【2006年5月】
5月18日(木) / 何度でも云う「13000円」と、
(^o^) まあまあ
笑った、福井市のお得意様が、山田さんが粋なご祝儀を、闘病中の松井につけてやったからだ。
横浜市の不動産屋が破産して手持ちの「売れそうなものを差し押さえ」市が住民税未納分との相殺を図ると、今月はじめオークションを開いた。
そこに出たのが【松井秀喜サインボール】だった。
市の担当者らは
【これが本物かニセモノか分らず、鑑定書らしきものもない、というlことで"取りあえず"9800円から競売を始めた】と、資料写真をCXの朝ワイドショー【とくダネ!】が取材にやってきた。
鑑れば、松井君の2年目くらいの筆跡。本物にはちがいない。
ようやくスムースにスペリングが走るようになったばかり・・・といった字ヅラから、《2年目》と大胆に仮説立てると、どうやら写真には写ってはいない側面の印字には「ドームでのヤンキース開幕戦」でのボールを表す印字をN記者はメモしてきていた(そういうのは早く見せなよね)。
うんうん、そうだろそうだろ・・・と自己陶酔(2004年=松井2年目)。
だけど、サインの質が「背が低く、あまりに感情のこもっていない起伏の高低差がないもの」で面白い筆跡ではない。
ちょうど、中学生の「筆記体練習帳」に連なっているあの調子のものだ。
よくある、オフィシャルを売り文句にしてある「サインビジネス屋」さんへの仕事(右から左へボールのサイン面をバケツリレー式にペン先に持って行き、必要最小限スターが指を動かすだけ・・・というセッション)から生み出された、いわば《お金を出せば買える品》。
だからボクは、【1万3千円】と"自分なりの"評価額を出し、さらに
《今は松井のサインものの底値。それは「WBC拒否」という自分が蒔いた悪いタネのもたらしたもの》そうコメントを補強しておいた。
さらに、《オークションというお祭り相場、ご祝儀につけてよいとしたら「3万円以内」でしょう》、《生きている者のサインなら、死なない限りサインは増え続ける原理考えたらこれくらいで充分》とCXへのコメントを結んだ。
だが案の定、OA分は
《う〜〜ん、そうですねぇ「1万3千円」ですね》との言葉のみ。
ここでも「起承転結」など、やっぱり期待できなかった(苦笑)。
しかし、小倉さんがスタジオに帰って、
《ここで報じたから、きっとオークションで値が上がるよ》とアブラを注ぐ。
すると一気にその日のうちに「7万円まで上昇」するという現象。
やっぱり、ヤフオクを散見するまでもなく、この世の中のこころというものは「ひ弱い」。
「ニセモノか本物か判らない」まま、セリにかけるほうの神経もどうかと思うが、これで安心して買いに入れるムキが増え、ちょうど「水門が開いた」のだろう。
それにしても何かの決断をするのに、誰かの大声に頼るきっかけがないと目の前のごちそうにも手を出せないらしい(これはそれほどのものでもないが)なんてちょっと淋しい。
苦笑いモノのこの”現金”さには、横浜市から少し鑑定料を頂戴したいところである。
ボクはふと「ひょっとして?・・・危ないなあ」と思い出し、お得意様のひとり福井の山田さんにFAXで「明日の朝同番組でのコメント出演」を報らせた。
すると、今日の報道ではその「山田さんが10万余りで落札」と、報じられ、カメラまでがあの豪壮な邸宅の内部に招き入れられたものだから、我が家は苦笑い。
あんなもの程度が欲しいなら、然るべき業者から買えばいいだけのこと。
云ってみればこのオークションロットの競っている段階で、思わぬ神風が追い風となったのはたしか。
そう、あの骨折事故報道の「お涙頂戴劇」が功を奏し、一気にその松井サインモノへの関心が高まり10万円台へ。
だいたい、ああした”差し押さえを喰ったような”ものなんてしょせんは「恨みのこもった品」で、よした方がいい、とボクは年寄りのような考えを持っている。
氏のコレクションにしろいくら壮大とはいえ、せっかくの実使用品と、「単なるサインもの」とを混同して隣り合わせに鎮座ましましてはお隣同士、お互いが気の毒だと思う。
だが、一代で富を気付き上げた氏によれば
《長嶋さんは私の生涯の師、長嶋さんがいなかったら活きてはいけなかった。だから長嶋さんが愛した松井君は私も大切にしなくちゃとおもうているんです》とかねてからおっしゃるので、きっとこの根拠の見当たらない高額落札の意味は、骨を折った松井君へのお見舞い代わりなのだろう。
ちなみにこの金額は「単なる松井シングルサインボール」としての最高値。
良い子はマネしちゃダメよ(笑)。
おととい、ドームへ久々に行った。
「福岡対巨人」戦。試合前に両軍ベンチを訪問。
約200人は報道陣詰め掛けていた。
まず小久保さんに《(師匠の)高畠さんの納骨の際に、未亡人を囲んで薫陶を受けた者たちが集まるのに、小久保さんがまとめて欲しい》との要望を云いたかったこれが今日来た要件の1。
