6月27日(水) 民事の負け方
(^o^) まあまあ
以前、月刊誌に連載をやっていて某スポーツ紙から訴訟沙汰となりそうになったことがある。
この当『・・・日記』自体、「よくつぶされないな」とか、「よく刺されないな」と酒のサカナにされることがしばしばあるけれども、その”つぶされてしまう”というのは体質的に問題があるからなのである。
つまり、どこかいくつもの動脈みたいな「アテにしている収入源」などに類が及ぶぞ…と脅すのが先方のやり方であって、仕方なく『関係ないほうまで迷惑はかけられない』と、自粛するから「つぶされる結果」となるのである。
だから仮に、北海道の根釧原野に住む『一人住まいをしている天涯孤独野郎』みたいな、小林旭がしかも自足自給(の自家発電)して、収入も湧いてくる(笑)なんて奴がいたらこりゃあもう世界最強なのである。
モーターマガジン社(笑)がそうした圧力を、わざわざそのままボクの仕事場まで手付かずに(というかパスして)運んで来た事があった(笑)。
困ったのはその「大きな勢力」の製品に対して、公然と問題を投げかけた記述が『白黒を法廷でつける』といった正々堂々としたものではなかった事だった。
おまけに(初対面だというのに)その編集長がこう「結論づけ」ちゃうのである…
『コトは「正しいか正しくないかじゃない」んです。謝らないと、ウチ(の社)から出ている雑誌すべてが取り次いでもらえなくなるんですよ』と、
「えっ、そこまでやるんですか?相手は」
『すでにOO新聞社までが系列の出版物すべてに揺さぶりがかけられた事があるほどです』
そこまで泣きが入った以上、ボクはそんなにまでして原稿料やボクごときの意地の在り処などには汲々としたくなかったから、即座に
「『あの連載は直ちに打ち切りました』…そう云って相手方にボクの首を差し出してやってください」と云った
「だけど、『事実無根でした』と謝罪する事だけは断固しませんし、御誌の次号でそれだけはやめて下さい」これがせめてもの「譲歩条件」だった。
卑怯な事に圧力の頂点は言葉も発せず、すべて『流通経路の下請け』を実行部隊とさせた事で、かなり何度も前科があるのだろう。結局は一度もボクら側関係者の前に、頂点サイドだけは姿を現さず事は終結した。
つまり、あの強力な『書籍取次ぎ大手』さえ脅し、手下とできる…といった権力のデモンストレイションができる、ある特殊な企業がボクの相手だったのである。
でもあれから数年、ボクのお得意様はなんとこの超大企業の「個人筆頭株主」で、しかも創業当時から財産を突っ込んでいる方であり、トップ人事が変わるたびにわざわざ謁見に参勤交代をしているという方との出逢いがこちらにはあった。
だから次回イザとなれば、逆に先方の担当者くらいとは刺し違えることさえ覚悟してもらわないとならないという力関係を獲得したようだ。そう、ボクはコウモリなのである(笑)。卑怯なやり口にはたっぷりと責任は取ってもらう。
ボクの場合アキレス腱だったのが10数年お世話になったレギュラー(といっても3ヶ月に1度 笑)出演番組だったと思う。ここを辞めるまではずっとガマンして云いたい事も言わなかった(笑)。
(番組納会での金に汚い著名人を書いて嗤ったら、一度、制作Pに呼ばれ「下品なものを下品と云ってもアチコチ汚れるだけだから」と、載った当『・・・日記』を削除した事があった 笑)
とまあ、閑古レギュラーとはいっても番組全体や先輩鑑定士諸氏を巻き込んではいけないし、相手もそうした角度から弱い部分を狙ってくるだろうから控えるのが得策というものだろう。
そう考えるといざ「圧力」というものには
@テレビ A雑誌 B新聞 の順で弱いのではないだろうか? AとBを逆、と指摘する者もいるだろうが、50歩100歩である、こんなもの。
前置きがなにやら物騒になったが、
そうした意味ではインターネットでの表現なんて、もっともっと幅広くなって当たり前だし、広告代理店やら書籍取次ぎ各社というブレーキ(?)役も及ばない媒体であるのだから、昨今人々の表現が(まるでマスコミ!のように)自粛から思考の出発点。
そこから小さい範囲内でまとまり始めている日本ネット界の現状ってあるべき姿なのだろうか、こう思う。
一見すればマスメディアと、「2ちゃんねる」、この両社の間にはあまりにも『中間層のハバ』が狭いようで、すなわちアイディアが貧弱なのではないか。
「規制さえなければすべて良し」とは云っていない。
どこかまだ(特に日本人は)ネット社会の人々は、ちょうど
『「歩行者天国」が始まったばかりの時間で、とり合えず人より早めに車道の真ん中に出てきたものの、広さのあまり徒手空拳となって、何をしたいのか戸惑ったまま(ワ〜ッとか叫んだりして)自分らしさを出せない』あんなカンジだとボクは思っている。
70年代初め、全共闘運動の提起には「まともなもの」もあって、それに触発され日本の文化的にはちょっとしたルネッサンスが並行して起きていた…とボクは捉えている。
あちこちでコミュニケイションの形が見直され、批判され、「批判した以上はお前やって見せろ」と云われ、言葉や表現法、楽曲作り等など、まるで地球がズルリと地滑りを起こしていたのだが、あいにく日本は少ない方だったし、自覚するほどでもないサヤに納まってしまったのかも知れない。
