、
b)ジーコから巻が将来性を見込まれて、「押し頂いた日本代表FW『11』」というエース番号の付いたもの。
c)ここに、代表全員+ジーコのサインが、びっしりと書いてある一枚。
d)特にこの日付が現役生活の最後の試合となった中田英寿のサインがある。
e)前大会「まさかの代表落ち」に泣いた中村俊輔(捲土重来の活躍見せたこの大会)のサインもある。
f)等など

 惜しくもジーコジャパンはこのオーストラリア戦で、攻め込むツメの瞬間ゴール間際、相手方の反則まがい捨て身のプレーに遭って、みすみす貰えるはずのペナルティキックの機会をレフェリーが与えてくれずに試合は続行、結果敗れ「予選リーグ敗退」で帰国となったわけだった。

 これはその記念として、最後のゲームのジャージを巻がチームの全員から翌朝署名をして貰い”完成”させたもの。

 紳助さんはご自身の評価を出す際に
 『サッカーファンは年齢層が若く、意外に安く50万円』との鑑定を下す。

 さて、それよりもボクの出す鑑定額が果たして「High」か「Low」プライスなのか。
 ゲスト陣へのヒントとして、
 『この前野さん(の評価額は)は「たっかい」ねん』と笑わす。

 でCM明けて(VTR出演での)ボクの評価額、
 それは『250万円』。
 
 エェ〜〜ッ

 『な、云うたやろ。あのはげちゃびん(笑)は高づけすんねん。』とのオイシイお触りをついでに頂戴す(爆笑)

 それにしても氏の金額「50万円」は安すぎる。
 それはせいぜい、サポーターが着ているような
 『レプリカジャージへの日本選手団の寄書きサイン』に付いたらふさわしいお値段である。
 (それでも、中田英寿や俊輔がそこへ加わるかどうか疑問。中田の事務所はギャラ的にも署名参加NGだろう。)
 
 紳助さんはかつてお住まいの(大阪市郊外の能勢郡)自宅敷地にサッカーグラウンドを持ち、ガンバの宮本はじめ、多くのJリーグ戦士や在阪TV局のPやDらも加え、時にはプロ野球選手らまでごちゃ混ぜのサッカーを興じていたほどのサッカーファンとして知られる。

 当然氏の周囲にはそれら「プロ選手集団」との付き合いの環ができ、「欲しい選手のサイン」などカルいもので、「欲しい選手の用具」やら「ユニフォーム」なんてお手のもの。
 彼らが「核」となって、直接縁のない選手にさえ声が届けられ、紳助さんのツルの一声さえあれば、遠くなく実使用の一級品が【もらえる】立場にある。

 あのオーガニゼイションの力をまざまざとボクが知ったエピソードがある。

 あれだけ、『実使用の品には後からサインをしない』ので知られるイチローのサインを、ある時紳助さんがボクに「サインなしイチロージャージ」の購入の可否を尋ねられたことがある。
 当時「サインなしでアヤしい品」が多々見られていたため、ボクはコレはとりあえず本物なので、 
 『ここにサインが入ったら、ゼッタイに高くなる』と述べた。

 そうして太鼓判捺された紳助さんは、すぐさま一計を案じた。
 関西地区にいる、「ある断りにくい両者共通の友人」を押し立てて依頼するのである、そしてまたたく間にこの一枚を「サイン入り実使用ジャージ」へと変身させてみせた。

 それ以来氏は
 『実使用スポーツものの蒐集』という病いがすっかりコウモウに入るようになって今に至っているのである。
 『いまやイチローの一打席一打席が他人ごとのようには思えませんっ!』と笑う。
 これが『実使用品蒐集の醍醐味』を知った者の愉悦というものだ。

 別の機会にも『前野サン、あのな、OO「選手に頼む」としたら、普段使うている物ならXXってよろしいんです?』など、実に「使用者と愛用品とのツボ」を押さえた逸品を候補にして相談のタネにされるので、そのプロデュース感覚にはボクも舌を巻くセンスをお持ちだった。

 それにしてもウラヤマしいではないか、ボクらはそれらの夢を「金で買う」のに対し、氏は「もらっちゃう」のだから(笑)、とても歯が立たない。

 だから例えば「ワイキキ海岸べりに住んでいる人」が、うらやましい〜と云われても、あの海岸の価値を高く評価などしない…、それと同じように紳助さんはサッカーのそれも「『巻ていど』のワールドカップ実使用」でもこうした評価しかなさらないのだろう(どんな「たとえ話」や)。
 しょせんは「貰える範囲」の品物への評価である。

 だけど、”だった”としよう。
 サッカーのファンとしたら仮にボクがこれを番組で『50万』といったらどうするだろう…と考えてもらいたい。
 おそらくは局に抗議が殺到するのではないか?

 そもそも買い手の誰もが「シメた!安い!」なんて歓迎するプライスなど決定的に誤りなのである。
 ボクはバッタ屋とかバナナ屋(古〜っ)ではないのである。

 『買い手に迎合し喜んで貰う』ための目的で、
 巻誠一郎はじめ、こうした大会を乗り越えて”将来必ずサッカー強豪国に成長するはずの礎”となった、「07年WC代表メンバー」の価値じたいを仮にも落としこめてはならないのである。

 まずボクの説=『250万』を分解していこう。

 じっさいに、朝が明けて翌日のこと、このようなお問い合わせのメールをお得意様から戴いた。
 『巻さんにあのジャージを250万円で売ってくれといったら、本当に売ってくれるだろうか。前野サンとか知り合いにお願いして交渉などできたらしたい』と尋ねてこられた(ボクはそんな交渉なんてイヤだ)。

 残念ながら『日本はサッカーの後進国』の一つである。
 今後は確実に強くなって、ワールドカップでも「決勝リーグ常連国」と向かうだろう。

 それには巻のような大型で、かつ動体視力に優れたフォワードを中心に置いた攻撃型陣形を日本代表も形成して戦うことになるだろう、いや、そうなくてはならない。
 こうしたコンセプトをジーコは「忘れ形見」として、自分の見込んだ優秀な日本製純正部品としての『巻=11番』を選び、エースナンバーを授与したのである。

 しかもジャージはその「06年大会最後の試合の日付」のプリント入り、そこでは日本の「黎明期の日本サッカー界を築いてきた象徴」としての中田英寿が最後の一筆を唯一無二の「試合用ジャージ」に残している。

 あのピッチの芝生に顔を隠し、大の字になって現役の最期を満場見守るなか味わった中田。
 あのシーンと、彼がセリエAに日本人として初出場したゲームで、いきなり3得点たたき出しペルージャの一員としての衝撃的シーン同様、日本サッカー史に必ず刻まれる2ページとなることだろう。

 そして「中村俊輔のサインの同居」も大きいとボクはここで云った。
 前大会で「まさかの代表落ち」を味わい、このドイツ大会代表の座をまさに実力で奪還したばかりでなく、やっぱり出たらすごかった…捲土重来ぶりを見せ付けてくれた中村。

 さかのぼればあの代表落ち決定の晩、サッカー狂で知られる「清水圭」さんが俊輔と偶然夜道でバッタリ、気まずそうに慰めると『付き合ってください』と、その悔しさではち切れんばかりの胸中を、痛飲しながら共に無念を酌み交わした話を、ボクは圭さんから直接聞いている。

