商品詳細

ICHIROメジャーデヴュー年2001実使用直筆サイン入りホームユニフォーム






ICHIROメジャーデヴュー年2001実使用ホーム用ユニフォーム+メジャー入り直後当時直筆サイン入り)
\6,500,000-
  販売終了非売 価格とともにこれ以上の情報提供は終了しました。

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彼が2001年大志を抱いて日本から1278もの安打数を手土産にしてアメリカに渡ったその年に支給され、袖を通した実際のユニフォーム。

これはもう「野球殿堂」の入り口や中心に飾るべきもの
 

夢にまで見たこの日にさかのぼること、2年前の1999年春に舞い降りたのは街全体が芝生と蒼い大きな抜けるような青空だけ…というアリゾナ州ピオリア。ここのマリナーズキャンプにオリックス・ブルーウェーヴから「交換学生」といった形で、先輩の星野投手らと共に腕だめしにやってきたのである。

メジャー志向がまるで流行のようにNPB有力選手らに猛威をふるっていた当時、まるで『下見見学』思わせる、慈悲に満ちた?メジャー体験入隊ツァー。じつは当時のオリックス代表の狙った深謀遠慮だった。
かねてからFAしメジャー入りを直訴していた星野。そしてイチローにしても日本の打者としてすでに(本塁打のぞき)タイトルを短期間で総なめにしてしまったイチローも『できたら…』といってくる。
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だったら!とヒザを叩いた代表氏、いっそのこと彼らをこうしてオープン戦に出場させてやり、イヤというほどメジャーの前にヒザを屈し、「もうコリゴリ」というほどに冷や水を浴びせてもらう、そんなつもりで送り出した・・・というのが真相だった。

ところが星野は「外角低めいっぱいを片手一本でバックスクリーンに」持ってゆかれてはお手上げと、喰らった屈辱的一発のあまりのショックに、『投球術とコントロールだけでは通用しない現実』に直面し、肩をガックリとうなだれてボクに力なく語るのが精一杯だった。

そしてイチローはというとこんな最高の野球環境のもと、中学時代からあこがれてきたケングリフィーとキャッチボールできた…とか、はじめてメジャー選手らとのオープン戦『3月6日パドレス戦』でそのグリフィーと右中間を堅めるなど『ぜ〜〜んぶウソみたいっすよ』。いきなりイチロー目がけて強烈なライナーが襲うと『それがあのトニーグゥインのラインドライブ。ハンパないっすよ。』

試合後のディナーの席で、目をランランと輝かせ身を乗り出して語るイチローの姿、こんなのあの思慮深い代表氏が見たら卒倒するかもしれないな…、そう思うとひとり噴出してしまう。

ともあれ、この6日の前日5日がイチロー初試合の予定で、NHKBSが日本への衛星中継を送信するよていだったのだが、スポンサーとの前夜スペアリブ会席がたたって消化不良を起こして欠場。翌日の6日へと繰り下がることになった。

着々と以降の2年、イチローはメジャーにもう一直線となった。そしてコンセプトどおりにマリナーズに入団。
まさに『果たせるかな・・・』がこれである。2016年の今、あれから足掛け16年かけた努力の末に世界一の安打史の頂点に立った。
もう今後は誰にも破れる高み(数字)ではない。

コレクター諸氏は、将来にわたってここに大きな安心感を持つべきなのだ。

このユニフォームは本来、マリナーズの備品であり契約選手であるイチローに「貸与された制服」というわけだ。
同じユニフォームでも、まったく格が違う。
2001年、イチローに支給されたもの・・・・こそ、今となっては「最初探し」の原則どおり、もっとも垂涎のマトとなる価値あるもので、蒐集家道に照らして間違いは無い『レジェンドの中のレジェンドの、しかもルーキーもの』というわけ。

もとより、「レジェンド氏の初年度もの」はコレクター道でも,『金のワラジを履いてでも探すべき』、最も垂涎すべきアイテムである。
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(「2001UpperDeck ICHIRORookieCard」に収められている本品)

さらに、この『「ヒット王世界一」のルーキーユニフォーム』を彩ってくれるのは、彼にとってこの2001シーズンこそ成績的にもナンバーワンであったこと(下段参照)で、それに異論をはさむ者はいない。

