【2007年11月】

11月13日(火)  山廃麹『菊姫』物語  (^o^) まあまあ
 インターナショナルワインチャレンジ(IWC)、4月のロンドンで年次大会が行われ、世界中から醸造酒の味自慢が終結し、覇を競ったところ加賀の菊姫「鶴乃里」が、「純米酒部門」でゴールドメダルを受賞した。

 さらに6月には最優秀賞の「純米酒トロフィー」を獲得したニュースを聞いていたので、
 『どうせ外人さんに日本酒の味などは解らないだろう』とタカをくくっていたが、審査に当たる諸氏がソムリエ、ソムリエールの世界でも世界に名だたる方々がその舌で厳格に選び出すというので、尊重し、そのうち呑む機会に恵まれたら…と忘れていたら(笑)、目の前にやって来た。

 菊姫というブランドは、世の中に「地酒」という単語がまだ知られていない80年代前半からスタートし、『宅急便』などの小口トラック輸送が便利になるにしたがって、小さな蔵元から志の高い酒小売業者からの誘いを受ける形で、全国各地に向け徐々に浸透していったのだと思う。

 それは世の中から『製造者→問屋→小売り』と連なってきた産業構造から、小口でもできるスピード輸送網完備のために「問屋」が消えて行く受難の時代の始まりとも重なった。

 だから地酒は佐川急便などが世に出なかったら、「旅行先でしか飲めぬ」ままであったはずだ。

 まあ、いいや。
 あの頃に近所にあった酒屋の若い親父が極端なコリ性で、熱狂的性格とも手伝って、日本中を駆け回り『こりゃあ、うまいっ!!』と思った酒ばかりをメチャクチャ集めまくり、データを収集してはひとり悦に入っていたのである(笑)。

 なにしろ野球をやらせても、スタミナというかフーハーするほどパワーがあぶくを吹いて全身から揺らめいているほどの男だったから、バッティングセンターなど行っても140キロ台しか打たないし(笑)。

 バットは…と見ると、重いマスコットバットだけではあき足らず、そこへ、針金をミイラのようにぐるぐる巻きにしてアチコチに、釣りで使う「鉛の輪っぱ」をそれに通して固定してある……(笑)。
 そしてほとんどテイクバックせずに、腕力だけで右肩に立てたバットを真下に大根斬り、といったなんだか大昔のメジャー野球の記録映画に出てくる腕力打者のような「飾り気のないフォーム」(笑)だった。

 これから生み出される打球、、、というと当然針金がガチャとかいって、とんでもない方向へ鉛の塊が飛んでいったり(笑)、針金がすっ飛んだり、ボールだって方向がメチャクチャで「あっち向いてホイ」状態。

 それだから、周囲のバッターボックスは気が気じゃない。だけどコイン入れちまっているから、一球とてもったいないから打とうとすると、酒屋のオヤジのボックスから色んなモノが放たれる(爆笑)、下手すりゃ遠心力の都合で両隣には「ナマリつぶて」とか「針金手裏剣」みたいな物質がネットの目を貫通して飛び込むからたまったものではない。

 だからこのヒトが打席に入ると、イヤでも人だかりができてしまう。
 ボールがこの時ほど「かわいそうだな」と思ったことはない、それほどジャストミートしたら軟式(BTセンター用とはいえ)ボールと「木材」の衝突とは思えないような擬音を発生して白い筋となって反対側へと消えて行くからこれは見ものである。

 『バッチャ!』『グッショォォオオ』みたいなカンジで想像したら大差はない。
 そういえば、バットだって『かわいそうだ』と思った。

 ボクは当時軟投派制球力でなるエースをあやつって、都大会に行く「朝野球リーグ」での捕手だった。
 軟球でも当時の後楽園球場の両翼には本塁から遠投してスタンドに入れられるほどの肩が自慢で、ボクのデータを知っている敵走者らは「一見さん」を除きまず盗塁などムホンをたくらむ者などはなかった。

 勝ちたいほど彼らはそうして安全策を採ってくるのを見越し、それを最大限利用してエースにはウェイクフィールドまがいの遅すぎ変化球を悠々と投げさせた。
 彼は『将棋の高段者』ということもあって、彼は彼なりに打ち気を読んでヒトを小バカにしたようなボールで手玉に取っていたため、ボクの命は野球をすること、それほど楽しくて仕方がない野球をやっていた。

 伏線だけでお判りだろう。

 その酒屋が鳴り物入りで、対戦相手の中でも「貧打で鳴る」チームに乞われて入り、4番打者としてプレートに迎えることとなった。
 
 しめた……、誰でもポンポン打つようなチームと違ってそこなら彼は必死で責任感から『デカいのを放って、仲間を領導しようとたくらんでくる』のは手に取るようにボクには読めた。

