【2007年8月】

8月31日(金)  『筋肉バカの壁』博士を全面的に支持する  (^o^) まあまあ
 13日、東京下町の管区である光頭…じゃなかった「江東運転免許センター」へいき、国際免許の更新をしてきた。

 免許の写真を撮るたびに、水道橋博士のやった「博士の犯罪」を思い出し笑って笑って、笑いが止まらない。
 このネタは、あの『何でもアリ、放送禁止語クソくらえ』で鳴る浅草キッドのライブでも終生かからない『封印ネタ』なのである(だからこうして知り合いならばなるべくそのレジェンドを語り継ぐ義理があるのだ 笑)。

 あの運転免許というものはさすがにお堅い日本国らしく、変装したりしてはいけないし(当たり前だが)、メガネを常用しているなら眼鏡を、もちろんサングラスはご法度だし、さらにアメリカの免許やパスポートなら当局の写真係の側からから『スマイル!』といわれ、真面目な表情はよせと云われ!、表情の軟らかいものを「自分の代表的な顔」とすべき…とされるものだ。

 ところが、日本ではパスポートも免許もすべからく、「笑った写真は却下」され『真面目な顔』を基本として再提出させるよう野蛮な規則を旨としている。

 そこで博士は、考えた
 『だったらヅラかぶった人は外さなくちゃウソだろう』。
 極端な整形した人もいけないはずだし、髪型もパンク以上にバカみたいな形をさせたりして容貌判断を困難にさせたらいけないはずじゃないか。

 とこう考えた。『じゃあ、今度の更新の時にはこうしてみよう』と企画を練ってその日に望んだのである。
  (以下に上げるパフォーマンスは、事実と違うことがあります 前野)

 ”第一回”は髪の毛を総毛立ちにして撮ってもらい、それを添えて窓口に大真面目で出した。
 係官はニヤニヤしながらラミネイトされたその写真の免許を手渡してくれたそうである。

 つづいての第二回目は、「片方の眉毛だけ剃り落とし、分厚くド派手な化粧」をして、写真撮影の席に座った…そのメイク写真入り免許を手に入れた。

 ボクの記憶が定かではないのだがその後、博士に”次々と新たなアイディアが浮かぶ”と、ほどなく手元の免許証を失くしてしまうという偶然に見舞われる(恵まれた?)のであった。

 それからというもの、氏の免許更新手続きには再交付のため、「免許紛失始末書」といったような半分は詫び書類にハンコ付いたものが数種類加わってゆく。
 不思議な事もあるもので博士はホントに短期間で失くしてしまうらしい(笑)。

 おそらくそれを多くの「警察官以外の人々が眺めるから」なのだろう(笑)。

 その次は「分厚い牛乳瓶底メガネ」をかけて、ヅラ丸出しのものを被ってたものだったんではないかな(「眼鏡使用」でもないのに 笑)。

 そしてこうしたテイクを重ねるこの頃から、それら書類が窓口の奥に消える、すると、きまってクスクスと複数が取り囲んでそれらの写真を眺めて笑っているらしい声が洩れてくるそうだ。

 そして『ちょっとあなた』と呼ばれ、
 『ホントに普段こんな格好をしているんだね?』と、笑いをこらえながら係官は正当な職務を執行する。
 「ハイ、そうなんです」と博士。
 だったら法律的には仕方がないのである。

 そして次にやったのは、
 『眉毛を全部剃り、髪の毛のほうもずっとサムライのように後ろまで剃って、おデコのはるか上にだけ眉毛のような形で毛髪を刈り残しておく(笑)、それは左右二本「マユ毛の代理」として後退させた容貌』なのであった(爆笑)

 これにはあたり一面が大爆笑になったらしい。
 窓口の係官も笑いをもうこらえなかったそうで、免許を何度も紛失する疑惑について笑いながら詰問したのだそうだ(笑)。

 ここまでおかしいと疑い、まともな取調べにはならないと判断したのか、ついに歴史は動いた(笑)。
 博士の住居にある朝、突然警視庁の(交通執行課?の)刑事らがやってきて、ガサ入れそして任意同行となってしまったそうである。

 おそらく彼らの狙いは『有印私文書偽造』『…同行使』の疑いで、取得しまくった「(隠し持っているにちがいない)お笑い免許証コレクション」の押収に出たのだとボクは思う。

 最後の『デザイン』だけは”名企画”だけに鮮明に覚えているのだが、そこから先はどういった席でも情況でもこの件の顛末について彼らは話してくれない。
 だから、毒者諸兄もこれはいい加減な話なんだと呑み込んでおいて欲しい(笑)。

 悪意がない事くらいは警察側も解っていただろうが、ここまで公権力の象徴である免許証がお笑いのネタになったり、おちょくられまくられた格好だけに、おそらくは「不起訴」や「不処分」では収まらず、「起訴猶予(=悪いけれどもここは許してやるが前歴にはなる)」あたりでカンベンしてもらったのだろう。

 博士を起訴しない司法的な取り引きとして、この担当検事との間で”引き換えに”『このエピソードは今後公言しない』と誓約書の1枚も、一筆取られているように思える。

 一筆といえば、この9月6日に丸の内の書店「丸善」(と、翌週は大阪の「ブックなんとか」)で水道橋博士の書き下ろし『 筋肉バカの壁 』出版記念としてサイン+握手会をそれぞれ150名限定でやるそうだ。

 あのひ弱そうな(?失礼)博士が山本“KID”徳郁まがいの肉体改造に、このほど一念発起のステロイドぬきで成功し、ホノルルの鉄人トライアスロンに出るほどまでになる苦闘や、そのおかげでひそかにベースボールキャップで誤魔化してきた『毛髪欠乏症(若ハゲ)』を克服してしまう有り難い副作用の出現まで、書き綴ったもの…(贈呈本はまだだが)らしい。

 しかし、ムキムキを目指すムキよりも、ボクにはこの本、毛が欲しいムキには福音となるような気がするのだが。

 そこの会場でどうかわが毒者の有志が、髪と眉毛を剃り上げて、おデコの前頭部に刈り残しを揃えてこの場に臨んだら、博士はあなたを第一級の同志として席を立ち、堅く抱きしめるのではないか。
 そして忘れずにガッチリと連帯の堅い握手をしてきて頂きたいと、切に望むものである(ボクも本当はやりたくてたまらないのだが、物理的にムリだろうから)。 

8月29日(水)  きわまれり「事実誤認」の悪罵コラム  (^o^) まあまあ
 それにしてもヒドい云いがかりをつけて、その文を売って儲ける者がいるものだ。

 またそれを、天下の文藝春秋社がウラを取ることもなく、そのまま連載コラムの一つとして掲載、発売するものだと、あきれを通り越して今回は背筋が寒くなった。

 先週まで売っていた週刊文春夏の増大号「8月16・23号合併号」P151に、「青木るえか」主婦作家という作者が書いた、連載コラム『テレビ健康診断』第148回目が載っていた。

