【2003年6月】
6月28日(土) / よかったね「伊藤園」さん
(^o^) まあまあ
今年の夏はどこの飲料屋さんも未曾有の売れ行きの悪さ…だそうである。
昨夏、中谷美紀のあまりにナメた演技ですぐに夏用CFを打ち切って(02年4/23付け)、新之助のサシカエ版で急遽夏の商戦を乗り切る…ハンデを背負った伊藤園の《お〜いお茶》。
どんなペナルティを中谷側に課したのか知りたかったが、さいわい、6月の第一週から地味めに水辺で戯れる…といった工夫のない、いかにもペナルティお詫びサシカエ的撮影のシロモノ。
いったいどれくらいの期間、同商品のキャラとして出続けて戴けるのやら。
注目は《その期間》と《放映本数》であろう。
心なしか、もう「打ち止めっぽく」なってきた…のは気のせいか?
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6月27日(金) / こんな”取材”テレビ朝日
(^o^) まあまあ
仕事場に電話があった。
『テレ朝ワイドスクランブルのXXさん』だとの取り次ぎだった、出る。
若い女性の声だった。
礼は失していない、おそらくスタッフルーム在籍の外注ADか。
『ワイド…のXXと申しますが、先日来日したベッカムがイングランドのユニフォームを寄贈したのですが』
「はいはい、それで」
『で、そのユニフォームにサインを入れたものがおいくらするものなのか、前野サンにお尋ねしようと考えまして…』
「あ〜、だけどね、それは”実際にベッカムが着た”ものなのか、”市販のユニフォームにサインしただけ”のもの…なのか、それによっては価値が全然違うので、実際に手にしてみないことには判らないものなんですよ」
『ああ、そうなんですか、ちょっと見た目にはちょっと汚れみたいなものも見えるし、着ていたものだと思うんですが…』
「(苦笑)、あなたね、そりゃ無理ですよ。実際に見ないことにはね無責任になっちゃうから。」
『ああ、そうなんですか、で、ベッカムはそれを中央区の小学校に寄付して、これから学校でも飾るそうなんです。』
ボクはここの小学校児童代表が、規格通りの「日本流英国風英語」をキッチリ歓迎メッセージで話すのをニュースで見て感心していた(「う〜〜ん、この娘は”耳が良い”なぁ」)。
ベッカムの答辞も自然な感激に満ちていて、この交歓日程を支えた代理店は殊勲「甲」だなぁ、とうならされたものだった。
彼女はさらに続けた。
『で、それをご覧にならないと”おいくら”とは云って戴けないものですか?』
テレ朝という局とボクは相性が悪いのか、こうして相手のことを『礼を失していないのに、そのくせ全くこちらの言い分は訊いていない』率はほぼ90%を超える(笑)。
一度、《ニュースステーション》で《オウムと防弾チョッキ》につき、顔出し取材を受けて以来ゼロである。
この会社というもの、下手をするとスタジオで番組収録を終えても、「局社員DやP」の名も知らされることもないまま終わる…ことがほとんどだ。
では皆さんどないしてはるのか…というと、現場の外注プロにマル投げ、(現場立ち会いでは)腕組んだまま高みの見物…というのが、ここの「社風」なのだろう。
でも、大物タレントや話題のゲストなどの場合は一転してコメツキバッタ状態となるような人種と規定しておくと、今度の試験に便利だ(笑)。
ともあれ、この女性氏は《値段だけ訊き出せたらオーライ、コメント料など出す気もない》こういった取り組み方ミエミエ(笑)。予算がかなりケチくさいのだ。
ボクをヨイショしながらまんまとおいしい部分だけ吐き出させ、”協力(笑)”しろというのが彼ら下請け氏らの任務なのである。
こちとらハナから金など要らないのである、どうせ大した額は出せないのだから、それより大事なのは、コメントにきちんと起承転結を付け、発言した者の名前などケジメをつけてくれ…というのがプライオリティなのである、ジャーナリズムなら当然のことだ。
ただ人生にも通ずるかもしれないが、人間というもの、《タダというものには尊重もしないもの》である。
これは『現代ヒト科』にとり、哀しい習性である。
反面、「支払いが生じたもの」は扱いも丁寧となり、コメントした者もきちんとクレジットなどを添える(前者はそれも危ない)し、こちらの言い分も比較的尊重する…といった逆の習性もある(笑)。
「それはさあ、子供達が眺めるんだろう…、そんなのにわざわざ”カネの価値”をつけるの?よそうよ、そんなこと。教育的立場からも番組として考え直した方がいいんじゃない?」
『ええ、ああ、そうですね、まあ…。で、普通ソレですとおいくらくらいするものでしょうか…と』
「だからさ、それじゃ子供の前で、これはいくらするものなんですよ…と、それを金額の高い安いで目を濁らせちゃダメだろう、そりゃあ。相手は子供なんだぜ”一時休戦”だろうが」
『……』
「だからね、かえってあなたたちの番組を作る姿勢がそんなものでいいのか…って、教育上悪いじゃん、そりゃあ。あなたたち自身が問われることになると思うよ、相手は子供じゃん、他のみんなと話してよ。」
『ええ、ですから、そのユニフォームが…』
「じゃあね、これで失礼しますから」
虚空を泳ぐ彼女の声のトーンは変わらないままだった、ボクはそのまま彼女の声が送話口から段々と遠ざかり、自分の意思でプッツリとその声が切れるのを、一種の爽やかさを伴いながら確認した。
この連中には、小学生たちが『へぇ〜、ベッカムのコレってXX万もするんだ』と、高値によって感激(?)したり、『なぁんだ、OOくらいしかしないのか…』と生徒先生ともどもガックリしたりする…といった近未来的事態がまったく想像できないスズメ程度の頭なのだろう。
置き土産が幾らしようがどうでもいいではないか、いつからボクらはそんなに浅ましく薄っぺらになったのだろう。直接意見しても全く聴く耳を持たないのである。
ボクはそんなに変わり者なのだろうか、異見なのだろうか。
…とまあ、こんな具合です(笑)。
作家、筒井康隆先生が、一切の電話取材を引き受けない…とあちこちでお書きになっているワケの一端、末席の者ながらご代弁申し上げる次第です。
今後スポーツイベントなどがあった時、こうしてボクをキャッシュレジスターとして使おうとたくらんでいるパシリのあなた、是非ともコンタクトは取られませんよう、あらかじめお断りしておきます。
また、筒井先生。古参ファンとして一筆付け加えるならば、ご自慢の「ミュージカル」だの「即興ジャズ」だの「演技」だのちっともピンときません(笑)。
長年の愛読者としたら、わざわざ『牛尾』に堕ちる先生のお姿は見るに忍びません、まるで《たけしさんが唄うたう》のに付き合わされるのにそっくり…です。
なぜ、『鶏口』どころか、『牛口』ともいえる存在の方がこうして”余芸”で、晩節を汚す傾向を持たれるものなのか不思議でなりません。
かの『ワイドスクランブル』なる番宣が新聞のラ・テ欄に載っていました、当方が気ムズカしくなければここのコーナーに出演していたんだろうなあ…(笑)。
《…▽ベッカム様の置き土産▽…》
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6月26日(木) こんな”取材”京成電鉄
(^_^) 普通
気分は複雑だった…。
いいも悪いもない、という結論である。いつでも白黒をつけたい自分らしくないけれど仕方がない。
人間の価値というもの、『たかだかこの程度のことで…』本気をムキ出しにしてしまい、結局は”その程度”のウツワか…と、かえってつぶそうとした小さなモノ、そのミクロの大きさを基準にまで下げられて、結局は『それ以下の程度』と堕ちて価値判断されてしまうことって、往々にしてある。
一般的には立派な会社だが、少なからず彼らが本気になったわずかな”ミクロン級の異議”につき、どうしても彼らが呑み込めず、本性をムキ出しにしてしまった…という、実に総会屋の皆さんがいかにも喜びそうな”摩擦”がボクとの間で発生し、そして約1週間で、応援していたつもりの電鉄会社は大人気なさに終始した。
ボクの家はここの株主だけれども、連中がいざコトが起きたらこうするもの…との、実にカッコ悪い危機管理術(笑)を、ケツの穴の側から見せて頂くこととなった、クソ面白くもないコトだが、一部上場起業ともあろう物がこの大人げなさ…、刮目してご覧戴きたい。
「成田空港」という”お宝”をめぐり、彼らは運輸官僚と反対同盟その両側から痛めつけられてきた、気の毒な会社だ…と、ボクはずっとこの間同情して来たが、今ある『京成電鉄』という会社の体質は良くも悪くもこうなのだ…ということをこの度だけは、強く知らされまた笑ったものだった。
このHPトップページの左脇に、ボクの予定スケジュールがあって、OA日程や出版物の発行日がある。
その中に《京成らいん》という京成電鉄広報誌への登場が予定されていた、それがこのかん急遽中止となってお蔵入りとなってしまった。
思わぬトラブル発生である、京成がボクのコメントにイチャモンをつけ、「ならば…」とこちらが最終的には申し出て、掲載を中止してもらった…カタチとなった。
そもそも始まりは先月、ここのインタヴューへの協力依頼を受けた。ギャラは無料の企画である。
ボクは報酬というより「企画の面白さ」の方を優先するタチだから、この京成線にゆかりのある人とのインタヴュー…との申し出に、快諾して、取材当日も気持ち良く終えた。
なんといってもこの電鉄とはずっと生まれてからの馴染みで、小学生時代にも《越境入学》とやらで毎日利用していたし、ここの隅田川に掛かる鉄橋を、《パルチザンごっこ》と称し向こうの足立区側へこちらの荒川区側から往復したりして得意になっていたり…。
また突如として出現し、日々虚空をついて出来あがる、まるでスターウォーズの基地のようでいて、m、またわずか10ヶ月の工期で完成した東京スタジアム…そのコンクリートの巨大な固まりを、ここの高架線路をゆっくり走る車内から、かじりついて眺めた話など。
ボクは間違いなくこの《指定席》なるインタヴュー全94回中、歴代登場人物のなかでは、「沿線利用客が車内でこの話を読み、思い出しながら、ついニヤけてしまうエピソード」ばかりを提供した、最右翼ではなかったかと自負する内容であった。
すっかりそのつもりでいたボクであったが、後日、《パルチザン》の方は、取材と編集を担当した外注プロから
『さすがにそれは安全対策上、載せられませんよ(笑)』
と一笑に附されていたので、ふ〜ん、つまんないの…でボクも納得、それで済んでいた。
でトラブルの話の前に解説すると、このあたり(上野を出て、町屋駅)から青砥駅までの鈍行で行けば約30分の行程の「沿線住民」、特に町屋・千住大橋・堀切菖蒲園(そして青砥)という駅周辺の利用客にとってアタマに来る大手術を、じつはこの京成、今年になってから、やらかしていたのである。
彼らはナメられていたのである(とはボクの意見だ)。
それは(一日最大時)「1時間に6本」も停車していた「急行」が通過することになったのである。
1時間でいえば町屋駅の場合、「16本の電車が停まる」そのうち”足の速い”のが「6本」あって、それが不停車、つまり駅でいえば格落ちしたのであった。
そして現在は(同時間帯で)「1時間に15本」、そしてそのすべてが、あっさり「各駅停車」となった。
京成はその「ダイヤ大改正」を「スピードアップ」と自称するものの、これら沿線利用客からすれば完全に正反対で、『改悪のスピードダウン』であることは間違いない。
不動産価値からいけば…少なくともプラスというバカだけはいまい。
さらに云えば気の毒なのは「千葉方向から、都心のオフィス街に通う利用客」である。
ここ町屋駅という存在は、地下を営団地下鉄「千代田線町屋」駅が位置するため、御茶ノ水、大手町、銀座、霞ヶ関、赤坂、表参道、原宿、代々木…そしてまた北千住と、実に有機的な乗換えが出来る”通勤客大助かり複合体”であった(笑)。
そのせいもあり、町屋(で乗り換え)の次の駅=西日暮里、という『2駅の間』は、鉄道関係者の間で”ある意味”知らぬ者のない存在であった。
というのも日本の鉄道路線の中で、この二駅間というのは《乗車率=混雑率》では日本1・2を争うほど…であったからだ。
つまり、千代田線が運んで来て、「西日暮里で”JRに乗り換えようとする”茨城&千葉県北部の客」と、いっぽうは「京成が運んで来た”都心ビジネス街に向かう”、千葉中央部の客」がここで一気に合体し、取りあえずスシ詰めに耐え、とりあえず次の駅まではキチガイになるほどの混み方が現出していたわけであった。