 そもそもバッティングセンターで、背中越しに”ギャラリーら”の息吹き感ずると、彼は明らかに余計に力がスゥイングに加わるのは判っていたから、しめた……そう内心思えたのである。

 あに計らんや、大きなカーブに手も足も出ず、いや手は出してもかすりもしないのである。
 いくら対戦してもその後、その「明治の大砲」は全打席不発に終わった(笑)。

 だが、彼のおかげでボクは酒について多くの無駄を排除して愉しむことができるようになった。

 当時はなじみがないどころか初耳だった「アミノ酸度」「日本酒度」から、『米の磨きかた(1粒を削り落とし内側の芯しか使わぬための)精米度』などを教えてくれた。

 口当たりが、舌に乗せてサッパリ、切れのよさが好きなムキにまず近道なのは『アミノ酸度が低い』酒を選んでゆくことで大方のコトは足りる。

 後年、出会った『ミスター酒』は彼とは対照的に冷静なコリ性人間。
 千住は足立市場ですし屋「武寿司」を営む(本HP「めっちゃ好っきやねン」に詳述)のオヤジさんはこれもまたキチガイだけど、ちょうど野村監督のようにあらゆる味覚を把握し、日本酒のテイストをやって来たそれぞれの愛好家にアジャストしてしまうノウハウを駆使してくる。

 そしてなにより「現物の酒」を手元にスキを作らず蒐集し続け、かわたらに置き、カウンター越しに勝負している、そんな酒好きも身近にいる。 

 だから「とっておきの酒」などはいくらでも身の回りにあり、焦ることはひとつもない。
 ただ、『IWCの日本酒、純米酒部門で「世界一を獲った」』というなら話は別なのだ。

 思えば「菊姫」はその酒屋のオヤジフル回転の頃、当時でも大吟醸の一升瓶が安く売ってもらっても15000円(越の寒梅が7000円だった)と破格だったので余計に印象に残ったブランドである。

 『菊姫』でも大吟醸のほうは生のサカナとの相性が良かったように思う。
 この純米酒はちょっと目隠しをして呑まされたら、純米というようなコクはない、それほど大吟醸まではいかないものの、吟醸の口当たりと呑みごたえに加え「キビ」のような野山の香りが鼻に抜ける。
 
 キレは吟醸といってよいほどのもの。(冷やして頂いたらさらにキレを増し、大吟醸にまでグッと近づき判別が困難になるだろう)。

 ここの「菊姫大吟醸」は、菊がボリュームのある花びらのイメージとは違う。
 一本の菊でも、線の細いスッと背筋が伸びた折れるかというデリケイトな『(花というより)「茎」』であって、”その内側を伝う清水・・・これををいただく”イメージだ。

 だが、この純米酒「鶴の里」はむしろ(上級のそれよりも)『菊の花』に近いイメージ、まさに「菊の花」のボリューム感が、舌とノドそして鼻腔で楽しめると思う。

 菊姫の酒蔵ではその年の最高の出来と認めた樽からの吟醸酒を、10年以上さらに寝かせて磨いたものを『菊理媛(菊理媛)』と命名し、蔵元の誇りとして出荷。
 数量も「呑ませた人物を特定できる程度」にしか出さないが、これが大負けに負けたお値段でも一升瓶50000円は覚悟しなくてはならない(ボクの買える価格は相場よりもかなり安いと思う)。

 だが、ボクは呑まないし、そうした縁がない。
 だって味わうヒマもなくじゃんじゃん杯を重ねてしまう性格なので、こうしたハイソなお酒はもったいない。

 正直なことを申し上げて、今年のIWCでの結果がどうなるか実は心配だった。
 というのも今年から初めてIWCに『日本酒部門』が創設されたのである。

 だから、審査員主催者側への政治力と言うか影響力を上手に駆使する蔵元が登場したらそこが「ゴールドメダル受賞」などという八百長まがいの大会結果となることが心配だったからである。

 それがこの「菊姫」というマジメに正しい酒造りに(無理せず欲深くせず)取り組んでいるブランドが獲って本当に安心したし、IWCという国際機関の権威がボクの中ではより高まった結果となった。

 たいした権威であり見識であるとおもう。
 こうしたところが大勢でプライドをかけてこのような識見を毎年見せてくれるならば、正しい人物に正しく評価が下され、良いものは良いとして成功を遂げてゆく……わけだから、ボクらのような貧民はカネを無駄にすることなく、彼らのガイドラインにしたがって製品を購買し愉しめばよいわけだ。

 こんな当たり前の事が当たり前になって、素直に喜べるという事は、すなわち現在、権威を振るう層の果てしなき腐敗と、繰り返される自浄作用のなさにそれだけ「失望していた」ということの裏返しなのだろう。