 そこで彼女は気が付いたテレビ番組の中から毎週、鋭く彼女のステンレス文化包丁(笑)を、エサとなった番組に向けて振り下ろすのだが、比較的ボクはこの本の連載コラムの中では好きなほうだった。

 ところがこれが今回はデタラメのコンコンチキと云って良い誤爆ぶりで、是非とも手元に置いてご高覧戴きたい(歯医者とか美容院とかで合併号というものは意外と置いてあるものだ)。

 しかしこれだけ事実誤認をベースにモノを書き、その上に立って断定しては思い込んでしまったら、逆に「指差した者」自身が嗤われてしまう…という好例なので明日はわが身、自戒をこめて取り上げてみた。

 今回のエサは、NHKTV『そのとき歴史は動いた(歴動 と略)』が被害者となった。

 世の中の物書きというものに、およそNHKを弁護する者だけは少ない。
 たしかにNHKに悪罵を投げつけたところで、全戦全勝である。
 だいたいNHKが反撃としてどこかのジャーナリズムを訴えたとか、作家を名誉毀損でどうにかしたといった話は聞かない。

 社会保険庁ではないが、さんざっぱら「聴取料」を集めては無駄な使い方をしまくって、集中砲火を浴びたあの『紅白担当の局P』による私的流用刑事事件を経て、海老ジョンイル会長が失脚となり、集金人が泣きそして今は世間から打たれるがまま、そこにぶる下がっているだけ、国民の皆様のサンドバッグNHKとなって息を潜めるのみ…という事情もあるのだろう。

 だが、そうした無抵抗の者をひっぱたくにしてもこのコラム一本は気の毒だった。

 この青木なる作者の目から見たらこの「歴動」は、鈴木健二アナ『歴史への招待』そっくりであって、つくりを鈴木アナから松平アナへと替えただけにしか見えぬと規定する。

 いわく『…歴史の本でも熱心に読んでいれば出てくる話がほとんど)。真面目に予算をかけて作ってあるように見えるし、合戦シーンや戦争終結会談などの再現フィルムの大がかりさは『招待』を越える。見知った役者はただのひとりも出てこないが、」シーンの大げささだけ見たら「大河か」というぐらいだ。合戦シーンに不可欠の「馬」は、大河の馬はスターを乗せているせいか大人しめのタイプを揃えているのに対して「歴動」の馬はレンタル料金を安く抑えているのか目もコワイし鼻息も荒く、騎馬モノの迫力は大河の勝る。 中略
… とにかく民放の再現フィルムに関しては 中略 足元にも及ばぬほど金をかけた再現フィルム一つとっても、 中略 よくわかる。

 そして彼女は『エラそうな松平アナ』がかつてタクシーでの暴力事件により、出世コースを棒に振り辞めるに辞められないため、こうした名もない役者を使い大きな制作費をかけてまでこのアナのため、この番組をあてがって『これはもしかすると松平アナへのご機嫌取りでここまで大がかりな再現フィルムを作っているというような本末転倒なのか』…とまでまんずはぁ超大胆に推理してみせて、最後には
『ネタも尽きるだろうに、いつまで続いてゆくのか。この番組が先か松平が先か。そんなことばかりが気になる。』と哀れんでくれているのだった。

 これが今回148回目の〆だった。

 ちょうど、この「歴動」制作者からの苦労談をボクはかつて聞いていただけに、まさにその「初耳だった」そのツボの奥でこの主婦作家なる御仁をハチ合わせしてしまったわけなのだ。
 これは事実とは大きく違う誤解が下敷きとなって紙の下に敷かれていたため、全体の論旨が根底から狂ってしまったという標本的駄文だ。

 こんな事実誤認をベースにして勝手にぶった斬られ、勝手にその仮説という楼閣のその上に、自説というアヤフヤな象徴を違法建築しておいて、それでいながら無口の人々に対し、勝手に心配までしてみせる…といった文章を、「歴動」側制作者一同らは一方的に投げつけられ、その中にあったわがNHKの友人も今こっれをどう読んでいるのだろうか。
 いや、どのようにあきれ果て血の悔し涙を流しているのだろうか。

 いずれこの文春側に向けて真相は伝わってゆくだろうが、先に「歴動」制作側の実情をわが毒者にはお話しておく。

 あの「歴動」につき、青木るえかという作者が指摘するのは

@「立派な合戦シーン」やら「戦争終結会談」などが大掛かりで立派
Aなのに夜の番組でいながら(制作費もあるくせに?)名もない役者ばかりが再現フィルムに
B歴動の馬は大河に比べてスターを乗せるためではないから大人しくはない馬で、目もコワイし鼻息も荒い (笑)

@は《ネガティヴ》。
 スタッフは歴動の場合、制作費を削減してギリギリの予算で再現シーンは作らなければならないため、どう工夫するかというと、今までの大河はじめとする合戦シーンや戦争ドラマからのフテージをライブラリから取り寄せて徹底的に、その雰囲気にあったシーンを『流用(使い回し)』をしているのだ(笑)、。
 毎回のようにわざわざ、合戦シーンのロケを一回60分ぶんの制作費からねじり出し、ヒトを雇い馬を揃えロケ地を確保し許可を取り、ロケ隊を編成して大挙出かけられるようなバラエティ用の制作費とはワケが違い(部局も違う)、格段に小規模なむしろドキュメント制作と同等の金額にすぎない。

 「御前会議」などのシーンにしたって、『指だけコツコツやったりのアップ』とか『下を向いたまま…』のカットやら、『逆光で顔が見えぬ』などのシーンに気付かないか?そんな一瞬のカットを見付け出して、それの「使い回し」と特定されないようにフテージをツギハギする編集テクニックと果てしなき根気。
 これは、この番組担当者なら誰もが経験してきている難事業であり、ロケにしろ短時間で少人数以外は、物理的に無理なの(だそう)である。

Aは《ポジティヴ》。だが、そもそもの「背景」が違う。
 名もない役者…とは、まともに雇うとしても上記@のような経済的事情から「無名…」は仕方なく、「どうしても必要な撮り下ろしシーン」にはギャラの分のフンパツなどは当然かけられないし、「使い回し分」にしろ登場人物は『なるべく一瞬で』『誰と特定されないよう』にツギハギをするのが「歴動」制作に求められるテクニックなのだそうだ。

 それはなぜかというとね、主婦の青木さん、「再利用されて、肖像権や再利用権主張してギャラを出せと云ってこない」ような(逆に”顔が売れる”からと、嬉しがるような)存在の方や、「その程度くらいなら、マ、いっか」といった短いフテージ選んで使い、経費削減ギリギリのところでせめぎ合いやっているからなんですよ。
 よろしかったら、スタッフのカンどころとは『(役者の友人が観ていたら)アレッ!あいつじゃないか?』と気付きそうな瞬間にはもう次のシーンへと移った後というタイミング。
 これは良く眺めていればその呼吸のビミョーな切り貼り具合が視聴者にも判って貰えるはずだ。

