【2004年7月】

7月23日(金)  『月収300万円の仕事』ありまっせ  (^o^) まあまあ
 知り合いが、トンでもないモノを頼まれた、というか持ちかけられた。
 『カジノバーの店長』である。

 そのバーの規模は、「梅宮アンナの元亭主」が頼まれたものほど大規模ではなく、またああした六本木のようなリッチな立地(笑)ではないため、比較はできない。

 『ひと月、300万でどうか』とのオファーであったそうだ。

 今回の摘発、逮捕で知ったことだけどあの元亭主とやらも、マスコミが報じるような『実質的経営者』などではなく、友人の就職口と同じ「雇われマスター」だったのは間違いない。

 六本木のあの辺りだと『個人で実質的経営者』というものは考えにくい。
 すべて「組」のドル箱資金源のあの地帯、『東声会(系)』か、『稲川会』とみるのが妥当(だからといってどうなるものでもないが…)だろう。
 いくら個人が看板になろうとも、経営は「実質的」ともなれば、直接間接を問わず、”個人のフトコロ”に入るワケがない。いぜれにせよいわばあの辺の”大家さん”である=そうした上部団体に流れるが常識なのである。

 昨今は、そうした「勝ち組」といわれる黒いおカネをつかんだ夜の紳士らが、六本木や新宿、そして横浜でそうしたアブク銭を、一晩で2倍にも3倍にも、いや逆に、一晩で「ビル一軒」を失ったりするなんてザラである。

 今回の摘発で、「テラ銭23億円」と一口に発表するけれど、警察テキに云えば、例えばバカラ「ひと勝負」で100万負ける…そして、またそれを100万勝って戻ってくる…これで『テラ銭は200万円』と計算する。
 そして、『一回ごとに(100万の)2割』、もしくは『1割』とかが、ひと勝負ごとに「賭場側のテラ」となって、いちいち天引きされ吸収されるから、”主催者側”にとってこんなにオイシイ商売はない。

 だから、『テラ銭23億』といっても、そんなのはそのまま鵜呑みにしたら見当違いもはなはだしいので、”実像”を何ごとにも大切にしたいムキは上記知っておいて戴ければ幸いである。

 かつて、カタギの衆のために一肌脱いでくれた頃の「侠客」というものは、こうして「賭場を開いて一家の経済をまかなっていた」ものを『博徒(ばくと)』と呼び、片や、縁日やらお祭りに集まる大衆にショッピングやらエンタテイメント(?)などを楽しませ、それら商業行為からアガリを収入源とした『テキ屋(的屋)』、この二つになりわいは分けられていたものである。

 それにしても、摘発された瞬間、捜査員はけん銃持っている者がそこにいる訳でもないのに、
 『手を上げろっ、動くな』と一座を威嚇するならわしがある。

 たしかにそこには『賭博セット』があって、客と胴元がいてカネが張られている…などの状況の現場保存、それに証拠写真撮影などにキャスティング(笑)しなきゃならない(指差せ…なんてさせられて)など、協力させる都合もあるわけだ。

 だけどこの『動くな』にはもっと、たいへんな意味がある。
 というのも今の(というか昔も)警察の執行は、その「賭場に来ている者全員の財布の中身はすべて、『バクチに使おうとして持参した』と勝手に認定されて、イヤでも全額没収、帰ってこない。

 別にボクはそんな非合法の橋まで渡ってバクチをしたい…神経など理解できないが、そうした最近のカジノバーの客らには『高級な酒がタダ…だというから来た(ホントにそうらしい)』『ネエちゃんのキレイなのがバニーやってるから来てみた』などと、賭場の紳士とはちがい”その他大勢組”がかなり居合わせるらしいから、『そこにいるもの全員検挙』ではちょっと気の毒に思う…が、釈放されたのちに負わされた家族への説明義務で『イヤ、別にバクチやりに行ったんじゃないんだよ〜』とか話したところで誰が同情するものか(笑)。

 だけどこの人は「ヤクザにバクチで負けた」んじゃなく、”警察に有り金巻き上げられちまった…”んだから、本当に「泣き寝入りするしかない…」という「絵柄」はちょっと笑えるのではないか。

 ちなみに”そうした場所”でのバニーちゃんらは、勝ち組の紳士から多額のチップも入り店側のギャラも高額…だけに、どれもこれも「上玉でスタイル抜群」なのだそうだ。
 「カジノバーのバニー」と、合法的におわす求人かけても、地方のお嬢様女子大生なんかが応募してくるのだそうだ。バカなんだろうなあ(一度バニーガールやってみたいという人種も一定程度いるらしい)。

 ただし、いちど摘発があれば彼女らは『店でどういったことが行なわれている』ということを”承知の上”で働いている…ため、ヘタすると『常習賭博開帳図利ほう助』となりかねない。

 さらに、先の「気の毒客」はおカネを国庫に全額カンパし、店側の者は『バクチをしませんか?!』みたいな働きかけの言動を誰かしたか、しなかったか、どこに居たのか…など、”警察側に立った調書”を「穏便に済ます」交換条件にとられ、だいたいが「書類送検」され、後日検察に出頭して「起訴猶予」で済む…はずである(笑)。

 友達は『そのカジノバーに手入れとか入って捕まったらどうなるんですか?』と尋ねたそうである。
 えらいっ!取材ゴコロがある男だ(笑)。

 すると男は答えた
 『”経営はあんた”がやってた事にする…ってワカるよね。それでパクられた時は弁護士とかはすぐに付けるから安心してくれ(ホントに安心かぁ?)。すぐに保釈してもらうようにするから(それって「起訴された後」ですよね 笑)。で、あんたなら前科はないから初犯だし、(一度入っても)すぐに出てこれるよ。』…だって。

 なんだか、梅宮元亭主も摘発2日後に、しっかり(カレが付けたの?)弁護士と共に警察署に出頭してきたりして、思わず上記のような『あ、あの話の通りだ…』と大笑したものだった”ただ、カレが初犯”かどうかは知らないが。

 さてあなた、コレで「300万」貰えますがこんなバイト引き受けますか?

7月21日(水)  『ヤラセか!?』なんて訊くなよ〜  (^o^) まあまあ
 月曜夜のよみうりテレビ制作、『kissだけじゃイヤ』ってヤラセじゃないのかって、家族はじめ多くの仲間からブーたれられた。

 これとか、「銭形金太郎」だの「明石家電視台」みたいにマイナー(だけど大好き)な番組を多く周囲にお奨めしている関係で、[おかげで面白かった]と感謝してくれないくせに、ちょっとでもつまらなかったり、今回のようにヤラセのようなことがあると、「それみたことか」すぐにクレームをボクのところに云ってくるから全く勝手な奴らだ、プンプン。

 ま、だけど最近はたしかにそう思われても仕方がない面はある。
 要は、もう少し作る側が視聴者側に「説明的カット」を入れてもバチは当たらないのに…という結論になると思う。

 ご覧になっていない方にも「進行」を云っておくと…

 紳助さん熊谷真美さんのコンビの元へ、出演依頼の男女カップルがやって来た(スタジオ出演)。

 彼らは本来2対2で付き合っている2ペアのカップルウチの一組であり、それぞれが「マブダチ」と「姉妹みたい」といった関係で、”カンケイ”だって、「それぞれの相手に戻って」も平和裏にしてきた。

 それがお互いがケンカして相談してもらっているある晩、お互いの”愛手”BとDに内緒のイキオイでやってしまった…。
 ”友達のつもり”だったはずなのに…それぞれの”愛手ちがい”をやらかしたわけである。

 こんなことは誰にだってありそうな過ちではないか。
 ところが彼らは20歳ソコソコなのに、その後ACともに懺悔の毎日で、この出場を期に何も知らぬ『本来のお相手』であるBとDに、「すべてを明らかにして謝りたい…」とのシチュエイションなのである。言わなくたっていいのに…。オジさんだったら云わないよ〜『見ざる云わざるきかざるにしとうこうネ』なんて。

 ま、全体の物語にはそれなりに『友情の美しさ』とかを前に、男女それぞれに悩み、また貞操観念にも潔癖に、これらを避けて通ることをあえてせずに謝罪がまず第一…と考えるこのACらの誠意に、ボクは心打たれた。だけど今回は、ここでその意義を深くは考えない。

 その「ヤラセ疑惑」というものはここからなのだ。
 最近の視聴者というものはうるさい。生意気とも云って良い(笑)。

 まず彼らが指摘し(まくりだっ)たのは、Aが本来の相手、B嬢を夕方の児童公園に呼び出し、カメラはBが来る前からAの腰掛ける姿を捉える…Bがやって来て腰掛けるけれど、きれいにフレームを動かすこともなく、まるで「座る位置に目印テープでも貼ってあった」ように、カメラはパンもせずに「2ショット」の完成となってしまう(笑)、実にいいフレーミングではあった、まるでドラマみたい。

 ここで「泣きと、謝罪」の愛憎劇が続いて、今度は(仕掛けられたはずの)Bが怒って別の場所へ移動。

 なんとまあ、オイシイ事に「ガラス張り二階の喫茶店」を選んで、そこからB嬢はケータイを取り出し、なんと、D男を呼び出すのである…。

 そして数十分後、夜の街に姿現したDは、カメラの前の舗道を横切り、まるで「スタジオ入り」するみたく(笑)その喫茶店の「ガラス張り窓際席」に座り、Bと向かい合う”偶然”…。

 家人らはここらですでに、我慢の限界らしく、ボクにクレームの嵐なのである。
 何でオレが怒られなアカンねん、ワシは「よみうりテレビ」かい(笑)。

 『なんや、”用”って…』というカンジで、「親友のカノ女」からの呼び出しにニコニコしながら相対するD。

 『あんなぁDクン、いまCちゃんとどうなん?』と切り出すB嬢、ここに制作側の意図が介在していないのなら、こんなに奇跡的にテレビ的な展開なんてちょっと珍しすぎる。

 切り出された事情を聴くうちに、みるみる頭に血がのぼって来た様子のD。

 「ならば」と、今度は「自分のカノ女=Cをここに呼ぶ」ことになって、Cはヒマしていたのだろうか、間髪をいれずにここに駆け付けるのであった。
 夜の街をきちんとCは1ブロック手前から現われ、カメラ前を通過することを忘れない(笑)。
 
 で…ガラス越しに、だけどうつむきながらも『こうしたタグイ』の話なれど、声はすべて拾えて収録されてしまう「奇妙な現象」がここにある…。

 ということは、全員にあらかじめ「1」「2」「3」とか書いたテープが貼られたワイヤレスなんかが、音声さんによって着けられていたのか?との疑念は残る。

 でないと、ケータイの会話音など、正確に拾うのはちょっと無理だろう。
 さもなくば、テーブルの下にでも”収録開始前(笑)”にあらかじめ音声さんが仕掛けて、B嬢に座ってもらったのだろう(『ア、ア、テスティング ワン ツーです〜』とかしたのかなぁ 笑)。

 で、ただでさえ修羅場なのに『したらAの奴を呼ぶワ』になってしまう。

 これは当然のこと…というか、どうして「ハナからAとDを呼ばなかったのか」、その結論”先送り”状態じたいが疑問視されてしまうことになっているのである。まったく年金問題みたいだ。
  
 また、同じ方向の”シモ手”から(「別の方角から」この店を目指して欲しかったのはボクだけではあるまい 笑)やって来てカメラ前を通過(笑)。

 で、ひっぱたきはしないまでも、「Dは親友Aの裏切りをなじる」突き倒す。
 「Bは冷ややかに”愛手”A」を見やる…といった人的構図。

 Aはすまぬ済まぬの連続、Dは『収まらない気持ち』を抱いたままひとり帰って行き、終わる…。

 カメラはなんと、Dを追い掛けて”今後を(女性のディレクター?が)尋ね”、寄りのバストショット画面でDのコメントを押さえてしまう…といったのが、ここの『制作手法』の全容であった。

 気が付いただろうが、視聴者にとってここには『ドラマがなにもない』。
 見せられて、ひたすら考える…そこにあるものは『段取り』だけ?…という展開となってしまったのである。

 『みなさん、これは別に悪気があったわけじゃないですよ。ヤラセじゃないでしょう』とボクは説明した。

 ボクを取り巻く『クレーマーたち』(よくみたらダスティンホフマンまでがいた、子供づれで 笑)にとって、いや、昨今の視聴者にとって、『ヤラセ』を発見するというのは、ひとつの「替えがたき快感」にまで流行ってきたことらしい。

 テレビ受像機を眺めていて、制作側の真相を透視してやる…といったファイティングスピリットなのか、正義感に満ち溢れた視聴者って、すごく多いと思う(悪いことではないけれど、反面では報道などではメディアと共にすっかりダマされているクセにね…)。

 『疑わしきはヤラセ…』という「判断基準」で、すべてを考えられてはたまらない。
 
 この”ロケ”になぞらえて申し上げていこう。
A)ここに出てきた、登場人物A・B・C・D(二人は大学生、残る二名も社会人:名出し)四人とも、アレが演技だったら、「いつでも『月9』だって、『大河ドラマ』だって最も演技が巧い役者と評価される」だろう。

B)東京都心のある局などは、提携しているタレントの卵が非常に多く、ヤラセをやる場合はこうしたセミプロを”仕事”として出演させる。肩書きは『学生』から『フリーター』『主婦』『リストラ社員』まで、さまざまだけれども、バレたってせいぜい「写真誌」が騒ぐだけ…といった一種の”あきらめ”が「スタイル化」している…ほどで、また、”似たような生きザマ”の方を選ぶので、もはや誰も騒がない。
 ところが、これをこの「舞台となった大阪」などの近畿圏でやった場合、すぐにバレる…し、これだけの演技力のある「タマゴ」を放っておくほど、今の役者陣なんて巧いワケがない。

C)『事件』は本当に彼らの身に降りかかったことなのだろう。だけど、「二幕」にわたった『話し合いドラマ』は、確実に”写す側”の論理にもとづいて「人物の構成」が専門の者によって「作られた?」いや、「段取り」が図られたはずである。
 でないと、ちょっとこれだけの人数で、こんな大声出すわけでもない揉め事の全容の音声を拾えるわけがない。逆に大声を出して殴りかからんばかりなのに、何故か画面横切ったウェイトレスは安心しきったシラケ顔なのには驚いてしまったほどだ、ホントにこんな店があったら『すっげぇカワいた雰囲気』なんだろうなあ。

 最期にきた…「だったら、ヤラセ」ではないのか?

