流体力学
『気ムズカ日記』

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[ニセサイン?だったら……それは単なる汚れですよ。代表 前野 重雄
b0 私どもでお願いするサインおよび実使用品アイテムにはもれなく『万が一の際』には期限なく、頂戴したお代金の払い戻しをお約束の、責任鑑定・保証  代表 前野 重雄の手になる「真正証明書(もしくは「略式」)」が付属しております。



eコレクト
最終更新日:2010/09/10
あのアリが改名前、恩人の誕生日に贈った洒落た一通
450,000円
 
あのアリが『育ての親』といって愛したトレーナー、ドリュー・ブラウンに贈ったバースデイカード。
しっかりと署名が入っている。
その名は「カシアス・クレイ」といった本名。イスラム教に入ったのは1964年だから、その改宗65年以降の「モハメッド・アリ」のサインとは一線を画す。
このカードを贈ったドリュー・ブラウン氏はアリのデヴュー以来、引退までセコンドをつとめ続けた名伯楽。あの有名な『蝶のように舞い、蜂のように刺せ』という言葉はドリューがコーナーに帰ってきたアリの耳元で鼓舞した戦法だった。
世話になった…という感謝を照れ屋のアリは、『あんたの世話になるんだから今後のことも考えてせいぜい体を鍛えておけよ』というカードを選んできて贈ったという、100点満点モノのアリの人柄をエクスパイアした品。
それだからこそ、ドリューはこのカードを机の前にでも貼りつけて飾っておいたのか、背面に糊の跡がしっかりと付着している。
私の所持しているありのサインでは最古のもの(=64年、初チャンプイヤー!!!!)
1942年に生まれ、アマチュアで全世界に敵なしといわしめたローマ五輪('60)で早くも金メダルに輝くが、そして、『未だにアメリカでは黒人差別は解消されていない』として、獲得した金メダルをテネシー川に投げ捨ててしまったのは五輪史上でも有名な話(近年、あらためて金メダルを授与されありもそれを快く受け付けた)。
折からのヴェトナム戦争に招集されるも「宗教上の理由から」と、67年に敢然と徴兵拒否。
そして75年に同教でもより原理主義的なスンニ派に移って現在に至る。
ローマ五輪後、金メダルを葬ったアリはただちにプロ入りし、19戦19勝うち15KO(笑)。
64年2月25日、マイアミで無敵チャンプだったソニー・リストンと対戦。
7ラウンドKOで勝ち、WBCとWBAヘヴィー級両タイトルを制覇。
それから11連勝し、迎えた12戦目もWBA/WBCのダブルタイトル戦、ここに銘打たれた『世紀のファイト』対ジョー・フレイジャーに15回、判定で敗れてしまう。
それから10戦10勝6KOする(この間、72年4月には後楽園球場で初来日し、日本史上初の世界同級タイトルマッチが開かれた)が、新たなライバル、ケン・ノートンに敗れるも、『オレはやられたら必ず復讐を果たす』との大言壮語の通り、次のリターンマッチで顎の骨にパンチでヒビを入れての判定勝ち。
さらに、14戦をこなし、この間にあの猪木との『格闘技戦争』を東京で行い二度目の来日を果たした(=76年6月)そして14戦14勝6KOと、さすがに30歳を越えると破壊力が落ちたのか、KO率が下降するがこの連勝ぶりを前にしては、いかなる者の追随も許さない。
そして目の前に立ちはだかったのが、売り出し中だった若きレオン・スピンクス。
圧倒的有利との下馬評スピンクスに対し、15ラウンド戦って、スプリットディシィジョンでの判定負けと食い下がった。(あの猪木戦は、この闘いの2年前といったまさにアブラの乗った時期でのものであったワケだ)
ここでWBA/WBCの両失ったアリだったが、雌伏7ヶ月後の9月、ニューオーリンズでのリターンマッチでまたスピンクスと対戦。フルに15ラウンド、グラブを交えたものの、今度はまた同じ判定でも「全員一致での」Wタイトル奪還に成功。
これで、フレイジャーに、ノートン、そしてスピンクス。なんと、3度破れながら3度ともタイトルを奪回するといった(しかも世界ヘヴィー級!)ミラクル復活劇を全世界に見せ付けて感動させる。
当然前人未到の偉業中の偉業である。
1975PGA選手権ファイアストーンGC大会clip
80,000円
 