 NHKだってこんなに苦労していることを、ボクだってたまには善いことは手伝ってやる狂気…じゃなかった侠気くらいはあるのだった(笑)。

B「馬上豊かに…」なんて馬ごとカメラレンズ睥睨するようなシーンとなれば、顔はアップそりゃあスター限定の出番。馬だって落ち着かせて両側から引き綱でカメラ前に固定もするだろう。
 もともとNHKのカメラマンらは一家言を持っているような職人肌。
 映画なら京都撮影所に巣食うような万年リロン家映画屋(ウマイかマズイかは別として、あれで水戸黄門の絵ヅラがせいぜいとは…苦笑)がフィルム、VTRテープではこのNHKのカメラ屋と、日本のうるさ型双璧がここにある。

 だから馬上のスターとなれば、そりゃあカッコいいシーンだし、まずだいいちに馬に動かされないように工夫もするのが制作者だわな(笑)。
 時にはスタジオ撮影で動物に良くやるように「鎮静剤」注射もして落ち着かせるのはギョーカイの常識、スターがまたがり、顔も良くみえ演技にも集中できるよう状況作りもします。

 そころが「歴動」で(それ=「使い回し」で)同様にやっちゃうと、当然『あ、オレじゃん』と名もない方から肖像権主張されちゃうキライがあるもん(笑)。

 なにしろ、『スターが乗って鎧カブト着て合戦シーン』なんていったら、「馬も乗りこなせて刀もふるって」と、それって考えてみたらカメラで『あ・あれはスターのXXだな』って、”判別できるほどのヨリ”なんて撮れないでしょうが(笑)。落馬して怪我でもされたら事務所から訴えるだのなんのと、部内だって始末書モンですよ。

 それに「歴動」だと条件は大違い。せいぜいが騎馬隊と兵卒らの行進シーンこそ静かなものの、もっぱらは、ロングで合戦シーンをパカパカゴチャゴチャするだけなんだから、カメラワークだって画面の動きだって激しいシーンばっか。
 いくら大人しい馬だって、「歴動」は『体育の時間』ばかりなんだから、そりゃあ鼻息も荒くなきゃソラぁマズイでしょ。

 それに青木女史に、松平アナがいったい何をしたというのだろうか、『エラそうに』と、かつての鈴木健二アナもろとも「彼らはエラそう」と取り付くシマもないのだが、じっさいはそうなのか。

 眺めていたって番組のゲストらに対してだって、あれだけ敬語の丁寧語と尊敬語だけの徹頭徹尾。
 あれだけ徹底して彼女にはまだ何が不足なのか。
 何が悲しゅうてこんな主婦にエラそうと、決め付けられなくてはならないのか。

 こうして勝手に誤爆をくれていながら、その上に立ってエラそうに…と悪罵物語を残してしまっては、45歳主婦作家青木女史の実(身?)もフタもあったものではなかろう。

 今回はあまりに稚拙に過ぎて、ストレートパンチをブチ込めず精彩を自ら欠いたこの「主夫鑑定士」なのであった。

 しかしこのお方、『主婦』の看板を頭上にことさら掲げつつ、そのクセ、作家稼業を進行してはこうしてズンズン攻撃しまくっているけれども、その看板掲げながらの攻撃なんて、慈悲を請いながら容赦なく鉄砲を撃ちまくって進撃しているようなものなのではないのか?

 よくボクが引用するアメリカのことわざ=「もしあなたが一本の指を誰かに差した時、気付いてみれば他の三本があなた自身を指しているものだ」を青木るえかさんに捧げておきたい。

 いみじくも彼女がこの番組について、まとめとして最後にこう結んだのも皮肉ではある。
『…ネタも尽きるだろうに、いつまで続いてゆくのか。この番組が先か松平が先か。そんなことばかりが気になる。』

 これを松平という2文字の代わりに「青木」と代入して読み直してみたい。
 いずれにせよ、「他山の石として」このページをボクは綴じから外した。

 そして保存しておくことにした。 

8月18日(土) / バリー・ボンズ756本劇ささえた細慮  (^o^) まあまあ
 運道具屋さんでは今、バットの先が「カップ状にえぐられた形」のものがトレンドなのだそうだ。

 わが草野球戦士らにしてみれば、バリーボンズのあの豪快なスゥイング、そして「ホームラン756号」という結果に魅入られて、彼と同じようにバットの先をえぐった「カップ加工」済みのバットなら…と頼る、いわば「弱者の発想」なのだろう。

 野球というスポーツ(特に打撃)には、そうした”あこがれの存在がしている”プレーイングスタイルを同じようにトレースしただけで成績がアップするという、いわば「成り切り」的要素がプラスに作用するプラシーボ効果みたいなものはあながち否定できない(ボクもそうだが)ので保留にもしておくが。

 なるべく早いこと申し上げておこうと思ったが、今日になってしまった。
 そうした買っちゃった人はごめんなさい。

 思ったより「飛んでくれない」でしょう!

 755本で足踏みしている段階で、尊敬する女性野球ライター「世界の」鉄矢多美子女史が日刊スポーツ紙上でかのバリーボンズにコメントをしっかり採っていた。
 さすがである。

 ボクが彼女と出逢ったのが川崎球場で、女史はロッテ職員の事務服を着て一生懸命走り回り、なんとかこの球場の窮状(笑)を救えたらと、選手の面白いエピソードや意外な一面などを番記者らに提供しては記事にして人気を呼び込もうと、日夜苦労していた素晴らしく男気のある人物(それがたまたま女性に属するだけの話)である。
 それをまたハマトラルックで、巻きスカート履いて日夜ロッテの選手の間を回っては、ムリヤリにでも当時担当していたラジオ日本(ラジオ関東?)の神奈川球団情報に載せてくれようとしていたポッチャリ記者があの故岩田暁美さんだった。

 岩田さんの晩年はいつでも長嶋監督の横に付いて日焼けした顔にギョロリとした目で番記者らの先頭に立っていたのをご記憶の方も多いだろう。

 鉄矢さんはその先輩格と云って良い存在。ボクも彼女らと同じ夢、すなわち『ロッテオリオンズをもっと多くの人々に知ってもらいたい』という野望を共有していたものだった(1980年代)。

 それがいつの間にか(幕張に移ってから?)鉄矢さんはフリーになり、99年にイチローの後を追っていったピオリアで再会、彼女は白覆面で顔を覆っており「日焼けがイヤなのよ」というが、ハタの者にしてみればそれは面妖な異彩をあの地に放っていた(笑)。
 
 彼女はメジャーリーグにいつの間にか食い込み、特にヒスパニック系の選手といったら30球団にわたり人脈を築いているMLBでも滅多にいないジャーナリストなのである。
 なにしろ、ジャマイカだってキューバだってドミニカだって、
 『タミコ』で通じない選手はいないのだからそれはたいしたものだ。

 観光ガイドのようなことをして、地元新聞やローカル紙に載っていたような評論やコラムを無断盗用してそれで賞を獲り、スポーツライターでございなんて自称するような在米邦人なんてのとは格が違うのである。