 『ちがう』と云いたい。

 つまり、AとCの依頼人からオーディションで、状況は把握できた。
 ならば、「番組が仲裁に入りましょう」という立場を、制作側はおそらく取ったわけである。

 はじめは「AとCだけ」だった「最初のロケ」では
 『A君、キッチリBちゃんにはケジメをつけないといけないよね…』と提案して、撮影に協力させる。
 そこでフツーにAはBに「カミングアアウト」するだけで、すべては動き始めるだろうし、実際、”動いた”。

 そして、その場でB嬢は「許せない」と怒りはしたものの、もとよりAは『3人すべてに堂々と謝りたい』との姿勢なのだから話は早い、Bに事情を説明すれば事はむずかしくない。

 打ち明けられて、ジブン的に気が済んだ(?)B嬢が協力し、加わることとなって最初にD男を「セッティングばっちりの」ロケ場所…というかテーブルへと導き入れ、「次に、(承知のうえの)C」。
 そして”トリ”つとめるA君…(笑)。
 意外に”肝心な”「登場人物らを呼び寄せる順番」は、間違いなく制作側の構成作家の引いたプログラムどおり…なのだろう。
 というのも、最大の言い分は【Aの”男として”無二の親友であるDに謝りたい】…であるのだから、ホントなら直接、『AがDと真っ先に』話をするのが仲裁者として採るべき選択なのではないのか。

 だが、制作側はあくまでも『番組を作っている』のであって、この子たちから感謝されたくて給料貰っているのではないのである。『AとD』のやり取りを先に持ってきて、「和解でもされてしまったら元も子もない」ではないか、本当にボクは想像力が豊か、だと思いませんか、たぶんキチガイなんだろう。

 まあ、これで皆さんも「番組の作り方」が解って良かったね。これで明日からボクもホームラン王だ(笑)。
 だから、『前二幕』に於いての「主役級」には必ず手引きをお願いしてもらってこそ、この映像なのである。
 また、この起承転結が完成したわけだ。

 けっして撮る側に「ワル気」はない。
 でもこうでなかったら、テレビ番組になるどころか、『絵が撮れてねえじゃねえか』と”上”に叱られるだけなのである。
 つまり、このままでは『「噂の真相」気取りの視聴者』諸兄には、どうみても『ヤラセ』としか映らないであろうし、実際、『ヤラセではないか』とのクレームは局に寄せられたのではないか。

 だが、これをヤラセと指摘するには早計にすぎると思う。

 ただ「ヤラセ」とのそしりを受けるような処理の仕方が間違っていただけなのである。

 つまり、各「説得劇」のなかで『このシーンはAさんの意思で撮影を許してもらえました』とか、『これはB嬢の提案で、堂々と話し合うべきと、撮影を了解してもらいました』…との断り書き…というか説明やナレーションなりを、制作者が告知するのを怠ったことで起きた”エラーみたいな失点”劇なのであろう。

 もし、上記のような事情をボクがヨミ違えていたにしろそれはそれでいい。
 それほど”真相”とは遠くはないはずだ。

 こうした、”視聴者へ当然すべき事情説明”さえあったのなら、【ヤラセ】などとむざむざ後ろ指差されることもなく、堂々とドキュメンタリーっぽく迫力をもって”絵”を見せられるのではないか?!。

 この辺の処理について、もう少し【視聴者の猜疑眼】と、【制作側の広い視野】がお互いにあってよいと思うのだがどうだろう…。(お〜〜、毎日新聞社説みたいだぁ〜)

7月20日(火)  アメリカ行ってステーキ食おう  (^o^) まあまあ
 気温が40度を超えたっていい、水害地のことを想えばナンのこたぁない。

 湿気がないということは助かるね。

 一昨日お伝えした『JSショウ』について、インターネットでの各サイトを検索したらアメリカでは出てくる出てくる…、なんとあの『パラマウント映画』が『トーク関連部門』を特化して版権売りしているのな。

 で、あのショウを『カットなしの”ペイ・パー・ヴュー”』で眺められるので、早速登録してしまった。
 じゃあ、アレは「格闘技」だったのか(笑)といいたい。

 ところで、某大手清涼飲料水会社の営業幹部氏が、近くハワイでカンファレンスがあるので、ボクの恒例行事よりも先に渡布すると云ってきた。

 この飲料の本社への旅やら流通機構の見学で、しょっちゅうアメリカに渡るお仲間や取引先の幹部の面々とご同道のファーストクラス旅行だろうが、面白かったのはホノルルに着いたら
 『みなさん、ステーキが食べたい』って楽しみにしているのだという。

 ワカるっ!、これはモウレツに解る!。
 口はばったいけれど、こんなことオレにしかわからないのではないかと密かに思ってた。

 そうしたら、多くのアメリカ通の方々がボク同様、あの『B級といわれる米牛』の味を楽しみにしているとは、なんだか解らないけれど「感激」してしまったのである。

 70年代初めのハリウッドから、分不相応にも(いや、卑しいから)ステーキの名門という場所には多く足を運び舌も使ってきた。
 だがそれらは押しなべて、うまくはなく、畏れ多くも『三田牛』だの『佐賀牛』のようなそうそうたる”芸術牛”とは別物…で、今もそれはそのジャンルでは美味しい、そう云うしか言い方はない。

 詳しくはそのうち、その『アメリカンビーフ学』についてはあえて別の欄で書くけれど(最近禁断症状になってきた?)、
 米牛も「お話しにならない『単なる草食獣の肉』」から、15年程前だろうか『植物タンパク食獣の肉』と生活環境を変えて、すばらしく(アレなりに)大変革を遂げた…のである。

 そのアメリカ流の味が、現在は例の「BSE過剰反応措置」により、すっかり日本のなかにある『おいしい米牛を食わす店』も全面禁輸でお手上げになってしまい、このような【同好の士】がこんなにあちこちで生まれ、また昨今は【禁断症状】にまで陥っていたのか…と思うととっても楽しくなってしまった。

 あの名門和牛のいちいちどこにでも【サシ(と呼ばれる旨みのある網目状のアブラ身)】が赤身の隅っこの方にまで【ネットワーク】張られて、そりゃあうまいに決まっている。
 品評会にも勝った牛なんかだってそりゃあ眼もつぶれちゃう。

 だけど、ボクはチープなのかもしれないがあの米産ビーフ肉(も)が恋しいのである。
 おう揚にアブラ身などを身から外して、気に入ったソースとからめて食し、さらにご飯と一緒に混ぜて飲み下す。それがやりたいのである。

 サシがしっかり入ったお肉に、選り抜いた天然塩だけで食す…、そりゃあいいだろう。
 それを「正論」というのだ、また「正論」でしかない。
 ボクの場合はそこに貧乏人意識が首をもたげる(笑)。
 そかさずご飯などを”かっ込んで”しまっては(笑)、なんだか恥ずかしいことをしているようでイヤだ。どうやら「ヒトの目」ではなく、「お肉に気を使っている」ようなのだ、なあんだ「肉に負けている」んじゃないのか。

 はっきり云って『芸術牛』と『食用牛』は、ジャンルがちがうので比べて、『アメリカのビーフはまずいね』なんていう奴は初めから世間知らずで、黙ってろバカ野郎、なのである。「正論」なんだから。

 まあいい、さらにゼイタクなこと云っちゃおうか…。

 この中でも【米産の最高峰=ブラックアンガス種】の肉をスーパーで求め、これをグラウンドしてもらうのだ(ちょっと粗挽きを指定)。
 アメリカというのはばか者が多いので、この肉の挽いたものを、何にも混ぜずにこねて、そのままを『是非ともこだわれ!炭火』で焼き、脂を落として、できれば市販のサクラかヒッコリーのチップ(なければ折れたバットを拾ってきてチップにしておく)を仕上げ前に水に浸し、火に混ぜ…つまり煙りを発生させて少しスモーク味を加える。

 これが最高級レストランで出している『究極のハンバーガー』なのである。
 下手をすれば、NYの名店のメニューでは『$150』覚悟の逸品、リクエストすれば高級ステーキハウスであれば必ず作って出してくれる。それと同じ味の品物はこうして作る。

 だけど、ボクはもったいないからこのノウハウを知った途端、各地のスーパーでこうした肉をゲットしてきては宿泊するホテルのコーヒーショップで、調理だけを(チップ程度で)作ってもらうのである。
 ボクはパンは好きではないけれど、本当に「米牛の旨いもの」は穀物の味にマッチするのであるから仕方がない。

 ピクルスでもなんでも、何をはさんでも、またはさまなくともメチャクチャに美味い。

 最高級とはいえ、ブラックアンガス(黒毛牛)のサーロインだって所詮はスーパーマーケットなら『1キロ2000円ソコソコ』にすぎない、ボクは庶民なのだから頭使ってできる贅沢にしかエネルギーは浪費したくない。

 ついでにいうと、やっぱり個人的には『お醤油』ベースがピカイチだ。
 『A1』のような一般的なステーキソースは自己主張がくどすぎて、かつての味がなかった頃の「草食時代」の肉にしか使えない。
 さすがは「味音痴の国=イギリス製」の面目躍如ということだろう。

 ボクはそのうち、アメリカ国内でこれだけ先進的食肉業者のおかげで肉が旨くなっている以上は、それに見合った『ステーキソース』を発売したらドルが稼げだろうに、どうして日本人がそこにチャレンジしないのだろうと、かねてから不思議でならない。

 アメリカなんて、コーヒーにしろ肉にしろ、そしてワインにしろ、なんと『グルメ』らしい物マネをはじめてから未だ「15年そこそこ」にしかならぬ「味音痴の国」に他ならないのである。

 ホノルルにもワイキキにも観光客に媚びない名店は未だある。
 そのうちにここでもご紹介の機会があるだろう。

7月19日(月)  何だかいつでも色んな事があるなあ  (^o^) まあまあ
 朝、静岡放送のナマがあった。
 早朝6:30、ホテルを出て局舎にタクシーで着くといっせいにセミの声

 【シャッシャッシャッシャッ…】軽い金属性の歯切れの良い音で鳴いている、局舎の庭の木々には果てしなく個体数がいるらしい。
 これは「クマゼミ」であって、東京ではこのクマゼミの声を聴くどころか、未だ近所でセミは鳴いていない。
 
 それにこいつらは棲息する北限が、「熱海まで」であってせいぜい「ゲリラ部隊」の声が、小田原や箱根の一部にも進出してきているくらいか。

 この声を聴くとボクは夏の静岡に来たんだなあ…との感慨を毎年この時期に新たにする。

 【新聞拾い読みコーナー】では
 「イラクのファルージャに米軍が空爆を加え、14名が死亡」とのあいも変わらない記事もあったけれど、静岡新聞(=共同通信の配信?)では、イラクの最強硬派サドル師がスンニ派の態度も気にせず、【総選挙に参加する】との路線をとったとの地味な記事…だけど、これは平和への第一歩というべき朗報。

 おまけに、サドル師のスポークスマンにインタヴューの結果、『自衛隊は多国籍軍と違い、復興支援に徹していると好感している』との見解を引き出しているのは立派。一応『しかし、もっと規模の大きい復興支援を望んでいる』との注文ももらって来ている…ということは、真意に近いサドル師勢力からの態度表明だろう。

 選挙があればおそらく「シーア派」の主導権を得ると見られる人物の側近の発言だけにこれは大収穫。

 あとは、自衛隊にも混乱を巻き起こし選挙後のイラク新政府に一定限の貢献度を売りつけたい、外国勢力(サウジイスラム原理主義やアルカイーダ等)の「押しかけゲリラ」だけ自衛隊は注意していればいいということなのか。
 この静岡県民たちに、手厚く眼を治してもらったイラクの子供など、どうか”真意”をイラク国内に広めて欲しいと願うだけだ。

 それとまず第一にボクの目が追ったのは「福岡県の甲子園大会地区予選(3回戦)の結果」なのである。

 本『…日記』今月2日以来お伝えしてきた、急逝なされた高畠さんが本当だったら来年の春の大会から指揮監督するところであった『筑紫台高校野球部』が、名門強豪の『久留米工業高』と昨日対戦し、[2対0]でシャットアウト勝ちしたという(久留米には申し訳ないが)吉報だった。

 58歳の齢で一念発起、教師の資格に挑戦したタカさん。
 それもこれもみんなここの高校生たちを甲子園に連れて行くためだった。

 そのため、徹夜で勉強に勉強、ようやく社会科教師として教壇に立った。
 そして1年半、規則では『2年』の教務経験で、ようやく念願の野球部監督としての座が待っていたし、生徒さんたちもその日を待っていたのである。

 それが突然の急逝。タカさんは会う人ごとに
 『筑紫台の子たちはスッゴイですよう』と云っていた。

 タカさんは、ペーペーのプロ球界入りたての若い選手らがすでに『プロの前に、スターである』との無用の詰め物がしてある現状に嫌気がさして、南海、ロッテ、ヤクルト、ダイエー、中日、そして再度ロッテ…と渡り歩き、数え切れないほどの名打者を育ててきた…そのキャリアにピリオドを打ったのである。

 理由は『素直に向上しようとしてくれない』からである。
 『前野サン、これからは高校生ですよ』

 その念願が叶うというほんとうの矢先で倒れ、夢に終わってしまった。

 タカさんの葬儀には良くしたもので、それらの数ある球団の中から、選りすぐりの『腰の低い』選手ばかりが列席をしてまた遠征先から花を贈ったのが、ボクをあらためて感動させた。

 ボクは初めて会った川崎球場での試合前練習で、ひたすらマンツーマンでボールをポイッと宙に上げ、担当の選手にネットへ向けて打たせる。
 そこへ適確なアドバイスや、世間話(笑)で能力を引っ張り出そうとする小柄なこのコーチを見た。

 そして『よっしゃあ、これでええよ』と、声をかけ、選手を送り出し、さんざん打ち散らかしたボール(最低でも50個)を、一つ一つ、タカさんは籠にしまい、次の担当打者の相手にかかる。

 ボクは不思議だった。
 会って二回目に口を尖らせボクはこう云った。

 『高畠さん、ボクがボール拾い手伝いますよ。せっかくコーチしてもらいながら、なんだろ若い連中は。ボールの片付けも手伝わずに…』と文句云いながら、ボールを拾い始めると、しゃがんだ目の高さでタカさんは笑った。
 『なあんだ、あんた、そんなことで味方してくれんのか(笑)。いや、そうやなくてね、選手にはボールを拾わせるためにしゃがんだり立ったりさせて、腰に疲れを貯めさせちゃあならんのですよ。失礼ですがお名前は?』。これがいわば初対面となった。

 タカさんの通夜にも葬儀にも、あちこちからとんでもない人々が詰め掛けた。
 ボクは仕事がら『単なる義理で』こうした不祝儀などに参加する(だけの)人々の数も多く見る残念な機会も多い。

 ボクは今までこんなに本当に哀しんでいる参列者の”密度が高い葬儀”というものを今までに知らない。
 その葬儀の中でもこの指揮を取るはずだった『筑紫台高』の野球部の面々やマネジャーらが、受付にズラリと並び、記名や芳名帳の管理などを制服姿でそれこそ”粛々と”行なっているのであった。

 『えっ?福岡から!』と、あらためて焼香を終えて全容を眺め直して気が付いた。

 そうか、やっぱりタカさんだ。
 タカさんの個人教授はもう行なわれていたからなのだろう。

 この少年少女たちは優しい雰囲気なのもさることながら、誰もがみな『背骨がシャンと伸びている』のである。
 そして、この子たちにも一様に『ボールを拾わせなかったのだろう』。
 
 この学校が、タカさんの本格的サポート抜きで強豪福岡県勢の中にあって、3回戦まで勝ち進んだのはすでに番狂わせ…と呼んでよい現象だ。

 まさか、甲子園まで…?