イチローのユニフォームは、もともと小社のアパレルを注文して下さるときにも、おおむね彼の体格の「2回りは大きなサイズ」を指定してきた。「ヒップホップ好き」だったからである。そのためメジャー入りしたこの年の春先、サイズをめぐって混乱が生じた。

最初の支給分は彼の求めたサイズ「48」であったため、リクエストどおりにその大きなサイズが渡される。(「48」といったら、MLBでもデカい体格の選手用だ。オルルッドでも「46」。)
だが、もともと球団ロッカールームマネジャーが見立てた、彼へのサイズは『XL=44』中心で準備されていた。(それは小社の見立てと同様だった。)そのため『44』は初期に散見されて、それ以外は「48」などだったため、例のレーザービーム捕殺の際の報道写真と照合すると、ブカブカのまるで法被(はっぴ)をまといながら、舞い踊っているようだ。(★ヤンキース移籍以降、現在のマリーンズまで「42」で固定化されている。)

2001シーズン。この年はまさに「イチローだけのため」にあった年だった。
この年のユニフォームの肩には、30年に一度しかめぐってこない「オールスターゲーム幹事球団」として、記念の2001年号入りパッチが特別に付けられた。やはりイチローって何か持ってる・・・のだろう。

この年のイチローが残した数字はもはや伝説となっている。これら『イチロー2001年実使用もの』すべてへの、メジャー史上最大級の修飾語でもあるから刻んでおきたい。

AllStarGame得票第一位/シーズン242安打=メジャー新人最多安打新記録/アリーグ新人王/シーズンMVP/首位打者/AL盗塁王/シルバースラッガー賞/ゴールドグラブ賞/打撃部門最多授賞記録/得点圏・2死得点圏・2死得点圏出塁率・塁上走者あり・・・全部門での両リーグ率トップ。

 

 

 

商品番号 2001hm
商品名 ICHIROメジャーデヴュー年2001実使用直筆サイン入りホームユニフォーム
販売価格 1,234,567円
税別価格 1,143,117円
送料区分 送料別
配送タイプ 佐川急便
在庫

数量:

あの頃、
ボクの心のヒーローだったスターのぬくもり、
それを「身近に置ける」ようになったいま、
「夢」を夢で終わらせない…。

真贋を見きわめたうえ、
ご提案しています。
 

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ICHIROメジャーデヴュー年2001実使用直筆サイン入りホームユニフォーム






ICHIROメジャーデヴュー年2001実使用ホーム用ユニフォーム+メジャー入り直後当時直筆サイン入り)
\6,500,000-
  販売終了非売 価格とともにこれ以上の情報提供は終了しました。

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彼が2001年大志を抱いて日本から1278もの安打数を手土産にしてアメリカに渡ったその年に支給され、袖を通した実際のユニフォーム。

これはもう「野球殿堂」の入り口や中心に飾るべきもの
 

夢にまで見たこの日にさかのぼること、2年前の1999年春に舞い降りたのは街全体が芝生と蒼い大きな抜けるような青空だけ…というアリゾナ州ピオリア。ここのマリナーズキャンプにオリックス・ブルーウェーヴから「交換学生」といった形で、先輩の星野投手らと共に腕だめしにやってきたのである。

メジャー志向がまるで流行のようにNPB有力選手らに猛威をふるっていた当時、まるで『下見見学』思わせる、慈悲に満ちた?メジャー体験入隊ツァー。じつは当時のオリックス代表の狙った深謀遠慮だった。
かねてからFAしメジャー入りを直訴していた星野。そしてイチローにしても日本の打者としてすでに(本塁打のぞき)タイトルを短期間で総なめにしてしまったイチローも『できたら…』といってくる。
ichiro013.jpg
だったら!とヒザを叩いた代表氏、いっそのこと彼らをこうしてオープン戦に出場させてやり、イヤというほどメジャーの前にヒザを屈し、「もうコリゴリ」というほどに冷や水を浴びせてもらう、そんなつもりで送り出した・・・というのが真相だった。

ところが星野は「外角低めいっぱいを片手一本でバックスクリーンに」持ってゆかれてはお手上げと、喰らった屈辱的一発のあまりのショックに、『投球術とコントロールだけでは通用しない現実』に直面し、肩をガックリとうなだれてボクに力なく語るのが精一杯だった。