彼にボクは今年、開幕前に【セリーグMVP】の賭けを突っ込んである。
かなりいいカンジ。
彼の戦う姿の背後に、不世出の名コーチ「高畠導宏」の霊が宿っている。
大きなタイトルを獲らないなんて信じられない。そう思って彼に賭けた。
王さんが報道陣の両壁をぬってベンチに引きあげてきた。
パッと顔を上げて
《おぅ、やあやあ、元気ぃ?》と肩を叩いてくださる。
キャンプに行かなかったことが恥ずかしい。ひたすら頭を下げるのみ。
そしてボクというコウモリは、巨人軍ベンチへ(笑)。
選手がアップ練習で出はらった後、すれ違いに顔を出したボクに、首脳陣が目を丸くしていっせいにこちらを見る。
《あ〜〜〜お久しぶり〜。マエノさん。どうしたんですかぁ》と原さんが、席を立ってやって来てくれた。ガッチリ右手でこちらの白魚のような右手がガッチリつかまれてしまった(笑)。
《(巨人監督再就任直後の旅行は)ありゃぁ楽しかったですねえ〜。出逢えてじつにエンギが良かった。またオフに行きましょうよ。》原さんは大きな白い歯そして真正面から眼を大きく丸めてまくしたてた、本当に嬉しそうにしてくれた。
あの時、あの「晴れ晴れとした・・・」と何度も当【気ムズカ日記】でも書いた九州旅行中の(期せずして全員集合となった)原内閣メンメンの爽やかな雰囲気こそ、巨人軍ひとつに留まらない、新しい球団運営の始まりを彼が宣言したメルクマールみたいな旅となって、ボクはその瞬間に立ち会うことが出来た幸運の持ち主だったのである。
だから、といってはなんだけれども《個人的ひいき》に関係なく、セリーグの優勝は迷うことなく【巨人】と賭けた。
彼への再登板を依頼するにあたって、巨人軍は長年続いた悪弊の数々を捨てる事と引き換えに、クリーンなイメージの原内閣に交換条件として《全権委任》を現場に託したのである。
そのいわば「老害政治から、純然たる野球人による政治」と評すべき政権交代の瞬間のまるで"打ち上げ旅行"みたいなものを共有できた者を、こんなに原さんや村田チュウさんらが喜んで迎えてくれるとは・・・ボクも素直に感激した。
《厳しいでしょうけどかならず優勝しますから、オフにご一緒しましょうね》と、また握手。
う〜〜ん巨人ファンになっちゃおうかな、オレ。
「関係者食堂」に行って、自動販売機でアミノサプリ(氷入りカップのタイプ)これが150円は高い。
巨人ファンを残念だが辞めることにする。
だけどスタンドで売っている、正泰苑の「焼肉弁当1500円」と、叉一順の「貝柱入りシュウマイ」はすこぶる旨いので、巨人ファンを迷う(笑)。
そんなことを考えながら、「氷がカルキくせえよ」と内心文句云ってると、
《あの〜、ちょっといいですか?訊きたいことがあるんですけど》と背中で声がした。
振り返ればあの《西本聖》さんではないか!
この間、ドームに入ってからたった50分、メチャクチャ濃い人物往来なのである。
今度は西本さんか・・・(気が向いたらつづく)
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5月17日(水) / 強いだけに「より軽い階級」に?
(^o^) まあまあ
亀田興毅の重量が「フライ級」から、ひとつ軽い「ライトフライ級」へと変更になった。
これは当【気ムズカ日記】でも指摘してきたように、彼のパンチが「早いが軽いといった限界性」を先に読んだ陣営の健全な退避策である。
つまり、興毅のパンチ力ではフライ級相手では
『全戦全KO』といったお約束の”TV用パフォーマンス”が保証できないと踏んで、こんな「安全策」を選ばざるを得なかった・・・からだと、ボクシングの世界を少しでも知る者なら気付くカラクリなのである。
つまらない、マイクだのマイクスタンドだのに、貴重な活字を割いてきたマスコミ各紙も、ボクサーにとってこれほど大事な階級変更なのに、この報道については人目はばかるようにサッと消え失せてしまう程度だったのは何故なのか。
さすがに彼らボクシング担当記者らも、単なる開きメクラではないという事がよく判る。
彼らとて本気で彼らの翼賛記事を書いているわけではないことがここ察することができる。
だが同時に判ったこともある。
《百も承知の上で》あのノックアウト猿芝居に一口からんでいる「確信犯」であるということもだ。
たった一日限りの「筑波山での山ごもり」なるものは、ロードワークはまだいいにしても、「軍鶏追いかけっこ」「丸太挽き」「ソバ打ち」(笑)ととてもアットホームなもので、当方としてはあのニホンザル一家のことだから、単純なソバ打ちなどとはとても思えなかった。
きっと
「血みどろになりながら、人に見立てた"練り蕎麦"製の人形とかをドスンドスンと夜明けまで打ち続けさせられる特訓」とか(笑)、
「コブシ一個で丸太を片っ端から切り倒す」などと女性ファンが卒倒しそうなメニューが組まれているものだと信じて疑わなかったこちらがバカだった。