 ともあれ、ボンズも無条件で「取材OK」という全米でも稀有な「透明のプレスパス」をタミコさんは持っている。今月初めの日刊スポーツ紙にあった彼女の署名記事に勝手ながらボクは訂正をさせていただく。

 彼女は『ボンズがSAMバット、SSKやらとバットを神経質に選び、管理している』といった細やかな道具へのこだわり方をリポートしているのだ。

 その中で、『バリーは、愛用しているスペックのバットを試打してみて、バットの先を削って5グラム軽くしてもらったもの』について、

 バリーは5グラム軽くなったものを「これだけでも軽くなって調子がよくなった」と気に入って使っている、このたった5グラムといったわずかなこだわり方に彼女は舌を巻いたといった意味で、読者の目線に立って一緒に驚いてみせる内容の好レポートだった。

 これはバットの制作をしている者からいわせれば「50%の正解」にすぎない憶測だ。
 たしかに先端部を削れば「5グラム」とは云わず、最大で12〜15グラムくらいは軽量化することも可能だ。

 そうすれば、まず違ってくるのが
 『素振りをしてみてその分だけ軽くなった』自覚症状を持つだろう。

 一般の多くは、ここまでの印象で「軽量化したバット」で終わってしまう。
 しかし違う。

 ライヴボールを打ってみると、今度はバットが単に軽くなったでは留まらず、バランスが全く異質のバットによる打球となるのに気付くかもしれない。

 まず@飛距離が減少する。
 確実に減少する。

 その理由を「重いバットなら飛ぶ」「軽いバットでは飛ばない」という、旧態依然の力学無視の”誤った風評”などはもう忘れて欲しい。

 A先を削ると、飛距離は減少するが「打芯」は広がり、内角寄りにまで芯は下がってくる。
 したがって、素直に打ってくれれば「ヒットは増える」。けれども「ホームランは減る」。
 といったキャラのバットへと変化するのである。

 ちなみにイチローのバットだが、あの「打芯」の範囲はメジャー30球団750人の1軍選手のバットの中でもっとも『範囲が飛びぬけて狭い』ものである(小社HPtopページ、「お宝ドットCOM」での動画資料参照)。

 したがってイチローのバット先端をカップ状に削り、「ジャストミートしやすく改良したら」どうなるか。
 シーズン200本どころか、「250本、打率4割」は明日にでも可能だろう。

 これがイチローについて誰も語らない”真実”である。
 ところが、サンフランでのオールスターで放ったあわやホームラン?などという打球はもう望んではいけない。確実にワンバウンドになる地点は内野寄りにグィッと近寄る『副作用』をもその手術ははらんでいる。

 メジャーのスコアラーは、各打者の放つ打球の『ワンバウンドした地点』をポイントペンでコンピュータ上にマークし、飛ぶ方向と着弾地点を把握し、次の対戦にはベンチから守備位置に細かい指示が飛ぶことになるのである(今日はなぜか今まで云わない事を云いたくなってきたのよね)。

 だからイチローのバットにカップ加工の形跡を見つけたら、外野は前進して構え、両脇を抜ける打球の勢いも減少する事も早速に織り込まれてしまう。

 これをイチローという個人事業主が、トクと考えるか損として排除するか、いわばMLB内部「軍事バランス」考えた末に現在の彼の道具があのようになり、またあのように打っているわけなのである。

 つまりボンズは755本を前に、カップ加工を長らくしてきたものをカナダのSAM社倒産を機に、カエデの木質の変更(おのずから)を余儀なくされ、加工をやめたり深くした挙句、内角のボールへの照準が近すぎたり遠ざかったり…、数々のそれによる力学的流動要素をひとり抱え込んで悩んでいたのである。

 先削っても、(スゥイングスピードは衰えていないから)飛距離は本塁打まで充分だ。
 またこの「打芯の位置」なら自分の好みのタイプのインパクト地点にはマッチする。

 こう考えて最終的に「5グラム削った現在形」にボンズは満足して、あの756号の日を実現できたという事後の補足説明で万全だろう。

 ボクはこの仕事をしてきて、プロ野球選手にとどまらず、あらゆる人間としての天才が頼りにした道具を手にする事ができた。
 そしてさらに幸せだったのは、その都度その方面のこれまた天才的モノの作り手と出逢うことができたことだった。

 彼らはいちようにツバをまき散らしながら、自分の理想とした「カタチ」、使い手の「あり方」について思い切り解説(主張?)してくれたものだ。

 このバットについて、石井達弘さんなくしてはあり得ない知識だった。

 氏は親子二代、先代故石井順一さんと共に王貞治氏の
 『間違いなく世界一の通算本塁打記録868本』のうちほぼすべて、848本までを放ったバット(ジュン石井ブランド)の製造者であった方々である。

 それを非科学的、力学的観点無視で行われた「圧縮バット飛距離増大説」といった悪魔狩りによって社は廃業に追い込まれ、再建に向けボクも共に夢を見たものの、達弘氏はご高齢でありながら現在に至るも消息が途絶えてしまったままなのである。

 おかげ様でバットについて正しい知識を持っていられます、ありがとうございました。

 写真下:ボンズの2002年季SAM社製バット、カップ加工アップ画像、すべての所要元を納品後、確認し書き込んでいる。
 これなら折れても、フィーリングの合ったバットの再入手に役立つという配慮からだ。
 ただ単にガメツイだけの男じゃないんだな〜(笑)

8月16日(木)  石水社長とボクとの「黒い恋人」関係  (^o^) まあまあ
 今や日本のどこにでも見かける、札幌市の石屋製菓製『白い恋人』が風前の灯となっている。

 無能で知られながらも「小泉人気」だけで勝てた…というだけの”選挙戦勝利者”北海道女性タカハシ知事までが、たかがお菓子の偽造表示問題で記者会見を開かなければならない、それほど北海道経済界にとっては痛手となる商標詐欺事件なのだろう。

 羽田にしろ、成田の国際線土産物屋にしろこの会社の「白恋」初めとする商品群を並べる占有の仕方といったら、単に「コーナー」配置というよりも、「店の”O分の一の”面積を占める」ほどに大量に詰まれている昨今の盛況ぶりにボクは目を見張っていた。
 特に東南アジア人がまとめて買ってゆくのに、彼らの味覚の位置を再認識していた。

 そして、それをボクはじつはニガニガしい思いで眺めていたのであった。

 なにしろ、あの「雪印」から始まって「姉歯」「不二家」と続き「ミートホープ」と、表示を偽ってまで売りまくり、何でもいいからカネを稼ごうとする輩どもが次々と国民からくり返しくり返し”総殴り”にあってきた。

 それほどの目に遭いながらその北海道のそのすぐ脇で、この「白い恋人」の送り手らはさらに犯情の悪い詐欺行為を粛々と進行させていた「世間のナメ方」にはあきれてものもいえない。