 ともあれ、今が『旬の終わり』を迎える「生の筋子」を丁寧に卵巣からほぐし、酒と蕎麦ツユで作ったタレに漬けたものが今はおいしい、ほっぺが落ちる。

 それをひとまず口腔から洗い流し、次の味覚の感動を最初から、という贅沢なマウスウォシャーがこの『菊姫 鶴の里』か。

 ところで「このおいしさもアミノ酸だっけか」……、そう舌の奥にパツンッと破裂を味わいながら、誰にも看取られることなく、「早すぎた才能」の伝道もこの土地ではやはりカラ回りだったのを嘆きながら、40そこそこでさみしく独り死んでいった酒屋のダンナを、ボクは『菊姫』を目にするたびに思い浮かべてしまう。

 すっかり夜は初冬の風、ノドの奥にもスッと入り込みます。
 身体だけはお互い大事にしましょう。

11月12日(月) / ある「わらしべ長者」の話  (^o^) まあまあ
 この仕事をやっていてよかったなぁと、骨の芯からほかほかする気持ちにさせてもらえた。

 それは中国地方のお得意様からの電話だった。
 ボクは不在だったので代わりの者が受けた内容を、戻ってから聞かされたのである。

 『勇気をもらう』とか『元気をもらう』とかいった陳腐なホメ言葉が横行しているが、ボクはあれが大嫌いだ。
 あの言葉を心底から感じられるような出会いとは、そんなにゴロゴロとその辺に転がっているものなのだろうか。

 けしてそうではないと思う。この日はつくづくそう思わされた。
 こんな言葉が出るほどの感動や、しみじみと人生総括したくなるようなエピソードに触れることがそんなにあってよいはずはないのではないか。

 勇気をもらっていたおかげで、その直後にヤクザの事務所に殴り込みに行けたとか、指の寸法を自ら縮めても元気になったから痛くなかったとかいうのは(笑)、そんなの「覚せい剤」みたいなもので、精神科の世界ではそれは『嬌的精神状態で理性を失った』だけと片付けられかねない。

 深く感銘を受け、生きる道に変化を与え続けてくれるような場合を除いてはそんなに安易に用いては、頂戴する側が「乞食」まがいの人物に堕ちてしまう事になる。

 こんな陳腐な”風潮”につきあんまりこのようにカタく考えてはいけないことだろうが、この20年ほど青少年に絶大な影響を日常与え続けているTV番組のナレーションや、進行するセリフなどをひねり出す立場の『構成作家』というものの世代交代がほとんど進まずに硬直しており、修飾語をひねり出すアタマ自体もボケてしまっているために、この長きに渡りゴールデンタイム(に限って トホホ)にこうした安易な修飾語ばかり横行し、修飾語の変換辞典も貧弱、かつ安易に走る事になっているのではないか、そう思う。

 無理もない、それらに該当する当代売れっ子といわれる「構成作家センセイ」ともなると、パパッと数人が頭に思い浮かぶ。
 彼らの多くはベンツの上級種(など)コロがし、JRAに競走馬を何頭も持ったり、海外の別荘など当たり前、そちらへ行く場合にはビジネスを通り越してファーストクラスといった御仁に象徴される、それが知られざる構成作家の現代像なのだ。

 今の放送界にあって少ない制作会社への”元請けマスコミ各社搾取済み”(スポンサー発からの数分の1!なんだよ)カツカツ予算の中から、良くぞこれだけの蓄財を、こんな程度の人種らができるものだとつくづく感心してしまう。いきおい、最下層のADらへの待遇が食うや食わずになっているのは近いうち大問題になると思う。

 今はスタジオに人を入れて収録する番組に、しゃれたアイディアなど無用のものらしい。
 新番組の設定コンセプトを一度決めてしまえば、そのままあとは利息を貰いながら余生を楽しむがごとく、よほど視聴率が低迷して打ち切りの危機がやってこないかぎり、アイディアのテコ入れなど、お茶の間に伝わってくるほどの才覚やら努力は見られない。

 しつこくなるのでこれで切り上げるけれど、ビートたけしさんは天才的に面白い感覚を持っていると思うけのに、日テレ系列でやっている『世界丸見え特捜部』などでのたけしなど愚の骨頂、最低だと思う。

 百万円クラス制作費の「一回限りかぶり物」をかぶって変装し、客席に水や粉を引っ掛けてキャーキャー云わせ、話のつなぎにピコピコハンマーをピコンとやるだけ……こんなもの、『世界の凡才北野武』として老醜をさらしに出ているだけ、最低である(先日のカンヌ挑戦映画「監督マンザイ」だった?など象徴的)。

 たけしは「日本の誇り」であるはずなのに、こんな番組を引き受けて出続ける神経はマヒしているようだ。
 たまには断ってみせる事だって、ファンに向けての矜持というものではないか。

 情けないことに「仕切り役」イコールこの程度の取り回ししかできない構成作家が最低ということなのだろう(中には「ひょうきん族」出身のオオモノも居り、とっくに枯渇している己が才能の昔築いた遺産の利息で食っているのだろう)。