『なんだ、「フツーの蕎麦打ち』じゃん、なんだ、「蕎麦を束ねて包丁で切って」いるじゃん。』
てっきり、あの教育パパさんのことだから、カミソリのようにパンチ繰り出して「一人前くらい自分で斬ってみんかいっ!」と、竹刀でひっぱたくとかを期待していた当方がバカだった。
ハハハ・・・「山ごもり」も安くなったもんだ。
これでいいなら、シンガポールから日本拳法の奥義が記してあるという「巻物」を格闘技の仙人から伝授してもらうために、八甲田の山中で雪中行軍までしていた一家のつめの垢でも呑んでもらいたいものである(笑)。
さらに《近所の人7人分》もつつしんで呑んでもらいたい、この人たちの存在がとてもいい(笑)。
それにしても騒動の途中で『私に違いない』と名乗り出てきた人が素晴らしかった。
「代表著書」としての自己紹介に、荒行をしている写真を表紙に配した【いい加減人生】というステキな本を自費出版されている自称格闘家「本家」のセンセイが忘れられない。
シンガポール連中が『そうかなあ・・・』といぶかしげなのに、センセイは
「いやそうに違いないんだ、なつかしいなあ、あなたのお父さんの名にはかつて聞き覚えがあるっ! たしか頑固な方だったと記憶しているが、そうじゃありませんか?」
『・・・まぁ、そうだけど。いや、とてもお父さんは優しかったです』と母親や近所の人と顔を見合わせる・・・いった調子で、どうボクらが聴いていても、はっきり”違いますとお言い!”と、アドバイスしてやりたい様子なのだった(笑)。
でセンセイは手持ち無沙汰に、嘘くさい巻物(金紗がイイ!)を20センチくらいヒモといて、しかもカメラには伏せた角度でもったいぶるのだが、どうせ内容などアヤシイに決まっているのだから(笑)「視聴者目線テキ」にはどうだっていい瞬間でもあったのだった、それは翌朝の職場や学園で誰も訊かない「亀田興毅が勝ったかどうか」くらいに(笑)。
で、今回はフライ級には「WBC」「WBA」ともかなり強いチャンプが君臨しているので【まさか】のシナリオに向け、弱そうなひとつ下に落として年末商戦に向けるのである。
できない相談だろうが
『あの階級にはどうしても倒れないと恐れられているチャンプがおるから、オレがぶっ倒してやりたいからのう、階級をそこへ持ってくるんじゃ』
こう云ったとたんに、ボクなら素直に頭丸めてすべての邪推を詫びて亀田一家の信者になるんだけどなあ(笑)。
このWBCでの最軽量級への転進を今計るのも、各民放の恒例『大晦日血みどろゴールデンタイム戦争』に向けての布石と観るのが正しい見方だろう(笑)。
この晩の生放送で『ノックアウト勝ちで世界チャンプに輝く』というシナリオが、TBSが狙うこの大晦日最大のキラーコンテンツなのであろう。
先日の5月5日【弱い者いじめの日】イベントの視聴率で、「瞬間」とはいいながら、「40,5%」もの視聴率を稼いだ。驚異的な数の人々が、あの瞬間(ニカラグアの子持ち苦学生が一家を食わせてゆくための出稼ぎバイトで倒される劇)を覗いたことになる。
弟大毅のデヴュー戦で、タイ国のランクにも入っていない空港職員を一発フックで倒すいじめも日曜の昼なのに「21%」程度を瞬間記録した。
放送界全体はこうした【創られたKOショウ】の残す高視聴率にはそろって「口アングリ」の状態である。
それは、5/5までは「TBS限定」だったあのサル軍団が以降、有力局方向を向いた外交に切り替わり、スポット的な取材やスタジオ出演をはじめた現象でもよく分る。
だが何にだってウラはある。
ボクは同時間帯(つまり裏番組)の番組関係者にリサーチをかけたところ、なんと驚いたことに一様に口を揃えるのである。
『瞬間はさすがに分別視聴率ではやられましたけど、そのヤマが終わったとたんにかえって「いつもより上の数字」頂いてますよ。』
これは重大なポイントではなかろうか。
つまり、亀田兄弟がいかにああして「まぶしそうな目をして、リングでパフォーマンス」やったところで、しょせん取るに足らない数字しか取れず、結局は”周囲”がセッティングしてくれた「かませ犬」を倒す瞬間を、"見届けるためだけ"のためだけにチャンネルを必要最小限だけあわせ、「確認作業」が終了後、さっさと他のパフォーマンスへと逃げ去ってしまう・・・という興味深い行動パターンを描いていることを物語っている。
だから「40,5%」という数字を、「亀田ブーム」の作った数字と解釈はできても、”「亀田ファン」のもたらした数字”という事は間違いなのだろう。
某スポーツ紙記者が取材にきた。
『亀田兄弟が山ごもりで、作った丸太の丸い幹にサインをしたのですが、いくらくらいするでしょうか?』
「あれはボクシングと呼ぶべきではない段階の人々なので、通常のボクシングマニアたちがお金を出すとは考えられないので、"ゼロ"とすべきです。」
『へ?だって”あの亀田兄弟の”ですよ・・・』