 この子たちはタカさんが横たわっている棺に、幼い息子二人、奥さんを同道してシーズン中の移動を駆けつけて来た巨人、小久保の号泣をみて、わが涙と同じ…との連帯意識を持ったのではないだろうか。

 じっさいに、今の巨人は小久保の一発攻勢がなかったらこの7月、19日の現在で『中日と2,5ゲーム差』になどつけていないのは冷静に考えれば分かることだ。

 葬儀の翌日、早速お立ち台にのぼった小久保はまたタカさんが病床でくれたアドバイスを披露し、涙にくれた。ボクの一家も同様だった。

 小久保が青山学院から入団したダイエーでタカさんはあれやこれや親身になって彼を支えた。
 会う人ごとに
 『小久保というヤツはええヤツですよ〜、そのうち見とってください。必ず大物になりますから。』

 その言葉の通りだった。
 『筑紫台の子らはええ子ばっかしですよ〜、必ず甲子園行きますから。』

 周囲にそう云ってはばからなかったタカさんだった。
 一年目からいきなり「初就任・初出場」をキメるつもりだったのか…。

 使い古された言葉だけれども、「筑紫台」の少年たちの胸の中に今あって、快進撃を支えているのは間違いなく「タカさん」そのものなのではないか。

 (”愛読者の水上さん”、一緒に泣こうな)


@ ところで、そういうそばからバカ夫婦が新幹線の車内にいた。
 午前中の新幹線にはボクらのようなビジネス利用客が多く、僅か一時間の行程でも放送終了後の安息時間は貴重である。

 だけど、赤ん坊連れの二人の夫婦、30半ばといった、『テストだけできたバカ』といった二人。
 ベビーカートと、荷物の一切合財を二人がけの席にあずけ、横の二人がけに赤ん坊を抱いて夫婦で座る。
 つまり、切符二人で『4人の座席』を使っているわけだ。

 それが、赤ん坊は泣く、見ると可愛いのに泣く…、耳を済ませばこの赤ちゃん『退屈で』泣いて(なにか)刺激を絶えず、鳴き声で要求しているのだ。

 そんなことが解らない、聴き分けられない脳なのである。
 また、時折り『シーッ』などと、泣く子に向かって夫婦は云っている、だけど、写真の通りの「1歳かそこら」のガキに『シーッ』っといって意味など解るような怪童ならばこんな親の子など、この子の側から願い下げだろう(笑)。 解るかぁ「シーッ」てフツー。

 そうなのだ、つまりこのバカどもの『シーッ』こそ、赤ん坊に向けたものではなく、周囲のボクらに向けて、これでも静かにさせようとしているんですよ…との『ジェスチュア』であり、『ポーズ』なのである。

 赤ん坊がエッエッエー…と間断なく泣く、それを写真のように、座席をたまに腰を上げて夫婦が交互に、ガキを掲げ上げるだけなのである。これもポーズなのであろう。

 本当に周囲の皆さんに申し訳ない、そう思ったらそもそも、こうして
 『車輌のど真ん中でエ〜と叫ぶ』(笑)などをさせるはずもないではないか。
 こんなことしたって、泣き止むでもないし、かえって、鳴き声を町内放送みたいに全国化しているだけのことではないか、バカヤロー。

 どうして、車輌と車輌の間の連結部分などにガキを連れて行くという発想が湧かないのか、抱きかかえて(ドアの)赤んぼに車窓を楽しませるという発想など、夫婦とも『テストに出なかったから知らない』で済んできたということか。

 つまり、人さまへの迷惑よりも自分らが面倒という要素が、こいつらの全肉体を支配しているのだろう。

 こうしたクズのために、車輌の多くがおかげで一時間あまり、あちこちで「舌打ち」をしたり「眉間にシワを寄せて」しまう事になった。
 こうしたバカどもはガキを作る技術は識っていても、メインテナンスの面では白痴同然なのだろう。
 いや、死んだ子猿さえ抱きかかえて離そうとしないニホンザルの愛情を学ぶために、サルの爪の垢でも呑めばいいのだ、サルモネラ菌があるかもしれないけれど(ねえよ)。

 本当に気分が悪い。
 そんなに『文句があるなら云ってやればいいじゃないか』と突っ込まれそうだが、ここまで気の利かない人間たちだ、おそらく満足させてくれるような言葉が出る…ほうが不思議だ。

 どうせ、ボクだってこういうにきまっている
 『ボクに貸しなさい、ちょっとデッキで遊んでくるから…』
 じっさい、だいぶ迷った。

 こんな風体の男の申し出じゃ、絶対アヤシんでくるだろうからなあ〜(笑)

この写真の整理用ファイル名?、当然「bakaoya.jpg」に決まってますがな


7月18日(日)  「アメリカ一」バカな番組  (^o^) まあまあ
最近は隣近所にも轟きわたるほどの『夫婦喧嘩』というものが姿を消した。

 呑み仲間の家は広場を隔てて向かい側に「在日アジア人」の家族が住んでいるのだが、先月、幾人かが深夜、襲撃にやってきて鉄パイプやバットでそのうちの奥さんが嘆き叫ぶのを尻目に、頭を引っぱたき、殺していったそうだ。

 また、小学校の同級生が日暮里でラーメン屋(早稲田の理工卒で独自の麺を供したかったから店を出した)をしているが、つい先だって、真向かいの舗道上で中国人らしき者が逃げて来たのがつかまえられ、路上に引き倒され、同じ人種の者2名が鉄棒をその路上の頭に交互に振り下ろし、頭蓋骨をメチャメチャにして殺してしまったという。
 この勢いにはパトカーも二台駆けつけたものの、恐れをなして遠巻きにしていたため、殺しを黙認し一人も確保できなかったと、後味のあまりの悪さにボクの旧友は憤慨していた。

 二人の友人とも、そのかんの怒号やらうめき声、凶器が肉体に振り下ろされる鈍い音…、さぞかし寝ていても「夢見」は悪いはずである。

 いずれにせよ、これらは組織も絡んでの『女』をめぐってのいましめ、みせしめであったらしい。

 で、突然だけど『ジェリー・スプリンガー ショウ』である(笑)。

 これはアメリカへ行って地元の新聞を空港で買ったら、まっ先に見るのが「FMステーション」で『どこが「スムースジャズ」を専門でかけている局か』チェックし、レンタカーのチューニングをセットする。(「録音する」こともある=何よりの自分へのお土産。)

 第2にチェックするのがこのTV番組の『JS(と略)』がどのチャンネルで何時、観られるか…なのである。
 だいたい深夜とか、昼間の視聴率の取れないワクで放映しているのだが、これはバカなのである(笑)。

 日本でも一瞬、テレ朝が放映権を買ってトライしたがすぐにポシャった番組だ。
 ご存じない方のために、これはどういう番組かというと、『夫婦喧嘩を口汚なく』公開でやらせる番組なのである。

 それを番組名のスプリンガーさんという弁護士が、いかにも当惑してみせながら、夫と妻の間に立ってケンカに至った動機や周辺の事情を聞き出して、したり顔で『XXさん、そりゃあんたに非がある』とか、『奥さん、それではボブは我慢が出来なくってカノ女に走るのも無理ないさ』…なんて、アドバイスめいたことを抜かすのだが、大体がわざわざこんな公開の場で、家庭内のプライバシーを大っぴらにさらけ出しても平気なバカ夫婦相手だから、もとよりこんな仲裁などイヌの餌にもならないのである。

 それが100人あまりのスタジオ見学者の前で(写真1のように)女房やその母や父とか、またその逆に夫やお姑さん、果ては浮気相手の女までが登場し、「発言」(笑)の機会を与えられ口汚なさ満開にしてアメリカ人の「バカ性」ここに極まれり…といった罵声のオンパレード。
 おそらく、短時間で『アメリカで現在使用している悪口雑言』というものを国語(米語)学者が学ぼうとしたならば、『悪口密度』という点でこれほどに密集した悪意の教材はない(笑)。

 だからボクはアメリカへ行くと一生懸命になってこの番組を観て勉強しているのである。
 また国民性という点で、『今にちのアメリカ人はこれくらいの事でキレる』という民俗学的なことも学べるのだから寝てなんかいられない。

 それがまた、実にくだらなく(笑)、ののしり合いに終始しまくる。
 だから良く考えてみると、この番組というものが『和解』を目指しているものではなく、場内も巻き込んでなるべく当事者同志をエキサイトさせ、殴りかかるようにしている…そうした残酷な設定なのは魅力的だ(笑)。

 日本のテレビ局は(一応は)”公序良俗に反する”内容の番組は放映しない…建て前なので、絶対に制作されないだろうし、視聴者一般もついてくるだろうか疑問ではある。

 ともあれ、写真2(要 クリック)のように『More to Come!』なんていう、CMまたぎの字幕入りのとっておきシーンをご覧のような「乱闘シーン」で静止させ、『ウィルビー ライト バック ジェリースプリンガーショウ』なんてナレーションかぶせて、とにかく”引っ張っちゃう”のである(笑)。

 『もうナンシーはとっくにあんたなんかのオカマ野郎の事なんかメじゃないのよ。』と女房の母とかが、夫にののしる。
 「ふん、それはオレからお前らに叩き付けたい言葉さ。」と亭主は冷ややかだ。
 『あんたなんか、どこに行ったって、あんな”フニャチン(一応 ピーとは鳴るが読唇術)”じゃあどんな女も相手にするはずないじゃない…』

 「もうまっぴらなんだよ、お前の薄汚いおっ母さんなんか、オレんトコの[イヌのキン(ピー)]をいやらしい目で眺めてんだぜ、いつまで経っても[オマ(ピー)きちがい]は治らないな。」

 指をさすこと自体失礼極まりないというのに、その上相手をののしるなんて、まさにケンカそのものなのである。

 『あんたなんか、云っとくけど「一年も手ェ付けない」なんて、インポになってたんだろ、あたしゃ、知ってるんだから』

 ここで司会のスプリンガーが割って入り進行上の台本を読み、指をさす
 『じつはナンシー、重大なことをご亭主は隠していたんだ。ささっ、スティーブに出てもらおうか、さ、スティーブ出てくれ』
 
 男1名登場
 「ハイ、あんたが悪魔のケツの穴(ピー)ナンシーかい、聞いているぜ。」

 『なんだよ、このキッタねえクソ野郎は』

 「ナンシー、こいつがオレの「新しいワイフ」だよ。俺たちはとっくに結ばれてるんだ」
 と亭主が鼻高々に、ホモ関係を自白。おまけにアツアツキッスまでして見せたりするのである(笑)。

 何のことはない、ナンシーのおっ母さんが指摘するまでもなく、亭主はホントの【オカマ野郎】の「100%」だったりするのだからアメリカは”深い”ぞ。

 客らブーイングの嵐、唖然とする妻と母のふたり。
 大体こうした場合、舞台裏から「ナンシーの弟」とか、屈強な男がカメラの前に飛び出してきて、亭主側に殴りかかったり、浮気相手の女が女房と髪の毛をつかんで引っ張り合ったり、他では観られないこうしたガチンコ勝負(笑)はこの番組には欠かせないキモであり、お待ちカネのお約束なのである。

 写真2の方ではご覧になれるかどうか分からないが、この番組の付属”暴力”装置として、『スキンヘッドのボディビル体格男』みたいのが3人ばかりは必ず常駐しており、その『制止のタイミング』が絶妙なのである。
 「両者」を軽くコンタクトさせておいて、殴る寸前でそのコブシを丸め込んだり、押さえつけたり、あ〜あ、こいつらがいなかったら今までどれだけ面白かったことか。

 ただ、止め方はうまいなあ…。イスは飛ぶ、セットは壊れる…そこまでやっているのに、当事者たちが怪我することはまずない。彼らにはケンカの制止のコツという「美学的裏付け」(笑)がある。

 それを、こちらもすごいなあ…なんてホテルの部屋で口アングリなんかして、油断していたらたまらない。
 もっともっと意外な結末とか盛りだくさんなのである。

 あまりここでボクが、生々しく和訳したものを読んでもらうと、ますますボクの人格にまでヒビが入っているので控えたいのだが。
 こんなのも忘れられない。

 ひ弱なインテリといった風体の亭主が、女房が家に帰ってこないなどと嘆きながら、相手の不貞を訴え出た時のこと。

 切々と、一人で家事やら赤ん坊の面倒を見なけりゃならない…など、まことに亭主のごもっともな主張にボクもフンガイしていると、反対のコーナーに控えていた地味で無口な女房が、ころあいを見計らい、レインコートをパッ脱ぐと、これが『鎖だらけのボンデージ姿』(すでに縛られている…笑)。

 続いて、浮気相手のクマのようなヘルスエンジェルスまがいの男も現われて、さぞかし自慢げに「お付き合い」の内容を披露する…

 唖然とする亭主とその母親。
 『この女はな、オレの元を去るなんてあり得ない。俺たちはな、二人きりでクソまみれになって、お互いの身体を塗りたくって、ヤる(ピー)のがたまらねえんだよ。』

 さすがにこの時ばかりは場内も、いっせいに『ヒエッー』みたいな驚く声だけで、誰もこの浮気カップルを責める声はなく、ただただ、ポパイみたいな格好でカメラ前で虚勢を張る男にブーイングの渦を浴びせるのみなのであった(トホホ)。
 けっこう場内は、(「この時」ばかりは別だが)『なるべく耐えろ』とか『それくらいガマンできないでどうする』といった意見をマイクに向かって云い、『アメリカの良識、未だここに健在なり』といった清涼剤(?)的スタンスで、ボクも救われるのである(笑)。
 もっともこうしたサイテーの「カップルばっかり」が前提の、番組収録へ見学に行くこと自体…、良識を問われかねないといえば云えるのだけれども(笑)。

 それがさてエンディング…となるとどうなると思われますかみなさん。

 なんとこれが意外にも、「お互い握手する」とまではいかないものの、参加してくれたトラブルの当事者には、収録場所のセントルイスまでの往復航空券(を”ペア”で! 笑 )、さらにベッドなどの家財が与えられる…と、次々とワリと”ショッパめ”の景品を司会者らが読み上げると、
 『どうだいやったぜ、うらやましいだろ、テレビにまで出てんだぜ、視聴者の奴らよ…』みたく、いっせいにコブシを振り上げて、カメラの中心を狙って、両軍入り乱れて大喜びのガッツポーズ…なのである(トホホ)。

 まったく、なんのこっちゃ…なのだけれども、そんなにこいつらは娯楽に乏しい毎日なのだろうか。だからメチャクチャなトラブルを平気で背負い込むんかい…みたいにもボクなりに分析(?)するのだが、それにしても、毎回この『出場者募集』における両軍の「和気あいあい」のバカヤローぶりには首をかしげてしまうのである。

 少なくとも、周囲の多くと憎しみあったり子供の親権や家財を失ったり、もぎ取ったり、こいつらはついさっきまでそれほどまでにエラい剣幕で『一生モノ』の(笑)大喧嘩を繰り広げていた…はずなのである。

 それがこの程度のセコい『非日常』を頂戴するだけのことですっ飛んでバカ騒ぎできる…というのは、これは人間というものを、もう一度根底から見直してしまうのである。ん〜〜〜ラディカル。

 さらにもっとよく判らないのは番組の途中で、
 『JSショウ』オリジナルグッズの案内があって、(出場カップルにもくれる)キャップやTシャツ、ブルゾンなどの同番組ロゴ入りアイテムがズラリと並んで、フリーダイヤルの通販なんかをやっているのである。
 こんなものいったいどこのどいつが買う…というのだろうか、ボクもいつか申し込もうとは思っているのだけれど(笑)。

 『ジェリー・スプリンガー ショウ』と大々的に染め抜かれたキャップをかぶり、イキにブルゾンの背中をも横断するこのロゴ(笑)。どのツラ下げてこれを着てこいつらは近所を歩くのだろうか(笑)。

 いいなあ、ボクはこんなにワカリやすいアメリカ人が大好きなのである。 

 写真1『あんたなんかもう要らないのよ』と堂々と主張する女房。
 写真2(要 ファイルマークをクリック)『いっせいに殴りかかる「怒れる出演者」たち』

 JSshoe2.jpg

7月15日(木) / すいません、「Dスポーツ」の者なんですが  (^o^) まあまあ
 『これはチーム合併前だから、きっと高く売れるでしょうね』…そう電話の向こう側の人間は思い浮かんだらしい。
 「近鉄」と「オリックス」のユニフォームについて早くもこうした考え方で臨む者がいるらしい。

 まことにせちがらい世の中ではある。

 おそらくこの者の発想は「マル」であろう。
 ただ、そうして金品を支払いそうした失われつつある球団のユニフォーム、これを行く末を案じて嘆き哀しむファンを尻目に「買い集めに」に奔走するというのだろう。

 あきれたものだ。他の業者さんは知らないが幸いにしてこうした「目利き」を武器に『抜け駆け』をして売り抜け、利益をかすめ取る…といった商売をボクはしたことがない。

 そもそもボクは小学校卒で(みんなもそうだろうが)、そこまで頭が良くないせいか、そこまで頭がまわらない。早い話、そこまでやってまでおカネが大事だとは思わない。

 昔から腰巾着をやっていたものだから(笑)、いつでもボクのまわりにはお金持ちに恵まれて(?)いた。
 ハリウッドなどでもミュージッシャンの撮影の仕事などをしていた時期もあって、どれほどのカネがあるか分からない人々も居たけれど、その”要素”によって別に彼らは変わった様子もない(ここが肝心だ)。

 そして、(一発屋の)人気歌手などはハリウッドでも「頂点からスソ野の”無一文駅”」まで一気に滑り落ちてしまうのを、いつも横目で眺めていた。

 彼らの多くは、『どうせならカネは多い方がいい』という程度であって、ケチなお金持ちも落ちぶれ始まったら、結局は「転落までの落下速度」が少し遅くなったかな…?という程度で、人間のそうした”はかない抵抗”などは果たして人間関係そこねてまで執着するほどに一生のなかで価値があるのかどうか、それこそおカネ以上にその価値は問われたっていいと思う。

 ともあれ、初めに戻るけれど、PC上ディスプレイは『コウシュウデンワ』からの電話を引き継いだ。
 「阪神タイガースファンのスポーツ紙 D」の記者だと名乗った。
 声は若い。
 ここには知り合いで、巨人番のヤリ手女性記者(どスケベという意味ではない 笑)がいる。
 その御仁はいきなり、ボクの午後の予定を訊き
 『空いていればやって来たい』という。

 「用件はいったいナンなのだ?」と尋ねると、冒頭のような”せちがらい発想”で、展望を述べよということだった(苦笑)。

 先に申し上げておくが『近鉄』や『オリックス』のユニフォームだから…高くなる、ということはない。
 「あなたは、パリーグファンについて認識が足りないよ」と云ってやった。

