10月20日(土) 『内藤への陳謝が条件』だったか?あの処分
(^o^) まあまあ
亀田批判の急先鋒の一人、このタコ親父マエノがどのようなきったない言葉並べるのか、興味がさぞかしお有りだったろう。
「語るに堕ちる」ならぬ「ほっときゃ堕ちる」と、見事なまでの凋落ぶり。
今まであんな者どもに、お義理でヨイショして重ねてきたジャーナリズムが一転、集中砲火を連日浴びせるまでになった。まるで隔世の感である。
同じようなナサケない「ジャーナリズム手のひら返し攻撃」(笑)をボクはかつて経験したことがある。
思い起こせば、71年だったかにボクがハワイに住んでいる頃、日本のメディアから『ワイキキの天皇=小佐野賢二氏』にまつわる「なにか現地でのスキャンダル」とか「ニクソン田中角栄ハワイ会談での金権振りを語るエピソード」を、できるだけ集められるだけ集めろ、とポスト誌から電話連絡があった。
当時は田中苦労人政権の誕生に沸きかえっていた。
またどうせ、自民党政権のスキャンダルやら不正をつかんだところで、掲載(or OA)前の段階でことごとくつぶされてきたし、またそうなるのだろうとタカはくくっていたのである。
聞いてみれば共同通信のホノルル駐在員氏もすでに動き回っている最中とのことだった。
いついったい、そうした「ジャーナリズムらしさ」が日本に舞い降りたのかむしろ不思議でならなかった。
それは米議会のSEC(証券取引委員会)が、田中首相・中曽根はじめ、日本人与党政治家黒幕として戦後立ち回ってきた右翼実業家らの名前を列挙し、米議会で共和党がらみの不正追求を始めたのがきっかけだった。
何の事はない、米議会が独自に調べたネタではない。
その米軍需産業と日本政界との長く黒きつながりを告発し始めた契機こそ、「月刊文藝春秋」に掲載された立花隆さんの『田中角栄研究』という、自民党の佐藤政権を金で買った今太閤の田中角栄首相のバックグラウンドを挙げて行った検証記事(にすぎない)のこと。
最近で云えば、山口県のパチンコ業界韓国人系経営者団体から長年格別の不動産・選挙資金提供という物的支援を受けてきたあの「発狂ちゃん」安倍晋三の資金的バックグラウンドを取り上げた…ようなものなのだろう。
というのも、その文春論文の内容といったら新味はなく、わが梶山李之先生はじめ、多くの作家ジャーナリストが挑み、長年退けられ、シカトされてきたもので何で今さらといったものを体系的にまとめたといった程度のものだった。
だけど、さすがに「ここまで金権体質でいいのか」との空気は(あの亀田一家の傍若無人のように)たしかに国内のマスコミ人には有ったものの、またどうせ握りつぶされるだろ…であった。
あいも変わらず同誌発売後も日本国内では何も問題意識などはなく論議も起こらず、ニヒルにそれら政権から滴り落ち続ける”利益”を、マスコミ業界全体「毎日の糧」として『清濁あわせ呑んで』正義感ぶっていたのであり、今とどこも変わらない権力ベッタリ体質だった。
実際ボクの取材では、ニクソン田中会談の際、日本側がハワイを選んだのも、国際興行社主小佐野賢二氏がワイキキビーチのホテル並木のほとんどを次々に買収、一時期「全室の40%以上」を小佐野氏一人が独占していたほど。
ハワイ州議会でもそうした寡占状態目の前にしながら、明らかな法律違反になんと、異論唱える声は稀で、それはそれでベトナム戦中にあった米現地では脅威としながらも、全体では日本からのありがたい経済的支援と歓迎していたほどだった。
小佐野氏が生涯その頂点にあった際に、子飼い(?)の田中氏が首相に就任。
その小佐野→田中の花道を象徴する意味もあって『観光促進、プロモーション的にハワイに首脳会談を持ってきた』いきさつがあった。
会談期間中、田中首相はじめ日本マスコミの全社は情けなかった。
小佐野氏の経営するホテルに便宜を求め数箇所に分かれ、すべての関係者がマクラを並べ投宿していたほど、『政財報』三者一体のハネムーンぶりを見せ付けていたのである。