 そのドイツでの最終戦のジャージに、中田やジーコらと同居できた出会いと、この大会への思い入れ。
 その一枚の寄書きに加わり、ペイントマーカーを走らせる筆先に込められた彼の心の中とは。

 ボクは、オフィスにジャージ携えて取材にやって来たカメラに対し
 『これが市場に出たら250万円はするでしょう』(これは編集で”生きた”)

 『また「250万円以下」であったらむしろこれを売ってはいけないと思います。』
 (これをはじめ、上に述べてきたような多くのこのジャージにまつわるプラスのファクターの数々。この一枚が象徴する「日本代表の将来性にまつわるコメント」などはことごとく、番組進行には不向きらしく「生かされる」ことはなかったのである)

 先のお得意さまではないけれど、ボクの掲げる「鑑定額は高い」のかもしれない。
 だが、それはあくまで「現時点での市価」にすぎない。

 そしてついでに視聴者各位に於かれましては
 『テレビでのコメントも(価格とは別に)せいぜい良くて6割、悪くて2割ていど』と、心には納めて下さるようお願いしたい。
 実際にカメラを回す者、外からやって来た「一人の男の言い分」だけしか見ない者、取材者と編集者。
 どうにでも印象は違って作れるものだし、道具としての利用だけならどうにだって粘土細工のように加工なんて簡単だ。

 だから取材の段階で取材され、『ボクの見解』というものを編集し組み入れて完成させた一つの番組を、出来上がったOAの段階で眺めたらいくらでも文句などは出てくるし付けられる。

 編集はコワい。
 だけど紳助さんという方は面白い。
 それは『いっさい自分の出ている番組は見ない』のがモットーだからだ。
 その理由は明確にはされていないけれど、おそらくTV番組に内包されるそうした限界性をわきまえておられるのか、それとも見たら文句はいくらでも云いたくなるから…なのか。

 氏の出演番組の特徴は、収録時間が『予定より長くなったり、短くなったり事前に(ケツが)読めない』ので知られている。
 別にトラブルが起きて延長が多発しているのではない。
 台本とは別に紳助スタイルといった、フリートークが好きなように続けられ(これがウォームアップなのか?)それがソロソロかなと思うと番組進行へとヤニワに入る(だからカット部分は当然とてつもなく多い)。

 どこのノリで「このP(プロデューサ)は切ったのか」「あの部分をこのPは残しているのか」、このエッセンスをどれだけ、どの部分を利用するかで毎回の収録分の味が違ってくるし、番組のPが紳助さんをどう位置付けているか…。
 それまでが左右されるし、それに出演者らから見てもPの手腕が一目瞭然となる。

 云い始めたらキリがない、こうした諦観から(?)OAは目にしないという紳助さん特有のやさしさがそこにあると思う。(考えてみたら、氏は若く見えるけれども、もう30年以上もテレビ一筋で「映される側の論理」を味わってきた大ベテランなのである)

 ボクらなどは短いコメントに生命をかけなければならない。
 大げさだけれも、それで信用をすべて失う事だってあると覚悟しなければならないのである。
 そこで大事なのは何より裏付けである。

 実際に品々をめぐって、丁々発止斬った張ったをやらなければコメントなどすぐに枯れるし、他者から『コメントを借りてばかり』などと云うブザマをさらすだけの者へと堕ちる。

 口はばったい云い方だけれども…ボクの高く評価したものは後年必ず高くなる。
 でなければ、お得意様が一方的に損をする…だけではないか。
 それを「高い」という御仁には売らないし、売りたくもない。
 
 また買わなければいい、こちとら別に『米やガソリンを売っている商売』ではもとよりないし、また高価で硬直したままの道楽モノをひさいでいるワケでもない。

 ボクの任じているこの商売、それはまさしくそこにある人びとの営為や流した苦労の価値や重さを、「時の証言者」として理解し、正しく他人に伝える気持ちを持ち合わせないとやっていけないものだ。

 「その場限りの思いつき」なら悩みも何もない、万人に迎合する価格を披露して喜ばせれば済む事だ。
 鑑定などという作業なんてハナから不要である。

 そんな安易さとの引き換えが、現世にはびこる
 『他への尊敬をないがしろにし、失われてゆくものへの価値など惜しまず、ただ目の前の金だけしか「絶対の存在」と信じて疑わない』そんな風潮をさらに呼び込むだけ…ではなかろうか。

 「高づけのはげちゃびん」、まだまだ辛口でいなくてはならないようだ。

1月21日(月) / タカさんに次いで、博一さんまで?(未校正)  (;_;) 最悪
今、15時24分これは第一報だけれども、『あの』加藤博一さんが亡くなった、享年57歳だった。
 ガンでこのところは病床に伏していたという。

 死因も何も分からない。
 たった今、最大の支援者の方の下にご長男から訃報が届けられたばかりだったとの事。

 ショックだ。
 この土曜日、やはり亡くなられた名コーチ高畠さんの晩年を描いたNHK新シリーズドラマ「フルスイング」で、高橋克美さんがまさに生き写し、そしてご熱演にはわが茶の間も涙、ただ涙にくれて拝見したばかり、その『第一回からコレかよ〜』に打ちひしがれたようで、広くにご視聴をお勧めした者としてどうにもキーの叩きようがないな…と、失礼を決め込んでいたところだった。

 そこへ電話
 『カトウさんが亡くなったんですよ…』

 えっ、えっ?しばらくはどこの加藤さんなのか、ボクは「別の加藤さん」を頭の中で探し一瞬だけれども素晴らしく多くの『かで始まる「加藤」姓の方』のファイルをザア〜〜〜ッと探した。

 電話の主との共通するカトウさんは、哀しいかなお一人だけだった。
 このかん、先方も「ヒロカズさん」とおっしゃらなかった事に悲痛の分量がボクと変わらないことを察した。
 ボクは観念したように口を開いた
 
 「ヒロカズ さんですか?」

 『ええ、加藤博一さんです、ゆうべガンで亡くなられた、と今ご長男からお電話戴いたところです』

 言葉もない。
 この正月だっただろうか、スポーツ界から昨年度で引退した選手らを特集するTV番組内、そこで広島カープの佐々岡投手の部分で登場したのがボクとの最期の瞬間となってしまった。

 佐々岡が、昨年「最後のバッター」に餞(はなむけ)の三振などするな、思い切り振ってこい!と人づてに伝えたそうだ。
 投じたのはストレート、それを左翼スタンドに叩き込まれ、佐々岡は有終の美を遂げることとなった…という話は誰でも知っている。

 だが番組では、そんな佐々岡がカープのルーキーとして登板した際に、この加藤さんが横浜ホエールズを最後にバットを置くことになり、横浜球場満場のファンの前で『現役最後のバッター』として対戦したのがこの新人投手佐々岡だったのである。

 画面はその思い出のシーンを映し出した。
 加藤さんは「白にマリンブルーのユニフォーム」、そして手にはあの『グリップエンドが出っ張っていない』バットを手にピンチヒッターとして打席に送り込まれた。

 アンダーシャツでしきりに汗を拭くような素振りで顔をぬぐったヒロカズさん。
 季節はもう10月、ちっとも汗なんかかいていなかった…なのに、左打席の浅黒い顔の佐賀モンは一球一球「汗の処理」のたびに打席を外さねばならなかった。