 「不買運動」など大人げないけれど、この番組のスポンサー企業は「利益で得た収入を捨てる場所によっぽど困った優良企業」にちがいない。代理店を経由して番組末端までにしみこんでゆく「制作費」の行く末までもっと監視すべきでないのか?
 この番組のメインテーマは「海外TV局の制作した番組」のなあんだ簡単じゃん、紹介番組にすぎないのだが、それらを見せた上、スタジオに戻ってきての「日本タレントが絡む数分間の場つなぎ企画」が楠田江里子女史の司会で”寸劇”をテーマに沿って披露するわけだ。

 普通ならば外国番組から投げられたテーマや切り口を、意地でも「構成作家の名にかけて」日本側からパンチを反撃して見せるべきなのに、これが情けないことにまるでクソ企画(笑)。

 だいたい、ジャンケンで云えば『後だし』で全戦全勝でも良かろうに、ここに才覚のほどが毎回露呈してしまう。その負けっぷりこそまさに舌を巻くほど。

 海外と日本人大物氏との才能、バレーボールでいえば「日本対アイボリーコースト」みたいな好対照だ(笑)。

 これを見てどれだけ日本のテレビ界と、海外のそれらでの「企画力や構成力」につき、これほど比較対象できる番組はちょっと他にない。だから見ものなのである。

 スポンサー各社はじめ、将来の放送人目指す専門学校生諸兄は、発想の貧弱な日本人作家らがどれだけ厚遇されながら恥を知らず、無能を平気でフリ撒いているのか、正面からチェックしてみる姿勢が必要だ。

 「言葉狩り」や「事なかれ主義」の励行ばかりやっていた結果……の2007年的原風景がここにある。
 あんな程度の『スタジオへの制作費』をマイナスできるならば、明日にでもあのゴールデンの番組への制作費は3分の1、もしくは4分の1で済むだろう。

 自ら提供する番組をもっと愛する事が大事にしてほしい。

 正直申し上げて、ここには2度ほど出演の機会があった。

 浅薄な『プレミア物の”さわり方”』には慎重になるよう要請して、比較的その二度とも先方裏方諸氏の努力には恵まれたほうだ。

 あのこぶ平が、あれら出演者顔ぶれに対し「たけしさん以外」には、カメラ停止中となると、けっこうタメ口だったのにはビックリしたものだ、意外でしょ。
 (たけしさんがボクをいじって、「この人は『無尽蔵*註』のご主人なんです」とキメたのは至福の瞬間だった。 *「無尽蔵」:今はなき骨董屋の主人で大男ホモ、愛憎のもつれから男妾に殺されたボウズ頭 こんな面白いヒトを所さんはじめ誰も知らないの 不勉強だなあ 笑)

 視聴者としてのボクも、これを眺めていても「海外TVの映像」しか次第に関心がなくなり、日本サイドのスタジオ悪ふざけには、クスリとも笑わなくなった、それどころか制作者らを軽蔑して眺めるようになった(笑)。
(きっと、”転載”させてもらった本家の番組関係者あたりから、「シゲオ、これは彼らはボクらの番組を捉えて何をしているのか英訳してくれないか?」とでもやられたら多くの日本人が恥をかくことだろう)

 そして後日また出演依頼がやって来たが
 『あの番組の構成では、ボクから申し上げたいことを伝えてもらえると思えない。メリットがないと思います』と、企画の由を電話で聞き終えて出演辞退をお伝えした。

 かなり変わった理由なので、ADだかAPは面食らっていたようだったけれど、あまりにはっきりした理由なので「それでも……」と食い下がってこなかったので助かった。

 最初のテーマに戻る、『美しい人種』の話に戻ろう。

 ボクの仕事は、『ファンの中のファンを自任するようなファンのため』にその究極の頂点(ディスティニー:到達点・終着駅)に値する品をご提供することだ。

 まず、サインボール、これはディスティニーが一瞬でもたしかに触れた…、わずかとはいえそこには実存感のような(瞬間を象徴する)形跡がある、それが魅力なのである。

 そして究極の「実使用品」である。

 これの反対の極が「カード」の世界。何枚出ているか判らない、その選手がハナをかんだわけでもなく、印刷工程と別に関わりがあるわけでもない。

 しかし「実使用品」ともなると、これがグラウンド(やコート)で選手がスポットライトを浴びた際、何よりも頼りとし運命を共にしていたていたもので、数はほとんど把握される範囲内であり、報道写真やらDVDやらはてまたかかる「ベースボールカード」に写っている姿に目撃できる品々と出会えるかもしれないし、それを実際に所有独占できるいった、趣味の世界でも行き着くところまで行った到達点といえる。

