【2007年5月】

5月29日(火)  お子ちゃま版『小説・消された農水相』  (^o^) まあまあ
 自殺した松岡利勝農水相の死因、本当は『水死』らしい。

 捜査当局の検死によれば、被害者は大量の水を呑まされており、血液濃度の限界を遥かに超えた数値を示しており、当局はこの部屋の水道メーターの指針や支払い状況を”洗いなおしている”という。
 ある捜査員によれば、被害者は「大規模な銭湯の消費量」並みに水道水を毎日大量に飲まされており、最近ではその支払いが毎月570万円にもおよぶほどだったという。


 今朝の日テレ「中山秀ちゃんのワイド」の冒頭で、中山君が「ジャーナリスト顔」を無理やり作り
 『松岡さんの死に、ボクは疑問がある。ドアの取っ手にかけて首を吊っていたというけれど、そのヒモが犬のリーダー(散歩ヒモ)だったっていうんです。』

 『あの議員宿舎で松岡さんが犬を飼っていたかどうかは調べれば判ると思うんですが、犬のヒモっていうのはどうもおかしいと思うんです』

 ボクは茶の間で大笑いしてしまった。
 周囲も、彼がメイン、そこのナベプロ肝いりの好調帯番組とあって、ウンウンと誰も逆らうことなく眉間にシワ寄せ大会なのである(笑)。

 出てきた出てきた、こういう頭のあったかいクセにわざわざ「自然流れ」に逆らってみせてアヤしいとか、謀殺だとか口封じとか結び付けたいお子ちゃま系カッコ付け屋サンが。このジャナ専野郎!(講義に一度行ったが謝礼を担当講師にネコババされたままだ 笑)

 おお〜予測どおりはこれだけでなく、ボクがエラいのはそもそも「本線」の農水相逮捕まじか?、の方である(先週木曜付け)。

 当方ある程度『氏が今後追い詰められる流れだな』と察して、先週にここで皮肉を書いたけれど、ここまで追及の手が現実的に松岡サイドまで迫っていたとは驚いた。
 だけど、いずれにせよ生命も「政治生命」の方は、資金的にも人脈(金脈?)的にもどのみち奪われていたことだろうから本当の意味での「落としどころ」を選んだという事か。

 「なぜ自殺を?」というが、考えても見たらいい。
 ここから先、国会で恥かき覚悟で素直に詫びたとする。
 政治的にはいったん引き下がり、選挙対策戦線を後退させて(二世に地盤継がせるとか)次回選挙を狙うにしても、こうした「業界代表」、「産業界利益誘導型」の政治屋など、次第に得票率が落ちてゆくことなどは、近年の選挙のすう勢全体を見れば自明の理ではないか。

 彼のような裏取引やら裏切りのような政治手法を頼って登り詰めてきた者ほどその嗅覚、その危機感は素早く的確だったろう。

 かつての自民党が、すべての者に異議を唱えさせなかったほどの権勢を誇った6・70年代、彼らが「憲法改正」をできないとしても、これだけは全力を挙げてつぶしにかかる不可能の夢といわれたのが
 『18歳にも選挙権を与える』だったのである。

 こうした若い者が政治に参加してくるようになれば、間違いなく自民党はつぶされると云われて来た事をボクは忘れたことがないし、本当にそう思っている。

 それが目前に迫るほどになっているというのに、いまだにこうして反省もなく、抵抗勢力だの守旧派だの官僚政治だの、森義朗や中川昭一のように、ああして偉そうに納まっていられるのが不思議なくらいだ。

 松岡農水屋の場合、すでに退路は無いとなれば、彼が何を語ろうともいずれ周囲の立場はなくなり、「足場は崩され」、「自分を利するため」の弁解やら事情説明など、できる余地はどこにもなくなっていたのではないか?

 将棋でいったら、ふ〜むと盤面を見つめ長考のすえ、扇子をパチンと閉じ、
 『参りました』と自らピリオドを打つ、「投了」というヤツだ。

 中山秀ちゃんが云うように、氏を殺すとなったらずい分とリスクがあろう。

 その非合法コマンドになったつもりでいて欲しい。
 ここを取り巻いているのは、新議員宿舎「反対運動」の連中はじめ、ひと騒動期待するマスコミのカメラ、それに警視庁機動隊員がおそらく1個小隊程度は24時間、出入り口付近を固めている。
 内部に侵入できても(内部関係者が下手人だとしても)ロビーはじめ、各フロアのエレベーター内外、廊下とハードディスク記録式の鮮明なビデオカメラでデジタル記録されている…、こうした状況を乗り越えて「現職大臣」に警戒されず、部屋に招き入れられ、豹変して氏を手にかけて、悠々と帰還 するのである。

 殺さなきゃならない「動機」からチェックしていこう
 ああしたすでに「水に墜ちた犬」を、今さらわざわざ口封じに行く利益などどこにあるのだろうか?
 あれだけの保守利権にだけは長けた男だけに、何かをバラされたら困ることでもあったのか?
 まさかねえ、せいぜい安倍さんが南朝鮮系のパチンコ業界と近いとか、ハデブサ婆あ社長の『APA』や『ヒューザー』との新興財閥からの金脈とかがある程度だろうし(笑)、今さらそれじゃ国民が怒らないネタなのは良く判っているだろう。

 それになにか、保守政治にまつわるカギとかスキャンダルのひとつやふたつ、今や自民・公明・民主の古株なら広くこうした『暴露ネタ』などは誰もが持っているだろう。

 それを「オレは持っているんだぞ」と、どなたも『いつか事あらば』と大事にして仕舞っているものらしいのだけれども、いざ使ってみようといった時には火薬が湿っていたり(「あんただって少しは貰ったんだろ」とか 笑)して、結局はスカになることばかりなのだ(笑)。

 というのも問題なのはメディアの体質がダメなのである。
 それを広めるマスコミがあらゆる方向からの圧力に弱いし、暴力にさえダメ。
 特ダネがまな板に乗ったところで、演出力もなく構成力もないため、長期間の告発などの扱い方に慣れた者が不在であるため、「問題は解決に追い込んでも、『体質』を変えさせる報道」はできない。

 とにかく、ネタの処理法が扱いが稚拙、短絡的、刹那的にすぎる。
 もう、活字界でしかできないスクープ。いくら燃え上がっていても放送界ではできないスクープがいくらでもあるではないか。これが日本の現在のジャーナリズムなのである。

 おまけにその活字界でも「雑誌」と「新聞」が大きくかい離しているため、スクープも地域限定、まるでUHF局ていどに押し込まれてしまうのだ。

 もし先のように、国会議員が職をとして何かの暴露で問題を告発したとする。
 最初は大拍手となるだろう。
 だが、1週間も経つと週刊誌がその告発者の別の横顔を探り出してゆく…。
 大体ここら辺でもうおしまいだろう(笑)。

 国民にとって、告発する者に何より求められるものがある。
 それは暴露するお方の「説得力」「信用性」であって、肝心の『告発の内容』など顧みられない場合さえある。
 これが政治的トラブル発生とともに告発した方も、された方に付き合ってグッチャグチャに塩もみにされ、結局は国民の前にはヨレヨレになった姿しかみせられないからだ。

 好例が沖縄返還の前にあった『沖縄返還に関するウラ出費』を日米政府が秘密裏に取り決めていた。
 国民には『ここまで日本はカネ払って沖縄を買い戻したのか!』と反発を買うからと、沖縄返還にともなう莫大な費用と日本側がウラで支払うけれども、表向きはアメリカ側が払ったとしてくれ…といった、歴史的なヤラセについて日米政府は隠し通そうとしていた。

 これを毎日新聞の西山太吉記者が嗅ぎ付け、出入りで顔なじみの外務省の人妻秘書H*から資料提供を受けて、この『事実を報じた』のを、当初、日本国民は事実追求に燃え上がった(このHはあのHとは違う)。

 ところがすぐに政府のおとぼけに遭って、進退が足踏み始まると、西山記者がどこからどうやってその証拠を持ってきたのかに論議が移ってしまう。
 結局当時の日本人はもっとバカだったから(笑)、
 「すっぱ抜くのはいいが、『オメェ本人まで抜いてくるんじゃねぇよ』と、西山記者とH秘書とのカンケイばかりが問題となり、そのうち記者を大悪人と演出してみせ逮捕まで無理やり持って行った。

 その逮捕までこじつけたのは、この愛人である秘書をして官憲は叩きに叩いて得た供述である。
 『あの人に騙されて云われるがまま、公文書をコピーして渡した』との証言を得て令状請求となった。

 西山記者は民主主義の大功労者から、ゲスなスケベ記者となって囚われ、毎日新聞社も社告としてこの”不祥事”を詫びたほどで、いつの間にか肝心の秘密協定真相究明は雲散霧消。
 国会での追求も止まり、この40年後の『公文書の秘密解禁』までワシントンで伏せられてきたのである。

 結局は西山さんの報道内容は正しかったのである。
 だがなんだろう、この虚しさは。

 再度、今在日米軍のグァム移駐問題で、どうやらここにも40年前と同じような「思いやり予算」が、公表の「7000億円」などではとどまらず、莫大な数字に上りそうな動きが見て取れる。
 一説には4,000,000,000,000円(4兆)というが。

 在日米軍は、グァムに進駐する事でより「中国軍の動きへの即応性が増し合理的」と、説明する。
 これなど、日本国を防衛、たとえば日中中間線にあるあの油田(や魚釣島など)をめぐる紛争がこじれればこじれるほど、米軍への資金援助が日本としてはしやすくなるため、その意を受けたお調子マスコミが謀略に引っかかって騒いだり、神経質になったり今後大いにお先棒を担ぐことだろう。

 いつか語ろうと思うが、ボクが高校生時代にお世話になっていた週刊ポスト編集部の関根進デスクの下ではいくつもの国家的スキャンダルや暴露が処理され、それが活字になって掲載され、ラッシュアワーのサラリーマンの手にことごとく吸い取られていった。

 それらのネタの出元というと、大きく分けて二つに別れ、我々編集部または(当時の社会党等の)代議士の下に持ち込まれるネタを一つ一つ、我々取材記者が展開してウラを取りに走った。
 関根さんは『かならず、正反対の意見も必ずあるはずだ、そいつは探して、片隅でもいいから載せておけ』と指示していた。