 彼らは悪人の中でもかなりの確信犯であり、内部からの是正の声を揉みつぶすように無視して、
 「検出した毒素」さえをも含んだアイスクリームを、あんなにかわいい雪だるまのケースに仕込み、また食中毒以上の症状さえ巻き起こしかねない「黄色ブドウ状細菌」さえをもを抱きかかえたバウムクーヘンを、あのお洒落な菓子箱にしつらえて『お中元にも』…などとして商品群として出して(どちらも大手有名百貨店の中元カタログでも大人気博していたほどの評判を得ていた)はばからない悪党だった。

 「変質者」と呼ばれる者が、児童公園などにさも可愛らしいパッケージに毒を含んだ品をバラまいた…、そういった事件とこの犯情はどれだけ違うというのだろうか?
 子供が口にしたら…といった点で相当に重い刑罰に相当する確信犯だろう。
 
 社長は釈明の中で一貫して
 『私は知らない範囲で、社員らがやっていたこと。業績好調が増長を招いていた』と説明をしている。

 ボクには「大変に恩義に感じている方」がいて、そのAさんがこの社長を公的にも褒めまくっている事もあり、北の国におとぎの国のような社屋を作り、なかでも産業界の不振に泣く北海道で頑張っていることにボクも自然と共感を覚えていった。

 そなかでも、この本社社屋には公開されている社長のコレクションハウスがあり、市民や観光客の多くが訪れているとの情報をも、彼らの『まるでディズニーワールドのような』美しいHPをチェックして得ることとなった。

 社長の石水氏はじめ、石屋製菓の発展と併せ、忘れられない思い出としてきっかけとしての「札幌オリンピックがあった」といった、社の礎のような記述をそのなかで見出したボクは、そのAさんの存在もあって、安心して彼らにHPから連絡を取り、こう申し出たのである…

 『ウチにある札幌オリンピックに聖火を運んできた、「聖火保存トーチ」を北海道の皆様に再会させてあげてください』と、それは「JOC元役員宅の家宝」だった「ギリシャから運んできた聖火を保存するカンテラ」で、それを気兼ねなくお届けするために話を進めたのである。

 ”そんなもの勝手に出しゃばっただけではないか”、たしかにそうである、その通りであって、何があっても泣き言を云うべきではないとボクも思う。

 この「北海道に元気を」、「まるで家族のように社長と社員がアットホームに運営する会社」、この商売気のなさがボクは特に気に入った。
 何より夢と活力を他人に与えようとする『単に利益を得ようとしている会社ではない』ところが当方の心の奥底に響いたのである。

 これは商売ではない、一銭も要らない。
 モロにボランティアの心から、わが小社にとっても大切な歴史的トーチを、札幌の地にもう一度還してやろうとの意義を、「貸し出し」にあたり真っ先に押し立てることにしたのである。

 その申し出に「コレクションハウス担当者」を名乗る若い声の社員が対応した。

 対応といってもこちらは「押しかけ女房」としての負い目?から、発送も何も、こちらが手配し数日して
メールを送り、催促をしたうえではじめて『届きました』とのごく短いメール文が、舞い込んだのみ。
 多少ムッときながらも「この社員個人の道徳なのだな」、そう都合よく解釈した。
 輸送だけでも壊れては文化的損失と、こちらにも怯えがあったわけなのでひとまずはムリヤリ安堵した。

 仁義上、この貸し出しにあたり、「私の恩人」の名を挙げ親書を添えた。
 Aさんとも個人同士間で縁があるはずなので、これはあくまでその方との縁の上からも、
 『石水社長のお目の届く範囲で取り扱ってくれればそれだけで結構です』といった内容の挨拶文も目にしているはずとも解釈していたものだ。

 だが、いつまで経っても”ただそれだけ”だった(失笑)。
 それに強くいえた義理もない、しょせんは押しかけ女房なのである。

 ただ、こちらとしては「ご覧戴いた(北海道の)人々の反応がどうだったのか、当然聞きたかった」。
 これが第一なのだ。

 そればかりでなく、嫁に出した以上”親として”は、せめて「どこに、どのように展示されているか」くらいはデジカメ映像なんてゼイタクだとしても、せめて文字での連絡くらいはあっても良いだろうに…。

 日に日に『思ったよりもレスポンスに温かみがいっこうに感じられない社風』に触れて次第に張り合いがなくなっていった。

 すると約1年弱の時を経て、いきなりメールが飛び込んできた。
 あの『保存状態に気を遣ってきたトーチ』に、石屋製菓はなんと『そこに火を入れて使いたい』といったかなり唐突な申し出を寄せてきたのである。

 そのイベントとは、冬季五輪開幕を前にしての各地のボランティアを募って、地域の「知的障がい者」の皆さんとの交流を図るため、全国各地で同時多発的に開催されたもの。
 ボク自身も、「東京荒川区のリレー区間」に参加する者として、与えられた以上のフル区間を「知的障がい者のみなさん」と手をつなぎながら走ったし、石屋製菓も札幌地区で協賛しているから…(そうした形で)協力してくれ…とのことだった。

 これについて、ボクは明確に断った。

 こんな「五体満足な者(?)の恥」と云って良いような、
 『せっかく言葉が話せ、聴けて、感情も表すことができるような…』そんなボクらは幸せ者だというのに、健常者同士、人間と人間として当たり前の問いかけも答えもできない聴く耳さえ持たない…、そんな石屋製菓の諸君にはたして弱者のために何が奉仕できるというのだろうか。

 それが云うに事欠いて、『気の毒な障がい者にマラソンをやらせて上げたいので、そこで使う”聖火”に点火する儀式に使う火を、あのトーチに入れさせてもらってその火を東京から札幌まで運びたい』だと、どの口がそんないっぱしの小じゃれた言葉ヌカしやがるのか、バカヤロー。

 それっきりだった、札幌からのおたよりは(笑)。
 相変わらず社長はもとより何もなく、社員からも何もない。
 彼らの盛況きわまるHPにも、消息もupの情報も伝えられることは最後までなかった。

 ロマンとメルヘン溢るる彼らの石水社長は、ヒマを見つけては愛用のクルーザーで石狩湾に出て趣味の釣りをやり、釣った魚を社員食堂の厨房に持ち込み、自らも割烹着を着て入りそれらのサカナを調理して社員らの昼食として振舞うそうである。
 その姿をカメラに追わせ、TVの取材陣には収めさせ美談仕立てで全国に見せて差し上げるのには熱心なようだった。

 ずいぶんとアットホームでやっぱりメルヘンで美しい、石屋特有の社内交流の風景ではないか。

 2年という歳月ボクはじっと待った、石屋製菓に預けて消息が途絶えた我がトーチを取り戻す事にした。

 これから以下が、やむを得ずに送付した「内容証明」である。
 拙いけれども、今や弁護士を押し立ててまで闘うほどの手ごわい相手とは係争事に入っていない。
 また、こうした法的な文書も昔と違ってずい分と『人間の口語体でも許される』ようになってきた。