 云っているうちに腹が立ってきた。
 「それを買い込んで、いったい誰に売るのか、誰が買ってくれるのか…といったら”本当に近鉄やオリックスが好き”だから『無くなって悲しい』という、純粋なファンからカネをせしめるんじゃあないか。そんな”値が上がるから買っておこう”とかそうした不純なたくらみなどに、ファンはもうカネなんか落とさないよ。」 

 「面白い発想だけど、そこまでファンは腐れちゃいないよ。そんなのは『初めに刀のサヤを作っておいて、そのサヤに”適うような刀を探す”』ようなもの。マスコミが考えそうないかにものねつ造モノだよ。そんなもの絶対に値なんて上がらない。この非常時になんとさもしい考えだと思わない?」

 「こうしたコメントでいいのなら歓迎するけれど、どうする?載せられる?」(笑)と訊いてやった。

 急いで電話を切った記者氏であった。
 載せられたら立派なジャーナリズムなんだがなあ…、デスクが『初めに高値でビックリさせる』ありき…といった「鑑定団まがいのセンス」で、最初からこのジャンル「地味な正論」はボツとなる運命なのだろう。

 なんだか「飛んだ火に入る夏の虫」がジュンといってサッパリ消え失せた清涼感があった。
 おあいにくさま。

7月14日(水)  因果応報(下)  (^o^) まあまあ
 どうして自民党は負けたか…という事をよせばいいのに考えてきた。

 で、小泉さんが悪いのか?悪いとするのはいいのだけれど、いざ、別の者が自民のどこにいるのか…といったら、いねえよ。
 おそらくこの選挙結果に『石原慎太郎』はガッツポーズのひとつも作ったのではないか。

 とにかく、バカなことを云っていてもいい。小泉さんという人は『良くも悪くも判りやすい』という一点では評価できる。あの『ジャカルタ対面劇』みたいなパフォーマンスを、おそらくは高い値段を払ってまで”買ってしまう”ワカリやすさがあるうちは国民にしてみたら同じ被害でも少なくて済むだろう。

 彼らが逆に「投票日前に起こったら」ともっとも恐れていたのが、サマワ駐屯地への迫撃砲弾やロケット弾攻撃で、自衛隊員から犠牲者が出ること…これはそう遠くなく起きる事態であり、これについての巻き起こる国内の論議こそ『危機管理』として、彼らは充分に意思の疎通をすでに終えて覚悟をしているだろう。

 スペインでの総選挙投票直前にタイミングをあわせ、列車爆破テロが起こされたシナリオをじつはこのかん(先週のこと)息を呑んで日本のトップは時が無事過ぎるのを待っていた。

 だから、今月に入ってから『新幹線』『空港』『地下鉄各駅』『JR各駅』でのテロを未然に防ごうと、日本の治安当局は、じつはフルに制私服部隊を要所に動員し、ひそかな警戒行動をとっていたのである。
 ボクも、選挙のことについていざ書き始めると、ここまで書いてしまいそうなのでガマンしていたわけなのだ。

 ところで、「ギリシア五輪にあわせて『解散総選挙』」という声が、永田町ではなまじ絵空事ではないというのも、おそらくこうした”危機管理”をすればするほど出てくる方策は
 『(サマワなどを)攻撃される前に総選挙を実施した方が得策』という”避難法”である。

 そもそも、今まで攻撃目標にされながらこうした作戦を現地の反米勢力が行なわなかったのがボクには不思議である。

 だがさらに不思議なのは小泉さんが、ああしてイラク派兵に踏み込んで、さらに『派遣部隊を多国籍”軍”に組み入れる』とやったのはまさに【一人強行採決】をやって、【憲法9条の廃止】をやったにほかならない。

 色々な意見がある、仕方のない国際的体外的な立場の変化もある。

 だったらなぜ、自民与党の連中は
 『こうこう、こうだから、自衛隊の諸君にも犠牲的精神を発揮して戴いて、イラクに行ってくれるようお願いし、協力してもらっているんです。国民ももう「そうした世界情勢なんだ」と認識して支持をして欲しいのです』

 どうして日本のバカ政治家らはこうしたホンネの政治ができないのか。
 勝手にそうした図式を描いているクセに、あえて問われると逃げ回り、誤魔化すばかりなのである。

 こんな政治はもうたくさんなのである。民主党にしたって、こうしたポリシーで信を問いたいのならもう隠さずに正面から国民に向き合ってもらいたい。

 いい加減、国民はウンザリしているのである。
 『云わずとも判るだろう…』こうした論理はもう地球上のどこでも、日本以外では通用しない。

 『云わずとも判るだろう…』と出された手料理をバンバン喰ってみせてもガイジンさんは『うまい・おいしい』と言葉でいわない限り信用してくれない。

 『云わずとも判るだろう…』と、見つめられた目を見つめ返して細めてやったところで、ガイジンさんは『愛してる』と言葉でいわない限り、男も女も信用してくれない。

 その上記二つが『日本人らしすぎた』ためにボクはどれほどの数の国際結婚がダメになったかをよく識っている。

 それと同じことである。
 日本の政治は『云わずとも判るだろう』があまりに長くありすぎた。これほど不親切で説明不足で成り立ってきた政府など、世界近代史のどこを探したってあり得ない、日本国だけである。

 今回の参議院選挙は、民主党の”菅のバカ野郎”がミソつけなかったら年金問題だって政府与党がひっくり返っていたかもしれない…そこにくわえてイラク派兵問題である。

 これほど突き付けられていても、もし小泉さんが『きっちり説明責任』果たして上記のような「国民への問い返し」が出来ていたとするならば、日曜日はバラの造花に埋まっていたことだろう、応援はしないけど。

 簡単にいって、ことほど左様に永田町の自民与党も、霞ヶ関の政府官僚もシモジモのボクらが見えていない証拠である。

 よく、気の弱いイヌが道で野良猫などに出くわして見せる態度とは、すぐ横に総毛をふくらまして威嚇するネコを置いているのに、『え、何?どこにナニが居るの?ジンセイ色々?』とか空っとぼけてキョロキョロする…まさしくアレである。

 こんな連中にいつまでどんどん目減りするいっぽうの、血税を散財させられて何も云えぬ世の中をくり返すのか…。

 皆さんに訊いてみたい。ボクはいったいサヨクなのだろうか。だからこうした世迷いごとを繰り返すのだろうか?皆さんはそれでもこの体制を黙認し続けられるのか…?と。

7月13日(火)  因果応報(上)  (^o^) まあまあ
 ボクは『善人ぶった悪人』よりも『悪人ぶった悪人』の方に、むしろ親しみを感じる。

 自民党が選挙に負けた…そうである。
 別に民主党が悪いとは言わないし、自民党が善でない事だけはたしかだ。

 だけど、いい年をした者が自民や公明を推すのもそりゃあ判らないでもないけれど、自分とこいつらとは関係がないと切り捨てることのできる人種である。
 だけど、まだ若い30台の年齢の者が自民党などを応援していたりすると、ああこいつはバカなんだ。と、暗澹たる気持ちになってしまう。

 直さなければならぬことはいくらでも山積している。
 若くなければ見えないものがあるはずではないか。

 ただ「目の前のこと」といったら、圧倒的に今の政府与党が「なりふり構わず守り抜こう」としている金権やら既得権しかないではないか。いわば古くからあるガン細胞が未だに取り払われずに放置されている。

 だから、こんな年金の騒ぎの真っ最中に、象徴的なバカが行なわれている。
 こともあろうに「社会保険庁」が1台20万円の『高級マッサージチェア』を買ったそうである。
 しかも「400台」(笑)、おまけに笑ってもらおう、それも『被保険者へのサービス』ではなく、『職員専用』で国民には使わせないのだそうだ(嘲笑)。その金額6000万円。

 誰か止めろよ〜、という流行語があるけれど、巷の庶民にはあっても『テストだけできた』役人どもかかってしまうと、
 『サスガにこうしたご時世ではマズイのではないでしょうか』と諌める声も流行語もないらしい。

 おまけに怒ってもらおう。
 これを大量浪費をスクープした記者の問い合わせに応えて同庁は、
 『コンピューター操作する者の疲労を考えて…』の”ご英断”だと説明する(笑)。
 どこまで腐れているというのかこいつらは…。

 ところで同庁といえば、うちのお得意様に小田原の方がおられるが、あの社会保険庁(の年金コロガシ機関)が400億だか500億円だかで作ったという『スパウザ小田原』の評判を聞き、地元とはいえご家族で出かけたそうだ。
 風呂に入って、夕食が済んで
 『さあ、子供を(ボウリング場もある)娯楽室にでも連れて行くか』となったらあ〜ら不思議、お部屋を出たらもう館内の施設は「8時前に消灯」してしまっているのだ?!そうである。

 自慢の展望風呂でヒマつぶすか…もかなわない。ここも真っ暗で『闇の中から見下ろす雄大な相模湾のビュー』を楽しんで戴くためのコンセプトで作った…わけ。はないだろっつうの。

 驚くなかれ、こうした天下り泥棒の下で働いている連中も、同じように【半官半民】意識でコリ固まっているため、【宿泊客にメシ出したら仕事は終業】というキチガイみたいなシフトを「既得権」として”労働者としての権利”を主張していたからである(笑)。

 いったい娯楽施設は「夜8時以降」に活躍するのではなかったのか。
 『スタンド握り寿司』コーナーは何時に行ったら良いというのだ。
 チェックインが15時だとしたら夜の8時までどんな変わり者を相手するために店をオープンさせたのだろう。
 ご丁寧にも、ここの板さんにだって「天下りバカ」どもは”一人前”の給与を赤字なんか気にもかけずに支払い、さらに”1人前以上の”労働条件を謳歌させていただけで、もとより【売上など気にしない】で食いつぶしていた訳なのだ。おそらくスズメの涙ほどの売上げのうち、「開店以来の」大半は、同庁天下り泥棒の視察時での接待費が充てられたにとどまったのではないだろうか。
 
 立地は人里はなれた山の上、メシ喰い終わったらテレビを眺め、「内風呂」に入る以外の娯楽はなく【スパウザ小田原】は陸地、しかも『山上の孤島』と化してしまう。
 そこで仕方がないから、宿泊の親子連れなどは車を出してコンビニを捜して夜食を仕入れに行ったり(笑)、はるばる湯河原や小田原の街へ服を着替えて下って行っては、パチンコなどに出掛けるしか”長い夜”、ヒマのつぶしようがないのだそうだ(笑)。
 このお得意様の場合、「あきれ返って自宅に帰ってきちゃった」(笑)そうである…。

 こうして当然のごとく『スパウザ…』はつぶれ、それをなんと『わずか8億5000万円』で小田原市に買い上げてもらい、それをヒルトンホテルチェーンが『1年4億5000万円の家賃』で借り、いまや悪戦苦闘中なのだという。
 小田原市にそうしたタダ同然で売ったのも、同庁は失業者対策を抱き合わせで考えて、
 『従来の「スパウザ従業員」をできれば全員かかえて欲しい…』との付帯条件があった(から多くが”ヒいてしまう”のである)が、ヒルトンという『民間の客商売』にかかってしまうと、現在ではわずか[1/3]だけで、あとは辞めていった…といういかにも当然の数字がある。

 いかにこうした、官製「やらずかっぱらい」の体制が天下り泥棒筆頭に、人材をスポイルしているか良く判るまるでモデルハウスのようなケースではないか。
 
 ことほど左様に、現在の政官界というものは狂っている。
 『とりあえず軌道を修正する必要とはイデオロギーでもご贔屓政党のためでもない。

 もう日本国民が「生存してゆく」ためには仕方のない選択なのである。
 今こそ右も左もない…と思う。

 どうソロバンをはじいたって、政官の癒着構造を正しく、法律に従ってセパレートしなければ、明日はない。

 自民の窮地を、公明がまたぞろ、この参院選で救うこととなった。

 ボクは他人事ながら心配してしまうことがある、それは公明党を支える創価学会のことである。

 というのも、今は池田大作さんがしっかりしているから睨みのひとつも効くだろう。
 だけど、誰も云わないけれどもあの池田さんにもし事故でも病気でも、”何か”があったらどうするのか。

 秋谷さんや神崎さんで、はたしてこれまでのようなリーダーシップを保ち続けることが出来るのか。
 できると思う…のならそれは「信心」なのであって、「確信」とはほど遠いのではないか。
 あの党は現在とてつもなく結党当時とはほど遠い場所に”列車”を停めている…とボクは思う。

 戸田城聖という先達からバトンを受け、以来、たった一人の機関士の池田さんが、ここまで乗客の学会員を載せ、良くも悪くも取り引きに取り引きを重ねて運んで来られた公明号ではないのか。
 「副機関士」の数だけは多いけれども、果たして操縦席のキー自体、持っている方となるとどなたなら大丈夫…なのか。

 「異論」はあるに決まっている。
 だけどボクがあの宗教団体に云いたいのは、ひるがえって、自民党が従来どおりの盟友関係を保つような人々なのか、あの党のどんな連中が頑張るというアテがある…というのだろう。

 そこまで義理や人情を大切にしてきた人種であるならば、最初から苦労はない(笑)。
 「連中」とは、理念さえ、いや清潔感や道徳観などさえ「社会の先頭に立って」むしろブチ壊してきた張本人として戦後、存在してきた集団的経済犯常習者ではなかったのか。

 官界や経済界との「癒着大好き」政治家と官僚は常にコンビを組んで2004年に至っている…のである。

 その中でもコアな位置をしめる『自民・与党』にこそ泣いて反省してもらわなければならないのではないか。

 公明党もいいかげん目を覚ますときである。連中なくしての自立を考えておかないと、最初につぶされるのがどちらであるかは、言をまたない。

 ボクは身の回りにたまたまいる=「郵政省の利権にすがりつく連中」が、その”末端”まで一丸となって、カルト教団まがいの「被害者意識かきたてる流言」で洗脳し、ただただ『小泉憎し』でまとまり、どうにか「足を引っ張るための工作」を追求し、今にちも日陰にもぐって蠢いているのを知っている。

 ここまで「恨まれている小泉さん…」。逆説的なようだが【敵の敵は味方】ということになり、だからボクは小泉さんをこの点でだけは評価できるのである。
 評価などしたくはないけど、他にやってくれる者があの党では絶望的なので仕方がない。

 話はガラリと変わって…
 『ゼンリツセン』じゃなかったジェンキンスさんと、ひとみさん一家とのあの『対面』はナンなんだ。
 ああしたシチュエイション背負っている方たちだけに、悪くは書きにくい…それを政府与党はフルに利用しているように思える。

 あの対面には一説によると「1週間で3億もの」税金を日本は消費することになるのだという。
 それもいいだろう、人のカネだからあんなことをしていられる、それを役人や政治家に『おやんなさい』と立場を保証してやっているのが他ならぬボクら国民なんだから。
 
 それにしても『あの”深刻劇”』を投票日前に持ってきて、たいした”世論誘導”を謀ったもんだ。
 それが、案に相違して『選挙にネガティヴな効果』という誤算を招いてしまった…のは皮肉な事実だろう。

 これははっきりと言うが、アメリカ型の(一種の)政治謀略”劇”である。

 それを「日本人でやったのがヤバい」っすよセンパイ、マチガイッすよ。
 甘いな、それにしても甘い、まるで『喫茶 ルノアール』で出されるココアのように甘い(笑)。

 それは『曽我ひとみさんが、思ったより情熱的だった』(笑)ために、日本人の”恵まれない”婦人票(笑)が「反自民」に流れたというのも、あながちマト外れではないと思っている。

 『どうせなら、カゲに行ってやればよかったじゃない。だってさ、ちょっとガマンすればホテルへ行くんでしょ。そうしたら”一晩中”だってできるじゃあないのよネ〜』
 これは73歳と83歳の近所のババアが日曜(投票日)の朝、わが町屋「Dennys」で、「朝定食」食べながら笑い合っていたのを、隣のボックスに座っていたボクは『ナルホドなぁ〜』と、世論の思わぬ厳しさ(?)に驚いた勉強になった…のである。