あのジャック・ニクラウスが、まだ売り出し中の時の57回PGA大会。
しかも難コース中のロングドライブコースでは全米一有名なアクロンのファイアストーンGC(イメージゴルフセンターでも人気ですね)。
この二つ並び。しかもこうした選手贈呈用のクリップなどの黎明期でもあり、稀少中の稀少です(あっても偽物)。
なお、この超尺コースをニクラウスは通算276の14アンダーでの優勝だった。
1979冬季トーナメント、ディズニーワールド開催
48,000円
 
あの温暖なフロリダ州オーランドはディズニーワールドで開催されたシリーズ戦、「ウィンタートーナメント」参加者への証明兼用クリップ。
きちんと最下段に「DisneyWorld」とのコース名がにらみを効かせている。
この翌春からのPGAツァーへの優先出場権が、ここで闘いながらの養成プログラムには賭けられているだけに、参加者はサバイバルな熱い冬を送ることになる。
「PGA」に「DISNEY」と、見たことがないダブルネームの両立がここにはある。
1987PGA選手権大会ホスト/選手用クリップ
75,000円
 
この年のPGA選手権、フロリダはパームビーチにあるPGAナショナルGCで、最初に同選手権大会が行われた場所にラウンドして戻ってきたという、記念すべき大会。
ルール委員としてこの「HOST」の一人としてこのクリップを享受される栄を受けた。
23年前のものとしては異例の美的保存状態。
ちなみに優勝はあのラリー・ネルソン。
1990ドラルライダーオープン前年優勝者用クリップ
85,000円
 
こっこれは!フロリダのセレブな世界的名門コースドラルゴルフ&スパリゾートのコース、別名「グリーンモンスター」で開かれるDORALRyder Open選手権大会の出場者用でも、これは特に前年優勝者であるビルグラッソン選手、キャディ、マネジャーらのユニットにだけ着用を許された名誉あるもの。
最下段に見える[ChamiponsClub]はほとんど『葵の紋どころ』状態(笑)
期間中はこれを胸につけてフルエリアアクセス。パーティも「歴代ウィナーズ」から「前夜祭」「ブレックファスト、ランチ」さらに「表彰レセプション」などなどまで最優先で参加できるもの。
さすがに本品は、あちこちにマネークリップとなって活躍したと見え、アップの写真には塗ったエネメル地にハガレが小さく見えます。
1992PGA全米オープン大会参加記念クリップ
75,000円
 
あの「全米で最も美しいゴルフリンク」そして超難関、ペブルビーチでの大会の際のもの。優勝はトム・カイト
アリが、猪木氏に送り付けた『ファイトマネー督促状』
950,000円
 
存在自体がスクープです。所持した方が『昭和史の一部』を語り継いでください。
猪木さんの近著「真実」で、あの偉大すぎる闘いの内幕が35年を経た今にち明らかにされた。
このアリ招聘に当時の金で6億1千万円ものファイトマネーがアリサイドに支払われた。
ところが、外為法により一度に支払われる外貨にも限度というものがあって、この「巨大取り引き」には思うように送金が進まなかった。
その遅延とともに発生する「金利への失われた補償」などを踏まえて、闘いから1ヶ月後の7月20日、この夢のマッチメーカーとアリが(そして公証人)連名で、ひそかにこうした督促状を内容証明で送り付けて訴訟となる様相を見せていたのである(「新間寿氏の訪米で無事解決した」とある 写真4参照)。
その重大な"戦後文書"を初めてここに公開に踏み切ったのも、こうしてアリ側との摩擦を猪木氏がじっと胸に収めたままであったためだった。
当方がこれを公開してしまえば、猪木さんのアリへの配慮もブチ壊しになるかも知れない。
そのたかが売買のために、当方のような第三者が介入して足を踏み出す非礼など許されないのでは…との配慮から自粛していたもの。
スポーツの究極と呼ばれたあのイベントを裏から語るこの一枚、凄すぎますでしょう。
ですから、私のほうで同じ額に封入して戴けるよう、パートナーとなるステンレス製の銘版を制作してお付けいたしました。
1976年6月25日日本武道館、そこで昭和の伝説最大級のイベントが行われた。
紛れもなく世紀の最強ヘヴィー級チャンプ、モハメッドアリを迎えて、「闘う吟遊詩人」アントニオ猪木が激突したのである。
そして世界同時多発と銘打って、同じ時刻にNYシェイスタジアムでは、プロレス界最大最強とうたわれたアンドレtheジャイアントが、元世界ヘヴィー級チャンプ、チャックウェップナーが闘い、ヒューストンではNWA世界ヘヴィー級タイトルホルダーのテリーファンクがロッキーロビンソンと戦った。
この衝撃の一日。
同時にこの模様は、クローズドサーキット中継され、全正解37ヶ国に中継されたのである。
猪木はこの人生をかけた挑戦にずべてをかけてアリ側とのマッチメイクを実現。
その後この一大プロモーションによって、彼の存在を世界に知らしめる契機ともなり、現在の猪木氏のステージが用意されたのである。
『世界戦争』と銘打たれたこの一大イベントのコレクションを公開させて頂きます。
「3000本安打紳士」この逸球に16人も総結集
165,000円
 