ところが、この春の京成「ダイヤ改正」で、かなり先の駅(青砥)から彼ら「都心組」諸兄は、”「各駅停車」に乗り換え”、トーンダウンして多くの駅を町屋を目指さねばならなくなっちまったから、おかげでこの「地獄の町屋・西日暮里間」はかなりラクになった…というのはその緩和を目指したのではなく、多分、偶然のたまものだろう。
通勤ラッシュの時間帯で、「快速電車の通過待ち」で隣りのホームでむざむざ立ち往生中など、絶対にしてはならない時間の浪費法であろう。
今回、千代田線の混雑解消…として《泣いて馬食を斬った》のかとの仮説も考えたが、とんでもない(笑)そんな親切心などはどこにもない会社である…ことがイヤというほど判った。
考えられるとすれば、最初から《馬食の存在》などにはハナっから気付いてなどいなかったのである。
おそらくこの「ダイヤ改正(?)」で一番喜んでいるのは、JR東日本に違いない、町屋を通過して上野を目指す電車は「次の日暮里」へと勝手に運んでしまうため、イヤでも運賃の割高なJR東に乗り換えを迫られる仕組みだ。
そのせいか、昨今京成の車内に、JRの出している”売れないビジネス雑誌”の広告が、中吊りでお目見えしたのは双方の同盟関係樹立に伴う”引き出物であったのかなどと、ついうがってみてしまう。
そもそも伝統的に、町屋駅には特急以外の列車なら「停車」していた”既得権”のようなものがある。
それを振りまわす…わけではないけれど、今回、京成はそれへの反発を恐れていたのだろうか、地元への事前通告はおろか、打診さえ一切せず、それこそ「一片の紙切れ」(車内の「中吊り広告」各車輌一枚)だけで、コトを強硬に推し進めたのであった(苦笑)。
「京成ほーやれほ」などと、かく云うボクも、実は《町屋駅 急行不停車化》という信じられない事実を知ったのは、他でもない、我がいとしの「2ちゃんねる」だったのである(笑)。
やっぱり庶民、拠るべきは文殊の知恵というものだ。
かつてウチの南側、真向かいにビルが勝手に建とうとして、なんと《日照ゼロ》の危機に立たされた時があった。
ボクらは急いで行政に訴え出て、公聴会となった時、建て主側いわく
『義務付けられている「紛争防止のための」建築計画の立て札は、法律通りたしかに掲示しておいた…それをなんだ』と居直り、我々住民側はその証拠写真にシーンとなった。
だが、ボクは平然と怒鳴り付けてやった。
「その立て札は”立てた場所”に問題がある。”ビルが建つことによって被害がある”、紛争の種になりそうだ…という方角とはどちらですか」
『ひなたの向きから言うと、北側の住民さんです』
「そうですか、それならその立て札は北でなく、(住民のいない)南側でだいたい見た者などいないんです。始めから被害者となる、ボクらの家に向けて立てられるのが本当でしょう。それを、”都電を降りてくる停留場のお客に向けて”何を住民と解決するというのか、これでコト足れりなのか…こんなんで委員の皆さん、”建て主は紛争防止に向け考慮した”とお考えですか」と糾すと、委員は揃って腹を立てそれで勝負あった…となったことがある。
とまあ、京成の同じような一方的なやり方につきボクらのご近所の皆さん、ヒト言ある。
そこで、ボクもあんまりニコニコ京成におべんちゃら売っているわけにはいかない。
コメントの99,7%は京成に好意的なコメントに終始した…だがこの部分、
『前略…。ただ、急行が町屋に止まらなくなったのだけは少し残念ですけど(笑)。後略…』
この一行に京成が猛然と噛みついたのである。それは問答など無用という高飛車ぶりを貫いた。
校正前はあったはずの行が、校正が帰ってきたみたら、その1行がそっくりそのまま消されていたのである。
まるでボクはバカか、太鼓持ち状態となった、オレは桜川ぴん助か(笑)。
当然、抗議する。続いて、編集プロから矢継ぎ早の電話があった、ひたすら彼らは平謝りである。
『前野サン、どうか”あの一行”は諦めてくれませんか』
彼らは「お前らだけで処理しろよ」とでも言明されているのか、とにかく必死なだけである。
ボクもこうした下請けの人々の立場や苦しみはよく識っているし、共有できる。
その必死さの”裏”に気付いて、ボクは小学校の先輩、京成創業者の川崎一族への直接的「内容証明」を以って対処するつもりで、「取りあえず君たちは下がっていなさい」とお願いして後退してもらった。
ともかく、真っ先にしなくてはならないのは、こうした弱い立場の人間たちに累を及ぼさないことである。
またボクは少なからず、この沿線の住民や利用客で、不便をかけられる事とあいなった人々の立場を考えると、すべてボクの登場が”「京成バンザイ」で統一”されては自分の立場上困るのである。
ボクもそこまで企業バカになりたくはないし、強い者の走狗となるのだけはご免である。
いや、重ねて云うけどギャラの問題じゃないのである、イヤほんま。
それを彼ら「京成本社」は至極簡単に、彼ら企業のパシリである編集プロや京成の子会社の人間を楯に、バッサリ斬れ味こそあざやかに、さっさと斬り捨てるクセしていながら、肝心の自分はちっとも出てこない。
陰の主役、『正社員ドノ』を引きずり出してボクは文句を言わねばならないのである。
当面、ボクは《あの1行が削られている限り》…『掲載拒否・出したら法的制裁』という態度で臨んだ。
『だから、あなた方は急いでサシカエのインタヴューを掲載する準備をしなさい』と、ボクは”弱い人々”への影響を最小限に考えると、そう”敵に”塩を贈らずにはいられなかった。
ボクはとにかく、ヒトをアゴで使いどうにかなると考えている、そういった官僚主義が大嫌いなのである。
先方も”サシカエが間に合った”そうで、どこかホッとしているなか、広報課長氏がやって来た。
『広報誌は、”テレビのCFと同じ”、すべてポジティヴな面を出してナンボのもの。』
『お気持ちはワカるが、広報誌に”社の方針に背く意見”は載せられない。』
と、あちらサンも立派に「断固とした姿勢」だった。これはこれでいい。
京成の最終的態度は敵ながらあっぱれ、つまり
『あの一行を載せるくらいなら、是が非でも他のインタヴューに差し替えてでも我が広報誌は一点の曇りもない”無謬純白”を貫く…』との、まるでイスラム原理主義みたいな原則を選択するのであった(笑)。
ただ、面白い事を口走った。
『我われも、”急行不停車”化について、本社にクレームやご不満を受けとめる窓口を設けていたし、多くの皆様からの抗議や応援などに応対していた…』というのである。
こりゃ驚いた、ボクもずいぶんと確認して歩いたものだ。
だけど「駅にもホームにも」ゼロ。
「あ〜また”2ちゃん”にいっぱい喰ったかな」と、半分あきらめ掛けていたら、なんと「走っている電車の車内の中吊りで各車輌各一枚!」を発見する…それも今どきの中吊りにしては珍しくモノクロ…(笑)。
全く大した「近代化」ではないか、また「サービス向上」ではないか(笑)。
それを、なんと本社では『【専用窓口】でご不満を聞いていた』というから、こっちは突っ込んだ。
「それってさあ、ただ単に”利用客から文句の電話が掛かってきた”ってことじゃないの…」というと、”そうではない”と否定する課長氏。
「じゃあ、そんな立派なケアを、”XXの電話で受け付けています…”っていう公告をどこで打ったの?」とさらに訊く。
すると課長氏、
『本社に”掛かってきた”電話…』だ、とニューアンスが変わった。
結果は『便利にしようと思うと、どうしても賛否は両論出てしまう。誰かが犠牲になって戴かないと…』との考えを披露するに至る。
ボクとして、最期に云っておかねばならないことはこうだった。
「ヒトの意見を”マズい”というなら、もっと正々堂々と対処するべきで、”今どきの企業の広報”として、反対する意見、しかも”あの程度”さえ許せぬ…と、いう特殊さがあるのだからなおの事ヒトにやらせず、最初から自分が表に出るべきだ。」
「あの程度をバッサリ斬るまで凝り固まっているようでは、”時代遅れなPR体制”といわざるを得ない。そしてきわめて礼を失した不適当な道徳感である。」
「成田空港の計画に丸乗り状態…として、かつて過激派にスカイライナーやら駅まで焼かれた負の教訓が未だに活きていない。」
「”急行不停車”の問題にしろ”アレで充分”と上から下へ申し落とす…ような、官僚的姿勢が問われているのであって、”沿線への説明をまずは徹底しておくべき”…などの方策は、あなた方の頭にはないのか。」
「まず”当事者への事前の説明がなかった”から、ボクらは”それでいいのかよ”とボタンの掛け違えたままぶりに怒りが収まらない…のであって、そうした強権的体質は”利用客軽視”といわれようが、ヒト言も返せないはずだ。」
というわけで、またボクの気ムズカしい面が出てしまいやした。
実際、この「6/12日記」のところで、『スカイライナーを一本乗りそこねた…』原因はこのダイヤ改悪…という形でぼくに実害を及ぼしてきたわけで、これさえなかったら、成田のカウンターであのNWの馬鹿グラウンドホステスにも逢わずに済んだわけである。
それにしても、『結果的にダイヤ改正によって、お客様には喜んで頂けた…』とこの課長氏は総括する。
典型的な「文句来なけりゃみな賛成」といったかなり安易な発想なんだね、このおにいさん課長。
そうかなあ…、ならばみんなきちんと文句を言い終えているんだろうか疑問に思えてならない、その『専門の窓口』とやらに(笑)。
これ書き終える事で、ボクのサイドからもこの問題は終わった。
あの人たち…って、ああなのだ…と。
ところで「サシカエ」分のお方って…どなたが掲載されるんだろう、申し訳ない。
*以下、写真=ボツになった反対意見「幻の青焼き」と、その削除された一行。今更ながら『何が哀しゅうて』の感がぬぐい得ない。プレミアものかも(笑))
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6月24日(火) / ジムはまるで『水木しげるの世界』だった
(^o^) まあまあ
ボクは太ったり痩せたりすると、顔から変化するのですぐに判る。
だから最近はダイエットして体重が減ったので、視聴者の方からも
『最近の前野さんは、どうしたのかしらカモシカみたいになっちゃって…』
などと、よく云われて困っている(笑)。
春から初夏にかけて、身体も遅ればせながらキレてくるので、我々「草プロ野球」の勝負もかなり面白くなってきたので、ジムにまた通い始めた。
いさんで、クエン酸アミノ酸などをしこたま仕込み、ジムに着く。
そこがまた変わった建て方で、階段でまず二階に上がり、「受付け」を通過し今度は地下三階ヘ降りる…さらに支度を済ませて、また「四階分」階段を上って、さあ、『血圧を計って下さい』と機器がならぶ(笑)。
『おかしいわ、こんなに血圧高かったかしら』『あらら、脈拍こんなに多くなかったはず』と、老若男女がクビかしげる風景がいつもそこにある。
バカヤロー、思わず苦笑である、当たり前じゃないかこんなに血圧計の前段階で階段上り下りやっちゃあ、「通常血圧」であるわけがないではないか。
ボクは家系の関係で高血圧一家の出だから、血圧が不当に高くこうした数字の眩惑とは無縁でいる。
ま、いいか。
階段の踊り場で、「180度旋回しよう」としたら、思わぬ物体が直角に曲がってきて股間あたりにそれがズシンと喰い込む。
『ああら、ごめんなさいねえ』
白髪のヘッドバットを股間に喰ってしまった図式だ。
「婆さんが、曲尺」だったのである(笑)。
最近は尺貫法の全廃で、その使用が法的に不自由となり大工さんが困っているのだけれど、要するに”物差しが直角に曲がっている”のを曲尺(かねじゃく)という。
見事に腰から先、直角に頭を先にして[Lの字]を逆にして歩き進んでいるご老人がウロウロしている。
ある時、整体の先生に訊いてみたのだが、
『アレを曲げる事はできない』のだそうだ。
『”力ずく”で曲げたら腰骨を折ってしまうことになる…』という(笑)。
「じゃあ、なんですか、寝ている時って”あの人たち”はみな”横寝”なんですか?」と笑いながらギャグ混じりでいう。ボクにしたら「(きっとそんなことはないだろう)」という前提でツッコんだわけだ。
そうしたら真顔になって
『いや、当然そうですよ。』と先生はこともなげに言う。