 この『深刻劇』とは「出演者」はご覧の通りだが、作・演出があってそれは「主催・政府与党 共催・外務省&総理府 後援・朝民政府…」と考えた方が判りやすいんだろうね。

 それをバカなもんであのプライムタイムに【特別番組で同時中継】カマすTV局の意図は間違いなく、政府与党への”ワイロ”とか”貢ぎ物”のようなもの…というか、よくあるタニマチの”大量チケットまとめ買い”と質を同じにしている。
 それにしても、日本政府のシナリオはこの『感動のご対面』に終らない。

 新聞各紙を読んでいてどうにも腑に落ちないのが、ジェンキンス氏を何故、ナニが何でも日本に迎え入れようとする「ヘタな工作」である。
 『腹部の手術を(朝民で)した』
 『術後、化膿しているので手当てが必要。』
 『再手術まで必要かも』…。
 だったらいったい、何の病気で、どうして病名を伏せる必要があるのか。

 かといって伏せなければならないような『ガン』などのような難しい病気ではなさそうである。
 というのも、腹腔内で『化膿している』のなら高熱は出るし、歩行はおろか航空機での移動による気圧-血圧の異変など「ヘタすれば即死」となるものだ。

 そもそも『化膿』というものは時間とともに進行するもの…なんて、中学生だって識っているだろう。
 ならば、とりあえずジャカルタでその化膿を食い止めるために、抗生物質やら傷口の保護だろう。
 どうして来日して、米側の出方を試してまでの”危険”を冒すのか、それが最善の策ならいい。

 だけども「最善」こそ、朝民も米国もそろって黙認してくれるのが”ジャカルタ滞在…の医療措置”ではないのか。

 申し上げておく、一度でもアメリカにすんだ者なら識っている。

 『脱走兵』というもの、それは『敵前逃亡』者にほかならない。
 さらに『朝民のために政治宣伝工作』にまで”利用された(?)”との罪状がジェンキンス氏にかけられているのである。

 これはアメリカにおいて、「国家と国民に対しての反逆」として自動的に捉える。
 一片の同情もかち得ない重罪である。
 云ってみれば、部隊の仲間と一緒に戦っていてそっと友軍から離れ、対峙している敵軍に混じり、銃の先を逆に”仲間に”向けてきた…という捉え方…それが『脱走兵』という罪人への規定の仕方である。

 仮に敵の対峙部隊の中にこの兵を見付けたならば、狙撃兵のスコープは敵軍の将ではなく、まっ先にこの『脱走兵』へと照準を自動的に合わせることになる、例外はない。

 というのも将軍の代わりはいるが、『脱走兵』は最初から敵のスパイの可能性もあり、友軍の致命的な情報が敵に生きている限り、刻々と伝わってしまう事を意味するからである。

 日本は戦争が身近でないからこの感覚が解らないのだろう。

 「軍法会議」で氏がかち得ることが出来そうな情状といったら「ただ一つ」。
 それは『あんな朝民のようなサイテーの国に40年間も居たから同情できる』という、トホホな理由しかない。
 ボクは学友や、ハワイの友人の家族らが、イタリー戦線やらヴェトナム、カンボジアなどで”徴兵(「サービス」という)”で泣いて(一緒に泣いて)きたために、このジェンキンス氏に対しては大変に”乾燥した”冷たい目でしかとうてい眺めることが出来な(くて申し訳けな)い。

 いずれにせよ、日本に連れてきて結局問題はないのか、「ない」と強弁しているけれどおかしいと思う。
 日本と米国の間には引渡し条約はあるが拒否できる…という。
 だが、彼は米軍兵士であるのを忘れてはいないのか。

 となると、「民間人なら」アメリカも引き下がらざるを得まい。「主権の侵害」となるからだ。
 だが、「軍人なら」大手を振ってジェンキンス氏を逮捕することが法的にも充分に可能なのだ。

 それは『日米安保条約』のもと、『日米地位協定』といったいわば「上下関係」を明確にしたものがあって、『米軍が軍事上の軍規違反者である米兵を逮捕する』なら、話は日本国内法は及ばないのである。
 彼らがあえて、『「日米安保」の恐ろしい一面』をさらけ出してまでジェンキンス逮捕に踏み切るのが得策かどうか…はこれから判る。

 こんな”危険性”について、考えたって判りそうなもんだ。

 仮に米軍基地から戦車を乗っ取って日本の街に出てきた米兵(命令違反)を、日本の政府が待ったをかけて、米軍による逮捕をさせないのか…というのと同じことだ。

 だが、イラクではアメリカ軍からついに脱走兵が出始めるに至っている。
 これはジェンキンス氏にとってはネガティヴな情勢である。
 【脱走兵への断固たる姿勢】を米軍はみせる必要があるからだ。

 あまりに同氏にまつわる週明けの『ジャカルタ後』が不明瞭であるためにここまで考えてしまった。
 さすがにこんな家族の対面に、水をさすような無粋を(以下に合法とはいえ)アメリカがするとは思えないが、杞憂で終わって欲しいものだ。

7月11日(日)  朝日新聞は【球団オーナー】になれ!  (^o^) まあまあ
 朝日新聞の7月9日朝刊の「社説」で「1リーグ」について名文が掲載されていた。
 大したものだ、あの”歳とった幼児”のタワ言を許し続ける「讀賣新聞」とは、この一文を読むかぎりではまさに、雲泥の差である。

 それでも我が家が『讀賣』を購読しているのかが理解できない。
 どうして朝日を毎月とってやらないのか…不思議である。

 おそらく、配達人の韓国人がカンジが良くて、朝日の配達人がそれに劣っている…ということに起因するのだろう。
 そして、”決定打”はその韓国人が半年ごとにくれる「アタック」という洗剤8ケのほうが、『良識』にまさっているということのようだ(笑)。

 そして、いっそ『朝日新聞』として球団のオーナーになってもらえないものだろうか。
 これは我ながら名案である。『バカ辺』は「ライブドア」という会社を
 『オレが知らないような会社じゃダメだ』とのたまったが、『朝日新聞』なら知らないとは言わせない(笑)。

 「讀賣対朝日」のライバル対決となったら、代理戦争。イヤでも球趣は盛り上がるだろうし視聴率もアップするだろう。おそらく、ヘラヘラ笑っているような選手など、それぞれの新聞拡張員なんかのヤクザまがいが影に連れて行ってブッ飛ばしたりするからメチャクチャいい試合ばかりになるだろう。

 ウンこりゃいい、「ライバル対決」。「犬猿の仲」対決でもいいなあ。
 いっそこうして色々な業界ライバル企業を誘致してグラウンドを舞台にして代理戦争を見せてもらえると経済も活況を呈することになるだろう。
 球場に行ったお客さんもモロに『ガチンコ対決』だけに、一瞬も目をそらさずにグラウンドでの勝負に集中することだろう。
 野球も負けて、業績まで遅れとる…ことなど、ダブルで会社の恥となるだろうからこりゃあ面白い。

 とりあえず、『日本航空vs;全日空』とか、資金さえ許せば『とんねるずvs;ダウンタウン』(汗)とか、見逃せないだろう。
 それとか『ロッテリアvs;マクドナルド』、ちょっとマイナーなところでは『アパガードvs;サンスター』なんていうのも「商標権遺恨がらみ」なんてのも見逃せないぞ(笑)。
 そば屋も『永坂更科vs;永坂更科本家』もかなりキツそうに闘うだろうなあ(笑)。あとは頑張って「球団を買収」するだけで済む(笑)。

 『小学館vs;講談社』というのもいいし、『週刊新潮vs;週刊文春』などどというのは、相当に口汚くなりそうだけど、いつも突っ込み専門が、突っ込まれるのだから面白いぞこりゃ。
 忘れていたけど『極東会vs;国粋会』という顔ぶれなんか”親会社”とはいえ、常に反響は絶大なはずだ。
 そのアカツキにはおそらく、『週刊実話』なんかがほとんどスポーツ誌みたいになっていたりして。

 まあいい、全文をここに取り上げる、皆さん、なるべく朝日を購読してあげましょう。

【その前にやることがある】
 
 プロ野球は1リーグ制にかじを切った。近鉄とオリックスの合併話が浮上して1ヶ月足らず、あれよあれよという間に既成事実が積み上げられる。

 戦後、幅広い人気を集めてきたプロ野球は曲がり角を迎えている。
観客数もテレビの視聴率も、ひところの勢いは消えている。球界を代表する選手は次々と大リーグへ移ってしまった。

 手をこまねいて入られないと経営者が焦るのは当然だろう。手あかのついた2リーグから少数精鋭の1リーグへ、という構想はかねてからささやかれていた。
 とはいえ、1リーグへひた走る今回の動きは、スポーツのさわやかさや明快さにはほど遠い。

 たとえば、先日のオーナー会議だ。
 「もうひとつの合併話が進行中です」。
 そう西武の堤義明オーナーが発言したのは、議事が終ってからのことだ。
 近鉄とオリックスの合併さえ、まだ正式に認められたわけではない。それなのに、巨人の渡辺恒雄オーナーらが賛同して、1リーグ制への流れが決まった。

 こうした重要なことを決めるには野球協約でルールが定められている。それをもとに、労組プロ野球選手会の古田敦也会長は選手と経営者側が話しあう『特別委員会』を開くよう要求した。当然のことだろう。1リーグをめざすならば、本来、そうした手順を踏むべきなのだ。

 球団の経営が苦しくなった理由のひとつに、選手の年俸がふくらみ過ぎたことがある。選手会は自分たちの年俸を議論してもいい、といっている。渡りに船ではないか。1リーグ制を急ぐ前に、率直に話し合ってもらいたい。

 他にもオーナーたちが手をつけるべきことはいくつもある。
 ドラフトを下位球団から順位指名するウェーバー制にする。新人契約につきものといわれる『裏金』を監視する機関を作る。テレビ放映権をコミッショナーが管理し、全球団に分配する。面白い試合を見せ、球界全体を安定させるには、こうした大手術が欠かせない。

 改革のときこそ、最終決定者であるコミッショナーの出番だ。公正取引委員長として公正な競争の実現に努めた根来泰周氏なら、先刻ご承知のことだろう。

 有力オーナーたちの無理押しで1リーグ制に移しても、球界のゆがみを正さなければ、遠からず行き詰まる球団が再び出てくる。プロスポーツが増え、大リーグが身近になったことでファンの目が肥えていることを忘れてはならない。

 縮小均衡を続け、選手のすそ野が狭まることも心配だ。3軍までつくり、アマチュアと交流させる構想もある。だが、チームがあっけなく消えるようなプロ野球に少年たちはあこがれるだろうか。

 渡辺オーナーは記者会見で「朝日新聞の論調に迎合するような方向に引きずられる必要はない」と語った。私たちは、プロ野球のために、議論を尽くすよう呼びかけているのだ。

 その気持ちを理解してもらえないのは、なんとも寂しい。

7月8日(木)  浅野ゆう子『ブガ』事件  (^o^) まあまあ
 今日はひさびさにどうでもいいことを書こう(いつもそうかも知れないが)。

 あ、その前にサンスポの紙面に評論家坂井久之氏のコメントが載っていた。

 『プロ野球の機構は「生産者」、ファンは「消費者」という関係をオーナー会議は無視していると思う』との表現で最近の『合併騒動』を斬っておられた。

 氏は他でもないボクの育った東京オリオンズ渉外部長職から球界入り。
 そして、西武ライオンズ、ダイエーホークスと代表まで務められた方、視点がクリアで誤っている点をしっかち摘出されているところがいい。

 ところでこの頃流行っているのかもしれないが、電車内を移動していると、バカが足を通路中央までふさぐように投げ出しているシーンに出会う。

 かつてボクは「歩いているテンポを崩す」事と、「歩く方向を迂回したりなどしたくない」から、そのバカの「足首のあたり」がたまたま不幸にしてコース上だった、上手にそのまま踏んで通過したりした(笑)。

 それを家で話したら、「あなたの方が悪い」と家内に叱られたのでもうやらないけれど、雨の日のラッシュ中の電車で、隣に腰掛けていたバカが、持っている傘を前に立つ吊り革組の「両足首の間あたり」にその濡れたカサの先を突っ込む形で置いている。

 普通のまともな人間ならそんな状態のカサは垂直にして、なるべく人々の足首などの邪魔をしないよう、しずくの溜まる場所も自分の側に…と気を使うのが当たり前だ。

 だけど、そのバカはカサを約60度くらいの角度にして、目の前の人波へと伸ばしているものだから、ボクが東京駅で席を立ち、ドア側へと横方向に移動するとなるとそのカサが「遮断機」になって、そちら方向が通せんぼ状態になっており、大きくまたぐとなると靴で誰かの下半身を汚しかねない…そんな「立ち位置」となってしまっていた。
 そこで、仕方ないから目の前の人ごみに突入し、そのためにドアまで幾人も掻き分け、譲り合ってもらうハメになどなりたくない、それは誤った選択だ。

 そしてそのバカは、驚いたことにボクがこれからどうするのか、両目で追いながらその「カサの角度」をどうもしないどころか、逆に45度くらいに遮断したものだから、ボクはかえってスッキリなれた(笑)。

 こうなれば「道」はひとつ…である。
 ニコニコしながらボクの靴はその透明カサへとつま先を向け、遮断されている「道」へと一歩目の進軍を開始した。
 バキバキッビキ!

 ああ、堂々の進軍である(笑)。
 目の下を『く』の字に折れ曲がったカサが横たわっている…。

 あ、気の毒に…とてもかわいそうだった。カサくん、ごめんね(笑)。

 『通れねえだろ!』
 こんなごあいさつくらい差し上げておくのが礼儀である、ウフッ。

 最近データ的に判ったのだが、どこの土地にかぎらず日本国内の交通機関で横行する、冒頭のような、通路中央まで「不等に足を伸ばしている」者…いや、バカどもに共通していることがある。
 笑ったことに、どいつもこいつも
 おしなべて『脚が短い』という点で共通していたのである。

 あれはチビさんほど身長を大きく見せたいとか、小男ほどサイズの大きい服を選ぶもの…といった
 『巨人願望』なのであって、そのコンプレックスがそうした足の無責任(いや挑戦的 笑)な投げ出し方をさせてしまっているらしい。

 脚がそもそも短いのだから、どうやって中央付近まで進出させているのか、というと、イスの背もたれに背中を密着させるお行儀の良い座り方とは逆に、後頭部だけ背もたれに、そこからまるで寝そべるように斜めに身体をあずけ、ケツの先っちょだけ座席の全部に乗っけているという姿勢だからできるのである、まことに憐れでならない体型ではある。

 あれほど、腰に負担がかかる座り方はちょっとないだろう。世の中の整形外科医はアレを見たら即座に注意してあげなくちゃいけない。時には実力で”矯正”してもらいたいものだ。

 『ほらほら、おたく。腰に悪いですよぅっ!』とかいいながら座っているモモへ横から靴のカカトでキックを炸裂させるのだ。これは腰にもいい。あたら腰痛もちになるのは目に見えているのであるから、これも仁術の一環なのだ、ありがたくワザを愛あるメッセージとして受け取ってもらいたいものだ。

 しかし、あのためにボクの歩行コースが迂回させられるのはやっぱり気分が悪いなあ。

 すぐ『暴力事件』になっちゃうもんなあ…、ああシャクだ。カサは器物損壊だからまあいいとして(よくねえよ 笑)。

 ところで、人間というものは肉体が老化してくると、どうでもいいような部分に変化が起きる。
 たとえば、味噌汁などを戴いていて、ふいにムセたりして、たまに気管などに入れてしまうなどは、アレは老化現象のひとつなのだそうだ。

 同級生だった男が云っていたが
 『35歳すぎて、目の調子がヘンかな…』と思ったら、それはひとえに『老眼の第一歩』なのだ、という。
 こいつは随分と勝手な決めつけをするヤツだなあ…と腹の一部が立っていたらなんのことはない、こいつは眼科医になっていたので、自分勝手なことを偉そうに述べるようになったわけである。

 で、中年おばさんらと話をしていると笑いの最中に息を継ぐ際、若い時なら無音で済んでいた吸気音が、『ブガ』と音を出してしまうことがある。

 よく、ブタの鳴き声を真似して、鼻の奥をゆるめて鳴らす…あのブガとかホガ、の類である。
 これは鼻の奥の粘膜にシマリがなくなってきたことを意味する。

 だから中年おばさんなどは笑いすぎると、よくこの『ブガ』をしては『アラいやだわ〜』なんて云っているが、アレは不覚などというものではないのである。
 残酷だけど老化が始まったんだよ…と、親切にそこで間髪をいれずに、真相を突き付けてあげたいものだ。逃げ道に退避して済ませられる問題ではないのだから(笑)。