 センター中心の右左へ鋭く「落とす」そうしたキャラの打者が、この日はまるでスラッガーだったかのようにフルスイングでバットをうならせ「当たったら間違いなくホームラン」と思わせるほどのこん身の力を木の棒に込めていた。

 佐々岡の球は、リリースの際にあまりにスナップが早いためにロージンの粉がパッと宙を舞う。
 あたかも劇画で超剛球が音速の壁を突き破るように、煙を吐いて打者に突進するから…、その瞬間が楽しみという多くの野球ファンを今まで魅了してきた。

 その時もそうだった。
 佐々岡がドッコ〜〜〜〜ンと投じた白いボールはビッシュと音をたて加藤さんに飛んでいった。
 『ブワッシィ〜〜ッ』と、バットが水平に唸りを上げて空転する。
 
 それは見事な三振だった。ヒロカズさんはその回転のジャイロ効果か打席でもんどりうって倒れるほどだった。

 まさにプロの三振と、プロの奪三振、両者の非凡さが球場を沸かせたのだった。

 『それ以来、佐々岡とはよく飯を食う仲になったんですよ。いい仲間です』
 と、画面の中のスーツ姿の加藤さんは述懐する…、「(あ、加藤さんだ)」久々にお元気そうな姿を思いもよらぬ形で確認できた。

 それがまさか、最後となるとは。
 ボクのHPの中にはそんなヒロカズさんについての記述がある。

 コメントがとにかく軽妙なので、放送人も視聴者もつい誤解をしているけれど、野球についてのことを述べる際のヒロカズさんは決してお笑いなんかではなく、非常に硬派。
 硬派そのもので、さらに現場の選手に注ぐ視線が優しいのではナンバーワンではないか。

 そうどこかに書いてある。

 出身の「佐賀県立多久工業高等学校」のグラウンド、そのレフトの奥まったとんでもない位置にネットが高く張ってあるのを見て、今は多くのものが首をかしげる、それほど素っとん狂な位置なのだ。

 それはこの加藤博一という野球部の打者が、あまりにフェンスのはるか後方までボールを飛ばすので、設計の間違いかと、その飛距離に合わせて設営したところ、レフト側だけそうしたいびつな構造になってしまったのだという。
 また、それによってこの打者はそんなにすごい打者だったのか…と、あらためて周囲が知ったのだという。

 今だから云うけれど、そうした酒も飲めない硬派が、平和台球場で『西鉄のエリートとして入団してきた東尾投手があまりに我がままで、職員らも手を焼いているのを見かね、意見をしたことがあった。

 すると、やはり一筋縄ではないかないトンビ、そんな先輩の心遣いを無視し口答えしてくるので
 『あんなやろう、右フックでぶっ飛ばしてやりましたよ(笑)。そんで、(いきなり笑い出し)あいつのロッカー開けてですよ、トンビをそのロッカーの中に閉じ込めて、そのまま鍵かけておきましたよ(爆笑)』

 ボクらの兄貴分として球場で出逢っても、とんでもない向こうから
 『いやいやいやいや、』と、あのデカい手を差し出したままやって来て握手をする。

 あの人まで天は奪ってしまうのか。
 だけど、稲尾さんが大好きだったヒロカズさん、ボクは無理やり『顔をしわくちゃにして抱き合っていそうだ』そう思い込むことで、悲しみを追い払おうとしている。

1月13日(日)  新年早々の「命拾い」  (^o^) まあまあ
 おととい、チャリティゴルフを主催するプロ野球選手会首脳、篠塚・川相さんら現役コーチらとの慰労コンペに行ってきた。

 NHK教育の『趣味悠々』で、現在OA始まったゴルフ編講師=石渡俊彦プロも初参加、驚いたことに氏のハーフは『29』。

 パットの総数ではない、「ハーフ9ホール」のスコアなのだから、(原監督と並び)プロ球界1・2と呼ばれる篠塚氏さえ言葉もない。

 石渡氏「29」、ボクはその倍(笑)。あ〜〜いやだいやだ。
 その石渡氏、今まで「30というスコアはちょくちょくあった」(あるんじゃねえよ)けれど、『さすがに29は初』という。控えめなやさしい人柄…というのに、レイクウッドGC特有の「クセのあるグリーン」をモノともせず、それらのホールの「ほとんどがワンパット」だったという(え〜加減にせいよ)。

 「29割る9」…ということは平均3打、520ヤードなんていうロングホールも2オンなのか(絶句)。
 で、ワンパット?バカヤロー。
 あ〜〜いやだいやだ。

 奥が深いなあゴルフって。
 で、その石渡さんのゴルフ講座は(3月末まで毎週金曜日夜、)NHK教育「今夜(11日)が初夜第一回めなんです」という。

 帰路、参加したボクら20人全員が駐車場などで出発前、家族に電話し『番組を録画するようを指示』している姿ながめ、『ハーフ29』という結果がいかにボクらにインパクト与えたか、その大きさが判ろうというもの(ちなみにインの後半で37叩いて、66の6アンダー、「さすがにリキんだ」との事、ザマあみさらせ 笑)。

 ゴルフにリキみは禁断じゃないか、教えただろ石渡クン、若いな…フッ。

 それにしても、リキむとボクは方向がメチャクチャになるのでついつい柔らかく打ってしまう、こんな「センター返し的」ドライバー術が身に付いてしまってか、ちっとも飛ばない。

 せいぜいが飛距離240〜250ヤードといったところ。
 不思議なのは「クラブを別モノに」代えたところでそれは変わらない。

 いつだったか、こいつを同じ組のロッテ(エース捕手)里崎君に渡し、
 『試しに打ってみて』、と頼んだところ
 「か〜るく280ヤードは」飛んで行くのを見て、今後は自分だけを責めることに決定(笑)。

 里ちゃんより『コレけっこう飛びいいっすね』などと褒められながら返還されてきても、ナンにも云わずシャアシャアとスマしているそのクラブ、ヨネックスサイバー5000のヤツを
 『この裏切り者、尻軽オンナ!』とか、ボクはののしりたくなった。

 ところでこの日ボクのスコアが崩れたのは(いつもだけど)、ラウンド途中で大の愛用クラブ『ユーティリティの2番』というリーサルウェポンを失ったからに他ならない。

 あるホールでティーショットを曲げ、わずかに木の根元に落としてしまった。
 そこで、「フェアウェイに戻すだけ」のリカバリーを企図、その『レスキュー』という商品名のずっしりしたヘッドのスチールシャフトを用いて、カッツンとプッシュバントするつもりでアプローチのシミュレイトしてみると、あららテイクバックの際にコツンとその木の幹に触れてしまう。

 何度か当たらないようなスゥイングのイメージ素振りしてから、ポンと行こうと思ったが、そのシャフトが振りかぶった際、ほんの少し「幹」に当たってしまったのだ。

 『カッツ』こんな音が右耳の向こうで聴こえたと思ったら、ズチャッっと背中に痛みが走り、グリップの両手がまるで「空気を握っている」かのように軽くなった。

 真っ二つに折れたのが信じられなかった。
 まさか…、こういうものは曲がるんじゃないのか…。

 目の前に両手の先にあったはず…の、光り放つクラブシャフト、なんと「中間から先」がない!?ではないか。

 『うっそお〜〜』ではなかった。
 背中の痛みはボクの背骨の稜線に、「ヘッドの先についていたシャフト」の先端が突き刺さろうと、空中でナイフスローイングよろしくご丁寧に向きを換え、ご主人様を襲ってきた衝撃ガチンだった。