「ええ、それじゃ”寝返りなんかした時”なんかサイアクじゃないですか。足なんか折ったまま寝返りしたら、フトンなんかひとたまりもない。寝返ったとたん”背中出ちゃう”じゃないですか(そんな問題じゃないかも知れんが)。」
先生の話では「ヒザから下」はさすがにピンとは伸びていないが(笑・”伸びてたら”ソラぁ面白い)、”腰からヒザまで”は、[L]のままコトは推移する…というのだからオチオチ寝返りも打てないのである(笑)。
仮にこうした年増の女性と布団を一つでベッドインするなんてボクはイヤなのだ。冬なんかこいつが寝返りしたら最期、ズルッとボク一人分くらいの面積の布団が手の届かない場所に強制移動させられるからだ(笑)。
ウチの近所の八百屋さんは閉店後、「シャッターが半開き」で床から80aくらい一定の高さで、中途半端に開いている。
ネコ好きの一家だから、ネコの出入りの為なのかと思ったらそうではなかった。そんなに背の高いネコはいないからである。
そこの家のおばあちゃんが、出入りするときに出逢い、それは氷解した。
彼女も見事な『おれは直角』(笑)であって、それが「地上高80センチ」。
逆「L」の字のまま、シャッターをスレスレに、頭を決してぶつけることなくまた「気にすることもなく」それ以上の高さのものは要らないと言わんばかりに、まるで【はめ絵】のように(笑)、スイスイと我が物顔で出入りしているのであった(笑)。
時には【サトイモ一山500円】なんていうユニットを手にして通過していたり、バナナの房を両手いっぱいに抱えていたりしても平然と、80センチ…が効くゥなのである(笑)。
この高さに設定した(であろう)家人との生態系バランスぶり(笑)が絶妙でスゴイものだと感心した。
また、おばあさんの目線は「水平にはセットされておらず(されていたらちょっとコワいかも)」、そのうちボクはそのシャッターを10センチほど、「勝手に下げてみたい」と痛切に思い、実行に移そうと計画しているうち、一昨年、ボクに断わることなく無断で死んでしまったので、暴行未遂に終わってしまった。
合掌。
ちなみに、その「水平」が見えにくいために「彼や彼女らは思わぬ怪我をするのだ」そう…なので、気がついたら危機から救ってやろう。
ボクはとにかく、ジムにきて判らないのは、思いウェイトを上げ下げする連中が他の”種目”の連中を、何故か下に見下げるかのごとく、威張っているである。
アレは何回か重いものを集中して上げたりしたら、インターバルと称して、間(ま)を取らなければ筋肉によくないらしいから、仕方ない事なのだ。
ボクは生理学的にそれだけは納得している人種なのだけれども、別に世界記録の重量を上げたわけでもないのに、別のマシンに取りついているボクら平民を偉そうに、へいげいされたって困るのである。
たった100キロかそこら挙げたからといって、ちっとも驚くにはあたらないし、競技を競う相手に勝ったわけでもない。
ところがこういうテアイに限って、そこら辺を歩き回り下目づかいにインターバルとやらを外交して廻りやがるのでボクはこいつらが押しなべて大嫌いである。
おまけにコレらは『鏡に自分の姿を映し、見惚れたりしている』のなんか最低なのである、あ〜ヤダヤダ(ヒトのこと云えないけど)。
おまけにコレら”大いばり組”には、何故か共通した体型的特徴があって、たいていは『チビ・ジジイ』であることだ(笑)(一部ヒトのこと云えないけど)。
そう云えば、東京五輪の時の重量挙げの金メダリスト、三宅兄弟は日本人の中に混じってもかなりの小柄であって、子供時代はかなりからかわれたに相違ない。
つまり、これはどうも男にありがちな一種の【巨人願望】なのだろう(ヒトのこと云えないけど)。
ベンチプレスではアジアの小男クラスでは金メダル級…の、なべやかんさんなんかはその典型的、と言うと判り易い(笑)。
まあ、小柄なのを笑われて「なにくそ」魂で人一倍頑張れるシステムに助けられてのことだろう(ヒトのこと云えないけど)。
だが、じじいが何キロを挙げ、筋骨隆々とさせ姿見に映して見惚れる…ほどのうぬぼれじじいになってくれ…と、いったいどこの家族が望んでいるというのだろうか、「息子の嫁」にでも感心させたいのか。
いつの日にか筋トレの成果が実り、仮に亭主よりも”お義父さん”の方が筋肉ムキムキ関係が逆転した日にゃ、お嫁さんテキに、すごくヤバい景色だとボクは思う。
だけどお嫁さんはそんな自己愛爺さんなど眼中にない…という門前ばらいが当然なのであり、ただただ”老けたスケベ魂”の実情がウサン臭いだけ…なのを知らぬはこいつらばかりなりなのである、ザマアミロ。
いや、じっさいにボクの通っているジムには、通ってくるエアロビ組女性軍を横目でチラチラ全神経…などという、勘違いジジイがかなりのパーセンテージを占める(とほほ)のが実情だ(ヒトのこと云えないけど、いやこれは 云える な)。
ボクはジムで汗を流すたび、口にそう出してこの連中を問い糾したい衝動にいつもかられるのだが、あまりにも気持ちが悪いから放っておくことにしている。
ちょっと「近視眼的」に世間を見ていたようだからここで反省する…
『しっかしそれにしても、どいつもこいつもスタイルが悪い、ひどい』(ヒトのこと云えないけど)
ここにくるとボクあたりでも優越感が味わえるので、精神的に劣等感感じている「痩せ型のヒト」はジムに入ると思わぬ癒し効果があるかもしれない。(笑)
この前に驚いたのは、生徒を先導して「エアロビダンス」を踊ってみせている…当のインストラクターが、腹が出てウェストがちっとも凹んでいないのには度肝を抜かれたものだ(笑)。(ヒトのこと云えないけど)
一生懸命腰もひねり、骨盤もしっかり揺すっているのだが、彼女の腹は全身筋肉なのだろうか(笑)、そのダンスがまったく「説得力とは無縁」…なのに、かなり可笑しかったが、そのうち人間の業みたいなものが(笑)前面ににじみ出て、とても憐れに思えてならなかった(ヒトのこと云えないけど)。
なんなんだろう、間勘平さんのギャグじゃないけれど人間はみな
『停まったら死ぬんや』といった強迫観念でもあるので、こうしたジムに通うのであろうか。
ホントにこの文で、全女性を敵に回してしまいそうだが、
『あんたなんか、腹が引っ込もうがケツがツンと上向こうが、一生変わらないんじゃないか』と断定できるヒトもいっぱいいる(ヒトのこと云えないけど)、いやそんなんばっかしやで。
イヤミなんかじゃなく、こんな場所で「ワンツウ・ワンツウ」やるヒマがあるのなら、もっとこうしたヒトは『生産的』なことにも時間を振り分けてゆく…途があるのではないか、そうした視野を持つのも人生テキに得策だ…と、マジで進言したいのである。
人間そんな枝葉の(プロポーション等の)ことに汲々としてはいけないのである(笑)、人生の不幸をひとえに「皮下脂肪のせい」「ケツがでかい」「パイオツが小さい」…などと”末節”のせいにするなんて、責任転化のママ子いじめである、そうした心がけがそもそも悪いのだ(ヒトのこと云えないけれど)。
腹のシワも泣いているぞ(笑)。
ロッカーもくさい臭い(笑)。
アタマに来るのはじいさん(や、ばあさん)らはジムに来るというより『1ヶ月9000円(月〜金会員)で、ヘルスセンターへ風呂入りに来る』経済感覚で、どうやらやって来ているらしいのだ(笑)。
そ・そうか、サウナもあるし温水プールもある。
しこたまいる「三助」じゃなかったインストラクターも目を光らせているから少々のぼせたって、おぼれたって脳梗塞いったって安心である。
何時間もエンジョイできまくり、コレで『1日あたり300円ちょっと』、これは考えてみたらお安い。「洗髪料」追加で取られることもないのである(笑)。
しっかし(あえて云う)こいつらはロッカーの中に、《自分の汗やナニかが幾日も吸い込んだままのジムバッグ》を決して「入れない」のである…だからクサイ、ウダイなのである。
『加齢臭』ならまだいい。お年寄りなのだから許せる。
ボクはハワイにいた頃、一時期、毎日のように老人ホームへ慰問に通ったのだけれど、「日本のジム爺い」の臭いは、酸っぱいとか、栗の花の匂い…とかいうものではなく、ずばり、ウコン(笑)みたいな汚臭なのである。
それをバッグのファスナーも閉めない、ロッカーに収納もしない…のだから、ずいぶんと勝手な連中なのであって、ボクがなにも「気ムズカ」だから…ということではないのではないか?
アレは少しひねり出ているせい…?か知らん。
じっさい、ロッカールーム内で、真っ裸で鏡を覗き込んだ「L」の字体型で、《ぷぷっ》なんてケツの穴で囁きやがるのである(笑)。
ちっくしょう、今日はソレモンで澄ました顔してやがるから、心底そこの穴ぼこに手旗信号の旗突っ込んでやろうと殺意を抱いたら、自分で自分の企画に吹き出してしまった…ら、そのジジイが横目で
『おもしろかったかい…』とぬかしやがんの……。
んじゃ、ナニかい、オレを”喜ばせたくて屁をこいたのかい”と、この機に乗じてスリカエはかる、クソジジイの狡猾さをまのあたりにしてアッタマに来た。
ともかく、ジムというところは、水木しげる先生の描かれる妖怪の百鬼夜行の有り様である(ヒトのこと云えないけど)、
ぬらりひょん、ひょうすべ、あずきとぎ、砂かけばばあ に、子なきじじい、火車…とキリがない。
ところでボクはいったいどこに入るのだろうか。
あんまり悪口ばかりになってしまうので今日はもう寝る。
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6月19日(木) 身を挺し自殺を止めた者への世論
(^o^) まあまあ
昨日、店の閉め際になって一本の電話。
日テレ報道部の女性からだった。
名を名乗っていたが忘れた。
SITのベストについて知りたい…見てみたい…との用件であった。
いずれにせよ、勝谷誠彦さんはじめ、全局全コメンテイターの危機管理術およびSITベストのデータはメチャクチャで噴飯ものでしかなかった。
小欄ご愛読の皆様におかれましては、そんな知識はパッカ〜ンと捨てて下さい。
むしろ「ゼロの方が」真実に近い…という内容でした。
日テレ阿部リポーターのように『知ったかぶり』はもっともらしいフリをすればするほど、当事者からすればみっともない…とつくづく思いました(笑)。
他局はともかく、ここの報道部にはかつてAさんという良心的な記者がいて義理がある。
だから警視庁詰め番記者さえ部屋のありかさえ知らない、SIT・SATというベールに包まれている部隊の防弾装備を納めた人物がボクであることを知っている、唯一の大手マスコミ記者であった。
多分そのセンで電話して来たのだろう。
彼はボクが手をつける前の日本警察が、まったくの馴れ合い…慣行だけで採用していたそれまでの防弾チョッキなるものが、まったくの無力であり、凶銃トカレフの前にはトウフ同然であることを正しく報道してくれた恩人であった。
そうこうしているうちに、神奈川管内で、「刑事2名を一発」のトカレフ弾が襲った。
するとケブラー製の防弾チョッキ1名分を通過し(死亡)、貫通した弾がもう一人のチョッキを貫いてようやく停止。重傷を負わせた事件であった。
それは単なる「指名手配中のマル暴の発砲で警官2名が死傷した事件」…として、わずかな扱いで終わった事件であったが。
だが、本質を識る、警官の社会にとってはこの日が逆に《恐怖の時代の始まり》となった。
日本中の警察の間に、「感電死」するほどの戦慄が走った。
トカレフ弾の前には「全国の警察官」が頼りにしていた「防弾チョッキ」なるものが全くの無力…であったことが、村の駐在さんまで《撃たれる側》には充分すぎるくらい判ってしまったからである。
それはそれは見事な報道統制が始まった。
いわく死んだ警官は「チョッキの隙間から銃口をねじ込まれ、銃弾を発射された…」という、事実とはまったく違う記述が世間には公開されていたのである。
だが、後の公判でそれがいったいどこから出て、警察担当記者らが信じ込まされていたのか、「まったくのデマ」であることが明らかになったものの、気付く法曹記者はゼロであった(笑)。
警察まわりと裁判所まわり、うまく記者らの役割を逆手に取った警察の見事な情報工作だったといえる。
おかげで、トカレフを所持している《発射する側》の悪者(笑)には気付かれずに済んだため、以来、一度も警官にむけトカレフが発砲されずに済んでいる。