 そうしておいて、永遠の美女 浅野ゆう子さんである。
 忘れるところだった、誰も云わないからボクが書き残しておいてあげたい(笑)。

 彼女が先月、朝日放送制作の土曜日朝ワイドショウ、『旅サラダ』にゲスト出演してラスベガスロケについてをレポートしていた時、VTRが終わりスタジオに帰ってきた時の事、ナマで神田正輝さんら司会人の真ん中に座りゆう子さんが感想などを述べていた時、ゆう子姫は誰だったかのギャグでお笑いになった…すると
 『ブゴ』と語尾詰まり型のこもった『ブガ』をその場でカマされたのである(笑)。

 朝メシの最中のこちとらはゆう子姫が思わずサッと口に手を当てて、とっさに誤魔化されようとしていた仕草の素早いのも見逃さず、思わず出てしまったアレがじつは『常習ブガ?』であるらしい容疑もかけてしまったのである。

 どうでもいいことだけれども、普通の人が『ブゴ』をやったからといって、そりゃ当たり前のことだと聞き流せる。だが、浅野ゆう子の『ブガ』は貴重でレア物である(笑)。
 あの人の”老い”をこんな形で目の当たりにしてしまい、人の一生というものがいかにはかないか突き付けられ、ボクの背には朝っぱらから寂寥たる想いにかられたけれど、これは貴重な体験だったまさに『お宝ブガ』、プラチナ『ブガ』である(笑)。

 あの時のVTRを名場面・珍場面に、テレ朝系として加えてもおかしくない衝撃(音)映像には違いないのだが、まさか浅野さんサイド的にはNGなんだろうなあ。
 あの朝だけゆう子姫につられ、いつものCX系ワイドショウから、こちらのテレ朝系に浮気して偶然得た僥倖なんだけど、これも当方日頃の行いがいいからにほかならないのである。

 もしVTR持っている方がいたら1万円で買います。

7月6日(火)  ついに辞任か、渡辺恒雄  (^o^) まあまあ
 大阪伊丹空港にお昼着。
 コンクリートで固めた空港はヒートアイランドなどという”夢のある”響きとは縁遠く、【炎暑】そのもの。

 乗りこんだタクシーの運転手氏が『あさってこいつを廃車にするんです』と、車の古さをキマリ悪そうにいった。
 【14万キロ苦楽を共にしてきた】車で走行にはなんら支障はないそうだ。

 「さみしいですねえ、ボクもモノとは別れられない性分なんです。」後部座席で車内を見回した。

 その言葉には、氏も喜んでくれた。
 さすがにクーラーが利かないのも、猛暑のせいなのかそれとも”年季”なのだろうか。
 『お客さんが乗ってくれない時なんかねえ、何べんもこの車にゃあ話し掛けたりもしたもんですワ。』
 ハンドルの弧を白い手袋が撫でていた。パーツのほとんどは自分で替えてきたという。

 「取り替えなくたっていいのに…」
 
 『応援してまっさかい…』
 局の玄関前で降りた時、この「コンビ」には、なんだかとても励まされたような気持ちになれた。

 今日は、ボクの活動の場を求めるうち、関西テレビの制作局長上沼さん(恵美子さんのご亭主)がじきじきにお声をかけて下さったので、はせ参じた次第。

 いきなり、ご紹介にあずかった局Pから
 『前野サンだったら「今の近鉄の買収額」いくらくらいが妥当だと思われますか』
 (わっ、いきなりの「適性審査」だ!。)

 「そうですね、80億から70億でしょうか。機構側に行きがかり上30億は払わされる事になるでしょうから、実質は40〜50億円というわけで、これは高いようですけれど、『日本でたった12株』しか公開されていない、”超有名企業株”というその『1株』が買えるお値段というわけで、これが高いと考えるような人は初めからこのビジネスには向いていないということです。」

 「この数字の根拠というものが実はあって、ボクのところには「メジャーのある球団を250〜300億円で」買ってくれる相手先はいないか…という商談が持ち込まれています。これも全米でたった30株(球団)のうちの1株で、世界的に知られている条件で、このお値段であるわけですから(笑)、近鉄もそのお値段なら間違いではないでしょう。」

 いったいどのようなモノを自分から引っ張り出して下さるのか、やりとりをニヤニヤしながらご覧になっておられたが、さて、我がことながら上沼マジックにはワクワクしてしまう。

 適当な”守備位置”を検討してくださるとのことで、本当にありがたい。

 打ち合わせ後、局舎前のJRガード下のスタンド焼肉屋で昼メシ。
 すでに羽田で軽く食っていたけれど、ここの愛嬌のいいおばちゃんの顔が見たくてさらに喰ってしまう。

 BSEの問題で米牛肉の禁輸が続くなか、こうした焼肉屋さんはホンネなら、
 『タン(特に「並」のクラス)はしばらくの間売り切れ』として、出したくないところだろう。

 でなければ「値の張る和牛」を使わなければならないし、日本全国の肉卸屋で「タン」が、一気に売り手市場で価格高騰。
 よっぽど値段を高くしないと焼肉屋サイドとしては「原価とは折り合わないけれど、そうもいかない…」といったジレンマに置かれ苦戦中だ。

 だから今焼肉屋で、値段を「安く抑えたままでそれでも美味しいまま…」というなら、そこの経営は『無理してでもお客さんを大事にしたい』といった経営姿勢の現われだからチェックして、評価してあげたい。

 損はしたくないのは誰でも同じだが、
 『当分の間、タンは扱いません』という店はちょっと考えもの…ということになる。

 最近、驚いたのは内の近所の肉問屋に、今まで一度も電話さえ受けたことがなかった『仙台の牛タン屋』が、それこそ列をなしての『売ってくれ』コールひっきりなしだったのだそうである。
 ちなみにここは「和牛」「米牛」の両方を扱っているが、今はとっくにストックはゼロだという。

 生ビール呑みながら店のテレビ見上げると、久々に関テレの畏友、局アナのヤマヒロさんこと、山本浩之さんが昼のワイド情報番組『二時ワクッ』でメインの司会に座り(いや、立って)頑張っていた。
 企画もゲストの顔ぶれも、今までのイメージとはがらりと変わり明るくなっていた。
 おおいに笑えたし、とても面白かった。

 ヤマヒロさんがすっかりタレント性前面に、活き活きとしてスタジオをまとめていたのには目を見張った。
 フリーになったら寂しいが、充分にタレント司会業でもやっていけるではないか。

 じつはこの方、大阪のいくつかのホテルで結婚式をやる場合、『ヤマヒロさんで』と”指名”できるらしいから関西とは自由でじつにうらやましいシステムだ。
 『顔と頭こそ面白い』けれど、声はなかなか渋い(笑)。

 この脱皮(毛?)ぶりはとてもうれしく、久々にこの地にやってきた甲斐があったというもの。

 ある日曜日CXの競馬中継で、関西テレビによる重賞レース現場実況を杉本アナメインでやっていた時に、『ゲートイン実況』をヤマヒロさんが担当していた。

 そこを、ある厩務員らが話しかけてきたのである
 『あんたら「外部の人」はええなあ、馬券を買ってもええんやから…』という、首をひねりつつ言葉のワケを訊くと
 『次の最終レースに出る、XX厩舎のO枠馬、担当の者が言うとったけど「調子は絶好調で人気薄だが今日はイケる」なんやと…』
 
 ヤマヒロさんは急いでスタンドへ取って返し、財布の中身、さらに小銭入れまでひっくり返してその馬にまさに有り金すべて突っ込んだのだ…そうである。

 こうした話は昔から、だいたい結末(オチ?)は云わずとも判る…ことばかりだけれど、この話も例外ではなかった(笑)。

 京都競馬場のある淀から、ヤマヒロさんの住まいのある奈良市まで、電車賃まできれいさっぱりスッて、誰に事情を話す訳にも行かず、たった一人でトボトボ歩いて帰ったそうである。
 淀から奈良まで…か、なあにたいした距離じゃあないさ、たったの30キロそこそこだもん(笑)。

 ヤマヒロさんのこんな”秘話”ならまだまだ知っているけれど、ご本人の承諾がないと…またの機会に(笑)。

 ホテルでゆっくりしていると、例の「近鉄・オリックス合併問題」につきマイク突きつけられた相手が

 『”そんなコト”よりも今は参議院選挙の結果の方が大事だ。』と、ニベもない対応。
 
 そうか”その程度のコト”だったのか、参議院選挙で革命でもおきて共産党の一党独裁政権でも誕生するのかもしれない政局だったのか、知らなかった。

 そりゃあいいな、そうなったらプロ野球なんかやってはいけないことになるし、そもそも讀賣新聞のように旧政権政府与党の御用機関紙の関係者らなど、まっ先に逮捕・投獄となることだろう。

 是非ともそうした制裁がこの『自分さえよけりゃ他はどうなったって構わない』というキチガイ爺ィに下される事を心底から願いたい。
 こいつは文章や主張をカネに替えて儲けている野郎である。

 それなのに、この『日本球界の明日』についての一大事について、『そんなコト』と一蹴する事ができる問題意識しかこのキチガイは持っていない。
 ならば、「ファンやメディア、そして選手会」という我々とは『そんなコトに右往左往されている』程度の者ども、と規定されたに等しい。

 なんという自由奔放さ(笑)であろうか、これでも文句をいえない、百歩譲って諫言をする周囲さえいない。それでいて十二分に権力を欲しいままにできる…というのだから、どんな国なのだろう。
 また、どんな国の言論機関なのだろう。
 もうこれは『裸の王様』などという比喩の問題を超えている。

 道徳や、道義それに正義を説いて聞かせるような主張を、この世間に対し讀賣新聞というメディアはどの口さげて云えるのだろうか。
 記者も論説委員も、白と黒の色分けさえできないで『カラスは白い』といったようなすっとん狂を、ここのトップである【歩く社是】がブチまくったところで、日本人においてこのキチガイだけは例外として道徳を問われた事はないのである。

 この治外法権ぶりはいったい何が、どう作用して保証されているのか…というと、こいつの見識でも人間的魅力でもない事は確かである、おまけに声までが安っぽい(笑)。

 考えてみたら、「讀賣のトップ」であるということよりも、ひょっとして【巨人軍】という金の卵を産むニワトリのオヤジである…という「モメント」の方が、このファッショ体質を保証しているような気がしてならない。

 なあんだそんな程度のことだったのか…という気も半面するのだけれど。

 だって、日テレだってTBSやCXを観られたらアウツだし、讀賣だって別に、ウチへの配達担当の韓国人がカンジがいいから毎月イヤだけど取っているだけのことで、できれば朝日の方が活字の量も多いし、毎日だって必死で編集しているマジメさは好感持てるし、紙一重の権威にしかすぎないのである。

 だけど、巨人という存在となるといちいち気になるわけで、勝っても負けても重大な影響力を及ぼしてくるのはまったく迷惑なのである。
 職業柄、贔屓球団は作らないのだけれども、巨人のオーナー氏のような誤った道徳観が抵抗もなく大手を振って歩くなど「道義的に」黙っておく事はできない、「球団の問題」ではなく、ひとしく『個人的資質の問題』なのである。

 かつての『江川問題』の再来である。
 周囲も世間も、位置関係すらわきまえ(られ?)ないという、「病的な無感覚」という感覚である。
 こうして『強い者が強い者らしく、弱い者をおもんぱかる』といったダンディズムがまったくないという生き方は、幼児の世界にしかないものである。
 それは成長とともに、接した人々との協調を重ねることで発達してゆく経験がいまだ始まっていないからである。

 それをワタナベツネオという老人にあたっては、人類学的にも珍しい存在で、成長したり、そうした第三者の存在を許容したり、さらに云えば『与える…という悦び』を脳の内実が幼児のまま、学習することなくタンパク質だけ”量的に発達した”個体ということができる(笑)。

 これだけの一大事が『そんなコト』なのであるという認識は、おそらく、じしんの頭がすでに球界から離れて『幽体離脱』してしまっているのだろう。
 であるから、あの硬直したおそらく辞任したいのではないのか。もう「資格」など問うべき段階はとうに終えている。

 ひるがえって、オリックスブルーウェーブに云いたい。
 彼らにも道徳観というものがない。

 パリーグファンなら忘れもしない、1988年10月19日あの歴史的な『近鉄・ロッテ川崎決戦』のあの日、この紳士(?)宮内オリックスはこともあろうにこの日、「別の場所」で、『阪急ブレーブス買収』の記者会見を開く…と電撃発表したのを忘れてはならない。

 これがもしかするとこの「合併劇」の本質であるかもしれないからだ。
 当日川崎球場の記者席はあの日が、あんな劇的な展開になる前の段階から大混乱となった
 『どうしてこんな日に、身売りなんか発表するんだ』
 『オリックスって、いったいどこなんだ、球界への礼というものを知らなすぎる』

 いうまでもなく、この日まで近鉄は18連敗のボロボロであった。
 ところが、たった『1勝でも挙げたら』リーグ優勝!なのだから、こんなタイミングで買収の発表をぶつけるなんて、『せめて”優勝”記事と抱き合わせで「部数が売れる」日付け』に便乗したい…ためのサル工作か?と指摘されてもおかしくない、いずれにせよ規則や道義などわきまえぬ、露骨なサモしさではあった。

 おかげでこのカードだけですべてセパ両リーグ日程を終了しているため、「動ける記者」はここの川崎組から多くが割かれて、球場を後に会見場へと向かうハメになったのである。

 とりあえず、「ライブドア」という会社が出現してしまうと、このオリックスという会社の意図というものが『近鉄の救済』という当初は喧伝されてきた「美談」とはだいぶ違って来たようだ。

 近鉄の言い分にしろ、『近鉄2割オリックス8割』といった将来の取り分の『既得権』らしきものを振りかざして、『合併はすでに既定のこと』と繰り返し、「ライブドア」なる王子様には悪態をついてみせることで、”新しいご主人様”との関係を第一にしてみせる『忠犬』へと成り下がっている姿のなんと情けないことか。

 したがって、オーナー会議なる「老害会議」の唱える『プロ球界の発展』という大義名分がひとたまりもなく、早くも崩壊してしまうのはあざ笑って観なければならないブザマさだろう。
 
 オリ・近ともに『一度した約束は守らなければならない信義』。
 ふん、面白い事を云う。

 この両者のどこかにだけあって、お願いしたり陳情・署名までしている外部の誰にも見えてはこない”利益”は、どうやらすべてのファンや世間への信義など踏みつぶせるほどに偉大な価値である…ということか。

 選手会を持ち出すまでもなく、多くの素質がいまだ開花していない不器用な選手ら…や、奥さんがそっとパート勤めに出てかろうじて生活を支えている裏方さん…『ひとつの合併で最低でも60名』ほどのリストラ組が生じてくる現実を、もっと声を大にしてメディアはえぐり出して欲しい。

 不景気だ不景気だといって、日本の経営者は労働者に対し、利益が出ている企業はボーナスという「一時の金」をあてがってやり過ごし、大多数の企業は残業手当の支給を打ち切り、リストラで首切りされてゆく仲間たちを、もはや同僚や部下らも横目で見送るだけで憤ってやることもなくなった。

 この『合併』という、資本による「有無を言わせぬなリストラ劇」を許してはならない。
 そもそも、そうしたビジネスが出来ない才覚ならば初めっから、
 『球団経営』などといわず、”道楽者の趣味”でしかない商才を恥じて、新たなオーナー企業を探せばいいのだけの話である。またそうしたサーキュレイションが、活性化と呼ばれる風通しの良さなのではないか。

 極度のアレルギー反応をもってボクらは老害連中や、小汚い企業家らを監視して、圧力を可能な限り加えて行くべきではないだろうか。

7月5日(月)  タカさん追想記(下)  (;_;) 最悪
 ”事情”とはこうだった。

 サッチーはよく自分のマネーメイクでやっている【港東ムース】という中高生対象の少年野球チームを、この神宮で好きなように練習させていた。
 それはこのチームが、「Jリーグ」でいえば【ヤクルトスワローズのジュニアチームか】と思わせるほどに”親密”であった。