 そしてそれらを印刷に回す前に、国会質問を準備させ野党代議士らとそれを煮詰め、さらにウラを探して保守側の計略に引っかからないよう細心の注意を払い、疑ってかかった。

 そこで出てきたのが、すでに勇名をはせてきた社会党の爆弾男、故楢崎弥之助さんだったり、旧民社党の故麻生良方氏だった。
 政府与党は、国会での名物男たちはどこからどうやってそんなネタを探してくるのか戦々恐々、読者らは首かしげていたが内情といえば、意外やそんなトコなのである。

 その記事が印刷され、読者に問題提起する時には「国会での爆弾質問」開始日と、ポストの大都市部発売日とをシンクロさせている…といった具合だった。

 毎日が面白かったけれども、意外だったのは『おかしな警察』の動き方だった。
 当時の警察官僚というものは、(今はどうか知らないが)与党の大物の寄生虫みたいな野郎が必ずいて、機密を守れる程度の捜査員を束ねて『私兵』のような組織を動かしていたのは今も忘れられない。

 おそらくは『特命』で動かされていたのだろうが、尾行や周囲への聞き込み、先回りされている記者もあり(ならば盗聴だろう)、実際の犯罪には結びつかないはずなのに、この一定の間隔を保ったままの”次のブロックからの監視”みたいな圧力にはそれぞれが閉口していた。
 そうして政府の中枢に近い者だけにサービスを提供していると、その親分格のキャリアが、どこかの選挙区から立候補できるといった仕組みは、学校しか知らないで育った連中には理解不能であろう。

 先生に教えたかったくらいである(笑)。

 しかし可愛いものである。この自殺農水相あたりが「大物」だなんて云われるのだから。
 ウソつきにも礼儀があるし、道徳があるべきだ(笑)。

 彼の場合には周囲をナメ切っていたのが計算違いを招いたんだろう。

 『そうだよ、ウソだよ。オレがそう主張してんだからそうなんだよ。文句言われても法律違反じゃないんだからな』と、そこまでケツをまくるようなのをまだやってる…なんて、もう絶滅危惧種でしょ。

 こいつと似たような計算違いを、鈴木宗男という犯罪者は北海道でやって、北方4島に取り付いて、外務省ではやりまくり、ロシア全体(への政策利権までを)を牛耳れるだろうと狂いまくって、結局は刑事被告人になったわけである。
 こいつと、手下の佐藤優のデコボココンビである。

 佐藤は現在もオヤビンと同様、片や現職参院議員、こなた現職外務省職員(休職)の身分のまま、逮捕拘留をはさみながらも『現職として給料』を税金から得たまま裁判(上告中)を行いつつ、新潮社と文藝春秋、講談社各社から貴重な「暴露モノ作家」として破格の扱いを受け、出版活動にフル回転、印税・執筆経費という利益供与もこれまたフトコロに入れている。

 それでいて、外務省は亡国だ、オレは憂国だというキャラの設定するけれど、それよりもテメエが未だ外務省批判でカネ稼ぎつつ、外務省からの給与振込みが続いているのはどうにも道徳的に清潔感がゼロと云われかねないだろう。

 かつてボクはここで『鈴木宗男という秘書に、札幌すすき野で夜の接待を受けたジャーナリストたちが翌日から「お楽しみでしたね」との地獄のモーニングコールを受け震え上がった』先輩のエピソードを暴露した。

 それが安倍ちゃんの父親を団長とする議員サンらのロシア訪問の際、同行した者たちへの通訳はじめ、夜のお相手を仰せつかったのがこの佐藤優。
 東スポでこの佐藤やらをネタ元に、政界コラムを書く藤本順一なるお方が

 週刊文春『訪ソ議員団買春疑惑』を暴くとして、書いた記事があったけれども、これなどはすべて佐藤サンをヨイショするための記事(07、3/8号)。
 何のことはない、ソ連が崩壊しロシアとなった際、故安倍晋太郎外相(当時)がロシアに訪ソ団を組んで行った際に、議員やらマスコミ人やら、言葉もわからない連中の世話を焼くのが現地駐在の外務省職員の任務、当然である。

 そしてかつて鈴木宗男がやったような「夜のパートナーの世話」もしたのを今になってこの佐藤がその買春行為をいけない、恥ずべき事と告発しようというのがこの記事。
 さすがに考えてみればテメエが世話した共同正犯(笑)。
 自分の筆では書きにくかったから、この藤本サンに執筆の機会与えてやったんだろう。

 だからこの記事の目的の半分は『脅迫のため』であることを気付く向きは少なかろう。

 例えば「経済ヤクザ」などの場合、こうした宣伝役は大事である(笑)
 「あの人にかかるとこうなるぞ」「ひどい目に合わすってあの方が云ってるぞ」と、三下(さんした)があちこち喧伝して回って、カタギが怖がるのを利用し、喰うための日ゼニを稼いでいるシステムだからなのだ。

 脅かす前にブスッっとやっちゃったら元も子もないし、いちいち事件化されちゃ困るからだ。
 なるべく長いこと脅かしまくる、相手からカネを引っ張れる間は脅すネタをなるべく小出しにして長期間金ヅルとするのがこの道のコツ。

 鈴木に佐藤、そして藤本サン。いいコンビだよねぇ。
 文春って良く載せるよなあこういう「背後関係ミエミエ」のネタ(あ、オレもか光栄だなあ 笑)。

 この藤本氏の記事の中からはくり返し活字として
 佐藤は、「関係者の名を話すつもりだ」の「舞台裏を知り尽くす」「いかがわしい接待」 「こうなったら全部ぶちまけてやる」「ブチまけたらなら、政界は激震に見舞われることになるだろう。」等など

 藤本サンは徹頭徹尾息巻いて、またそれを景気良く持ち上げるんだこれが(笑)。
 
 「佐藤君は接待リストを持っているよ。名前を出さないよう頼んでくれ、と電話をかけてきた議員もいる。」
などと、手下のコワさ持ち上げるためにコメント登場したのはムネオさん(笑)、あ〜〜こわ。

 「佐藤が、世話してやった連中の名をバラす」
 『…安倍チルドレンと呼ばれる若手議員たちも参加していた。今日の安倍政権に連なる議員たちだ。その
 アテンド役を務めたのが佐藤氏だった。』原文ママ

 その一行の中の一人(非主流派議員・大手紙カメラマンら)は、
 「佐藤に街娼は危ないから買うなと注意され」「夜中の1時か2時ごろドアをトントンと叩く人がいたんだよ点私は慌ててドアを閉めました。」「ずいぶん昔のことでどんな顔ぶれだったか。今や大臣クラスの人も一緒に遊びに行った」

 あの〜番組の途中ですが、この話、ずいぶん昔のことでとコメントする人もいますが、なんと1991年のことなのである。え〜『16年前のこと?』

 週刊誌は意地悪い目で見なくちゃ本質なんて判んない。
 ばっかみてぇ、佐藤って野郎は今47歳?で16年前ったら31歳。

 よく読んだら、佐藤はディスコやカジノにバスを手配して好きモノたちを連れて行っただけじゃないの。
 そこは警察の目が厳しくて、「お見合いの場」だったそうだけど、それを指して『いかがわしい接待』『売国奴』的なんて云われちゃあ目も当てられないでしょ。

 全体的にすんげぇ大したことない、「団体旅行の恥はかき捨て、同時多発的有志はただ勝手に遊んだ」だけじゃないの?地味じゃん(笑)。
 それでもう少しホットな(笑)接待にあずかった人が、さもさもいたかのような記事だけど、そこが凄くボケてるし、佐藤はそこには入り込んでいないようにしか読めないの。事実が判ってたらもっと書いているもの。
 書かなきゃマンマの食い上げだし(笑)。

 国会追及も外務省批判も、こんな程度のことを針小棒大、ここまで膨らますかァってな記事まで義理で出させて、あんたら「人間の品質が悪い」し、云っておくけど脅迫ネタももう底をつきそうなのがこれじゃバレバレ。

 藤本サンも云ってるけど、上告までして外務省でラスプーチンとまで言わしてたテメエの横暴と専横を「事実無根」と胸を張るなら、せめて渇しても盗泉の水は呑まず。
 こんなんで毎月「休職手当て」をその外務省から引っ張れるだけ引っ張っているなんて、やっぱりあなた方は国民の敵だよ。(外務省もそうだけど)

 もっとゆすりタカリなら、もっとテメエの持ちネタは上手に隠しとかなくちゃ。

 冒頭に戻るが、中山秀ちゃん程度の方々に限って、「政治はこんなもんじゃないんだよ、皆さん」みたいなポーズをこうした時にこそ、してみせたいらしい。

 犬のヒモはおかしい「だから謀殺説」みたいな(笑)もっともらしい呪文を唱えたと思ったら、横にいた大橋巨泉事務所所属のニュースキャスターのおじさまが、

 『ボクもかつて、新井将敬さん(代議士東京プリンスホテル内自殺)事件で行ったんですが、あの時は着ていた浴衣のヒモだったんですよ。』と、「ジャーナリストの一端」であることをヘンに滑り込ます。
(故人は、立場を駆使して、市井の投資コンサルタントらと共謀、株のインサイダー取引などを重ねていたことが露見、地検特捜部との取調べ開始後、聴取に通っていたホテルの部屋で自死。内装式エアコンの吹き出し口にヒモをかけ首を吊った)
 
 へっ???「浴衣のヒモ」がどこかおかしいのか?
 それにアナタはそもそも安藤優子さん”メインの脇”で、サブの読み手だったはずの人だったでしょ、なんで現場へ行ったの??
 東京プリンスも、ジュニアスゥイートからだと、バスローブが部屋に付くし、それのヒモなら頑丈だったのに…という意味ではないだろう(笑)

 だいたい、新井さんは身長160(以下?)そこそこの中肉か痩せ型の範囲。
 浴衣のヒモであってもどこにも異論は無いはず。

 それにペットのヒモ、「ドアの取っ手」というと、最近の品は柔らかいけれど頑丈なポリエステル(が主流)の細い紐が何重にも往復して首にからまっている…となると、かなり首を複雑に絞める格好となるから、むしろ”理にかなったヒモ”と考えるべきだろう。

 いずれにせよ、「8通もの遺書」というのはこの行動がいかに覚悟の上、だったかを物語る傍証だろう。
 この人物に同情する善意がボクにあるとすれば、それを氏ではなくすべてご遺族のほうにたむけたい。

 きっともっと出るだろうなあ〜、こんなイカニモな小学生文庫の「松岡謀殺事件」が。 

5月28日(月)  『なぁ…たのむでホンマ』  (^o^) まあまあ
 当『・・・日記』今日の視読率は高いだろう。
 誰しも、あのやろーどう言い訳しやがるのか、高みの見物というものは愉しいもの でしょうよ(笑)。

 残念でした「6着」だったけど、あんなに下手な乗り方をされてこの着順ならしょうがない。

 押さえて頂いていた部屋に通されるとビックリ飛び上がった。
 隣のテーブルにいる親子、息子3人のうち2人、親父が丸刈りでサングラス。
 うそだろ〜、亀田興起親子と同席でダービー観戦?