ともあれ、この”睡眠薬”が時間稼ぎをしている間に、また『オウム事件対策』という神風も吹いたおかげで議会からこれらへの予算も認められた結果、SITを始め《耐トカレフ弾》対策としてそこから5年掛かりで新型ベストへと切り替えてゆくことができた…という流れである。
だがイの一番で購入の予算を上げ、早速導入して下さったのは当時の厚生省麻薬取締官事務所であった。彼らはそのほとんどが私服で隠密裏に行動する。そうしたニーズの中で《週刊誌一冊の薄さ》であの凶銃から身を守れる…という、ボクの「製品」は魅力だったのだろう。
全国の”麻取り(まとり)”さんにお配りしたものである。
この間ボクは複雑であった。
その最たるものは、パトカー乗務の警官らがみずからのポケットマネーでひそかに我が「耐トカレフベスト」を買いにやってくるからであった。
彼らの出費は本当にお気の毒であった。
”官”からのお仕着せでは身を守れない…事がわかっていて一人乗務で深夜、スモークウィンドウのベンツへの職質もおぼつかないのも当然だ。
さらに、ある「自警ら」氏は板橋の先で盗難車走行中を、渋滞中の車の間に追い詰め、「ドアを開けろ」と迫ったものの、さらにタイヤきしませ周囲の車に体当たりする被疑車輌。
警棒でガラス叩き割るもあきらめずに襲いかかる車…やむなく、銃を抜き、運転席の窓の上部から車内へと銃口を向けた。
「抵抗をすると撃つぞ。手を上げて外へ出ろ…」
これでようやく一件落着…となり、自動車盗常習犯の逮捕となった。
……のであるが、そこからが災難が始まった。
『拳銃の使用』に対して、連日連夜、氏は警察監察官はじめ検察官らからその情況と、適合性をめぐり同じ事を繰り返し絞られぬかれる、調書などは「電話帳2冊分くらいの厚さになりました」という。
こうして警察官までが震えあがるほど、トカレフはそれこそどこにでもあった時代が90年初頭だったのだ。
それには理由があって、山口組分裂に際しての《山口組VS;一和会》の戦争がからんでいる。
ここではダンプでの特攻から、機関銃多数、バズーカ砲、手榴弾発射装置、末端の組員には(「戦争中は1丁120万円だった」)トカレフがバラ撒かれ、既遂・未遂さまざまな世界中の武器が通り過ぎて行ったのである。
だが、戦争も終わると”商況”は一転する。
トカレフなどは粗悪銃とされているだけに『1丁タマもつけるから五万でどや』と、防弾チョッキを扱うボクにも取次ぎ求ム…の電話がかかってくるほどに銃が、よりにもよってトカレフのような銃がやすやすと市場外へと流れ出した時代もやってきたのである。
この頃の話をしたらキリがない。
恐怖にさいなまれ、マル暴やヤミ金融の”脅し上手”に乗せられて、防弾ベストをつけて上げると「ほぉ〜ッ」と店内で安堵のため息をつく者。
誤診…と思い込まれストーカーに包丁で追い回された事もある病院の事務長。
聴いただけで震えが来る『プロの脅迫屋』さまざまな手口…など。
また、都内で「暴力団同士の出入り」があると、ニュースよりも早くその動きを知った…
なぜならその両派がベストの調達に問い合わせてくるからである(笑)。
また、オウムにしろ村井幹部が刺殺された翌日、さっそく「青山本部警備隊」用に調達しようと、幹部ら2名が訪れた…が、尾行していた『何でもいいから別件でアゲたい警察隊』も一緒に現われ、その幹部らを店先で逮捕し去るのである。容疑は『建造物不法侵入』だった。
というのもウチの前に他人の駐車場があり、ガラガラなのだが警察は「そこへ軽のバンを無断で停めた…」というカドでの”犯罪”とした。
それを、地主に飛んで行き、「被害届」を出させてパクるほか、車内にあった連中が『寸劇に使う』、ネプチューンの神が持つフォークみたいな剣先の「三ツ又」(たった全長30センチ・しかも全木製)のおもちゃを指して『軽犯罪法違反』適用し引きネタ…とするのである(笑)。もうメチャクチャでござりますがな、である。
ただ、「自分テキ」にはその時すでにボクのベストはSITに納入されており、いかな条件とはいえオウムの道場から「流体力学の領収証」が警察の手によって押収されるというブザマだけは避けなければならない。
ともあれ、一時は色々な人種が我が店舗にやってきた。
相手がどうであれ、ボクが銃を売っているのではない、ボクの設計の品でなければヤクザだって、殺されずに済む。それにもまして、『撃った他の組員も』”殺人罪を犯さずに済む”流れを、ボクは自慢にしていた。
あたら若気(?)の至りとして、銃弾で絶命するのも勝手だ。
狙撃者の立場も、若気(?)の至りとしたって法の下、「反省しても遅い…」判決も出かねない。
だがこのベストをもってして、誰にも気付かれずに(余計なおせっかいかもしれないが)、そいつらの”若気の至り”をちょっとズラしてやるおまじないがボクにはできた。
そう手を貸すことで、もう一度、真っ当な人生をやり直す機会をいつの間にか作ってやれる…というのは面白いと思ったものである。
でもそのうち、ああした連中から戴くお代金がいかにも「ベニスの商人」のようで、商売とはいえジャリジャリした違和感をぬぐい得ない。
考えた末、『ボクの留守中に「暴力団員10名以上を相手にベストをフィッティングする役目」の家内』…の立場(笑)なども考えた。
また、ようやく追いついて来た、”従来の警察御用達業者”らに後をまかせて(どうせ粗悪品)、ボクは全国の凶悪事犯をコントロールする立場にある『警視庁SIT御用達』のエンブレムだけを大事にしまい込み、この生産ラインとは縁を切った。
話を先に戻す……
Aさんは、事情を良く判っていて「トカレフ停めるのウチだけ…」みたいな”宣伝”にならぬよう、わざわざ、ウチのベストと、ヨソのベストの2種類たずさえ、雪のシベリアへ行き、立ち木にそれらを縛り付けトカレフを発射、相対的な安全性…それに従来素材の危険性を映像にしてOAしてくれた。
こうした実証主義はとても大切だし、真理を雄弁に物語る。報道の王道である。
こんな熱意ある報道人はもう絶滅寸前ではないだろうか。
Aさんも危険な現場を離れ、同局の編成部へ栄転となり、後日米の放送各局とのコンベンションでラスベガスへ赴き、そこで道路を横断中、車にはねられ亡くなった。
彼の制作した「凶銃トカレフの実験映像」は今も同局報道センターにストックされている名「映像資料」である。
電話の向こうで女性記者が
『SITのベスト見せてもらうわけにはいきませんか?』
『納めた後、何回、またどのようなところを改良されたんですか?』
『強度はどれくらいですか?』
『あとで電話していいですか?』
すべてボクは応えず、逆に彼女に訊きかえした。
「それを公開して利益があるのは、”SITの隊員”ですか?それとも”悪者”ですか?」
「”前者”だとの確信があるのなら、何度でも電話してきて下さい」
こんなものに「Aさんの話」を引用してやるまでもなかった。
もっともらしく、夜になってもコメンテーターがうめいてみせる
『どうして警官突入を早まったのか!』
それよりもオメエらよう、それが『人命の大切さ』をベースにしたヒューマニズムで文句を云っているつもりなんだろう?
だったら、『重体と報じられている警官の容体』について、すべてのニュース、ワイドショウひとっつも心配するコメントを発しないのはどういうワケなんだ?
「飛び込んだ警官の犠牲的精神」や、「悪に対しての献身ぶり」をねぎらう報道の一つもないのもいったいどうしたことなのか。
そうした人間愛さしおいての責任追求って、いったいナンのため?
いつかこうした意見を大きく発言させてもらう日がそろそろやってくる筈だ。
その時はガン首そろえて待っていて下さいよ。
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6月18日(水) / SITが撃たれた
(-_-) いまいち
我が畏友であり、同志と尊敬してやまない警視庁特殊班、SITのメンバーの誰かが撃たれて重体との報がニュースで流れた。
しかも「重体1名」「けが1名」との第一報である。2名やられるとは…。
板橋のアパートで女房を殺しそこね、人質もなく立てこもりライフルで自殺を図ろうとしたバカを止めるため突入し、腹部を撃たれたとの事である。
ライフルを所持している者に接近戦に打って出るなど、いったいどうしたことか。
そんな野郎は黙認して、死ぬに任せてしまえば良いのである。
そもそもアメリカの警察特殊部隊なら遠隔からライフルを狙撃し、丸腰にさせない限り接近せず、狙撃が外れて自死に至っても世間の誰も責めない。
こんな人の良い、ディズニーの理想社会のような犠牲をもっぱらとするのを、誰が望んでいるのだろうか。
解せないのはボクの設計し納入したベストを装着していたら、腹部へのライフル弾…の場合、受傷こそ起こり得るけれど、最新の東側兵器=《AK−74》の銃弾さえ停止させる世界唯一無二の品である。
今日の受傷事故の場合(もしかして『他社の製品を用いた』のでない限り、)まさか「重体(臓器破裂・出血多量?)」といったダメージは受けないはずなので、どこかが変だ…と朝から気を揉んでいた。
おかしい、(着用法など)ベストの運用を誤まっていたのではないか。
また、この室内への突入に際し、小型の「防弾楯」をも複合して突進するのが通常だけど、人質もいないというのに、おそらく野郎がライフルの銃口を自分に向けたので、「自殺を制止したい」がために、あえて楯を捨て、防弾ヘル・同ベスト”だけ”で突っ込んだのではないかと思われる。
いずれにせよ、貴重な「自己犠牲の精神」をこうしたバカどもにさえ”身を提供し惜しまない人々”がここにいる…のを知る者はほとんどいない。
この世の中でそれを識っている自分…それは幸か不幸か、いや間違いなく仕合わせなのだと思う…があまりにも彼らの立場は哀れである。
今日は急ぎコンタクトを取って、いずれかへ駆け付けなければなるまい。
隊員の中には初孫の顔を心待ちにしている…百戦錬磨、突入班のベテラン=M隊員の名もあり、気が気でならない。
ただただ義士の無事を祈るだけである。………
午後になって、未だに《重体》の文字が消えぬので彼らの携帯にかけてみた。
事故発生が08時すぎ、未だにSITの方から連絡がないので《我がベストは貫通していない》ものと実のところ安堵していた。
すると、ライフルは置いていた瞬間だったので「散弾銃弾」を至近距離から2発、二人の隊員が受けたそうである。
なあんだ散弾銃か、バラ玉なんてあのベストなら何発だって食ったところで構成している「防弾パネル」の交換も必要なかろう。
おそらく「重体」の警部補は銃口を下に向けたままの発射を受けたのだろう。
そして犯人の銃のタイプは「自動2連銃」で、その引き金を苦しまぎれに引き、2発を一瞬で撃ち尽くしたのである。
その角度のため放たれた散弾は、ベストを「滑るようにして」太ももへと食いこんで行ったのである。
ボクが設計するのにあたり、一生忘れられないオプションをSITから頂戴した。
(商売抜きとはいえ、)顧客でもある彼らは、こういった。
『前野サン、忘れないで戴きたいのはそのベストは「必ず1発は撃たれる」といったことが原則で、その上で同じ穴に「もう一発入っても」貫通しないよう対策して欲しいのです…』
ボクは耳を疑った、世界最強の米海軍特殊部隊NAVYはSEALティーム、ARMYのデルタフォースのベストでさえそんなに耐弾製は強くない。
ましてや《同じ場所にもう一度被弾する》ということなど非現実的である。いぶかしげなボクの心理状況など彼らはプロである、すぐに読みとってこう続けた。
『ボクらはね、相手方が一発でもボクらを「撃たないと決して自分らへは発砲の許可は下りない」…そういう立場だからですよ』と自嘲気味に苦笑した。
NHKや日テレのニュース映像でボクのベストに身を固め、一斉に飛び込むSITの後ろ姿を夜になって確認した。
『そんなに(命と引き換えにするほどの)給料もらってないんだけどねえ…』酔うと、必ずこんなお決まりのジョークで卑下してみせる我らが烈士たち。
しかし、SIT在任中というもの。彼らに本当の「非番」はない。
ゴルフをやっていても酒を呑んでいても、必ず楽しみ切れない部分がある。またいつでもシラフに戻り、現場へと(最寄署のパトカーを利用し)駆け付けて現場報告を受けられる余地を残して…のプライベイトしかあり得ない。
規則ではキッチリ休みは休み…である。しかし自分がそれを許さないのである。
かつての誘拐事件、「吉展(よしのぶ)ちゃん事件」の際、犯人がなかなか尻尾を出さず身代金を幾度も指定されながら張り込むものの、野郎は現場に姿を見せない晩が幾晩も幾晩も続いた。