これだけの顔ぶれにサインを頂戴し、集めて回るそこにかける年月とその「時給」で、値段を換算するものです。
3000本の通算安打数を放った者だけが名乗れる『3000HitsClub』の面々。
この天才らが良くぞここまで集まったというほど、なんと16名の署名を寄せまくった一球。
ぜひとも、ここに張本勲にイチローさんのサインを加えてゆくという目標で、その機会を見付ける計画を始めてみてはいかが。
さん然と輝く打撃の真髄とともに、リッキー・ヘンダーソンやトニー・グウィンのような近年のメンバーまでが網羅されているところがポイント高いところ。
Hank AaronB,Wade Boggs, George BrettA,Lou BrockA,Rod CarewB,Tony GwynnC,Rickey HendersonC,Al KalineA,Willie Mays, Paul MolitorB,Eddie MurrayB,Stan Musial, Pete Rose@,Dave WinfieldA,Carl YastrzemskiBand Robin Yount
究極シリーズ[3000本安打Club]12名サイン入り額
250,000円
 
4割打者テッド・ウィリアムスと、イチローが(6年後?)ロックオンする超記録『4256』安打のピートローズがツートップでのこの価格なら、ちょっと仕込みどき…では?。
Hank AaronA上,George BrettC下,Lou BrockA中,Rod Carew, Al KalineB下,Willie MaysC中,Eddie Murray, Stan MusialC上,Pete RoseB中,Dave WinfieldB上,Carl Yastrzemski and Robin YountA下
長期保存の間に額縁にわずかな傷があり、残念ながら(?)こうしたワケ有り価格でのご提供となりました。
究極シリーズ[500本塁打Club]11名特選書体ボール
290,000円
 
さすがは蒐集界の大御所!ロドリゲス博士、メンバー最上級の格の者しか書けぬスペースをめぐり、四割打者とアメリカの長嶋(=マントル)とにその席を二人並びとさせてしまう
貫禄とシャレ心!でも、やはりテッドの方が格上とミッキーも上席を譲ったようです。
とても格好いい!通人ならではの配慮、言う事をきかせる博士の見識がさせた一個。
最大の巨匠であり、同クラブの幹事級の2名がすでに故人であるだけに、貴重な説得力ある一個に!いつの間にかこうした寄書きはなくなっています。
王さんや、落合、清原、野村さんに門田氏と、わが国の「500本ヒッターズ」に書き加えてもらう…一生の愉しみのベースにするにはまたとない個体です。
Ted Williams(SS), Mickey Mantle(SS), Willie Mays, Hank Aaron, Mike Schmidt, Ernie Banks, Reggie Jackson(44), Eddie Mathews, Frank Robinson, Willie McCovey and Harmon Killebrew
ロジャー・クレメンス「NY22」初デヴュー?珍品uniform
750,000円
 