 やだなぁ〜。
 『あ・はじめまして、ボク亀田さんのファンですテレビでいつも拝見してます。頑張ってください』

 この有名人に会ったときの便利なトラベルセットなど、当然云うわけないのである(笑)。

 イヤだなあ「フサイチホウオー」の悪口云えないじゃないか。
 (あまり、馬主・関係者席での過度な応援や他馬批判はタブー)

 でもこいつら大人しいな。話し声も静かだし。酒タバコやらないし(好感開始)。
 競馬も親父一人が必死にやってるだけで、(当日はホテルのディナーブフェー程度の食事つき)呑んだり喰ったりも、ほとんど手付けず、飲料も舐める程度。
 さすがのウェイトウォッチャーだけど、興起さん(あいけね)なんかは試合終わったばかりなのに、この節制ぶりは他階級との都合?と考えさせられる。

 ともあれ、ウチの子「二枠C番」馬のゴールデンダリア君は頑張ったものの6着どまり。

 何しろゲート飛び出し(最高級)ここで先に行かず、直線、外側からザッとかぶせられ、内側圧縮されると柴善、やったことはわざわざ馬の頭が前傾するほどに手綱を引いて、後ろへ下げる、ガンガン無抵抗で内側先団に入れる事になった外枠の諸君。

 おかげで直線が終わり1コーナーでは18頭中16番手。これを最終コーナーまで続けるのが騎手ドノ。

 はっきり云って、『ここから追い上げてダービー1着となったら「伝説モノ」だな』と、第一コーナーでペケから二番手を確認して、内心ここであきらめていた。

 逃げるべき馬は逃げず(Pヴィクトリーはファンの騒音対策考えすぎた)、イライラして走る馬が中団と、典型的な「前残りで終わるパターン」。
 
 向こう正面で例のフサイチ、レース前から興奮の極致。
 パドックでは変わりはなかったものの、本場場に入場して大歓声聞いたらもうダメ。

 泡吹いて二本足立ちになるわ、まるでいうことを聞かない、ゲートには他の馬と同じように入ったのが奇跡的だったほど。
 金曜日に書いたように、例の「皐月賞怒とうの追い上げ3着確保」(笑)がやっぱりここで残り火となってフサイチの中にくすぶっていたとみた。

 たかが「バカな馬主の都合で、ああして頭の良い動物を虐待するような”意味のない”追い込み」などをしたツケがここでやってきたという事だ。
 不思議でもなんでもなかった。

 皐月賞を勝つか負けるかなんてどうでも良い事ではないか、特に現代競馬界では『中山の2000mに勝つため』に、『皐月賞馬が父だから…と、その仔馬を買う』バカはいない。

 それは関口房雄という、人材派遣業を生業とする『株式が「高値で推移してはじめて企業としての値打ちがある」ような六本木高層企業』の個人オーナーが、『名声を得る為だけ』に声をかけた無敵伝説をフサイチオウオーという気の毒な馬は背負わされてやってきた。

 金曜のここでも書いたように、16番人気で2着になった福永騎手のアサクサ…とは、東京競馬場(1800M芝)でこの名の無い馬がマークした時計を、そのホウオー様は2度挑戦し、一度も上回ることが無かった事実…を、どこの競馬人も取り上げくつがえしてくれることなく、目をおおい、景気の良い派手な太鼓ばかりに目を奪われて高配当をウラから演出してしまった。

 このホウオー、100歩譲って「スゴい馬かもしれないが、東京競馬場は苦手」だと、ボクは幾度も繰り返してきたのがやっぱり本当になっちゃった。

 レースVTRで連戦を眺めてきても、ちっとも強くないじゃないか、抜きん出ていないじゃないかと、あまり好きな馬じゃなかったせいもあって、今回あらためて眺めてみて、結局強いんだぞとインチキ競馬記者らが最大のより所としたのが、結局は先述の「皐月賞連勝途切れそう、あっヤベッ猛追劇」なのであった。

 なあんだ、というわけである。
 だから、ボクのとこの馬ゴールデンダリア(昨日訊いたらたった2250万円だった! 笑)がいくら子供、しかも鞍上には「ハンデ騎手」柴善に頼らざるを得ないといっても、まさかフサイチに負けることは無いと思っていたら、オッとあぶないクビ差までの後ろにいやがるの(笑)。

 や〜〜い、ば〜〜か。競馬は馬がやるんだよ!ニンゲンごときが貴賓室で、またマスコミ上でガタガタやるもんじゃないっての。
 みーんなあのオーナーのせいだよ、これを機会にバブリィオーナーよチンドン屋まがいに売名の舞台と色塗り替えるのはやめていただきたい。そして恥じなさい笑いなっさあぁぁあい。

 それにしても我がダリアは、パドックからルンルン気分で、勝負の場という意識は無かった。
 周回する「やる気充分の馬」は首を下げ、鶴がドジョウを探るようにクビの先を地面と平行にして、さらに目は前の馬のケツを上目遣いにしているものだ。

 想像すると、そうした教授が名古屋大学院大学とかいうトコで雇われていて、女子高生を見付けるとどんな時でもそうしてしまう癖が直らない、つまりあんなカンジである(お馬さん すんません)。
 
 ダリアは本馬場でもそんな感じで、レース始まっても結局は最終コーナーまでファイティングスピリット皆無モードで一周してきただけ。
 ちょうど、F1なんかでスタート後、1群が出発しペースカーが最後方から1台1周だけ回ってくるけれど、まさにあの調子。

 最後の直線でようやく15番手からムチ何回か打たれたけど、
 ダリアとしたら、アレッ?もしかしてだけど、柴善さんあれって『なんの意味だったの?』そう訊きたかっただろう。

 装鞍所から緊迫した声で二ノ宮調教師が我々に携帯にコール。
 『すみませんでした。下げたのが敗因ですッ。この後は休ませて秋まで牧場でのんびりさせながら、成長をさせます』とのこと。

 柴善は、日刊スポーツ記者に
@ 『どこか疲れが残っていたみたい(だから、最後6着以上には伸びなかった)』と、総括した。
 スポニチには
A 『(前略) 体も増えていたね。良く頑張ったが連戦の疲れがあったかも…』
 デイリーには
B『使いづめで来ている馬。引き揚げてくるときも情けないキャンターになっていた』


 @疲れがあっても無くても、ああした最後方という位置取りは追い込みの作戦としてはどうなのか、という点を突っ込まれたら何もいえないだろう。

 A「連戦の疲れ」があって、調教もこなしておいて、当日『プラス2キロ』というのは3歳の春としてクラシック戦線に踏み止まっている馬としては理想的といえる馬体増と言えまいか(欄外註 他馬増減)。

 B「1ヶ月1レースの感覚できていて、2キロ増で使いづめ」というならば、そうした特殊な馬がいる国へ行って柴善は騎手人生を全うすべきだろう。
 馬は『勝敗が分かる』もの。
 勝った時はいくらハードなレースでも顔をを上げ胸を張ってくるし、負けたレースでは一様にしょんぼりして引き揚げてくるものだ。

 ゴールを前にして、「スタートラインが遠い者」それに対して「最初からゴールラインに近い者」とでは勝負にならない。

 一夜明け、柴善は「エース騎手」として二ノ宮調教師がいつまでもミスをかばってやる価値などない騎手に変わっていたようだ。
 あの完璧なラスト600Mに賭け、1着に開花した名牝ウォッカ陣営には及ばなかったものの、2着いやせめて3着はあった足色を一瞬とはいえ見れただけでもこの日の収穫だった。

 今後は横山典を中心に、吉田隼や藤岡と、我々はダリアの新しい乗り役を検討してゆくことになる。 
 
 フサイチのオーナーは皐月賞後、ワインが呑みたい競馬記者らに取り囲まれ
 『あの脚なら、ダービーの府中の馬場はさらに突き抜けるはず』と、ヨイショされその気になった。

 そして
 『ダービー制覇は鉄板よりもカタい。ダイヤモンドよりも堅い』とスタート前までのたまっていながら、亀田親子を招待。1着になったらプロモーションの一つも仕掛けようとたくらんでいたものの、ゴール前にはどこへやら、さっさと姿を消してしまったのである。

 直接顔を合わすこともなく競馬場を辞すその派手オーナーから亀田一家に代理のマネジャーが挨拶にやってきた。

 「はぁ〜あ」
 当然やろうとしていた事もその場を失い、用意されていた競馬場を周回していた亀田家用のバンを正門につけ、一家はそそくさと次のレースにつぎ込んだ後、帰っていったがその際、こうした言葉をボクは耳にした

 『「鉄板より、ダイヤもよりカタい」っつうとったで、なぁ…たのむでホンマ (数名苦笑)』

 そう云いたい気持ちは解るだけに、ボクは今回ばかりは声の主を明かさない。

 (註:1着「−4」kg、2着「−6」、3着「−2」、4着「+10」、5着「+2」、以下「+2、+2、−6、−4、−6+4、+2……」)
 (写真:ダービー馬入場時、ビニールシート持ち込み組が増えて、入場者人数が減った…その訳が判るような気が気がする) 

 

5月25日(金) / ついに『ダービー進出』実現  (^o^) まあまあ
 週刊文春31ページに、『警視庁を防弾ベストを共同開発した、(有)流体力学の鑑定士前野 重雄さん』と書かれたけれど、それは何となく間違い。

 共同開発した相手は「捜査一課特殊班はえぬきメンバー」。
 警視庁本体としたら装備課のようないわゆる「背広組」には徹底的にいじめられた。

 よっぽどいつだって意のままに言いなりの御用業者が恋しかったのだろう。
 かなり質の悪い所業もあった。

 話題を変える。

 さて、困った。ダービーに勝ったらどうしよう。

 ゴールデンダリアに、競馬の頂点に連れて行ってもらうことになった。

 二枠C番、今のところ8or9番人気。

 そもそも、競馬の社会ではシロウトのお得意様で馬主であるご一家が右往左往する姿を見かね、親友である日高大洋牧場のオーナー、あのスペシャルウィークをタネから計算して育成、読みの通りにダービーを制覇したOという仲間に頼んで、
 『競馬界を代表するようなクラスの、まともで信頼の置ける調教師』を紹介して欲しいと頼んで、後日、お見合いの末、二ノ宮敬宇調教師とのカップリングに成功し、持ち馬を引き受けてもらう縁を取り結んだ。