「あの程度の相手を倒した・・・というキャリアしかないボクサーに、こんなせちがらい世の中に貴重なお金をどれだけの人がサイフから出しますか?。」
「また大事なのはスポーツマンとして"後世となっても語り継がれるかどうか"が価値を維持してゆくポイントなんです。では(記者の)あなただったらいくらならお金をそこに出して買いますか?」
『う〜〜〜ん、たしかにそう云われてみたらそうですよね。出しませんね(笑)。』
「でしょう、だったら読者にも"出させちゃいけない"んですよ。格闘技では定評のある御紙なんですから、しっかり見識というものを見せてくれなくちゃダメじゃないですか。」
当然ボクのコメントはその新聞には載らなかっただろう。
虚しい騒動である。
PRIDEだの猪木祭りだのに、山口組はじめ各暴力団組織が乗り出しているという"マットの下"が事件化して、おまけに各民放のエライさんまでの深い関与が捜査線上にまで浮上している。
眉をしかめるのは簡単だ。でもだからといってボクはまだ、「目の前の圧倒的に弱い者をイジメる」ようなリンチゲームを眺めるよりも、本物のワルたちの祭典の方が(笑)よっぽど教育上には正しいように思えてならないのである。悪くないに越したことはないけれども。
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5月12日(金) 意外な甘言、そして苦言(未校正)
(^o^) まあまあ
松井秀喜が左手首を骨折、戦線を離脱を余儀なくされた。
彼に対してさんざ当【気ムズカ日記】では言をきわめてののしってきた。
だけど、こうなった以上彼の無念を思いやりたい。
WBCが燃え上がると彼の周囲が心配して、W文春に「独占インタヴュー」としてページの都合つけさせ、イメージ回復の情報工作をしたり、陣営のショックはただでさえ大きかっただろう。
そこへ持ってきて「何クソ」と力入れて飛ばしてきたツケが回り、最近ではやけにボールをこする・・・といったミスショットばかりが目立ち、下半身に疲れが出ているらしく肩に余計な力が入っていた(その結果=こする)ように映っていた。
彼としても「日本のファン」よりも、「ヤンキースオーナー」をああしてカタチとしてはっきり選択してしまった以上、思い切りそれならそれで【ヤンキース愛】にひた走り”本懐”を遂げたいところだったのだろう。
その矢先のアクシデントである。
彼のグラブは、通常の外野手用グラブのポケットとは異なり、(本人のこだわりか?)ポケットがウェブ直下でなく「掌の下部」にある。
ちょうど、滝つぼのような場所にボールを落ち着かせるといったイメージだ。
だから飛球に対し、外側にグラブを伸ばしてボールをキャッチする場合、普通にファーストミットのようにウェブにはさむようキャッチすれば問題なかったのだろう、土をつかみに行き結果、手首を折ることもなかっただろう。
誤算は他でもない「素晴らしくフカフカした密度の濃い芝生」にあった。
あれが密度の低い芝や、手足の短い芝なら何も問題なくグラブは滑ってくれたことだろう。
フッカリしたソファに、広げたグラブがグリップしてしまったことが最大の原因だ。
シュアなキャッチをしに行ったことがかえってこうした悲劇を招くとは・・・。
そうした芝生の育成(実は「刈る以外」なにも手をかけていない)こそ、メジャーリーグ球場の伝統的なケアであり、云ってみれば「歴史の重さ」が松井に意地悪をしたのであった。
【WBCに出て怪我でもしたら・・・】といって、ドロをかぶる選択をした松井、さて復帰してきた時にこの非情なチームの出方はどうだろう。
「メジャー球団と選手」の関係は、常に選手が【売り手相場】でなくてはいけない。
選手が球団相手に、下手に出たり情にからめたところで、彼らは決してそれに流されることはない。
日本人選手やそうした代理人はこの点、まだまだ認識不足である。
ミジメな形で松井がさらし者になどならなければ良いが・・・。
ところでボクは、清原和博という選手につき「自分の中でのランク」を少々下げることにした。
もっともこれはあくまで私的なことで、シュミ的な程度の問題で、取引に関して金額を左右するようなことまでは持ち込まない。
というのも、あの死球渦問題で「負傷した左手指」と、古傷の「モモの肉の違和感」である。
ああしてボールにぶつかって、ケガをして。診断の結果「交流戦」の1/3まで欠場をしてしまう。
そしてケガをして病院へ行ったら「子供が泣いていた。今度こうして生命をかけてやっている自分にぶつけてきたら、生命をかけて報復をする」といった戦闘宣言を、誰に特定することなく「対戦投手全般」に対し発していた。
ずいぶんと安っぽいイノチではないか。
そもそもあの日ハムダルビッシュ君から受けた死球から検証するが、あれはボクが主審であったなら間違いなく
《ボール》と判定し、ボールデッドにしただろう。
あのボールは各局のVTRを幾度観ても、間違いなくボールは「右打席のホーム側白線上」の空間を通過する途中で、清原の左手指によって墜落させられたものである。