クレメンスの背番号といったらは、ボストンからブルージェイズ、そしてヤンキースに移る「99年2月18日」まで一貫して21番を背負っていた。その番号が代名詞でもあった。
ヤ軍1999年年間背番号変遷一覧表(一部)を引用すると、
1999 New York Yankees
Uniform Numbers
#2 Derek Jeter
#11 Chuck Knoblauch
#12 Roger Clemens
#12 Jim Leyritz
#13 Mike Figga
#13 Jeff Manto
#14 Hideki Irabu
#17 Ricky Ledee
#18 Scott Brosius
#19 Luis Sojo
#20 Jorge Posada
#21 Paul O'Neill
#22 Roger Clemens
#22 Tony Tarasco
#24 Tino Martinez
#25 Joe Girardi
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところが、亡くなった父の憧れだったこのNYYに来てみると、その「21」は先客(=オニール)がいるため泣く泣くそのひっくり返しの「12」を、『入団から4カ月背負った』ものである。
いっぽうこのユニークな生い立ちの22番ジャージは、前年度の「1998年」に支給されたもので、ホーマー・ブッシュという若手のトッププロスペクトとして期待された野手の物だった。
明けてブルージェイズはロジャーとの交換要員として、打てる走れるこの「22」番の若者ホーマーを指名してきて「中身」は去って行った。
春のキャンプ終盤からは、この99シーズン左袖に取り付けた「ジョーディマジオ追悼パッチ」の『5』が左袖に。
その際にはこのオフからレッズより加入したトニー・タラスコが袖を通して「5」を祀ったのである。
ところが、支給された「12」番ではどうしても飽き足らぬロジャーが、不満をつのらせたままなのを考慮して、6月に戦力外としたタラスコの放出と同時に、クレメンスは直ちにこの『22』への移行を要求した。
 不幸中の幸いか、この《22》の元オーナーの二人は、レギュラー選手ではなく2年通算でも「ブッシュは71打数/タラスコはたった31打数」だけ…と、ほとんどがベンチ入りする事もなかった。
そのおかげで、《22》のホーム&ロード2タイプのユニフォームとも、極めて新品に近く、便利な事に「5」のパッチも付いている。
即座にこの用具担当の機転による「流用案」が採用されて、背番号『22のロジャークレメンス』6月早々の誕生となった次第。
まだこのユニフォームには流転があった。
その99季9月9日に、突然その左袖の「5」パッチの取り付け糸が切られ、その位置からわずかに上方の位置へと取り付け直し加工が成されたのである(写真2 うっすらと「5」の横棒下に痕跡が視認できる)。
というのも、大先輩の殿堂OB=ジム・キャットフィッシュハンター投手の死去に伴い、「5」の下に喪章にあたるアームバンドを追加せねばならないからだった。
結局このロード用ユニフォーム背番号「22」は、1998年号入り…とはいえ、@たしかに1999季に使われた。@その1999季8月をはさんで、シーズンその前と後に使われ続けたといった経歴。
以上を、これら物的証拠は見事に示しているのである。
そもそもロジャークレメンスへの支給ユニフォームには「サイズ52、2インチ着丈延長、1インチ袖丈縮小。『ROCKET1999』」といったルーティンのタグ表示があるもの…と、そればかりボクには認識として固定観念があった。
だが、それとは別にこうした実に人間臭い、出逢いと別離がクロスする、メジャー内部のドラマあふれる個体があったとはちょっと感激してしまう1枚なのである。
こうしたビジネスに関わっていて、やっぱり楽しかったなあと思わせる佳品だと思う。
通算707試合登板4916.2投球回4185被安打1885失点363被本塁打1580与四死球4672奪三振354勝 通算防御率3.12
1986 AL Most Valuable Player;AL Cy Young;
AL ERA Leader;All-Star Game MVP
1987 AL Cy Young
1988 AL Strike Out Leader
1990 AL ERA Leader
1991 AL Cy Young;AL ERA Leader;AL Strike Out Leader
1992 AL ERA Leader
1996 AL Strike Out Leader
1997 AL Cy Young;AL ERA Leader;AL Strike Out Leader
1998 AL Cy Young;AL ERA Leader;AL Strike Out Leader
2001 AL Cy Young
2004 NL Cy Young
2005 NL ERA Leader
アメリカ版「警察24時」撮影クルー用非売品jacket
29,000円
 
アメリカで大人気の「ザ・カップス」、密着カメラは情け容赦なく、モザイクもかけない逮捕劇、ガサ入れに職質トラブルと、実にあっけらかんで毎日放送。
全米どこのローカル局でも「専用チャンネル」で放映しているほどなので、ボクもホテルの部屋に入り次第セットしています。
モザイクをかけますか?とクルーも一応は被疑者らに訊ねるのだけれども、「ザ・カップスならそのままでいい」と手錠かかったままレンズに血だらけニッコリ…なんてほどの人気がある(笑)。
だからほとんどの被疑者らが顔出しだから、丸っきり迫力が違う。
こうした感覚だけは日本じゃあ絶対にあり得ない。
「再現VTR」と誰もが見間違うのである。
一応報道腕章代わりに、この黒ジャケットを識別用に取材時に着るため、こいつをボクは欲しかった。
これを着てアメリカへ行ったら間違いなく、「あなたはスタッフなのか」とメチャクチャ訊かれますし、もしかしてそれをきっかけにモテるはず。
一度はボクもこの番組の日本での放映権を得ようと交渉して断念した…といった経験があるので手放すのには抵抗がある。
服部真夕「フジサンケイレディス女王」努力での勝利
6,800円
 