 ボクが驚いたのは、ある日の横浜での試合が雨で中止となり、急遽、ヤクルトが神宮の室内練習施設にバスで引き揚げてくると、すでにそこでは【ムース】が施設全体を使って練習の真っ最中。

 ヤクルトの誰も
 『ボクらにやらして下さい』と当時はこの少年野球チームに対し、絶対に云えるものではなかった。

 たしかにここは綿密にいえば『神宮外苑』の持ち物であり、『ヤクルトの持ち物ではない』し『ムースの持ち物』でもない。

 だが、現実にいえば『ヤクルトはシーズン中であり、ましてや試合が流れたらその時間を惜しんで守備も打撃もいくらだって練習をしておきたいもの』である。

 しかしこの頃の『野村ヤクルト』では、『佐知代ムース』のランクの方が、時としてエラいのである。

 この日も、練習を終らせてくれる(笑)まで、少年たちのはつらつとした姿を、ユニフォーム姿のままのスワローズのナインは文字どおり指をくわえて、「見学」するのみであった。

 これは一度や二度の天候がもたらしたハプニング…などではなく、番記者なら幾度も目撃している『ヤクルトのタブー』として広く知られていた。

 こうした中、事件は起きた。

 事もあろうにスワローズの方の「ナイン」を整列させ、サッチーが何やらミーティングを始めたのである。

 いぶかしげなナインの表情がすべてを物語っていた。対外的にも各社のメディアも見守っている。
 その現場の長であるタカさんは、せめてもの苦笑いを浮かべながらサッチーに耳打ちした。

 『ちょっとこれはマズイですよ、やめてくれませんか』

 そういうと、サッチーは柳眉を逆立てて、衆目見守る中、こう怒鳴りつけるのだった。
 『ちょっとあんた、いったい誰のおかげでメシ食べられるようになったと思ってんの?』
 『あんた、誰に(ロッテから)拾ってもらったと思ってんのよ!』

 タカさんは目蓋の内側が白くなったと述懐する。

 『その晩は悔しくてくやしくて、血の涙が出ました』

 後日となったけれどもボクは訊いた

 「で、野村さんのダンナさんは何とそれに対し云ったんでしょうか?」

 ケラケラ笑いながらタカさんは軽いものでも吹き飛ばすように言い捨てた。
 『ダメですよ、盲目だから(笑)。』
 『「もうお前とは一緒にやることは(今後)なくなったな…」それだけでした。』

 こんなコト、恥ずかしいですから誰にも云われんですよ。

 ボクはサッチーという人は本当に正直な人だと思う。
 もともとのご亭主が外人さんだったし、商売も外人相手、おそらくはすべてがこのヒトの場合、『「直訳」の感覚だけで、人生を生きているのだろう』と思えてならない。

 アメリカ人にしろそうだ。
 彼らは自分に血が流れている事を自覚してはいるが、「相手にも血が流れているかどうか」は考慮に入れない、どうでもいいものである。
 ヘヴィーな意味に聴こえるだろうが、日米の人間間におけるイサカイや誤解のたぐいというものは、意外と『後者が「あっちだって考えてくれてたっていいじゃないか」という甘え』に拠るものが多いとボクは考えている。

 そして野に下ったタカさんを、今度は時の寵児『ダイエーホークス』が身柄を引き取った…というより、田淵さんのご指名での入閣だった。

 田淵さんには敵はいない。
 いい意味で育ちの良さがさせるのだろうが、真っ正直にチームを編成する情熱は人一倍純粋だった。

 そうしたキャラが、『勝っているうち』はいいのだが、『負けると』非難ごうごうとなり、ガード一本槍の袋叩き状態になる。

 3年契約なのに、任期途中の2年目のオフで田淵監督は解雇を命ぜられる。
 仕方がない、この「旧南海ホークス」ハナから勝とうにも選手がいないのだから、誰がやっても勝ちようがない。

 親会社から”リストラされる中間管理職”の『田淵』さんを送る儀式…というものへ参加したら、『会社から”逆賊”とみられないか』と、小心な社員は心配でならないらしい。

 福岡を去る晩、田淵さんとのお別れ会をタカさんは企画、参加してみたら、他にもコーチやら裏方さんやら出席の約束していた者どもが現われず、なんと田淵さんだけ。

 そこへ、その参加予定者の名で電話が店にかかってきた。

 出ると、某職員「都合が悪く、来られない」と言う。さらにこう付け加えた。
 『田淵さんに伝えて欲しいんですが、チームのスタジャン。”貸与期間”が来年までですので、まだ返却して戴いていないから、戻しておいてくださいと…』

 市販の物とは違い、選手用のホークススタジャンは前のマーク、背中の鷹マークともにプリントではなく、『刺繍』と大変に手間がかかっているもの。
 たしか三宅一生のデザインで、選手用のものは10万を越す原価だと聞いた。

 貸与期間は3年、その期間中に退団やトレードされた者は球団に返納しなくてはならない、あくまでも『贈与』されたものではないのである。

 とはいえ、このあまりに無粋きわまる仕打ちに田淵さんは悔し涙にくれたそうである。
 タカさんも手をとって、いつか田淵さんが監督となった日には必ず一緒に…と、約束したそうである。

 それが、その田淵さんが他ならぬタカさんの遺影の前で焼香をしている。

 日が暮れた信濃町の斎場から駅に出る上り坂を、あの巨漢、田淵さんがたった一人で両肩を可哀相なくらいに丸めて、涙を浮かべボクの前をひとり、一歩一歩、唇を噛み締めいかにも重たげに、昇って行く。

 この男の背中には、同志を失った衝撃と、ポッカリと現われてしまったその突然の空白に、力を奪われてしまっている様子…が、はっきりと表れていた。

 石毛さんもあの明るさとはこの二日間、無縁だった。彼には西武から”掟破り”に現役にこだわった結果、やってきてダイエーで、タカさんから励ましを受け続けた恩からの涙だった。

 袴田や高沢、西村・水上らとボクは棺の中のタカさんの身体を、涙と白菊の花で一緒に埋めてやる役だった。10・19川崎決戦の頃の登場人物が全員ここにいた…いや、正確には有藤さんを除いて、だが。

 斉藤巧、岸川も泣いていた。
 松岡、角、与田、中日に行った川相さん、小久保などは二人の幼な子を連れ、家族全員で参列し愛用のバットに
 『ありがとうございました』と書いて棺の中のタカさんに添えたほどだったのである。

 奥さんの止まらない涙に小久保家との縁の深さを感じさせ、ボクもまたそこで泣いた。

 こうして考えてみると、彼らタカさんの信者らはどの顔も皆一様に、「谷あり山あり」それを越えなくてはならないような選手生活を送ったことがある者ばかりではないか。

 考えてみたらエリート選手という者はどこにもいない、そうしたカベに突き当たった時にいつでもタカさんは振り向いたらそこに立っていた。そして力になってやっていた。

 『たとえば、買い物をしていたとする。あちこち、好き勝手に見て歩いている…そのうち、ふと足が止まり、「これはどうなっているのか」さあ困った。「この品物はどういうものなのか」と、誰かに頼りたくてキョロキョロし…たら、あ、もうタカさんがここに立っている…そういった存在なんですよね高畠さんって』
 告別式の後、水上さんはボクにそう表現してみせた、さすがにたとえ話の巧い人である。

 西村の顔を見たら思い出したが、タカさんは『こいつに首位打者を獲らせたい』と云って、本当に90年に獲らせてしまったことをボクは思い出していた。

 ある日川崎のベンチ裏で、ニシが右手とバットをバンテージでぐるぐる巻きに固定されて、昼食のうどんも残された左手(笑)で、不器用に口に運んでいるのである。

 他のナインらがニシが左手で何かをしようとするたびに失敗するのを、ニヤニヤしながら眺めていた。
 それもこれも、タカさんが本来は右打者のニシに『スイッチヒッターをさせよう』と発案し、右手でバットの引き腕を鍛え、その「一体感」を味あわせるためのバンテージ固定だったのである。

 右手は当然固定されているから、使えるのは左手なので、片手にバットを持ち続け左手だけで何ごとも不器用にこなそうとするこの”特訓”は、時として川崎駅前の「日航ホテル」に缶詰状態の合宿生活まで二人は送るのであった。

 思い起こしてみたら、このあたりの実話をボクは集めて書き綴ったものが唯一の長編ノンフィクションであり、それ以外は雑誌の記事ていどであった。

 そのノンフィクションを小さな文学賞に送ったのが1991年、そこで入選第一席を頂戴したことからボクは『文章』の世界に足を突っ込ませてもらうきっかけだった(のを今思い出した 笑 )。
 考えてみれば、【開運!なんでも鑑定団】という番組への出演が始まったのが94年の年末だったわけだから変転というものは不可思議なものである。

 授賞のご褒美に集英社は単行本の出版…というワンセットで臨んでくれたけれど、ボクはお断りした。
 やるならすべて実名で、懸賞用だか出版化だかの「規定サイズ化」の分量ではとても登場人物たちの直面した『起承転結』の深さや高さは語り尽くせないと判断したからだった。

 我がままで済まないけれど、どこからも出さないことで勘弁してもらって、今は眠ったままの原稿である。
 でもこれを機会に、パリーグの”失われた時期”についてweb出版でもしてみようか…とにわかに思いついた(安易だなあ…)。

 ともあれ、タカさんは2002年にプロ球界に見切りをつけた。
 『今のプロ選手はもうつまらない。もっと若い子たちに野球を教えたい…』

 そう云って一念発起。
 夜学にも通い、気が付けばタカさんは『社会科教師』の教員免許を取得していたのである。
 そうして『2年教壇に立てば』晴れて、プロアマの壁を越えることができる。

 タカさんは念願の『高校生を率いて、甲子園に出場する』夢を、来年の春から実現するその矢先であった。
 福岡の『筑紫台高校』。
 この学校がもし出場を決めたら、ボクはもういても立ってもいられない。
 ついに甲子園でタカさんの夢を引き継ぐ子供らを応援するしか、他には何もない。

 「人情の通ったプロ野球」…というものの最期を、ひょっとしてボクラは今日この日見送ったのかも知れない…。

 あ、そうそう。「野村家」からは、『団 野村』氏の供花だけしか贈られなかったようである。
 (未校正)

7月4日(日)  タカさん追想記(中)  (;_;) 最悪
 通夜の朝、05:30に起きて野球をやった。
 この日だけはどうしても打ちたかった。

 タカさんに学んだ事は身を持って伝えていきたい。

 相手は「左投手」、内角に腰を引かせるストレート…でも「内角いっぱいのストライク」を稼いでゆくタマ。

 そして、外角のストレートはナチュラルに本塁プレートをかすめ逃げてボールゾーンになる。

 何かの因縁だろうか、かつて20年程前に川崎球場の試合前練習で、個人的に『サウスポー攻略法』を伝授された。
 ボクの地元チームが軟式野球『全国早起き野球リーグ』の東京都地区準決勝で、(全国の)優勝候補である台東区代表のエースと当たる…ちょうど上記のような、”典型的左で成功する投球術”を弄する敵の攻略法をライターなのに雑談の中、プロの教えを乞うたわけだった。

 『そりゃあね、打席は(右打者は)投手寄りプレートいっぱいに立ち、まずは”内角球”を投げにくくする。狙いを絞るなら”逃げて行く”という外角球。そいつを変化する前に叩いて、センターへ打ち返す。引っ張っちゃいけない』

 タカさんのおかげで大試合に散発ながらも「2−1」で勝っていながら、審判のミスジャッジで敗退したけれども、ナインはとても満足した。
 ボクらのチームの歴史の中ではもっとも想い出深い試合となった。

 これだった、こんなヤツだった。
 奇しくもそんなタイプの投手が今朝のグラウンドで投げていた。
 果たせるかな、ボクはバットを短く持った。
 こんなブザマは嫌いだけれども、こんなヤツから今日という日だけはヒットを格別に放ちたかったのである。

 願っていた通り「外角にストレートを」投げ込んできた、教えてもらったようにセンターへきっちり真シンで捉えると乾いた快音を響かせ、センター右へライナーが飛んでいき、クローバーの葉の緑の上で真っ白なタマがバウンドしていった。
 タカさんありがとう。

 タカさんはそのようにしてロッテを『首位打者』量産球団とした手腕を振るった。
 それを山内監督は珍重し、稲尾監督は大事にして全権委任して、最後は有藤政権ともなると、一転存在じたいがうとんじられ、現場から外されるのである…同監督の”末路”は多くを語るまでもない。

 主流派から外れているタカさんは、そんな手腕とは別にスカウトへと転身を命じられる。

 クサりながらもプロ野球人というものは誰もが、そうした「手腕とは別の交際術で、生涯を左右される」宿命を知っているものであり、その”天命”には素直に従うものなのだ。
 だが、この奇才タカさんの意外なポジションには誰もが一様にビックリした後に、そうした球団首脳の”真意”へと思い巡らせてか…いちように苦笑いしたものだった。

 そのうち、腐っていたタカさんにお呼びがかかる。
 それも親分からの召集令状。ノムさんの久々の現場への復帰…しかもヤクルトでの実質ヘッドコーチ役であった。

 入団が決まり、タカさんが最初に『天の上の人』から与えられたイの一番の「任務」とは、
 『おい、タカよ。広沢と池山、エエもの持っているが「シーズン三振合計200以上…」というのじゃ、ハナシにならんな。』
 『お前、治してみろ』であった(笑)。

 ノムさんもそうだが、タカさんもまず着手しなければどうにもならなかったのは選手たちの『スター意識』であり、また『ハングリーさのなさ』への意識改革にほかならなかった。

 そもそも黙っていても「セリーグの人気球団」で、云うまいか当のオーナー自身が
 『優勝するのは巨人でないと、プロ野球が発展しない』と公言し、誰もその『社是』ならぬ『チーム是』を疑問に思わなかった…という体質のスワローズであったのだ。
 
 思い起こせば、優勝という蜜の味を知らなかったこの球団は、広岡新監督による「大手術」によって、本来の『勝負』というものを知った。
 だが、食事の制限や私生活の管理まで、これを広岡さんが側近の黒江コーチなどを使って徹底してコントロールしようとしたところ、チーム全体が反発し、逆に広岡さんのキャビネットを追い出してしまう。

 いざとなったら、選手にひきかえ、「監督」というものは使い捨てである…といった常識がどこかにあった。
 なによりも実際に彼らの”団結”によって、あの「広岡鉄の体制」さえをも追放し去った実績が彼らにはあったわけだから、野村政権の船出はそうそうラクな見通しではなかったはずである。

 中でもこの主力打者二人の「ぬるま湯ぶり」は筆舌に尽くしがたかった。
 ボクでも言わせて貰えば『200三振という数字』は簡単にいうと、1試合が「27アウト」であれば
 『この二人だけで、なんと「7試合と半分」黙って黒星を献上』している計算が成り立つ。

 これでも、生ぬるい練習だけで三振の数を減らす…という事などしなくとも、球団もファンも文句を言わないのだから「平和な」チームではないか。

 云っておくが、それでも御大のノムさんじしんは就任初年度、現場にはほとんど直接口を開く事はなかったのである。
 すべて、タカさんが裏でボソつく声を柔らかく”加工”し、ナインに指示し、その気にさせようとしていた。
 そして松井コーチが、球団やナインからの不満をとりなしてゆく(笑)といったスタイルだったのである。

 ノムさんは全体の意識改革が成功し、戦力として計算ができるようになるまで『2年は最低限かかる』とみていた。

 こうして、球界に響き渡る『IT野球』なるものがスタートしたのであった。
 『明日はドームで開幕戦を巨人と…』といった前夜のドーム球場での練習にボクが云ったところ、タカさんがそっと耳打ちした。

 『前野サン困ってるんですよ』
 『明日開幕だっていうのに、今シーズンのキャッチャーを誰にやらせるか監督は決めておらんのですよ。』

 パリーグ時代から気心が知れた記者らが、セリーグとなってガラリと代わり、顔見知りがいなくなったせいか、こうしたボクのような者にさえ、タカさんは話す事で安堵でもしたかったのか。

 「秦・君波・(新人の)古田…」など4人候補がいる中で、監督の評価ではシーズンが始まるというのに未だに『ドングリのせいくらべ』にすぎない程度としか思っていなかったようだ。