 その鋭い切っ先は、なんと、たまたま買いたてのサスペンダーを今日は内側に着ていたため、背側交叉用の金属製バックル部分に命中し金属音をたて、足元に落ちていった。

 そのラウンドではボクも帽子など何もかぶっておらず、わずかでもズレて頭部(や延髄)にそれが突き当たったらと思うと身の毛がよだつ。

 年配のキャディさんが真っ先に飛んできた。
 「だ・だいじょうぶですか!」真っ蒼になっている。

 取り乱して(くれて)いるのだろう、ボクのしたことなのに彼女はすみません済みませんと繰り返している。

 大げさと云う言葉があるとすれば、ボクは常に『小げさ』で済まそうとする信条だ(ホントだよ)。

 『いや、こちらが不注意なんです、いや、それにしてもこんな簡単に折れちゃうんですね』
 「フツウ、曲がるんですけどね」
 「いや、何事もなかったなんてホントによかったです、あだしドキドキしゃって」
 彼女は震えていた。

 ここのGC会員に訊いてみたら、なんでも『折れたシャフトがノドに刺さったケースがここでかつて起きた』のだそうで、キャディさんはそうした過去の事件をご存知だったのかもしれない。

 「モノのはずみ」とカンタンに云うが、それにしてもスチールシャフトというものは、「折れる」「曲がる」素材だとボクら凡人ならそう認識してきているだろう。
 だけれども、あんなに簡単な遅い速度で当たっただけでまさか『折れてしまう』素材だは意外千万。
 こんなの誰が予測しているだろう。

 予測はしていないものの、『警戒』まではどなたもしないに決まっている。

 『遠くへ飛ばすという命題』にばかり目が行ってしまい、ヘッドはずっしりと重く、シャフトは羽根のように軽量化が図られてきた。
 『そのために、折損事故が起きるんだ』との居直られるようなら、ユーザー側はたまったものではない。

 このモメント過程による折損事故が、『テイクバックの際』におきた事でメーカーのためにも本当によかった、助かった。

 これがもし、インパクト後とか、スゥイング後半だったら…その折れた部品の飛行方向には同じ組のパートナーらがいる。そこへもしバッチ〜〜ンと……

 戻ってきたクラブを細かく眺めてみた。

 ヘッド部分は「中国製」
 シャフト部分は「アメリカ製」

 これらを『組み立て アメリカ製』と、製造の分担がフクザツに違っている。

 「鑑定」してみると、シャフトは同じスチールでも薄〜く、薄〜く、そして薄いのにも関わらず相当に硬度が硬そうな金属である(爪ではじくとキンキンという)。

 だったら:

 鉄は、硬くすればするほど、『「曲がる」から、「折れる」性質へと変質』し、破断の際の態様は違ってくる。
 だったら、人間の力では折れないほどに硬度を硬くすべきである。

 「この薄さ」が高機能の命題ならば、反発力が落ちてもヘッドを軽くしなければならないだろう。
 この重さではシャフトがもたない、だったらシャフトを柔らかくするか、ヘッドを軽くしてやらなければ「折損」事故とは宿命的に隣り合わせになろう。

 こうした構造で怖いのは、練習場などでさんざ打ちまくりダフリを重ね、シャフトの一部分に「金属疲労」が集中すれば、そこからこうした破断など自然に起ころうというもの。

 どうか皆さんもくれぐれもお気を付けいただきたい。

 最近のクラブは「曲がる」のではなく、「簡単に折れる」のである。 

1月9日(水) / 野球の理想を求め散った方のドラマが…  (^o^) まあまあ
 この19日土曜日から毎週この曜日夜には、数多くのプロ野球人が威儀をただし、ブラウン管の前でNHKのドラマを観る習慣がはじまるだろう。

 ある者は家族と、またある者は家族に表情を見られたくないため、男がそっと一人で眺めることになるはずだ。
 2002年、プロ野球界は一人の偉大な才能を失った。
 高畠康真、稀代の打撃理論を作ってきた男、この男に球界はこの年のオフを期してすっかり見限られた格好となったからである。

 高畠が育てた、いや(首位打者の)タイトルを獲らせた男といったら二軍選手だった落合をはじめ、不器用で足が遅い外人のレロンリー、右打者西村にはマンツーマンで左打ちも教えて『スイッチ化』を経て、シーズンの集大成が、そのシーズン大穴馬券の「首位打者獲得」だった。

 あの川崎における歴史的名勝負「10・19ダブルヘッダー決戦」のような修羅場に、(タイトル欲しさに走り、欠場させることなく)強行出場させた末に「毛差」で競り勝たせた高沢秀昭という首位打者もいた。

 コーチの氏が偉大だったのは、選手の持ってきた才能に頼らず(?)、ごく普通のセンスを刺激して『首位打者を獲れるような打者にしてしまう』ことだった。
 『特技は催眠術』と選手年鑑にはあるけれど、ボクには
 『新聞の速読をやってるんですワ』とささやいた。

 パッと広げた新聞に何とかいてあったか要点を読み取り、一瞬に記憶する。
 この才能によって、何ができるのか…

 『相手守備陣の陣形を覚えたり、相手側ベンチでの不自然なジェスチュアや動きを把握する』のに役立つという。

 そうして、相手のブロックの逆を突いてヒットにしたり、相手方ベンチからのサインを読む…ワケである。

 南海ホークスに中大から新人で入った彼が、プロ入り後まもなく怪我で現役断念すると、野村克也にその異能を見出され、もっぱら「敵を観察する眼」となり、また耳となってホークス攻撃陣へのサポート役コーチという、先進的なID野球を形づくる柱になったといえる人物だ。

 その後、ロッテに打撃コーチとして「野村学校」から初の派遣教師(?)一期生としてデヴュー。
 前記のような選手を手当たり次第にバックアップ、その後ヤクルト、ダイエー、中日、オリックスと氏の教え子らは確実にバラエティ豊かに増えていくのだった。

 思えば、あのヤクルト池山や広沢にしても氏が担当する前までは、大きいのは打つことは打つ。
 だが反面、まるで扇風機の風力争うように、この二人は三振数でもセのトップを争うほどであった。

 それが野村氏が久々に「セの監督」として招聘されユニフォームを着た際に、さっそくロッテから呼び寄せ片腕としたのがこの高畠氏だった。
 『おい、タカ判っとるな。あの二人に「三振を200もさせとくな」』がまず第一の至上命令だった。

 右打者の広沢には氏はこうアドバイスした
 『2ストライク追い込まれたら、飛距離は犠牲にしてもええ、左右のグリップに(指二本分)すき間空けて打て』とアドバイスし、「三振王」の汚名返上させたばかりでなく、チャンスに打点を取れる四番打者へとすっかりイメージ変貌させてしまった。

 あのしぶといアリアスという外人選手をアメリカの片田舎で発見した際もそうだ。

 氏の指導法に心酔する選手らが、夢中になりそのうち仲良くなってゆくのを必ず白い目で見る人々がどこの球団でも現れるのであった。
 特に歴代の監督では、特にシーズン成績が悪かった監督…ほどそれを嫌う傾向が顕著だった。
 中日では『好きなようにやってくれ』と招聘しておきながら、次第に影響力の喪失を妄想し、快く思わなくなった星野監督は、氏のユニフォームを脱がし現場から隔離、背広を着させて縁を切る…スカウトという閑職を与えた(それなりに重要な激務だが)。