 二ノ宮さんはの年度代表馬「エルコンドルパサー」(凱旋門賞2着)を計算づくで強化し、勝たせ続けた方だった。
 あれから4年。
 昨年夏、二ノ宮さんがその馬主さんに
 『セリで売れ残った馬がいるのだが、これがいい馬で、後になれば必ず強くなります』と太鼓判を押して、買ってもらったのがこのGダリア。

 ちなみに大変安かったという。

 緒戦(中山)は柴田善がゲートでつまずかせ、3着。
 馬群の最高峰から1600Mを無理させず、レースを怖がらせず追い上げて3着に形整えた。
 
 そして二戦目の東京競馬場戦、同じ馬場のダービーをモロに意識する。
 直線でスイッと前の馬の横に出してからムチ一発、後に青葉賞2着になる馬を腹で外に押し出したうえ、進路確保して電車道を作り真っ直ぐ駆け抜けて初勝利。横山典の戦闘的な騎乗法にボクは好感。

 そして、また中山に戻って騎手も柴田善で特別レースにコマを進めるも、悠然と先頭を”遊びながら進み”最後のゴール前で騎手も馬も気をゆるめていたため、その瞬間を狙ってい進出してきていた馬にハナ差交わされ2着。

 昔の大井競馬だったら、柴善はあちこちでぶっ飛ばされていただろう。
 二ノ宮さんは「馬が気を抜いた」とコメント。
 だがあれは明らかに『柴田の「油断負け」』、幼児からのベテランボクの目(笑)は誤魔化せない。
 柴善を公的には擁護してやった親心だろう。
   (だが、馬が幼いうちはつまらん「負けグセ」が身に付いてしまうのが怖い)
 
 そして中山に東京と、続く二戦を楽勝してみせてこの晴れの日に出走権を確保した。
 ネットの書き込みにはちょっと吹き出すワケ知りマニアが解説しているが、
 それまでは「前で粘る競馬をさせたうえ、頃を見て先頭に踊り出て勝ち切る」というレース癖を覚えさせるのに当てたのである。

 この馬の欠点は『まだ幼い』ことで、馬場に出てきても「何でボクはここにいるんだろう」といった小学生の遠足のような雰囲気を持ったままだ。

 無理にそうした面を捨てさせ、勝負根性を植え付けなけりゃ…という「幼少時スパルタしつけ」を叩き込もうとする調教師も多々いる。
 だが、二ノ宮さんの場合は『馬は走ればあの細い脚の毛細血管がたくさん破裂して内側は血だらけになるもの。必要最小限に走らせるだけ』という方向の調教法。

 今のうちから欲をかいて、先に長じているライバルたちを押しのけて勝とうとしたら、この時期だけの馬として競走馬生命果ててしまうものだ。
 ダービーを無理やり勝たせる努力よりもクラシック馬で長く生きて欲しい。
 あせってダービー必勝なんて…、単純に(精神が)子供のうちはレースを怖がらせるだけで、一理も一利もない。

 そう思っていたのだが、前走の東京競馬場でボクは惚れ込んだ。
 先に行かなきゃ気がすまない5・6頭に競りかけて、ペースを乱されることもなく、中団の先頭に位置し騎手と一緒に先頭集団を後ろから睨む形で、周回。

 そして直線に入ると無理することなく、柔らかくステップを踏み前方にジャマな馬がいない位置へと身をすり替えてゆく。

 一番大事なのはこの東京競馬場攻略法ともいえる、馬場への適性可否をめぐる=「直線半ばの下り、登りの坂」のこなし方だった。

 これが実にスムースで、まったくその上下を苦にしない走法で乗り切って、いつの間にかゴール前に進出。
 粘る先頭馬を、並ぶことなく「まったく無理することなく」スッと交わし、まるでこの馬がゴール板の地点を知っていたかのような差し切り勝ち(たしかに「2度目」なのだが学習していたのか?)。

 ボクはこれが別の幼い馬であったとしても、こうした勝ち方には才能を見出したことだろう。

 最後の600M(上がり2ファロン)を33,8秒という俊速は、決め手として特筆してよい数字である。

 出走予定18頭の中ではこのキレ味の良さ(上がりタイム)はピカイチ。
 フサイチなんとやらといったバブルおじさんの馬が圧倒的一番人気となるだろうが、それを評価する専門家ドノ一同の見込んだ走りっぷりが中山での皐月賞3着に追い上げた時のもの33、9秒.

 ボクはそのコンマ1秒の優劣をあげつらうのではない。
 フサイチが、騎手の仕掛け遅れという「展開上のハンデ」を糊塗するために、猛烈なムチを入れられ、無理やり(ダービー出走には勝たなくても出られる)3着にまで追い上げさせられたあの脚を期待されたら馬が気の毒であろう。

 ここには軽蔑すべきあのバブル親父の、見栄がある。
 つまり氏は、フサイチオウホーなる馬を、デヴューから4戦全勝し、ダービー出走の権利を既に確定していたものの、5戦目のこのクラシック「皐月賞」も勝って、ダービーも勝ち、6戦6勝という勲章をひけらかしてダービーに望むべく野望を持っていたわけだった。

 それがレースが始まってみると馬の行きっぷりが思ったよりも良くなくて、最終コーナーでは(18頭立て)9番手の位置からヨーイドンをしなければならないからだった。
 当然騎手はムチを入れまくり、『オーナーのための1着』へと馬に無理をさせた結果の3着だった。

 競馬マスコミの多くは、この最後の”糊塗のため”のスピードをもてはやし、返す刀で
 『直線がより長い東京競馬場ではよりこの速さが決め手となる』と持てはやしている。

 おそらく、ここに出ている馬たちなら同じ条件であれだけアクセルを踏みっぱなしにすれば、似たような上がりタイムは出せたはずだ。
 遅れを取り戻すためのもの…と、勝ち切るためのもの、日曜の本番ではその後者を能動的にフサイチは自ら1着となるために動かなくなくてはならない。

 馬はムチだけで動くものではない。

 それよりもボクがGダリアに希望を持ったのは、必要最小限に前を行く馬を、騎手と一緒になってゆったりと無理をすることなく、ムチで痛い思いもせずに、ゴール前しっかりと1着を決めて見せるあか抜けた人馬共同での勝ち方ができたダリアが、あのような馬に負けるような気がしない。

 そもそも東京競馬場ではフサイチもすでに「共同通信杯1800M」を勝っているけれども、あのレースが例年のように18頭立てあたりでの勝利なら別である。価値もあっただろう。

 ところがそれが9頭立てで、同馬は終始、別馬に絡まれそれを振り切る事もできず、最後はクビ差で辛勝したものの、上がりにしろ34,2秒ていど。どこに恐るべき要素があるだろうか。
 たしかエントリー中、同条件でいくと同馬のこのときの時計はメンバーでも最低だった。

 といって強気のツーちゃんだが(笑)、やっぱりあの子が本格的に成長してアスリートとなり、並んだ馬の中でも「オレが勝つんだもん」と、能動的にレース運びをゴール板前までできるまで、おそらく今秋まで時間が必要だろう。

 だが攻め馬でサンツェッペリンやら、伏兵中にも急な仕上がりを見せている馬が数頭いる。

 ボクは勝負の相手はむしろフサイチではなくこちらか?と見る。
 希望的観測だけれども、そうなるとこのダービーは高配当でキマリとなるはずだ。

 ご臨席予定の皇太子殿下にも「Cは面白いですよ」と申しげたいところだ。
 これを、指してHのヒラボクロイヤルの勝ちレースとJRAのヤラセが決まったと喜んで吹聴している馬鹿がいる。

 ロイヤル=皇室という引っ掛けだそうだが、こんな根拠で大切なお金を捨てる精神というものは一体どんなだろう。引っ掛かるほうも引っ掛かるほうだ。

 そんな事いったら「ローレル…」なんて、『栄冠』。「…キングス(王族)」なんてのも人気薄にはどう言い訳をするのだろう。馬鹿な奴らだ。

 だいたい、エントリー予定の馬には「日本語を読み書きできる者」はいないので、18頭集まっての打ち合わせ(いつやんだよ!)もおぼつかないだろうと思うのだが(笑)これも唾棄すべき都市伝説というヤツか。

5月24日(木)  サギ泥棒松岡サンへの対処法  (^o^) まあまあ
 国民には未だに松岡利勝農水大臣への攻撃がアレだけでいいのか、切歯扼腕誰もがギリギリしているのは同じことだろう。

 民主党の小沢党首に、国費を流用して彼個人名義で10億円単位の秘書用マンションが登記されている以上、そこから先行けないのだ…などと、政界スズメはその政治的力学についてしたり顔で諦め顔をするけれど、どうあしてこうもアイディアが一面的なのだろうか。

 大手メディアの方々と話をしていても、広く森羅万象に目が配られているような御仁がめったにいないのもそのせいか。

 ボクだったら、一ヶ月500万に焦点を絞って追跡を始める。

 第一に、議員会館の水道メーターのすべてのカウント記録を事務局より提出してもらうのだ。

 500万も水道代(+光熱費)をチャージされるなどといったら、一つの『小規模なダム一杯分』の水量ではないか。

 大げさなようだが、1週間休みなし、7日間を16時間繁盛している中華料理屋がある。
 その16時間というものガスで云えば「火口3つ」はゴォーゴォー火を吹くほどの熱量でガスを消費している。つまり480時間点けっぱなしで、このウチはなんと

 ガス代を毎月1カ月に10万円支払っている。
 それでも10万しか支払えない(笑)のである。

 そして、水道も口径の太い配管の蛇口から出しっぱなし。
 ひっきりなしに入る「麺類のオーダー」のために、湯を濁らすわけにはいかないため、端から濁った湯だけを溢れ捨てさせるようになっている。

 それでも水道代は一ヶ月2万5千円の支払いでしかない。

 こいつは大笑いだ。
 議員会館など、各部屋は火口は家庭用の中でももっと質素なタイプの横70センチx40センチほどの火口2つタイプがステンレス台に乗っているだけ。

 それは一般サラリーマンがOLに何事かささやくという、あの給湯室にある「せいぜいヤカンを沸かす」ためのもので、ゴム管の口径も一般より小さい、いわばワンルームマンションにある独り者用と思えばいい。