3塁側から撮ったカメラなら余計に現実よりもその白線よりホーム上にボールは位置して映るはずだ。
しかし、そうしたアングルのカメラ映像でも「衝突場面」は《白線上》である。
これは「バッターボックス内」と解釈する事もできる。
だけど、あの辺りを通過するタマにまで接触されていたら試合にならない、だから審判によっては”ああして”避けようという動作をしていない打者に対して、主審は
《ボール》をコールする権利を擁しており、自分もそうされたことがある。
(また逆に、そうしてヒジを本塁ベース側までセリ出して接球し、「死球だ」とアッピールする卑怯な打者を打席に迎えた際、主審に「そうした接球は投球妨害にも相当しますよね」と、打者をけん制したこともある。)
ヘソの近辺という高さ、そして打席白線上。
それを避けようともせずぶつかり、死球を稼いだばかりか、真価を問われるべき《「対巨人戦」を回避してしまう結果》を招き、それを《内角球のマネジメントをロクにできないような投手には容赦しない》と息巻く。そして息子らも泣く・・・。(笑)
これって、清原君のウチのほうの方々がかつてよくやっていた【当たり屋】という手口にほかならないとボクは思う。
カタギの者の車やバイクに接触し、治療費だ休業補償だと騒ぎ、それを商売にしている連中である。ボクはこうした”方面”については詳しく(笑)、逆にボク(がバイクで走りすぎようとする際)にそうしたバカが当たって来ようとした直前、瞬間的にその怪しい目配りを見てハンドルを逆に交わしスピードを上げること(通常ならよりひどくぶつける形)で、事なきを得た経験がある。
なんとそのオヤジは、(車道上走行中)ボクのバイクの前を普通に通り過ぎるフリをして、そのやり過ごす瞬間、なんとそのバカは、ピョンと真後ろへ跳び下げて接触事故を起こそうとしたのである。
ちょっとでも体の一部が走行車輌に触れたら、直ちに安全な方向に彼らは転び、その転んだ勢いでテキトーに怪我を負うといった寸法なのである(苦笑)。
だから、すべて想定内の「痛くない負傷」で、”病室に行っても行かなくても良い範囲”の「ケガ人一丁上がり」となるのが常套手段なのである。
警察もこの連中の「被害者歴」は充分に把握済みだが、基本的に【交通事故に恣意的犯罪なし】とマニュアル的に決まっているので、お馴染みさんと調書を取りつつ気付いても、
《えぇ加減にしとけよ》と苦笑するのみでフリーパスなのである。
この火曜日に、ウェスタンリーグの試合を観に、久々に神戸に行ってきた。
その晩には雨の中、《「オリックス対巨人」》が強行されていた。
ど田舎にあるウェスタンの球場は、観衆100人そこそこだったろう。
だけど彼らの試合ぶりはすがすがしかった。
試合後、秋山監督から叱られベンチ内の若者(数人大ベテラン)らは首をめりこませ小さくなっていた。(そうした場面まで立ち合わせてくれた)
この球場に来るのに、新神戸で新幹線ホームの下から出ている「北新高速鉄道」で六甲山脈を向こう側に抜け、有馬温泉の先山の中をコトコトと、3両連結(それなのにワンマン運転!)の古ぶるしい神戸電鉄でさらに異郷(岡場駅・そこからタクシーorバス)にまで迷い込んだ場所にある。
この電車は地元民の間では「(冬に雪が降ると)しょっちゅう脱線するしな」と、苦笑いされるけれども憎まれていない鉄道なのであった。
その電車に今日から始まる「バファローズの本拠地でのセパ交流戦開幕」を報せる車内中吊りがぶる下がっていた。
そこには【巨人軍ナイン】それを反対側からバットスウィングで迎え撃つ中村紀、そしてその先頭には清原がダイナミックに配置されている絵柄。
百歩譲っても、あの程度のボールをよけられない運動神経ならばプロを続けている価値はない。
またそれが打席内だと判断するような視力ならスポーツマンである資格もない。
またそれを投じたダルビッシュのような、(清原を憧れている)この道を選んで間もない若い者の投じたボールにケチをつけて萎縮させるなど、いったい男としての価値がどこにあるのか?
頭部付近を襲った球でもないのである。
こんなんで泣くような息子なのであれば、笑って抱いてやるのがオヤジとして当たり前なのではないか?
それを息子が泣いたといって、自分ももらい泣きするようなら、それは【若年性アルツハイマー】が始まっているのではないかとボクは情けなく思う、近くにいたら親子ともども怒鳴りつけてやりたいところだ。
高野進という五輪ランナーとやらが付きっ切りというこのオフのレッグケアーはどこへ行ったのか?。あれは単に【高野さん(某事務所所属)デヴューのプロモーション】だけだったのか(笑)。
思い起こせば、(自称)NFL御用達”アメリカ帰り”という触れ込みのトレーナーなどとはもうかれこれ10年にもなる。
この肉体改造でケガとは近くなったのかまたは遠くなったのか?