だが、カウンターメディアだのサブカルチュアだの(特に関西中心に)、「おもろければ何だっていい」といった”空ばかり見ているような面白さ”を人々が競って突出しようとしていたというのに、いつの間にか次々と平定され完全舗装化されてゆくのはとても残念でならない。
それを(そんなカンジを)、マスメディアと「2ちゃん」のスキ間に、多くの者が自分なりに打ち出せるものを充填して行ってみたらどうなのだろう(それってブログなのかなあ?違うと思うけど)。
この当『・・・日記』の存在自体を紹介する言葉としてこんな表現に出くわした。
『…ああ言っても得するわけでもないから、きっと(前野は 筆者注)ホントのことが書いているのだろう』と、ボクがかねてより才能にひれ伏しているような方までが「毒者」でいてくださったなんて事を最近知り、光栄を通り越してハゲになってしまった。
とはいえここまで素直な奴、荒川区では右に出る者はいないというのに、こうしてまだ『欲や得で書いているのか?』と、哀しくも疑われてしまう我が筆力にただただ情けなく、一層の努力(いや、編集者が欲しい)しかないと、ただ涙するのみなのだ。
話は取り止めもなくなってしまったが、今テレビを眺めていても、「つや消し顔」の宮崎哲弥あたりを筆頭に、『批判がまったく面白くない』のが大問題なのである(とは前野理論)。
いつまでああした「お約束の、”コトちょっとだけ荒立て”」て、そして「スタジオ内予定調和」。
馬鹿みたいである。
申し訳ないが、彼らあたりが”有料=ギャラ”で喋るコメントなど、世の中の視聴者9割までが彼の話しそうな『次なる言葉』がすでにヨメてしまっているのではないかだと思っている。
だけどその「タダ組の9割にネタバレしている」というのに、それでも金貰って云うほどの事じゃないコメントしているパネラーって、フツーの社会じゃあ商売やっていけないのが本当ではないのか。
何はともあれ『我ら9割組』のやれる事は、まずは「より面白い批判」「なるべく面白い批判」をしていったらどうか、ネットの中で…。
こう、まずは我が毒者諸兄からお勧めしたてゆきたいのである。
スペースはある、夢あふれるアリスへはワンダーランドに部屋は常にリザーヴされているのである(ちょっと赤面)。
だけどお立会い、冒頭の「最初の行」だけれども、ここが今度の試験に出るよ〜。
その新聞は大新聞の部門の一部だと思ってきた。世の中の人もほとんどそうだろう。
ボクはそこがあまりにもいちいち『XXのユニフォームにOOO万円の値が付きそう』とか、ボクからコメントを取っておきながら(それも空港ラウンジまで追いかけてきて)紙面にする際には『ひとケタ』プラスしたり、という行儀の悪さ(でも東スポじゃありません)にウンザリしていた。
名門新聞社としてボクは恥ずべきだと考え、そうした”価格偽装工作”を突き、道徳的に礼儀を自分の連載コラム内で問うたワケである。
すると、「駅売り開始」くらいのスピードでそのヤリ玉野郎記者から電話で、
『編集局長名で抗議文を出します。謝罪のない場合は民事でヤるそうです』と脅してきた。
そうかワカった恥知らずもここにキワマれりだなと、ボクも息巻いた。
あれだけこちらのコメントを歪曲して掲載しているのは間違いないのだからギンギンだった。
すると、先方からの弁護士いわく
『「事実無根の字句」は特に見逃せない。』というから、そりゃ何だと尋ねたら
『ウチはあのOO新聞の子会社じゃありません』というのである!?????ガ〜〜〜〜〜ン。
そらウカツだった、しまったちゃん。
とにかく、「本当に子会社じゃない」のであればそれだけで負けである『事実無根』なのだから。
記事の大半が、彼らの不正・非行デッチあげについての記述であって、そんな「枝葉の先の間違い」などがあったとは知らなかった!
「よくぞ見抜いたサスガだぞOO新聞!」(まだ云ってる)。
仕方ない、だからボクは次の月の連載本文をご丁寧にも
『(前省略)それだけはまさか「OO新聞の兄弟会社」とか知りませんでした。こうした誤解について猛烈に反省し二度と…(以下略)』と、公開の場で「編集局長宛への謝罪文」を出したというか掲載したというわけ。
その不良記者は
『文書をこちらに送ってくれるだけで良かったのに…』と後悔していたが
それに対し
『いや、錯誤はこちらの恥、オオヤケにこうして謝罪してわが読者の前で恥をかくべきなのです』とワザと大げさに詫びた次第(笑)
だから皆さんも、こうしたイージーミスだけは避けましょうね。
写真:間違えそうな代表的な事例(いずれも「モンテローザグループ」経営の店)が集まった看板。
「月の雫」かと思った。「和民」だと思ったのに…。でも裁判では実質上、これらの看板が勝つのである。
だけどさ、デザイナーやらクリエイターは恥ずかしくないかぁ?リッチと引き換えに「社長一族」にだってなりたくないぞ〜
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