そしてイチローはというとこんな最高の野球環境のもと、中学時代からあこがれてきたケングリフィーとキャッチボールできた…とか、はじめてメジャー選手らとのオープン戦『3月6日パドレス戦』でそのグリフィーと右中間を堅めるなど『ぜ〜〜んぶウソみたいっすよ』。いきなりイチロー目がけて強烈なライナーが襲うと『それがあのトニーグゥインのラインドライブ。ハンパないっすよ。』

試合後のディナーの席で、目をランランと輝かせ身を乗り出して語るイチローの姿、こんなのあの思慮深い代表氏が見たら卒倒するかもしれないな…、そう思うとひとり噴出してしまう。

ともあれ、この6日の前日5日がイチロー初試合の予定で、NHKBSが日本への衛星中継を送信するよていだったのだが、スポンサーとの前夜スペアリブ会席がたたって消化不良を起こして欠場。翌日の6日へと繰り下がることになった。

着々と以降の2年、イチローはメジャーにもう一直線となった。そしてコンセプトどおりにマリナーズに入団。
まさに『果たせるかな・・・』がこれである。2016年の今、あれから足掛け16年かけた努力の末に世界一の安打史の頂点に立った。
もう今後は誰にも破れる高み(数字)ではない。

コレクター諸氏は、将来にわたってここに大きな安心感を持つべきなのだ。

このユニフォームは本来、マリナーズの備品であり契約選手であるイチローに「貸与された制服」というわけだ。
同じユニフォームでも、まったく格が違う。
2001年、イチローに支給されたもの・・・・こそ、今となっては「最初探し」の原則どおり、もっとも垂涎のマトとなる価値あるもので、蒐集家道に照らして間違いは無い『レジェンドの中のレジェンドの、しかもルーキーもの』というわけ。

もとより、「レジェンド氏の初年度もの」はコレクター道でも,『金のワラジを履いてでも探すべき』、最も垂涎すべきアイテムである。
Ichiro01UD3.jpg
(「2001UpperDeck ICHIRORookieCard」に収められている本品)

さらに、この『「ヒット王世界一」のルーキーユニフォーム』を彩ってくれるのは、彼にとってこの2001シーズンこそ成績的にもナンバーワンであったこと(下段参照)で、それに異論をはさむ者はいない。

イチローのユニフォームは、もともと小社のアパレルを注文して下さるときにも、おおむね彼の体格の「2回りは大きなサイズ」を指定してきた。「ヒップホップ好き」だったからである。そのためメジャー入りしたこの年の春先、サイズをめぐって混乱が生じた。

最初の支給分は彼の求めたサイズ「48」であったため、リクエストどおりにその大きなサイズが渡される。(「48」といったら、MLBでもデカい体格の選手用だ。オルルッドでも「46」。)
だが、もともと球団ロッカールームマネジャーが見立てた、彼へのサイズは『XL=44』中心で準備されていた。(それは小社の見立てと同様だった。)そのため『44』は初期に散見されて、それ以外は「48」などだったため、例のレーザービーム捕殺の際の報道写真と照合すると、ブカブカのまるで法被(はっぴ)をまといながら、舞い踊っているようだ。(★ヤンキース移籍以降、現在のマリーンズまで「42」で固定化されている。)

2001シーズン。この年はまさに「イチローだけのため」にあった年だった。
この年のユニフォームの肩には、30年に一度しかめぐってこない「オールスターゲーム幹事球団」として、記念の2001年号入りパッチが特別に付けられた。やはりイチローって何か持ってる・・・のだろう。

この年のイチローが残した数字はもはや伝説となっている。これら『イチロー2001年実使用もの』すべてへの、メジャー史上最大級の修飾語でもあるから刻んでおきたい。

AllStarGame得票第一位/シーズン242安打=メジャー新人最多安打新記録/アリーグ新人王/シーズンMVP/首位打者/AL盗塁王/シルバースラッガー賞/ゴールドグラブ賞/打撃部門最多授賞記録/得点圏・2死得点圏・2死得点圏出塁率・塁上走者あり・・・全部門での両リーグ率トップ。

 

 

 

商品番号 2001hm
商品名 ICHIROメジャーデヴュー年2001実使用直筆サイン入りホームユニフォーム
販売価格 1,234,567円
税別価格 1,143,117円
送料区分 送料別
配送タイプ 佐川急便
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