 氏がアメリカのマイナーリーグでさえ、さして成績も挙げていなかったジョージ・アリアスという無名の選手を、単身渡ったテキサスの「閑古鳥球場」で見出し、「こいつは最高の打撃センス、中日なら必ず主戦力になる」と紹介するも、返ってきた答えはNG。
 『ホームランが打なければ魅力がない。欲しいのは大砲』と蹴飛ばされた。

 当時はメジャーリーグでも
 「(マイナーとはいえ)打率は2割もあればいい、ホームラン30本打っていればどんなのでも欲しい」という、「ホームランと奪三振が球団経営のカナメ」と信じられていた頃の、バブリィベースボール経済の真っ盛りだったのが、一人前にマネだけはする日本の全球団は中日のみならず「右へならえ」の状態だった。

 その時LAのホテルで出くわしたボクと氏は、邂逅を喜び合いながら、せっかくの逸材だというのに苦汁をなめたアリアスについての話をしながらも、氏はしきりに悔しがっていた。
 『前野サン、マイナーにはね「毎年3割打っても冷や飯食っている天才」がいっぱいおるんですワ。それをね、メジャーの向こう張って日本の野球が、ブルンブルン振り回すだけのバカを、高い金出して取り合いしとるんですよ(苦笑)。』
 『そうして年齢もフけて行っていつの間にか引退していく選手がいかに多いか。彼らなんか片っ端から日本に連れて行けば確実に働きますよ”主軸”ですよ、そらぁもう確実ですワ』

 今になって逆算すると、この頃になって氏の頭の中にあった「日本プロ球界へかける夢」はいい加減消えつつあるようだった。
 会えたびに『若い子らはいいですよ〜。子供にホンマっ教えたいなあ』と遠目になって繰り返すようになったのである。

 この頃氏は中日職員でありながら、そのかたわらで日大の『教員資格を取るための通信講座』を受講、それを単身赴任先で夜の独学を開始していたのである。
 この年、じつに54歳というのに、新しい理想像へと向かってスタートを切っていたことになる。
 ボクとて、この企画力あふれるロマンチストのこと、半信半疑でそれを受け流していたのが今となっては恥ずかしい。

 メジャーでは『コーチ』というと「表舞台の人種」。
 だが、日本球界では「裏方さんの一人」でしかない。
 残酷なようだが、『名監督』との単語は成立するが、日本で『名コーチ』との単語は世間に認めてもらえないものだ。
 そこにはこんな日本的風土に関わる特殊事情があると思う。
 たしかに、選手は成功しても『コーチのおかげです』と、対外的にはなかなか口にしてはくれない言葉。

 番記者ならずとも「シーズン席買い込んでいるほどの熱心なファン」だって、グラウンドやらキャンプを様子を見れば『OOコーチとXX選手の師弟関係』なんて承知の上の事実…。

 なのに、それは表立っては「選手の側からは」公言しないのが不文律となってしまっている。

 球団との年俸交渉にしても、それはあくまで「選手個人vs:球団」との契約の範囲内にとどまる。
 この席で選手からの『XXコーチのおかげで』なる本来は語るべき謙譲の美徳も、残念ながらあたら年俸=自分の才能の鑑定価格を削る効果しか持たない。

 それでも交渉の席で「高畠コーチのおかげで」と実際に述べた選手の話を耳にすると、氏は呼びつけて
 『アホなことするな。お前の手柄なんだ、バッターボックス入っとるんはお前なんやからな。お前のこさえた成績なんだから、もっと胸を張って「もっと給料よこせ」、こう云うたれ』と尻をもっぱら叩くような人物だった。

 長い付き合いの仲でボクはたった一度も聞かなかった言葉、
 『あいつはワシが教えたから…』という恩着せがましい言葉で、この人は自分を褒めることがなかった人物だった。

 よせばいいのに、こうした交渉の席における「選手の心得」まで述べたのが外部に漏れるのが伝わると、まず間違いなく曲がって伝わるものだった。
 球団にアドバイスすればそれは「告げ口」、選手にアドバイスしたらそれはすべからく「会社の敵」といった見方を必ずされる宿命を毎シーズンのようにこのフェアな生き方しか知らない男は損しか知らなかったのである、そして成績不振の球団からはきまって疎んじられてゆく。

 そんな氏をハタで見ていたボクは、本当に「なんと不幸な性格なんだろう」と眉をハの字にしてしまう、そんなステキな人物だった。
 しかし、そこには何の『私欲』などない、ただ『男気(おとこぎ)』しかないのを見抜いて、「よっしゃ、味方になってやろう」という侠気の者などは世間にもっと少ないという現実も、これまた氏にとって不幸だった。

 プロ野球球団というと一見華やかそうだが、現実には”黒字で税金に持っていかれるよりはいい”とばかり
 「独立採算制だとしたら、今にもつぶれるかもしれない(カネ喰い虫構造の)子会社」として、親会社からは優勝でもしない限り、白い目で見られている企業グループのピラミッド構造の中でも、下層(か、デキの悪い宣伝部)に位置するといった力関係だ。

 だから、スター選手など言ってみれば
 『給料のバカ高いパート工員さん』とさして変わることはないのである。

 『前野サンね、監督やコーチなんて代わりはいくらでもいます。ですがね、選手の代わりはおらんのですよ…。』氏はあの長いコーチ人生の中で、いっくらでも選手が納得するまでボールをトスして何百本でも打たせた、ボールを叩かせた。
 だが、ボクは18歳の新人にだってこの人が
 『ボールを拾わせている姿』だけは見たことがなかった。
 ボクは見かねて球拾いして上げてから近しくさせて頂いた。
 朝日新聞の運動部、抜井記者も『まったく同じようにタカさんと親しくなった』と、同様の出逢い方を経験した同志として嬉しくなった。

 ある日『あのガキ、打つだけ打ったらサッサと行っちまって、少し拾わせればいいんじゃないですか』と、腹据えかねたボクは意見すると氏はこう云った

 『あの子らの腰、痛めさせるようなことだけはさせられんのです』
 炎天下の真っ黒な土に転がる白いボールと、タカさんの元気そうな歯が同じ白さで光るように笑う。

 球場からボクの運転で送らせてもらうご自宅のある板橋までの帰路は、ボクにとっての「野球教室」となっていた。コーヒーをこよなく愛した同好の士ではあったけれども、肝心の酒が一滴も呑めなかったために氏とは一度も酒を共に酌み交わせなかった…のが、ボクの人生でもどれだけのマイナスになったのだろう。
 
 氏の境遇というと、ロッテでもどこの球団でも、政権(=新監督就任)交代のたびに、その「代名詞」が移り変わってゆく。
 監督の「片腕」として始まるとする。
 ナインの打棒が爆発で好成績…となれば「右腕」にまで発展し、他の大物コーチなどと若い監督を両脇から固めれば「補佐役」となる。
 ところがそれが成績低迷となると「お目付け役」となって綱紀粛正の片棒かつがされ、それでも打線が封じ込められたりの不振、不協和音の元凶ともなると「スカウト」への転出となる・・・。

 これがいったい、「一人の人間への毀誉褒貶なのか」と世間様なら驚くほどのご都合主義が一年ごと、【年替わり】にまかり通っている社会というのに、意外と気付く向きは少ないものだ。