 ウチはそれへのごほうびによって、生活させてもらっているようなものである。

 そのお得意様Aさんはまったくの素人さん。
 立ち入ってしまえば、氏は母親孝行で伴侶も得ないまま、少々「うつ」の病質が(自称)認められる方だったけれど、我々に対しての接し方ではこれまでそうした「性向」などみじんも感じさせない程度であった。
(でも一同は心配していた)

 ご注文のスタイルというのがちょっと変わっていて、長距離から電話をかけてくる
 『あのチームのOOって言う選手、シャッチョウご覧になってましたか?』
 「ええ、あの時の一打など本当に巧い選手ですねえ。目立たないけどあの才能はいいですね」とボク。

 『そうでしょう、ありゃゼッタイに伸びてくる選手だとオモットルんですよ。あの選手のものはもう高うなっとるでしょうねぇ?!。』
 「いや、個人的にマイナーのときなどからボクも目ェ着けていましたから、代理人の関係などで今ならまだ安いうちに手に入ると思います……」
 『そうですか、そらよかった。あまり高うならんうちにお願いしとけませんじゃろうか?』

 ウチのお得意様たちはそれぞれに100人100様のスポーツの観方が違う一家言をお持ちの方々だと思っている。
 だがおそらく、「野球をする人間」とくくれば、このAさんの目線がもっともやさしい目を向けているように思う。

 若い方が頑張っている、育ってくるというのが嬉しくてしようがない…といった動機で彼らの愛用品を手元に置いて、彼らの評価が上昇するのをわがことのごとく一喜一憂しながら待ち、その上でやってくる活躍や世間からの喝采を、同じ立場で共有し合おうといったセレクションスタイルなのだと思う。

 「ジョー・トーリ監督の'99WS(パッチつき)制覇季ピンストライプ(”5”ディマジオ喪章付き)」
 「(現ボストン)ジョシュ・ベケットマリーンズ入団直後時ユニフォーム」
 「ボストン時代ロジャー・クレメンスユニフォーム」
 「マイケル・ジョーダン ナッシュビルサウンズ3Aユニフォーム」
 「野茂英雄 カブス傘下2Aメジャー昇格獲得時ユニフォーム」
 「アレックス・ロドリゲス マリナーズユニフォーム」
 「ロビンソン・カノ メジャー昇格寸前時3Aクリッパーズヘルメット」
 などなど

 考えてみれば、今で云う『5ツ星』級ばかりの品々ばかり。

 これらを今から揃えるとなると、とんでもなくボクは苦労するだろうし(完全に不可能だろう)、それ以上にお代金が半端なものでは納まらないだろう。
 結果的にいえば、Aさんの”資産価値”は何倍にも伸びてしまう『わらしべ長者』となっている。

 お金の多寡の問題でもなく、そもそもこうした世に出た数が少ない実使用の世界ではどなたか理解の深い方の懐に飛び込んでしまったら、市場への再浮上……はまず期待できないし、莫大な金額を要求されるだろうし、それより『現在位置の探索』は困難を極める。
 財力の問題でもなく、それでいったらそれこそビル・ゲイツの資力を以ってしても簡単ではないはずだとボクは胸を張ってみせる。

 いやそれ以上に、今にちの評価としてもまた将来にわたる稀少価値の上昇も保障されるに違いない逸品として誰もが認めるだろう、品揃えでまさに鑑定士冥利につきるテイストを誇っていたと思う。

(焼き物の中島誠之助先生が著書の中で、骨董屋時代振り返り、しきりと中島先生=売る側と、買った側の「後世」「末代」「孫の代」との長い良き縁につき強調されている。これは商人として品物をお譲りしたその後々、息子さんなどに代替わりをしても続く縁を大事にしなければならない、それはすなわち目を誤ることなく『後世にでも評価される品々』を扱っておかないと、お得意様の子孫の代とは付き合えなくなる。「お父さんには良いものを売って戴いた」とも云ってもらわなければ……同時にこれは息の長い”史的商品”をひさぐ目利きへの最低限の矜持を教えてくださったものだとボクは当時解釈して、教えられ今もそう信じている)

 Aさんは、上記の品々をお問い合わせになる際も、いつだって共通していたのは
 『その対象選手らが注目されていない段階』
 もしくは
 『世間の評価が落ちていた苦闘時』だったことである。

 ここではお金よりも、人を愛する情念が深かったために結果、「時に・物質に」勝ったのだと思っている。

 そしてこの言葉がボクらを感動させた。

 それはAさんを指して、周囲が
 『「Aさんは最近すっかりあかるくなったねぇ」と、いつの間にかそう云うてくれるようになっとるんですよ』

 この言葉で『リュウタイさんに「感謝を伝えたかった」』と締めくくってくれたのだ。

 いや当方は感謝される筋合いではない事だけはたしかである、我々は単なるメッセンジャーにすぎない。
 Aさんをこうして導いてくれたのは間違いなく、Aさんに秘められた情念の温かさなのではないか?