2年ぶりの勝利だった第6代目のフジサンケイレディス2010で優勝。
せっかく4打差で独走中だった最終日15H。
「そこでOBを打って、2打差にまで落としてしまいそして土団場となったら、いつもは孤独に落ちてゆくというパターンになるのを、引き止めてくれたのがファンの皆さんの声援だった」と優勝インタヴューで答えていた。
しぶとい宋ボベ、藤本麻子、ニッキー・キャンベルらの猛追を振り切って手にした。
トーナメント優勝は08年「樋口久子IDC大塚家具レディス」以来の二勝目。
これもどうしても獲らなくてはならない復活をかけた優勝だった。
ソフトボール代表チームとの合宿。
師匠岡本綾子から、決勝当日に入れてもらった喝を胸に、激しい海と山風の変化と小さなグリーン。
ミスと常に隣り合わせの名門超難コース=川奈カントリー。ミスがあってもじっとガマンと説いた師匠のアドバイスが効いた末、還ってきた22歳になったばかり若手本格実力派の勝利であった。
岩村に多く学んだリーグエース。スコット・カズミーヤ
19,000円
 
買える価格のうちが華ですよ!(使用ボールが「95年ワールドシリーズ公式球」なので…でもこれが価値あるボールですよね)
しかも「初の選出」を勝ち取った『06季』の書き込み入りです。
2007季は239奪三振(206,2投球回)でアリーグの「Kキング」に輝き、サンタナなどの常連を出し抜いた。
もともと、安定したコントロールで「1回あたりの被安打+与四死球率」といった、現在最も各球団GMが重視する数値=WHIPで、上位を争っていたスコット。
08季は、チームのバックが以前とは違ってエラーが極端に減ったため、奪三振の派手さを捨て現実的に打たせて獲る面白さを覚えたらしく、WHIP値も自身最良の値を叩きだした[1,24]。
いきおい「計算できる投手」として、08ワールドシリーズでは第一エース格としてRAYSを背負って登板。主敵ハメルズと投げ合って、大きく割れるカーブを武器にして締まった試合を演じたものの、後続が打ち込まれる展開に泣いた。
もともと、「どうしてRAYSのこの投手に?」というほど、数少ないけれども入荷する品々が順調に日本の隠れたクロウト好みのファンに吸い込まれてゆく…不思議な存在だった。
それが08,09シーズンと、そしてポストシーズンでその魅力が証明された感あり、当方もそうしたお得意様には感謝するいっぽうという、ある意味印象的な投手なのである。
北田瑠衣 3月21日[Tポイントレディスカップ]優勝
12,000円
 
02年女子短大を中退してプロに参加の瑠衣。
正確で飛距離が売りのウッドを駆使して、早くも03年にツァー初優勝をさらってしまう。
04年にはツァー3勝2位が1回と、23歳にして賞金女王レースですでに3位に食い込むなど、細面のスレンダーな体躯からは想像もできないほどのアグレッシヴな戦闘スタイルで知られる。
ところが2004年のベストイヤー以降は、飛距離の魔力にはまり、07での伊藤園レディースや08のヨネックスレディスで各1度優勝しながらも、別の大会では下位に低迷したり予選落ちを繰り返すなど、『確実性の薄いゴルファー』として、長いスランプ期に入っていた。
それに救いの手を差し伸べたのが片山晋呉と彼のゴルフスィングアドバイザーとして知られる谷将貴だった。
そして09年になるとバイオリズムでも把握したように相変わらずの『出入りの激しい』ツァー結果であるものの、きちんと上位で賞金を稼ぎ、下降線にある時は無理をしないといったツァープロとしての安定性を身につけたようだ。
そうした「豪華コーチ陣」も応援に駆け付けるなか、鹿児島で開かれたツァーの初っぱなのトーナメント『Tカードレディス』で、強敵韓国勢を尻目に、2位に5ストローク差でまずは優勝を決めるなど、どこかが違う北田を見せつけた。
ボールセンターの「3」のように見える『る』の両側に大きな股を開いた『い』が羽根を広げる面白いサインです。
帝王サイン入り!歴代MASTERS優勝者ズラリ非売POSTER
220,000円
 