 松岡の事務所では格別に、ジンギスカンの煙が絶えたことがないとか、あのバカの地元肥後こって牛の煮込みをいつだってグツグツ煮込んで商売にしているといった話も聞かないので、これは火炎放射器ごっこを毎日していたって、とうてい追い付く数値ではない。

 水だってそうだ、お前んとこは「としま園」か!
 それだって、水道代だけで1ヶ月で2・300万を使いまくっている計算なら浄化装置など要らないプールとなるだろう。

 そう、温泉でいうかけ流しというアレである。浄化して再利用なんかしているととんでもなく節約できてしまうから、ノルマの100万円も突破できないようではもう仕方ない。

 アラブの油田よろしく、議員会館の部屋から風呂屋の煙突サイズのエクゾースト突き出して、朝も晩もゴーゴーと、火柱を立てて永田町一体の空を焦がすつもりにならなきゃ、ペイ(?)できないのである(笑)。

 少しは頭を使いなさいよ。
 いくら衆議院事務局が与党寄りに隠蔽はかろうとも、会館全体の電気代、ガス代、水道代の総使用量についての発表だけはかくせまい。

 ボクの特技に、監視対象になった家の「電気代を正確に算出できる」といったものがある(笑)。

 そいつで電気代の方もサーチして差し上げようか?
 賢明な記者諸兄に於かれては、とっくにこれをヒントに打開策を見付け、不正暴露に名案浮かんだことだろう。

 ここに試算があって、ヘタをすると衆参両院国会議事堂全体の電気代が、あやまって松岡事務所の電気メーターに接続されていたために、あらぬ誤解を招いていたとの別の角度への疑惑さえ上がっているのであった。

 いずれにせよ、安倍さんがああして松岡を刺激しないでいるのも、緑の財団がらみでの収賄等によって、逮捕まじかであるとの情報を捜査当局から囁かれているためとの観測もある。

 やっぱりなあ、さすがは『全国道路族』の頭目だけの事はあって、いちいち吸血ネタにはかじってみるものらしい。

5月23日(水)  SATを誰が救えるというのか?  (^o^) まあまあ
 かつて埼玉県と東京都の境界にある地域、その住宅密集地で立てこもり事犯が発生した。
 その一報に、ただちに警視庁捜査一課特殊班が出動した。
 ボクの設計納入した「SIT」用防弾ベストが、ライフル弾対策仕様も、専用バッグに詰めfられて現場に臨場した。

 被疑者は一人。射撃をやっているのが「ひとつ覚え」のオヤジが家族を人質に取ったものだった。
 「文句があるならさっさと…」まぁ、ボクの私見などやめておこう。

 近隣の小中学校通学路が集中する地理。
 ただ、銃(長モノ)のベテランだけに始末が悪い。

 説得班も云うだけ云わせ、聞くだけ聞いてやった。

 団地も近く、できるだけ『登校禁止』で子供たちに迷惑が及ぶ事だけは避けてやりたい。
 スキを見て男の身柄確保にSIT完全武装の部隊は飛び込んだ。

 すると男は手にしていた「散弾銃」を発射、捜査官には思いもよらぬ事だった……

 テレビ画面を隔てて立ち会うこともできないボク、そして家内はこうした場合生きた心地がしない。
 狂気の弾丸によって、あの親しい捜査官らの身に「仮にも…」とまさかの事態を案じてしまう。

 家内もそうした皆さんと歴代、顔を合わせてきているだけに他人事ではないのである。

 定年でSIT部隊から任を追える寸前のベテラン捜査官の一人娘さんが、伴侶を得て結婚式。
 その末席でのスピーチ中、ボクは言葉を詰まらせてしまった事がある。

 新婦の父上が「一課の警察官」という事だけしか、先方には耳にしてなかった「新郎側」はビックリ絶句といった雰囲気ともなってしまった。

 毒者諸兄にも考えて貰いたいのである。
 今回のSAT林隊員のご家族(若妻)の身になって想像してもらえれば十分だ。

 気の狂った馬鹿野郎が、卑怯きわまる飛び道具を持って男のクセに丸腰の女子供を人質にとって、危険にさらしてワガママぬかしている。
 こんな最低の場所ばかりを選ぶように、わざわざ彼らは赴くのである、そんな絶体絶命の状況ばかりを選んで…。

 そして頼みのはずの世間も「そんな奴の言い分なんか聞いていないでさっさとやっちまえ」と逆風吹く中孤立無援の仕打ちにも耐え忍ぶ、当のSIT捜査員の家族らは深夜になっても、翌朝になっても一向に帰って来る様子もみせない夫や父親を待ち続ける、ずっと無言で。

 彼女たちほど犯人を先頭に、世間のすべて全方向を恨んでは(?)肩を寄せ合い、無事を祈るだけなのである。

 来る日も来る日も、そうした”「正義の味方」の味方”だけは、昨日のニュースはすぐに忘れる国民が忘れ去った後の、その最後までじっと身を案じて無事引き揚げてくる姿をこの目で確認するまではじっと、知らせだけを待つのである。

 『そうした、世間が身勝手を好き放題云って、またその中の「掟破り」による我がまま放題をじっと説得して改心させ、時には保護してきてやる。
 捜査員の子女ときたら、気の毒である。
 彼女らは幼い頃から、無法者が暴れるたびにお母さんと、じっと父親の使命を尊重し、夜も寝ないで待つ晩さえある……、こんなにきたえられた新婦が他にどうやって探せる事でしょうか。』とボクは締めくくった。

 今考えてみるとエラい場違いだったような気がするけれど、あちこちですすり泣いてはこちらをみつめているお顔を見る事ができた(早くやめて欲しかったのだろう)。

 かえってこの会場では、無事でこの晴れの場に居合わせられたお父さんが、どこか居場所がなかったような気もしたが…(笑)。

 「ゼロ戦の特攻」で突っ込んで行った若者を見守り続けた、知覧の食堂のお母さんも偉い。

 だが、絵空事ではないし、過去のことに目を細めている場合でもない。
 たった今の現実に、隣人や家族を守るため、わが身を提供している若者たちがいることにあまりに我々は無頓着ではないか?
 そうした立場の若者が先週現実に亡くなって、何もすることができずにその死を言葉も話せぬ9ヶ月の忘れ形見抱きながら、見送った若妻もいる。たった今、この瞬間のこの時代、今日同じように生きてい身を挺した者に涙せずに、遠い出来事と、終止符が打たれた現実にだけ、流す涙を選別していてそれで事は足りるのだろうか。

 さっそく脱線した。
 あの立てこもり犯事件、TVのニュース画面で散弾銃を発射後に身柄確保、逮捕されたことが見て取れた。
 だが、つづく「ニュース速報」テロップで逮捕に当たった『捜査員の一人が防弾チョッキを着ていながら被弾し重傷』との一報が脳の中の大きな鐘を叩いた。

 飛び上がって、現場に出ておられたSITの、お一人の携帯電話を鳴らす…が出ない。当然だろう。

 班の留守をあずかる本庁のデスク連絡当番に『ベストに穴があいて、受傷事故となったのかどうか』連絡を乞うと、用件を残した。

 あの時ほどいても立ってもいられなくなった経験は記憶にない。
 まさか、散弾銃(バラ玉と呼んでいた)程度で(防弾パネルに)穴が開いて重傷?トンでもねえだろ。

 確認できるまでそのかん指先は震え、また「重傷から出血多量」により…、とか悪い方へ悪い方へと想像力だけはバイタリティもって発展して行った。

 結果は、太ももから下に銃口を下ろした際に発射、「ベストを着ていない下脚」を撃ったもの、「ケガも軽症」と知り、ここで、ボクは「ようやく人間に戻れた」のである。

 『防弾ベストのような物』を、”彼らのような人々”に供給していたボクとは、(出動中も)こうしたもので生きた心地がしないのだ。

 大きな声で申し上げる。
 今回の事件では、マスコミ各社の若いジャーナリストたちが当『・・・日記』を検索の上、いかに読み込んで活きた知識としてくださっている意外な存在感に驚いている。
 この「事件発生(というより深刻化)」と同時にSITやSATの運用について、おかしな秘密主義を振り回してやまない警察の広報を否定し、捜査員の人権をこそ尊重すべしと主張するボクの『現場の目』を新鮮に尊重してくれた。(東京キー局では、具体的に過ぎる…と、テキトーな元一課長あたりのコメントの方を採って、本質から目をそらす自粛もあった、そんなモンなのである)

 だが近畿地区では、関西テレビのイブニングニュース、『アンカー』が徹底的にSAT隊員らの人命をも尊重すべき主旨の報道を伝えてくれた。

 頑張れ、ヤマヒロ(山本ハゲ浩)アンカー!ハゲは正義だ(笑)。

 『防弾ベストは穴が開いたらそんなモノ、Tシャツと同じ』なのだ。
 『穴が開かないでナンボ。開いたとたんに死が迫るもの』なのだ。

 ここでケツをまくろう。
 おい、「現用の防弾ベスト」を納入したメーカーよ、誰に許されて(頼まれて?)あんなにトウフまがいのベストを納入したんだ。1着あたりの材料原価、そして営業費(*)と呼ばれるもののパーセンテージを公開しろ。

 おい、警察官僚よ、誰をだましてどんな利益のために、あんなカスみたいなシロモノ着せて、捜査員(や家族)の命を捨てさせるんだ?「どの官僚がどのメーカーの製品を納入させた窓口」か、情報公開を請求したい。民主党でも共産党でもお願いします。
(註*:主に「栄転祝ゴルフ」「新任歓迎パーティ」の主宰費や豪華商品提供。銀座クラブでの「打ち合わせ」という酒宴代。などなど)

 おい、クソ同然の大林よ、いくらなんでも今どきヤクザの世界で『38口径』程度じゃあさぞかしカッコも付かなかっただろう。
 だけど、まさか『天下の完全武装SAT隊員を一発で』仕留められるとは思っていなかっただろう。
 こんなのまるで武論尊あたりの安っぽい劇画だぜ。それが現実に起こるとは…。

 公判が始まり上手に弁護士に論理展開させれば、今なら『拳銃での発砲、射殺』だとイコール殺す意図を以って…、が成立するが、まさか、そんな程度の拳銃で絶命させられるとは思っていなかった威嚇行為だった…と、言い通すことも不可能ではなかろう。公判廷には検察側の立証段階で、この「穴開きベスト」だか「肩紐撃たないでベスト」が登場するだろうからその時は傍聴させてもらうつもりだ。

 そもそも先進国で与えられている、警察第一線特殊部隊の防弾対策防護衣料が、まさか『38口径弾』にも通用しない…そんな最低レベルのもの……なんてありえない。
 それがアリ…というほうが遥かに無理があるからだ。