 送りつけた文書から、一部の伏字を除き全文をご覧戴く。
 専横に振舞う者などにはこうした申し入れをして、それでも改まらないのであれば法的に白黒をつければいいのである。
 結果的に、彼らはこうでもしなかったら「当たり前の会話」などする気のない連中だったのである。

 今回の刑事事件にまで発展しそうな事件の『黒い恋人事件』の背景を推し量るには格好の資料だと思う。

 以下改行を除き、原文ママ

 前略、本通知はまさに断腸の思いでお送りします、御社の名は今や日本国内にとどまらずアジア諸国にまで轟くほどのご清栄、ご同慶にたえません。

 さて私は2004年の初夏、ちょうど石水社長がOO放送【XXXXXXXX】にご出演なされた直後、さらに私の畏友であるA氏からも社長様のお人柄についてお話を受け賜り家庭的な企業経営にも感銘を受け、私の所蔵する【札幌五輪聖火保存燈】を、直接御社の「白い恋人パーク」の方に「展示して頂こう」とお送りしました者です。

 というのもあの札幌五輪開催当時を機に、今日までご苦労を重ね現在の地歩にまで登り詰め勝ち得た貴下の栄光と、その時札幌の聖火台まで聖火を運んだ実際に使用されたトーチ、これらを並立させご来場なされた皆様に御社の歩みともどもご高覧して戴いてはいかがか、と勝手にお送りした次第です。

 それには御社ホームページ「ご意見・ご感想はこちら」といったアドレスに対し無料貸し出しの旨を申し出たところ、「コレクションハウスに関する担当者」と名乗る方から電話連絡があり、ただちに福山通運便で送付致しました。

 その後到着の如何、どこに展示したかを始め、今はどこにどうしているといった連絡の類い等驚くべき事に全くのゼロ。
 そこへ翌年の早春メール連絡が舞い込み、御社が協賛の一翼を担っていた過日の冬季五輪と連帯する「知的障害児による聖火ラリー」で「聖火運搬にあのトーチを使いたい」との突然提案。

 私も同イベントでは東京都内で聖火を運ぶ子供たちをサポートランする立場でありましたが、これだけ「人として当然の礼儀や道義」について無頓着でいながら「慈善事業で使うから使いたい」などとはいったいどんな思いやり溢れる体質なのか、こんな輩にこうした文化的財産を託したら最後、心無く扱われさらに破壊されることさえ容易に予測できます。

 当然ながらそれを断ると、気を悪くしたのか以来、今に至るまで音信はなく、この2年あまりで「結局は合計2本の電話だけ」という御社員の非礼ぶりは理解の範囲を超えており、誠に遺憾というほかはなく、落胆させられました。

 今日に至り、私の抱いた御社へのアットホームな好印象は残念ながら勝手な誤解のように思え、今後改善される望みはないように思われます。
 従いまして、どこにあるかは判りませんが「展示用」として2年前お預けした原状のまま、社長の管理の下「着払い」結構ですから返却お願いします。

 2006年8月2日
   申立て人 東京都荒川区隅田川御苑ゴミタメ離宮内
  有限会社 流体力学・旭堂 代表 前野重雄

札幌市西区宮の沢二条二丁目11−36 石屋製菓株式会社
代表取締役社長 石水 勲殿


  そうしたらビックリ、またシカト…なの(笑)

 そこで1ヵ月後、また行動を起こした、もう怒りは心頭に達した

  催告書
 前略、先月8月2日付で穏便に御社石水社長あて、内容証明便にてお願いしたところの、過日御社にお預けした「札幌五輪聖火安全燈」を『社長みずからのお立会いでご返却願いたい』旨の申し入れに対し、一ヶ月を経過するもそれを履行されるのみならず、御社からはまったく何の連絡も当方はこの間受けることがありませんでした。

 つきましては御社全体の誠意の存在につき大きく疑義を感じざるを得ません。

 ここに私どものかかる品を早急にご返還なされますよう、あらためて貴下に要求を致します。
と同時に本日より今後二週間以内に何らかの誠意が示されない場合には、こうした申し入れの内容、幾年にも及ぶ御社の対応につき小社のホームページなどを中心に申し入れの内容をつづった私信の公開などを含め、この間の事情を詳らかにして参りたくここに通告を申し上げておきます。

 残念ですが「全社あげて」ここまで無視をしてはばからない以上、社会的にも葬られることのないよう熟慮した自衛策であると付け加えておきます。

 重ねて申し上げます、どこにあるかは存じませんが「展示用」として2年前お預けした原状のまま、社長の管理の下「着払い」結構ですので早急な返却をお願いします。
 2006年9月2日

   申立て人 東京都荒川区吹き出し御所掃きだめ離宮内
  有限会社 流体力学・旭堂 代表 前野重雄

札幌市西区宮の沢二条二丁目11−36 石屋製菓株式会社
代表取締役社長 石水 勲殿

 

 そうしたらようやくリアクションが来た来た、「社長命令を受けた」と自称する秘書課長とやらが「責任を持ってお返ししたい」とのことだった。
 日を待たずにしっかり梱包され、写真のように持ち手の皮巻きにまで(=運送屋の仕事)白紙が巻かれて無事に帰ってきたのか去年の9月中旬というわけ。

 どうやら観光客の目撃談では「コレクションハウスのガラスケース内に入って説明文まであった」ということだった(だったらそう報告してくれさえすればひと言もボクは云わなかったのに…)。

 驚いたのは、それから1ヵ月後のある日、テレビ東京のある番組にこの石水社長が事もあろうに
 テメエの『別のコレクション』を持参して(笑)出演していたのである。
 そのシャアシャアとした表情を目撃するにいたり、ボクは開いた口がふさがらなかった。

 この石水とやらは、このボクからの請求を受けているまさにそのまっ最中に、当該番組の「収録日(直前頃?)」を迎えていた計算になるのである。驚くべき神経だ。

 どういうイキサツがあったかは知らないし、ストレートにボクはあったがままに対処するだけの事である。
 余計な疑念など持つまい。
 ただしその「出演の事実」については、当日の新聞ラテ欄番宣に載ったほど、社長の品はハイライトともなったアイテムであり、同番組のHPにも履歴として掲載され(た?)なければならないほどの価値だった。

 出演するにあたり、石水はさすがにカッコ悪いとばかり「返却に応じることにした」のではないかとの憶測くらいはしたって叱られるスジアイではないだろう。

 にしても、どれだけ石水には(このトーチについて、2年もの間)『耳に全く挟んでいなかった』などとはさすがに云わせない。
 あの『火を入れて東京から運ぼう』はこの社長の発案だとボクは推理している。
 それほどトーチが身近にあって、もはや私物化していたからこそ、こうした発想が生まれたと云えよう。

 こうした『ボクが嘲笑されてもおかしくない「片思いフラレ話」』まで、我が毒者諸兄に披瀝したのも、この表示偽装工作事件(毒素入り製品故意出荷事件)が、単なる「勘違い」とか、「つい…」で片付けて良いような軽い性格の犯罪ではないのではないかと、この連中とこうして闘った者だからこそ湧き上がってきた疑問ははたして「ボクだけのものなのだろうか」と、共に考えてもらいたいからに他ならない。
 