 背広だったこの男に声をかけたのが、仰木オリックス監督だった。
 進歩的な仰木さんは、高畠氏の弟子筋にあたる新井宏昌打撃コーチへのテコ入れ(リフレッシュ策)も、獲得の内奥にはあったようだった。
 放っておいても打つイチロー、ニールが抜けボロボロになった穴をどう埋めるか。
 氏には取って置きのアイディアがあった、テキサスからいつかのジョージ・アリアスを呼んだのである。

 仰木さんを介し球団は格安の外人を、それこそメクラ判同様に”輸入”。
 見事リーグの打点を争う選手として頭角を見せてゆく。(数年置かずに阪神入りしたのも、高畠氏の「活躍しても年俸で評価してくれない」のであるなら好きにするべき、とのしごく当然な合理的アドバイスにアリアスは従う事になる)

 案の定、『担当コーチとして「アリアスの引き留めに積極的でなかった」カド』で、また氏はツメ腹を切らされてしまう。
 『そやけど、オリックスが「OO万だけしか出せん」ちゅうとるのを、ジョージは断って決裂しとるんです。その上で「だったらOO万以上出すから来てくれ」と、熱心に云って来てくれた阪神に”イッテモイイカ”というんやから、「そらシャアないなぁと云う」でしょう(苦笑)』こう氏は明るく後日談としてボクに、この「造反劇」とされた内情を明かしたものだった。

 この自由人、高畠康真はこのオリックスの本拠地球場のある神戸市西神に、ワンルームマンションを借り、ひたすら独学に取り組んていた。
 隣室に上下の部屋すべて大学/大学院生ばかりの物件にこんな変り種の熱血漢がチョコンと、同居していたのである。

 おそらく氏としては近い将来の”離陸”に向け、それだけ現役たちの間で学びたかったのだろう・・・と勝手ながら想像する。

 ボクをつかまえて、笑いの涙流しつつ、氏が話してくれたエピソードがある。

 階下の医学生が、ステレオなどでいちいち深夜にうるさくて腹を据えかねていたタカさん。
 ある日文句を云いに向かったところ、どこかイキがっている若者だった。

 それをみてイタズラ心を出したタカさん、「おれはヤクザだ、ワケあって身を隠している」「だからお前あたりをイテこますなんてワケない」と凄みを利かせて脅かしたそうである(笑)。

 震え上がったのは医学生、どうやら実家もイイトコのお坊ちゃまの身分だった。

 以来、物音ひとつしなくなり(笑)、すっかりコワい人と信じ込んでいる彼は、何かにつけてタカさんのもとへご機嫌うかがいにやってきたり、パシリ役を買って出たりしながら仲良しになっていったそうである。

 この人が幾人もの首位打者、あの落合まで発掘し育てた名コーチなんておクビにも出さないどころか、またその方がナニかと便利ということもあり(笑)、今さら「オリックスの現役コーチだ」とは名乗らず、某組織のワケあり大幹部を演じ切ったのだそうである(笑)。

 そして02年最後のプロコーチ生活は、ロッテでも改名後のマーリンズであった。
 プロのユニフォームとはここで訣別し、今度は福岡の私立筑紫台高校へとこれまた単身で旅立って行くのだった。

 『真っ白な状態の子供たちに野球教えたいんです。』
 氏の目の前に立ちはだかるのは唯一、(当時はまだ残っていた「アマ規定」=)プロとアマをわざわざ他人行儀に隔離するために作られた”人工の壁だけ”残すのみ…にまでこぎつけたのである。

 『「甲子園に行けるチームを作る」のではなく、僕は甲子園に子供らを連れて行くんですワ』
 タカさんはプロ時代から付き合ってきたボクら友人にはきっぱりと、気負いを込めてそう言い切っていた。

 あちら(九州)に行って、いかに『タカさんが真っ白になり、高校生らに接したか』、これを綴ったドキュメント
『甲子園への遺言〜高畠導宏』門田隆将著(講談社刊)に詳しい。
 遠く離れた氏がどうであったか、いかにもに立ってこちらへ歩いてきそうな記述に触れて泣き、同じ言葉を聞かされ、ボクと同じように反応した生徒の言葉には涙がこぼれて止まらなかった。

 今でもこの本をボクは家族の前で読んだことがない。

 1年経って【教育実習】とやらの時期的制約課程を消化し、教壇にようやく立てた。
 この学園にやって来たその日から、野球部員や担任学級生徒だけでなく、高畠先生という『59歳の熱血新任教師』にこの学園全体がファンとなった。

 この春からついに、声をかけるのさえも禁じられてきた1年あまり。
 (金網越しにただ黙って見ているだけではなく)直接野球部員らに声をかけ、直接生徒らに指導が出来る…、待ちに待った『アマチュア高校野球部監督』、ついに指先がかかった。

 なんという意地悪な時の流れなのだろう。

 学内の健康診断で人一倍元気で通っていた、タバコも酒もやらない…事もあろうにそんなタカさんを選ぶかのように【人生の赤信号】の宣告がやってきた。

 タカさんになんと『すい臓がガンに侵され、余命いくばくもない…』との宣告が下される。  

 それと戦うために、学校を離れる事をタカさんは、職員会議の席で宣言し挨拶、さらに朝礼で全校生徒に
『ガンと戦ってくるけれども君らは負けないで欲しい、こうして病気は怖いものだから、くれぐれも健康には気をつけてください』と、死を覚悟しながらも逆に微笑みさえ浮かべながら、驚愕する全校の生徒や先生らを励まし、氏は胸を張って帰京、入院する。

 病床には多くの球団から主力選手らが毎日のように訪れた。
 真っ先に駆けつけたのが巨人(当時)の小久保だった。
 ダイエー時代、期待されて入団したものの芽が出ない彼にドラフト1位、高額契約金へのやっかみが集中し孤立していた…、それを

 『もっとも親身になって面倒を見てくださったのか高畠さんでした』
 博多で知り合いのお嬢さんを紹介して仲を取り持ち、二人のキューピッドにまでなっていた。 
 
 見舞いに来られているというのに、死期の迫った直前、不振にあえぐ小久保に対し
 『天下の小久保が待っているんだぞ、もっとデカくボールを待ちなさい』

 こうタカさんはアドバイスして、翌日の東京ドームにおける連続の大ホームランを打たせた。
 小久保もタカさんに見せるべくホームランを最高の打ち方をして白球を左翼上段に叩き込んだ。
 声なき「予告ホームラン」というべきものがこのとき放たれたのである。

 小久保はダイヤモンドを手を挙げて一周、ベンチに入る寸前、中継TVカメラの前で停まり「小さくお辞儀」のジャスチュアをした”奇行”。

 それこそ、じつは病床の氏に見せるべく行った無言の感謝の報告だったのである。
 その謎解きができたのもその事情を取材していた熱心な記者のみぞできたスクープで、紙面(や局)によってはっきりと明暗が分かれたのである。

 そして2004年7月1日、すい臓がんで永遠に還らぬ人となった。
 棺の中のタカさんは、病床でデザインした『筑紫台高校野球部』の白にスカイブルーのユニフォームをかけられ眠っていた。