なんだか判らんが、周囲にジムやらトレーナーやら、それも高級セレブ感漂わせたユニットばかりと縁ができるのだけは順調で、ご自分は未だにテメエの身体をテメエで守れないではないのか。
だったら、「内角球をコントロールできない投手」などとても笑えまい。
清原和博には打席にボロボロになっても立って、ケンカ野球のまっ先に立って敵に痛打を浴びせるのを期待してやまない全国のファンがいるのである。
それなのに、この【自ら招いたような欠場】のザマはなんと解釈すべきか。
間違いなくこの死球は清原が招いたものである。
ケガを治療に行く姿に泣いた息子が愛しいのならば、なぜ無事で頑張ろうとしないのか。
エルボーパッドや、プロテクターつきのバッティンググローブを特注し打席で武装したって、この「戦闘的」キャラにはマッチしこそすれ、誰も意気地なしなどとは思わない。
要は「打席に立ち続ける」ことに男を感じるのではないのか?
こんなの、活躍できないのを見せたくないため、サボる理由を探していたらおあつらえ向きのボールが来た・・・だけのことである。
同じ「当たり屋」でも、むかしの河内モンだったら【根性すえて出直せ】と笑われるのがオチだろう(笑)。
試合後、神戸市内に戻る道すがら、有馬の深い谷と山中をごとんごとんと走る、この車内を通り抜ける夕方の緑の風。
それを、かの広告がゆったりと受けながら後方に反って揺れる・・・。
【男気】に応えた・・・と、神戸にやってきた”男”の豪快な打撃フォームも揺れている。
どれだけこの対決を楽しみにしていた乗客がこの日を待っていただろう。
イチローが去った後、久々に神戸の人々はこの背番号「5」に励まされていたというのに。
あの仰木彬さんが今はいなくて、ボクは逆によかったのでは?と、ふと思った。
亡き氏の眼力の前では、あんなナメきった工作が通用するなどとは思えない。
そんな皮肉な、いかにも勇壮な写真広告がとても哀しく映った。
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5月3日(水) 5月5日は「子供だまし」
(^o^) まあまあ
かつて、シュワちゃんだったかが出たSF映画で、かなりバカバカしい映画があった。
それは近未来のアメリカで、人々が社会から受けるストレスを解消し精神的バランスをとるため・・・ということで、人に殺し合いというか、最後は一人だけ生き残るような殺人バトルをやらせ、それを観戦しつつ”精神衛生”をはかるといった、キーボードをこうして叩くのもイヤになるほど安直な設定の中心にシュワちゃんを据えて・・・とバカなものだった。
《殺せ!殺せ、やっちゃえ!》
檻から出され、殺しあう相手同士が対峙すると”ストレスを捨てに”来ている観衆がそう叫ぶ。
彼らは人間に思い入れなどない、どちらが勝ってもいいのである。
強い者を応援しているのも、「どうせなら勝ち残るほうの尻馬に乗っていたいだけ」のことなのである。
そこに集まった観衆はほぼすべて、できるだけスカッとした倒し方を観て(相手もお約束どおりの壮絶な最期を見せて、)この胸のつかえるような毎日の閉塞感から脱したいだけ・・・つまり上記のキチガイ映画での設定と何ら変わりないのである。
いつの間にかボクたちの日本という社会はそれと同じ、と云わないまでも相当に接近してきてしまったようだ。
同じような欲望を求め、またそれを「呼び物」にした周囲の大人たちが、「サル軍団」を引き回している。
ここに25歳の青年がいる。
彼は大学に通っていたものの、恋人が妊娠→出産となったため、大学をやめ働きに出た。
そして今は娘も2歳となって続けていたボクシングでの収入もアテにしたいし、再度大学に入学を果たしている。
将来の弁護士をめざす彼は、大学で夕方まで講義を受けてそれから3〜4時間、ロードワークやスパーリングのボクシングトレを行う毎日だ。
そしてこの人物が並外れているのは、そこから先、普通なら子供とたわむれて
「あ〜ぁ、今日は充実した一日だった。」と晩酌のひとつも煽りたいところだろう。
ところが彼はボクシングトレを終えるや「家族を食わしてゆくため」郵便局での夜勤の仕事をこなしている。
仕分けや配達を毎日消化して、”「今日」というもの”が初めてそこにある。
《人権を守って、貧しい人を助けたい。》と、彼は日本にやってきた記者会見で将来に弁護士資格が取れたら・・・の夢を語った。
彼の国は貧しく、長年の軍事政権が人間の権利だの愛だのといったものを、軍靴と手りゅう弾で踏みにじりながら支配してきた国だ。
そうしたなかでこんな夢を、初めて乗った飛行機(3度も乗り継いで成田にたどり着いた)を降り、初めてやってきた日本という外国で、異常な数の記者団を前に、目を輝かせそう語ったのだという。
彼はようやく【WBA34位】のランクを手にしたばかりの《プロボクサー》でもある。
カルロス・ファハルド、25歳。彼を招聘した理由は