ボクの部屋からは、某ホテル最上階を占める小佐野氏のプライベートスゥイートが眺められ、一行の具体的な出入りが視認できた。
そのホテルのすぐ”直下の階”のVIPスゥイートには田中氏が入ったのだろう。
期間中には灯りが点り、KING気取りで祝杯をあげているのか、夕食時から就寝まで最上階の電気がハデに点り、深夜それが階下に戻り上下とも消える。
このイルミネイションこそ、その時点における日本社会での小佐野&田中の上下関係が無言のまま雄弁に物語られていた。
その際につかんだネタとは、どこが誰の財布を開いたのか不明だったが、同行した記者団に『一律1000ドル(当時=30万円)』の土産代が封筒に入れられて渡された事実をボクは日本に送った。
それはどうやら載らなかったようだった。
米議会の追及は進み、それと並行し『現地直輸入』のように野党が初めて知った事のごとく”産直情報”をネタに騒ぎ、そこに検察も相乗りし、後日警察が逮捕するといった、まるで『日本国民主体性ゼロ』の顛末に終始したのは、負の昭和史としてご記憶なさっていただきたい。
お待たせしました、
さて、亀田さんの場合である(笑)。
あのバカな『12ラウンド』で大殻(だいから)が抱え投げで一本を取ったが(笑)、あれは内藤さんと共に国民にも投げを打った行為だったのを大殻は気付かなかったのだろう。
あのワカりやすいアリエネ必殺技のおかげで国民は怒り、おかげでマスコミはワンワンと吠え始めても「取材拒否」とか喰わないでいられる、いわば「キュー出し」を頂戴する事になったのである。
我が家はあの晩、内藤の手が挙がったことで「悪大名から救われた貧農」のような気分となって、とてもオラたづ一家は爽快となることができた。
今まで判らず屋の世間を相手にしてきながらもマジメにシコシコ下町の太陽、親子で頑張って生きてきてよかったと思わず快哉を叫んだ(ウソだけど)。
あのマッチを観ているボクは、あのランダエタ戦を思い出していた。
タイトルマッチ自体が『八百長まがいのお膳立て』で進行していたのでなかったのか。
前王者ポンサクレックでは、仮に興起が闘っても勝ち目はなかろうが、内藤という弱いチャンプならパンチ力も重くなく、トリッキーながらも大振りなので致命的なカウンターだけは貰わないだろう。
幸い、内藤という相手なら「両目に薄い皮膚で繋がっているまま…」の、万年の切り傷(これも過去の「頭突きバッティングによるもの」だった)といった爆弾もちである。
この特有の古傷もち選手というと、同時にバッティング恐怖症というトラウマをも持っているものだ。
しめた!『これなら世界最年少チャンピオン誕生』のシナリオが組める。
内藤さん側の
『宮田ジム側のポンサクレック防衛戦以前の話題性あるうちのタイトルマッチ実現』という要請にもフィットする。
むしろ相手から『亀田さんやってください』といってきた、オイシイおハナシなのである。
渡りに船、19歳誕生日を迎える前に『最年少』に逃げ込める千載一遇のチャンスであった。
ここに亀田陣営を筆頭とする、TBS/共栄ジム、そして宮田ジム共通の利害が一致した。
ただひとつ営業的には、広告代理店レベルの思惑は、このマッチは「スポンサーに売りにくい」イベントだった。
彼らの戦前予想(ヨミ)には、『もし大殻が勝ったら』という想定がつきまとい、それが最後まで営業の足を引っ張り、たしか中継全体の「4割」しか、番組提供クライアント衆からの承諾を得られなかったのが現実だ。
特に、ああした格闘技や「水っぽい」イベント提供には理解があって、かっての大スポンサーとなっていた、たのみの「某パチスロ機械大手」やら、「ゲルマニウム屋」さんら”さえ”、いつの間にか今回のタニマチ筋にその名はなかった。
たしかに営業マンが『あの大殻の世界チャンプ挑戦があるんですが…』とクライアントの宣伝部に持っていったところで「あんた、ウチの事ホントに考えてくれて云ってるの?」と真意を問われかねないだろう。