 奥は深い、そして罪は重い。

 石屋製菓という急成長を引き出した「確信犯的利潤追求体質」といった実体を、彼らはひたすらメルヘンのブランケットに優しく包み、全体像を隠すといった舞台装置作りにかけてはまさにディズニー級の技術集団だとボクには映る。

 石水という人物の”作風”とはそうした「隠蔽技法の巧さ」なのではないだろうか。
 ヒトは童心に還れば「疑念」といったネガティヴな視線をひとまず発さないものだ。

 メッキは日に日にハゲてきているが、あれだけの会社がその実体質的には『石水商店』でしかなく、「賞味期限の改ざん延長」などという、まことに会社員のカガミのような判断につき、統括部長とやらのみが自主的にそんな素晴らしい事(笑)をしてくれるはずがないのである。

 当然ながら『メルヘン社長の知らぬ間に悪魔が勝手に手を下してきた犯罪』ではあり得ないだろう。

 あの「ミートホープ」のブタ社長もやはり最初のうちは
 『部下が勝手にやったこと』と、言い逃れながらすぐに(ブタのクセして)馬脚を顕した。

 崩壊した雪印の例に待つことなく、このかんすべての『(表示事項改ざん等)偽装事犯』はこれらトップのウソから一つ残らず始まって、またバレて…と繰り返していくのは「ニッポン企業自己保身構造」の象徴的な姿であり、今は全崩壊の初期症状の段階なのだろう。

 少なからずボクとのこうしたミニミニ事件への対応から察しても『一知全解』(笑)。
 石水という「かくれんぼ好き」な人物、その周り取り巻く「石屋製菓マン」たち…の体質と、この事件のすべてが透視していただけると思う。
 
 NHKニュースで「自分だけは違う」と、いかにも悪代官面をした石水とやらがトップで報じられている今、少なくともボクは『知的障がい者リレー』で、ゴールまで一緒に走った彼らの真剣にボクの目のその奥をじっと見つめられたあのときの瞬間を思い出す。
 
『(ナマ半価な気持ちなんて、これで見透かしながら彼らはボランティアを自称する人物を透視しているのだろうな)』と、今のうちに反省すべき点を自己追求する神経がボクの身体中を駆け巡った経験が新鮮によみがえってきた。

 早い話、あの本社コレクションハウスにしてもメルヘンで全てをごまかすための「ムード作り」に必要なカモフラージュ道具展示だったのかと今になって気がつく。
 だとすると、あのコレクションハウスに並んでいる石水コレクション、いったい『出処』はどこからなのか、ボクには次の段階の興味が湧いてきた。買ったのか借りているのか。

 それにしても石水らが『あの「可愛いらしい雪だるまくん」に入ったアイスクリーム』を手にして、『容器を開け大腸菌群を確認して』いながらそれを再び閉じて、【子供達へと平然と送り出して恥ずることのない】彼らに対し、我々は一片の容赦も決して許してはならないと思う。

 心の凍りつき方としたら、ボクは一連のオウム真理教事件被疑者らに匹敵するほどの凶悪犯だと思っている。
 フツーそんなことできっこないよ。

 写真下:奪還に成功して今は余生を暮らす「札幌五輪聖火安全燈」

8月4日(土)  300勝グラヴィン唯一の逡巡  (^o^) まあまあ
 昨日の日刊スポーツはMETSの左腕オールドエース、トム・グラヴィンとの1ページ全面にわたるインタヴュー記事が出色で、写真も、いかにもベテランらしき疲労感のにじみ出方がとても大人っぽく、どこからともなく葉巻の煙がダグアウトに漂っているような、渋いけれども清潔感が立ちこめるいいショットだった。

 あと一勝で300勝にこぎつけた苦労人。
 ブレーブスでも表看板のグレグ・マダックスの引き立て役としてサウスポーエースは「4大不沈艦隊」と呼ばれた先発陣4人の一角を長年担ってきた功労者。
 それだからアトランタでのゲームでもいまだに、トムにブーイングなどは起こらない。
 そして、同じナリーグ東地区のメッツに移籍。
 41歳を迎える今シーズン、優勝を狙える位置にチームを下から支えている。

 「300勝」、投手として現役を20年続けるとしたら、それだけでも大変な事なのだけれども、さらに毎シーズン「15勝ずつ挙げて」行かなければ到達しないのだから、気が遠くなってしまうような偉業だろう。

 しかも、このグラヴィンも嘆いていたが
 「今はちょっと打たれるとすぐに投手交代させられてしまう(ので、勝ち星に恵まれない)」、だからこうした数字は積み上げにくいわけで、実際に氏は今季で21シーズンを数える立派なオヤジ世代だ。

 だから、こうした現代野球の分業制とは無縁の世代だからこそ…といった今回の299勝、じっさい現役メジャーでもマダックス、そしてクレメンスだけ、この3人の投げる試合でしか「300勝投手の投げるボール」をボクらは拝む事ができないわけだ。

 日本の名球会は「打者2000本安打以上」「投手200勝以上」と、最上級のククリが築かれているが、アメリカには「500本塁打以上」打った打者へ『500ホームランクラブ』。

 300勝以上の投手に対し『300ウィナーズクラブ』といったククリがある。
 「ファイヴハンドレッズ」「スリィハンドレッズ」と、アメリカのファンには独特の驚きを伴った称号だろう。

 それらのククリの数字をクリアした暁には、OB選手とはいえまるでロックスターのコンサートツアーのように、引退後の毎日は全国あちこちのカードショウ会場(や講演)へと飛び回る日程が約束され、エアポートの送迎は”キャデ”同等かそれ以上のリモ(リムジン)がホテル玄関に日程中張り付き、空にはファーストクラスのシートと、3つ★以上のホテルベッドが最低限保証されるといった、「ステキなドサ回り」で稼げる余生が保証されている。

 これらはサインや講演を仕切る専門(?)の版権関係代理人らによって、ギャラや移動の条件などは決まり、プロモーターと利益を分け合う形で”小売り”価格も決定付けられる。
 『ボール1筆OOドル』とか、気が向かなければ『バット(へのサイン)はお断り』と、そこはOBのポリシーによって、ビジネスライクに消化されてゆく。

 またビッグネームのご老体OBともなると、指の動きがおぼつかないのか、それとも「サインの個体数増加=希少価値の減少…を惜しむのか」、どなたもこなたもサインの条件が
 まず絶対に「ゲーム実使用品」は若きも古きも最近ではサイン土台として差し出したら、”100%NG”になってしまっている。

 さらに「フラットOnly、No-Balls/Bats」と、結局は条件は年齢重ねるごとに厳しく、「ポートレイト写真とかカードのような平面体(Flats)」にしかサインをしない…などと、高い値段取るクセに、我がままをヌカす制限つきOBなど珍しくない。