 千駄ヶ谷の葬儀には、日本プロ球界から広範なOBや選手らが続々とシーズン真っ盛りというのに、敵味方を問わず詰め掛けているのにはボクも舌を巻いた。
 「またやりたい」とダイエーで監督とヘッドの関係だった田淵氏が、焼香後ぼう然とたった一人、信濃町駅への坂道を放心状態で登っていった後ろ姿、ボクは一生このガックリ下がった肩を忘れることはないだろう。

 小久保は奥さんと幼いお子さん二人、通夜と告別式、その家族4人で最大限この仏様と一緒にいようと頭を垂れ、葬列から離れようとしないのには驚かされた。
 その両日とも、移動日にナイターと、とても時間の余裕などないはずで、ヘタすると「欠場でもするつもりか」と誤解させるほどの身の置き方だった。

 最期まで氏を囲んで看取った主体はやはりロッテの弟子たちだった。

 翌年の、あの阪神タイガースにグゥの音も云わせぬ『4戦スゥイープ制覇』の2005年日本シリーズにおいて、『ワタシハ一緒ニヤリタカッタデスネ』とタカさんとは相思相愛だったが夢果たせぬままのボビーバレンタイン監督は、タカさんの愛弟子、福浦をはじめ堀、サブロー、渡辺など最期のプロ教え子らを打線主力に並べて、天国に向け戦果を捧げることに成功する。

 さらに古き愛弟子たちである袴田バッテリー、高沢打撃、西村守備走塁コーチ、とベンチ内の首脳陣までが、すべてタカさんの愛弟子たちで固められていたなんて、氏が生きていたらまさに至福の時だったろう。

 「バレンタインさんの下で一度やりたかったなぁ」と云っていたそのタカさんが微笑んでいるカラー写真を、透明のキーホルダーに詰め込んだものが、日本シリーズ第一戦の試合直前に未亡人からマリーンズのベンチに届けられ、ロッカーを出る前、彼ら全員の尻ポケットに納められていたのは今も伝えられていない。

 試合のすう勢が決まり「圧倒的なロッテ勝利」という局面、そこへ「ダメ押し」とばかり?高畠さんが「真っ白な霧」へと姿を変え現れる。

 無言で幕張球場の暗闇を真っ白なマシュマロのような夜霧が占拠する。
 史上初の「日本シリーズ濃霧コールドゲーム」…、でロッテの勝利が確定する事となった…。
 ボクは、【亡霊が勝たせたプロ野球史上初の試合】と、勝手ながらボクはあの霧事件をそう捉えている。

 「高畠さんのおかげです。ありがとうございました。」

 小久保が黒のバットにこう金の文字を書き込んで、お子さんらの手を添え家族全員頭を下げながら、棺の中のタカさんにその一本を捧げると、千日谷会堂全体にすすり泣きの声がひときわ高まった。

 高畠導宏(この改名はされなかった方が…)氏、約40年間の野球人生で単身での旅立ち、今回ばかりは初めて
 「見切りを付けた」訳ではなかったというのに、ひとりで勝手に逝ってしまった。

 これだけの数の列席者を明るくテキパキ、『さすがはタカさんの教え子』だと誰もが舌を巻いた(九州からやって来た)高校生の素晴らしき教え子らの集団。これがあなたの残した一生の宝だったのだろうか。

 NHK土曜ドラマ『フルスイング』毎週土曜日 21:00〜21:58
 NHK総合TV 1/19〜2/23 全6回
 主演=(「トリビア」の)高橋克美さんがタカさん役、伊藤蘭・吹石一恵・萩原聖人

1月1日(火)  1億円の使い途  (^o^) まあまあ
 例の市ケ谷、防衛省隣りにいきなり睥睨するようにそびえ建った『ザ・センター東京』なる超高級マンション、(昨年暮れの書き込み参照)だけれども、どうやらボクは今年ツイているようだ。

 いきなりこの元旦を期して、施主の一人である野村不動産閣下が、TVでここのCFを始めたのである。

 凡人にとっては『完売御礼』のクセして、その国益無視の高層住宅の固有名詞こそ挙げていないものの、

 CFいわく『世界一の時間を…』だの『プラウド』だの、北欧(のフィヨルド?)を進む白いクルーザーのカットをどういうわけか織り交ぜながら、そうしたクルーズに乗って遊べるだけの「セレブ美女がチョイスした」…東京新宿区を見下ろす自社物件の高層マンションにおけるハイソなリビングでの生き様…ってステキじゃない?
 …ってなみたいなラストシーンを紹介して終わるといったシロモノ。

 どうしてあれだけのスポット数を流してまで自社の『売り渡し済み』の”商品”を見せびらかすのか、そうしたイメージCMを流して、ウチの物件はみんなこんなカンジ、という精神を流布したいといった野村不動産閣下ってかなりイヤらしくない?
 「売り切れた」んだろ?

 あ、それがこの会社の『プラウド』で、勝手ながらひとり『世界一…』を気取っているのかもしれないな。

 しかしこのテのイメージCFって考えてみたら、入居者こそいい面のカワなのでないのか。

 別で展開中(のと、過去形などがある)お台場のマンション数物件には、SMAPが部屋で焼肉してたり、リチャード・ギアがヤノピなんか弾いてやがるのよ(笑)。

 あれらの建っている場所なんて、東京のどこかの工事現場から持ってきたコンクリのガレキやら土砂の塊りで、きったない海を無理やり埋め立てたところ(に建ったもの)。

 思い起こせば青島都知事の頃「世界都市博」アテ込んで、バブル紳士らが買いあさったあげく、一時はタダ同然にまで価値が落ちまくった土地、それらを引き受け塩漬けのままだった大手不動産業者(や融資した都市銀行)らのいわば負債とか不良債権みたいな土地。

 そいつを今ウワモノ建てて取り返す段になって、必要だったのが、上記のようなどこかのセレブ(笑)。

 ギアのものなんか、ほとんど撮影はNYらしきアメリカの街角。
 街角のイタリア人系みたいなおっさんから花買ってるのか冷やかしているのか、その後のカットで、
 あのくっさい臭いを放つ真っ黒なヘドロで構成されていた、お台場近所の埋め立て人口海岸に建つ物件に無理やり刷り込んでしまう強引なコンセプト。
 そんなら、リチャード・ギアにスソまくってもらっていっそ潮干狩りでもして貰ったらいいんだ、あそこら探っても「錆びた自転車」くらいしか出てこないけど〜、みたくボクら庶民はそうしたシニカルなシーンに大笑いしていたものだ(笑)。

 そうしたムリヤリのこじつけ戦略に引っかかる頭のあったかい御仁も多いらしく、味をシめたらしいのだ。

 だからそれはさらにエスカレート、今度はレオナルド・ディカプリオ様がなんと、都心をはるばる横断し隅田川やら荒川放水路はおろか北千住まで飛び越えて足立区の(笑)、東武線足立梅田駅前にまで来てしまったからご近所みたいな当方などは大笑いなのである。

 羊頭狗肉…、今大流行中の悪徳業者らが日本全国で展開中であるところの、『犬の肉を羊の頭と称して売っていた』との故事とまではいわないけれども、それに果てしなく近いイメージ戦略がハバをきかせている。