あれだけ主役(の片っぽ)がダーティすぎては(スポンサー名)露出はマイナス。
そこに金を積むバカはいない。ここまで嫌われては言葉の継ぎようもない。
内藤さんの勝利…というシナリオがいかに「思いの外」だったか…。
そもそも、氏の6月にあった「対ポンサクレック戦」が”後楽園ホール”という小さなウツワ。
しかも放映は”深夜ワク”だった。
このことを考えても判るだろうが、内藤さんウンヌンではなく、そこまでボクシング界という業界の景気が悪いのか、議論の押さえるべきバックグラウンドはここにもある。
ところで大殻陣営がこの試合前、『たかがゴキブリ』相手に何を対策したのか…といったら、いざフタを開けてみると大言壮語とは裏腹に至上命令は『パンチを食わないこと』だったのだ。
コワもてぶりはどこへやら、まるでチキンホーク(ブッシュの事…じゃなくて、威勢ばかり良くて実は小心者の事)そのもの。かっこ悪さもここにきわまった。
あの史郎という名トレーナー(笑)の授けた戦法とは、ああして自分ら自身がゴキブリそのままに(笑)『頭蓋骨を主武器』に4ラウンドまで突進し、近付いたら下から上へ頭を上げたり、パンチを打つフリをして左右に大胆に(拳でなく)頭蓋骨を左右させ、「内藤さんへの有効打狙う」よりも、目の周辺の古傷へのチョーパン(古〜 笑)を狙う事でしかなかった。
それにしてもあのレフェリーこそ、いかにも協栄ジムの回し者というインチキ野郎だった。
あのバッティングとなるかもしれない、徹頭徹尾の頭下げ突進をなぜ黙認したままだったのか。
当然、バッティングの注意を大殻に与え、それでも続ければ減点をする機会も事前にあったではないか。
大殻は「両手で両耳を押さえるようにして、両ひじも脇につけたまま」。
あれを全国のボクシングジムでは『ガードを固めた姿勢』と呼ぶ。
相手が攻勢に出た時に、『ああしてダメージを避けろ』と指導を受ける、100%正解の体勢だ。
だが反面、あのガード姿勢のままでは攻撃に回れない。
パンチの正確性も薄れ、踏み込んでのパンチに重みも増さないからだ。
そもそもあれで終始するなら「ボクシングの試合」として成立はしない。
柔剣道やアマレスだって指導/減点の対象となるほどだ。
だからポイントの採点でも加点などされるはずもない。
彼らは本当に勝とうとしてきたのか?
「ボクシングでは勝てない」と、最初から拳は棄てて、バッティングでのTKOだったのだろうか。
思い出して欲しい、興起の最初の八百長試合でも興起は徹底してあの丸刈りアタマを、ランダエタへのバッティングを狙い、頭突きしこすりつけ、レフェリーが注意を再三与えていたのをもう日本のファンは忘れているようだ。
それがため、ランダエタは(内藤さんのように)右側のまぶた上から出血をしているではないか。
(防衛戦では自信をつけたのか、興起は胸を張った打ち合いを展開して文句のない成長を見せた)
あれが仮にアマの試合だとしたら重い注意を受け、『ファイトッ!』とレフェリーが”本当に闘え”と罵声浴びせただろうし、4ラウンドの前に失格負けと断じられていたはずである。
それがあの晩は「ホンモノの亀」となって、メンチもカツも亀田陣営はプロの試合にもかかわらず、あんなファイティング(?)スタイルを取らずを得ないほど、(まともに打ち合い、戦えば)最初から勝ち目はないと、あのバカ親も子も百も承知だったのを物語っている。
当たり前のことだが、幼稚園の子供に「ボクシングの真似をしてみな」といえば、『両手を両頬の前に』することまでは同じでも、きちんと、おデコを上げ顔も目も見せて構えるだろう。
それをああした『カメさん突進』をゴングから開始して体当たりまで食らわして揺さぶり、老年チャンプに果敢にパンチを出させ、毎ラウンド相手に加点されているというのに、みっともなく手も足も出さず、なんとか相手の撃ち疲れを待ち、そこにスキを期待するだけ…のクズ作戦にすぎなかった。