《アスリートとして、観衆にボクシングの素晴らしさを見せるため》ではない。
《相手日本人ボクサーとグラブをまみえた際、なるべくシロウトっぽくなく、それでいて、壮絶にKOされるための【噛ませイヌ】としてのニーズ》を満たして、この働き口はまっとうされる。
”才能”が認められたとしたら、カルロスは《間違ってもこの日本人を倒せないだろう》と、協栄ジムという「雇い主」のおメガネにかなったことは否めない。
ボクシングの試合では毎年各国で、KOから命を落とすボクサーが幾人もかならず出る。
一方的に力量が違ったり、「勝つため」でなくて、「倒すため」といった”限度をはき違えている”ような未熟なボクサーが原因で、容赦のない打撃によるものが主な要因だ。
兄弟のサルはあせっている。
ただただ”カネのために倒すため”、一方的にアゴやテンプルを狙ってくるにちがいない。
そして場内のほぼすべては「カルロス(とキティポップ)」が一刻も早くぶっ倒されることを願って、絶叫するだろう、あの気の狂った映画のように。
そうとは知らない彼は、幼い娘のために、また若い恋人(未入籍)のために、一見裕福な国の白いリングに上がる。
名作【ロッキー】で、血まみれになって番狂わせ劇を演じて勝ち名乗りのリング上から、恋人の名「エイドリア〜ン」と叫ぶ・・・あのシーンに感動して涙を流す資格のある者など、この会場にいったい来ているのだろうか。
5月5日子供の日 有明コロシアム。
プライムタイムの同時中継(18:55〜)は「TBS全国ネット」。
■亀田興毅 世界前哨戦・最終章
19:00メーンイベント開始予定
@ <メーンイベント フライ級 10回戦>
亀田興毅(協栄/WBAフライ級4位)
カルロス・ファハルド(ニカラグア/WBC世界フライ級32位)
A <ウェルター級 8回戦>
渡部信宣(協栄/日本ウェルター級5位)
ルイス・オカモト(相模原ヨネクラ/日本ウェルター級9位)
B<スーパー・フライ級 8回戦>
亀田大毅(協栄)
キティポップ・サンディジム(タイ)
@《4位vs;32位》・・・・(笑)
【史上最もランクの低く、そして”最も高低差がある”ボクシングマッチ】ということだろう。
これを指して《ミスマッチ》という用語で呼ぶのである。
おまけにそれを「子供の日」のプライムタイム時間枠で、【弱い子を、強くて悪い子がいじめ抜くシーン】見せ物にして全国に流すわけである。
テレビに「レイテッドR」とかの年齢制限をもたせて然るべき企画の「いじめ奨励番組」でしかない。
もはや道徳があるとすれば「成人指定」だろう。
教育とか、思いやりとか誰も何も考えないのだろうか。
こんなの野球なら《ヤンキース対シダックス》よりも実力差があるだろう。
亀田興毅など弱いけれども、相手はシロウト同然なのである。
ひょっとして辛うじてこびりついているランク=「32位」などは、”ひょっとして”日本側がカネで装飾して取って付けてやった結果ではないのか?調べてみたい事柄である。
Aの協栄の秘蔵っ子、渡部は21歳(だよね)で負け知らず。
それの相手は「格下、オカモトって30歳そこそこ」じゃなかったか。
これも【「KOシーン」要員】ということがミエミエで、こっちをこそ応援したくなる。
Bさらに 17歳の日本人ノンランカー(笑)。
わざわざ、この”サル軍団”の名物出し物=【よ〜いドン ノックアウト早倒しきょうそう】の相手として倒され役に借り出され、恥をかくのを日本人ボクサーは嫌がってか、再度タイ人の出稼ぎ希望者を引っ張ってきた。
スポーツ紙も、取材拒否でもされたらスポーツ紙競争からの一大事。
いきおいご機嫌ばかり取ってサルをおだてる論調ばかりだが、この”兄弟がらみの2戦”というもの「倒されまい」と、必死に抵抗するタイ人ボクサーに続けて兄弟が恥をかかされた。
《TBSさんすいませんね、今度のヤツは確実に大丈夫っ!!》
《今度のだけはブッ倒せそうなヤツ連れてきましたから、すげえKOシーン撮っておいてくださいよ》ってなものだろう。
連れてきたサンディジムなる者は、なんと(ただでさえあそこのランキングなどいい加減だというタイ国内でも)「ランクがない男」だそう(笑)で、
一部のスポーツ紙などは
《タイ人ボクサー》と書かず、最近では《タイ人》と書く「良識派」まで現われるようになっているのはせめてもの抵抗と読み取っている。
さらに唾棄すべきことに、
AとBの勝者で《KO時間が早かったほうに100万円》と、協栄ジムの会長がピン札の札束を見せて、両者2ショットでハイパチリというクソみたいな3人並びのフォトセッションを2日行った。
フツーなら(=八百長でないなら)、《相手ボクサーにも》等しくこの賞金は賭けられるべきだろう。
「格差社会」というものが色々なものを呼び込んでいる。
その社会ではこうした風景などには眉をしかめないのが当たり前なのだろうか?