ニクラウスはじめとするマスターズの顔となるプロ四名(うち物故者二名)のサインを直筆でおさめ。1934年第一回大会から1995年大会までの61名の優勝者をすべて、ここに顔写真とそれぞれのサイン(=こちらは印刷)をずらりと並べた壮観なマスターズモニュメント。
アクリルガラス(UV対策済み)の内側に収められています。
さらにそこへ、優勝六回の帝王ゴールデンベア、めったにサインをしなくなってしまったジャック・ニクラウス。
それに、ゴルフィングカウボーイと呼ばれ愛され、「69年優勝」のジョージ・アーチャー(故人 通算44勝うちPGAツァー12勝、また80年シーパインズ・ヘリテイジクラシックで、4ラウンド72ホールを回りわずか95ストロークしかパットしなかった最小記録も保持)もサイン。
さらに73年優勝のトミーアーロンに、現代ゴルフの始祖サム・スニード(故人)は49年52年54年と、やはり3度この大会を制覇しておりニクラウスと並ぶそれまでのマスターオブMASTERSとしての象徴でもあった人物。
ともあれ、サムまでが両者そろい踏みとしてこの一枚にサインを遺してくれていることは、将来にわたって得難い価値を担保してくれている。
何よりも、このモニュメントの価値の高さを誰にでも分かるよう説明し、持つ者のステイタスを誇ってくれる役目を洒落たゴールドプレートが備わっており、できるだけこの逸品は多くの方々の目に触れる場所に掲げて頂きたいものだ。
*惜しむらくは、写真1上方右のJeckNikrausのサイン。筆記体『J』の部分にマジックインクの半乾燥状態の際にスレた跡があります。
価値的には何ら問題のないものですが、完品ではないためバッサリとお代金を削りました。
大判です=104センチ。送料は通常通りで結構です。「額装」済み。
ならず者デイヴ・パーカーの全成績手書き、名ボール
29,000円
 
やる事ァみんなやってるんだ、それで好きなことやって何が悪い…ってな無法ディヴの野球人生。
デイヴ・パーカー生涯の記録自筆入り、こん身の一個!
Hit 2712 RBI 1492 2B Hit 529 写真中 NLMVP 78 ASG MVP 79 BC 1977 & 78 HR 339 6 Time All Star Game LTA(=生涯打率)290写真下
気が付いてみれば「73季から83季まで」たった10年しかメジャーに在籍していなかったというと???。
その意外な短命ぶりにはちょっと驚かされる。
使い古されすぎて今や使う人の脳内を気遣う言葉(笑)だが、『記録に残るでなく、記憶に残るウンヌン』なんてモノではなく、『記録も印象も驚くほど残りすぎ』なのがこのパーカーではないか。
77季にはナリーグの首位打者獲得から始まって、翌78季にもこのタイトル連続奪取に成功するとワールドシリーズでも立役者となった彼は、ナリーグのMVPにまで輝く。
そしてこの当時としては破格といえる《初の1季100万ドルプレーヤー》との称号をパイレーツは与え、これは全世界に打電され「野球をやるだけで1年で1億!」と、人々の価値観に衝撃を与える契機となった。
偉大なるRクレメンテの"後釜"としてパイレーツのライトを守ったこの「theCobra」。
その強肩ぶりでもクレメンテの打ち立てた名誉を踏襲し、彼がいとも簡単な動作で投げるバックホームの一直線・・・の強烈さ、それはアメリカから送られてくる《メジャーリーグ好プレイ集》を目にした我々日本人ファンの度肝を抜く捕殺を彼は見せる。
5年で計72人の3塁ランナーが刺殺されているが(笑)、そのうち77季だけで26人もがその毒の犠牲になっているほどの名物となっていた。
81年に出版された名著「歴代の名選手100人」に選ばれたディヴにつき、『おそらく「パイレーツの右翼」に隠されているはずの何かをいずれ見付ける者がでてくるだろう』。
終身成績=2712安打、339本塁打、1492打点・・・・これを「10(シーズン)で割り算」をして欲しい。そして打率も.290ならば文句はないはずだし、守備だって伝説となったほど。こんなに凄いバッターだった。
なのに、これで殿堂入りできない。
それは80年代に度重なる故障、そこから来るおっかなびっくりのトレーニング→そしてウェイトオーバー。
この悪循環を断とうと、ディヴは禁断のコケインに手を出してしまったのだ。
また写真のように、いくらピッツバーグがマリファナが合法であっても、こうしてベンチで葉っぱを喫っているなんて見たことがないなんというリベラリスト、ならぬ無頼漢(笑)。
追求が警察やコミッショナーらによって行われている、その間にも《MVP投票2位》にまで食い込む85季の踏ん張りは見事というほかはないし、こうした《コブラにとっての毒物摂取》という失敗が彼を「殿堂」という生涯の保障から遠ざけてしまったのだ。
誰からも好かれる性格、大きな身体を黒とイエローのツートンで包み、ピンポン玉のように外野スタンドへと運んでいた、"ミスター・メジャー"。
ボクはちっともそんな失敗なんか気にしていないのさ、ディブ・パーカーは永遠だもの(前野 重雄 記)。
ノーランライアン「300勝」達成瞬間記念サイン入card
18,000円
 