何度も崩れ落ちそうになって、内藤さんの脚にすがりつき転ばすような姑息タックル繰り返したところでこのレフェリーも、立会いジャッジも助言をレフェリーに与えることはなかった。
レフェリーは眠っていたのか?いや、目を醒ます時がやってきた9ラウンドのことである。
例によって大殻に共倒れさせられた内藤さんは、自分の下になっていた大殻の頭に「いい加減にしろよ」
と、”グラブを開いた右手”でコツンとやった。
これに眠れる”疑惑のレフェリー”が始めて目を醒まし、あろうことか『内藤さんに減点1』をコール。
ここでボクはこのレフェリーが、今回の八百長スタイルの主役だったのかと、彼の役どころを察し、協栄の脚本を読み取った。
警告なしのいきなりの「減点1」を取るケースとは、よほどでない限りありえない。
それこそ「玉を打って」しまったり、そのバッティングやらヒジ打ちやら、それが相手に故意にヒットして実効性のあるダメージが出て、試合全体の流れを変えるおそれのある攻撃(反則)…とはボクも含め、視聴者の誰一人思った者はいなかっただろう。
それをあの毛唐のレフェリーだけは『そう取った』のである。
そのうえで、リング下のジャッジらに「それぞれ減点しておくよう」指示したのである。
あの男、協栄さんから来日して以降どれだけの接待攻勢があったのか?
以前のこの当『・・・日記』でも”協栄さんのこうした伝統的戦略”については述べてきた。
まさに二重三重の深謀遠慮を配してまで、彼らはなんでもいいから大殻を勝たせようとしていた中で、アレだけはっきり負けて、国民的赤っ恥をかき、そしてカメダは消えた。
勝ったから気付かない…で、この『反則騒ぎ』という新ラウンドに入ったから、国民全体も見失っているけれども、明らかに『第三者的な八百長的作為』は、着々と大殻勝利に向けこうしてお膳立ては進行していた事実もボクらは見据えていかないとならない。
あんなアマでも成立しないような戦法を弄して、あろうことか『世界タイトルマッチ』まで背のびをさせてやったのである。
なんというどデカい甘やかしなのだろうか。
『1億人規模の過保護おゆうぎ会』という構図を12ラウンド、バカ殿のご乱心で自ら崩壊させてくれた純真さに今は感謝したい(笑)。
もっとあの大殻が巧妙で狡猾だったら亀田家の栄耀栄華は(負けていたところで)そのまま続いたことだろう。
もうひとつ、この騒動のなかで見逃せないのが「協栄ジム」の権力だ。
今となってはボクが意地悪と呼ばれよう、
騒動が、こうして拡がる前の段階、試合直後の取材コメントが掲載されている試合翌12日付のスポーツ各紙を眺めると、とても面白いのである。
ここではスポーツ紙とて全紙「様子見」であって、はっきりと関係者の多くが、自説によって亀田家を非難する勇気を持っていない事が良く判る。
今となって亀田家をめぐり、口角泡飛ばして批判始めている連中は全員あれだけの反則行為を目にしているのである。
それがおしなべて判断停止状態で、世論が味方についてくれるかどうか「援軍待ち」状態でどうとでも転べるよう、あくまで第三者的な「傍観コウモリ野郎」に留まっているのである。
中でも日本ボクシングコミッション(JBC)の安河内事務局長は会場内で
「大殻への処分は今のところ考えていない」と短くコメント
…つまり、あの反則など取るに足らない、のではないかといった姿勢の表明に他ならない。
彼らはボクシング人気を呼び込んでくれた亀田現象にはちっとも頭が上がらない体質なのであって、ルール上あれだけの反則行為では、『JBCのプロライセンスを与えた』こと自体、審査したJBCがむしろ資格審査におかしな「ゲタ履かせ」があったから、そこにさかのぼって罪があるとボクは思う。
プロにもなれないような失格者がその業界の頂点である、「世界チャンピオンに挑戦する」晴れのリングに上がれたこと自体、他のプロスポーツ団体でそんなことがありうるのかどうかというと、そのトンデモぶりは推し量れるだろう。