 LAのガキだって、今や9ミリの自動小銃が主力、38口径なんて南アフリカのゲットーやサンパウロのちびっ子ギャングあたりしか使ってない。

 それがSAT部隊が完全装備で出動し、彼らガキどもとドンパチやって、ヘタすりゃ負ける…
 これと同じことが2007年5月17日に、日本国愛知県名古屋市郊外で実際に起こったのだからここまで来ると冗談ではなく、SFの部類だろう。

 はっきりしているのはこれは人災だということ。
 メーカー、防弾衣採用担当者、部隊運用責任者、大林、
 彼ら4者と林一歩警部の死には直接の因果関係が認められる。

 『38口径弾』ごときおもちゃの鉄砲からの銃弾1発で、

 @防弾パネルに穴が開き、
 A左鎖骨下の部位にめり込み、
 B右肋骨を貫通
 C右胸骨を貫通し
 D方向を逆進、心臓に達し致命傷をつくる。

 これが、大林の放った38口径弾が林警部の体内をたどった経路だ(愛知県警警察発表から)。

 @が肩の部分であって、ベストの着脱部分であるから「防弾パネルがちょうど入っていない部位だったための悲劇だった」との説明がある。

 そこは、狙撃の姿勢で伏せた際(伏射)相手が撃ってきた時には、「頭のヘルメットと両肩」ほど前面となる条件だから(「修学旅行の夜」のように、うつぶせに寝てみたら全員理解できる)、ボクの製品の場合の設計では、通常の場所の「1,5倍の厚みのパネルを追加」して、”スナイパーが逆に狙われた際”また”部隊突入の際の「上方からの銃弾」にも”耐えられるよう配慮した、また配慮すべき、キモの場所である。
 
 ここ肩バンドの部分に「着脱に便利だから」、とか「運動性が悪くなるから」…といった理由で(もいいから)防弾パネルを入れていない防弾ベストなるものは世界のどこにも存在しない。

 あるとしたら、日本のああした現用品以外には存在しない。
 いや、「弾道学」上あってはならない。あったとしたら、それは不正である。

 そもそも『38口径』で穴が開く…としたら、それは防弾ベストではない。
 なぜなら、”「それ以下」の威力の銃弾”というと、「22口径、それから散弾銃とか空気銃」しか存在しないため、『それしか対応しない「きわめて市場性のない」ベスト』だとしたら、市場性すら危うい、だから存在しない。(あとは防刃ベストかな)

 @で、防弾パネルを貫通したのなら、弾丸先端は大きくつぶれ表面積が(キノコのように)頭でっかちとなり、体内にめり込む際にも格段に無力化するものだ(欄外資料写真参照)。
 ところが今回は
 @からAに移った後も、BCと運動性が活発すぎて、弾丸先端部が@〜Cまでの間各種の抵抗があるというのに「まったくつぶれた様子」がみられないまま、Dに至るのには大きな疑義を抱かされる。

 これならあのSAT林隊員が、仮に『丸裸で同じ部位に同様弾丸を受けた』としても、結果は同じだっただろう。
 ほとんど同様の移動ルートを弾丸は体内に描き、氏に外科的ダメージをもたらしたに違いないのである。

 もう一度云う。
 『たかが、38口径である』

 ただちに自治省は、全国に配備されている同様の防弾官給品は運用を停止する省令を発すべきである。

 そしてボクの作った製品がたどったのと同じように、九段の『科学警察研究所』は、地下にある、三方をレンガで囲まれた「実弾発射室」で距離5メートルから実弾を撃ち込んでみたらいいのである。

 どれほどの量のそれらから『耐弾性』がみられないトーフベストが出現することだろう。
 これこそ装備予算という名の税金が、ゴミとなって捨てられているか、電卓一個あれば巨額の不正が今後発覚してゆくことだろう。

 さ、各都道府県警さんからサンプルを提供してもらい、バンバン撃ってもらいましょう。
 それらを、『カネを使うために納入させた』警察庁キャリアどの、もし何なら「粘土人形」の変わりに着てくれませんか?憂国の士をお待ちしていますから。

 ひとえに、『現場で身をさらしてくれる警官』の安全を守れ、ここに還るべきなのである。

 ボクのような野良犬がこのように叱りつける…社会構造って、何かが確実に狂っていると思えるのだが(笑)。
 

 写真:94年頃開発初期段階、新素材「スペクトラ繊維」製パネルの前に、45口径マグナム弾を撃っても弾頭(右)は写真のように、前進を食い止められ(繊維で停めた痕が見える)キノコ状につぶれ無力化できる。
 どれだけの頭脳がある方々の集団か知らないが、あれから13年が経ち、しかも「38口径通常弾一発」で『警察庁ご自慢の一線装備』のほうが「無力化」されてしまったのである。

5月21日(月)  ブキミだった「武器置いてきてくれて ありがとう」  (^o^) まあまあ
 SAT林さんの高校時代、スポーツ特待生だった彼のソフトテニス部顧問の話をCX「とくダネ!」拝見した。

 後輩たちの『一歩さんが指摘しているほどなんだから自分らがいけなかったんだろう』というほどに人格者として敬愛を受けていたという。

 『正義感とは、他の人のために自分がどれだけしてやれるか…ということではないか』
 顧問の先生はこの2月に定年で退職した際にお祝いにやってきた林一歩さんから、「正義感」についてあらためて訊かれ、そう答えたのだという。

 先生は『自分がそんな事を言ってしまったがゆえに今回、こうした事態に…』と、責任の一端を感じられたようで大きな涙をこぼしておられた。

 なんという対応だろう。
 たかが夫婦仲の復縁めぐり、拳銃取り出し子供ら2人、警官まで撃ったうえ、さらに『息子の容態が気になって』『言い分を妻が愛聴していたDJ通じ、FMから説得して欲しい』

 こんな下らない理由で、拳銃を撃ちまくったこのバカを飼っていたのはいったいどこの組なのだろうか。
 上納金さえ納めればこんな安っぽい野郎でもいっぱしの居構えられるほどの稼業やれたのか、なさけない。
 近所の人たちに長年迷惑がられたり、息子の側が警察に「父親の保護」を願い出たり、それにしてもずい分と見事に値打ちのない野郎である。

 おそらくはそのうち「シャブ中毒」の反応でも検出されるのだろうが、それにしても金曜夜、TV画面の前の全国の善男善女が度肝を抜かされたのが、投降する大林に語りかける、ソフトでムーディーな警察軽装甲車からお届けする『交渉人のラブトーク』ではなかったか。

 『約束どおり拳銃は置いてきたね。家の中に置いてきてくれたんだね。ありがとう』
 おまえら「欧米のホームドラマ」か!
 そうしたセリフがTV画面にスーパー字幕で貼り付く語尾に、どこかの局では「ありがとう」に続いて『ウフッ』とか『ラブマーク』をつけた…という話は無かった。

 だけど、『ありがとう…愛してるよ』くらいは、ついでに云ったって違和感なんて感じなかった調子ではなかったか(笑)。キショイぞ!愛知県警交渉人。

 ともあれ、木曜日夕刻にああして林隊員が射殺され、それ以降の大林は殺人犯してしまった事に少なからず動揺したことは疑いない。
 『人質を手放したら自分の身があぶない』と、警察相手にしでかした結果、人質リスナー妻に機嫌をとるようにFM局への働きかけなんぞ、軟化の一途をたどって行ったのはそうした怯えの反動だろう。

 そして翌日、頼りの妻に逃げられてしまったら警察は硬化。

 通常なら、すべてのTVウォッチャーもそう思っただろう、いざ強行突入だ!と。
 東京駅を出て、名古屋駅で移動中だったボクは街行く人々の口が
 『なにやってるの?』『まだ突入しないの』『えっ、まだやってるの』と、唇動かすのを何度も見た。

 ところが警察がなぜ勝負に出なかったのかというと、すでに前日の「負傷警官放置」「SAT隊員殉職」と、大失態が続いており、どうにかせめて何がしかのポイントをと世論を睨みながら探していたのだろう。
 そうするところ、残っていたのが『大林の自主投降』であって、それしかない。

 あの場合、県警いや、警察庁がもっとも恐れていたシナリオとは、
 『大林に自決されてしまう』ことなのだ。
 つまり違う言葉で云う『これ以上の犠牲者を出さない』ことしか警察には立つ瀬はなかろう。

 でないと『法秩序』もなにもないからである。
 勝手に殺し騒ぎまわって裁かれる事なく、自分で死刑…これをやられたくなかったために警察は時間をさらにかけたのだろう。

 ここで、大林と警察側のニーズが一致する。
 こんなワケの判らない大林が、TVカメラの砲列の前に武装解除して現われ、装甲車から響くやさしいカレの言葉に思わず踊らされてしまう。
 しまいには、あまりにもマイクの声がクドいのを嫌がってか、そっぽ向く素振りまで見せる大林。

 『ペットボトルの水を「神の水」』と云って見せ、あの日などは「ワケ判らない脳」やってましたと、ああして公然と見せておくのは『犯行時被告は判断停止状態』と、心神耗弱により罪を減ずるための機転をもう始めた工作なのか?

 あんな男でさえ『神の水だから、地面に置くなんて許されない』との常識がある。
 浅草三社祭でミコシの上に乗らなきゃ三社じゃねえ…なんて、担ぎ棒の上は神様だけだっちゅうのに、またしても乗るなんて野郎は大林の爪の垢でも呑んだほうがいいっての。

 ともあれ、汚い男だ。

 それに対し「無血開城」を勝ち取ったお手柄の交渉人ドノ(警部クラスか?)。
 『銃は約束どおり、室内に置いてきた? ありがとう』
 「(だから、置いて来たって云ってんだろっバカヤロウ)」確認がクドいとばかり、良く見ていると大林はそんな言葉を吐いているようにみえる。

 さすがにリハーサルこそやらなかっただろうが、打ち合わせでは何回も「銃は置いてきてね」と念を押されまくっていたのだろう。
 その確認の上で、『出』のキューまで出しておきながら、いまさらしつけえんだよっ!
 段取りしつこいんだよ、お前はNHKか!