そこでデカ長の身を案じて、「一晩お休みになって様子を見ましょう」と部下が提案してふと、床についた途端、吉展ちゃんの自宅電話が鳴り響いた。
犯人=小原保(処刑済)がこの晩ついに動いたのである。
間髪を入れずに、犯人は300メートルしか離れていない場所(ここからは吉展ちゃん宅が”一直線で丸見え”だった)に身代金を置け、自分は吉展ちゃんの靴を置いておく…との通告であった。
この捕り物で見事に若い指揮官の引いた追跡作戦は裏目に出た。
すでに殺害されていた吉展ちゃんも、小原本人もこの事件のすべてが、以来、闇の中へと消えるのである。
結局、小原を自供に追い込むまでなんと捜査本部は、この晩から数えて《23000人もの容疑者》を疑い、そして振りまわされるのであった。
警視庁の心ある捜査官には、今も40年も前のこの失策がどこかトラウマとなっている。
だから、担当事件でホシが上がっていないうちは、この事例をどこかで引きずってしまっているものだ。
たとえば「現在進行形」の捜査本部のひとつ《世田谷親子4人殺害事件》などがその典型である。
埼玉は「詩織さんストーカー殺人事件」での上尾署の最低の対応こそ論議の「問題外」だが、いざ現場に立つ身になれば、やれ「民事だ」いや「刑事だ」と色分けが大変で、つねに人権問題で訴えられることにビクビクしながらのコトを進めるハメになる。
そこに、こと「男と女」それに「金のやり取り」が絡むと、様相は非常に複雑怪奇となり(笑)、愛憎事などは一転して「加害者被害者」くっ付いて離れず、『あら、お巡りさんなにしてるの…?野暮ねえ』のひと言でがっくり…などという話などゴマンと転がっているもなのである。
重体といわれた警部補の血圧も「140」まで回復した…そうで、安堵の空気が警視庁に流れ始めた。
ボクも、そしてSITとの打ち合せなどに粗茶などを運んできていた家内も、午後にはどちらともなく『あ〜〜よかったね』と声を掛け合った。
一時はボクも生きた心地がしなかった…。
また、警部補氏も命など落とさなくて本当に良かった…と思う。
氏の生命を差し出して下さるには、あまりにも惜しい。
というのも今の日本人、諸君らのような心と引き換えにするには無理解にすぎると思うのはボクだけだろうか。
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6月12日(木) / 木〜土曜日ハワイ強行軍で見た「バカ」
(^o^) まあまあ
ゆうべはイビキがコトのほか凄かった…と家人。
自宅でないと安眠が難しくなったらしい、トシなのかなあ。
ホテルでも局入りの時間や、空港行きの時間に遅れまい…と、1時間おきに目が覚めてしまうのはどうにかならんものか。
今日は朝から忙しい。
夕刻のNW便でホノルルへ発つ。
義理ある人の主催するパーティがKAUAIであるので出席のため。
朝着いて、そのままKAUAI島へ飛び、クルマを借り、ホテルチェックイン。
昼食の後、先方に挨拶。
日本にはないかも知れないが、
「明日のパーティには出席できぬが、今日来たことで敬意を表する」といった《表敬訪問》というヤツ。
夕食を一人で戴き、ホテルで寝て、
そして翌早朝にKAUAIを離れ、OAHU入り、11:50発のNW機で東京へ戻る。
これで《一泊三日》、木曜発の土曜午後帰り…といった強行軍。
ややこしいが、「現地金曜日」発便に乗らないと、日本の土曜日までには戻れない。
こっち時間の日曜15日には六本木で《開運!なんでも鑑定団》の「映画グッズ大会」の収録があるのでアウツ…なのだ。
それにしてもホノルル空港のセキュリティ、特に他の島間の搭乗者には厳しく行われている。
この平和そうな島に…との疑問は当然ある。
ウチの中学二年生までスニーカー脱がし、靴下の底を「火薬センサー」を当てがって疑う…パラノイア状態。
よく《アルカイーダの攻撃目標》とされるLA空港などはまだまだ、ノーマークみたいなものだ。
なるほど考えてみたら、他島行きエアラインのまんまと「機上の人」となり離陸直後、機をほんのわずか北に振った瞬間に機の一部を爆破すれば、見事に「米海軍太平洋艦隊総司令部」に対しなんらかの戦略的ダメージを与えることが出来る最前線でもあるのだ。
そう、アロハ航空の小さな737機はパールハーバー軍港のすぐ脇上空を航路として利用している以上は無理もない判断なのだろう。
しかし、同じ《1泊3日アメリカとんぼ帰り》トリップ、今回が「ホノルル往復」でいくら近いとはいえ、翌日も乗務の同じエアラインクルー面々にも笑われるけど、旅行といったら”移動”なのであって、遊んではいられない旅ばかりなのである(苦笑)。
ボクへの取材などでよく質問者が発する
『前野サンはいつも買い付けにアメリカにいらっしゃるんですね。いいですね〜』などとキマリ文句がある。
だが、ボクはきっぱり否定する。
『そもそも”行かなきゃならない買い付け…”とは”その人物よりもおカネの方”が「信用がある証拠」。買い付けには行きません。世話になっている方やファミリーとの接触の為にだけ出かけるのが旅。一緒に品物を抱えて持ってきたことがない。』というと、必ずビックリされる。ホントだから仕方がない。
それはアメリカ社会とは日本以上に「コネの国」だから…なのである。
KAUAIときたら、リフエ空港近くのビジネスホテル=TipTopMotelのキッチンで作っている、マカダミアナッツクッキーは「当地でもプレミアもの的人気」がある銘品。
割らぬよう一キロだけ持って来た。
この島のどこにこんなに上質なクリーム含んだミルクがあるのか…というほど豊潤、だが上品、手に持つとズッシリと思いのがこのクッキーの特徴。
ボクは甘いものは絶対というほど口にしないが、ここと南千住の《バッハ》の作るケーキ類だけは別だ。
NW機は通常ホノルル線は二便飛んでいるのを圧縮してしばらくは「一便」のみ。
だからいかに、「他社はガラガラ、成田は閑古鳥…」といえども、NWだけは往復とも「上下クラスとも満席」状態。
( しっかし、記憶が正しければNWのホノルル線、ビジネスクラスの往復の食事メニュー、少なくともここ10年同じ献立なのにはウンザリ、アレはどうにかならぬものか。)
そんな盛況だもんだから、NWがオーバーブック(多重予約)やらかし、「わずか1時間後発」の”日本航空”に同じ成田にちょっと遅れるだけなので乗り換えて頂けませんか…との、いわゆる《ボランティア》を、ホノルル空港待合室で職員が必死にお願いをしていた。
つまり「4人だけ犠牲となってこのNW便でなく、JAL便に乗り移って下さいませんか」との”呼びかけ作業”である。
それをNWは《志願して下さったら当社の「アジア線の往復切符」を差し上げます》との条件まで提示。
それでも首を縦に振らない者ばかりだったそうでテンテコ舞いである。
驚いたもんだ。アメリカの国内線などでは日常茶飯事のことだが登場口で職員が《え〜、ボランティアを…》などと始めようものならケンカになるほど、その好条件は奪い合いになる。
アジアへタダで行ってこられる切符…などそんなに魅力がないものか。
眺め回してみると、「一時間遅れて帰京」しようが別段、日本の経済に支障がなさそうな(笑)、手をつないで肩を寄せ、内股ぶりまで同じ…女子大生風、とか、「20歳すぎても(そう見えた)」メジャーキャップの内側にバンダナのような布を頭に巻き、「鼻ピアス」ぎらつかせ待合室でもウンコ坐りの若者…。
ボクも役には立たないが、こいつらなんて「死んでいた」としても、どこにも何ら損失は生まれなそうな(笑)ヒトビトではないか。
それでも他社の便に乗り移るのはイヤなのだそうで、担当者は声をからして最後まで平身低頭していたのが印象的だった。NWはそんなに人気があるのかしらん。
真相かませば、案外きっと「そんなことしたらおっかない」「慣れないことは出来ない」ってところに落ち着くのだろう。
それにしても今回のボクは、「スカイライナーに一本乗りそこね」、NW成田のカウンターにたどり着いたのが定刻の《70分前》。
乗客はすべてチェックインを終えてカウンター内の職員のみそしてボク…という光景となっていた。
ボクと入れ替わりにちょうど二人の若い女子職員が、私物を入れたポーチなどを抱えて、カウンターから外へ出て行くところだった。
『あ、ビジネスクラスのチェックインはここでいいのかな?』と訊いた。
すると、”仲良くご帰還”の途を邪魔されたのがイヤだったのか一人が
『あ、チェックインですか〜?!』当方の風体に視線を上下させ、こう制服ブレザー嬢が言い放った。
『そこのキャッシャーに行ってみたらどうですか』
”そこのキャッシャー”とはキミ達の会社の同僚ではないのか、そのバカは”アゴを向けた”だけで、指差すこともなく『5メートル先で「黙々とカウンター内で手元の作業をしている人間」の位置』を、ボクに”意識”させるだけ、しっかりはっきり、これだけしか云わず、お二人は仲良さそうにお帰りになって行く。
これを「言い捨てる」という(笑)。
おそらく、こいつらは《19:30まで》のシフトだったのか、1・2分遅れた者はもはや客ではないらしい。
だから「敬語ともおさらば」である(笑)。
キャッシャーの女性が、やりかけていた作業の手を停め、ほんの2・3分お付き合い下さり、無事チェックイン作業は”終了”する…、だろうなあ。
『預ける荷物』もない、のだから。
ボクはどれほどの大罪を犯したのだろうか、「(すぐに文句を云っちゃあいけない。きっと”70分前のチェックイン”がよほど非道なことなのかも知れないから…)」などと考えながら、ゲートに向かう途中、それでも「外貨に替えたり」しながら「どこかに迷惑をかけていたのだろう」と、時間の経過を構えつつ追ってゆく。
繰り返すがバゲージにしろ、「機内持ち込み」だけで他にゼロ。
誰に迷惑をかけることもなく、「該当搭乗口上のラウンジ」で20分もヒマつぶせる余裕さえあったのを、確認した上で、今、あらためてあのバカ女ども2名に腹が立った。
今どき世界中のエアラインが「減便」だ、「会社消滅」だと騒いでいるこの非常時に、このバカ二人のような者を”雇っていられる余裕”を、少なくともノースウェスト航空日本支社はもって余りあるらしい。
『行ってみたらどうですか…』とはどうした言葉遣いなのだろう。
まるで他人事・他社事ではないか。
こいつらは自分のカウンターを、あえて「第三人称」扱い…して述べているわけである。
労働時間のシフト外…でのウンヌンは問うまい。
だが、一瞬の直前に、こいつはその内側から出て来たばかり…の社員が、こんな自社を突き放した言い方はおかしい。
またこれは少なくとも客への敬語ではない。いってみれば『通りがかりのストレンジャーへの』タメ口である。(笑)
いっておくが、ボクがこの女を渋谷あたりで『へい、彼女ハチ公へはどう行くの』などと駅前で、ミエミエのナンパついで、キッカケ的に訊いた質問ではさらさらないのである。
25・6歳(にみえた)の社会人ともなった者が、「行楽客で職場がGWさなかの修羅場」と化しているワケでもあるまいに、接客のイロハ、いや社会常識のABCをわきまえずに棲息していられる。
ここの「入社試験」とはそこまでラクショウなのか(笑)。いや、そもそも”あった”のか(笑)。
それも一人ならまだしも、もうひとり同じグラウンドの同僚がくっついていながら、この体たらくというのは哀しいかな「現場の危機感喪失」に違いあるまい。
日本航空だって全日空だって、こうした人間らはとっくに消されて、這い上がって来させられ、もうしばらく経つ。
NWのCAや「機内通訳嬢」にしても、こうしたリストラ、再教育再入社という重荷を背負ってきた人も数々いるのをボクもよく識っている。
また成田でもNWはじめ、各社必死でみんなが頑張っている姿しか見たことはなかった…というのに、「西暦2003年の6月」といった頃の航空業界に、こんな生物が成田で少なくとも「棲息していた」というのは特筆モノである。
ボクは、こうした種が絶滅する…のを危惧、するのではなく、一刻も早く”棲息しにくい環境”が進行するのを願ってやまない立場となった(笑)。
なんだかな〜〜。
写真:カウアイ島のショッピングモールで、どういうわけか「ダイエーの城島捕手」がいた。お忍びなのだろーか。
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6月11日(水) サップの”ネコ馬鹿”は最高!