「四輪免許」に落ちておいて、F1チームに所属し、負けそうとなったら道連れにクラッシュ狙ってぶつけに行ったようなものではないのか。
JBCは『大殻を内藤に謝罪をさせる事を条件』に、亀田親子三人への処分を『あの量刑』で下したとしか思えない。
だから、「ノーアポで、突然謝りにきた」との内藤さんのフォローも織り込み済みの儀式だったのだろう。
彼のような今一番忙しいスケジュールの中で「日本一有名な被害者」だ。
片やマスコミが血眼になってその姿を探す「日本一有名な加害者」との会合が、張り込んでいる彼らの目を盗み、やすやすと行われたと考えるほどボクは世間知らずではない。
”実際に会ったのか?”との疑念は残る。
だが会ったとしたらそれほどまでに危険を冒して、今日この日にムリヤリ合わねばならぬなど、「何らかの急ぎの事情」があって、亀田家がこれを終了せねばならない「必要に迫られていた」とすれば、あの処分には『内藤への直接謝罪』が必須条件化されていたとの疑いを挟むのも、まんざらゲスだけのものではあるまい。
謝るだけなら電話だけでも、また手紙でもバイク便さえあるのだから。
そして協栄ボクシングジムという、不景気ボクシング界の中にあって唯一?『輝ける一人勝ちジム』の持つ「力関係」「影響力」を考慮せずして、この問題での語り部達については語れない。
というのも、日本ボクシング界での『(ジム連合)協会』の東日本と西日本二つの団体の頂点である、それぞれの会長選挙に絶大な影響力を誇る…というか、
『協栄の支持なければ会長選挙に勝てない』ほど協栄には多くの取り巻きがブラ下がり、いきおいキャスティングボードを握っているのである。
「そうした選挙に勝って」東日本協会の新会長となった東京の大橋ジム会長大橋秀行氏はもとより協栄ジム寄りとされてきた人物の最右翼。
ランダエタ戦の亀田興起判定勝ちの際でも、協栄出身”疑惑の初代世界チャンプ”渡嘉敷氏(笑)と共に、積極的にマスコミに登場し、『あれはランダエタの負け』と主張しぬく役目を演じた御仁。
ボクなどには黒いはずとしか見えない「カラス」だというのに、この人は「きっと元ボクサーだったから、『おそらく白内障』で視力が失われている」だから「カラスは白い」と思えるのだろうと、ボクは勝手にこの人を許していた(笑)。
今回も徹底的に大殻擁護の立場を堅持するオピニオンの最右翼である。
なるほど、こうした権力欲には『目がない』わけだよこの人は(笑)。
ちなみに同じような擁護派では輪島功一氏も、この東日本の会長選と、もう一つの日本プロボクシング協会(現:F・原田会長。これは使用人としての団体)選挙にも色気がある…といわれる有名な上昇志向の御仁だけに、商売上手な団子屋さんとして、彼の見識が発揮されるのかどうかは疑問だろう。
それよりも、今回の大殻のように輪島さんも相手の懐にもぐり込んでアッパー系の必殺パンチで鳴らした現役時代。
それだけに頭蓋骨をこの人はガンガン左右に打たれてきたのは誰もが知っている。
だから脳がとっくに揺れまくってバンチドランカーじゃないのか?と、ナリフリ構わぬ協栄スリ寄りぶりには往年のファンもそう勝手に納得しつつ、白けてしまう。
ともあれ、この春先のダービーで彼ら一家と隣りテーブルでハチ合わせしてしまう運命を味わったボクの目からすれば、三兄弟の「興起や大殻に中三坊」は大変行儀の良い三人に映った。
だが、オヤジだけはとにかく飲食のマナーにも落ち着きがなく、むしろ『精神年齢が中学生かよ?』あたりと考えるのが相当…としか見えなかった。
もしかしたらあのオヤジは意外と思われるかもしれないが、興起と大殻、その下にできた年齢の『フケ顔をした弟』なのかもしれない(笑)。
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