 そうした思いやりがあるからこそ、ヒトの中に見つけた才能、その萌芽期程度の違いでも見出してやれるからなのではないか?
 野球の世界でも名コーチ(我が師故高畠康真にせよ中西太氏にせよ)と呼ばれた方々は例外なく優しい人間性にあふれていたものだ。

 それが、名選手の”早期発見”に結び付くのだと思う。
 (だから、いきおいAさんはいつもおトクな価格のうちに品々をgetできていた)

 Aさんにもそれがあったからこそ、野球にひたむきなカリスマ的選手らの置かれている過酷さが我がものと感じられ…、さらに身中にまで迫ってきたからこそ、ご自身の中でゆっくりと変革の扉が開いて行き、『うつ』などというものを駆逐していったのではないかとボクらは思っている。

 そう、お届けしている実使用品(Gameused:ゲーマー)には間違いなく、彼らのオーラ(だと思う)が憑依しているのである。

 これはなんというのだろう。
 ゲーマーセラピー?とでも呼んでみようか。

 Aさんの夢は将来、地元にそれらを一同に集めて見せられる記念館を開くことだそうである。

 ボクは仕事をカゲで支えてくれている尿房にこう云った。

 『オレたち、「い〜仕事」してるねぇ〜』 

11月9日(金)  これだけの利点!児童による「給食費予算編成」  (^o^) まあまあ
 昨日、帰宅してニュースを眺めていたらダイエーの所沢店で軽自動車が駐車場から転落し、40歳の保母さんとその娘さん5歳で「えがお」ちゃんという女児が事故死したというニュース。

 年齢を見れば「35歳」になっての出産で生まれた赤ちゃんに『えがお』という名前を与えた心、そうした柔らかさを持ったご家庭の方でこの事故はなんとも気の毒だなあと暗い気持ちになった。

 そうしたところへ同級生からのメール。
 所沢で居酒屋を経営するちょっとした顔の男だが(商店街で 笑)、54にもなるというのに、昔とったキネ塚をと、昨年殻復帰した極真のカラテで昇段試験受けるという野郎だが、孫のことになるとまるで小学生のお兄ちゃんになれるという特技(?)の持ち主。

 そいつからのメールだった、どれどれ……
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 昨日、ダイエー所沢店の立体駐車場から車が転落して母子が亡くなったというニュースはご存知であろう。

 亡くなったのは、飯田絵里子さん(40)とえがおちゃん(5)。

 孫の卒園年度の担任の先生。 以前卒園式の写真を公開したが、孫の後ろで明るく送り出してくれてる先生。

 華原朋江に似たとても優しい先生だった。

 俺が孫を迎えに行った時、孫と同級生が殴りあいの喧嘩をして、二人とも泣き出していた。俺が孫をうなろうとしたら、先生は「おじいちゃん。ちょっとお待ちいただけます」と言って、二人を膝に抱きしめ「喧嘩はしてもいいんだよ。大人もするものね。喧嘩をすると二人はもっともっと仲のいい友達になれるんだよ。月曜日には笑って会えるよね」と時間をかけて二人を納得させてくれた。

 なんだか、俺までジ〜ンときちゃってさすがだなあって感心したことがある。

 卒園式でも、俺を号泣させたのは絵里子先生の企画だった。

 卒園式の後、教室に戻って「みんなと会えてよかった。みんな大好きだよ〜」って絶叫しながら一人一人を抱きしめてくれた優しい絵里子先生。

 孫は未だに絵里子先生が大好きで、「飯田絵里子先生」とフルネームで話を聞かせてくれてる。

 飯田絵里子先生・えがおちゃん 衷心よりご冥福を祈ります。きっと二人して天国に行けるだろう。 合掌

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 しばらくの間、ボクも画面から釘付け、涙がこぼれてみっともないのでそのままこれを見つめることにした。

 惚れている女には嫌われて、どうでもいい女には惚れられるという言い伝えは真理なんだな、そう思った。

 出演やら講演の類は数あれど、ジョーダンでもイチローでも緊張したことはないけれど、ボクがこんなにカタくなった講演は初めてのことだった。

 それは、昨晩ボクの住んでいる荒川区、区役所のヤングお役人ばかりを集めて「荒川区ビジネスカレッジ」というセミナーをあれこれ講師を呼び、所属長の推薦を受けた若い職員らの前に立ち、90分の講演をこなしたのである。

 おそらくは地元ということで、ボクはそれだけこの地がぬき難く惚れているからこそアレも云わねばこれも云っておきたいと、気付いてみれば頭の中がごちゃごちゃになってしまい、真意は本命の相手にほど伝わらないということなんだろうな、そうかそうだったのか。