 そうした彼ら(建設業者・銀行・不動産屋・ローンクレジット会社など)、腐ってもこぞって一部上場企業諸侯であるというのに、連中の懲りない「常識」というものをまず疑う。
 ボクがこうした商法をからかうのも、『買う側の世間の狭さ』にまずは首をかしげるからだ。
 1980年代、さんざこうしたタグイの手口に国民全体がだまされ、今ではアメリカに逆輸出したかのような『サブプライムローンバブル』崩壊があちらで踊って国際問題化しているそのまっ最中ではないか、対岸の火事と片付けられる日本人も、20年にもわたって未だ「開きメクラ」以外の何ものでもない。

 まず「自分の頭で考えてみる・うたがってみる」といった事をまずしておかないとひどい目にあう。

 たしかにあれらの(潜在的)入居者らの側に回ってみてやれば、誰だって「SMAPやレオ様」と隣組になれるとはまさか信じ込んでの上ではないだろうとおもう。

 だけど、彼らとは、まず「あくまでもタレント」なのである。

 肝心な「考察すべき角度」とは、ああしてボクらが買うはずの住宅の宣伝を『タダで引き受けるわけはない』ではないか。

 安く見積もって、こうした高額な商品へのCM出演の場合、
 ギアもレオ様もアメリカにこれら映像がゼッタイに流れることがないよう釘を刺すことが第一で交渉は始まる。
 そしてその上で、普通『二流以上のタレント』なら100%断るはず…=「新聞折込み広告、写真入チラシへの露出」…も当然受け入れる。
 そこまで、承諾しての”確信犯”として魂を売るものなのだ。(SMAPは例外、絶対にNGだろうが)

 ご存知ないかもしれないが、『TVや映画館でのスポット』などはまったく問題ない…、けれども一流ともなれば「100%断る」のは、『新聞折込みやチラシなどへの流用』である。

 そこには「踏ん付けられることもある」といったイカニモなエクスキューズがあって、「格」を誇ってみせたり「断る」「ギャラの吊り上げ」にも最大限使われる契約条項なのだ。
(ジャニーズ事務所はじめ、著作権に手堅いところとなると、店頭に立つスタンディやポスターまで管理番号付きで、キャンペーン期間にすべて回収、撤去、廃棄が義務付けられるものである。)

 「チラシNG」については、大雑把だけれどもあの『上戸彩』が某チェーン店のチラシに露出しているのを見て、
 『あの事務所はずいぶんとガッチリ稼がせるんだなあ』と、ボクは舌を巻いた。
 また彼女の殺人的スケジュールも耳にしていただけに、『よくよく断らない会社なんだなあ…』とそれ以来、上戸とは、イコール『チラシの最上限タレント』として拝見することにしている。

 なるほどそういえば、高倉健さんのチラシ登場ったらマズないなあ…というわけだ。
 (矢沢永吉サンも、一時は高倉健さん並の最高額契約金で知られていたが、ここへ来て「段違いの棲み分け転落」をみずから選んだようだ)

 NG事項には
「商品名をタレント自ら言わない」
「商品を手に持たない」
「商品を口にしない」
  などなどがあって、上級に行くほどそうした制限突破にはセカンドバッグに詰めた一万円札のタバが必要になる。

 だから「手にしたそれをかじって、『やっぱりナボナはお菓子のホームラン王です』と宣伝する」なんてやっちまった王貞治さんはサイテーなのかというと、その頃はそうしたウルさい事云ってギャラ吊り上げる連中がいなかったからなのである(笑)。

 ともあれ、彼らに対して遠慮しながらソロバンはじけば、おしなべて上記の大物らへは『1億円のギャラ』が発生したといって良いだろう。

 あれらのセレブマンションを全戸売ったとして、どれだけの総額となるかは知らない。
 だけど、モノを買う場合かならず『原価』というものによって、品質が斟酌され価値を左右するわけだ。

 買ったばかりのうちはまだいいが、物件にその内容が伴わない「大したユニットじゃないじゃん」なんていう場合、すでに中古物件として売るわけだ。
 したげってその場合「次の買い手」がチェックするのは
 『リチャード・ギアがバラを前にヤノピ弾いているか弾いていなかったか…』、ではけしてないはずなのだ(笑)。

 とすれば、ああしたタレントさんに「1億」出して、いい加減でもいいからイメージを(というか催眠誘導工作?によって)勝手に作り、売り飛ばしてしまえば良い訳なのである。

 だからあに図らんや、それら物件へのオープンハウスの日に周辺の駅を下車すれば、また「モデルハウスはどこかとキョロキョロ」すれば、それらブッケンのイメージキャラとなった皆さんが『一緒に住もうよ』とばかりガイド版やら、前日見た新聞折込み(レオ様の場合など:新聞両面開きのブランケット版サイズではないか!!!)と、夢見る入居希望者らをいざない、抱いて放さないのである(笑)。

 ともあれ、それらの入居に何億円かけるのかは知らないし、そんなの買うほうだって勝手だ。
 
 だけど、いさんでセレブらが入居してみたら、
 隣の部屋では『寝ている夫を、赤ワインの瓶で何度も殴りつけて脳を挫滅』させるほどのバランス感覚程度の「高性能カップル」(笑)もいるだろうし、ボク(や皆さんの誰も)が知っている六本木ヒルズの大金持ちも、今年中におそらくバンザイしたうえでの退去をなされる?のではないかと心配もしている。
 コムスンの折口様も、村上様、堀江様と順ぐりでああした住居にお住まいの方々による、極端すぎる毀誉褒貶に唖然とボクらはしているというのに、まだ、『地に足をつけて住むことを嫌う』というのだろうか。

 一寸先は闇…といった現在、一生の住まいと定める場所を、単なる『その場限りの盛り上げ役』に莫大な『おなじない料』まで売買価格に加算されているとしたら、フツー、ボクなら十分だ。
 それだけでばかばかしいと思って敬遠してしまう。

 自分の払う物件のお代金に『いったいいくら連中に行ったのだろう』などといった、冷めた視覚を世のご亭主殿はお持ちであるはずなのに。

 「老婆心」ではないかも知れないのだけれど、どうもあれら物件には
 『亭主よりも女房のほうに、何ごとにも最終決定権がある”妻夫”』が”住民の多くを占める”ような気がしてならないのである(かなりアタリでしょ 笑)。

 それくらいなら、そのカネで地下や屋上に、便利なスーパーや子供たちの安全な遊び場を作るとか「中水道」引き込む対策終えるなど、住みながら不動産価値を衰えさせぬそうした工夫が1億もあったらできるはずではなかろうか。

 レオ様が馬鹿でかい折り込み広告(そいつを開いたら、」家族みんなが口まであんぐり開いたほど)いっぱい、まるで刑事のように、東京タワーを思わせる赤いあの色の塗装の鉄骨にアクティヴに絡まりながら『ニッシアライ』などと、『足立区ライフ』を全身で応援しちゃっているのである(笑)

 だが、東京タワーから西新井までの距離といったら、う〜〜んと…15キロはあるかなあ(笑)。
 それにしてもなんで東京タワーなんだろ。
 いずれにしてもレオ様が西新井という土地には終生、足を運ぶことだけはないだろう。

 そもそもウチから西新井などすぐ近所。
 あそこだったら、レオ様よりもむしろヨン様の方が縁が深かろう(笑)

 そうだ、あの『ザ・センター東京』には1億円あったら
 正倉院の「ねずみ返し」ならぬ、『パトリオットがえし』を追加装備した方がよっぽど現実的だと思うのだけれども(笑)。

 「迎撃ミサイルがえし完備」とかね(笑)

 ああ、きょうは笑った