(^o^) まあまあ
朝いちばんのJAL便で、関空へ向かう。
JALとJASが合併し《さくらラウンジ》がいくつも幾つも、口を開けて待っている。
ただでさえ利用客減、経費節減でマイレージ激減、さらにスーパーシート利用客のラウンジ使用締め出し開始…となると、中のVIP乗客の数はスズメの涙と、オドシの効く”スジ者関係者”の密度が急激アップ。
早晩にこの開店休業状態解消のため、廃止となる部屋がこのビッグウィング内に軒並み急増することだろう。
そしてラウンジ要員のリストラが急務となる。
ロケ場所が和泉市なので、関空からの方が便利だが、機外からターミナルに出るなり、
『うゎ〜っ、だ〜れもいないやんか』との乗客の声がボクの背後に続く降機客の列から洩れる。
09:30着といえば、「大阪市内」の企業で朝一番の会議に駆け付ける東京本社の社員などで混んでいて良いはずの時間帯…だが、実数で80paxといったところか。
タクシーで光明池のショッピングセンター『カルフール』。
ボブ・サップ氏も相次いで到着。
《週刊えみぃSHOW》収録開始。
時折、サップ氏への細かい質問や指示などを(コーナー)司会の円広志さんを間に置き、通訳嬢通さずに手っ取り早く片付けてしまううち、局P氏から
『マエノさん、通訳を通して話して下さい』と、カメラの死角をぬって指示受けたが、それもごもっとも。
だが、「何かしておいてくれ」といった内容はさっさと指示して”絵にして見せた方がいい”とボクはかねてから考えている。
というのも、『通訳が解説している間』というもの、外国人はいわゆる”マがもてない”状態でいる。
それに円さんとの掛け合いが面白くなって来た中で、お互いがギャグを放ち、『ギャグかました顔』と『ギャグかまされたらしいけど(訳されるまでは)知らないフリをしている』といった、ヘンなニュートラル状態でなければいけない瞬間がつきものだ。(これをどうにかしたいと、ボクなりに工夫してみたのだ。)
これがお互い通訳が終わった瞬間、《せえの〜ドン!》のキューとして、ボブが怒ったり、『あんた何云うてまんねや』と円さん突っ込んだり開始する…が、『あんた何云うてまんねや』で、一旦停止…。
これが従来の流れなのである。
つねづねこれでいいんだろうか、こんなんで21世紀の通訳とはこれでいいんか…と、ボクは腹にイチモツを持って来たわけなのだ。
できうる限り、なるべく同時通訳のリズムで話しを進行させたいもの。
画面上はテロップなどでどうにでもなるが、会話のリズムは壊したくなかった。
そうかあ、やっぱりアカンかったかあ…。でもボブはボクのその見えない(?)努力を確実に喜んでくれた。
この画面上は「二人の通訳」がいるのだから、それぞれが話したのを横でボソボソと端から訳してしまえばいい。
いわば、「首脳会談の要領」で行くのが理想だろう、わからなかったらテロップで意味を判らせるようであればかなり違った面を、「ガイジンさん」をネタにする時いいものを引き出せるようになることウケアイだ。
だいたい、昨今の視聴者ほど「テロップに慣れている」ものはないと思う。
それにしても日本人社会というものは、「二人を通訳する…という行為は、すなわち『三人分』話をする」ということで、それが大層な激務である…のをご存知ない方が多い。
もっとも戸田奈津子さんあたりだったら、『2,5人分』程度で済んでしまうのでさぞかしラクなことだろう(笑)。彼女は日本語の語彙が不足しておられるため、一本の映画を見終えると実にボキャブラリィが数限られているかが解る。
ボブと撮影の合間の休憩で、ネコ談義となった(笑)。
あの人がテレビのなかで、「飼いネコの話」となった時に顔をボロボロにして嬉しそうに「猫馬鹿」へと変身して以来、我が家は無条件でボブが大好きになった。
で、ボクも馬鹿だからデジカメに保存してあったウチのネコの顔を再生して見せたら、ボブは目じりを下げ頬骨をとろけさせて…
『Ohッ! So cu〜te…(か・かっわいい〜ッ)』と、動物馬鹿ヅラになってしまうのだった(笑)。
小さいデジカメの左右を、あの大きな両手で大事そうに胸の前にかかえ
『おタクのネコか?!、フンフン、か〜わいい〜〜。とっても利口そうだなぁ…』などと目も頬も唇もゆがめてしまう。
『イヌというのはね、こちらが何かしてくれるのをずっとアテにして待っている。だから何かしてやらないとならない…動物なんだ。だからこちらも「待たれている」ということをいつもプレッシャーに感じてやらなきゃ可哀想なんだ。』
『だけどネコというものは、お互いが独立した考え方で、ボクら同士”尊重でき合える面”がある。”放っておき合える自由”が保証されているとでもいうのか、そうしたこちらの心の中の都合を読んでくれるし、そんな気が利く面があるから好きなんだ。』
『帰ったら新たにネコを増やすんだ。(番組で用意していた)スコティッシュホールドも欲しいが、今度はプーマが欲しいんで早速月末に(米に)帰ったら買いに行くんだ。』
「いくら…?」と当方(「値段」を言っている場合じゃないけれどね)。
『一万ドル…』
「あ・意外に安いんだね。でも面倒見がタイヘンだね」
『I don't know…』
(「知らない…じゃすまねえんじゃないの?」)
お・おい「プーマ」かよ、ピューマ戸口(知らないだろうなあ)。
アレって大きくなったらどうすんの?一メートル以上になるだろう、高いところ好きだし。
「ただいま〜」って帰ってドア開けたとたんに、タンスの上かなんかに登っているプーマに背後から襲われて頚動脈噛み切られておしまい…なんてなっちゃうよ。
ネコじゃねえよ、あれは。
でもね欧米じゃ、日本人の概念よりももっと広い範囲で《CAT》という語が”範囲”となる種類の幅は広くて大きい。
だからボクらにとっては、とてもネコ類とは思えぬ、プーマとかクーガーも”キャット”の守備範囲で、ラクショウでこれに入ってきてしまう(笑)。
この場合、むしろ《ハウスキャット》という範囲内をあえて限定しないと、ボクらの指したい(笑)ネコは特定できない…と云って良い。
ともあれボブに、ボクは短時間でものすごく好感を持った。
『ところで、あなたなら判ってもらえると思うが東京の大手の業者ったらヒデエんだ。ボクの写真を「限定サイン入り」と銘打って売ってたんだよ。それがなんと「イチ、一万ドル」だぜ〜。なんでそうなるんだ。』
「そんなの知らねえよ。シロウトだろ、どうせそんなトコは買った人から後で抗議されたりトラブルになるに決まっているさ。」とボク。
『ところでさ、オレの家はいくらで売れるだろうか?』
「???、知らねえよそんなの。」
『あ、最近買ったんだ、場所はワシントン、住宅地…。』
「そんなんで判るわけないけど、ワシントンなら日本人も多いし、ま、二割増しっていうとこかな」
『ふ〜ん、二割増し…ねぇ。』
「飽きちゃったの?」
『いや違うんだ。日本人観光客がウチの場所を観光ルートにしちまって、バスでやって来てはウチの中に入って来たり、塀を乗り越えて中で記念写真撮ったり…(笑)、家の中を覗き込んだり…とタイヘンなんだ』
そんなことは知らなかったが、ロケの間中、押し寄せるファンたちにボブはそんなことをおくびにも出さず、赤ちゃんの手を握ったり、お年寄りに手を振ったり、大サービスなのである。
『日本人はとても優しくて思いやりがある。非常にフレンドリーな民族』という。
ただボクも思うけれど、日本人というものは群集ともなるととたんに甘えんぼになり暴走を始める。
この日もそうだった、「内蔵カメラつき携帯電話」がこんなにも一般化しているとは夢にも思わなかった。
ボブが歩くと前後左右に”50人がたかった”かと思うと、少なくとも7割=すなわち40台弱の携カメが潜望鏡のように差し上げられるのである、これはじつに異様な光景だった。
で、さらに始末が悪いのは連中は周囲ではなく、一様に”ファインダー内の視界”ばかりに注意を集中し、「群盲の集団」と化しているため、ゴツンガツンとお互いがぶつかり合いへし合うため、次第に険悪な雰囲気へとお互いが高まって来てしまうことだ(笑)。
とにかく何か話題になりそうな被写体があった…、でコレを持っている。だったら是が非でも撮らなくては「モトがとれぬ」。いや「損である」。だから突撃取材…となって「撮ったるデ…」。
といった心理構造があつまり、どこか狂信的な集団ヒステリー状態となるのだろう。
《週刊えみぃSHOW》のスタッフもショッピングセンターの中のボブ…という設定にこれだけの野次馬が殺到するとは思ってもおらず、どの顔も疲労困ぱいの様子。
ところでボブは、ボクの仕事にとても興味を示してくれて、《開運!なんでも鑑定団》に出てくれるとの即決!だ(笑)。
マネジャー氏も苦笑いしながら、在日している毎土曜日のスケジュールチェックに入ってくれた。
ボクも制作会社Pに打診のメール、『大歓迎』との返信に、願ってもない話となってきた。
結局、9月中の収録でのご登場となる流れ。いったいどんなものが登場するやら…。
とても再会が楽しみになった…ネコ談義、プーマ(笑)。
ひょっとしたら、早ければ7月にもこんな記事がワシントンの彼の地に掲載されるかもしれない。
『日本人観光客、ネコに食い殺される。
市内日本での有名格闘家邸侵入はかりプーマに』…(笑)
今度は新大阪からのぞみに飛び乗る。
ここの土産物屋で売っている『鶴橋のキムチ』忘れずに購入。
ただただ抜群。横浜ヨンドンや、鶴橋の《焼肉 吉田》のキムチが『旨み中心の雄』とすれば、『鶴橋の…』はいかにも本場っぽい、塩味のほとんどない『カラリとした”快晴の辛さ”』でおいしい、このさっぱりさが群を抜いている。(ボクは酸っぱいキムチがダメなビギナーなのでご参考まで)。
気になっていたがダイエット中なので、仕方なく駅弁に『天むす』を買う。
丸く握った一口サイズのおむすびに軽く揚げた小海老のてんぷらがのっているもの。
たしか名古屋の「地雷也」が本家でブームの主となり、めでたく全国ブランドとなったこの「天むす」のはずだったが、バブル期に倒産したのだそうである。
代わりに出てきたのがこの「すえひろ製の『天むす』」であり、すかさず、登録商標とうたわれてある。
いくらそんなことを云っても、人々の記憶には地雷也の方が天むすにおいては知名度の創始者であり、功労者であると刻まれている。
だから好きな食い物なのだが、義理堅いボクは”仕方なく…買う”と書いたのである(笑)。
屋号にしろ、なんだか《すえひろ》といえば、あの「末広真紀子」議員サマに由来しているような気がして、またあのヒトなら「本家騙り(かたり)」くらい平気でやりかねない…と思い、余計に地に堕ちた地雷也が気の毒で、ここが逆に好きになれなかったのである。
目白の学習院大学に飛び込む。
19:00から90分、ここの『生涯学習センター』で講演することになっていた。
スーツケースなどの「旅支度」といっしょに突入するが10分遅刻。
”生徒”さんは約60名の壮年層、時計専門家や職人を志す方・一般コレクター・取り扱い代理店氏・ジャーナリストなどで構成…とのこと、なんだかマナジリをけっしている。
こうした手強過ぎるお歴々を相手にお題は
《「機械式時計」はなぜ貴重なのか》。
これを「鑑定士」の側からプレミアの公式を当てはめ「弁護・賞揚する」スタンディングポジション。
なんとか、モトは取っていってもらおう…とのモットーから、必死でネタを思い出しては発露。
新幹線中で、眠い目尻を引っ張り上げ、ノートPCに必死で90分ぶんのスピーチ(出だし部分だけ)を構成して完成し。
「保存」としてきちんとクリックしたのに、(熱海附近で)”保存されていない…”!、事実が判明。が〜〜〜〜ん。
しゃあない、壇上に上がった以上、すべて頼りは「記憶」(とほほ)。
喋りまくるうち、次第に頭の芯がふらつく酸欠状態みたいな症状を自覚。
口は休めぬため、ノドが乾くも、ひと様の注視の中でお茶ボトル(反ペットボトル)をあおるのは気恥ずかしく、脱水状態にも(笑)なってくる。
今思うと、かつての「教授どの各位」はずいぶんと、他人の作ったことばかり紹介しているだけの講義内容だったのに、飲み物などを悠然と飲んだり、ノドから痰をゆっくりと吐き出して、それをのんびりとハンカチに仕舞い、折り畳んでポケットまで突っ込むのまでようも付き合わせやがった…ものである。
ボクにああした”間”が欲しい(笑)。
それにしても大した事のない連中だったことを、同じ角度に坐ってからはじめて自覚。
ありがたいことに眠りに入る生徒はゼロ、これは嬉しかった。