倒される相手の気持ちなど、さらにそのボクサーの家族の気持ちなどを推し量ろうなどという、(「思いやり」でなくてもいい)せめて他人の心への想像力くらいはないのだろうか。
それはまだ、ついこないだあたりまで、日本社会にはあったような気がする。
あの「速いが軽いパンチ」しか身に付いていない亀田兄弟は、それなりに今は前記ヤラセもあって、ご繁盛なのだろう。
ああしたエンターテインメント、というか
絞めたり、殴ったり、蹴ったりという(舞台裏で暴力団が主導する)イベントを、大晦日の晩に一家団らん、どのチャンネルを回しても眺めて頂けるような異常な国情、それが日本のこんにちなのである。まっすぐこんな現象を直視しなければならない。
間違いなく彼らサル一家は、そうした《殺伐社会》のアイドルなのだろう。
たしかに、昼日中に「瞬間25%」の視聴率稼ぎ出すならTV局もスポンサーも黙ってついてくる。
ボクはその勧進元、同じTBS(MBS)の番組「世界ウルルン滞在記」(30日OA分)で、そのビンボーな国のタイの国内の話を観た。
それは幾人ものボランティアたちと共に、「身体に障害を負ったうえに捨てられた犬」たち、なんと1000余頭にエサを与え、リハビリを施し、さらに”1日100キロものシモ”の始末までして暮らす人物のドキュメントを観たばかりだったのだ。
番組はそこに”あの”KABA、ちゃんを送り込み、脊髄を交通事故で損傷させられ捨てられた、一匹の小さな歩けぬ犬を努力によって立たせ、彼(?)を号泣させるまでの番組の演出には素直に感動した。
そこの主宰者の女性によれば、驚いたことにこの活動は、すべてタイの人々からのカンパによって成り立っているということだった。
しびれたのは、そうした施設に「香り高い花」を数多く飾ることで悪臭をせめて中和しようとする心、さらに収入あれば施設を拡大してより多くを救いたいと目を輝かす姿。
ここでイヌの面倒を見る若者の表情はみなアゴを上げ、まっすぐに相手の目を見て、そしてそれが何より柔和なものなのである。
日本でもたしかにもの言わず、カゲで頑張っている人々の数は、どっこいタイにも負けず多いことだろう。
しかし、この若者たちに向かってボクら日本人が胸を張れる事といったらいったい何なのだろう。
えっ、もしかしたら彼らに負けまくっていないのか、多少のカネ持ちといっただけのことを鼻にかけるしか我ら日本人にはないのではないか、と、かなり寂寥とした気分にかられた。
イヌならぬたかがこのような”サル軍団”ごときを、「いかにも強く見せかけるためだけ」の仮象づくりに、こうした国の若者を、日本まで呼びつけ殴り倒すような「働き口」で誘引するなど、このまま続けていて、日本人として恥ずかしいとは思わないのだろうか。
じっさい【大毅に一発フックで倒されたタイ人ボクサー】を、先日の《噛ませイヌ》つとめた同国ボクサーは笑って片付けた
《あれは強くないよ。だってボクシング知らないだろう。空港職員だもの》と云って笑った。
さすがは、亡き先代オーナーから”定評のある”協栄サン、《い〜い仕事してます》ね〜(笑)。
おそらくこのサルどもから、世界チャンピオンに誰がなろうが知ったこっちゃないし、人気だって「原始人みたいなもの」なのだから、芸もないし、そう長くは続くようなタマではあるまい(そもそも「世界チャンプになれない」とボクは思う)。
そうなった暁に、「山本KID」あたりとのワル対決。
これは視聴率が取れる(笑)!。またそこで大晦日暴力団興行合戦とかが起きそうなほどのカネにまみれることになるのだろう。
だけどこの一戦は楽しみだ。
KIDでなくても、《こんな悪い奴らオレひとりでブっ殺してやる》とかいう、【善玉キャラ】が名乗り出てきたら、こりゃゼニになる!”率”になる(笑)。
TBSだってリサーチしっかりしてるから、世の中にいる(今は声なき声だが)「反亀田一家」勢力(笑)のふくらみっぷりを察知しているだろうから、そのうちそうした【アングルの必要性】をあざとく計算して、サル軍団を引き回す日もそう遠くはないだろう。
(それより「常識」でも教えるかな)
でもしばらくコレモンを重ねた末に、メッキが剥げ始めても”不屈の亀田”とかの「再生物語バージョン」なんか(笑)もアリだろうし、「それでもダメ」という最後の最後でKIDあたりとの「頂上対決」アングルこしらえて、「ハイおしまい」みたいな末路になるんだろうか。
この落ちぶれた兄弟に、再度出番が回ってくるだろう日こそボクの愉しみなのである。
「そうなったらKIDがんばれ!」と精一杯応援したいから(笑)
ハッ、いつの間にかボクの身体から「ストレス」が消えている・・・
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