 こんなカンジなんだろう。
 そして逆に警察の交渉側にもアピールしておきたいものがある
 『ワタシらこうしてここまで大林に食い入っていました。きちんと云うことも聞くでしょほらっ!ね、だから昨日からは何もやっていなかったじゃないですか。話せば判るんですよ』

 あれがどうしても「大林に対して」ではなくて、国民の方にエクスキューズ云いながら、結局暴れ馬を乗りこなし投降させた手柄をホメてもらいたい…、そんなセコいパフォーマンスにしか見えなかったボクの方が狂っていたのか。

 ボクも2000年ごろに、カリフォルニアの某大学で行われている『ネゴシエイター養成講座』に短期でもいいから行こうともがいていた。
 米では、心理学者はじめ多くの民間人がこうした「戦略的犯罪説得」とでもいうべき方向に関心を抱き、凶悪犯罪を最悪の結果から救おうと努力しており、今では幾つかの公立大学がそうした人士を対象に門戸を開いている。

 そこではFBIの持っている1万を超える「人質・立てこもり事犯」らの記録やデータベースを中心に、盗聴用例、交渉術、洞察力テスト、ヒトに好感をもたれる話術、実際のシミュレイション…など、幾つかの興味深いカリキュラムが用意されている。

 交渉人は体力勝負でもある。
 犯人側が会話に応じてくれる限り、「最初の交渉人が当たり」別の者に交代せず、できるだけ感情の波に左右されず、同じトーンで誠意を感じさせまくるのが基本だ。
 かといって無味乾燥な人物像などは最低だ。ふくよかで含蓄のある穏やかな人物像が理想だろう。

 さらに云っておこう、アメリカ交渉人の多くは、『怒りを納めてくれて、ありがとう』
 『ゆっくり腰下ろして話す機会をくれて、ありがとう』
 『人質を解放してくれて、ありがとう』と、”何かをお願いする時”には英語的に『プリーズ』ではなく、『サンキュー』を語尾につけ、お願いをかなえてくれた側に感謝するものだ。

 あの装甲車から期せずして流れてきた交渉人の『…ありがとう』という言葉に、
 『だいぶネゴシエイターの方の教育が米警察流にウェスタナイズされているんだな』と、昨今の警察事情の”進歩”にも舌を巻かされることにもなった今回だった。

5月20日(日)  防げた『SAT隊員射殺』、あれでは”犬死”だ  (^o^) まあまあ
 この当『・・・日記』が思わぬレベルの報道機関にまで知られ、読まれ、興味を持たれ、事情を訊かれたこの3日間だった、例の愛知県長久手人質立てこもり事件である。

 そして一部のマスコミの上層部は、検討の結果、彼らと警察庁との関係を恐れるがあまり、真っ直ぐな主張を当方のような当事者にさせるのは刺激しそうで、「この際避けるべきと上部が判断しまし」たと、若いジャーナリストたちが悔しがって報告してくれた。

 ボクが高校生で報道の最前線(=週刊誌)で、トップ記事を扱わせてもらっていた頃を思い出させられ、その不正を怒る素直な正義感には敬服する。OO局と、XX局の方々、それぞれの持ち場で頑張って欲しい。
 あなた方は偶然にも、最後は同じスタンスで同じように、「あまりに直裁的すぎるから、前野某出したら危なっかっしい」と、『逃げ場のない警察庁批判に結びつくため、事なかれ主義』を優先するような、政治好きの上司を同じようにお持ちの御仁だった。

 名古屋市郊外、長久手で凶弾に倒れた愛知県警SAT隊員林 一歩警部、23歳の警部(殉職特進)なんて聞いた事がない、どれほど立派な警察官だったのかはかり知れない。それにしても9ヶ月のお嬢ちゃんを思うと言葉もない。

 それにしても38口径リボルバータイプの拳銃弾一発7メートルの距離で、完全武装でいながら斃れたなんて、まさにゴルゴ13並みの射撃の腕前にやられたようなものである。
 こんな野郎が「無期懲役あたり」をくって、檻の中になどに行った日にはどれほど「サツに恨み持つ連中」の間で(ウラで)もてはやされるかと思うとくやしくてならない。

 殉職した翌金曜朝から取材の電話が途切れなかった。
 こちらは、「防弾ベスト本体が貫通」したのか、それとも「エリ首のすき間(取り付け部)から凶弾が入り込んだ」のか、「38口径」なのか「トカレフ弾」なのか、基本的な事項が聞きたかった。

 その上で、防弾ベストの強度によるもの、ベストのボクが作成したデザインが変更された(危機意識なき)デザインによるものか、それを見きわめたかったのだが、事件後3日を経ようとしていながらその点は今もボカされたまま…であるのを納税者諸氏は見極めなければ鳴らない。

 ボクの設計した最強の品が、勝手に更新され、デザインや肝心の内容(防弾パネルの構造等)が、警察庁刑事局の当時のキャリア「I」によって、無理やり『サツ庁でも欲しいので、見本として1着だけ大至急の納入』を命じられ、必死になって制作しそれを入れた途端、ブツがどこへ行ったか含め、”それ以来ナシのつぶて”のままというヤクザまがいの取り込みサギをはたらいてくれた(苦笑)。

 そして気付いてみれば、いつの間にか、ボクに独走を許していた”オボエめでたい機動隊装備品メーカー”が類似品を登場させるにいたる。

 それが先月の「町田市ヤクザ立てこもり」事件で、広く世間に公開させるに至った「新型ベスト」で、主にSATが着ているものだ。

 思い起こせば、秘かに「警察が自衛隊」と連携を取って、オウムという見えない集団との全面対決モードに入っていた95年頃なんてそりゃ、ただ事ではなかった(小社では93年頃から民間用に開発を開始していた)。
 そもそも連中が、どのような武器を使って対抗してくるか自体予測できなかった。
 その代表的なひとつがあのサリンであり、本家ソヴィエトもその精巧さに舌を巻いたという「AK47突撃銃」の自主生産だった。

 分析ができない…ということは、「どのような武器にも対応できなければならない」という『無限大の脅威』との格闘を想定してSITの正面装備を提案しなければならなかったのである。

 捜査一課特殊班SITのベテラン捜査陣からは、実際にあった過去の教訓や運用法を聞かされ、発砲事犯の実際例など、多くのリクエストやアドバイズが寄せられ、より安全性の高いものへと強化されていった。彼らはひとり残らず素晴らしいアレンジャーだった。

 新しいSATなどのベストを見てこう思ったひと言で片付けられる
 『いつからそんなに平和になったの?』。

 SITはSATと違い、犯人側と交渉役をつとめる為、SATよりも常に近い距離にいると策定し、犯人が『気が変わって発砲したら』より危険な範囲に立っている任務と云って良い。

 こうしてSITがぴったりマークで犯人側と接しているだけに、SATは安全圏から銃口を構える事ができ、またこの交渉役がスキを作ってくれるからこそ、「実弾の発砲」に安全性と効果双方がプラスされる事になるのである。

 現在の「新作」は、アメリカのSWATにそっくり、カッコもいい。
 ボクがあれだけ提案していても無視された、スネへのシンガードも配備されてご同慶にたえない。

 ところが、あの当時に『これだけは』と捜査員らからリクエストされ、盛り込まれていた各部はどうしたのか。
 SWATはどんどん撃っていい連中だけに、装備が軽やかなのである。
 それに対し、日本では『先に撃たれなくては反撃できない』前提があるため、より強固なものであることが要求される。

 そしてあれら新型SWATスタイルが、お見かけしたところ強度がだいぶ落ちたとズバリよめる。
 「あの厚さで済むのだとなったら、コペルニクス的に(防弾素材が進歩を遂げて)薄くなったのだろう。」
 なのにそんなめでたい話は一向に聞いた事がない。

 想像するに、彼ら治安関係者らはオウム時代とは比較にならない位、犯罪に使われる銃器の威力を下方修正したとして思えない。こんなこと、当事者だったボクの他にはいえない「国家の一大事」である。

 彼ら役人でも専門家(を名乗る者)と、官公庁に対しての交際費がしこたま納入費用に計上された防弾ベストを納めている官公庁ベッタリ業者によって、常に警察官の命は軽んじられ、また税金は無駄に棄てられてきたのである。「ハコ物行政」での税金の無駄遣いが指摘されているが、自治省の管轄でこうした官民癒着構造を目の前で経験できるとは思わなかった。したくはなかったが。

 あきれた話がある。
 日本の警察官は防弾チョッキなどと云っても、じつは「79年の梅川(三菱銀行立てこもり)事件」どころか、さかのぼって「72年のあさま山荘事件」…、いやそれ以前の「渋谷ライフル魔事件」あたりからなあんにも進歩させていなかったのである。
 それがボクが攻め入った「96年の防弾ベスト見直し」まで、じつに40年近く、同じ防弾装備を着て出動させられてきたし、それによって命を奪われた警察官もいたのである。
 その加害者とは、それら「自分がタテとなることはない警察庁の役人」と「御用商人」との税金ドロボーコンビ、恥も外聞もなくかくも露骨に(防弾ベストという)権益を守りにくるものだった。

 それによりまさしく『安全性より、官民癒着』が優先されてきたし、またせっかくボクという”民”に奪還したものをこうしてキャリアの小僧ごときが、フリダシに戻そうというのである。
 それでいて「一つの命は地球よりも重い」なんて人質事件の際のモットーぬかしやがるのだからちゃんちゃらおかしい。

 ボクは何も難しい注文を出しているのではない、せめて民間が研究し、世界の先進国並みのレベルにまでセキュリティ産業が育たなくてはならないというのに、その規範となるような一線の使用する品がここまでデタラメで止まっていてはいけない。
 ついでに云えば、民間の競争力により切磋琢磨し、人命尊重のため正しく税金が使われた品が官給品としてゴールインしなければならないという道理である。
 
 SAT隊員のかぶるヘルメットに2センチほどの厚さの透明ライナー(シールド)が付属している。
 アレをことごとく下げて顔をプロテクトするように頼っているのを見かけるが、あれをそれほどにまで信じて良いものか。

 一応、9ミリ弾や(22・38)45口径弾は大丈夫だろう。
 割れて、貫通した弾丸が顔の部分に来ても生命だけは奪われないだろう。
 せいぜい失明するだけで済む。

 この地球上では『透明で銃弾を貫通させない素材』は未だ発明されていない。
 「頼り切れない素材」であるならば、それ自体はかえっていっそ使用(=頼る)しない方が、危機管理としたら修羅場の中での心理的ダメージは少なくて済む。

 現在の日本の防弾装備は、経費節減を優先させて?か、こうした『And…Or』という脆弱性がはらむ質の物へと設計思想が後退したのだろう。
 つまり、『「死ぬよりはマシ」じゃないか』という程度のシロモノにトーンダウンさせたかとしか思えない。
 
 林隊員はなぜ、盾の上部に上半身をさらしたままそのライナーを下ろし、銃を構えていたのか?
 今回のSAT林隊員について、詳しく述べられることはないかもしれないが、今警察側から後悔されている範囲によれば
 『左側鎖骨下部から銃弾は入り、右肋骨、胸骨を貫通し(また逆に戻って?)心臓に達している』
 というものだ(これは右目で照準をつけていた姿勢のまま、その相手側から撃ち返された角度だろう)。

 これはいかにも警察側は偶然、ベストの部分を交わし銃弾は「ベストを着ていない首筋から体内に撃ち込まれた」ということになっている。
 ベストの強度についてはこうすれば触れずに済む。

 それならそれで(より強い物を支給してくれれば)良いのだが、どうもこの説明は毎度毎度、防弾チョッキを着ていながら殉職した事件を警察が説明する言葉と同じなのはいったい偶然か?