 いつもと違い腹の立つこともなく、当日記の毒者諸兄にはさぞかしガッカリだろう(や〜い)、ボクにだってたまには平穏な事件だってタマにはある。

 その中で、この荒川区というディストリクトは東京都からのカンパが割り当てられなければ、完全に赤字財政であり、健全な税収入といったら、23区内でその順位はワーストに近い。

 これをボクは宣伝不足である、企業でいったら「CIが不足しているため、(区としての)商品アッピール度が足りない」といころから着手すべきと提言を始めた。

 まずは、場所のアッピールとして、区内を走る……すなわち、区内を走らせることで営業利益を上げている@東京メトロA京成線B都電C都バスDゆりかもめ的無人高架鉄道E(一部地域東武バス)

 Eを除くすべての乗降客を「顧客」と捉えて、それを対象にアッピールを始める。
 簡単にいえば、町おこしならぬ「区おこし」が必要なのだと思う。

 『ボクなら』と始めた。
 きっちりと、区の境に入ったら、たとえば電車内の蛍光灯の1本ピンクとかの淡い光でいいと思う。
 その色つきの証明が各車両蛍光灯一本が何気なく点灯し、また電車が区境をまたいで外へ出たとたんに消灯するのである。

 都電も都バスも同じように、各車両でそうした静かでなにげない現象が発生するのである。
 そのうち通勤客や乗客が何となく気がつく。(数個の青色ダイオードだけでもよい)

 情報は小出しでよいから、アンサーはどこかに吊るして置くべきだけれども、積極的にその『荒川区内を走っているときだけ点灯するあかり』とはタネ明かしをしないで置く。

 そのうち「アレが何なのか」がマウスtoマウスで伝わってゆく。
 「知ってた?アレって……」
 『ああ、そうなの!ホントー』

 通勤客はヒマでどこか毎日の行程の中でアクセントとなるものを探している、ヒマだからである。
 『北風と太陽』に例を借りるまでもなく、無理やりカネと力ふりしぼって『荒川区だよ』と暴力的に刷り込むことはない。そんなもの現代人の心理は反発してわざわざ忘れようと自動的に働くだろう。

 それを知らずに膨大なCMを振りまいて、時にはこの日記で笑われるような「英語の用法的ミス」まで冒しながらスリこもうとした結果があの英会話学校チェーン店NOVA(笑)がそのいい例だ。

 でなかったら、今度は音である。
 都電などで地元在住の文化人・タレントなどで地元の良さを一言伝えつつ、「次は町屋駅前です」とかのアナウンスを各駅リレー形式でやる。
 区内者ではないが、中川家の礼二にあの調子で”超本格的”なアナウンスを区内だけで流してもいい。

 ムニャムニャ「鉄道関係者ニューアンス」で駅名いわれてもお年寄りが迷惑するだけだから、それだけでもよっぽどご利益があるというものだ。

 そしてできれば、区内の駅名はすべて従来の駅名に「荒川区」と接頭語のように載せてもらいたい。

 つまり、『荒川区新三河島』とか『荒川区日暮里』というわけだ。
 それがイヤならば、区はそうした交通機関から通行税を課したらよろしい。

 区民が乗ってこそナンボ。先方にしてみたら『線路引いてやってナンボ』とでもいいたいのだろうけれども、JR民営化からだってもう20年が経過している。
 交通機関が「産業振興を支える」と威張って良い時代は終わっている。

 もはや今は地権者である自治体と「民営会社が相互の利益を追求」してよい、というかすべき時代だろう。

 彼らはとっくにそうした点がシビアーである。そこに遅れていても利益を求めようとしないのはむしろ「勝手に商売されちゃっている自治体」の側だ。

 彼らにせよ『安全をさまたげない限り』地元に協力すればPR効果が生まれ好印象をもたれるだろう。
 こちらの狙いは、荒川区といった区域がどこからどこまでどれほどに及んで生活圏などとどう結び付くのかを通勤通学の利用者に知って貰えればそれでいいのだ。

 へぇ〜、この区はこんなトコ走っているんだ、と摺り込めばこっちのもの。
 そんな人も住んでいるのかと、イメージ戦略は後で考えればいい。

 上野から日暮里駅まで、ひとつ上野公園の地下にじつはもうひとつ京成電鉄の駅がある。
 ここはかつて同線が3両編成の列車を走らせていたころに停車させていた『(上野)博物館動物園前』という廃駅であって、現在は停車する電車があるわけでもなく(おそらくは)非常時のためにそのホームをすべての電車が通過するだけである。

 ここでボクは区民のための専用列車を運行させたいのだ。
 たとえば夏に「稲川淳二」や「一龍斎貞水」氏らを呼んで、この無人駅をホールに怪談話を聞く会を開きたい。かなり怖いことになるだろう。