いずれにせよちょっと今後は、同じ利益追求するならば他の作業のほうにプライオリティをもって選ぼうかな…っと。
ボクにはちょっとシンドイし、ついつい、秘密事項を喋り過ぎた後悔もぎょうさん…。
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6月10日(火) ひさびさに赤坂TBS
(^o^) まあまあ
朝、野球涼しくていい。
でも5−1で負けてしまう、案の定か。
投手のケン制が悪いと、頭のいいチーム相手では足が少々のろくても、三塁を相手にやすやすと贈呈することになってしまう。
ボクらのエースは例えばケン制で『1・2・のサン』というタイミングでボールが一塁にやって来る。
これで刺される走者はよそ見でもしていないと到底無理である。
できれば『1・2』、それがダメなら『1・2・3』でなくては戦力外でなくては困る。
『湘南シリウス』という女子軟式野球チームのHPがある(キーワード検索でヒットする)。
美人ばっかしで(オッホン)目もくらむばかりである。
願わくば、もっと”寄り”の写真とBWHなど必要なデータはアップしておくべきだろう(笑)。
そこのHPのトップ写真は『試合前のケン制練習シーン』というもの。
なるほど「女性の肩」を少しでも補うとしたら、少しでも走者のスタートを遅らせるしかない。
イチローも福本さんも云っていたけれど
『前野サン、盗塁はキャッチャーの肩じゃないですよ。投手のケン制次第ですよ。』
シリウスのコーチはきっと立派な方なのだろう。
これは草野球の重要な必勝法である。
これで弱かったら他に重大な問題を抱えている(笑)。
防御率「5.00」の投手を何にもせずに「3.00」投手へとアップグレードするのは簡単だ。「2.00」にするのも難しくはない。
ただ単に、徹底的にケン制の練習をすれば良いのである。
軟式野球の場合、同じヒット一本にまつわる”破壊力”ははるかに硬式には及ばない、フライは伸びずグラウンドボールになってもタマ足の速度…といったら「新幹線と鈍行」の違いすらある。
本塁へ突っ込みにくい打球なら、走者の位置、これが「得点力の決め手」となり、硬式以上に奪われても二塁まで…の定理がある。
『”殺す”ケン制は要らない。ヘタしたら刺される…程度のケン制で充分』なのだ。
殺さなくていい!、相手ラインアップの中でも足が自慢…といった者を一人でも(刺せないまでも)きわどく二塁盗塁を”あわや”のタイミング勝ち取ったり、一塁にクギ付けにできたら、『9人中6名は盗塁は控えてくる』。つまり、防御率向上のためには適度のイケニエが必要なのだ(笑)。
ナインのうち『”残る2・3名”は投手のケン制モーションを観察できる』能力があるだろうし、それらクレバー組の一人でも刺殺できれば、そのゲームの防御率は「2〜3は下がる」目算が成り立つ。
それと、意外と簡単なのは『二塁ケン制』であって、グラブを(空手の)ウラ拳を二塁キャンバスにカマスつもりでクルリと回転すればあ〜ら不思議、自然とボール持つ手は二塁へと送球動作になっている…ものだ。
”なっていない”ならば、「ヒジを高めにセット」しておけばすぐに矯正できる。
この場合コツがあって、開始動作のまず一番は「軸足のカカトをサッと上げる」こと…で、するとそのツマ先は投手の「コンパスの針先」へと急変身する。
(だがこの場合、日本軟式野球連盟の審判員高官は『ボークではない』ので安心だが、メジャーリーグのB・フローミング氏に直接実演したところ、メジャーでは二塁ケン制にははっきりと第一動作に軸足をセンター方向に外さねば”ボーク”なのだそうである。メジャーを目指す軟式選手はこの点留意されたい(笑)。)
これで野放しだった「二塁走者」がクギ付けにできる。
捕手の肩は矯正しなくても良い。
試合前にキャッチボールがそれほど必要だとはボクは思わない。
ケン制のおさらいを二・三球をして欲しい、それだけで自分らの試合が急に締まるものである。
夜は久々にTBSの「うたばん」。
ゲストはTUBEであった。
拝見したものは「テイファニーの燭台」「ミリタリーライカ」「愛用ギター」「超限定ソノシート」であった。
面白かった、こうしてどんどん「有名人モノ」というジャンルが拡がってきている(26日放映)。
《開運!なんでも鑑定団》へのご応募も、依頼人の皆さんじたい「どうせこんなもの」とマンネリ化していないか。
番組開始以来10年、もう鑑定士を超える『これには価値がついていいんじゃないか…』といった活きの良い自由な主張が出てきても良いと思うし、番組制作側も門を開けてゆくべきだ。
局内で「親類」の小倉弘子局アナとばったり、この人はいつも走っている。
ちょうど彼女のおばあちゃんのご葬儀以来、一年ぶり偶然の再会だ。
江戸っ子でシャキシャキ、”男気”まであった偉大なるおばあちゃんのお招きだったのか、この晩は考えさせられた。
今、同局系列でボクが企画構成している番組企画を話すと、「あら面白そうじゃない、出たいわ…」とのこと。
一見あの「冷たさ」それに「苦笑」が効くだろう…そうした流れの番組なので楽しみだ。
出演者がつまらないと思うようでは最初からダメだと思うので、お世辞半分としてもちょっとホッとする。
用意された車で羽田東急ホテル。
やばい、零時半すぎ。
局弁当だけだったので腹減った、ルームサービスも、名物のバーラウンジも終わっている。
仕方なく冷蔵庫のスーパーニッカ缶入り水割り二杯。サントリーリザーヴだったら…手をつけたかどうか(笑)。
仕方なくアンマさん頼む。学園闘争時、御茶ノ水の「主婦の友ビル」が職場だった御仁。
こちらも明大付属だった身でご近所もいいところ。
連日の市街戦を、報道陣の片割れとしてカメラでおさえていた当方。
それに対し、ビルの上から(ここは特等席)真下の修羅場を超安全圏から見下ろしていた立場のあんまさんとの”再会”。(笑)
昔話に花が咲いた。『さすり型』で身体も安らぐ。
そういえば、このホテルの前にかつては日航オペレイションセンターがそびえ、大駐車場の先には国際・国内線ターミナルが広がっており羽田空港の心臓部がここにあったものだ。
『70年代ジャルパックブーム』の際には海外旅行本格化への花形となった周囲の施設がいくつもあったのがすべて取り壊され、今やこのホテルだけが「荒野の中にポツンと取り残された」唯一の”固形物”となっている。
ジャンボ機が日本に乗り入れてきた当時、このホテルの最上階のラウンジレストランでは『ステーキ747グラム』をご飯なども残さず食べ切るとタダになる…という催しが当時の話題となったものである。
『アブラ身も食わなきゃいけないのかなあ』、『付け合せの野菜も含まれているのかなあ』などと挑戦するわけでもない中学生のボクらは教室でそう胃袋の大きさを真剣に心配してみたものだった(笑)。
つまらんお台場の”おしゃれ?”なバーヘ行くくらいなら、空港メインビルからの無料シャトルバスを利用してここの最上階ラウンジで離発着を眺めながらグラスを傾ける方が、よっぽど都会的でロマンチックというものだ。
ただし、(この後日の話だが)このセクションのアテンダントは怠惰で、態度がサワーである。
お客さんが来ないのは気の毒だけれども、タマにやって来たお客さんなど、どうも邪魔になってくるものらしい。
オーダー受注の態度。「消費税込みで4000円台のお勘定」に対し『一円玉一個が足りない』ので、10分探してしまうまで『黙って待って下さる』という人間くささ(笑)とはいかがなものか。
彼らは間違いはないのである、誤まっているのはボクだ。
しかし、それってどうにかならないものなのだろうか。
たった一円、目の前に鎮座まします『盲導犬募金』箱の中身が黙ってこのけち臭い「大の大人の」やりとりを無言で眺めている…のがうらめしい。
だからこのラウンジに行く際は、一円玉を少なくとも9枚は持っていくことをくれぐれもお勧めする。
でないと、『999円のお釣りを出したくてウズウズしている』のをガマンさせるのにあなたが苦労するからである(笑)。
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6月8日(日) 鉄格子の中の『幼児教育』
(^o^) まあまあ
先月22日付け「ニュースステーションに出た父親…」といったテーマで、大阪教育大付属池田小学校8名児童殺害事件について書いた。
やはり…というか、学校の門を空けていた…ことに学校(国側)が非を認め、児童一人あたり5000万円の補償金を支払うという”大人の結末”が今日調印によって、明るみに出た。
水面下で「宅間」のような「支払い能力のない者では請求のしようもない」と、遺族側が選んだ、窮余の策なのだろう。
「金で済むこと…」などと国民の一人とて思ってはいない。
だが、包丁をムキ出しにあれだけの”決意”をもってしても《(門を閉めていなかった等、)忍び込めない警護》をしていなかった……。
これが謝罪しなくてはならないことであり、「怠慢」として《犯人と責任を分担》すること…となった、との言い分を押したてての「和解という名の勝訴」であった。
ということは今後全国の教育機関は、こんな史上まれに見る殺人狂の殺意がどこにでもあるもの…として日常を刑務所並み(?)に鉄格子でもはめてその中に生徒らを押し込め、「防御をしなければならなくなる」ということだ。
これは大変なことだ。
建設族なら手放しでバン万歳の和解要件である。
もうひとつ、ある意味では《宅間という異常者》が、この民事訴訟(の和解内容)をみるかぎり《いやいや、どこにでもあるようなヒトの一人》にアップグレードされてしまったということでもある。こちとら世間の大多数はとんでもない迷惑である。
つまり、『あんなことはいつどこででも起きること…なのだ。宅間なんてそこらの者もおんなじようなもの。だから対策をしていない方が悪い』ということなのである。
それも他ならぬ8名の児童の遺族の「言い分」によって…認めさせられるというのは、皮相なことではないか。
先日の「ニュースステーション」を見終え、ボクは本当に不思議な読後感…ならぬ視聴後感につつまれて、「この遺族代表の父上のスタンスはおかしい」…と。そのまま疑問を批判を承知でここに書いておいた。
若い父親だったとはいえ、愛娘を失った怒りを彼はすべて残らず昇華して、学校に「謝罪と補償を求める」肉弾として、わざわざあの日、東京のスタジオにまで足を運び、それへの支持を訴えた。
まるで「段階はもはや、”宅間相手の糾弾”ではなく、要求を獲得する」そのための意見を組織するための出演でしかなかった…とは、ボクという一視聴者の正直な印象である。
今どき、「池田小の遺族」や、「朝民による拉致被害者」にタテつく者はいない。
”タテつく”との云い方自体、そこにはお前イチモツあるのだろう…と言われかねない。
だが、すべてが一面だけで終わる…というもの自体がおかしいとボクは思う。
「反対だけ」を旨としている者もたしかに多い、最近はちょっとこうした物言いも飽きてきた。
だが、『池田小惨事』の場合、はっきり云えることがある。
『包丁振り回す「宅間を取り押さえた教師ら」の存在が丸っきり欠落しているのではないのか』。
その遺族は『宅間を5分も暴れさせ』と嘆いた。
『5分で包丁を持った屈強な男を取り押さえた』のは”献身”とは呼ばぬのか、重傷を負っただけでは教師は加害者側なのだろうか?
同番組で「死刑求刑」を聴いたばかりのその遺族氏は、明確にもう一方(教師側)の”加害者側責任”をだけ追及する立場に終始していた。
ボクのガキが同校に通っていて、仮に殺されずに済んだ…としたら『よくぞ守ってくださった』と感謝するだろうし、また立場を替えて、「ボクが遺族となっていた」ならば、『どうにかできなかったのか』とうめくのが精一杯であっただろう。
精一杯…つまり、一転して「あんたらのせいだ」として教師側を攻める…という『能動性』を持てただろうか。
だけど、それにしても『”5分で抑えつけた”教師』らを相手取って、保護責任を問う裁判を同時進行させる…のはボクの神経にはない回路であるし、さらにうがって申し上げれば、よりにもよって《殺人鬼求刑》のその日に、東京のマスコミに出掛けて電波を通じ、世論に(新たな告発を)訴えかける精神力などは体力ともにないだろう。
これを称して政治学ではプロパガンダという。
ボクは「気の毒な被害者ら」は、なにもご遺族だけではないと思っている。
現実には「教師達だって」実際に重傷を負った人もいるし、彼らの心に刻まれたトラウマの深さといったらないだろう。
これは宅間による『被害』ではないのか?