1990年7月31日、怪物がついに300勝を達成した瞬間の報道写真を大判カードにした記念モニュメント。
こうした出版物へのサインだけにうれしく、貴重なわけです。
めったに他の人が持っていないだけに…
私的出版『球界逸品館 続篇』+特大ポスター上下2枚
2,000円
 
*Expack−500を活用し、このソフトで表示される合計金額とは別に(代引きベースで出てしまいますが無視して下さい)、それよりもお安くお求めください。
2000円+税100円+送料350円=2450円のみb0お振り込みくだされば結構です。
この料金はあくまで「先振り込み」のみ適用b0
**僭越ですが『作者サイン』をご所望でしたら、お申し込みフォームにその旨ご明記ください。当然ですがタダでしますから(字ィ下手ですよ〜笑)。
紹介した品とその選手ら48人の群像と、その至高の天才ぶりを刻んだ48点の物的証拠群を精密写真で前野 重雄が入手ののち撮影し、動かぬ証拠を前にした彼らを報告する「球界逸品館」。
編集者の手を一切借りず、すべて足と汗で稼いだ独占ネタだけを網羅。
取り上げたこれらの品々の今にち的『3〜5億円』か。
入手の背景から、鑑定士だからできたまさに肉迫の観察ノート。
昨今の『野球関連活字本は売れない』と尻込みする大出版社に対し、一歩も退かぬ姿勢を高らかに宣言した自費出版物。
目玉は特大(84x60センチ)のポスターに収めた証拠写真群計二枚。
そこへ、副読本(全60ページ・B5版)で彼らの人間性を文字通りレアーな部分をむき出しにするため追い撃ちをかける。
 
『…前略 本編に掲載した品々のスゴいところは、新品の状態では考えられぬ「重み」が、目をジッと凝らせばどれにも追加されている事だ。
 プレミアという語の和訳、ボクなら「余禄」という解釈を選ぶ。
欧米のオークションで請求額を「バイヤーズプレミアム」と称するけれど、それは[買った者だけが愉しめる余録]と考えてよい。
 実際にカリスマ達が超人的なプレイで世界を沸かした際に頼りにしたそれら道具。オーラと言っては安易に過ぎるけど、生霊らしきものが確実に憑依している。
 それはこちらの思い入れだろうが、それらの品が巨万のファンを出し抜いてボクにだけ、その(すべて意外な)人となりを饒舌に語りかけてくれるものだ。
 そこにはどう間違っても世間一般にあふれる憎悪や軽蔑といったものとは真反対の、人間を惚れなおす契機を与えてくれる性質の鼓動が伝わってくる。
 週刊ベースボールに連載していたこの[球界逸品館]。たまたまやって来た同誌編集者桐生さんが、ボクが関わったブツから「人間の痕跡」を接写し資料化しているのを見て面白がり『やりませんか?』と打診してくれたのがきっかけで2年半も毎週続いた長寿企画だ。
 なんでも人生、声はかけてみるものではないか(笑)。
 この連載を集英社に[球界遺産]という単行本で全50篇ほどをまとめて戴いたが、そちらは営業の都合上、「ビッグネーム優先」印刷も豪華で二千八百円。不況の時代のさなか、破格値で勇気ある刊行をして下さったものである。
 今回の続篇はそこから除外した『内容の面白いもの』にシフトしたもので今、校正していてもちっとも古びていない…のは、やはり集めてきた我が『選人眼』に狂いはなかったというのは面白い。
 ただ、なにが面白くない事がただひとつ。これらほぼすべて、ウチには残されていないことである。  前書き=『まえのがき』より一部抜粋
*荷姿はこうした特殊な出版物につき、expack-500に収め、ポスターは軽く折って本誌と共にお送りします。これでも精一杯の利益度外視出版なのです(失笑)
*菊水丸師匠絶賛!! 大阪での私のイベントにお忍びでそっとお出ましの師匠、コレクターとして一家言あるお方。この14日のご来場で、この『球界逸品館』と前著『球界遺産』の2冊をお求め下さった夕刻。
「ひたすら度肝抜かれた思いですわ、まいりました(笑)」と苦笑いでお戻りになった後ろ姿。
朝になって私の定宿のホテル自室に、このお便りと「ご祝儀(笑)」入り封筒がはさんであったのです!
びっくりしました、お書き頂いた時間を読む限り、イベント会場をお出になった後、一気にお読み下さって、こうして筆に墨字でこれをしたためられたご様子(08 9・15 1:30)。
なんと、深夜1時すぎにこのホテルまで出向かれてフロントに託されて行かれたとのボーイ証言にさらにがく然。
ここまで読者をして熱くさせることができるなんて、筆者冥利につきるとはこのことです。
また、もしかすると見えないところでこの師匠のように喜んで下さっておられる方がいるとの夢、この感動を持ったまま「見えなかったヒト」を探しご紹介する仕事は続けてゆきたいと思いました。
取り上げた「天才な人々」
@グリフィーJr.@タイカッブ@佐々木大魔神@ハヴィアロペス@伊良部英輝@マイケルジョーダン@野茂英雄@張本勲@圧縮バット・ジュンイシイ@桑田真澄@モーバーグ@長谷川滋利@イチロー@CalリプケンJr.@後藤孝志@木俣達彦@「500ホーマーズclub」@坪田名人@竹之内雅史@ルーブロック@トニーグゥイン@上原浩治@アロンゾパウエル@フランクトーマス@ミーデマ鑑定士@ブレットバトラー@城島健司@マイクピアザ@ペドロマルティネス@ヤンキースのボールボーイ@サミーソーサ@オジースミス@デレクジーター@王貞治@ハーモンキリュブリュー@84年LA五輪野球日本代表団@稲尾和久@ロンセイ@掛布雅之@飯田徳治
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3,000円
 