 古田が結果的には翌日のスタメンに名を連ねるが、最後まで監督は
 『キャッチャーでメガネかけておるようなヤツじゃ…』と抵抗感をドラフト時から抱いたままで、獲得は球団の意思で監督は最後まで反対した…のである。

 こんな内輪話を打ち明けると、『古田はワシが育てた』という伝説はじつは”自称”というジイさんのセコい自慢話に堕してしまうのである。

 ともあれ1年目のタカさんは一生懸命に『野村政権』への支持をナイン(や球団会社)に訴え続けて、どうにかこうにか意識改革への理解を勝ち取ってくる。

 ここには古田のシーズン半ばからの急激な成長と、それによるナインの『遅れをとるまい』との相乗効果が後押しする事になった。

 そうしたさ中、突然タカさんから『野村さんに辞表を出しました』との連絡を受ける、もうそれは「過去完了系」だった。

 つづく


7月2日(金)  ガク然…タカさんが亡くなった。(上)  (^o^) まあまあ
 『野茂が解雇の可能性が…』とかいう報を耳にしたものだから、朝からスポーツ紙を開いたところ、とんでもない人の死亡記事が載っていた。

 声もなかった、えっあの「高畠さんが亡くなった」…うそ。え・なんで?信じられない。
 震えが止まらない、女房も母も知己の方であるため、その記事を目にしたらしくそれぞれが別の新聞を拡げ始めて、たった30分の間に別々のフロアで彼女らも声を失っていったようだ。
 
 ボクはこの方、タカさん、高畠康真という人物に「野球」を教わった。
 そしてプロ野球の道の厳しさをすべて教わった、人生の大先輩であり野球道の師匠にほかならない。

 『そういえばタカさんどうしてるのかな…』とふと頭をよぎったのが2・3日前のこと。

 南海で、野村克也さんが番頭。
 時のブレイザー監督(ドン・ブラッシングゲーム氏)から影響を受けノムさんが新しい野球をここで学習し始めた際に、タカさんはノムさんの「右腕」、現在の阪神編成部長の黒田さんが「左腕の見習い格」として、日本の「ID野球の原型」はここにスタートを切ることになった。

 漫画『あぶさん』にも、タカさんが野村さんの政権になってからというものたびたび登場してくる。
 そこではただ動き回っている職員としてしか描かれてはいないけれども、実際には色々とコマゴマとした野村さんの『ひょっとしたらXXかも知れん、タカ調べて来い』『こうOOの事を指導したらエエかも知れんからタカ、やっとけ』と野村さんが”試行錯誤”的アイディアを出し、タカさんがそっと探っていわゆる「実行部隊」として手足となって動いていた…という関係だった。

 水島新司先生はそのキャラについて、『この人はマネジャーか何か…』くらいしかお気付きではなかったのだろう、し気付かれてはならなかったわけで、氏の紙の上の描かれ方からしたらそうとしか思えないようになっている。

 そのようにまんまと表向きには隠密に徹したわけなのであった。
 いや、別に後ろ暗い事をしていたわけではないので念のため。
 江戸時代はそうしたマネジャーのように見える役を『お庭番』と呼んでいたが、その実、剣術に長け、頭脳を駆使して忍者のようにおカミにたてつく勢力を密かに始末したり、工作を実行したりしたもので、タカさんという人の役割は南海ホークスにあってそうした存在だったのだ。

 その、人に知られない”暗躍”のおかげで弱小南海は、めきめき力量を増し…というか”勝ち方が巧く”なっていくのであった。

 今だから云う。
 この時期、「スパイ合戦」が花盛りであった。
 それはセ・パ両リーグともに公然とやっていた時代である。

 たとえば「外野席のカップル」が座っている…とする。
 よく観察していると、勝負どころで男が立ったり、女が腰を上げたりしている…???。

 別に集団の中だから、それだけのことであって、どうってことはない。
 当然他のファンたちは気付かないで応援に懸命だ。

 ところが、試合前のミーティングでは
 『ライトスタンドのOOという広告看板の前に座っているアベックがいる。そのうち、「男が立ったら真っ直ぐのサイン」だ。「女が立ったらスライダー」である。その二人のサイン開始は、ネクストバッターズサークルから出るときに”咳払いを2回”。これがサインスタートの合図だと心得ろ。』

 これは主に、スコアボード内側で双眼鏡で捕手のサインを”監視”して、カップルに伝達するシステム(?)だった。市販が始まったばかりのトランシーバーも使われ始めたのもこの時期だった。

 ところが、必ず上手くいくと思ったこの作戦も意外な盲点があったのである…ワカるかな?

 『「次はカーブがくるぞ」って分かっていても、それを確実に打てる実力の者ばかりとは限らんですもんねぇ…』こうタカさんは破顔一笑、オチを教えてくれたものだった。

 勝つにはまず相手の分析から…ということで、この頃には阪神から目標を失っていた江夏を獲得し、後に有名になる『野村再生工場』の基礎はここからスタートして行ったのである。

 タカさんは酒も呑まずタバコも喫わない、ノムさんも同様、江夏はそれらで身体を壊した後で、こうした「野球の話と、コーヒーだけ」で、遠征先の早朝まで、喧喧諤諤(かんけんがくがく)の議論を繰り返すうち、
 『野球は頭でするもんや』といった新しい常識が南海ホークスといった場所に芽生えることとなったのである。

 江夏は、この頃までの投手と同様に、「投げる」というだけの機能の強力なマシーンであったものが、これを機会にそこへ練度の高いコンピューターを搭載し、完成していった、「勝つための投手」というサイボーグに転化していった…草分けとなっていったのである。

 当時のロッテや西鉄などとのせめぎ合いの凄まじさは筆舌に尽くしがたい。

 後にボクが村田兆治さんに訊いた話では、自軍の村上捕手との間では【球種】のサインはナシ、または全部がダミーでウソサインだったそうである。
 ブルペンから徹底してノーサインをやるので、兆治お気に入りのブルペン捕手で左手の指を骨折しなかった者はひとりとしていなかった。
 またあの伝説のフォーク、それに150キロの剛速球をいかに攻略するか…こそ、野村・高畠ラインにとって「最大の課題であった」ともボクは直接、裏付けを取っている。

 当初は三塁側コーチャースボックスから、兆治さんが振りかぶった際に指でボールをはさんでいるのをタカさんが見極めると、大声で
 『フォークッ』と打者にどなる…そして”見逃す”といった具合の「原始的な対策」だったのだが、いっぽうの兆治さんはその苦肉の策を、じつはとても嫌がっていたのである。

 『あいつらは卑怯じゃないか…』と義憤に腹を立てたものの、考えてみれば勝つための戦争にはちがいない。
 しかたなく、1年かけて特訓に励み、見極めにくくしてこれに対抗する。

 それは『指でボールをはさんだ』ものをアキレス腱あたりにこすりつけるようにして、フォークの握りをやめてストレートにしたり、また球種をその逆にしたり…といった工夫を密かな練習の末にマスターするのである。

 これは今でも兆治さんにボールを手渡すと、この素早い握り変更のパフォーマンスを演じてくれるのだ。

 『村田の真っ直ぐとフォーク、このクセを見抜いた者にはいくらでもやる…』との天井知らずの懸賞が南海ベンチ内でどこからともなく通達されたのもこの頃だった。

 ちなみに、先の村田さんの『サインはダミー』との工夫など、とっくに南海側にはバレていたそうである(笑)。

 またこの際、はっきり云っておくが、各チームとも、この頃のグラウンドボーイなどには必ずそのホームチーム(とは限らないが)から『相手ベンチ』の情報収集を請け負ってくれるスパイのような若い者がいたものだったのである。
 
 タカさんにも”自然と”そうした情報が集まってきていた。
 そこに金銭の授受などはない。
 タカさんに勝って貰いたかっただけでである。

 いつも元気で誰かれとなく気軽に声をかけ、邪気がないジョークで雰囲気を和ませることばかりに気を配るため、新聞の番記者などの新しい担当者が、「はじめて馴染む球団関係者」というと、きまってタカさん…それほどに多くに人々から愛されてきた。

 ここにはタカさんが、野村さんという人物、いや「野村家ご夫妻」というある意味”異質”な人種に仕えてきた…下積みの歴史があったからに相違ない。

 こうボクはこの日に臨んで、少しでもタカさんのご苦労を共有できる人々を増やしたいと心から願う。そして書く。バラす。
  
 話はヘンな方向に変わるが、野村さんがあれだけ『イコール南海ホークス』といったイメージでありながら、現在、南海電鉄が作った、大阪難波の大阪球場跡地ビル内にある『南海メモリアル』モニュメントが完成したのだが、そこに『野村克也』はいない。

 展示物には、往年の鶴岡・杉浦・門田・ドカベン・そして広瀬…と、ゆかりの「ホークス人」思い出の品々や活躍のパネルなどが揃えてられているが、驚くなかれそこにはこの「野村克也」という一生涯一捕手なる人物の面影は一切、100%ゼロで「展示されていない」のである。

 この異様さ、面妖さとはいったい何故なのかというと、それはノムさんが南海を解雇される時に
『不倫の仲である奥さん(=サッチー)を世に逆らってとるのか、それとも南海に留まるか…』と究極(?)の選択を南海側から突き付けられたことにある。

 これは戦後球界では有名な”公私混同”事件。
 それもサッチーという不倫相手が、現場にまで介入して選手らにあれこれ言う…のが数々のトラブルを招き、たまりかねた「反野村」選手らがフロントにストライキまでちらつかせて団結し、公然化した事件だったのだ。

 それを時のオーナー川勝氏が心を痛めて、仲介に入り選択を迫ったのが先述の『どちらをとるか』という有名な言葉。
 それを驚くなかれノムさんは、『新しい愛』の方を選び、球団を飛び出すのであった。

 そうしたバカな経緯について未だに野村家としては根に持っているのか、または奥さんが政権を握っているのか、そのホークスタウンへの”光栄ある”展示の申し入れに対し、邪険にもなんと
『飾ってもらわなくて結構…』と断わったのだそうだ。

 あの江本氏さえ、「野村さんの品がないようではこの展示自体、飾っておく意味がない。いっそやめてしまったら…」とあきれた始末。
 江本氏じしんは、野村ホークスから「陽の当たる阪神」へと放出された立場であるから「親野村」的な考えの方なのに、それでもこの『おとな気なさ』にはさすがに舌を巻いたようだ。

 とにかく、タカさんはこうした性格の『天の上の人』を押し戴いて、無理難題をこなさざるを得ず、ずい分と苦労の連続だったらしい。

 ある日、ボクは長男のT君と鈴鹿でのバイクレースの参加で一緒にチームを組んだ関係から、話をゆっくりした事があるが、タカさんが家庭の中に入って口を開く言葉というと

 『選手というものは、いくら手塩にかけて育てそれが成功して大打者になっても「コーチのおかげ」とは云ってはくれないものだ。』これは落合博満のことを指しているのだとボクは解釈したし、そうT君も云った。

 『オレが親父と一緒に小さい頃、正月に野村さん家に行って、親父はもっぱら年始客の面倒みたり色々と手伝うんですけど、温かい言葉なんてひと言も子供のオレにかけてもらったなんて事はなかったです。
 でも一緒に挨拶に行かないとサッチーに叱られたし、そんなのが「毎年正月の恒例行事」なので正月がイヤでした。随分と野村さん夫婦からの冷たい扱いを見ていて、ホントに親父の姿が情けなかったし、幼な心に気の毒になりました。』

 T君は、タカさんが離婚した先妻との間のお子さん。
 彼の思春期時代にはこうしたシコリが消えず、いつだって『あの人』と最後まで呼んでいたのに、この時ばかりは背を丸くして哀しさに耐えているようだった。

 タカさんが曲がりなりにもそうして仕えて、得た野球道は本物だった。

 先のスパイ合戦華やかなりし頃、「自分らのサインが盗まれたら困る。だけど盗まれたくない。」こうした我が侭なニーズはどこの球団にも共通のものだった。

 それをタカさんは、実兄の暴力団担当刑事から(笑)、耳寄りなモノについて聞く
 『いかさま麻雀一味からあきれたものを押収した』という。

 それは、麻雀の卓を囲む仲間に背後から電波で信号を送り、仲間の太ももに伴奏膏で貼り付けた小さな電磁石の「+と−」電極を変換し、それら鉄片をピョコピョコさせ、その回数で「場に棄てるパイ」を教えるというもの。
 他の競技者らの手は堂々と背後から眺められるので、いくら他は待ったところで大きな手ではアガることはできない…し、そいつから振り込まれることがない…というからくり。

 これをタカさんは『野球に…』導いて、長いアンテナ線を張り、内野の自軍、走者&打者にベンチから信号を送り、『次は(バントで)送れ』『2塁走者のお前はスタートでエンドラン』といったサインを打順別に並べたスィッチでピコピコ送ったそうである。

 おかしいのは
 『XXのヤツなんて、「くすぐったがり」なもんで、ピコピコやるとモゾモゾしよるんですわ…、だから守備にはいって関係ないときなんかもピコピコやってくすぐったりしてね(笑)』と、顔をしわくちゃにして笑った。

 「野村政権」の崩壊と共に、”最大の敵国”ロッテにその才能を乞われて入団それ以来、選手らに指導したことをできるだけ身体の奥に吸収したい…と願ったタカさんは何をしたかというと、

 『催眠術』をオフの間に教室に通いマスターしてしまう(笑)。

 また、サインが相手ベンチからどう伝わって誰に動きが出て…または「相手のクセ」や動きがどこであった時に誰がどう動くか…適確に把握したくてたまらない欲求に、何をしたのか…というと、
 これまたオフの間に『速読術』を会得してきてしまうのであった(笑)。

 こうして育てアドバイスを与えて芽が生えてきたり、実を結んだ選手は枚挙にいとまがない。

 レロン・リー。落合博満。高沢秀昭。西村徳文…驚くなかれロッテ在籍だけでこれだけの首位打者レースの頂点を常に奪い合ってきた名伯楽…それが高畠康真なのである。

 ところが氏の行くところは常に貧乏球団。
 そんなところに限ってありがちな、「XX派」だの「OO派」だの社内抗争の前には(「球団」という”子会社”ていどの)人事など常に「台風の中のロウソクの灯」みたいなものだった。

 スカウトにさせられたり、屈辱の降格など当たり前。
 こんな理想主義者が真っ直ぐ生きて行くには世の中はあまりにも下らなく、つまらん権力争いが多すぎた。

 タカさんは結局おととしの2002年でプロ球界を去り、なぜか教員免許を摂るために60歳近くなってからの手習いを猛然と開始する…、今度は何をしたいから?

 それは
 『もう前野サン、プロはたくさんですわ。今度ね、高校生に野球を教えたいんですわ。自分が教員免許とって2年間かな、教壇に立って実務経験あれば「高校野球の監督になれる」んですわ』…。

 特徴のある大きな目玉をギョロギョロと見据えたり、思いっきり細めたりしながらいかにも新入学の中学生みたいに胸膨らませ話してくれた…。
 あの時、ボクの仕事場に来てくれてもう1年半も経つというのか…。

 このかん声を弾ませての会話は、(高校のある)福岡との電話だったけれど、指導法などもたっぷりと話してくれていたというのに…。
 もうダメだ、これ以上は今日は書けない…。

 絵や焼き物が好きだったタカさん、
 『オフの時こそ、野球をぜえ〜んぶ忘れて土いじりに没頭するんですわ・・・』 4日、どう云って棺の中に声をかけられるというのか…
 水上さんなどの顔などもまともには眺められないだろうなぁ…

 タカさん早すぎるよう…。


@それからスポーツ系のライターである「Iさん」とやら、ボクの書くパリーグのベンチ裏の話いつでも勝手に引用されていますが、いい加減一人歩きしましょうね。この川崎ロッテネタだけはパクらないで下さい。書くネタがないなら最初から触れない…という矜持も必要では。そもそも「川崎球場」なんて、「書き手」が出入りしていたら(珍しくって)すぐに知れ渡ってしまう…そんなアットホーム(?)な場所だったんだから。だいたい、タカさんも『誰なんですか?その名前・・・』。これじゃあ、あの頃の川崎とかロッテなどのデータはすべて伝聞なの?!

写真は『マイヨール広場』笹倉鉄平(「AP」エディション)シルクスクリー