もっと世間の同情が集まって良いのではないかと思うし、そうした視点がまったくのゼロで一方的に殺人鬼と同列視されてしまっている。
そんな一面的見方しかできないすさんだ風潮に、もっと多くがタテをつけなければならないのである。
後者=拉致問題には、明らかに彼らを後押しをしている事により利益を得ようとして居る者が見え隠れしているし、シンボル化され、これまた明かに利用されていると思う。
ここで考えるのは「拉致被害者」「拉致被害者家族」「取り巻き」それぞれ3者。
今度は逆に、「同列視するのは考えもの」だと思う。
フジサンケイ系と讀賣系列マスコミは、先日の有楽町東京フォーラムで開かれた《拉致抗議総決起集会》なるものが一万以上もの動員を数え《入り切れず外でたたずむ人も出た》ほどの大成功だったと、幾度も伝えている。
『今までこうした集会が開かれなかったことが不思議だ』というのは同意できる。
だが石原慎太郎や、拉致議員連など「在日韓国系経済人らのプッシュ」戴く与党の議員(や官房副長官)らが威勢の良いことを、壇上でコブシ突き出して吼える頃には、肝心の拉致被害者達は『退場した後だった』…という事実が如実に何かを語っている。
彼ら(拉致被害者)は集会の「主賓」であることはまぎれもない。
彼らの味わったあのテロ国家の本質に対して、彼らを先頭に抗議している…その集会である。
なのに、その主役があえて”席を外し”そのうえで語る強硬論…というのはナンなのだろう。
そんな主役らのとった”態度”を耳にしてしまうと、とてもじゃないが《コブシ組》がコトの本質を解決してくれる人々…とは、当の拉致ご本人らが、「じつのところそうは考えていない」ということなのだろうか。
もっとも「肉親を人質に取られている」以上、あのキムきちがいのご機嫌を損ねないよう、こうした『大人の配慮』が必要なのも良く理解できる。
ただ、はっきり線を引いておかなければならないのは、「現実的には『反北鮮』運動と『拉致被害解決』とは別の問題であり、別の運動」なのだということだ。
以前にも書いたが、朝民では反日や「金正日」神格化で『あんなに馬鹿げた洗脳をしている』と、ボクら日本人は毎日笑っているが、それって、ひるがえれば『反朝民宣伝』に間違いないはず…これに気付く人はもはや少ない。
つまりジョンイルや、ニセ笑い浮かべる朝民の子供らを『嘲笑したり、バカにしなさいよ…』と、これまたボクら日本人全体が「洗脳教育されている」ということなのだ。
しかもそれらはかなり低級な洗脳教育である(笑)。
その「情報宣伝工作」とは、来る日も来る日も、朝民のような「停電時間もない」ニッポン国、「朝のワイドショウ」から「イブニングニュース」、さらに「徹夜の討論番組」まで、テレビは点けておきさえすれば圧倒的な報道量と情報量で行われているではないか。
あの「脱北者」やら「キモニコ幼児ダンス」(笑)だの、「喜び組」だの徹底的に流し続けているもの、あれこそまさに政治宣伝・洗脳教育そのものなのである、気が付かなかった?。
それを放送界が『おかしな現象』とは考えず、『他でもやっているネタ』とわきまえずに、(珍しくはないけど)後追い重ねて恥じない平衡感覚にボクはもうついていけないのである。
それを別名で呼べば、「反北朝鮮キャンペーン」…いや、まぎれもなくこれを《洗脳》であるはずなのに、そう呼ばずに何を洗脳と呼ぶのだろうか。
この洗脳手法も相当に時代遅れで、後進国の人間向き…ともいえる、ミエミエのみみっちい低質のものなので、こんなモノにまんまと誘導される日本人がボクは情けなくてならない。
ひるがえって、ノ・ムヒョン大統領である。隣りの国に住み、また歴史的にどれだけの拉致者やスパイ工作や内政干渉があっただろうか、それでも来日している韓国の大統領の、「テロ国家朝民」へのあの穏やかな対応とはなんだろう。
人品卑しからず、わが国の政治屋どもが本当にサルのようにみえる。
貧しい生まれから苦学して法律家となり、朝民との融和政策を掲げて当選した政治家である。
ああしたどっしりしたポリティシャンの姿を目の当たりにして、なにか安堵感のようなもの呼び覚まされた日本人はボクだけではないだろう。
彼が動かずに構えていればいるほど、対照的にジョンイルが小さく、一挙手一投足が子供じみて映るというものだ。
「即戦論」ばかりがもてはやされているニッポンも、お隣の「朝鮮戦争停戦中」の肝心カナメの韓国の取る態度がこんなに泰然自若としていたのでは、日本の『コブシ組』はさぞかし歯がゆかったのではなかろうか。
ボクはなにか、ようやく『御前会議的議題』が『国連的議題』へと(IQ的にも)ステップアップしてとても今回の韓国大統領来日は意義があったと思っている。
逆に即戦論でないと”リツがとれないテレビ”も数局が、日本の市民との直接討論を設定してくれていたのは見えないけれども隠れたヒット(良心?)だったのではないか。
そうした中、東大キャンパスで自民党の政調会長麻生太郎が「創氏改名」につきなんの勉強もしていないことを露呈した。いわく”朝鮮人が金とか朴とかでは就職もできない…と頼んできたから”、日本名を名乗ることを許可してやったんだ…と発言した。
所詮は頭デッカチのクセにバカな頭なのである。
サッカーの解説者金田さんが、ダンプカーに頭を《当て逃げされたようなツラ》さらしているが(笑)、あれでも九州の大金持ちセメント屋のお坊ちゃんなのである、トホホごめんなさいねえ…。
だから建築族もダム族も道路族も「いわばお得意様」という血筋で、またそれだけしか知らぬようなテイドなのである(笑)。
だから大親分の橋本が訪韓しての大統領会見で、創氏改名などで過去にご迷惑をかけた…とまで苦渋に満ちた表情(フリ?)をして公式声明で述べたのまで、「ウソだった」と今回バラしたようなもんだ。
で、太郎はこうして幼い頃から、憎まれ口を叩いたりウソを言ったりするのをもっぱらとしていたので、ああして口がキュウスみたいに曲がってしまったのだとさ(笑)。
『太郎、そんなことばかり言ってるとしまいにゃ「口が曲がっちゃうよ」』…といった年寄りの警告を無視したなれの果て…というヤツなのだろうくわばらくわばら(笑)。
そのこいつが、あの口と、ミトコンドリアみたいな頭の形していて(笑)、面白いことをかつてぬかした。
長野の田中康夫知事の再選当時、彼を指して『(田中氏の)性格の悪さが顔に出たツラで、見るにたえない』とのたまった…のである(笑)。
ボクも耳を疑った…『こいつって、ヒトの顔をウンヌンするほど自惚れているんだ…』と。
田中さんさぞかし無念だっただろう、間違っても”こいつだけには”言われたくなかっただろうから(笑)。
いずれにせよ高崎山のサルのB群なんかで、口の曲がった栄養失調で頭蓋骨のデカさだけが目立つ子ザル…というのが母ザルのお腹につかまっているものだ。
アレである(笑)。
顔だけでなく頭まで悪いとは…とほほ
ボクも人様のことは云えた義理ではとてもないが、少なくともあの太郎のように、生きザマの悪どさが人相に出ないようにしたいもの、と努力している。
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6月6日(金) フシギ体験《六本木ヒルズ》
(^o^) まあまあ
今日は『六本木ヒルズ』というトレンドスポットに行ってきた。
ボクは人ごみが生来ダメで、人気があるものはだいたい苦手。
メジャーならマイナー、セならパ。西武なら近鉄とかハム。オアフよりカウアイ(笑)。金田さんより兆治さん。ディノスだったら「通販生活」。NHKよりTX(ヨイショッと)。関東より関西。与党より野党(今はそりゃ常識)。
山の手より下町(負け惜しみ)。スーパークリークだったらオグリキャップ(紳助さんは前者)。マックだったらモス。東京ドームより川崎球場…と非常にある意味ワカリ易いバカである。
ある時、新宿の伊勢丹美術館へ「ダリ展」を見物に行き、帰りに都電をフル路線(終点が近所)乗って帰ったらその晩から寝込んでしまった。これは「人波に酔った」もので、仕上げに都電の揺れでゲロ吐きたくなったわけである(笑)。でも少しはダリの画風に酔ってしまったともいえるけど。
つまりヒトの波に非常にもろい。
ともあれ『ワイドショウ』で取り上げられている…丸ビル、六本木ヒルズ、汐留などには、現地で仕事、とでもならないかぎり、絶対に自分の意思で足を向けることはないだろう。
そもそも人ごみを分け入り、腹が減ったら順番でテーブルを待たされ…ありついた食い物が仮にマズかったらかなりショックを受け、ひょっとしたら終生恨むかもしれないのだ。
不思議なのはこんなんで「あぁ、面白かったわ」という御仁がこの世にはビックリするくらい存在するということで、同感の方も多いのではないか。
目指す『YahooJapan』はその六本木ヒルズのなかに入っているのであった。
一般スペースとは違い、まぁ、「オフィススペース」なので群集の流れははっきりと片側へと集中し、オフィス側へはごくわずかな頭が動いているだけである。
驚いたことにこのビルの設計者は回転ドアが好きらしく、すべて(?)の出入り口は大型の回転ドアである。
まぁ、同じ「回転ドア」と云ってもひとり一人が肩すぼめてスリ入る広さではなく、4・5人グループが一緒に入れるスペースでビルの内外に送り出せる特殊な形をしているので、初めて訪れた者はきっとそこに驚かれるだろう。
だが、気になったことがあった。文では伝えにくいけれども車椅子でスリ入るにははちょっと入りにくい構造のドアなのだ。その点はヤフーの方も『そうした配慮という点ではバリアフリーの遅れたビル…ですね』と話していた。
おそらく挟まれでもしたら、センサーが働いてストップがかかるのだろうが、自動ドアなら両開きが原則的に正しかろう。
さらに驚いたことがあった。
まるで何かのオブジェのようにオフィスビルの一階ロビーには、入居企業の「名札」を掲示して、それを『どうだ良く見ろこの数を!』といった大きさの金属性パネルが「妖怪ぬりカベ」のように、一角をデンと占めているのだけれども、なんと、その『入居済みは10%以下…』なのである。
つまり、ガラガラの川崎球場なのである(笑)、ちょっとスキかな。
シルバーのステンレスパネルがかかるはずなのに、ただただ膨大な量、「空き」として名札がかかるはずの空白スペースが口を開けて待っているのみ、なのである。
だからボクには『なにかのオブジェに映った』わけなのだ。
だから、保安上の配慮もあるのだろう、「ほとんどのフロアはいまだ未入居のまま…」で、入居企業らは効率良く、『数フロアに固められている現状』だ(笑)。
名にしおう、「連日満員の六本木ヒルズ」のある側面からの現実には、ちょっとソラ恐ろしいものを感じた。
入居料・権利金・家賃…、間違いなくこのビルに入るという”事業”には、各企業とも莫大な経費を覚悟せねばならないだろう。
『座長』となった家主の《森ビル》が選んだのは、「日本の将来は「都市一極集中型」なのである。
彼らは小泉さんらの『地方分権』とはいわば正反対の選択をした、その”象徴”が「現在この状態…」というのは、彼らの見通しの今にち的風景を表わしていると思う。
《ニュー丸ビル》オープンの騒動の時、「九州からこのためだけにやって来た」というバカ中年婦人達をワイドショウが見事に拾い上げていた。
ショッピングモール売上げは、当初見込みの「3倍」。食い物屋もウハウハで、”座長”の広報課員も見事に狙いどおり…と胸を張って見せる。
確かにそうなのだろう。
だけど、「オフィスの入居者」らは連日の人並みにウンザリで、かなり参っている様子。
それはそうなので、彼ら日常のビジネスにそうした喧騒など一切無駄で、邪魔なだけである。
必ず彼ら彼女らが口をそろえるのは、『メシ代がどこも高くなってしまって』という食への嘆きである。
さらにヒルズの場合は驚いたことに、現在の入居状況でも『トイレが少ない』(!)との苦情が出ているのはどうしたわけだろう。
エレベータの”原価”も安そうだし、どうもボクの目には、案外としっかり”稼ぐ”ためのビルなのではないか…そう映ってならないのである。
そりゃ無理もない、森ビルも正直な会社である(笑)。
このヒルズ建設にあたっては膨大な立退き料を支払って、いわば「街一帯」を根こそぎ消滅させ、引き換えにこの理想的な空間…を出現させた。
”かなりの水揚げ”を期待しないことにはとても追っつかない”原価”を、このビルによって回収しなければならないのである。
ともあれ、訪問先のYahooJapanはちいっとも悪くはないけれど、意外に社員諸氏は覚めていた。
旧社屋に戻りたいとまで語る嘆きさえあった。
それほどにヒルズは多くの問題をコンクリートの内側に塗り固めて威容を誇っている。
どうみてもヒルズや、丸ビルに入居しているオフィスのテナント企業諸氏は、不動産屋のコンセプト(=回収計画)にはいっぱい食ったカタチなのである。
「話題性のあるビル」に居を構える…といった企業は明らかに華だけは買ったが、同時に不便という企業的ハンデまで背負ってしまうことを覚悟しなければならないのである。
彼らがこうむる不便やハンデを考えたら、オフィスの入居者にはあえてお安く家賃などを設定すべきではないのか?
「九州からきた…」といったばかじゃないけれど、今、都会の巨大ビルに求められているのはオフィスの利便性ではなく、都市型娯楽施設として特化したビル、言わば買い物を含めたアミューズメントビルにした方が不動産屋売上げ的には理にかなっており、また日銭も稼げよう。
さて、今度は汐留の番である…(笑)。
日テレさんブッキングよろしくお願いします。
あ、蛇足だが、ヒルズはYahooJapanの下のフロアに、こともあろうに同業者の『楽天市場』の入居が決まったのだそうである。ご同慶にたえない。
やっぱり『現代の勝ち組企業』なんだろうなあ。
それにしても今年の夏は、これらの『閑散巨大ビル』につき(日テレ・テレ朝以外のTV局)ワイドショウで幽霊ネタが流されることになるのだろう(う〜〜ん断定的)。
なぜならヒルズの足下には、都心でも一・二を争う心霊スポット(墓跡地も有り)があり、それを踏んづけてそびえ建っている…からである。
『入居者のないフロアで、深夜、進行中にボタンが押され、停止する…・ふと気付くと居ないはずの背後に…』とか、面白そうな話はいくらでもありそうなのである(笑)。
あ〜〜楽しみだ。
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