1個3000円、2個5000円(2個以上は1個につき2500円加算)。
(なお、通販ソフトの性質上、2ケで5000円という計算結果にはなってくれないものですので、その際には03−3895−8463 までご確認ください。ご心配の内容に決済いたします)。
思えば25年前、まだメジャーリーグの中継などはゼロ。
せいぜいが海外ニュースの中での特集くらいだった頃、わたし(前野)はMLBの選手と同じキャップが欲しいと思いました。
ところが当時は市販ものはすべて100%が「フリーサイズの調整バンドもの」だけ。
「サイズもの」というと『球団納入用』を都合付けてもらうところからボクの輸入販売がスタートして行きました。
それももう四半世紀!!我ながらホントかよと思いますが、今や誰でもがサイズキャップの輸入などできるようになった今、役目に区切りがついたと思いますし、ボクは現在の価格競争だけしか残されていないcap市場には何の未練もなくなりました。
簡単ではございますが、これにて「MLB&マイナーキャップの販売部門を廃止」させて戴きます(笑)。
つきましては手持ちのキャップをほぼ半額でよろしければお譲りしたいと思います。
ここまでの捨て値ですから、お客様に於かれましては「返品・交換なし」の原則くらいは厳守頂きたく、しっかり別掲「帽子の正しいサイズの測り方」とご高覧の上、ご注文下さいませ。
キャップファンの皆様今までありがとうございました。

流体力学アウトレッツ
商品分類
●直筆サインもの
●USテイスト演出Item
★世界のBigショット
★★ツァープロ通行章
★■ゴルフ逸品■
★★☆前野逸品館☆★
ブックシェルフ69
●各監督実筆[メンバ
★さよならSizeCap
◎軟式革命グラブAhea
*PROの選び抜いた品
★【名人名勝負series
▲警察・特殊部隊装備

 
PGA役員氏から「秘蔵の品」…
ゲームユーズドなアクセサリー??を続々と上げてまいります(2010/08/25)

あなたのお部屋を「メジャー球団事務所風」とか、「シャレたSportsBar」へと変身させるなんて、たった一枚の額で済むかも知れません。日々通り過ぎるだけの「廊下の壁」…、あなたらしいテイストをそこに。

従来の美術品でなくたって、お得ではるかにインパクトある存在感が出せるアイテム、前野が活動の中で見てきたような逸品を選んできています。

簡単な額装だけで驚くほど、なによりお客様の反応が違ってくるから不思議です。(
直筆サイン入り写真、USテイスト演出item…等からどうぞ)