 また、週末には遊び場の圧倒的に不足している区内の保育園幼稚園児のために、専用の電車が送り迎えするような定期便を走らせたいのである。

 こうした『どうせそこにあるんだから使わなきゃ損だ』という発想がこうした貧しい区には必要なのである。
 そうしたものを、区外の利用客の羨望のまなざしを集めながら、パブリックサーヴィスの充実した荒川区といったイメージ戦略を進めて行ければこちらのものだ。

 どうせいつかは他の区も同じような発送にたどり着く日がやってくる。
 ウチの区は常にそうした自治体のグッドアイディアを後ろで拾いながらやって来たものだ。

 だったら今、と若い諸君らのプロデュース感覚を刺激して「こんなオヤジに負けることがあってはならない」とひたすらハッパをかけるだけの講演だった。

 さいわい、区の上層部らに頭脳のフレキシビリティが期待できそうな環境があるだけに、どうかカラを破り育ってほしい。

 最後に、ここの区であった『区立中学校の入学案内』でのエピソードで、こんな父兄がいたそうだ。
 
 『区内でいじめはないというそうだが、もしいじめがあったらどうすればいいのか?』との質問に、教育委員会職員は答えに窮したという。

 ボクはこう答えた。
 『どうしてそのお母さんは質問したり追及するだけでコト足れりにしておくのか。こうした始末の悪いPTAを野放しにし過ぎて現場はおかしくなっている。』
 『ボクがそれを質問されたならば、逆にその母親に訊く側に回り「あなただったらどうしたら良いとお考えなのか」「どうするのか?」と決して”任されっきり”の立場にはならないようその母親も考える立場に置く。』

 『教育機関は彼女らから雇われたわけでは決してない。どうしたらよいか、親だって当事者ではなく単に「生徒の代弁者にすぎない」のだから、一緒に考えなければならない。誰かにまかせっきりにするから他人の問題で責任の所在もいつだっていい加減になるような風潮から脱せないのではないか』と申し上げた。

 ボクは思う各地で「カネはあるのに給食費が払えない」問題が噴き出している。

 ここでボクはそうした子供たちをもまじえ、各学級で簡単に算数教室のような要領で、給食についての収入と支出について黒板はさみ論議をすべきだと思う。

 『ここに合計いくらの給食費が集まりました。先生も給料の中から払います。給食のおばさん、食材にいくら、水道光熱費にいくらかかると思いますか』と、やるのである。

 そしておもむろに、メニューなどが『仕方ないね』と残念がりながら削られたりするのを目の前で見せ、払えない児童に負いかぶせるのではなく、”学年全体の問題”として『給食に支払える金額』を決めてみんなの前で処理をするのである。

 いきおいガスも水道など資源の使い方も無駄なく利用できる人間となるはずだ。

 防衛費に二兆円もの金額をかけて(賄賂まで盛り込んでもら)いながら、ガキの飯もおごってやれないような大人たちの甲斐性のなさ、馬鹿親たちの責任などいうまでもない。

 そうして子供たちは、大人らの無力さを念頭に入れつつ給食費の予算編成を通じて”身の丈にあった自活”のための学問を積んでゆくのである。
 ここで格差が学校別、学年別に分かれるかもしれないが、それこそ自民党政府が推し進めて促してきた自立独立採算の子供版である。
 こんな結構なことはないではないか。

 この先、大人はとりあえず尊敬されるもの…とは、金輪際思ってはならない世の中なのである。

 ボクが小さい頃は、貨物列車の操車場で手旗を手にひょいとワムだのトムだのの貨車に飛び乗り入れ替え作業をする鉄道員に憧れていた。

 だから「将来何になりたい?」と問われたら、
 『貨物列車のおじさんか総理大臣』と答えていたものだ(笑)。

 それが今ではどうだろう、森バカのように「総理時代」に支持率7%で詰め腹切らされた男が未だに『キングメーカー』気取って政変劇に現れては、その裏であやつる糸は断たれておらず、ダイジン諸侯ときたらたかだか2DKクラスの議員会館自室で「毎月800万円」もの水道光熱費がかかるとウソを地獄までそのまま持参しやがるし、農水相だけとってもまるでお金の勘定の仕方が解っていない御仁ばかりが行列し辞職して行ったわけである。(鳩山邦夫ってチョウチョきちがいも相当バカだな)

 こんな連中にならないためにも、使っていいみんなのお金、使ってはいけない他人のお金と、給食費不払い問題なんて低次元のものをめぐっては格好の教材ではないか。

 「社会科」でも「さんすう」でも構わない。こうして社会性が学べれば奇禍をして福となすワケだろう。
 ぜひとも、全国の教育機関で今日からでも始めてほしい。

 この教程を1学期でも終えたならばおそらく小学3年生だって、将来「偉い人=大臣」といった思考法を持つことだけはないだろうし、成人して公務員になったところで汚職にも手を染めないのではないだろうか。

 これが生きた学問というのである、実生活に役立たない学問は当面要らない。