 ボクは違うと思う。
 銃弾はあのヘルメットのライナーにいったん当たって、そこから方向を替えて鎖骨下へとバウンドしたのではないのか?
 MP5を立射の構えで持ち、その照準を定めたとしたら斜めになったライナーに当たった銃弾は、一目散に「ベストの首周りが甘い部分」から”滑り込み”、首の付け根部分を速度ほとんど落とさず暴れまわり、一帯を損傷させる。

 警察側は(意外にも?)反論するだろうが、もし鎖骨下に入った直撃弾なら動きはもっと直進性の高い弾道となっていたはずだ。 

 ボクがSITと共に作った品は、
 『とにかく、エリや首下部から銃弾が滑り込まないよう』細心の工夫を凝らした。
 デザイン的にはヘルメットを装着した首が、エリの中にめり込み包まれる…といったもの。

 これも『常に”上方向に”犯人の銃口はあるもの』といった現場からの金言によるものだったし、立場が変わってSIT側が狙撃体制に入った時、うつぶせて構える(=伏射)ため、相手が撃ち返してきた場合、首がのぞきやすい角度であるため、首周りはスナイパー兼用でもある限り「タートルネック状」であるのが望ましいのである。

 自動小銃MP5を構えた林さんが撃たれたシーンの報道VTRを見ると、防弾盾を構えた前列の隊員の背後に立って、(二人一組の編成で)2つのうち「左側組背後」に位置していた林さんが撃たれ、力なく崩れて行ったシーンがリプレイされている。

 気が付いて欲しいのは、同僚の林さんがゆっくり崩れ落ちる…相手が発砲してきた!というのに、右側のMP5を構えていた隊員が、なすすべもなく銃口を上に向け、「捧げ銃」のスタイルで発砲を直ちに放棄してしまっている様子である。

 これは何なのかわからない?
 『近付いたら(倒れている方の)警官を殺すぞ』と”大林が警告”している状況下、ジュラルミン色の大盾と、暗い色の小型盾との二種類を警官らが持って接近した。

 結論を先に言っておく。
 この林さんの遺族は直ちに警察庁・愛知県警・製造メーカーおよび発砲した犯人大林の4者を相手に、民事訴訟を提起すべきだ。
 1)警官という人命軽視
 2)誤った脆弱な装備を支給した事による使用者管理ミス
 3)「負傷警官収容作戦」の部隊運用ミス

 すべての原因は、日本の警察が伝統的に体質となってもはや気付かなくなっている、『警官という人種に対する人命軽視』から始まっている。
 まだか、やっちまえと煽り立てる風にしか聴こえないマスコミの論調も、明らかにそこに手を貸している。

 あのジュラルミン色の(おそらくチタン製の)防弾(?)大盾は見たところ、38口径あたりを停めるのが限界だろう、「真ん中あたりに」飛んできた多くの弾は貫通したり割ったりしてゆくに違いない(おそらく一枚15万円以上?)。銃眼もあるが、あんなシロモノから銃口と目を覗かせているなんて考えただけでもそら恐ろしい。

 いずれにせよ、ボクだったら同じあの盾1枚につき「2発目はゼッタイに喰いたくない」。
 それより何より、あれを同僚と並べるのも恐ろしい。
 あの大盾の描く表面の湾曲は、開発者が
 『飛んでくる銃弾を、あの盾に当たり、それが”跳弾”するといった弾道学の常識を想定』しておらず、『あんなモノを複数並べて、阻止線のようにして守った場合』に、その滑るような跳弾が隣り近所の盾に及ぼす影響を考えた事が一度もないのだろう。

 たぶん設計者は『全学連が石を投げてくる事』ていどしか考えたことのないアタマが考えたのか。

 おそらく全国の機動隊にジュラルミン盾を買って貰った「西郷隆盛の末裔」が創業家のベッタリ業者のところの作品とボクはヨんでいる。

 あの「負傷警官救出部隊」が手にしていたもう一枚の小型でまっ平らな暗い色の盾が、アメリカモノのパクリ。小社が寄付して差し上げたものの「国産パクリ版」だろう。寸分違わないもの。

 あのようにフラットな形状が『対銃弾用』としては一般的とされる、防弾盾は「湾曲していては危険」だからとの、50年も前からの経験則によって生まれたのである。

 立てこもる建物に近付いて行く、
 a)相手の位置はほぼ平行
 b)短銃一丁、相手射手1名
 c)中間に動けぬ負傷警官
 
 動き始めた隊員の数に対して、これを守る盾の数があまりに少なすぎた。
 「1/3」の枚数だったのではないか。

 発砲のタイミングからいって、犯人は「倒れている警官」が収容されるのをやり過ごし、バックアップに「立っていた林隊員」を狙ったものだった。
 ところがこの編成、自動小銃まで構えてバックアップに入っていたのに、そうして銃を構えている右側の隊員がああして「発砲放棄」のポーズ取ったのはなぜなのか。
 
 これはおかしい。
 犯人が発砲してきたら「直ちに応射せよ」との命令がなかったら、これは間違いなく自殺行為である。
 同じバックアップ役(=林氏)が撃たれていながら、撃たないなんて理解不能だ。

 これをヨむと、彼らはおそらく「『撃つな』との命令」が浸透していたからなのだろう。
 これでは「わざわざ挑発に行って、撃たせるだけ撃たせろ」という作戦に似てしまっている。
 こうした場合、強行偵察といって、「銃の数」「犯人の数」が不明な時にしか行わない作戦だ。

 それにしても「盾を持つ防御役」の人数が少なすぎた。

 同じ愛知県警として、もしかして、上からの命令を無視して5時間も放置されたままの仲間…を、救出に行った「美談」としてしか思えない。
 まさかとは思うが、このシチュエイションを考慮すれば、この盾の数ではあまりにおかしい、作戦の成否に客観性がなく、さらには無謀すぎた。

 ガッチリとスクラムを組んで、ゆっくり時間を掛け(建物ウラや横からの陽動もでき)て「まず負傷警官を盾で守り」、ゆっくり下がっていったとしたら、この男を刺激せず、自動小銃で狙っている男たちを見せなければ、大林にしろ林隊員を射殺には至らなかったかもしれないのである。
(どうして長いレンジから狙撃バックアップを考えられなかったのか理解不能だ)

 『撃ってきたら撃つ」。それは原則だ。
 だが、そんなもの相手大林の凶器(=短銃一丁)を見れば、脅威に当たるわけがない。
 SWAT式に、家そのものを破壊してしまうつもりなら最も簡単だ。いつだって誰だってできる。

 大事なのは『ねずみはネズミ』として置いておかなくてはならない事だった、『窮鼠』にしてしまったら、他に被害が及ぶのは避けなければならない。

 何度でも云うが、『撃たずに武装解除させる。日本警察の交渉術』を今やアメリカ側が学びにやってくるほどなのである。それを『犯人は警察官を撃っている、そこでアメリカならもう発砲して突入ですよ』と半ば小バカにしたようにうそぶくディヴ・スペクター氏、そんなに「頼もしい警察」が恋しいのだったら即刻、アメリカに帰りなさい。

 あんなバカ野郎、ボクだって『ぶっ殺した方がいい』とは思う。
 いい年して髪長くしやがって、シスターボーイじゃあるまいし、バカヤロー。
 別に髪が悪いのではないが。

 だが、落ち着いて良く時系列の順を追って考えると、あの男は警官や子供らを撃ってはいるが、林隊員を撃って殺したのは「警察が動いてから」のことで、しかもヘタな運用からみすみす死に赴かせたような悲運は誰を恨んだらいいのだろう。

 ディブとまったく同じ発言をした「即戦即決論」の佐々淳行先生。

 その段で同じように氏が『私が解決した』と戦果発表した、あの【あさま山荘攻め】。
 その佐々氏の”鉄球破壊”先頭の攻撃命令から、じっと息ひそめていた(止んでいた)銃口を起こす事になり、ほんのわずかな間に警視庁機動隊長クラスの2名が正確に顔面をブチ抜かれ(即死)た事には、反省がないのではなかろうか。

 あれは、「人命尊重」という美辞麗句には、『メンツのためなら警察官の生命は含まれない』という同音異義語と、あの日以来解釈されるようになった。
 それとも先生のお考えは、この愛知の事件は「単独犯で短銃1丁」だけ…だから、というシビアに戦力分析できるからですか?

 この事件発生後、「銃器犯罪」につき対策を問われて、各省庁で検討する『プロジェクトチームを発足させる』と、カンシャク持ちの官房長官が発表なさったが、なあにがプロジャクトチームだ(ば〜か笑)。

 そもそもご覧の通り、当の警察庁担当キャリアらをして前進も対策できず、せっかくできた(ボクらの)物さえも後退・停滞させたままにして葬ってしまうのだから、今度は一体どんなキャリア様が助けてくださるのか、見ものではないか。

 それよりも何よりも、現場やベテラン捜査官のアドバイズや提案を、今こそ銃撲滅に向けて”警官階級をまず取っ払った自由な意見交換可能”な研究の場を設けることである。
 彼らの度し難い階級制度は、上(警察庁職員=国家公務員)が
 『これはいいからこれを着なさい』と云われたら、下の者(東京・警視庁職員=地方公務員)は文句を言えないということが基本にある。

 これを取っ払って本当に良いものだけを追求するなんて、明日からでもできる簡単な事だ。
 
 そして「交際費がからまない」防弾装備納入(笑)を再検討する事からだけでも遅くはない。

 ああ、その前にこうしたものにも絡む、「不正の暴露」のほうが先だったかな?

 写真:一見強そうに見えるSAT隊員用防弾装備。
     これは意図的にだろうが、現在彼らの「背中側からの銃撃には丸腰」状態である。
(警視庁発行カレンダー「機動隊」より)