《スポーツの鑑定士》というと、欧米では《芸能・文化・社会》のジャンルの大半をも併せてカヴァーしているものです。
というのも、政治にしろ芸能界にしろ"稀少度(相場)"を推し量る材料として、《民意》や、《ファンの熱気》を冷静に分析できることが求められているから……で、これはスポーツ選手の将来性についての見極めと相通ずるもので不可分です。
このあたりの文化的価値がいつまでも理解できないため、【鑑定金額】が一般には理解されなかったり、またせっかくの品の価値が理解できないためにポイと捨てられ永遠に失われることとなったり・・・・・・、と未開国のような現象がおきています。 ですが、これこそは、先見の明のある皆さまには「逆にチャンス」ともいうべき捉え方をすべきもの。
象徴的なのは、日本に鑑定番組があったとしても、それ自体が結局は「過去の価値観」のカラを打ち破ることができていないため、【現在進行形の新しい価値観が生まれている】にも関わらず、アップデートな価値観に触れる冒険(?)がされていないのです。
それゆえ取り上げる品々やその作家への評価にも「拡がり」がなく、「起伏」もない閉鎖的な文化観を脱せない。いわば、《インターネット検索病的》といって良いフラットな情報だけで、「文化を支えている人間ドラマ」をタテ切りにして処理する無理がたたっているのだとボクはみています。
こうして冷静に現象としてボクがこう述べられるのも、おそらく"民意"をいつの間にか反映しているのではないかと思うのです。(笑)
|