 近年では先日のオールスター戦で顔を出し、メジャー全体で健康を祝ったウィリーメイズなどはもごたぶんに洩れず、原則的に「フラットオンリー」。
 だからあの日スタンドへ投げ込んだ1ダース?ほどのサインボールなどはちょっとしたものかな?と、こちとらスケベ心がつい首をもたげて見守ってしまうのである。

 ともあれ、「できるだけ『500クラブ全員サイン』ゲット!へと近付けたく」て、一つのボールになるべく多くのクラブメンバーの筆跡を揃えられるよう、サイン会スケジュールなどをチェックしては全国へ出かけて行ったり、これを機会に子供と(ボールと)一緒に、モーテル宿泊の長距離ドライブファンも少なくない。
 (こうした草の根的ファンを指して、ボクは『ハワードジョンスンに宿を取るようなカードショウの客』と表現して一部米業者の間で流行ったことがあった 笑 …つまり、彼らはその目的だけにまっしぐらで、ショウも見ずにサインを貰って帰ってしまうのだ)
 
 『クーパーズタウンの殿堂に入る…』ことも、そのサイン一点あたりの単価を上昇させる重大な岐路であって、「殿堂に入ったら」フロリダに別荘が建つけれども、「入らなければデンバーあたりに山荘を建てる」事でガマンしなければならない…といったようなものである。

 この秋、わがオールドエースはメッツを率い、おそらくは古巣ブレーブスと地区優勝をかけて覇を争うことになり、それは見逃せない瞬間がやってくる。
 トムはきっと盟友チッパーにエグい内角球攻めこそやれても、他でもない”育ての親”ボビーコックス監督を敵方に回すこと自体に大いなる抵抗を押しのけて、恩師の野望を阻止しなければならないといった、宿命との戦いを目撃することになるのである。

 とりわけ、コックス氏も今シーズンでユニフォームを脱ぐばかりか、このグラヴィン自身さえもユニフォームの第一ボタンには指がかかっていると聞く。(で、翌年はESPNキャスターかも?)

 こうした師弟対決、名勝負と間違いなく発展するのだろうが、日本ではどうなんだろう。
 わがNHKBSがこのカードをセレクトして見せてくれると嬉しいのだけれども、どうせまた「1に松井秀喜」「2に松坂」のテイストはここでも替えてくれないのだろうなぁと、今から勝手に失望している。

 ところで薄汚い話題で恐縮しつつ、さらに「お前恨みでもあるのか?」と云われそうだが、今日の日刊スポーツにはあの「丸山弁護士センセー」が一面を割いて紹介されていた。

 いわく『安倍さんも朝青龍も、”自分ひとりでやってきた”ってカン違いをしているから、ああいう事になるんだよ…(苦笑)』なのだそうである。

 こいつの番組にたずさわる人々の数は少なくないだろう。

 しかしマイクを当てた記者も、返す言葉に困ったのではないか?
 ここまで思い上がったこのバカの、この言葉を耳にして、そうした「下から支えてきた人々」が「殺意」を抱かないよう願うばかりである。

 写真:ついにこの店に「聖徳太子」は通ってこなかったらしい

8月3日(金)  『どのツラ下げて丸山が』  (^o^) まあまあ
 案の定、というか例の「東京地方区仁義なきマルカワ浅草突撃」で、落選の憂き目となった保坂候補の選対責任者である、現職代議士深谷隆がTVカメラの前で、公然たる安倍批判の口火を切っていたのに吹き出してしまった。

 「保坂の泣き言が楽しみだ」というようなことを前回書いたが、カオをつぶされた格好の深谷が出てくるとは思わなかった。
 これも「明日はわが身?」、次回自分の総選挙で再度の《前議員》へと転落するかもしれぬ危機感が上げさせた悲鳴なのだろう。

 ところで、日テレ《行列ができる…》でさんざ足蹴にして、都知事選出馬と見せかけた打ち上げ花火で、本当は狙っていた参院選で見事自民党センセイとなった丸山「三百代言」。

 ああして出演者にあるまじきテメエ勝手やりながら、本懐果たしてどうするか…と見られている。
 前回(参院選公示前)ボクは、あの自分の出演分「CG化して」を透明人間化してもらい迷惑をかけていた男である。

 またぞろ選挙が終われば復帰、それだけはないだろうし、そもそも番組の顔の紳助さんが許さないだろう…と書いておいた。
 それは当然の事であり、せめてもの社会的正義だと思うからだった。

 ところが汐留から聴こえてくるのは、『どうやら丸山がワビを入れて番組もそれで許すらしい』との噂である。
 ここが放送事業者の弱みなのだろうか、総務省関係に許認可権があり、「自民党の現職議員」となるとどうしても(復帰を拒否して)反感をもたれてしまうと、何か今後日テレに問題があった場合に、丸山が「霞ヶ関で暴れると局が困る」事になるというのである。

 また、日テレにとってあの身勝手野郎はなによりも『24時間テレビ』であのマラソンを走った局としてのVIPなのである。
 これはプロ野球球団にとっての「ドラフト1位」選手に似て、「ある時の功労者としてどこまでも(完走者については)持ち上げなければならないステイタス…(局社員談)」なのだそうである。

 同じ「勝てば官軍」でも、これほどひどい官軍なんていたものだろうか。
 また、あの”笑っても決して目は笑わない”あの目でとぼけたフリをされたところで、こちらの目からは『こいつはすべて計算済みなんだな』と思うのみ。

 今回の立候補に当たっては番組内で紳助さんがひと言苦言を述べたらしいが、結局は紳助さんの意地も局の都合には沈黙するしかないのか。
 せいぜいが、また番組内で公然と冷やかしを入れるという一幕の権利を与えることで紳助さんの顔を立ててチョンというご都合主義がまかり通るのか。

 あの(普通の弁護士なら嗤っている)おかしなジャッジメントを例に借りれば
 ”復帰する”が「70%」で、”復帰しない”が「30%」、どっちなんだよ、と、今はやはりこのジャッジへの毎度のツッコミ文句しかいえない状況なのである。

 確実にいえること、それは「紳助さん手持ちの率」がそうなったとしたら、確実に何%かは落ちるだろうということだ。
 どうか、最後の防衛線は紳助さんだけには頼ってみたい。

 欄外写真は:船橋オートレース場へ行って見てビックリした。昔からオート場があるこんな場所(室内スキー場跡地)に隣接して、マンションが四棟そびえ建っているのである。
 オートのバイクというと、「暴走族のものの3台分」程の爆音を発生する核兵器級(笑)。
 それがよりにもよって、さすがにナイターレースこそないものの、すぐ隣、庭みたいなところで8台がバゾオオオ〜〜ンバッゴ〜〜ンブバババババと、まとまって繰り広げるのである。

 さすがに住民も「うるさい」なんて苦情だけは云わないだろうが、この人たちはナンなんだろう…と思うとボクはこの人たちがムチャクチャ大好きになった。
 それにしても『住宅内見会』とか『オープンハウス』などのタグイは、「レース開催日」にやったのだろうか?
 「レースやっていない日」では、アンフェアだと思うのだけれども。